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2019年10月28日月曜日

2019.10.28 八千草薫さんが亡くなった

● 八千草薫さんが亡くなったとTwitterで知った。彼女の主演映画やTVドラマをそんなにたくさん見たということはない。 
 記憶する限り,2017年の2月3日に日テレの金曜ロードショーで見た「ツナグ」が直近になる。

● 自分が勝手に抱いている八千草薫のイメージというのは2つあって,ひとつは絶世の美女ということ。この世のものとも思えない整った容姿の美しさ。異論は認めぬと言いたいわけだが,そもそも異論なんて出るわけもない。
 その中でも右の写真は忘れることがない。あまりの美しさに呆然とする。「蝶々夫人」ね。DVD持ってるもんね。

● 入手したのはもうだいぶ前。で,まだ見てない。結局ね,「蝶々夫人」は何度か舞台で見ていてね,ストーリーは知っているし,ここでこういう台詞を言うというのもわかっているわけで。
 じゃあそれを八千草薫はどうやっているのかを確認してみようということになっていない。
 映画だからね。1955年。さすがのぼくもまだ生まれていない。歌はもちろん口パクでしょうね。

● イメージの2つめは,美人なのに敵が少なそうな印象ってこと。実際は知らないけれど,印象はそう。どうしてそういう印象になるかというと,やはり理由は2つあって,ひとつは“整った”容姿の美しさによる。
 美がとんがっていない。全体として整っている。整っているから落ち着いている。無闇に他人を刺激しない。

● あまり自分を主張しない性格のように見受けられたことが,理由の2つめだ。環境に合わせるタイプのように思われた。他人と対立することによって自己を際立たせようとするタイプとは対極にいた人。
 要するに控えめってことなんだけど,とはいうものの,舞台や映画を作る側の人なのだから,しかもその仕事を長くやってきたわけだから,自分の演技論がないはずがない。けれども,自分の演技論に過度に縛られる愚かさからも自由でいた人のように思える。

● 女性の美貌なんて年齢とともに衰え,40歳になると横一線になる。そこからは中身の勝負だなんて書いてある本を読んだ記憶があるんだが,嘘こきやがれ。まったくそんなことはないわいな。美しい人は老いてなお美しいんだわ。
 もっとも,「老いてなお美しい」を維持できたのは,やはり女優を貫いたからでしょ。見られる側に立ち続けたこと。見る側は勝手なこと(しばしば的外れなこと)を言うけれども,それを含めて「見られる」を引き受けたこと。

2018年7月31日火曜日

2018.07.31 山本彩がNMB48を卒業するらしい

● AKBに残っていても,山本彩は絶対エース。圧倒的にクレバー。女子しかいない世界で,状況を見て自分を殺せる女子はそうそういない。若干25歳にして人の三生分くらいは生きたのではないか。
 歌の世界を離れても,何をやっても,のしあがっていける感じ。そのための努力を惜しまないだろうから。

● といっても,ぼくはテレビは一切見なくなったので,NMB48について知るところはまったくない。歌も聴いたことはない。
 山本彩についても,知るところは少ない。AKBのときに唯一センターを取った「365日の紙飛行機」をYouTubeで聴く(見る)くらいのものだ。
 あとは,幻冬舎の月刊誌『GOETHE 2016年1月号』のグラビア記事を読んだことがある。たぶん,『GOETHE』の鉄板の特集テーマであろう秘書特集。そこに当時22歳の山本彩が登場。『GOETHE』の男性読者の妄想を掻きたてたのだった。なにせ,そこで山本彩が放つエロスは圧倒的だったのだ。

● あ,あと,Twitterをフォローしていたこともある。芸能人らしからぬ芸能人という印象を持っていた。
 では芸能人らしい芸能人とはいかなるものかというと,わりと過酷な環境で育って,世間に容れられない何ものかを抱えていて,つまりはまっとうには生きられない人たちというあたりなんですけどね。その点で,ヤクザと芸能人はわりと近しいのではないかと思っていた。
 山本彩はそういう芸能界に行く必要はなかった人のように思えたのだ。

