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2021年3月25日木曜日

2021.03.25 LINE不祥事のニュース

● LINEに集まった個人情報が中国当局に筒抜けになっていたというニュース。が,これでLINEユーザーが減ったかというと,そうでもないでしょ。
 多くの人にはピンと来てない。「自分の情報なんか,中国政府が興味を持つようなものじゃない。見たけりゃどうぞ」くらいに思っているだろう。

● LINEの代わりになるものってなくはない。けど,友だち全員が一斉に乗り換えるならともかく,自分だけが乗り換えるのでは,失うものが多すぎるように感じるだろうしね。
 この人脈(?)をまた一から作り直さなければならないのは億劫だ。なら,このまま使い続ければいいか,と。そこが問題だと言われりゃ,それはそうなんだろうけどさ。

● よほど親しい人限定で使うのが,LINEの使い方のコツだとは思うんだけどね。ご主人様が奴隷たちに指示を出すために使っているのを別にすれば。
 会社の同僚だとか学生時代の同窓生だとか,その程度の関係にすぎない人とLINEでつながっても,ノイズが増えるだけで,ストレスまみれになるだけだろうと思うんだよね。そういう人とつながるのにちょうどいいツールはFacebookでは。

● ぼく一個は,その程度の関係の人とネットでつながってどうするのかという意見だけど。いかにしてつながらないですませるか,を考えた方がいいい時期に来ているよね,とっくの昔に。
 ので,今回の件は,くだらないLINE友だちを一掃するのにちょうどいい機会じゃないかと思うんだけどね。

● LINE上層部も認識が甘すぎ。ほとんど話にならないレベルで,相当なペナルティを課さないといけない案件だとも思いますよ。3ヶ月の業務停止命令でどう?

● ま,実際にはそれは難しいらしい。高橋洋一さんのこちらの動画が,そのあたりを平易に解説してくれている。
 ちなみに,その高橋さん,小学校から高校までほとんど登校しなかったと語っている。頭が良すぎて学校に馴染めなかったから。高校では話のわかる教師がおまえは来なくていいと言ってくれたらしい。
 それに見合った何らかの欠落があるはずだとも思うんだけど,そういう人が面白くないはずがないよね。面白さってバランスの欠如の度合いかもしれないね。


(2021.03.27 追記)

● こういう動画もある。渡邉哲也さんの辛口の論評だ。
 ぼく一個に関していうと,LINEなど消えてしまっても痛くも痒くもない。ぼくがLINEでつながっているのは奥さんだけなので(彼女はぼく以外にも数人のLINE友だちがいるらしい),彼女にたとえばViberに移ってもらえば,LINEでやっていたこと(チャットと無料通話)はそのままViberで継続できる。

 野次馬的に心配なのはソフトバンクだよね。アリババがおかしなことになっているし,そこに傘下に収めたLINEがこけるようなことがあると,ソフトバンク自体が危ないんじゃないかというね。

2019年3月26日火曜日

2019.03.26 個対個のコミュニケーション・ツールとしても,スマホってほんと便利だね

● 個(人)対個(人)のやり取りに使っているスマホアプリは,LINEとViber。が,その個というのは,ぼくの場合,両方併せてわずかに2人。個対個のやり取りは煩わしさを生む元凶でもあるので,会社の同僚とか学校の同窓生とか単なる知人とか,そういう人たちとLINEで“つながる”つもりはサラサラない。
 ではあっても,個対個のコミュニケーション・ツールとしても,スマホってほんと便利だね,と今更に言ってみる。

● 即時に届くというのは,電子メール以来,それがあたりまえになってしまったから,別に何とも思わないで使っているけれども,とてつもないことですよ。
 惻隠の情を届けたり届けられたりするのに,こんないいものはありませんよ。

● しかし,便利でハードルがないに等しいほどに低いから,つい過剰に使うということがあるのではなかろうか。つまり,つながりすぎ。
 気をつけるべきは,ここのところだ。君子の交わりは水のごとし,というのは古今を問わず真理であって,濃すぎる交わりは忌むべきもののひとつだ。

● つながりの数が多すぎるのもよくない。LINEの友だちが多すぎる人は,相当な時間を棄ててしまっていないかどうか,顧みた方がいいのではないか。中小企業の社長が仕事に使っているという場合を除いて,LINEの友だちはいいところ30人ではないか。
 FBのMessengerを使っている人も多いと思うが,ぼくには無用のもの。グループ機能など必要を感じたこともない(個対個でやり取りする相手が2人しかいないんだから,それが当然なのだが)。

