2016年9月8日木曜日

2016.09.07 日清の「出前一丁」

● お昼に出前一丁のカップ麺を食べた。近くのコンビニで買ったものだ。
 カップ麺はコンビニにあるけれど,スーパーでは見たことがない。

● 袋の出前一丁はもう長いこと見ていない。生産をやめているんだろうか(と思ったら,氏家の「BIG」にはあったんでした)。
 少なくとも,日清のメインの製品ではなくなっているようだ。日清の袋といえば,何といってもチキンラーメン。あと,ラ王。

● 日清に限らず,メインはカップ麺になっていて,カップの方が利益率も大きいのだろう。出前一丁は冷遇されても仕方がないですかね。

● ただ,下川裕治さんの旅行記を読むと,香港ではインスタントラーメンの代名詞として出前一丁の名前が定着しているらしい。
 香港には袋もあるんだろうか。逆に,香港じゃ袋のインスタントラーメンなんて悠長なものは売れないか。

● 日本でも香港でも同じだろうけど,他品種少量生産にならざるを得ない。業界の王者日清といえど,特定のブランド1本で何割ものシェアを取るなどというのは,はるか昔の夢物語になっているだろう。

● ところで,カップの出前一丁なんだけど,旨かったんだよねぇ。麺のツルツル感は他の製品にはないものじゃなかろうか。

2016.09.07 最近見かけた3人の女性騎士

● 騎士とは男性のことだろうなどという野暮は言いっこなし。かつて“リボンの騎士”もいたではないか。サファイア姫,永遠なれ。

● 4日に東京駅から宇都宮行きの電車に乗った。座れる確率が高い先頭車両か最後尾の車両に乗ることにしている。この日は最後尾だった。
 ぼくの前に乗り込んだ女の子がいた。たぶん中学生ではないだろうか。あるいは高校生かもしれない。
 その彼女,座れるのにあえて座らず,座席の前をよけて立った。あたかも背中に目があって,年寄りのさえない男が乗ってきたら,席は譲ってやろうとしたかのようだった。

● で,ぼくは座ったんだけど,その彼女,すぐに降りるのかと思ったら,さにあらず。彼女が降りたのは久喜駅だった。それまでずっと立っていた。
 これ,ぼくにできるだろうか。若い頃はやっていたかもしれないんだけど,今,できるだろうか。

● 6日に氏家の「登竜」に飲みに行った。そこに30歳前後とおぼしき女性が一人で,食べに来ていた。一生懸命に麺を食べていた。今は食べることに全力をあげるといった風情で。かといって,いぎたなく食べているわけではもちろんない。
 この時間にここで食べているということは,ひょっとするとこれから夜勤に向かうのだろうか。

● 食べ終えたら,バッグからノート(手帳か)とペンを取りだした。何事かを確認しているようだった。ときどき,スマホを叩いている。おそらく,電卓アプリを立ちあげて計算しているのではないかと思われた。仕事の段取りでもしているのだろうか。
 こういう女子がいる限り,日本は安泰だな。男女雇用機会均等法ができたのは30年前か。それ以前は働き手の主要部分は男だけが担っていた。もったいないことをしていたものだな。

● 今日(7日)の朝。雨だった。ぼくの前を歩いていた女子高校生。傘をさした彼女,群れないで一人。水が溜まっているところをよけることもなく,サッサと歩いて行く。そうするのだという意思を感じさせる。しかし,無理をしているふうではない。
 若き騎士だなと感じ入ってしまった。

● というわけで,ここ数日の間に,3人の女性騎士に出会う光栄をえた。彼女たちにはいくつかの共通点がある。
 まず,一人であること。友だちと群れていなかった。一人で立っている感があった。次は,若かったこと。今どきだから,30歳前後は充分に若い部類に入る(本人がどう思っているかは別として)。

● 今どきの若いのは,と年寄りは言いがちだけれども,彼ら年寄りたち(ぼくもここに属する)よりも若い人たちの方が,おしなべて言えば凜としたものを感じさせるように思う。
 バブル期に生きた人たちに比べれば,時代に鍛えられている度合が違うから,それが当然なのだ。

2016年9月5日月曜日

2016.09.04 東京の飲食店で最もお世話になっているのは「富士そば」

● 荻窪へ行く用事があった。途中,駅前の「富士そば」で腹ごしらえをした。一人で東京に出たときは,だいたい「富士そば」で腹を満たすんだよね。
 何でか。安いから。敷居が低いから。立ち食いそばとすれば,そこそこ旨いから。

● でも,さすがに飽きてきたかも。そのせいかどうか,今日は「富士そば」を初めて不味いと感じてしまった。
 まぁ,そばつゆがちょっとね,いつもと違ったっていうかね,ほとんど醤油じゃないかと思うようなつゆだったので。

