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2024年6月25日火曜日

2024.06.25 本間様には及びもないが,せめてなりたや殿様に

● 酒田に来たのは,本間家のフランチャイズがどんなところなのか興味があったから。本間家と言っても,本間宗久ね。米相場で莫大な財をなした人物。その道では知らない人はいないでしよ。
 本間罫線という言葉を何かの本で知ったのは,30年も前のこと。その罫線に興味はないが,どんな男だったのか。

● が,今の酒田に残っているのは本間美術館と本間旧本邸。米相場の話は埒外。
 まず本間美術館。本間家が所有していたお宝を後の当主が市に寄付してできたんでしょうね。それ以外に,お宝を残す方法はなかったろうから。
 今は茶道具を展示中。藩主の酒井家から本間家に移ってるのが多いが,××藩主上杉○○から本間△△が拝領したもの,と説明されているものもある。
 拝領ったって,借金のカタに取ったものだろう。その代わり,貸付金は不良債権になった。お宝で残った方が良かったでしょうね,今となってみれば。

● ぼくのような不調法者が茶道具を見ても始まらない。文化とは軟弱を洗練したものなのだなと思うだけだ。その洗練にベラボウな金がかかる。
 もちろん,この美術館には茶道具しかないわけではない。次々に展示内容を替えているのだろうから,絵画とかを見たければ次の機会を作らなくてはならない。

● 本間家旧本邸。美術館からの道路を一本間違えて(地図を読めない男なのだ),遠回りをしてしまった。
 部屋数は23あるとスタッフに教えてもらった。これを今から造ろうとしたら,100億円でも無理でしょうよ。だいたい,材料をどうやって調達するか。職人がいるのか。

● まったく,こんなモノを造りやがって。ってさ,これを造るのも社会貢献だったんだよね。有効需要と雇用の創出ってやつね。
 目立たないようにヒッソリと,と知的にやられたんじゃ,社会は潤わない。当時はモノを造るくらいしかお金の使途はなかったろうしさ。

● 今は違いますよ。サービス業がメインの産業なんだから。
 現代の大富豪の皆様には,後に何も残さない泡銭的な使い方をしていただきたいものですよ。

● 本間家ゆかりの見どころは,この二つ以外にもある。が,これだけでお腹がいっぱいになってしまった。
 他のものはネットに上がっているので,それを読ませてもらえば良かろう。今日はこれで打止めとする。途中,雨にも降られて(この時期なんだから当然),イマイチ意気があがらなかった。

酒田駅
● さて。そんな酒田は今はどうしているか。かつての栄華(?)も何もかも飲み込んで,静かにたたずんでいる。
 かつてを忍ばせるアレやコレやがかなり残っている。会津若松に似ていると思った。只者ではなかった感といいますか。

● 現在の本間家はどうなっているのか。それは詮索の対象外。
 ただし,こういうことは言えると思う。江戸時代からの本間家の隆盛と,本間家の個々の構成員の幸せは一致しない。本間家に生まれたばかりに,常人なら味わわずにすんだ苦労を背負うことになる。
 その苦労があって家は維持される。規模は違え,たとえば現在の京都の老舗に生まれた人たちも同じではないか。ご苦労なことだと申しあげる他はない。

● 人口に膾炙するような特殊な家に生まれなくて,ぼくらは幸いだ。テメーを中心にして生きていくことができるのだからな。





2022年7月28日木曜日

2022.07.28 東京散歩:東京駅~銀座~新橋

● 東京駅から新橋まで歩いた。主には文具店を覗いて行ったのだが,それは別にまとめてあるので,ここではそれ以外のアレやコレを。
 東京駅前の KITTE。今日から香港ミニチュア展を開催するようだ。ぼくが行ったときにはプレス招待中。一般人は入れなかった(16時から)。
 もちろん,中国政府が噛んだ香港のPR企画だ。乗ってしまうんだな,こういうものに。

