サラリーマンが大学院を修了したからといって,それだけで昇進させたり昇給させたりするほど,会社はバカじゃない。100万円を1,000万円にするのが投資だと定義するなら,大学院に行くことが投資に該当する可能性は120%ないと言っていいだろう。
● では,経済的な見返りではなくて,自己啓発,自己成長に資するのが投資なのだとして,大学院に行くのは自己投資だと言えるだろうか。
これも否。社会人が大学院で勉強する程度(低度)のことがどうして投資になるのか。まともな大人なら誰でもわかっていることだろう。
● 若いうちに行く理系の院なら格別,何事にも手遅れということがある。自己投資になるような変革を大学院に期待するには,大方の社会人は歳を取りすぎている。ひょっとすると例外もあるかもしれないが,自分がその例外に該当すると考える人は,端的にバカと呼ばれるべきだ。
自己投資と言うには,大学院という場の限界,その場に乗っている人が年齢的にタイミングを逸している問題,の2つが邪魔をする。
● 売上が立たずに窮地に陥ってる大学側の撒餌にその気にさせられて,ウカウカと乗ってる時点で大衆性が過ぎる。私はバカです,どうそ搾取して下さい,と言ってるようなものではないか。意識高い系(≒バカ)って一番の鴨だと思うのだが。
たとえどんな仕事をしているにせよ,大学院よりは仕事や職場の方が学べるものは多いのじゃないか。そこで学べないほど学習能力の低い人が大学院に行ってみたとて,そんなものは逃避にすらならないだろう。いい歳をして大学院なんぞに行って,時間とお金を溝に捨てるような真似をするのはいかがなものか。
● 本当に勉強したいんだったら,制度疲労で破綻しかけているような大学や大学院に目を向けるのではなくて,インターネットを広く眺めてみたらどうかと思う。
独学といい,自学自習といったって,結局は誰かに教えてもらう,導いてもらうことになるのだけれど,その誰かは大学や大学院の教師である必要はないし,生身の人である必要もないし(ネットを介したものでかまわない),現在生きている人である必要もない。
視野を広く取って組立を考えた方がいいし,そういうことができる時代になっていると思う。20世紀の常識はかなぐり捨てるべきで,それに縛られていては先が見えないのではないか。
● ただし,その場合であっても,それを投資とは考えない方がいいように思う。現在完結型を理想とする。
そうするのが楽しいからそうしている。そうしていることの見返りなどには関心がない。
その境地に到るべきだし,半世紀近くも歳を重ねてきたのなら,到れるのが本当だと思う。そして,それこそが10年後,20年後の自分に対する最良の投資になるはずだと,ぼくは考えている。
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