2024年6月25日火曜日

2024.06.25 夜の山形市内

● 夜の山形の街を少し歩いてみた。駅は周辺施設を含めて,だいぶ都会的。
 が,人がいない。暗い。22時を過ぎていたから,最終電車も出た後なのだろうけど,宇都宮に勝るとも劣らない暗さだ。総じて,商業施設の閉店時刻が早い印象。駅ビルは19時半で閉まる。

● 駅の東西でべつの街のようだ。東側が町人の街で,西側はお武家さんの街なのか。
 西側は公共施設が多いようで,いっそう誰もいない。

● 東側は駅からいくらも歩かないところに飲み屋が集積したエリアがある。宇都宮もそうだが,宇都宮がそうなったのは比較的最近のことだ。こちらはもうちょっと伝統があるような感じ。
 まだ火曜日だが,酔客はそれなりにいる。これはどこもそう。飲むために働いているが如し。が,東側もほの暗い。

● 山形市は山形県内の他地方より,仙台の方が距離的にも時間的にも近い。仙山線は地味な印象だが,高速バスの便数が多いと聞く。
 県域に縛られてモノを考えてはいけないね。行政区域は多分に便宜的なものだ。それも大昔の。

● 鶴岡や酒田にすれば,山形なんかどうでもいいだろう。
 藩主がしばしば交替した山形と酒井氏の庄内はそもそも別国だ。しかも,酒井氏の方が格上だぞ。幕府老中を務めているのだからな。

● 山形にしても同じだろう。
 待て,元々は庄内も最上氏の所領だったではないか。何が酒井だ,ふざけるな。
 ま,ということはないんだろうけどさ。

2024.06.25 酒田から山形へ

● 酒田での用事もすんだので,これから山形に向かう。山形で家人と落ち合うことになっている。
 この2日間でやりたかったことはひと通りすんだので,あとの3日間は金魚の糞よろしく,家人に付いて歩くことになる。もちろん,三尺下がって家人の影を踏まないようにしたい。

余目駅
● 酒田発16:04のいなほ12号に乗車。8分で余目着。
 余目で陸羽西線に乗換えるわけだが,陸羽西線は現在運休中。代行バスになる。16:54に出る。
 バスで新庄まで行けるのも貴重な経験ですよ。時間はだいぶかかるんだろうけど。ちなみに,新庄着は18:23の予定。

余目駅前
● ところで。陸羽西線が余目から分岐するのはどういう理由によるものだ? 常識的に考えると,鶴岡でしょ。
 鶴岡と酒田で綱引きをしたゃったんだろうというのが,すぐに思いつくことだけれども,工事のしやすさで決まったのかねぇ。それとも,そもそもどうでもよかつたのかね。

バス車内
● 陸羽西線の利用者の少なさからすると,海岸部の庄内と内陸の山形との行き来ってあまりないっぽいよねぇ。
 同じ山形県でも,庄内と山形,米沢は絶縁状態ですか。最上川でつながってると言ってもねぇ。

車窓から見える最上川
● バスに揺られて,無事,新庄駅に着いた。JRバスではなく,純然たる民間に委託してるんですね。ま,そうなりますかね。
 JRとすれば,ずっとこのままの方がいいんですかね。陸羽西線の運行を再開するより。

これが代行バス
● 自動的に新庄駅を徘徊することができた。この駅に降り立っているのは間違いないんだけど,改札口を出た記憶はない。
 昭和を色濃く湛えているなぁという印象。こういうのがこれから価値になるかもしれない。今風の景観を造ってしまう再開発など,しなくてすむんだったらしない方がいいのかもな。

新庄駅
● 新庄からは18:43発の つばさ158号 に乗車。19:29に山形着の予定。全車指定席だが,乗客は少ない。
 福島までは指定券なしでも,大人の休日倶楽部パスで空席に座ることができる。途中で指定券を持ったお客さんが乗ってきて,席を変わらなければならなくなる可能性はかなり低いと思う。
 2分遅れで山形着。

2024.06.25 本間様には及びもないが,せめてなりたや殿様に

● 酒田に来たのは,本間家のフランチャイズがどんなところなのか興味があったから。本間家と言っても,本間宗久ね。米相場で莫大な財をなした人物。その道では知らない人はいないでしよ。
 本間罫線という言葉を何かの本で知ったのは,30年も前のこと。その罫線に興味はないが,どんな男だったのか。

