2016年9月15日木曜日

2016.09.14 東京は面白い

● 相方は年末年始もインターコンチネンタル東京ベイに泊まるつもりでいるようだ。ネットで出物(宿泊プラン)をチェックして,予約を入れようかどうしようかと思案中だ。
 この日は休めない?と訊いてくる。今訊かれてもなぁ。

● 前にもここに書いたことがあるんだけど,交通費をかけて海外や北海道・沖縄に行くくらいだったら,その分,東京で贅沢したいと思う。
 東京は刺激に満ちているし,治安も含めて都市としてはありえないほどに安全だし,適度に猥雑だし,今のところはISによるテロ行為も起きていない。

● 昔,東京砂漠という言葉があった。地方から東京に出てくると,隣は何をする人ぞ,近隣関係など存在しないがごとくだし,なかなか友だちもできないし,“人ごみ”(人はゴミなのか)を眺めて都市のザラザラした孤独を感じる,ということだったろうか。
 この言葉を創造したのは誰かは知らないけれど,その独創性にはシャッポを脱ぐ。

● ただ,実際には,田舎のジメジメした相互監視の人間関係から自由になれるんだから,東京砂漠の方がよっぽど居心地がいい。
 田舎人が都市暮らしに慣れるのは簡単だけど,都市の暮らしに慣れた人が田舎で暮らすのは不可能だとぼくは思う。田舎生まれの人が東京の大学に入学して,そのまま東京で働き,定年を機に田舎に戻って暮らすというのが,ギリギリのところではあるまいか。それだって厳しいかもしれない。

● だから人間は都市が好きだ。北海道のように土地なんかいくらでもありそうなところでも,人は都市を作って住む。
 オーストラリアなんてもっとだな。あんな広いところにあんなに少ない人しかいないのに,シドニーやメルボルンのような都市が自然にできる。

● いいことだと思う。都市の方が圧倒的に省資源型になる。田舎にパラパラと人が住んでいるという状態は,それ自体が自然破壊だ。
 ぼくらは自然を破壊せずには暮らせないわけだけれども,破壊するのを最小限にとどめようとすれば,都市を作ってそこに住むのがいい。
 その代表が東京で,だから東京は色々と面白いし,フラフラと歩いていると気分がいい。

● 東京が近くにあるのに,どうしてそれ以外のところに行かなければならないのか。せっかく東京に近いところに住んでいるんだから,東京に行けばいいではないか。
 ということを相方にも言っているので,それを汲んでくれているのかもしれない。

● ともかく,相方の提案は,それにピッタリ添うもので,基本的に否はない。ぼくとしては東京を楽しむ努力をしなければならないなと思う。
 すでに行ったことのあるところに何度も行くだけじゃなくて,まだ行ったことがないところも無数にあるわけだから,そういうところを一つずつ潰していくとか。
 あらためてガイドブックも読んでみるか。

● もうひとつの反省点は,せっかく東京に行きながら,宇都宮でもできることしかやっていないってことだ。
 が,東京でやりたいことのたいていのことは宇都宮でもできるということでもあるな。となると,わざわざ東京になんて行かんでもええやないかい,ってことになるなぁ。

2016.09.14 ぼくらは銀行に口座維持管理手数料を払っている

● マイナス金利は日銀と金融機関の間の話であって,金融機関と預金者の間で適用されるものではない。金利がゼロになって,口座維持手数料なんてのを払わなければいけなくなったら,それは実質的なマイナス金利だけれども,たぶん,そういうことにはならないだろう。

● ただし。現在の利息は定期預金の場合,1万円を1年間預けて1円。普通預金だったら10万円を1年間預けて1円だ。事実上のゼロ金利だとはいえる。
 加えて,平日の18時以後や土曜日にATMを利用すると,108円の手数料が取られる。日曜日の夜に引きだそうものなら216円も取られる。

● 平日の夜や休日にATMを使わずにすませられる用意周到な人ばかりではないはずだ。従来の感覚だと,自分の預金を引きだすのに108円を払わなければいけないのも納得しかねるけれど,年に数回,それをやっているとすれば,それは口座維持手数料を払っているのと同じことじゃないか。
 つまり,金融機関と預金者の間にも,実質的にマイナス金利が適用されていると言えないか。

● 昔は,銀行員が預金勧誘に熱心だった。ボーナスの時期になると仕事場にまで勧誘に来ていた。ので,預金者も“預けてやる”的な感覚だったと思う。それに対して,銀行では数パーセントの金利を付けて預金者に報いた。
 が,今は預金の勧誘などまったくやらなくなったのではないか。銀行としては預金してもらっても嬉しくないのかもしれない。借り手がいないのだろうから(だから金利が安くなっているのだろう)。
 10億円を預金してもらうより,投資信託を買ってもらった方がよほどありがたいに違いない。嫌々ながら預かってやっているというのが,今の状況ではあるまいか。

● 口座維持手数料を払うのを避けたいと思うなら,たとえば新生銀行を利用するといいよね。セブン銀行のATMがいつでも使えて,しかもいつ使っても手数料はかからない。おそらく,多くの人がそうしていると思うんだけど。
 ぼくは足利銀行と新生銀行の両刀使い。新生銀行をメインバンク(?)にする必要はない。財布がわりに使う感覚でいいと思う。

