2018年12月19日水曜日

2018.12.19 久しぶりに氏家の「みやこ家」

● ここのところ,氏家といえば「むらかみ」に行ってしまって(といっても,まだ3度),「みやこ家」も「登竜」もご無沙汰ぎみだ。
 で,今夜は「みやこ家」に行ってみた。

● 「みやこ家」だったら,これを食べようというのは予め決めておいた。煮干しつけ麺の“あっさり”。平打麺を喰いたいと思ってたんだよね。
 メインはつけ麺の店だから,つけ麺に限定して何を食べるかとなると,選択の幅はそんなにない。石焼きの濃厚とあっさり。煮干しの濃厚とあっさり。あと,カレーつけ麺と季節限定の海老つけ麺。

● 麺は極太麺と平打ちのチョイス。石焼き濃厚(&海老つけ麺)にはほぼ絶対に極太麺だと思う。同様に,煮干しあっさりに極太麺を合わせる手はあり得ないと思う。
 が,それ以外は,自由に組み合わせて可。今回はオーソドックスに煮干しあっさり+平打麺。

● 少し気になったのが,空いていたことだ。水曜日でこの19時台。たまたまだったか。麺じたいは変わらず旨いのだが,お客は飽きやすい。常に新しいところを求めている。
 その風雪に耐えて残っているところは,それだけで大したものなのだ。「登竜」の凄みはそこにある。

2018年12月16日日曜日

2018.12.16 日本で一番安いウィスキー

● 昨日,たぶん日本で一番安いウィスキーを買った。氏家BIGでトップバリュブランドのやつ。しかも,4リットルのペット。しみじみと下層を噛みしめているっていうか。

● 今日,ハイボールにして飲んでみた。正直に申しあげると,本当に酔えればいいと思っている人以外にはお勧めできない。スピリッツを加えていることがはっきりわかるほどに,舌にピリッと来る。

● ウィスキーの色と匂いを付けただけの焼酎か。その昔,サントリーがさんざんそういう評価をされた。
 が,サントリーのトリスは原酒の割合が高いような気がする。ウィスキーを名乗ってもいいと思う。トップバリュのこれはスピリッツがメイン。

● でも,買ってしまった以上,全部飲む。何ヶ月かかかるけど。
 っていうか,ぼくはこれでもいいんだけど。酔えればいい口だから。

2018年12月15日土曜日

2018.12.15 またまた,氏家「むらかみ」

● 午後1時過ぎ,相方と三度目になる「むらかみ」に。食べ放題ではないランチにした。特盛りカルビランチ,1,080円。相方は選べる石焼・焼肉ランチ。こちらも1,080円。
 スープにサラダ,ジョッキに入った飲物(ぼくはウーロン茶を選択)が付く。最後にデザート(杏仁豆腐orアイスクリーム。ぼくはアイスクリームを選んでしまったが,杏仁豆腐を推奨)も付いて,この値段は破格と思う。

● 肉は(量的には)これで充分。食べ放題にしてもこれ以上は食べられなかったろう。焼肉は白いご飯に最も合う。胃の容量が限られているところにご飯を食べるんだから,食べられる肉の量も限られてくる。
 相方はビビンバ&焼肉になったが,ビビンバなら焼肉は要らないような気がする。

● 焼肉とステーキは別のものだが,どうやら烏山の「クローバー」への足は遠のくことになりそうだ。それ以前に,同じ氏家の「みやこ家」や「登竜」への足も遠のいている。
 焼肉とラーメンは競合しないと思うのだけど,ラーメンじゃなくて焼肉にしようということが増えそうだ。

● 目下のわが家の合い言葉は“肉を食いまくれ”。いつまでもは続かないと思うんだけどね。

2018.12.15 真岡散歩

● 真岡は毎日通っている街だ。が,街を歩くことはほぼない。昼食も出勤途中にコンビニで調達しているので,市内の飲食店に行くこともない。
 出張もない仕事なので,本当にピンポイントで自宅と職場を往復しているだけだ。

● 真岡には断続的に通算で7年通っている。かつては市内を経巡ったこともあるので,あらかたは知っているつもりになっている。
 それもピンポイントの往復でいいやと思っている理由のひとつであるだろう。

