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2021年10月10日日曜日

2021.10.10 今日も今日とて,東武電車で東京に

● 今日も今日とて,東武電車で東京に行く。江東区の「ティアラこうとう」で行われる演奏会を聴きにいくのだが,半ば以上,それを口実に東京をフラフラするためだ。
 今日は浅草ではなく,曳舟で乗換えずに押上。押上から半蔵門線でふた駅乗って,住吉。ここが「ティアラこうとう」の最寄駅。

● 南栗橋から先は東武線がメトロ半蔵門線,東急田園都市線へ乗り入れて,中央林間まで走る。東武沿線に住んでいる人は乗換なしで渋谷,二子玉川に出ることができるわけだ。渋谷の先まで通して乗る人はあまりいないかと思うが,便利なんだよねぇ。
 半蔵門線は日本橋,大手町を経て,永田町から表参道を経て渋谷へと至るのだから,天下の大道を行くようなものだ。墨田区から都心は近いのだよね。

● 江東区大島。本村橋から横十間川を眺める。川というより運河だと思うが。おそらく,このあたりは埋立地なのだと思う。ベタッと埋め立てないで運河を残したのは,水運の便を考えてのことでもあろうし,火災の類焼を抑えるためでもあるのだろうが,景観的にも正解だった。
 今の東京は海を埋め立ててできた都市だ。ウォーターフロントを先に先にと延ばすことによって成立してきた。必然的に水の都でもあるはずだ。水のある景色は近しいものだ。

● 大手町に出てみた。丸善の丸の内本店を覗いてみたが,『宮沢賢治万華鏡』はここにもなかった。新潮文庫の目録があったので確認してみた。目録にも載っていない。いったん発刊されたものの,いまは廃番になっているんだろうか。
 どこの書店だったかは忘れたが,現物を見た記憶がある。目録にないのが解せないのだが,丸善本店にもないんじゃ本当にないのだろうなと思うしかない。

● 東京駅。東京は東京駅があるから東京なのだという気がする。正面を進んでいくと皇居があるわけで,それこそが東京のヘソであることは間違いないのだが。
 観光資源として外国人に人気がある。日本人にも人気がある。東京の顔だということの他に,丸の内側の広場の開放感が大きい。スコーンと抜けて頭の上が軽くなったような感じ。

● グランスタ地下のトラベラーズファクトリーに行くとか,KITTE の ANGERS を覗くとか,そういうことはせずに,丸ノ内線,半蔵門線で水天宮前。
 今日は隅田川とは逆方向に歩いて人形町を散策。今日は何も食べていなかったので,兎屋でラーメンを食べようと思った,ら。ぼくの前にグループさんがお入りになって,満席に。カウンターだけの10人も入れば満席になる店だ。
 で,引き返して吉野家。461円でこんな旨いものが食べられる。何て素敵なの? しかし,これでは日本人の給料は上がらないはずだよね。年金生活者には天国なんだが。

● 通りではれいわ新選組の候補者が演説中だ。教育無償化を訴えていた。未来への投資だという。学級の生徒数を24人以下にするとも。教師の目が届くように,キメの細かい指導ができるように,と。教師の目が隈なく届いてしまったら,児童・生徒の立つ瀬がなくなると思うけどね。
 そもそも財源はどうするのか。消費税は廃止するんだったよな。今,最も金を喰っているのは土木ではない。教育だぞ。たとえば大学は全部私立にして高負担化することとバーターでなければ,どこから金を引っぱってくるのかという話になる。
 れいわ新選組は日本愚民党と名を変えたらどうかと,個人的には思っている。演説していた候補者は,アメリカの金融機関で働いていたとPRしていたから,頭のいい人なんだろうけどね。

● 日比谷線で銀座に。銀座は今日も賑わっている。こうじゃないとなぁ,銀座はね。お金持ちが集って高額商品がどんどん売れる。それが銀座じゃないですか。なのに何でお前がウロウロしてんだよ,って話だけどさ。
 伊東屋に行って,昨日見れなかったものを見ておこうかとか,その種の発想はなし。街の人出を確認しただけ。
 結局,メトロの24時間券のモトを取るために乗降を繰り返したという感じ。銀座線で浅草に出て,東武線で帰宅の途につく。

● 東武宇都宮駅着,21時半。この時間帯でも活気があるぞ,オリオン通り。コロナにまけない うつのみや とはどういう意味かわからんがな。
 昨夜のローソンパブに続いて,今夜はセブンパブ。アルコール分9%のストロングはちょっとキツくなってきた。レギュラー缶1本飲むのがさ。周りを気にして,サッサと飲んでしまおうとするのがいけないのか。

