2018年6月12日火曜日

2018.06.12 インスタは若者の聖域として残してあげよう

● 右は今日の下野新聞。インスタ人気を受けて,AIを使った高機能カメラを搭載したスマートフォンが発売されるよ,と。
 でもさ,高機能カメラのスマホをひっさげて,中高年がインスタになだれ込んできたら,若者には迷惑だろうなぁ。ウェイブは若者から始まって中高年に浸潤していくもので,その逆はあり得ないわけだけど,インスタは若者の聖域として残しておいてやりたい。

● インスタは40歳以上は立入禁止でいいのじゃないか。ジジババにはFBという玩具があるじゃないか。FBの中をウロウロしてればいいじゃないか。
 そのFBだって,最初は若者の楽園だったのだ。それをオズオズと眺めていたジジババが,自分にも使えそうだとわかると大挙して押し寄せて,結果的に若者を追い出してしまったのだ。

● どうやってみたってジジババの容姿がインスタ映えするなんてあり得ないんだし。現実を直視しようよ。40歳を過ぎたら,男も女も自分の容姿をSNSに晒しちゃダメだよ(プロフィールの写真だけにしとかないとね)。それって,公共の福祉を損ねるよ。
 たぶん,例外はあるんだけれども,自分がその例外だとは思わない方がいいよ。だいたい滑稽な結果になってるよ。知らぬは本人ばかりなりってね。

● そもそもインスタ映えって,写真に嘘をつかせる=見栄をはる,ってことだもんね。若者がやれば可愛らしくても,ジジババがやると薄汚くなるだけだ。
 だから,インスタぐらいはせめて若者に残しておいてあげようよ。

● ひょっとすると今のFBがそうなのかもしれないけれども,ジジババがユーザーの過半を占めるようになると,ワクワク感が失せるんだよね。つまらなくなるんだよ。あんまり頭の良くない目立ちたがりの常識人って,最高につまらないわけで。
 つまり,頭が良くないっていうのも,目立ちたがりっていうのも,常識人っていうのも,それがジジババの圧倒的多数だからね。多数派はつまらない(退屈)に決まってるんだよ。つまらない人たちが席巻しているところからは,若者は逃げだす。
 おまえがその典型じゃないか,おまえが言うな, っていう話だけどさ。

2018年6月9日土曜日

2018.06.09 「住めば都の高根沢」の迷惑

● 「住めば都の高根沢」というプロモーションビデオができたようで,だいぶ前から,宝積寺駅の改札口の隣にあるディスプレイで再生されている。
 それは別にいいんだけれども,今日は駅のホームの拡声器から大音声でエンドレスに流されていた。これはどうなんだ? ぼくは公害レベルの騒音だと感じたんだけれど。

● 駅のホームには多数の人が集う。電車を待ちながら静かに本を読みたい人がいるだろう。「住めば都の高根沢」ではない自分の好きな楽曲をiPodやスマホで聴きたい人がいるだろう。友だちとお喋りに興じたい人がいるだろう。ボーッとしていたい人がいるだろう。
 この大音量とエンドレスは,そういうことを一切許さない凶暴性を帯びる。暴力を超える暴力だと感じた。普通,暴力の対象は個人だが,これは多数に一気に働きかける。働きかけられた側には,それを防ぐ術がない。無抵抗を余儀なくされる。

● ひょっとしたら,スヤスヤと眠っている乳児を連れた母親だっているかもしれない。その母親と乳児にとって,この大音量ははっきり拷問である。
 そういうことに思いが及ばないのだとすれば,いくら何でも想像力の欠落がすぎる。

● 「住めば都の高根沢」をホームで流すことをやめるわけにはいかない事情がもしあるのであれば(可能ならば,やめてもらいたいのだが),音量を抑えてもらいたい。
 歌を聴くには,それに適した音量というものがある。それを超えた音量にしてしまっては,歌を殺してしまう。
 その適切な音量からさらに一段絞ることだ。駅のホームでは利用者が思い思いに過ごす。その“思い思い”を邪魔するようなことが絶対にあってはならない。
 過ぎたるは及ばざるがごとし,ではない。この局面では,及ばざるは過ぎたるに勝れり,が正しい。

● それでなくても,駅には“騒音”が多いのだ。1番線に下り列車が来るだの,危険だから黄色い線の内側に下がれだの,列車遅れまして申しわけございませんだの。
 それらのアナウンスは,意味がゼロではない。だから我慢もする。しかし,駅のホームで大音量の「住めば都の高根沢」を聞かされることを我慢しなければならない理由は何か?

● しかも,「住めば都の高根沢」は高根沢町へ移住してねという内容なのだから,町内で流しても何にもならないではないか。町外でプロモーションをかけるのでなければ意味がない。
 宝積寺駅には町外の居住者もやってくるからか。たしかに。が,その人たちの大半は通勤時間帯にやってきて,退勤時間帯に帰って行くだろう。したがって,その時間帯に流すのでなければ,これまた意味がない。
 が,混みあうその時間帯にこんなものを流したら,苦情が殺到するのではないか。苦情がこない時間帯を選んで流しているのだとすれば,何のために流しているのかわからないことになる。

● じつははるか昔に,これと似たような状況に遭遇したことがある。40年も前になる(国鉄だった頃)。岡山県の某駅で,当時ヒットしていた山口百恵「いい日旅立ち」をやはりエンドレスで延々と流していたことがあったのだ。おそらく,その某駅だけじゃなくて,全国のそちこちの駅で同じ現象が見られたのではないか。
 ぼくは山口百恵のファンだったけれども,エンドレスで延々というのには辟易するしかなかった。なるほど,国鉄の現場は頭を使うことを極端に忌避するのだなと思ったことだった。
 まさか40年後に同じ情景に出遭うとは思わなかった。