● これを見るためだけにもう一度 KITTE に来るかといえば,当然,ノー。今の香港に行ってみたいとは思わないからで,なぜ行ってみたいと思わないかというと,第1にかつての香港が持っていた魅力を現在の香港は保持していないからだ。
 かつての香港の魅力はといえば,
1 買物天国。ブランド品が格安に買えた(多くは偽物だったらしいのだが)。
2 食の都 広東料理の本場。飲茶,朝のお粥や麺。今の経営者になる前の「糖朝」も魅力的だった。
3 都市景観 特に尖沙咀から見る香港島。
4 人種の坩堝 白・黒・黄色・褐色と,いろんな人が歩いている。どんな異物も呑み込むような。
5 活気 人の歩く速度がすごい。東京は何とゆっくりなんだろう。

 このうち,現在でも残っているのは2と3だけになった。物価は日本以上に高くなった。平均的日本人が香港で暮らすのは無理だと思う。
 街を歩いているのは,黄色と褐色だけになった。返還後,まず白人がいなくなり,次いで黒人がいなくなった。人が歩く速さも普通になった。いまはたぶん東京と変わらないと思う。
 そこに今回の騒乱がったわけだ。今の香港は中国そのもので,わざわざ中国に行きたいと思うかという話。

● そこに来て,ウクライナ動乱を機に発生した円安だ。最近,かなり円が戻してきているが,現状ではまだ国内旅行の方が得られる満足が大きいのではないか。いや,それ以前に日本人の所得水準が応対的に大きく下がってしまったために,アジアを含む外国に出ると,面白いようにお金が飛んでいく実感に見舞われるだけのような気がする。
 吉野家の牛丼が400円やそこらで食べられるのは日本くらいのものだろう。貧乏な日本人がなけなしのお金を持って外国に行くのは,かつての東南アジアや韓国の人が,貯金をはたいて日本に来るようなものだ。やっても仕方がない。国内で400円の牛丼を食べている方が平和だろうよ。
 ブランド品のからくりにもぼくらは気づいているはずで,ブランドに群がるみっともなさもぼくらの先人がたっぷりやってくれているから,今さら外国にブランド品を買うために外国に行きたいということにもならないだろうしね。

● 灼熱地獄の銀座並木通り。それでもほとんどの人がマスクしてる。
 それなのに,今日(28日)の都内の感染者は40,406人だそうですよ。マスクなんて効果ないよと事実が教えてくれてますよ。マスク,外しませんか,皆さん。これでマスクって,コントを超えて茶番になっちゃうよ。
 銀座はちょっと路地に入るとこんな神社があったりする。ちゃんとお世話をしている人がいる。キレイになっているから。

● 新橋駅のすぐそばのビル。これって前からあったんだっけ,根室食堂。一献,傾けたくなりますな。
 根室って,ぼくは1回しか行ったことがない。ビジネスホテルに泊まって,街でサンマの刺身を食べた。冬だったと思う。
 サンマの刺身って今はわりと普通にあるようでもあるけれど,サンマを刺身で食べたのはそのときが初めてだった。

● 今日は昼食をたべてしまった。新橋駅前の「小諸そば」で2枚盛りイカ天付き。値段は変わらずの500円。大丈夫なのかと心配になる。もちろん,ありがたいんだけどさ。

● 旧新橋停車場に行ってみた。鉄道開業150年記念の展示。当時の様子を描いた絵などを展示している。
 新橋~横浜の鉄道工事で難所が2つあったらしい。1つは品川の海上築堤工事。もう1つは六郷川橋梁。すべて木橋だったのだが,六郷川橋梁は長さが最長。明治4年に完成したが,明治10年に鉄橋に替えられた。
 今は当たり前に乗っているが,当時の陸蒸気は庶民が乗れるものじゃなかったろう。駅は社交場でもあったんじゃないか。