● JR宇都宮線は13時頃の変電所火災による停電で,東京〜大宮間で運転を取りやめているらしい。高崎線,京浜東北線も。埼京線と湘南新宿ラインは動いているんだろうか。
 大変でも東武に振替える手はあると思う。東武で久喜まで出るとかね。こちらは東武だったから影響はなかったのだが。

● ところが。東武駅からJR宇都宮駅まで徒歩移動して,22:10発の黒磯行きを待ったのだが,23時を過ぎても来ない。だいぶ遅れている。構内放送もない。静かなもんだ。ずっとゴタゴタが続いて,駅員も疲れてしまったのか。
 22:39発の烏山線烏山行きの方が先に発車した。それに乗車して帰れたけれど,氏家や矢板,黒磯まで乗る人は,さらに待ったことだろう。最終の黒磯行きは,ひょっとして運転中止になっただろうか。


(追記 2021.10.11)

 『宮沢賢治万華鏡』はAmazonでポチった。やはり廃番になっているのかもしれない。Amazonにも中古品しかなかったから。
 その中古品を買った。価格は1円で郵送料が380円。

2020年3月8日日曜日

2020.03.08 宇都宮駅構内の吉野家とモスがどちらも閉店

● 宇都宮駅構内の吉野家とモス。ぼく的には最も高頻度に利用してたんだけどね、どちらも2月いっぱいで閉店になっててさ。
 お客さんはそれなりに入ってたと思うんだけどねぇ。閉店の理由がわからないっちゃわからないんだよね。まさか,コロナは関係ないだろうしねぇ。
 儲けが出てなかったんですかね
ぇ。ここでダメだとすると,宇都宮で商売するのはかなり厳しいってことになりそうだけどなぁ。

● 「いろり庵きらく」はどうなんだろうかな。駅ビルの丸亀製麺はどうなんだろ。正直,吉野家とモスには残って欲しかったがなぁ。
 これからどうすればいいのかね。モスの代わりってロッテリアになる? 少し歩けばマックもあるんだけど,このモスは入りやすくて良かったんだよね。

● 糖尿病と言われてから,吉野家に行ったことはじつは一度もない。モスは直近では2月26日に入っている。記念にそのときの写真を貼っておこう。
 このときはチキンバーガーがなくて,チキンの照り焼きバーガーを頼んだんだったかな。でもさ,26日にはまるで気づかなかったよ。そんな気配は感じなかった。

● なんていうの,寂れゆく宇都宮? パルコもなくなったし。東武百貨店だって,どうなるかわからないよね。旧来型の百貨店が地方で生き残るのは,なかなかに厳しいのかもしれないよ。東武だって建物じたいがだいぶ老朽化している印象を受けるしね。
 郊外のベルモールは賑わっているから,JR駅~東武駅の旧市街の地盤沈下が止まらないってことでしょう。駅東の開発事業が成った暁には,旧市街は滅ぶんじゃないかと思えてくるよ。

● でもさ,ターミナル駅でちょこっと食べたり休んだりできる安直な店がなくなってしまうのは困るなぁ。ぼくの場合は市内に分け入っていくことはあまりなくてさ,だいたい駅周辺で用が足りることが多くてね。
 その用が足りるところが寂れてしまうのは,うん,困るなぁ。

2019年9月8日日曜日

2019.09.08 吉野家の超特盛を食べたよ

● 吉野家初台店。超特盛を注文してみた。ネットで知って一度食べてみようと思ってたんで。
 で,結論。ご飯に比して肉が多すぎるんだね。ご飯をおかずに肉を喰ってる感じ。
 肉を喰いたい人にはそれでいいんだが,ぼくはダメだ。少ない具でご飯を美味しく食べさせるのが丼の基本ではないか,と思ってしまう昔の人間なので。つまりね,丼の旨さを決める最終要因ってご飯だよ。

● 肉もかなり大きいんですよ。ザックリと切ってある。肉を食べるんだったら,この方がいいんですよ。が,ご飯と絡めるんだったら,もう少し細かく切ってもらいたい。並盛はそうなっているわけね。
 量の問題もあるかも。さすがに途中で口が飽きてくる。超特盛を食べると,1日1食ですんじゃうね。1日の食費が780円ですむ。とんでもなく,コスパ高い。