● とはいえ,株式投資もやっている人ならば,新生銀行(楽天銀行などでもいいけれど)をハブにするのが便利かもね。

2016年9月11日日曜日

2016.09.11 高根沢名物,焼きちゃんぽん

● 宝積寺駅東口のちょっ蔵広場で縁日。商工会か何かの催しだろうか。高根沢町内のいくつかの飲食店が支店(?)を出していた。
 その中に「割烹あづま」さんもいて,焼きちゃんぽんを作って,パックに詰めて販売していた。

● ので,ひとつ購入。450円。焼きちゃんぽんって,名前のとおり,ちゃんぽんの焼きそば版。っていうか,汁なしちゃんぽん。高根沢高校の生徒さんが発案し,町がバックアップ。
 かつては,町内3つの店で取り扱っていた。その中のひとつ,「ちょっ蔵食堂」で一度食べたことがある。
 一度食べたきりで二度目がない。このあたりが正直な回答になるんだろうな。焼きちゃんぽんに対して自分はどう感じたかっていう。

● で,今日は「あづま」さんの焼きちゃんぽんを食べてみたよ,と。このあたりは完全に好みの問題になると思うんだけど,ぼくは「あづま」さんに1票かな。
 焼きちゃんぽんのレシピって,ゆるやかには決まっているんだろうか。どの店のも色は緑。その中で何をどれだけ使うかということなんだろうかねぇ。小松菜のペーストを使ってたりするようなのだけど。

● 取扱店は今では3つだけじゃなくて,もっと増えているらしい。が,焼きちゃんぽんを広めようと本気で思うなら,もう少し値段を下げないといけないと思う。
 「ちょっ蔵食堂」では780円だったか。「あづま」さんでも店で食べると,800円程度なのではないか。今どき,ラーメンだってそのくらいはするではないかと言ったって,この値段ではなかなか厳しいだろう。

● かなり手間がかかっている商品なのはわかるんだけど,さらに工夫を加える必要があるのじゃないか。
 もしそれが難しいというなら,あまり引っぱらない方がいいと思うがな。

2016年9月10日土曜日

2016.09.10 夕食はリンガーハット

● 昼食は「ふく田」で食べたんだけど,夕食はリンガーハットになった。宇都宮はベルモールに入っているリンガーハット。
 リンガーハットの初体験はジョイフル本田にある店だった。二度目は有楽町のガード下。三度目は武蔵小金井駅近くの店。今度が四回目。

● 三度目のときは皿うどんを食べたんだけど,リンガーハットにはだいぶ失礼なことを書いてしまった。ブロイラーになった気分だなんてね。皿うどんに対しても失礼だな。
 四回目になる今日は,ちゃんぽんにしたんだけど,問題なく普通に旨かった。高級レストランだろうとファストフード店だろうと,そこでの食事の印象を決める要因の多くは,店側ではなく,こちら側にあるようなのだった。
 体調だったり,気分だったり,食事に費やせる時間の多寡だったり,一人かそれとも誰かと一緒か,といった諸々の事情によるところが大きいのだね。

● ベルモールのリンガーハットはフードコートに入っている店のひとつ。息子が小さかった頃は,このフードコートのマックには何度か行った。マックにまだ勢いがあった頃だ。
 今のマックはどん底は脱した気配があるんだけれど,まだまだ往年の勢いには遠い。しかし,ここのマックはよく売れているようだ。
 ベルモールの集客力のおかげだろうな。その分,出店料もだいぶ取られるんだろうけど,ベルモールのフードコートなら店を出したいというところは多いに違いない。

● いつもかなりのお客さんがいるもんね。でも,人気のある店,ない店がクッキリしているようだ。
 “キッチン○え○ろ”が比較的閑散としているようだ。蕎麦,丼もの,カレー,納豆定食と間口が広いのが難なのだろうな。フードコートなのだから,それぞれが違った分野の専門店であることが,客にとっては望ましい。
 と思ったんだけど,そんなことは百も承知,二百も合点だろう。損益分岐点は越えているのだろうな。

2016.09.10 高根沢の隠れた名店「ふく田」

● いや,べつに隠れちゃいないんだけどね。知る人ぞ知るだと思うんですけどね。6月以降,会食をお願いしたり,弁当を取ったり,お世話になった。
 ありがたい言葉もかけていただいた。相方は感涙にむせんでいた,というと大げさになるので,感激していたと言い直しておこう。

● 平日のランチはわりと混んでいると聞く。つまり,平日には行ったことがないから。平日に限らずとも,ここでお昼を食べたのはいつだったか。10年以上は前になるのじゃないか。
 そのあたりが“隠れた”と言いたくなる所以で,だとすると,その所以は「ふく田」ではなく自分の側にあったことになる。

● ともかく,今日,「ふく田」にランチを食べに行った。和食の店ゆえ,それなりのお代になるのではと思う向きには言っておきたい。そんなことはない。
 さすがにワンコインというわけにはいかないけれども,値段はリーズナブルといっていいと思う。食欲に任せてガンガン食べる若い衆は来ないところなので,静かに和食を味わいたい向きには合う店だと思う。