● が,今の酒田に残っているのは本間美術館と本間旧本邸。米相場の話は埒外。
 まず本間美術館。本間家が所有していたお宝を後の当主が市に寄付してできたんでしょうね。それ以外に,お宝を残す方法はなかったろうから。
 今は茶道具を展示中。藩主の酒井家から本間家に移ってるのが多いが,××藩主上杉○○から本間△△が拝領したもの,と説明されているものもある。
 拝領ったって,借金のカタに取ったものだろう。その代わり,貸付金は不良債権になった。お宝で残った方が良かったでしょうね,今となってみれば。

● ぼくのような不調法者が茶道具を見ても始まらない。文化とは軟弱を洗練したものなのだなと思うだけだ。その洗練にベラボウな金がかかる。
 もちろん,この美術館には茶道具しかないわけではない。次々に展示内容を替えているのだろうから,絵画とかを見たければ次の機会を作らなくてはならない。

● 本間家旧本邸。美術館からの道路を一本間違えて(地図を読めない男なのだ),遠回りをしてしまった。
 部屋数は23あるとスタッフに教えてもらった。これを今から造ろうとしたら,100億円でも無理でしょうよ。だいたい,材料をどうやって調達するか。職人がいるのか。

● まったく,こんなモノを造りやがって。ってさ,これを造るのも社会貢献だったんだよね。有効需要と雇用の創出ってやつね。
 目立たないようにヒッソリと,と知的にやられたんじゃ,社会は潤わない。当時はモノを造るくらいしかお金の使途はなかったろうしさ。

● 今は違いますよ。サービス業がメインの産業なんだから。
 現代の大富豪の皆様には,後に何も残さない泡銭的な使い方をしていただきたいものですよ。

● 本間家ゆかりの見どころは,この二つ以外にもある。が,これだけでお腹がいっぱいになってしまった。
 他のものはネットに上がっているので,それを読ませてもらえば良かろう。今日はこれで打止めとする。途中,雨にも降られて(この時期なんだから当然),イマイチ意気があがらなかった。

酒田駅
● さて。そんな酒田は今はどうしているか。かつての栄華(?)も何もかも飲み込んで,静かにたたずんでいる。
 かつてを忍ばせるアレやコレやがかなり残っている。会津若松に似ていると思った。只者ではなかった感といいますか。

● 現在の本間家はどうなっているのか。それは詮索の対象外。
 ただし,こういうことは言えると思う。江戸時代からの本間家の隆盛と,本間家の個々の構成員の幸せは一致しない。本間家に生まれたばかりに,常人なら味わわずにすんだ苦労を背負うことになる。
 その苦労があって家は維持される。規模は違え,たとえば現在の京都の老舗に生まれた人たちも同じではないか。ご苦労なことだと申しあげる他はない。

● 人口に膾炙するような特殊な家に生まれなくて,ぼくらは幸いだ。テメーを中心にして生きていくことができるのだからな。





2024.06.25 新潟から酒田へ

● 新潟駅ビル(CoCoLo新潟)にくまざわ書店が入っているので,覗いてみた。
 時刻表を買おうか。“大人の休日倶楽部パス” を使っての周遊型の移動が増えそうだし,ぼくが使っている時刻表は2年前のものだし。

● 周遊型でいくつかの列車を乗り継ぐとなると,アプリだけでルートを作っていくのは効率がよろしくない。紙の時刻表が必須になる。
 巻頭の鉄道路線図が役に立つのと,紙の時刻表だと複数の便が一度に閲覧できるからで,これなしに旅程を立てる気にはぼくはならない。

● が,荷物が増えることを恐れてしまった。5日間のまだ2日目なのだ。
 新潟駅では在来線特急を見ることができる。といって,信越線の「しらゆき」と羽越線に向かう「いなほ」の2種か。

● で,ぼくも10:48発いなほ3号酒田行きに乗車。酒田には13:01に着く。
 村上を過ぎると車窓に日本海が見えている。左側の座席に座っときゃよかったよ。

● この時期でも日本海は何だか荒涼として見える。この先には北朝鮮があるのかと思うと,妙に染み染みするんだが。

2024.06.25 初めて泊まった東横INN

● 宿は東横INN新潟駅前。たしかに駅前に違いないのだけど,新潟駅が工事中なんですかね。探すのにちょっと手間取っちゃいましたよ。
 見つかってみれば,何でこれが見つからなかったんだ? と思うわけね。

● これまた初の東横INN。一人で泊まるならこれで充分ね。充分というよりちょうどいい。
 朝食も付くんですよ。それで7,300円ですからね。

● 夜の新潟に一人で繰り出すパワーはすでになし。部屋でミッション終了の祝杯を上げましたです。長岡のローソンで買っておいたんですよ。
 比較的ペロッといけたんで,もう少しやるか,と。ホテルの近くのセブンイレブンで買い足した。
 けど,ダメ。ペロッといけたところで限界でした。