熊野女体神社
● 真岡にはいわゆる名所旧跡というのはない。と言い切ってしまっていいのかどうか躊躇はあるんだけども,県外の人に訊いても,益子に行くときに通り過ぎるところという回答が多い印象がある。
 真岡の良さというのは,これという観光資源にあるのではなくて,街全体にある。それを良しとするかしないかは人によって異なるだろうけれど,しっとりと落ち着いた街並みが真岡の魅力だ。
 それって日本全国の至るところにあるものじゃないかと問われれば,さよう然りと答えるほかはない。“しっとりと落ち着いた街並み”を感じるのは,栃木県に限ってみても,真岡だけではない。

● しかし,まぁ,今日くらいは真岡を歩いてみようと思う。といっても,ホテルの近くに限る。
 まず行ってみたのは熊野女体神社。女体という名が付いたのは大正末らしい。この神社のある丘が女体に比せられていたんだろうか。女体山というのは,日光のほかにもいくつもある。
 ともかく,女体は神社になるのだ。すごいぞ,女体。

● 泊まったホテルの裏手にあるのは白山神社。家庭にある神社かと思うほどの佇まい。ここにある由縁はわからないが,白山神社っていうのは芸能の神様だっけ。
 古地図を重ねて色々考えてみる(妄想してみる)のは楽しい遊びかもしれない。が,そこまでの情熱はない。

● 行屋川と五行川の合流点。プラスチックのゴミがけっこう浮いていた。
 そこから五行川を少し上流に歩くと,稲荷神社がある。稲荷社であることは現物を見
稲荷神社
てもわからない。ゼンリンの住宅地図に稲荷大明神とあったのだ。


● 昨日,ビジネスホテルを予約するときに朝食(600円)を頼むのを忘れた。チェックイン時に確認したんだけど,当然,時すでに遅し。オカズちょびっと,ご飯と味噌汁はおかわり自由,のはず。
 ので,ローソン荒町店のイートインで,弁当の王者海苔弁を。これで545円。どっちがいいかはちょっと微妙。いや,味噌汁が付くんだから,ホテルの600円の朝食がやっぱりいいか。
 散歩といっても,これで終わりだ。そろそろ,車で家に帰ろうと思う。

2018年12月14日金曜日

2018.12.14 真岡のビジネスホテルに宿泊

● 今夜は職場の忘年会。当然,車で出勤するわけにはいかない。電車&バスで出勤するしかない。
 が,それだと5時半に起きて6時に家を出ないと間に合わない。東京の方がよっぽど近いのだ。

● で,見事に寝過ごした。4時半にいったん目が醒めたんだけどね。いくら何でもまだ早いと思ったんだよね。次に目が醒めたときは6:11だった。もう間に合わない。二度寝はダメだね。
 やむを得ず,車で出勤。こうなると,次なる方策は3つしかない。
 1 忘年会といえども,飲むのを我慢して車で帰る。
 2 バス&電車で帰って,翌日,また電車&バスで車を取りに来る。
 3 泊まってしまう。

● 過去にしばしばお世話になったビジネスホテルエンドレスに電話をすると,泊まれるという。ので,今夜は真岡に泊まってしまうことにした。
 というわけで,忘年会終了後,会場からビジネスホテルまで歩いてチェックイン。途中,久保会館のイルミネーションを見学(?)。真岡のイルミネーションはここだけなんだろうか。

ビジネスホテル エンドレス
● 風呂に入って寝るだけなんだけど,ささやかといえども非日常。それなりに楽しむぞという体勢に自然になる。
 楽しもうといっても,「門前」に繰りだして一人二次会をするほどの元気はない。部屋で飲む気にもならない。酒はもう要らない。
 一人で気兼ねなくノンビリできるのがありがたい。家でも同じことをやっているじゃないかと言われれば,それはそのとおりなのだが,家ではどうしたって同居人の目を意識する。

● 部屋に荷物を置いてロビーに降りた。無料のコーヒーが飲めるのだ。ビジネスホテルゆえロビーは狭いのだけど,その代わり誰もいない。
 こういう光景も自宅にはないものだから,ロビーのソファを独り占めしながら,非日常だなぁと言い聞かせてみる。

