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2019年3月12日火曜日

2019.03.12 Instagramはどうなるか

● 若者がFBから逃げだしている,逃げだした先がInstagramだ,と言われだしたのは数年前。今はどうなっているんだろうか。同じ傾向が続いているんだろうか。
 ひょっとすると,若者はInstagramからも逃げだしているのではないか。ユーザー総数も減っているのではないか。インスタ映えという言葉もあまり使われなくなったような気がするし。

● 素人が撮ったスナップ写真が星の数ほどになったところで仕方がない。しかも,その多くはリア充自慢に属するものだろう。もっとも,誰もがリア充自慢をしなくなれば,SNSはすべて消えてしまうかもしれないのだが。
 Instagramもいずれは飽きられるはずのものだ。飽和点に達するのはFBよりずっと低い水準だと思う。

● すでに年寄りがかなり増えていて,そこに企業が顧客獲得のために参入してくると(もうしていると思うのだが),Instagramからの若者逃亡が本格化するだろう。
 そうなると,年寄りのリア充自慢なんかに誰も付き合いたいとは思わないから,Instagramは一気に衰退に向かう。

● と書いたところでググってみたら,Instagramはまだユーザーを増やしているらしい。本当かね。が,さほど遠くない将来に頂点を付けると予想しておく。
 ただし。FBはそっくり消えるだろうと思っているのだが,Instagramは下降期に入っても長く残るかもしれない。

● FBに対するTwitterの利点は,言いっ放しが許される雰囲気があることだ。コメント(返信)が付いても,わりと気軽に無視できる。
 FBではそうはいかない。“友だち申請→承認”という前段の手続きがものを言っている。拘束感が強くなる。そういう世界は,バカが1人でもいると村社会になってしまう。
 Twitterにはそれがないから,つながりの具合が緩やかだ。この点において,InstagramはTwitterに近い。

● もう一点。“ストーリーズ”の存在だ。「写真または動画の投稿から24時間で非表示になる」というサービス。これが若者をつなぎとめるかもしれない。
 スナップチャットに学んだものだろうか。消えてしまうものがなぜ人気なのかといえば,リアルのコミュニケーションに近いからだと思う。リア充自慢にウンザリすることからも解放される(すぐに消えるSNSでそんなことをするバカはいないだろう)。

● 今どきの若者は“世界に向けて発信”などというアホらしいコピーに踊ることはないのだろう。仲間内に届けばよい。仲間内なのだから届けば用済みだ。その後も残っている必要はない。むしろ残らない方がいい場合が多い。後顧の憂いなく,アホな自分を演出できる。
 ともあれ,アクティブユーザーほどストーリーズの利用率が高いらしい。年寄りの侵入を防ぐのにも都合がいい。

● ぼくもInstagramに登録だけはしているが,投稿したことは一度もない。フォローしている人もいない。
 Instagramを見るのは,測量野帳やトラベラーズノートの使われ方の実例を見たくなったときだけだ(そのためにInstagramが適当かどうかは別の問題)。月に1回あるかないかの頻度。
 そういう使い方しかしてないなら,IDを持っている必要はない。で,ぼくのような人がけっこういるのではないかと思うわけだ。そういう人もユーザー数に含まれている。

2018年7月21日土曜日

2018.07.21 Facebook雑感3

● Excelでできることを100とすると,自分が使っていのはそのうちの4か5,などとよく言い合っていた。ひょっとすると,1か2かもしれない。
 たいていの人はExcelでマクロを組むこともやっていないだろう。なぜかと問えば,自分には必要ないからという答えが返ってくるに違いない。
 が,もしマクロを組んで処理することを覚えたら,何でこんな便利なものを今まで使わないでいたのか,と後悔するかもしれない。

● 必要あるかないかは,じつは自分でも意外にわからない。そのうえ,対象物をよく理解しないままで判断している。
 自分には必要ない(だから興味を持たない)というのは,たんなるズボラかもしれない。

● もっとも,MicrosoftでExcel開発を担当している人間でも,Excelのすべての機能を知っている人はいないと言われる(本当かどうかは知らない)。モジュールに分けてチームを作っているから,他のモジュールまで完全にわかっている人はいないのだ,と。

● Facebookでもホーム画面の左側に表示される項目を見ると,とんでもなく多様な使い方ができるのだと思われる。募金を集めることまでできるのだ(集まるかどうかは別にして)。
 けれども,ぼくを含めてほとんどの人は,タイムラインに何ごとかを書いてアップする,友達のタイムラインを読んで「いいね!」やコメントを付けるところで終わっているだろう。あとは,Messengerで連絡を取り合といったところ。
 何でも入れられる巨大な箱に石ころを1個か2個入れて,コロコロさせているのが,大方の使い方だろう。もちろん,ぼくもそうで,なぜかといえばそれ以上は自分には必要ないから。