● 日本の場合,あまり画然とした,富裕層向け,庶民向けっていう区分けはないように思う。百円ショップに来ている人の中にも富裕層はいるはずだ。吉野家もしかり。
 ただ,業態の古いファストフード店,その典型が立ち食いそば屋だと思うんだけど,には富裕層ってあまり来ないような気がする。
 で,ま,「富士そば」のお客さんの中には富裕層ってのはまずいないだろう。あまりお金を持っていない人たちだろうと思える。

● で,ぼくの出自はその「あまりお金を持っていない人たち」に属すると思っていてね。思っているっていうか,事実としてそうだということ。ぼくの年代で田舎育ちなら,ほとんどの人がぼくと同じはずだと思っているんだけどさ。
 案外,こういうのって越えられないね。どういうことかっていうと,「富士そば」に入るとホッとするんだよね。
 これが,「富士そば」に入ってしまう最大の理由だと思うんですよ。

2016年9月3日土曜日

2016.09.03 また,「クローバー」


● また烏山の「クローバー」に来てしまった。今日は土曜日。土曜日だとランチセットがある。お得である。何がお得かというと,ステーキ単品の値段で,サラダ,ご飯(orパン),コーヒー(or紅茶orアイスクリーム)まで揃うのである。
 以上,相方から得た情報なんですが。

● そうか,だからウチは土曜日にしか来ないのか。日曜とか祝日とかには来たことがないのは,そういうことだったのか。
 女の人ってこういうところに聡いよねぇ。そのくせ,信じられないような無駄遣いもするんだけどね。これはどういうことなんだろうかねぇ。
 お金を遣うっていうことそれ自体の快感が相当あるのは間違いない。買うという行為をしたいから買うのだ。だから買いたいものがなくても買うのだ。つまり,それが無駄遣い。

● サラダの次にステーキが出てくる。味噌汁も。最後がコーヒー。コーヒーか紅茶かアイスクリームを選べる。これまでアイスクリーム以外を選んだことはなかった。
 どうしてか。息子がここのアイスクリームが好きだったから。栃木県で2番目に旨いなんぞと言っていた。
 ので,ぼくらもアイスクリームをとって,息子に食べさせてた。やつは3人分を喰っていたわけだな。
 が,今回は相方と2人なので,初めてコーヒーを飲んでみたよ。はい,コーヒーも旨かったっす。

● 「クローバー」についてはもう散々語っているので,付け加えることがないのが困る。
 要するに,旨い。自分が焼いたんじゃ,間違ってもこういうステーキにはならない。プロとアマの差,使っている道具,火力,すべてが違う。
 家庭のガスレンジでフライパンで焼いたんじゃなぁと思う。反面,家庭で焼いたとしても,ぼくよりはもっとステーキらしいステーキに焼きあげる人はたくさんいるんだろうけどね。

● もうひとつ,「クローバー」は雑誌を見るのが楽しみ。自転車雑誌がとりわけ充実しているのが嬉しい。
 ササッと見れば,2冊や3冊は読める。というか,目を通せる。得したなぁと思って帰ることができる。食べてお得,読んでお得。

2016年9月2日金曜日

2016.09.02 コンビニの駐車場に停めた車の中で昼食を摂る人たち

● この残暑は何ならん。昼休みに数百メートル歩いただけで,ドッと汗が出る。汗をかきながら近くのコンビニまで歩いて行った。
 サンドイッチとその他,いくつかを購入。

● このコンビニ,駐車場が広い。そこに車を停めて,車の中で弁当を食べている人がわりといる。あるいは,コンビニでカップ麺をかってお湯を入れてもらったのだろう,カップ麺をすすっている人もいる。
 作業服を着た若者。ネクタイをしている人(営業職だろうか)。中には女性もいる。中年の女性がひとりで車の中で食事をしている。

● その光景を見るたびに思う。日本を支えているのはこういう人たちなのだ。仕事の合間を見て,コンビニで昼食をすませる人たちなのだ。
 すばらしく勉強ができて東大に入れるほどの頭はなかった。丸の内のビル街でパソコンを叩いていればすむ仕事には就けなかった。ひとりで子どもを育てなければならなくなった。

● 決して楽しいとはいえないし,仕事が生きがいだなんてとても考えられないけれど,それでも自分のできることを普通に手を抜かないでやっている。先輩に指示されたことをそのとおりにやっている。
 コンビニの駐車場に停めた車の中で,ご飯を食べて,そのあと束の間の休息を取って,また午後の仕事に向かう。

● こういう人たちが日本を支えているのだろう。政治家や官僚や大企業の社長はその次の存在だ。
 こういう人たちが小さな幸せを感じられるような国に日本がなれれば。自分もまた,日々の暮らしの折々にそのようなふるまいを選択できるようになりたい。