● が,超特盛って月に1回以上は食べられないかも。牛丼大好き人間でも,たぶん。
 というわけで,超特盛は1回で気がすんだ。次は“牛丼並+生卵”に戻そう。
 
● 今日は朝から飲まず喰わず。吉野家の冷水がありがたかったのなんの。ゴクゴクと2杯飲んでひと心地ついた。やっぱり水だよね。
 人手不足なんだろうかなぁ。入店してから注文を取りに来るまでに,吉野家でこれほど待ったのは初めてかも。いや,無問題なんですけどね。

● ここから新宿まで甲州街道を歩いて戻った。堪える暑さだねぇ。台風前の湿った空気で気温があがると,ほんと堪える。
 この時間帯(午後2時)に外を歩くのはバカだと思った。新宿にはバカが佃煮にするほどいるのだ。そのひとかけらが自分というわけね。

2019年8月3日土曜日

2019.08.03 吉野家の新メニュー キムチクッパ

● 日韓が揉めている。当然,日本側の対応は間違っていないと思ってますけどね。
 ただ,坊主憎けりゃ袈裟まで・・・ということがあってはならないからね。国と国の問題は,あくまで国の問題。“自分=日本”ではない。かつ,“自分>日本”のはずなのだから,もし韓国人の友人なり恋人なり知り合いがいるのなら,国と国の関係に左右されるようなことがあってはいけないよね。

● さて,吉野家に新メニューが出ていた。キムチクッパ。クッパというのは汁かけ飯のことだと思っている。キムチクッパというのはだから,キムチを載せたご飯にだし汁をかけたものか。
 牛と豚の2種あり。要は,牛(豚)丼をクッパにしたものだな。

● 牛の方を注文。490円。無料で激辛にできるんだけど,しなかった。猛暑をついて食欲を亢進するか。店内に入ってしまえば冷房が効いているんだからね,辛いものじゃなくてもいいかなぁ。
 っていうか,辛さが効く暑さっていうのはさ,もう少しマイルドな暑さだよね。これだけ暑いと辛かろうが酸っぱかろうが関係ないっていうかさ。

● 悪くはない。悪くはないのだが,次回から,いつもの牛丼+生卵に戻す。

2019年4月6日土曜日

2019.04.06 錦糸町駅南口の吉野家

● 錦糸町駅南口の吉野家。スタッフは全員が外国人。バングラディシュあたりかなぁ。彼ら同士も日本語で話している。
 オバちゃんが色々とミスっていた。注文をうまく厨房に取り次げないようだ。あるいは,注文品と注文者が結びついていないのか。
 で,他のスタッフが彼女に,どうしちゃったの今日は,とか,落ち着こう落ち着こう,と日本語で声をかけていた。凄いものだねぇ。

● 牛丼が出てくるまでけっこう待たされた。吉野家にはあるまじき遅さだったんだけども,いつも行く宇都宮駅構内の吉野家に比べてもスタッフの数が少ない。これでは日本人スタッフでもテンテコマイになっていたかも。

● お客さんも大声で怒鳴ったりはしない。今,彼女がしている経験を自分もしたなと思っているのかもしれないし,慣れない外国で大変だろうなぁと思っていたのかもしれないし,外国人じゃこんなものだろと諦めていたのかもしれない。

● 吉野家もそうだけども,コンビニでしばしば感じる。外国人が外国人に日本語で業務指導ができる水準になっている。
 畏るべし。ひょっとすると,日本人のお家芸だと日本人が思っている接客技術を次世代につないでいくのは,日本人ではなく,外国から来ている彼らかもしれない。日本流の“おもてなし”は彼らに引き継がれるのかもしれないと思った。

● 日本人じゃないとできないことなんて,たぶん,ないんだよね。勤勉だとか,手先が器用だとか,そういうことって,日本人の専売特許のはずもないし。
 ペルシャ絨毯を織りあげる人たちが,日本人より不器用だとはどうしたって思えない。そんなこと,世界にいくらでもあるでしょ。

● ぼくはいつも牛丼並と生卵の注文だ。それ以外を頼むことはまずなくなった。
 でね,今日の並はご飯の盛りが多かったような気がしてね。彼らの並って,ぼくらが知っている並より多目なのかい。
 んなわけないよなぁ。このあたりもマニュアルで決まっているはずだよなぁ。

2019年3月30日土曜日

2019.03.30 錦糸町散歩

● 錦糸町には何度も来ている。駅前のカプセルホテルに泊まって,錦糸町から東武スカイツリー駅まで歩いたこともあるけれど,基本,駅の近辺しか知らない。
 その近辺も当然ながら隈なく知っているわけではない。目下,それで困らない。錦糸町で用があるところは限られている。