● しかし,少数ながら,Facebookのこれだけの機能をうまく使って何かできないかと考える人もいるに違いない。
 実際に“何か”を始めている人もいるだろう。

● しかし,Facebookには問題がある。
 Facebookを使っていると,自分の裸を見られているんじゃないかと思うことがあるんだよね。誰にって,Facebook社に。
 何を投稿したかをすべてフォローして,その人が興味を持ちそうな広告を出してくる。Facebook社が追跡しているのはFacebookの投稿だけではないようなんだよね。Twitterやブログや,その他,ぼくがネットに発したものすべてを把握しているようなんだよなぁ(Facebookに限ったことではないけれど)。

● それじゃあ目くらましの投稿をしてやろうかと思って,その種の球を投げてみると,それは目くらましだと見通されているような。
 感心するほどだ。なかなかやるなぁ,Facebook。

● ネットを多様に使っている人は,それらをすべてFacebookに集約できないかと考えたことがあるのではないか。が,それはやってはいけないことだ。Facebookがいつまで存在するかわからないからだ。
 パソコンのソフトはどれが一つしか使ってはいけないと言われたら,たいていの人はExcelを残すと思う。パッケージソフトならそれでいいのだが,SNSはその一つが残るとは限らない危うさがある。

● ほんとにさぁ,このままではいけないよねぇ。何とか策を考えないと。
 抱え込むだけ抱え込んで,他には渡さん的な強欲はダメだよ。ユーザーが“公開”設定で上げているものは,Google検索を許してやりなよ。
 他にもいろいろありそうだぞ。直した方がいいところ。

● だって,このままだと年寄りだけのサークルになってしまうぞ。ほんとに年寄りだけになったら,年寄りも離れていくぞ。
 女性は男性を呼び寄せるが,その逆はない。若者は年寄りを呼び寄せるが,その逆はない。
 それゆえ,若い女性のユーザーを増やすのは焦眉の急だと思うのだが,Facebook社がその努力をしているとは思えない。

● 弊社にはInstagramもございますから。若い方々にはそちらを中心にご利用いただいておりますから。
 と言ってみたって,Instagramにも中高年(の特に女性)が怒涛の勢いでなだれ込んでいるようだし,Facebookを逃げだした若者がそっくりInstagramに移っているわけでもなさそうだ。
 このままではInstagramの隆盛だっていつまで続くか。

2018年6月12日火曜日

2018.06.12 インスタは若者の聖域として残してあげよう

● 右は今日の下野新聞。インスタ人気を受けて,AIを使った高機能カメラを搭載したスマートフォンが発売されるよ,と。
 でもさ,高機能カメラのスマホをひっさげて,中高年がインスタになだれ込んできたら,若者には迷惑だろうなぁ。ウェイブは若者から始まって中高年に浸潤していくもので,その逆はあり得ないわけだけど,インスタは若者の聖域として残しておいてやりたい。

● インスタは40歳以上は立入禁止でいいのじゃないか。ジジババにはFBという玩具があるじゃないか。FBの中をウロウロしてればいいじゃないか。
 そのFBだって,最初は若者の楽園だったのだ。それをオズオズと眺めていたジジババが,自分にも使えそうだとわかると大挙して押し寄せて,結果的に若者を追い出してしまったのだ。

● どうやってみたってジジババの容姿がインスタ映えするなんてあり得ないんだし。現実を直視しようよ。40歳を過ぎたら,男も女も自分の容姿をSNSに晒しちゃダメだよ(プロフィールの写真だけにしとかないとね)。それって,公共の福祉を損ねるよ。
 たぶん,例外はあるんだけれども,自分がその例外だとは思わない方がいいよ。だいたい滑稽な結果になってるよ。知らぬは本人ばかりなりってね。

● そもそもインスタ映えって,写真に嘘をつかせる=見栄をはる,ってことだもんね。若者がやれば可愛らしくても,ジジババがやると薄汚くなるだけだ。
 だから,インスタぐらいはせめて若者に残しておいてあげようよ。

● ひょっとすると今のFBがそうなのかもしれないけれども,ジジババがユーザーの過半を占めるようになると,ワクワク感が失せるんだよね。つまらなくなるんだよ。あんまり頭の良くない目立ちたがりの常識人って,最高につまらないわけで。
 つまり,頭が良くないっていうのも,目立ちたがりっていうのも,常識人っていうのも,それがジジババの圧倒的多数だからね。多数派はつまらない(退屈)に決まってるんだよ。つまらない人たちが席巻しているところからは,若者は逃げだす。
 おまえがその典型じゃないか,おまえが言うな, っていう話だけどさ。

2017年5月14日日曜日

2017.05.14 Instagramを覗いてみた

● けっこう文具が好きなので,いくつかのトピック(ほぼ日手帳とかダイスキンとか)についてInstagramの投稿を眺めてみた。
 ダメだ,ぼくにはTwitterやFBとの違いがわからない。Instagramってキャンプションを付けた写真を投稿するSNSなんだよね。FBだって写真がメインで,文章はその添え物になっていることが多い。Instagramと同じじゃん。