● しかし,それがわずか150年前の出来事だったとは。150年をわずかと感じるのは,長く生きてしまった老人ならではかもしれんがね。

2022年7月27日水曜日

2022.07.27 川崎浮世絵ギャラリー 月岡芳年「新形三十六怪撰」後期

● 川崎浮世絵ギャラリー。芳年新形三十六怪撰の後期展示が16日から始まっている。
 今回は美人画も。美人の顔がみな同じ。この様式美(?)はどこから来ているんだろうか。
 描かれている美人は遊女か芸者。これはわかる。当時,絵になるのは遊女か芸者しかいなかったろうから。

● この頃は日本画が揺るぎなく確立していたのだろうが,そこから透けて見える中国。これはどうしようもないんでしょうねぇ。中国なしで,今の日本文化はなかったでしょうからね。
 日本だけじゃなくて,朝鮮も越南も暹羅も,周辺国はみな同じでしょ。こぞって中国嫌いなのも共通している。韓国も国民感情は反中国じゃないかと思う。

● このギャラリーに那珂川町の馬頭広重美術館の展示ポスターが張ってあった。「二つの百人一首」展。今月いっぱいの展示。
 日本画とか浮世絵とかを専ら企画展示する美術館の協議会のようなものがあるのだろうか。あるんでしょうね。が,川崎の人がこのポスターを見て,那珂川町に行ってみようかと思うかといえば,たぶん,それはない。
 それでもポスターが貼ってありました,ということです。

● 川崎に来ているときには,こうして「浮世絵ギャラリー」に来てたりするんだけども,地元にいるときに馬頭広重美術館に展示替えの度に行っているかといえば,ぜんぜん行ってない。まだ一度しか行ったことがないんだから。
 普段は美術館なんかに行かないくせに,パリに行くとルーブルやオルセーに行かないと気がすまない観光客のようなものか,オレは。



2022年7月8日金曜日

2022.07.08 岡本太郎美術館

● 岡本太郎美術館に行こうと思う。が,それは川崎市を縦に動くことを意味する。川崎(区)から東京や横浜に行くのは造作もないのだが,川崎市内を縦に動くのははるかな困難を伴うという川崎問題。その川崎問題に挑戦する気力があるか?
 WALKMANで007のテーマを聴いて気持ちを高ぶらせた。それでは足りず,エルガーの「威風堂々」まで聴いて,南武線の車輌に乗りこんだ。

● 登戸で降りて,1.8kmほど歩く。生田緑地の木陰に入るとさすがに涼しいのだが,そこに至るまでがこの時期には堪えますな。
 美術館前の「母の塔」を場所を変えながら見上げる。どこから見るのが正式なのだろうとアホなことを思ってみた。正式なんてあるわけがない。

● 岡本太郎美術館は二度目。前回は新宿から入った。川崎からJR南武線に乗るよりも,新宿から小田急に乗った方が運賃も安いんじゃないか。
 入館料は1,000円。65歳以上は800円で,ぼくはこれに該当するわけだ。が,一般券で入場。どういうわけだか,自動券売機があるのに人がいて,あれこれ世話をやいてくれる。65歳以上は800円でいいんですよと言われなかったのが何気に嬉しくて,喜んで1,000円券を買いましたよ。

● 岡本太郎美術館が川崎にあるのは,太郎が生まれたのが母親の実家で,その母親の実家が川崎市(高津区)にあったという縁なのだと思うのだが,生まれてすぐに東京に移っているので,太郎と川崎の関係はほぼ何もない。出生地という以外に太郎の足跡を川崎市内で見つけるのは難しい。
 ではあっても,川崎市に岡本太郎美術館があって,かなりの作品がここに集められている。ぼくらにとっても幸いなことであるに違いない。

● 常設展は,今回は比較的足を止めずに見て回った。
 常設展の他に小松美羽展。狛犬をモチーフにした作品で知られる人らしい。「山犬様」がタイトルに入った作品が多くあった。
 美術館に行くと疲れるのは,作品から投射されるエネルギーを受けとめきれずに,オーバーフローしてしまうからかもしれない。疲れるのがイヤで,時間をかけないようになってしまうのだが,それでもけっこう疲れる。ずっと立ちっ放しだからというそれだけではないよねぇ。