● 通話も Viber out ですませている。電話って年に数回しかかけないから,通話SIMは要らない。3大キャリアもMVNOも通話料が利益の源泉のようで,通話SIMの利用が端末割引の要件だったりする。が,ぼくのような人間には電話などそもそもが不要だ。
 が,水のごとき淡いつながりしか持たなくてすむのなら,多くの人とつながってみたいとは思う。

● でも,ま,淡いつながりというのは,“つながっていない”に限りなく近いもので,そうであるなら,現状ですでにその状態は実現されているとも言える。

2019年1月2日水曜日

2019.01.02 SNS雑感 2

● TwitterやFacebookを始めるときに読んだSNSのガイドブック的な本の中に,“SNSやブログを複数やる場合,ハブとなるのはFBが相応しく,Twitterではダメだ”という記述があった。
 FBには自分がやっているサイト名をいくつでも入れられるが,Twitterはひとつしか記入できない。ゆえに,FBをハブにして活用すべし,という理屈だったように記憶している。

● が,この理屈は,すでに有名人になっていて,いくらでもお客を呼べる人向きのものだろう。正確にいうと,その潜在力を持っている人に向いたものだと思う。
 ぼくはそうではない。かつ,多くの人は,自分がそうだとは思わない方がいいだろう。

● FBで友だちが500人いるとしても,自分の投稿をいつも見てくれる人は,下手すると1割もいないのではないか。友だちになってはいるけれども,フォローを外されている。
 自分もそうしているはずだから,これはわかりやすい話のはずだ。

● 加えて,FBはGoogleの検索を拒否する。FBユーザー以外は閲覧できない。そういうものをハブにするわけにはいかない。
 ぼくを含む多くの人にとっては,そもそもハブという考え方を採用する必要もないだろう。

● Twitterと違って,FBには140字制限はない。いくらでも長文を書くことができる。ところが,FBでも140字を超える投稿はあまり多くない。多くの人がスマホでエントリーしているからだと思っていた。
 もちろんそれもあるんだろうけれども,多くの人が長文は歓迎されないことを知っているからかもしれない。

● 長い文章はなかなか読んでもらえないようになったらしい。おそらく,供給が劇的に増えたからだと思う。書き手が増えた。読み手は増えない。
 読む側とすればザッピング的に読むしかない。Twitter的なものがいい。短文を読み飛ばしていく。FBだって長いのは喜ばれない。
 だから,ブログも読まれなくなっているのではなかろうか。トータルのPV数が百万を超える個人のブログはたくさんあると思うけれども,これから同じ内容のブログを書き始めても,百万PVに到達するのは今までの10倍はかかるのでは。

● SNSはコミュニケーションツールと言われる。が,コミュニケーションツールとしてのSNS(の総量)はこれ以上増えないような気がする。たとえばFBが寂れて,他の何かが勃興することはあるだろうけれど,総体はもう増えない。
 コミュニケーションにも適正濃度があって,すでにその適正ラインをオーバーしているように見えるからだ。LINE疲れとかFB疲れとかではなく,コミュニケーション疲れがけっこう広範に出ているのではあるまいか。
 年がら年中,コミュニケーションにうつつを抜かしているわけにはいかないだろう。

● ぼくらがリアルのコミュニケーションでやりとりしている情報の99%はおよそどうでもいいことだというのが,SNSの普及で明らかになった。それがSNSの効用の最たるものではないかと思うほどだ。
 FBやTwitterに溢れているものがそうだから,ふと足をとめてリアルを振り返ってみると,何だ,リアルも同じじゃないか,と合点するという意味だ。

● つまり,FBやTwitterはどうでもいいことで満ちている。やれ昼食に何を食べた,やれ誰それさんとお茶している,やれ箱根駅伝を見ている(感動をありがとう),やれTVで知った評判のお店に来ている。
 バカか,おまえは,と言いたくなるもので満ちている。売れっ子のタレントや,今でいえば将棋の藤井七段のような人なら,昼に何を食べたかが付加価値を持つ情報になるかもしれないが,おまえが何を喰おうとどうでもいい,そんなことをいちいち流すなボケ,と言いたくなる。

● というわけで,SNSはゴミ情報の集積地だ。SNSを始めるというのは,そのゴミの山に分け入っていくことなのだ。
 ここで大事なことがある。自分もまた,ゴミしか吐きだせないということだ。どう頑張ってもゴミしか出せない。ゴミを増やすことしかできない。

● 特にLINEがそうなのだが,ハードルが低い。というか,ハードルはない。
 ゆえにチャチャッと書きこみがちなのだが,文字だけで個対個のコミュニケーションを維持するのはかなり難しい。要らぬ誤解を招く。面と向かっているのであれば起こりようがない誤解が起きる。
 その誤解を招いたことで落ちこむのなら,LINEなどやらない方がずっと賢い。