● 座敷にあがって食べることになる。その座敷の間仕切りが古典的な割烹方式。面積のわりに収容できる人数は少なくなる。ので,ひとりでは申しわけなくて行けない。
 最低でも2人ということになる。その場合,他のお客さんとの相部屋もあるかもしれない。
 良くも悪くも現代的ではないのだ。その現代的というのはファストフード的と言い換えてもいいだろう。良くも悪くもファストフード的ではないのだ。

● 自分がそのとき何を食べたいのか。自分でもわからないことがある。っていうか,これが食べたい,これしかない,っていうのは,ぼくなんか滅多にない。
 ほとんどの場合,何でもいいよ,だ。こういうのって,批判的に語られることが多いと思うんだけど,ほかの人はどうなんだろうかなぁ。ぼくの場合,特に食に対する訴求点が低いんだろうか。

● で,じつは,この日も何でも良かったんですよ。「ふく田」には申しわけないんだけどね。そんな具合だから,何を注文するかとなると,“おまかせ膳”。
 ぼくなんぞが小賢しく選択するよりも,店側にお任せした方が間違いがないという,謙虚というよりは真っ当な思いもあるね。
 刺身あり,天ぷらあり,茶碗蒸しありの,昔のよろず屋のような膳だ。最後にアイスクリームが出る。
 ご飯と味噌汁の椀を除いた小鉢小皿が8つ。これで1,000円(+税)。当然,不満なんかない。家庭でこれをやっちゃ,洗うのが大変だね,と思う程度だ。
 ちなみに,相方は800円の“天丼膳”を注文した。天ぷらがお好きのようなのだ。

● これで1,000円なら,ナントカ弁当の500円より実質安い。とはいっても,毎日1,000円のランチを食べ続けるわけにはいかないよね。
 そうでもないのか。いくのか。それが普通の人なのか。

2016.09.10 土曜日は休肝日

● 今日は休肝日になった。飲む間もなく喰っていたからだ。
 明日も仕事に出なくていいからでもある。職場に行かねばならぬのは,けっこうストレスなのだね。まぁ,職場にもよるけれども。

● 普段は飲んでしまう。コンビニで缶酎ハイを買って駅のベンチでプシュッとやったり,ラーメン屋に寄ってネギチャーシューでハイボールの飲んだりしてる。
 もちろん,家でも飲む。これでいいと思ってるわけじゃないんだけどね。

● 酒をコーヒーに切り替えられたらいいね。使える時間がドサッと増える。それは寿命が延びるのとイコールだ。
 100歳まで生きたとしても,文字どおりの酔生夢死では,長生きしたとはいえないように思う。

● 酒の原因はストレスだとすると(違うかもしれないのだが),最もいいのは仕事を生きがいにできることだ。これができれば,職場にどんな人がいようと,軽々と撥ねのけられるだろう。
 仕事にクリエイティブを見出せること。クリエイティブに仕事をする術を会得すること。
 それができるようになるまでの忍耐と,いい意味での鈍さが必要だろうけど,いったんその術を自分のものにできれば,人生は一気に充実するんじゃないのかな。

● ひょっとすると,多くの人はそれができているのかもしれないな。ぼくがここがまったくダメだったんだけどね。もう遅いや。
 職業人としての初期において舵を切り違え,修正の機会をことごとく逸してしまった。それも実力のうちということだよね。

● でも何とか可処分時間を増やす算段をしないといけないとは思っている。思っていることは思っているんだよねぇ。
 可処分時間を侵略するものは外から来るものももちろんあるんだけど,それ以上に自分の中からやって来るっていうこともわかっているんだよね。

2016年9月9日金曜日

2016.09.09 世の中は勝ったり負けたりだ

● 左の写真は9月9日の下野新聞。錦織が五輪の準決勝で完敗した相手にフルセットで勝利。
 五輪のときは越えられない壁という気がした。あれからひと月も経っていないんだけどね。あるんだね,こういうこと。

● お互いに人間だからっていう説明になるんですかね。スペックという概念が成立しないのだな,機械じゃないから。
 僅差なんでしょうね。スコア以上に力の差はないのだろう。その僅かなところに多くのプレイヤーが集まっている。だから,こういうことがある。

● そのときの調子の波。食事や睡眠が上手くいったかどうか。試合が行われるコートが柔らかいか固いか。そういうもので,試合の結果が逆転することがある。気持ちで負けないってのは最低限なんだろうけどね。
 だから人間って面白いんでしょうかねぇ。

● 実力差で説明できるのは,百戦して百勝〇敗の場合に限る? 実力差ならそうなるはずだよねぇ。“実力=スペック”と考えるなら。
 でも,それって圧倒的な差がある場合の話であって,実際には,相撲だって白鵬が負けることはあるし,場合によっては休場に追い込まれることもある。将棋でも羽生さんが負けることがある。

● 世の中のほとんどの事象は勝ったり負けたりだ。百勝〇敗はそもそもない。