● とはいっても,できれば点を線にして線を面にできれば,それにこしたことはない。今回,そのように動いたわけでもないんだけど。
 ここでも区界を頭に入れるのが難しい。錦糸町は墨田区だけれども,お隣の亀戸は江東区だ。錦糸町駅の南口を出て少し歩くと,やはり江東区だ。区界なんてどうでもいいとも思うんですけどね(たぶん,昔の人が便宜的に決めたんだろうから)。

● 墨田区っていうのは,都内で最も美人比率が高い区だと思っているんですよ。江東区とは一衣帯水の関係だと思うんだけど,墨田区の方が美人が多い。
 もちろん,向島芸者云々という故事来歴とは関係ないと思う。東京で代々同じ場所に住んでるってこと自体,あまりないと思うしね。というわけで,どうしてかわからないんだけども,墨田区は美人比率が高いように思える。

● 錦糸町に出るときにもずっとJRを使っていた。が,数ヶ月前に久喜で東武電車(半蔵門線直通)に乗り換えると楽に行けることを発見(?)した。JRよりいくらか安くなるうえに,乗換が1回ですむ。
 JRだと上野,秋葉原で乗り換えるか,東京駅で総武線の地下ホームに降りていく鬱陶しさを我慢しなければならない。久喜で乗り換えてしまった方がずっと安直だ(栗橋で乗り換えてもいいんだけど,これだと乗換えが1回増える)。

● 錦糸公園にさくら祭りの看板が出ていた。写真には撮ったけれども,中に入っていくことはしなかった。そのときは中に入るなど思いもしなかったんだけども,今思うとそこが自分のダメなところかなぁ。
 野次馬精神の不足。野次馬精神とは好奇心の別名ではないか。好奇心とは読んで字のごとく,奇を好む心だ。自分にとっての奇を排除してしまっては,世界が縮まるばかりだ。
 というか,排除するまでも行かない。奇を感じないわけだから。野次馬になるよう自分を駆りたてることは,ひょっとすると自分にとっては最大の課題かもしれない。

● 錦糸町駅前の吉野家。ひとりで東京に行ったときに入れる店は,吉野家が富士そばのいずれかだ。あとは怖くてダメだ。
 で,東京で吉野家に入ると,宇都宮と値段が同じなのが,奇妙なことに思えてくる。あたりまえなのに不思議な気分。地代がだいぶ違うはずなのに,価格が同じなんだからね。その分,回転が速いんだろうかね。
 で,ぼくのように外食は吉野家か立食いそば,着るものはユニクロだけっていう暮しなら,都会の物価は決して高くないと思うんだよね。唯一,家賃だけだ(それが大きいわけだが)。
 都会に住めば公共交通機関だけで動けるし(車を持つ必要がない),なんだかんだで安あがりのような気がするんだよなぁ。

● 都会に住んだことがないので。元日に玉ノ井を歩いてみたんだけど,古い木造アパートがあって,空き室アリ枡の貼り紙があった。ここなら4,5万円で借りられるかねぇ。
 ここに住んで,時々,近くのスナックに飲みに行く。そのスナックは婆さんがひとりでやっていて,その婆さんと茶飲み友だちのようになる・・・・・・という昭和レトロな暮らしを妄想してみたんだけど,まぁ,無理だね。その4,5万円が出せないもの。

● ま,錦糸町や墨田区に限らず,東京は時々遊びに行くところだね。その方が東京の魅力が色褪せないだろうしね。

2018年10月25日木曜日

2018.10.25 久しぶりにモス

● 宇都宮駅構内のモス。ここ以外のモスに行くことはないから,モス自体がけっこう久しぶりだ。
 そうなった理由は,いくつかある。チーズバーガーのポテトSセットを注文することが多いんだけど,それば660円なのだ。最近はこれを高いと思うようになってしまった。してはいけない贅沢をしている気分。これが第1の理由。

● モスでスマホではなくノートを開くのも久しぶりだ。だいたいはスマホをいじって過ごすようになっていた。ノートに書くくらいなら,スマホでツイートしちゃった方が早いもんな,とか思って。
 ノートを開くんだったらテーブルが必要だから,モスに入る理由がある。でも,スマホなら立ってでも使えるからね。スマホしか使わないなら,モスの必要なし。これが第2の理由。

● で,今日はなんかノートに書きつけたい気分だったので,モスに入ってみたんだけど,モスの隣が吉野家なんだよね。吉野家で注文するのは,牛丼並と生卵に決めていて,これだと440円なんですよ。
 でもって,ぼくはパンも食べるけれども,基本,ご飯粒がいいなぁと思うタイプで。しかも,吉野家の牛丼より旨いものなんてそうそうないぞと思っていて。