● 実際に使ってみないと,違いは体感できないものなのか。そうなんでしょうね。
 ただひとつだけ感じたのは,他とつながるためではなく,個を発信するためのツールだなってこと。Instagramのユーザーは圧倒的に女子が多いようだ。女子って,こういうふうに自慢をしているのか。

● ただ,TwitterでもFBでも自分の投稿しか見ないっていう人がけっこういそうだ。他人の投稿は読まない,っていう。
 さすがにFBでは少ないかもしれないけれども,Twitterではわりといそうな気がする。だから,ここもInstagramだけの際だった特徴というわけではなさそうだ。

● Instagramに限らず,SNSはすべてそうなのかもしれないけれど,自分のガス抜きができることが,効用の第一にくるものだね。
 自分がなぜTwitterで囀っているのか。やっぱりガス抜きをしてるんだよね。他に何かを伝えるとか,情報を共有しようとか,そういうことじゃなくて。

● つまりは,私を見てっていう自己顕示欲求を満たすためにSNSはある。それがいいとか悪いとかじゃない。それは人間の自然な欲求だから。
 リアルの人間関係でも同じでしょ。自己顕示だけでは嫌われるという程度のことはみんなわかっているから,それだけに終始することはないとしても,“私を見て”が人間関係の核にあるものだ。
 SNSはそれを拡散してくれる。だから流行る。Instagramは比較的,それに特化したSNSなのだなと思った。

2017年5月11日木曜日

2017.05.11 Facebook疲れ?

● 自分のことではないんですよ。若い人たちのFacebook離れが進んでいるっていうのは,だいぶ前から言われていて,ぼくがFBを使い始めたのは1年半ほど前なんだけど,その頃にはもうだいぶ進行していたと思う。
 その前にFB疲れということも言われていましたね。先日もFBが頭打ちになっているという記事に接した。

● ぼくはTwitterとFBをほぼ同時に使い始めた。で,思うのは,FBがなくなっても痛痒は感じないけれど,Twitterには残ってほしい,ということだ。
 Twitterで気軽につぶやき,まとまったものにしたいときにはブログを使えばすむ。

● Twitterには140字という制約があるといわれる。けど,FBでも140字を超える投稿はあまりない。むしろ,140字を超えると億劫がって読まない人が多いのじゃないかと思ったりもする。
 つまり,140字は制約じゃない。充分に広い。ほとんどの人はスマホでやっているんだろうから,そんなに長い文章は打てないわけでね。

● FBには向かない投稿というのもありそうだ。意見表明的なものはだいたいそうじゃないかと思う。和を乱す,無用に空気をかき乱す的な受け取られ方をすることが多いはずだ。
 つまり,FBって村社会をそのままネット化したものという側面がわりかし強いという印象がある。限られた「友だち」どうしで「いいね!」をやり取りして,それで完結している。閉じている。閉鎖的な空間。

● どうしてそうなるかといえば,理由は非常にハッキリしている。それがFBというものだからだ。
 FBの肝は“つながる”にある。“つながる”を持ちこめば,そのつながりを揺さぶるものは,排除の対象になる。とは言わないまでも,忌避の対象にはなる。
 絆は束縛の別名でもある。ぼくらにまず必要なのは,絆じゃなくて,孤に耐え得る耐性の方だろう。それを持たないやつが絆を求めると,ろくなことにならない。そうしてできた絆やつながりは,醜さの別名にもなる。

● 「友だち」って5,000人まで登録できるんだったかな。けれども,いくらネットでの交流とはいえ(あるは,ネットだからこそ),そんな数を捌けるはずはない。普段交流する人だけの「リスト」を作って,自分のタイムラインに流れてくる情報量を大幅に制限しているはずだ。
 となると,FBの「友だち」というのも,ゴミの集合体に過ぎなかったりするのではないか。ぼくの場合は違うけどね。なにせ「友だち」は9人しかいないんだから。

● FBをやるときに大事なのは,自分の投稿を広く拡散させたいと思うあまり,「友だち」をむやみに増やさないことでしょうね。FBって個対個のコミュニケーションに向くSNSなんだから。
 特に,政治家(県会議員とか首長とか)を入れないこと。これは大事だと思いますよ。

● ときどき,出会い系の女性から友だち申請があったりするしね。こういうところも,FBの煩わしさのひとつ。あからさまにそれとわかる広告もあるし。
 というわけで,Twitterの方が風通しが良くていいかなぁと思っている。

● ところで,若い人たち(特に娘たち)はFBから逃げ出してどこに行くのかというと,Instagramらしい。忌々しいことに,FBとInstagramは同じ会社が運営しているんだねぇ。
 ぼくはInstagramの世界には興味がない。というか,若者はオッサンやジジイを嫌ってFBを逃げ出したのに,それを追いかけちゃいけないや。
 大昔から世代間の棲み分けはあった。SNSでもそれがあって当然だ。世代間で協力し合わなければというのは,それ自体が年寄りに都合のいい話であって,若者にしたらとんでもないことだろう。
 若者の自由は尊重しないと,ぼくらの未来がなくなってしまう。