● ともあれ,川崎問題に挑戦し,そして勝利した。ミッション(?)を果たして帰還したのだが,平日の日中なのに南武線は混んでいる。帰りは川崎駅に着くまで座れなかった。
 沿線の方々は毎日,挑戦することを余儀なくされているのだろう。どうぞ,御身お大切に。

● ところで。岡本太郎美術館は9月から来店の1月末日まで休館する。太郎パワーを注入するのは,この夏の間に。





2022年6月21日火曜日

2022.06.21 川崎浮世絵ギャラリー 月岡芳年「新形三十六怪撰」

● 昨日からまた川崎に来ているので,川崎浮世絵ギャラリーを覗いてきた。浮世絵に興味があるのかと問われると,特に興味はないという答えになるのだけれども,川崎に来た折りには浮世絵ギャラリーを覗くのは何とはなしの習慣になっている。
 なぜかというと,ひとつにはほどがいいのだと思う。何のほどがいいのかというと,物理的な大きさ(小ささ)だ。

● 美術館に行くにはけっこう踏ん切りが要る。疲れるからだ。見ているだけなのにグッタリと疲れてしまう。どういうわけでああまで疲れるのかはよくわからないが,2時間が限界ではないだろうか。
 その疲労を考えてしまうと,少々腰が退けてくるわけだ。踏ん切りが要るとはそういうことだ。歳を取るとなおのことだ。
 が,ここは展示場が狭いので,疲れはするが,軽度ですむ。

● もうひとつは,自分に絵心がないことはわかっており,絵を見ても刺さって来ないことも自覚しているのだが,情報をシャワーのように浴びれば,ある日突然,視界が開けてくるような変化が訪れるかもしれないという,淡い期待もある。
 その期待を自分にするには,少々以上に歳を取りすぎていることは重々承知しているけれども,ひょっとしたらひょっとするのではないかという淡い期待だ。

● 今回の展示は月岡芳年「新形三十六怪撰」。月岡芳年は前回展示の歌川国芳の弟子にあたる。
 非常に細密。ここまで細かくする必要があったのか,と思うほどだ。
 描かれているシーンで実話は1つもない(と思う)。すべて後世の人間が想像した(でっちあげた)ものだ。この世は想像で回っている。自然科学を除いて,リアルはさほどに重要ではないのかもしれない。

● 平日ゆえ,来場者は年寄りばかりと言っていい。若年,壮年は,会社で仕事をしている。呑気に浮世絵なんか見ていられるのは,年寄りの特権と言っていいかもしれぬ。
 その年寄りたち,絵を見るより先に解説文を読んでいる。考え方は色々あるのかもしれないが,まず絵を見るのがいいと思う。しかる後に解説文を読みたくなったら読む(読まなくてもいい),という順序がいいのではないか。情報のシャワーを浴びるとは解説文を読むことではない。

● 浮世絵を見ると毎回思うことだが,江戸や明治初期の民衆(知識階級であったかもしれないのだが)が共通了解事項として身に付けていたであろう一般教養を承知していることは,鑑賞するための必須の道具になる。
 たとえば歌舞伎のストーリーとシーンであり,たとえば浄瑠璃や文楽だ。これがないとピンと来ない。手を付けていくのはなかなか大変かもしれないけれど。

2022年6月10日金曜日

2022.06.10 開高健記念館

● 宿泊している川崎から茅ヶ崎にやって来た。川崎からJRで770円。充分に遠い。
 何をしに来たのかといえば開高健記念館に行くためだ。駅から約1.5kmを歩いて到着。

● 終の住処を記念館にして公開している。瀟洒な家だなというのが第一印象。豪邸ではないけれども,お金持ちの邸宅という感じもしなくはない。
 金土日のみの開館。やはり旧開口邸を公開している「開高健記念文庫」が杉並にある。そちらは事前予約が必要であるらしいのだが,「記念館」はその必要はない。