● というわけで,660円でグダグダ言ってるヤツって,ねぇ,ケツの穴が小っちぇーなー。

2018年7月22日日曜日

2018.07.22 吉野家でのゲーム

● 宇都宮駅構内の「料亭よしの」。牛丼並と生卵を注文。他を注文しないのは,これが鉄板すぎるのと,爺にありがちな保守性による。

● 勘定は440円なんだけど,冷水を何杯でも飲めるので,ペットボトルの水を買うお金が浮いたと計算する(セコい)。
 ので,330円。超絶,安い。

● 入店,着座してから,食べ終えて勘定をすませ,店を出るまでの時間を5分以内にしたいんだけど,実行できたことはない。
 店側の対応もあるし(特に勘定のとき),こちら側がグスグスしてしまうこともある。今日は8分かかってしまった。

● もちろん,真似をしていただく必要は寸毫もないんですけどね。ゆっくりされたらよいと思いますよ。

● でもねぇ,吉野家って旨いですよねぇ。しみじみ旨いと思うんですよ。牛丼の並は380円ですよ。日本って物価の安い国になったんだなぁと感じるんですよね。
 アメリカだったら,この牛丼はハリウッドのセレブが食べるものだと聞いたことがあるんですけどね。ウソかホントかは知りませんが。

2018年4月1日日曜日

2018.04.01 新宿から新橋へ

● 新宿駅から初台まで歩いてきた。初台の「料亭よしの」で昼食。「料亭よしの」は別名「吉野家」とも言うんだけど,ここで注文するのは“牛丼並み+生卵”と決めている。卵かけ牛丼,旨いよね。
 440円でこれが食べられるなんて,日本ってほんと,ものの値段が安い国になったんじゃなかろうか。

● 夕方は新橋でボーッとする。銀座に行ってみようとは思わなくなっている。新橋でボーッとするのがいい。
 銀座に出る気がしなくなったのは,こちらの意気が上がらなくなっているからかもしれない。それ以上に,普段着で過ごせる新橋に何かホッとするものを感じるからだ。
 何なんでしょうね,この違いは。中央区と港区の違いではもちろんない。銀座は目と鼻の先にあるのに,ガラッと違うこの雰囲気。

● 上野東京ラインができる前は,ぼくらが電車で東京に出る場合は必ず上野で乗り換えた。上野から山手線や京浜東北線,地下鉄の日比谷線や銀座線に乗り換えたのだ。
 上野東京ラインができてからは,あくまでぼくの場合はってことなんだけど,上野が果たしていたターミナル機能がそっくり新橋に受け継がれた感がある。とりあえず新橋に出て,そこを拠点に行きたいところに向かう,と。

● ということは,帰途は必ず新橋に戻るということだ。新橋から宇都宮行きの電車に乗る。故郷のなまり懐かしい停車場は上野から新橋になったのだ(新橋に東北弁が溢れているわけでは,もちろんない)。
 新橋に来るとホッとするというのは,そういうこともあるかもしれない。かつて上野に感じていたホッとする感じ。

● 実際,上野東京ラインができる前は,新橋で降りるのはお台場に行くときに限られた。お台場なんて行っちゃ悪いけど,滅多に行かないところだ。銀座に行くときには,有楽町で降りた。新橋は用のないところだったのだ。
 しかし,今や,新橋は東京の中で最も近しいと感じられる場所になった。

● 新橋駅構内の「かのや」で夕食にした。ミニカツ丼セット,690円。ぼく一人で出かけるときは,だいたいこんなもん。新橋だから「かのや」だけど,吉野家と富士そばがあれば,世の中は完結するのだ。
 東京までの往復はもちろん,各駅停車のチープトレイン。新幹線を使うなんて,頭をかすめることもない。

2017年10月8日日曜日

2017.10.08 初台の吉野家

● オペラシティに向かっている。新宿駅から歩いてきた。途中で,昼食を摂ろうと思って,ラーメン屋とかを物色したんだけど,初めての店に一人で入る勇気がどうもぼくにはない。
 入れるのは“富士そば”と“吉野家”に限られる。こういうところは,初めからお一人様を想定してくれている。敷居がないに等しい。