● この世界でも(この世界こそ)次々に選手は交替していく。同じ位置どりのまま居続けることはできない。場所を変えていかなければならない。次の場所を正しく見つけなければならない。
 そのためには,頭がというより,身体がクレバーじゃないと。で,山本彩はそれができる人なんじゃないかと。

2018年7月29日日曜日

2018.07.29 美人というものは・・・・・・

● hpの少し前のネット広告に出ていたモデルさんというか女優さん。小雪さんに似てますな。淑やかを絵に描いたような印象。
 hpの広告では,既婚で子供がひとりいて,かつてやっていたバンド活動をやめて久しく,それで鬱屈を溜めていたという設定だったと記憶しているが。

● その彼女,実際には,活発で陽性でオキャンといってもいいような人なんだと思う。美人って,動と静でいうなら,動に属する人がほとんどのような気がするよ。
 スポーツが好きだったり,車の運転が好きだったり,キャッキャとよく笑う人だったり。基本的に細かいことにこだわらない人が多いような印象(って,半ば以上は想像で申しあげている)。

● 深窓の令嬢的なイメージは,男が勝手に作りあげたものなのだろうね。いねーわ,そんなもん。仮にいたとしても,未就学児までだろう。
 女は総じて男より生命力が強いもの。そんな女性が自分の部屋にこもりきりで過ごしているのは,病気以外に考えられない。

● 対男性ということでいえば,美人の難しさはここにある。男性が美人に対して勝手に描いてしまうイメージと現実とのギャップ。
 けれども,ここは正誤は明らかだ。“勝手に”描いている方が誤っているに決まっている。

2017年8月3日木曜日

2017.08.03 酒井若菜

● 右の写真は女優の酒井若菜。ネットにあったものを拝借した。
 こういう大人になっていたんだね。何かいい感じだねぇ。

● ぼくは永井大主演のテレビドラマ「黒い太陽」に出ていたのしか知らないんだけど。存在感の薄い役どころだったような記憶がある。
 永井演じる立花のために,財産も身体も差しだしたのに,結局,立花に利用されただけだったという。

● けれども,本人はこういう大人になっていた。病気や芸能活動休止も経験して,いろいろあって,結果,かなりいい感じの大人の女性になった。
 演技上手だし,文才もあるし,芸能界の枠に収まらない活動をするのじゃないかなぁ,と。

● 彼女,栃木県野木町の出身。

2016年12月5日月曜日

2016.12.01 高橋由美子,再び

● JR東日本の“小さな旅”の“川越・さいたま”キャンペーンのポスターを飾っているのが,和服姿の高橋由美子。旧大宮市の出身なんですな。

● 久しぶりに会った感じ。ショムニ以来だと思う。
 もっとも,テレビをまったく見なくなって2年と8ヵ月になるので,その間にテレビに出演していたとしても,気づかなかったはずだが。
 
● 彼女も42歳になるのか。あの図抜けて可愛らしかった中学生がねぇ。ただし,中年になっても美女は美女。

● 昔,ある本にこんなことが書いてあった。女性は40歳になると再び,横一線に並んでスタートラインにつく。
 どういうことかというと,持って生まれた器量の良さっていうのは,経年劣化するものだから,40歳になると劣化しつくして,ゼロになる。美人に生まれようが,不細工に生まれようが,40歳になったら関係ない。持って生まれたものの賞味期限は,40歳で完全に切れた状態になる。

● そういう無責任なことを書かれては困るなぁ。40歳になろうが,50歳になろうが,60歳になろうが,持って生まれたものって,かなり残っているよ。
 相当高齢になっても,残るんじゃないかなぁ。それこそ例外的にそうじゃない人が出るけれど。そういう人って,例外だから目立つんだけどさ。