● 20代の頃,彼の作品は小説,エッセイ,対談,ルポルタージュなど,全て読んでいるはずだが,唯一「ベトナム戦記」だけは最後まで読めていない。
 そのベトナム取材をともにした秋元啓一カメラマンとのやり取りの記録が展示されている。ただ,ここにあるものの多くは書籍化されていると思う。写真も含めてほとんどのものに既視感がある。

● 自筆原稿ももちろんあるのだが,出版物になっている書籍も並んでいる。若い頃の自分に会うような懐かしさがある。
 自分が持っていた開高作品はすべて実家に運び込んだのだが,実家の中で行方不明になっている。探してみたのだけども,見つからなかった。
 残念感はじつはあまりない。主だったものは図書館で読めるだろうし,Amazonでだいぶ手当はできると思うからだ。

● 『生物としての静物』に「書斎のダンヒル」「戦場のジッポ」と題して,ダンヒルとジッポのライターが紹介されているのだが,その現物を見ることができる。夫人が贈ったパイプも並んでいる。
 百円ライターですますようなことはしなかったのだ。が,実用を超えた数がある。コレクション癖があったのだろうか。昨今流行っているやに見える,ミニマリストではなかったようだ。

● こうした記念館ではすべてそうなのだが,白眉は仕事部屋。作家の場合は書斎と呼ばれるが,開高さんちの書斎は,家屋内家屋の趣がある。離れに近い。家族の侵入を拒否している。書斎から直接,外出もできる。
 安くはなかったであろうオーディオ機器も置かれている。書斎で音楽を聴くこともあったのだろう。
 ここに垂れ込めて文章を捻りだしていたのかと思うと,少し立ち去り難い思いがした。

● 作家は58歳で永眠している。夏目漱石は49歳で亡くなっているのだから,早すぎた死というのは当たらないかもしれないのだけれども,ぼくはそれより長く生きている。
 長く生きればいいというものではないことはたしかだ。

● 作家が亡くなったあと,ひとり娘の道子さんも事故死(おそらく自殺)。最後に残った夫人は,この茅ヶ崎の自宅で,死後数日して死んでいることが発見された。
 「記念館」も「記念文庫」も夫人の実妹が寄贈したものだ。相続したくはなかったろう。そのおかげで記念館が誕生して,作家の創作の現場が残ることになったのではある。

● 明日,世界が滅びるとしても 今日,あなたはリンゴの木を植える

 作家が遺した短い箴言がいくつもあるのだが,上記は「悠々として急げ」とともによく知られたものだろう。はるかに先の話だけれども,世界は確実に滅ぶ(地球の寿命の5分の4は過ぎたらしい)。そのときに地球に居合わせた人たちは,どうするのだろう。

2021年6月23日水曜日

2021.06.23 無印良品 銀座-長く生きる。ウィンザーチェアの場合 展

● 椅子なんて座れればいいのだと考える人もいるだろう。生活用品ひいてはQOLについての訴求点が低い人。というか,感覚の解像度が粗い人。かく申すぼくもそうなのだが。
 そういうことでは,真善美に近づくことは難しいでしょうなぁ。

● ウィンザーチェアとは「厚い木製の座面を基盤として,椅子の脚,スピンドルなどが直接座面に接合された椅子である」と定義されているようだ。
 座面に傾斜を付けているのがあって,一度座ると立ちあがるのが億劫になる。そういうのがいい椅子なのか,すぐに立ちたくなるようなのがいい椅子なのか。どういう状況で何のために座るのか,によって違うという結論しかない。

● ある用途,たとえば休憩する,という場合に,どれだけ心地よく休憩させることができるか。作業のために座るのであれば,いかにその邪魔をしない座面や傾斜を作るか。そういう勝負をしているんでしょうね。
 ひとつの椅子ですべてを賄おうとするなってのが,一番大切なことでしょうかねぇ。

● 無印良品って現場はしっかりしている。こういった展示会の運営もそうだし,売場もそうだけれども,いい空気を作っていると思う。
 接客の仕方,商品棚の作り方,導線をどうするかなどなど,緻密に考えて細かい改良を重ねているのだろう。

