なぜ 𝕏 で政治の話をするのかぼくには理解できないのだが,それをする人に漂う知的下層感はいかんともしがたい。
● そういうところで支持政党を表明してしまうようなヤツをぼくは信用しないので,片っ端からブロックまたはミュートしているのだが,ほんとに何を考えて 𝕏 という広場で政治の話なんかするのだろう。
● 投票に行こうなどと 𝕏 で言うのも,余計なことだ。自分は正しいことをしているという,救いようのない愚鈍さを感じる。
投票の自由には投票しない自由も含まれるという法律論の話ではなくて,何もおまえが選挙管理委員会になり代わることはないだろうという反発もあるし,自分を高みにおいて恥じない軽薄さに吐気がするということだ。
● 世の中には自民党の支持者もいれば,中道の支持者もいる。参政党の支持者もいれば,共産党を支持する人だっているのだ。百花繚乱の世界だ。
百花繚乱の世界で声を上げてどうしようというのか。
● 自民党を支持するのであれば,黙って自民党の候補者に投票すればいい。共産党を支持するなら黙って共産党に投票すればいいだけのことだ。
選ばれる側の人間がギャーギャー煩いのはわかる。選ぶ側の人間まで一緒になって,ギャーギャー喚くことはなかろうと思う。
● なぜ喚くのかと言えば,他者に影響を与えたい,自分の同調者を増やしたいからか。しかし,ギャーギャー喚くしか能のないヤツに同調する馬鹿はいない,というのは自明だろう。
そもそも,他者を変えることなどできないというのは,まともな大人の常識だ。働きかけても効果はない。勝手に変わるのを待つしかない。
とすると,喚くことによって溜飲を下げるのが目的か。ならば,喚くヤツは馬鹿以前だ。とにもかくにも静かにしてろ,と言いたい。
● あと,こういうこともある。自分の意見が多数派より正しいと思い込んでいるのではないかと見えることだ。少数政党を支持する人に多い。というか,どうしてもそこが目立ってしまう構造になっているわけだが。
先人が過去に積みあげてきたものよりも自分の方が正しいと思っている。しかし,その一事によって,こいつは棒にも箸にもかからない馬鹿者だ,と評価されることになる。世間とはその程度には厳しいものだろう。知らぬは本人ばかりなり。
● 思い込んだら命がけ。その割に簡単に思い込む。あるいは,子どもの頃の思い込みを修正できない。
棒にも箸にもかからない馬鹿者だという,彼の周囲の世間の彼に対する評価は正しい,たぶんね。



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