2016年9月16日金曜日

2016.09.15 「いい女」は年齢じゃない,職業でもない

● さくら市にある某店で“まぜそば”を食べた。もう何度も食べているので,お馴染みの味だ。

● でね,この店のとある女性スタッフ。40代の後半かと思われるお年頃だ。
 彼女の接客が気持ちいい。いつもかすかな笑みを浮かべているように見える。お客への言葉を惜しむことがない。他のスタッフの動きもよく見ているようだ。
 マニュアルしたがってそうしているわけではないだろう。彼女個人の資質によるものだ。

● きれいめの田舎の女将さんという感じ。けれど,この人が持っている素材(外見的にも,性格というか適性的にも)は相当なもので,少し磨けば今からでも銀座のクラブで働けるのではないかと思える。

● ここまでの人がこういう店で働いているのは,何か事情があってのことだろう。
 女性の場合の事情は自ずと限られてくると思うのだが,そうした女性の中に“いい女”がいる確率が高い。
 彼女をめあてにこの店に通う男性客がいても不思議はない。

2016年8月15日月曜日

2016.08.12 福原愛が中国でも人気

● オリンピックになどまるで興味がない,と公言しているんだけど。やっぱり気になっているのかなぁ。8月12日の下野新聞の記事だ。福原愛は中国でもアイドル的人気がある。

● 日本国内でも同様だ。芸能人的人気を保つ。卓球という活躍舞台を持っているからなのか,それがなくても芸能界でやっていけるのか。
 ぼくの見方は後者。やっていくだけでいいなら,やっていけるだろう。彼女は“つかみ”が上手い。こういうのは天性のものだ。

● では,彼女は卓球を引退したあとは芸能界に進めばいいのか。ここがどうも単純じゃない。可能なら芸能界に軸足を置くのは避けた方がいいような気がする。
 “つかみ”や度胸だけでは,やってはいけるとしても,そこに体重をかけすぎるのはちょっと不安だ。

● 今の彼女は卓球しかできないのかもしれないけれども,卓球に代わる何ものかが絶対にあるはずで,彼女ならその何かを今の卓球レベルまでこなして,身につけることができるに違いない。
 そこに軸足を置いて,芸能界からお呼びがかかれば,ちょこっとお付き合いするというのがいいように思う。

● 芸能界にどっぷり浸かってしまうと,何でもできてしまう人だから,いろんなリクエストにお応えして消耗しちゃうんじゃないかなぁ,と。まぁ,大きなお世話なんだけどさ。

2016年2月29日月曜日

2016.02.27 サントリーホールの客席には美人が多い

● 交響楽団はやぶさ創立記念演奏会というのがサントリーホールであって,聴きに行ったんですけどね。どんなコンサートでも,お客さんは男性より女性が多い。今回も例外ではなかった。
 その女性のお客さんの美人割合が高いように思えたんですよねぇ。

● 高校生くらいの女の子もいれば,ン十年前は高校生だったと思えるご婦人まで,年齢はさまざまだ。どの年齢層にもオッと思う美人がいた。
 いつでもどこでも美人は少ないものだ。少ないからこその美人だ。

● ぼくの右隣にお座りになったのは50歳絡みのご婦人。ひとりで来てらした。この方も美しい人だった。
 つまり,サントリーホールに行くと,目の保養ができる。

● ただ,サントリーホールはいつでもこうなのか。今日は特別なのか。「交響楽団はやぶさ」ってのは医学生がメインの学生オケだから,つまりいいところのお金持ちが多くて,そういうところには美人も・・・・・・。

● たぶん,そういうことではなくて,サントリーホールとホールのある場所の力なんだろうな。赤坂という場所が持つ力。
 女性が着飾っていける数少ない場所なんだと思うんですよ。赤坂にあるサントリーホールっていうのは。
 結果,美人が多いという印象になるんだろうなと,今のところは思っている。