● しかるに何ぞ。経営陣はウィグル綿の問題を解決する気はあるんだろうか。それ以前に,問題を問題と認識できているんだろうか。
 中国に投資した金額と手間に拘泥して,欧米の優良顧客を失ってもいいとでも思っているんだろうか。日本はG7の中では唯一,中国政府のウィグル人殺戮をジェノサイドと認定していない国だけれども。

● ジェノサイドに加担している企業の製品は輸入を停められるぞ。ドル決済もできなくなるぞ。
 そうなったら倒産だぞ。現場が積み上げてきたものが雲散霧消するぞ。顧客の無印良品に対するリスペクトも一瞬にして吹き飛ぶぞ。
 ひょっとして,そんなことになるわけがないとタカを括ってしまっているんだろうか。

2021年4月4日日曜日

2021.04.04 無印良品 銀座-民藝 生活美のかたち展

● 銀座,並木通り。無印良品銀座を覗いたら,6階のギャラリーで「民藝 生活美のかたち展」が開催されていた。
 無印のデザインを支えてきた深澤直人さんが日本民藝館の館長に就任しているのだから,これからもしばしばコラボするのだろう。

● 民藝とはそもそも何かについては,この巡回展のリーフレットの挨拶文で深澤さんが解説している。「観賞用としての雅な逸品ではなく,大衆に向けて作られた温もりを宿す実用の手工芸品の中に,健全で尋常な美が宿っていることを柳は見出しました」ということ。
 したがって,たいていの場合,作者不明となるのだろう。作者という概念自体が成立しない世界なのだろう。
 柳は「用の美」という見事な言葉をも残している。後世の人は機能美などとも表現するようになっているが,ほぼ同じ言葉と理解してよいのだろう。

● 深澤さんはまた,無印良品について「印のついたマーケティング戦略に基づいたものづくりに抵抗し,質素で豊かな真の価値を目指して1980年に設立されました。それはプロダクトによる現代の民藝運動と言えるかもしれません」と言っているが,これには賛否両論があるだろう。
 目下のところ,ぼくは否の側に立っている。無印は印のひとつにすぎないように思えるからだ。

● この巡回展はかなり見ごたえがあるものだった。展示物の多さがその主因だが,この建物の6階の空気感によるところもあると思う。重苦しくなく見通しがいい。
 建物じたいではなくて,中にいる人間が作りだしているものだと思うのだけども,長居するのが苦にならない感じというかね。

● で,ザッとだけれども,展示を見終えたあと,これら昔の民具を美しいと思えるか思えないかは,審美眼の問題ではなく,自他の生を慈しめるかどうかで決まるのだろうな,と思った。
 美しいと感じるより,使いやすいと思う。その視点でどこまで受けとめられるかは,生活者としてどれだけ真摯に生活に向き合ってきたかで決まる。

● 以下はまったく余計なことなのだが,先に,無印を民藝に比することについては否だと言った。その理由の1つは無印製品が企業体(株式会社)によって生みだされているからだ。つまり,全体を総べる者,管理する者がいるからだ。
 もちろん,いていいんだけれども,どうもこの経営側に問題があるのじゃないかと思うことが,最近の良品計画には多い。たとえば,このニュースだ。

● もしこれが本当なら(本当なのだろうが),良品計画の経営陣はその資質に疑問符が付く。状況がわかっていない正真正銘のバカなのか。あるいは中国に対する損切りをする決断力がないのか。
 現時点でこの会社の株を買うわけにはいかないだろう。社員の苦心と営為によって積上げた富を,経営陣がその愚鈍によって蕩尽してしまっている図が浮かんできてしまう。

● 本体の日本民藝館も今月の今日,リニューアルオープン。本館は月曜以外は開館しているが,柳宗悦の居宅だった西館は第2・第3水曜日&土曜日のみ開館。
 早めに行って,ゆっくりと見て回る時間を確保したいものだ。