● 吉野家には数え切れないほど行っているってのもある。システムがわかっている。飲食店のシステムなんてすこぶる単純だ(そうでなければお客が逃げる)。慣れるもクソもないだろうけど,それでも何となく初めての店には臆するものを感じてしまう。
 なので,コンビニでおにぎりかパンを買うしかなくなることもある。じつにしばしば,そういうことがある。

● というわけで,何も食べないままオペラシティに到着しそうになった。そこにあったのが,わが救世主の“吉野家”だったんでした。
 宇都宮でいつも食べている,牛丼並と生卵を注文。生卵をよく溶いて牛丼の上にかけて,よくかきまぜると,これは立派なご馳走になる。

● あたりまえながら不思議なのは,宇都宮で食べても東京で食べても同じ値段であること。家賃や地代はだいぶ違うはずなのに,なぜ同じ値段になってしまうんだ? 宇都宮の方が安くてもいいじゃないか。
 って,そういう問題ではないんでしょうね。そういう問題ではないんだろうけど,ぼくのような者には,値段が同じなんだから東京の物価は安いと思えてくる。

● 毎日来ているらしい爺さまがいた。スタッフとの顔なじみのようだ。が,スタッフには彼とあまり話をしたくないふうが見えた。そりゃそうだ,ここは居酒屋じゃない。休みなく動いてなくちゃいけない。
 人の話に付き合っている暇はない。お客はそこのところは弁えておかないとね。

● ちなみに,ぼくの場合,入店してから会計をすませて店を出るまでに,10分以上かかったことはないと思う。
 吉野家はそういうふうに使うべき店。であればこそ,440円で卵かけ牛丼なるご馳走を食べることができるのだ。

2017年8月8日火曜日

2017.08.08 高輪散歩 2

● ホテルの近くはすでにあらかた歩いているつもり。けど,「もっと東京さんぽ地図」(昭文社)に紹介されている“泉岳寺・高輪”コースをそのままなぞってみることにした。
 まずは,八芳園。二度目になる。庭園じたいが見事。手入れも見事。ぼくなんかが入り込んではいけないところなのではないかと思う。自分がこの景観を汚してしまうような気にさせる。

● しっかし,暑い。明治学院前のローソン(白金台2丁目店)でウーロン茶と飲むヨーグルトを買って,イートイン。
 歩くのやめて,ホテルに戻ろうかなと思った。 

● もちろん,そんなことはしませんでしたよ。
 高野山東京別院。実家の旦那寺は,新義(智山派)だけど真言宗なので,ここを素通りすることはできない。
 弘法大師がおわします遍照殿の中に入ると,自然に手を合わせてしまう。厳かな雰囲気。その背後には,厳しいヒエラルキーに枠をはめられた僧侶群と集金システムがあるのだろうな,と不埒なことを思ったりもしたんだけど。

● ちなみに,和歌山県の高野山には行ったことがない。だいぶ前に仏教に興味を持って,高野山大学院の通信課程で密教を学んでみようかと考えたことがあった。
 でも,いい年をした大人が,何かを学ぼうとするときに,大学や大学院を発想してしまうのは,それじたいがその人の愚かさの証明でしょうね。
 社会人大学(院)もひと頃の熱気というかブームは去ったかに見受けられるんだけど,有為の人材,できる人っていうのは,そんなものを相手にすることはなかったろうと思う。

● 桂坂を少し降って,東禅寺。立派な伽藍。昔はお寺が学校でもあったのだなと教えてくれる。修行の場であり,勉強の場でもあった。知というものが希少だった時代にはこういう形になるのかもしれないね。男性はお寺,女性は吉原で鍛えられたのだろう。
 ミンミン蝉が元気に鳴いていた。東京には緑が多く,したがって蝉も多い。 

● プリンスホテル高輪の日本庭園。ここでも蝉が。ここの庭園は濃密さがない。樹木がまばら。っていうか,庭園であって森じゃないんだから,当然,それでいいのだと思うが。
 八芳園もそうだったけど,これだけのものをこの水準で維持しなければならないのだから,お金がかかるだろうねぇ。高級を形成する要素として庭園があるっていうのはわかりやすい訴求ポイントだと思うんだけど,大変ですよ,高級を維持するのは。宿泊料金に転嫁するのも,そうそう簡単じゃないだろうし。

● ここまで歩いただけで,だいぶ疲れた。もう動けないという感じ。ひとつには猛暑。もうひとつは寄る年波。
 品川駅東口(港南口)の吉野家でエネルギーと水分を補給。朝,あれだけ炭水化物を摂ったのにね。ひょっとすると,ぼくはかなり燃費が悪い体質なのかもしれない。

