朝日と日経と日刊スポーツと下野新聞。それぞれ160円,180円,150円,130円。日経の専有面積が他の2倍になっている。朝日と日経が選ばれているのは,このエリアがインテリの居住地になっているからだろうか(たぶん違うと思うが)。
● 昔は駅のホームにキヨスクの売店があって,新聞はキヨスクのドル箱でもあったと思うのだが,今はキヨスクがなくなってしまった。
駅ビルができ,駅構内にコンビニ(NEW DAYS)ができ,上野駅や品川駅は駅の中にショッピングセンターができているのだから,ホームにキヨスクの売店がある必要はない。ホームに売店があると,人の流れをせき止めてしまって危険だからというのもあるのかもしれない。
● 新聞も読まれなくなった。第一にはインタネットのせいだ。ニュースはネットで見れば足りる。
しかし,それだけではなくて,ニュース自体の価値が減っていると感じることがある。ニュースなんて知らなくてもかまわない。むしろ,不愉快になるから知らない方がいい。そう考える人が増えていないか。
● ネットが新聞社やテレビ局の化けの皮を剥いでしまった。記者は何も知らないで書いている(つまり不勉強である)ことがバレてしまったし,どうやら頭も悪そうだと多くの人が知るところとなった。報道機関は中立という言葉を反政府,反自民という意味に解釈して,自分たちをその上に位置づけていることも明らかになった。
今どき,朝日や日経を読んでるなんて,恥ずかしくて人には言えまい。この自販機もどのくらい売れているものやら。
● 朝刊を部屋に届けるサービスを続けているホテルがまだある。いわゆる高級ホテルに多い。宿泊客の平均年齢がかなり高いのだろう。そういう年齢層(の一部)が金を握っているのだろう。
しかし,それもそろそろ打止めではないか。顧客にメリットがないサービスをお金をかけて続けるバカはいない。つまり,それはもうサービスにならない。
● 情報はTwitterに頼るのが最善ではないか。自分が関心のある分野でこれはと思う人をフォローして,きちんと追って行く。
凡庸な組織より優れた個人。インターネットの最大の功績はそうした個人に効果的な発信手段を与えたことにある。
それ以外の99.9%のTweetはゴミ。ぼくもTwitterを使っているが,自分のTweetがゴミに過ぎないことは承知しているつもりだ。
● SNSは情報収集のツールとして使うのが第一。あとはメモ帳代わり。99.9%の人間はそれくらいに思っておけばいいのではないか。
SNSをコミュニケーションツールと捉えるのは,初歩的な間違いだ。SNSで事務連絡はできるけれども,コミュニケーションには向かないと思う。
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