● 大きな風呂に入って,命の洗濯をした。大っきなお風呂なら,温泉の必要は全然ないと思う今日この頃。サウナまであるんだから何の文句もない。
 カプセルホテルでも大浴場とサウナは必ずあるんだけどね。空いているのが嬉しいやね。小さいサウナだけれども,独占できるのは快適だ。

● さらにホテルがありがたいのは,浴槽に浸かるまでに寒い思いをしなくてすむことだ。全館暖房だから。これがどうしても個人宅では真似ができない。ぼくの家では局所暖房が基本だし。
 ゆえに,ホテルに泊まる効用を最も感じるのは冬。次が夏。

● ビジネスホテルだから部屋も狭い。トイレとベッドとデスクが部屋の大半を占める。そのデスクも奥行きもなく小さなものだ。
 が,余計なものがなければ,この広さ(狭さ)で充分だ。余計なものがなければ。で,ホテルが快適なのは,この余計なものがないというところにもある。というか,それが快適さの主たる理由だ。
 当然,Wi-Fiはある。ノートパソコンを
置くことはできるから,困ることは何もない。ぼくは絶対にしないけれど,ここで仕事もできるだろう。

● サウナで汗も絞った。冷たい水を飲んで寝ることにしよう。自販機に120円入れて
ボタンを押したら,隣の150円のお茶が出てきた。うれピー。
 と思ってるオレは,逝ってよし,ですか。

2018.12.14 文化より経済

● 右は今日の下野新聞。ボーナス支給額がここ10年で最高。結構なことだ。
 朝日新聞なんかはなかなか認めたくないだろうけど,アベノミクスが経済政策としてかなり成功している証左だろう。働く人はわが身でそれを感じている。
 労働組合が支持していた民主党政権下で,自分たちの給料を始めとする働く環境がどうなったか。この記憶は消えるまでにけっこうな時間を要するだろう。それくらいひどかった。労働組合への信頼感も大幅に低下したことだろう。だから安倍自民党は議席を減らさない。

● 国会中継で野党の質問を見ていると,ほんとどうしようもない。実のないパフォーマンスにウンザリする。自分がいかに目立つかしか考えていない。
 デパートで自分が欲しいモノを買ってくれない親に対して,床に寝てダダをこねる幼児の水準にほぼ等しい。あるいは,小学校か中学校の学級委員長レベルのきれい事を言って恥じるところがない。

● 人は何のために働いているのか。仕事に生きがいを感じるとか,自己実現のために仕事をするとか,ビジネス書や自己啓発書に出てくるようなことを言っていられる人は,全体からいえば少数だろう。
 喰うために働くのだ。たまの贅沢のために,嫌なことも我慢して働いているのだ。そうした多くの人にとって,ボーナスが増えるのは何より嬉しい。

● 大人になるといいことあるよ,と子供を諭す(騙す)際に最も説得力を持つのも,じつはこれではないか。給料がもらえてね,欲しいものはたいてい買えるんだよ,我慢することが減ってくるんだよ,と。
 そのためには景気が良くないと

● モノから心へ,と言われ出したのは半世紀近くも前のことだ。こういう標語はときに自分の守備範囲を超えて動くものだ。モノは空気のようなものに近づいたけれども,依然としてモノを無視することはできない。
 文化よりも経済なんだよね。経済あっての文化だ。文化がそれだけで自立することはない。経済の支えがなくなれば,すぐにも崩れる。
 ちなみに,武士は食わねど高楊枝,というのを文化とは言わない。やせ我慢というのだ。文化の対極にあるものだ。

● 以下は余談。ベーシックインカムが遠くない将来に導入されると思っている。かつて人間がやっていた仕事はどんどん機械がやるようになり,機械がやるようになると作業効率が飛躍的に上昇する。これからはAIとかロボットが介護や医療補助や士業に取って代わるようになるだろう。自動運転が実用化されれば,タクシーやバスの運転もやってくれることになる。
 そうなったのに,なぜ人間が働き続けなければならないのか。遊んで暮らせるようにならなければウソではないか。AIに仕事を奪われるとビクビクしなければならないのは,基本,おかしいのだ。AIが仕事をやってくれるのだから,人間は左団扇で過ごせるのが道理だろう。

● 贅肉をそぎ落とした生活でいいなら,ベーシックインカムで足りる。働く必要はない。もっといい暮らしがしたいと思う人は働く。
 この場合,自分の食い扶持を誰かが稼いでくれているのだと後ろめたく思う必要はない。AIやロボットが稼いでくれるのだ。良い世の中になったと思って,堂々と受け取ればいい。