● FBにしろTwitterにしろLINEにしろ,向き不向きがある。とりあえず始めてみるのはいいと思うが,自分には向かないと思ったらすぐにやめることが大事だ。
 無理はしないこと。無理をしてまで続ける価値はない。

● リアルのコミュニケーションを振り返ってみれば明らかだけれども,どうでもいいゴミをやり取りしているから,コミュニケーションはコミュニケーションとして成立している。どうでもいいことではないことをやり取りしなければならない状況は,快適とは言い難い。
 SNSでも事情は同じであって,もしFBを始めてみて,楽しい,これは自分に合っている,と思ったのなら,それはどうでもいいことしか吐きだしていないからだし,どうでもいいことしか受けていないからだ。
 それがいいことなのかどうかはわからない。良くないとしても,コミュニケーションが目的ならば,そうなるしかない。

● コミュニケーションにも適正濃度があるとするなら,そもそも,SNSをコミュニケーションツールとする考え方を捨てたらどうか。コミュニケーションなどリアルで充分ではないか。
 SNSはひとり遊びの道具にする。勝手気ままに使うのがいい。自分を垂れ流す場がSNSだ。
 垂れ流しているんだから,反応や評価は求めない。自分が望む反応を期待してはいけない。いや,もし反応があっても無視するくらいがちょうどいいと思う。

● SNSにすり寄るのではなくて,SNSを自分に引きつけて使うのだ。大げさにいえば,それが自立するということではないか。
 群れの中に身を置いて,群れない使い方をする。

● だったら,EvernoteやGoogle Keepに書けばいいじゃないかと言われるかもしれない。が,群れの中に身を置いた方がいい。ほどよい緊張感が得られるからだ。その緊張感が垂れ流しを長続きさせてくれる。
 端末のハードディスクやSDカードに溜めていくよりも,SNSに上げた方がデータが毀損される可能性も低くなる。そういうところを含めて,SNSのいいとこ取りをすればいいと思う。
 で,垂れ流すのに最も向いているのはTwitterだろう。その場合,Twilogを併用することは必須。溜まったデータの取り回しが楽になる。自分のツイート全体に対して検索をかけるのも,Twilogの方がやりやすい。

2018年8月28日火曜日

2018.08.28 LINEとAmazon 気になるIT企業の双璧

● 気になるままでいるのは,自分には必要ないと思っているからだけれども,サービスの内容を知らないから,自分には不要と思っているだけなのかもしれない。
 サービスの内容を具体的に知れば,おっ,これ便利じゃん,何で今まで使わなかったんだろう,となるのかも。

● LINEに関しては,相方とだけつながっている。やりとりはチャットで行うし,電話はLINEの無料電話をもっぱら使っている。
 充分に便利だ。特にどちらかが外国にいる場合,あるいは双方が外国にいる場合に,インターネットを回線にしてるLINE電話の効用を実感する。国際電話が無料になったようなものだから。なるほど,インターネットに国境はないものなと思う。

● が,今のところ,LINEでつながっているのは相方だけだ。LINEを使ってまでやりとりするほどの友人はいない。
 ぼくは社会的には存在していないと言っていいほどに,生産活動を含む社会活動(?)をしていないから,上司や部下,取引業者なども,存在しないに等しい。

● ま,それはいいんだけども,LINEにはチャットや無料電話以外のサービスがいくつもあるわけだ。それらは完全にスルーしている。
 これらのサービスの中身を確認した方がいいのかもな,とは思ったりはする。役に立つものがあるかもしれない。

● Amazonに関しては,オンラインの書店という大昔のイメージから出ていない。市中の書店にはない本でもAmazonにないことはまずない,といったイメージ。実際,書店から消えた本をAmazonで買ったことはある。
 もちろん,今のAmazonはそんなものじゃないってことは知っている。そんなものじゃないってことは知っているんだけど,具体的にAmazonは何をしているのか説明できない。その程度にしか知っていない。

● でも,具体的にはプライム会員になるかどうかというところだ。Amazonで何も買わなくても,音楽が聴き放題になったり映画が見放題になったりするんだから,プライム会員にならなきゃ損だよ,という声をよく聞く。
 でもね,CDをリッピングしたものだけで一生かかっても聴ききれないほどある。もうひとつ,ぼくのスマホは音質があまり良くないので,スマホで聴かなきゃいけないとなると,ちょっとなぁ,と。ダウンロードもできるようなんだけどね。ダウンロードしてWALKMANに移すことは可能かね。

● 映画が見放題ってことになると,ずぅぅと見てしまうんじゃないかと思う。聴き放題,見放題っていうのは,時喰虫を何匹も飼うのと同じことじゃないか。
 そんなことをウジウジと考えていてね,イマイチ踏み切れないでいる。