2015年2月2日月曜日

2015.02.02 「行くぜ,東北」のポスター

● 日本を代表する美人を一人あげよ。木村文乃さんでしょ。JRの「行くぜ,東北」のポスターに登場してる人ね。

● 最新版のポスターは白いコートを着て,電車のドアのところに立って,外を見ているやつ。こんなに白が似合う人はいませんな。
 このポスター,盗んでやろうかと思いますよ。って,これだけ大きいと(しかも額に入った状態で掲示されている)ちょっと盗みずらい。A4のチラシにしてくれればいいのにと思うんだけどねぇ。

● けど,ネットに画像がアップされてますからね。当然,ダウンロードして,パソコンの壁紙にしてしじゅう眺めていますよ。
 今までのポスターをスライドショーで楽しむのもいいでしょうね。眼福とはこういうことをいうんでしょうな。

● おそらく,ご本人は陽性でアッケラカンとした性格ではないかと想像するんだけど(美人はだいたいそう。妙な屈折とか気取りとかはないことが多い),ま,お付き合いするとかってのはあり得ないわけだから,そういうのはどうでもいいんでね。
 良き眺めを楽しむ。そういうことだね。

2015年1月19日月曜日

2015.01.19 「タリーズ」にいたカップル

● 某日。某所の「タリーズ」で。
 気になるカップルを目撃。男の方は50代半ばは過ぎていると思われるハゲ頭。喫煙室にいたんだけどね。ガラスで仕切られているから,喫煙室の中も見えるんだよね。
 なんだけど,連れの女性の方が美形で。長い髪でね。ハゲが美人を連れてちゃいけない理由は何もないんだけどさ。

● けど,女性の方が若そうに見えたんだよ。父娘ではなさそうだし,なんなんだ,このカップルは,って。ま,余計なお世話なんだけど。
 彼女は煙草は吸わないようだった。男につきあって喫煙室にいるって感じね。

● 会話がはずんでいるようでもない。会話がはずまないのは夫婦の証だよな。そう見れば見えないこともないんだけどね。夫婦って感じでもないような。
 あとで女友だちに訊いたら,その人(女性の方)もけっこうな歳なんだよ,頑張ってるってことだよ,と言われたんだけどね。

● こうしたことは,女性の見方が正しいというのが,ぼくの経験則。たぶん,そうなのだろう。見た目ほどの年齢差はないのだろう。
 たぶん,夫婦だったんだな。腑に落ちた。っていうか,腑に落とすことにした。

● でも,ミステリアスな女性でしたよ。ぼくもミステリアスをまといたいものだと思った。
 ミステリアスをまとうって,でも,さほど難しいことでもないような気もするなぁ。

2014年10月31日金曜日

2014.10.31 カフェで見かけたカッコいい女の人

● 某日,宇都宮駅ビルのカフェでノート(小型版ではなかった)を開いて,何やら書きこんでいる女の人を見かけた。40歳を少し過ぎたくらいか。
 学校の教師にしては垢抜けているし,保険の外交員でもなさそうだったし,もちろん専業主婦のはずはないし,いったい何をしている人なんだろ。

● その姿がカッコよくて,ちょっと見とれてしまった。カフェやファミレスで,パソコンやタブレットを使っている人は,今どき珍しくもないし,ノートに何か書いている人もけっこう見かける。かく申すぼくもその一人だ。
 が,姿の良さはそれぞれに違う。良い姿の人はあまりいない。

● 姿の良さって,何が作るんだろうかねぇ。顔かたちや体型じゃないのは当然として,服装は多少関係あるかなぁ。あんまりゆったりした恰好だとね。
 ゆったりした恰好が良くないとすれば,姿の良さの構成要素のひとつは緊張感ってことなんでしょうね。かといって,過ぎるとダメだね。
 見られている意識と言い換えてもいいんだと思う。緊張感って一人でポツンといるときにはなかなか持てないから。自分と周囲との関係性でしょうね。周囲との関係をどこまで意識するか。

● とすると,ぼくの姿は良くないはずだ。まるでダメだろう。まったく意識してないもんね。