● 品川駅で大休止して,5月にも来た泉岳寺。今回はかなり雑に,たんに通り過ぎたっていう感じ。何せ暑いので。ここ,日陰がないんだよね。

● 魚籃坂。魚籃寺が坂の中腹に。こちらはこじんまりとした小寺。
 中には入りづらい感じもあって,ここも外から一瞥しただけで終わってしまった。うーん,あと一歩の押しが必要かなぁ。

● 「くすのき公園」の楠。立派な一本木で,見応えあり。ただし,一度見れば気がすんじゃうところがあるかも。二度三度と見たくなるものではないような。
 「旧細川邸のシイ」。これまた見応えはあるものの,同じように一度見れば充分かもしれない。

● 「大石良雄外十六人忠烈の跡」。赤穂浪士のうち,16人が切腹した場所であるらしい。門は閉ざされているので,隙間から撮影。
 ここはでもたんなる跡ではなくて,何かちょっとゾクゾクと来るものがあった。腹を切った浪士たちの“気”がまだそこに残っているような。
 しかし,よくぞこの場所をこの状態で残したものだと思う。

● こうして歩いていると,東京はほんとに坂の街だと思う。アップダウンが多い。しかも,けっこうな勾配のところもある。
 自転車で移動するのは辛くないか。電動自転車が売れるはずだよね。

● ホテルが近づいてきた。途中に,東海大学の高輪キャンパスがある。情報通信学部と大学院の情報通信学研究科が置かれている。
 キャンパスといっても,そこは都会のことゆえ,ほとんどが校舎のビルで埋められていて,空き地といえばテニスコートくらいしかない。それでいいんでしょうね。っていうか,移動時間がなくてすむから学生にも歓迎されるのかも。
 唯一,キャンパスがたこ足になってしまうと,総合大学のメリットが失われるのではないかという懸念がある。東海大学情報通信学部というより,東海情報通信大学になる。他学部の学生と駄弁る機会が事実上なくなってしまうだろう。教授陣も同じ。そこのところをどう見るか。
 ただねぇ,じゃぁ全学部が同じキャンパスにあれば,そうした交流が活発になるのかと言われるとね,あんまり関係ないのかなぁとも思ったりする。

● とにかく暑かった。首筋や背中から,面白いように汗が流れていくのがわかる。ホテルに戻ったときには,その涼しさに涙が出そうになった。何て涼しいんだ。

2017年7月2日日曜日

2017.07.02 吉野家であれこれ考えた

● はるかな昔,吉野家があれば生きられると思ったことがある。朝から深夜まで営業しているんだから。朝は納豆定食を,昼は牛丼を,夜はサラダを付けていくつかある定食の中のどれかを選べばいい。
 食に対する訴求点がかなり低い自分には,それで充分だと思った。となれば,吉野家の近くに住めばいい。台所は要らない。部屋がひと間とトイレと浴室と冷蔵庫を置くスペースがあればいい。

● ま,実際にそれができるとは思いませんでしたよ。妄想であることはわかってました。毎日毎日,吉野家には行ってられないからね。
 何より,その吉野家がいつまでもあるとは限らないわけだからね。

● とはいえ,今でも吉野家の牛丼はご馳走だと思っている。5分間で食べられるご馳走。しかも,注文してから待たされることがない。これはかなりポイント高い。
 その牛丼に生卵を載せて,卵かけ牛丼にして食べれば,この世に生息する小うるさい食味評論家はすべて死に絶えてしまえ,と思うくらいのものですよ。

● つまり,吉野家の決定版は,牛丼+生卵。しめて440円。
 で,ずっとそれを注文していたんだけど,今日はちょっと違ったものにしてみようと,ネギ塩豚丼を頼んでみた。450円。
 これはこれで工夫のひと品かと思われる。旨いか不味いかといえば,はっきり旨い。でも,牛丼+生卵には及ばないと思った。次回以降はまた,卵かけ牛丼に舌鼓を打つことになりそうだ。

● ところで。吉野家には鰻重もある。けれど,吉野家で鰻重を食べるのは少し外道だと思う。吉野家が基本,魚を扱わないのは,扱わないなりの理由があるに違いない。
 鰻も最近高くなってしまって,なかなか食べられないものになった。だからといって,吉野家で(吉野家に限らず,すき家でも松屋でも)食べるのはいかがなものか。

● 吉野家で食べるくらいなら,鰻は食べないと決めてしまうのがいいと思う。ぼくはそうする。土曜丑の日も鰻は食べないで終わると思う。
 ま,毎年そうなんだけどね。わが家に土曜丑の日はない。

