白い皿の右端は “いぶりがっこ”。宮澤賢治も食べていたのだろう。謹んでいただきました。タクアンなんだけど,製法が普通のとちょっと違う? てか,“いぶりがっこ” は秋田でしたね。でも,宮澤賢治も食べていたでしょう。
といっても,椀子そば風の冷麺を5杯食べましたけどね。写真は2杯分です。
が,ツレは青森が相当気に入ってるようで,明日また青森で泊まりたいと言う。なら,帰らない方がいい。安く泊まれるホテルはないか。
● ありました。盛岡のリッチモンド。というわけで,盛岡に連泊となったんでした。
「大人の休日倶楽部パス」で来てるんだから,動かないともったいないんだけど,今日は電車には乗らず,1日を盛岡散策に費やすことにする,と昨日のうちに決めた。
● 昭和が街ごと残っている。だから遅れているとか,時代に沿っていないという印象は受けない。これは風格というものだ。欧州の諸都市はすべてこうなのではないか。盛岡も建物の内部は現代化されているはずだからね。
いや,青森も基本色は昭和だし,会津若松もそうだった。しかし,言葉を選ばずに言ってしまうと,青森には寂れた印象があるのに対して,盛岡にそれは感じない。広大な南部藩の藩都として歩んできた矜持が滲みているように見える。プライドの高さのようなものも,街の佇まいから感じた。会津若松もそうだった。弘前もそうなんだろうかな。
上ものが残っていたら,と思っても詮ないことだが,現在でも盛岡城跡が盛岡のセンターのようだ。城跡がどれだけ盛岡を引き締めているか。意識はしなくても市民の拠り所であり続けているのだろうと,こちらは勝手に思う。単なるランドマークではない。昨日今日できた◯◯タワーでは城址の代わりにはならない。
駅は西側にできたが,駅西に市街化が進展する勢いはあまり感じない。行政は旗を振っているのかもしれないが。
● 遠藤周作が “盛岡はきれいな街,長崎は美味しい街” という言い方をしていたのを憶えている。長崎は彼にとっては別格だったはずだから,盛岡が殊の外,お気に召したらしい。
今の盛岡を見ても同じことを言うだろうか。言うんじゃないかな。
ので,いったん,大通りを引き返す。歩くこと,しばし。
ここはどこか? ぼくの背後は盛南大橋ですよ。この道を行けば合流点に行けるようなのだが。
● 盛岡駅周辺にはマンションが林立している。インフレに転換して不動産価格も上がっているようなのだが(東京の不動産の値上がりは凄まじい),これだけのマンションが満室になっているとは,さすがに考えづらい。
「賢治の大地館」なる物産館(Seria も入っている)にあるカウンター席の麺処で,680円の “中華そば”。同じ具材(メンマやチャーシューも)を販売している。買って帰って自分で作ると半額ですむが,これで680円はお安いこと。
開放といってもタダではなく,500円か1000円は取っているのかもしれないが,合理的だと思う。どうせ日中は利用者はいない。ドリンクバー付きで,ホテルクオリティーのトイレも使える。高校生もリッチな気分で勉強できるだろう。
利用時間は12:00〜20:00。朝はここが朝食会場になる。
● 夜,また市街を歩いてみる。土曜日の夜でも,満席の居酒屋がいくつもあった。お元気ですな,盛岡の皆さん。
大通り商店街から1本奥に入ると,その筋の歓楽街になるようだ。「無料案内所」もあった。何人かの粋筋のお姉さんとすれ違った。が,この分野においては,盛岡はだいぶ大人しいんじゃないか。
いや,その方がいいんでしょうけどね。こんなところでハメを外しても,そんなにいいことはないだろうからね。
ま,今となっては,ぼくには無関係の世界ではありますよ。まったくの無関係。
あんまり息は上がらなかった。酒は飲める口を持った人と酒場で飲むのがいいですな。その場合,酒は極上である必要はない。
● エアコンのスイッチを切って,窓を少し開けて寝た。