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2023年11月15日水曜日

2023.11.15 ブランド品が放つ上品ならざるもの

 ● 丸の内仲通りを歩いてみる。イルミネーションの準備は完了している。もう灯っているんですかね。夜は行かんからわからん。


● 仲通りのエルメス。店に行っても売り物がない状態が続いていたらしい。
 生産量を厳しく制限して人為的に品薄状態にするのはブランドの常套戦略だけども,ロレックス指数が暴落してラグジュアリーバブルが弾けたと聞く。今はどうなっているのかね。


● 誰でも知ってることだけど,ブランドはどれも中国製。九分九厘できたところで本国に送る。パリやミラノで最終工程を施して,市場に出す。
 MADE IN 〇〇 は最終工程をどこで行ったかで決まるから,MADE IN FRANCE や MADE IN ITALY として,世界に流れて行く。


● 当然,レシピが中国側に渡ることになるから,本物と寸分違わぬ偽物が出回る。素材も染色も縫製の糸もピッチも本物と全く同じ偽物が。
 ブランド側にとっては真贋の判定権を独占することが死活問題になる。けど,そうなると本物性じたいが揺らぐよね。本物って何? という話になる。


● ちなみに,その昔,香港で買物するときはペニンシュラの裏側にあったアーケードで買ってたでしょ。あそこにあったのは,ほぼ全てが偽物だったことも知っておこうね。

● 結局,ブランド品に血道を上げるのはオツムの弱い人っていうイメージをぼくは拭いきれない。でなければ,湯水のごとく現金を使える成金。
 ブランドをまとっている人に上品さを感じないのは,以上の理由による。

2018年2月24日土曜日

2018.02.24 エルメスのバッグを使ってみた

● ぼく,トートバッグの愛好者。今はレスポのナイロン製のを使用。軽いのがいい。エルメスとかヴィトンの1枚皮を仕立てたやつは,見た目も風格があるんだけど,重いのがねぇ。
 どっちがいいかって,断然,前者だ。バッグにはバッグとしての存在感以上の何ものかを持ってもらいたくないし。

● ところが,エルメスのトートを相方が数年前に買っていたらしいのだ。それは,ま,いい(たぶん,ほかにもあるんだろうし)。
 が,ン十万円の品物を買って,今まで一度も使わずに放っておいたようなのだ。一度使ってみて,やはり私には合わないと思って放っておいたのなら,半分は理解できる。
 けれども,一度も使ったことがないというのでは,何のために買ったのか。お金を捨てたようなものではないか。

● 中古品の買取業者のところに持っていったら,ン万円と査定されたらしい。それじゃ売るのはバカバカしいと思って,持ち帰ったという。
 アホか。まったく使わずにそこまで減価させるとは。会社員なら責任問題だぞ。

● じゃ,あなたが使いなさいよ,と。ん? 何でその方向に行く?
 とは思ったものの,使ってみましたよ。生まれて初めてのエルメスバッグ。
 実際に使ってみれば,普通のバッグだよね。頑丈なんだろうけど,今どき,頑丈なんてあたりまえなんだし。

● ロレックスの腕時計もそうだけど(そうだと思うんだけど),ブランド品をまとったからといって,自分の何が変わるわけでもないし,自分の見え方が変わるわけでもない。
 そんなことで変わってしまうような安い自分じゃしょうがないよなぁ。

● あるいは,持ち物で人物(主には経済力だろうが)を判断する人が今でもいるのだとしても,そういう手合いはこちらから遠ざけるに若くはないと存ずる。
 ホテルマンは靴を見てその人を判断するとはよく言われることだけれど,本当なのかね。今どきいるのか,そんなホテルマンが。

● このエルメス,手入れをしながら使えば,まずは一生モノだろう。いいモノを長く使う方が,安物を買い換えるより安くつく。しばしば言われることだ。
 でも,頑丈で長くもつのはエルメスに限らない。っていうか,いわゆるブランド品に限らない。たいていのモノはじつは一生モノなのだ。

● ところが,長く使うというのが難しい。洋服でも車でも食器でも,商品寿命よりユーザーの飽きが早く来る。
 いいモノは飽きが来ないとも言われる。本当にそうか。検証を要する。エルメスといえども,「飽き」には勝てまいと思うのだが。
 「飽き」がなくなれば,資源のムダは大きく減殺する。それで経済が回っていくかどうかは不明。本当に一生モノにされたら,エルメスもヴィトンもシャネルも,みんな左前になってしまうのではないか。

2015年1月24日土曜日

2015.01.24 ブランドって何なのよ

● ロレックスの腕時計とかエルメスやヴィトンのバッグって,他社製品に比べて,値段ほどの違いがあるんですかねぇ。製造原価,どのくらい違うんだろ。
 たぶん,最終価格ほどの違いはないんじゃないのかなぁ。

● ロレックスもエルメスも売れている。売れているんだから,それは適正価格なのである。そのことに異議はないんだけどね。
 けど,値段ほどなのか。そこがわかりませんねぇ。

● 品質を横軸に,価格を縦軸にしてグラフにすると,幾何級数的な右上がりの線になるんだとは思うんですよ。飽和点に近づいてくると,品質をわずかに引きあげるのに大変なコストがかかる。そういうものだろうなとは思うんですよね。
 わずかな違いが大きな違いとは,そういうことなんだろうな,と。

● いいから売れるのだとして。でも,いいというその認知がたんなる思いこみだとしたら・・・・・・。錯覚が現実を作る。あるいは,錯覚が現実を支える。
 モノそれ自体ではなく,消費者がモノに込める思いが,モノの価格を決める。
 いいから売れるのではなく,いいと思わせるから売れる。それで何の問題もないんだけれども。

● だとすると,強く思いこめる才能を持った人は,彼独自の世界を構築できる道理だ。そういう人を天才というのかもしれない。
 してみると,天才と狂人はたしかに近しい関係なのかも。
 という埒のないことをときどき考える。

● そもそも,消費者に商品の価値を見分ける能力なんてあるんだろうか。
 もっというと,価値とは何かという問題に行ってしまう。客観的にこれが価値だという実在が存在するはずもない。個人とモノ(あるいはサービス)との関係性の中に立ち現れてくるものだ。
 したがって価値とは相対的なものだということになるんだけど,これでは何も考えたことにならないな。