● 鰻に関していうと,「おむすび権兵米」の鰻おにぎり(今もあるのかどうか知らないけど)は認めている。あれはよくできていると思う。

2017年4月29日土曜日

2017.04.29 2日連続で吉野家

● 2日連続で吉野家に寄った。注文するのは決まっていて,牛丼並と生卵だ。吉野家の卵かけ牛丼は旨い。もし,知らない人がいたら,ぜひお勧めしたい。

● ところが,ちょっと離れた席の男性が,箸ではなくスプーンで何かを食べていた。そのスプーンからは糸が引いているようだ。納豆だ。

● 何を食べているんだろう。すこぶる気になってメニューを見てみたのだが,朝食以外に納豆を使っているものはなさそうだ。
 豚丼をベースにしたスタミナ丼というのがあるけど,納豆は入っていない。
 たぶん,何かに納豆を追加したのだと思う。それが何なのか気になるが,ここから中身までは見えない。丼も牛丼の丼ではないようだ。色が違う。

● じつのところ,卵かけ牛丼に納豆をトッピングするのはありかなぁと思うんだけど,吉野家の納豆は1個80円。スーパーやコンビニだと3パックのが買えるよなぁ。と,思ってしまう将来の貧乏性。
 生卵の60円もスーパーの卵よりはだいぶ高いけれども,これで牛丼がガラッと変わるから,60円以上の値打ちがある。納豆はどうだろうか。

2016年11月22日火曜日

2016.11.19 吉野家の卵かけ牛丼

● 吉野家の卵かけ牛丼が旨いというのは,成毛眞さんに教えてもらった。成毛さんの著書に紹介されていた。
 それ以前から,ネギ玉丼は好んで注文していた。牛丼に生卵とネギの青いところをドッサリかけて,よくかき混ぜて食べる。ネギの青いところって,意外に食べる機会がない。身体に良さそうだ。吉野家ではこれで決まりだなと思っていた。

● しかし,ネギなしの牛丼+生卵の方が旨いのだった。以後,吉野家ではもっぱら,“牛丼並と生卵”というのが,吉野家でぼくが発する唯一の言葉になった。
 もちろん,吉野家の牛丼はそのまま食べても充分に旨い。けれども,生卵を加えると,別な食べものになる。吉野家が「料亭よしの」に変わる。

● 吉野家の生卵は60円。奥さまはいい顔をしないかもしれない。卵なんてスーパーで買えばいいでしょ,60円あれば2個か3個は買えるわよ,と仰るかもしれない。
 しかし,ここは曲げて生卵を追加してみてください,と申しあげたいね。

● 卵かけ牛丼にして食べるには,牛丼のご飯が固くてはいけない。牛丼だけを食べるなら,ある程度固くあって欲しい。このあたりの兼ね合いですな。まぁ,今くらいの固さでいいんですけどね。
 ちなみに,ぼくは「すき家」には入ったことがないんですよ。理由は簡単で,宇都宮駅構内に「すき家」がないからだ。

2016年11月5日土曜日

2016.11.05 卵は生で食べるのが一番旨いか

● 昔,卵はそれだけでご馳走だった。卵焼きが憧れだった。今のように,焼いて畳んできれいに整えてなんてことはしなかった。フライパンに卵を流して焼くだけだから,薄い卵焼きになる。
 それをそのままオカズにしたり,弁当にご飯を詰めてそのうえに載せたりするだけだった。
 ご飯を食べるためのオカズだから,焼く前に塩を投入していた。しょっぱい卵焼きだ。それでも,それだけで立派なご馳走だったのだ。

● 今は,オムレツだの目玉焼きだのスクランブルエッグだのと,いろんな卵料理が,ぼくのような大衆の食卓にものぼるようになった。卵は安価な食材の代表だし,調理もしやすい。

● で,思うのは,卵は生で食べるのが一番旨いということだ。
 その代表は卵かけご飯だ。ご飯と卵と醤油。それだけで旨い食事ができる。
 卵かけうどんもある。うどんが茹であがったら,水にさらさないでそのまま器に移す。味の素と生卵をかけて,よくかき混ぜる。生醤油を垂らしてさらにかき混ぜる。餓鬼のように喰う。“めんつゆ”は要らない。

● 吉野家の牛丼に生卵をかけて食べるのも乙なものだ。牛丼が生まれ変わる。吉野家が“料亭よしの”に変わるような心地がする。
 というと,いくら何でも大げさなんだけども,卵一個でただの牛丼が別の料理になる。