2016年9月1日木曜日

2016.09.01 久しぶり,氏家の「登竜」

 ● 6月16日,わが家に激震が走った。が,どんな激震でも去れば元に戻る。元に戻ってはいけないのかもしれないけれど,元に戻ってしまう。為す術もなく,そうなってしまう。
 元の状態というのが,つまりは最も安定度の高い状態なのだろうか。ぼくに限っていうと,安定度が高いのは,それが最低位の状態だからだ。それ以上は下がりようがないから安定する。

● ともかく,急速に以前のルーティンに復帰しつつある。今夜は帰りに「登竜」に寄ってしまった。これがルーティン復帰の最後の仕上げかなぁ。
 安いウィスキーの水割りに豚キムチ炒め。一品料理の中では,この豚キムチ炒めは比較的量が少ない。ひとりで飲むときには助かる。
 豚肉と白菜キムチ,モヤシと少量のニラが入っている。これでキリンウイスキー「富士山麓」の水割りを飲む。

● 昔は,ウィスキーは二次会で飲むものだった。ぼくは若い頃から酒だけは誘われれば断ることがなかったし,昔は職場のユニットで飲む機会が,今よりずっと多かった。女子社員が少なかったことも,あれだけ飲み会があった理由のひとつかもしれない。
 で,まずビールから入って,日本酒に切替え,二次会でウィスキーの水割り。これが定型だったような気がする。ウィスキーは二次会のスナックで飲むもの。

● 今はその定型が消滅した。お酌をするっていうのもなくなったように思う。女子社員が男子社員に,部下が上司に。お酌をして回る光景はあたりまえにあったけれど,今はあまり見ない。
 ぼくも寄る年波で,お酌をされることが多い年齢になったのは間違いないけれど,お酌をされるのはあまり歓迎できない。同じように思っている人は多いのではないか。そうではありませんか,ご同輩。

● お酌がなくなったのは,ジョッキで飲むスタイルが一般的になったからでもあるかな。ジョッキで飲むのはビールに限らなくなった。焼酎を炭酸で割ってジョッキで飲む。ウィスキーを炭酸で割ってジョッキで飲む。
 この飲み方は,集団で飲んでいても,一人の世界に入りやすくなる。

● ということはつまり,職場を同じくする人たちの飲み会でも,その細部のありようは昔とはだいぶ変わっているのだろうね。
 上司がガス抜きを狙って,あるいは部下とコミュニケーションをしたいと思って,飲み会を設営するなんてことは,成立するんだろうか。迷惑がられるだけだろうね。

● というわけなので,ぼくはたいてい一人で飲みに行く。気楽でいい。気を遣わなくていい。気を遣わせなくていい。
 ということはつまり,コミュニケーション能力の低下を意味するよね。そういうのを煩わしいと思っているっていうことだから。
 でも,そんなのももうどうでもいいや。

● 水割りをもう1杯。ツマミももうひとつ。メンチカツを注文してみた。150円(+税)。このメンチカツも旨かった。陳腐な言い方で申しわけないけれど,ジューシーというやつ。
 あと気になったのが長芋キムチ。長芋がキムチになるんだろうか。長芋にキムチの元を絡めたようなものなのか。次の機会に試してみよう。
 次は,メンチカツ2個と長芋キムチで水割りを飲むことにするか。

2016.09.01 別荘不要論

● ぼくに100億円のお金があったとしても,軽井沢に別荘を建てたり,ハワイのコンドミニアムを買ったりはしないだろう。
 ひと夏をどこで過ごすか。その時々の気分で決めたい。別荘やコンドミニアムを所有してしまうと,それに縛られることになる。
 毎年,毎年,軽井沢やハワイに行かなきゃいけない。それでいいの? 今年の夏は北海道にしようとか,カナダはどうだろうかとか,オーストラリアでスキー三昧で過ごそうとか,そういうことは思わないのか。

● だいたい,別荘って前後が面倒だよね。行く前に電気,水道,ガスを通してもらうよう連絡して,着いたらその日と翌日は大掃除ってことになるだろう。そうじゃないと住める状態にならない。
 帰るときは,逆に電気や水道を停めてもらうよう電話して,キレイに片づけないとね。

● しかも。滞在中はトイレ掃除も洗濯もしなくちゃいけないし,料理も作らなくちゃいけない。いつもやっていることを場所を替えてやるだけのことだ。
 奥さん,それでいいんですか。

● ひと月くらいならホテルに住めばいい。ホテルなら世界中にあるんだから,世界中に別荘を持っているのと同じことだ。
 ひと月住むんだったらスイートじゃないと辛いかね。今どきのホテルなら,スイートの必要もないか。部屋,広いもんね。
 で,ぼくはたぶん,東京で過ごすことが多くなるだろう。ホテルにいれば暑さ寒さは関係ない。

● というわけで,別荘は持たない方がいいんじゃないのっていう話。持てない人間が考えたって仕方がないんじゃないの,と言われますな。