● はい,一夜明けて,東横INNの朝食。これですべてじゃありません。この他にヨーグルトとじゃがいもスープも食べました。ごぼうサラダが旨かったです。
 あのですね,たとえば東京ステーションホテルの朝食と比べちゃダメですよ。値段が違うんだから。
 でも,朝食はこれでいいんじゃないかと思いましたよ。これ以上はすなわち過剰ですよ。

● というわけで,東横INN,いいんじゃないかと思いました。一人で動くことはあまりないんだけど,その節は東横INNにしますわ。
 ロビーの空気感も和みに満ちてますし。

2024年6月24日月曜日

2024.06.24 長岡経由で新潟へ

● 以上でミッションは果たしたので,あとは新潟に出て宿に入るだけ。寝ぐらを長岡にするか新潟にするか,少し迷ったのだが,明日は酒田に行くつもりなので,新潟まで行っておくことにした。
 16:30発の長岡行きに乗車。長岡からは新幹線に乗ればいい。何せ,最強のフリー乗車券を持っているんでさ。

● 米山あたりから車窓に日本海が広がるわけですよ。海なし県で生まれ育ったぼくには,けっこうワクワクする光景なんだけど,誰も海を見たりはしないです。
 何事もないかのようです。実際,何事もないのでありましょうな。

● 終点の長岡に着。改札を出てみた。初めてばかりで申しわけないのだが,長岡に降りるのも初めてだ。
 新潟美人の産地はこのあたりだろうと目星をつけていたのだけれども,違ったかもしれない。
 普通の地方都市の感じ。長岡といえば,近代史の地層の重なりがあるに違いないのだが,一見でわかるはずがない。

● 新幹線ではなくて,18:31発しらゆき7号新潟行きに乗ることにした。在来線の特急に乗る機械はなかなかなくなりましたのでね。
 で,鉄路恙なく新潟についた。この時刻に新潟に着けるのも,長野まで新幹線を利用できたから。速さは正義,ですかな。

2024.06.24 北越急行ほくほく線

● 越後川口から上越線の上り,水上行きに乗車。上りは降り,下りは昇るのが上越線。
 只見線の起点,小出を過ぎて,五日町,六日町と。六日町から北越急行ほくほく線に乗ろうと思う。

● 北越急行ほくほく線は「南魚沼市の六日町駅から上越市の犀潟駅までを結ぶ,総延長距離59.5km」の路線。開業は1997(平成9)年3月22日。
 ただし,「六日町駅から越後湯沢駅までJR上越線,犀潟駅から直江津駅まではJR信越本線に列車が乗り入れ,一体化した運行を行ってい」る。要するに,ほくほく線の列車は越後湯沢〜直江津間を走っている。

● 北陸新幹線ができるまでは,越後湯沢駅と北陸地方を結ぶ「特急はくたか」がほくほく線を走っていた。その時期の「はくたか」に,ぼくは乗ったことがないんだけれども。
 その「はくたか」がなくなって,ほくほく線の売上は急減した。プールしておいた当時の利益を取り崩しながらの営業と聞く。

● 2両編成。基本,高架を走るので乗り心地は相当いい。揺れない。
 日本海側に出るまではほとんどトンネル。美佐島駅はトンネルの中にある。

● 先ほど飯山線で通った十日町。六日町から十日町まではかなり近い。十日町-越後川口-六日町 は底辺が短く,他の二辺がかなり長い二等辺三角形になっているのだな。
 ほくほく線の車内からは駅舎は見えなかった。

● まつだい でほとんどの乗客が降りた。その先はほぼ乗降がない感じ。
 通路を作れば通る人が自ずと増えるというわけではないっぽい。この先,どこまで持続可能であるのか。

● 犀潟からは信越線の線路を走って,六日町から約1時間で直江津に着。
 直江津で降りるのも初めて。降りたからといって,何がどうってこともないんだけどね。
 強烈にこれが直江津だって空気があるわけではないし。そういうものを求めるのであれば,国内だったら沖縄か奄美諸島に行くしかないんじゃないか。

● 本日二度目の立食いそば。場所は直江津駅の隣。ゲソ天そば,560円。ゲソ天が3つ入っている。そばに合うのは普通のかき揚げですかね。
 駅のホームにある純正駅そばではないものの,線路を見ながらそばを啜ることができますよ。