● インターネットのおかげでお金を使わずに愉しめることが増えた。そこにベーシックインカムはけっこう衝撃が大きい。
 そんなことをしたら働かない人が増えて,日本の国力が低下するではないかという心配をする人がいるかもしれない。御懸念無用。ベーシックインカムだけでいいと腹を括れる人なんか,そんなにいないから。
 とまれ,世の中のステージが変わるときがさほど遠くない将来にくると思う。

2018年12月8日土曜日

2018.12.08 東京散歩 池袋

● 池袋にはわりと行く。駅構内で迷子になったり,駅前の雑踏カオスにウンザリしつつも,ここには東京芸術劇場があるので。あと,伊東屋池袋店があるので。
 だけど,芸劇で用がすむとまっすぐ帰宅するのが常。用がすんだのにカオスの中に身を置く理由はないもんね。

● が,今日は,立教大学まで足を伸ばしてみることにした。ぼくが受験生だった頃は,受験雑誌の表紙を飾る定番大学のひとつが立教だった。絵になるキャンパスなのだろう。
 立教大学が芸劇の近くにあることは知っていたのだけど,上のような理由で,なかなか足が向かないでいた。

● 芸劇から歩いて10分もかからない。残念ながらすでに暗くなっていて,キャンパスの様子はわからなかった。
 正門のそばの樹木にクリスマスツリーのイルミネーションを施していた。ぼくと同じお上りさんがけっこういるようで(近所の人かもしれないが),スマホで写真を撮っている。
 一部の私大にあるような立入規制はしていないようで,誰でもキャンパス内に立ち入ることができる。ぼくも写真を撮った。

● が,それ以上のことはする気にならず(明るければキャンパスの中を歩いたろう),さっさと戻ることにした。
 たぶん,建物が建て込んでいる狭いキャンパスなのだと思う。この立地でそんなに贅沢に土地を使えるわけがない。

● 適度に建て込んでいる方が,学生にとっても教職員にとっても,使い勝手はいいはずだ。昔はキャンパスの広さ,ゆったりさ加減をウリにするようなPRもあったんだけど(アメリカの大学を良しとする価値観からか),今はどうなんだろう。
 個人の居宅もそうだが,大学のキャンパスも適度な狭さが快適さを生むように思う。自転車がないと移動に困るほどの広大なキャンパスは,アメリカ人御用達にしておけばよろしい。

● それに,キャンパスがキャンパスだけで完結している必要は全然ない。街に対して開かれている方がいい。特に東京の大学は,そうでなければ東京にある意味がない。
 極端な話,大学生協や学食なんか,なくたっていいと思う。街に出て食べればいい。学生が集まるところには,安く食べさせる食堂が必ずあるはずだ。
 東京にいる以上は巷に出てナンボだ。キャンパスに籠もっているなら田舎でいい。

● 池袋駅前の雑踏もここまで来るとさすがに失せる。新宿に比べると,カオスのエリアは狭いようだ。とはいえ,駅から徒歩10分なのだ。飲み屋が入っているビルやらちょっと怪しげな雰囲気を漂わせる路地とかがある。
 ぼくの知り合いにも立教のOB・OGが何人かいる。彼らに思いを馳せてこう思った。そっか,あいつら,こんなところで遊んでいたのか。

● 東京には住みなくないねという声を,田舎にいると耳にする機会が多い。たしかに新宿や渋谷,池袋には住みたくないと思う。田舎の人間のみならず,東京人でもそれはイヤなのではないか。
 でも,そうしたエリアだけが東京なのではない。東京をくまなく歩けば,ここなら住んでもいい,住みたいというところがあるに決まっている。
 実際問題としては,住みたくても住めないわけだが。第1にお金がない。東京に住んで家賃を払えるだけのお金がね。

● あと,年齢の問題。もう一つ,田舎に持ち家があること。これが行動の大きな制約要因になる。家を持つのは考えものだと,この年になって思う。一国一城の主などという言葉に踊らされていた自分の愚かさを味わっている。
 ぼくら夫婦がいなくなれば,この家に住まう人はいなくなる。できれば生前に処分したいのだが。