● こういう馬鹿以前の試みを,JR側が発案したとはさすがに思わない。思わないが,ここは発案者に対して,民間企業の矜恃を示してもらいたい。
 民間企業の矜恃とは何か? 利用客の方を向いて仕事をするということだ。

2018年6月7日木曜日

2018.06.07 サンヨー食品のサッポロ一番

● 5月3日,相方が昨夜,あなた,これ好きでしょ,と買ってきてくれた。たしかに好きだ。それは間違いない。間違いはないのだが・・・・・・

● で,今日。再び。「あなた,これも好きよね」と相方が買ってきてくれた。好きだ。好きすぎて死ぬほどだ。
 日本で一番売れている袋の即席麺。サンヨー食品の金字塔。日本人の国民食のひとつに数えてもいいものだよ。

● 5個入りで248円だったらしい。近くのスーパーの特売品。おひとり様1個限り。
 それはいい買物をしたねぇ。って,そういう話か。

● とにかく。袋では「サッポロ一番」が圧倒的に強いという印象。が,カップ麺ではサンヨーは苦戦している。というか,カップスターは存在を知られていないのではないかと思うほどだ。
 ナントカの後知恵でいえば,袋の味をカップでも再現しようとしたのが間違いだったということになる。

● が,なぜその方向ではダメだったのか。誰か教えてくれないだろうか。
 カップに入っている具が良くなかったんだろうか。袋とまったく同じならば安い袋を買うよ,ってことか。

● ぼくの仮説は,袋の「サッポロ一番」(特に味噌)は,何も入れないで作るのが一番旨いからだというもの。入れていいのはきざみネギのみ。具を入れると不味くなるのだ。カップは否応なしに具が入ってしまっているわけで,それがいけない。かといって,具なしのカップ麺などあり得ないから,袋の味のカップ麺はあり得なかった。
 しかし,この仮説は苦しまぎれのもの。まったく自信はありません。

2018年6月3日日曜日

2018.06.03 カツとカレーは合わない件

● 相方と宇都宮で落ち合って,夕食。「さぼてん」でロースカツカレー。カツカレーを食べたのは,四半世紀ぶり。
 美味しく頂いたが,カレーとカツは合わないんだった。だからずっと食べないでいたんだった。油断してしまった。

● というか,カレーを食べたいと思ってしまったんだよね。トンカツ屋でカレーを食べたいと思っちゃいけないや。カツはソースをかけるか卵で閉じるかのどちらかだ。
 それに,カレーにカツを合わせたのでは,カロリー過多になりがち。完食したんだけど,明らかに食べ過ぎた。

● カツカレーっていつ頃からあるんだろうかねぇ。昔は今以上にカレーというのは子供の好物だった(はずだ)。ハンバーグなんてのはなかったんだし(いや,あったんだけど,家庭ではまったく一般的ではなかった)。
 カツというのは贅沢の代表だった。めったに食べれないものの代表として君臨していたんだろうか。それだけで存在することを許されていた?

● ありがたいことに,カツは庶民の食べものになった。そうなってしまうと,カツカレーも粗が見えるようになる。
 カロリー過多とか,カレーとカツは合わないということのほかに,冷めてしまうと始末に負えないのもそうだ。カツだけなら冷めても食べられるんだが,カレーがかかってしまうとそうはいかなくなる。

● たぶんだけど,カレーにはカツよりコロッケの方が合うでしょうね。どうしても何かを載せたいなら,コロッケの方がいいと思う。
 ひょっとすると,かき揚げもいいかもしれない(カツよりは)。蕎麦やうどんに載せる具は,だいたいカレーに載せてもいいんじゃないか。

2018.06.03 豪華列車の旅

● 宇都宮駅にあった「びゅう」のパンフ。新幹線のグリーン席の中のグリーン席を使って旅先まで往復する。2人で1泊2日で約15万円。延泊は1泊につき約3万円。
 が,富裕層はこういうものには気を向けないような気がする。基本,貧乏人がする“たまの贅沢”に属する範疇ではないか。

● 要するに,商売は貧乏人を相手にするに限る。貧乏人って切ないね。“たまの贅沢”ってホント切ない。
 可能なら,“たまの贅沢”なんてしない方がいい。たまのレストラン,たまのホテル,たまの海外旅行・・・・・・たまの特上寿司,たまの“山崎”(いつもはトリス)・・・・・・
 いろんなレベルがあるけど,“自分へのご褒美”なんてやってると,いつまで経っても貧乏のままだ。カモなんだもん。

● なのに,貧乏人どうしで競争しちゃうんだよなぁ。ここが切ないんだよ。
 こういうのって,色々あってさ。バカどうしでテストの点数を競うとか。BUSUどうしで美醜を競うとか。
 弱者どうしで足を引っぱりあって。切なすぎるんだよ。

● 『共産党宣言』じゃないけどさ,「世界の弱者よ,団結せよ」とはならんものか。ならないなぁ。弱者が世の大宗だもんな。
 そうして,大宗はいつだって搾取の対象だ。搾取されてるとわかってる搾取なんか大したものじゃない。そうと気づかない搾取を膨大にされてるはずだよなぁ。

2018年6月2日土曜日

2018.06.02 東京散歩 板橋

● 生まれて初めて,板橋駅で降りた。板橋区立文化会館に行くのだが,そこに行くのは二度目になる。
 同会館のホームページでアクセスを確認すると,東武東上線で大山駅で降りろ,そこから徒歩3分だ,とある。で,前回は池袋から東武東上線に乗ったんだけど,地図を見ると,それだと行きすぎて戻る感じになる。田舎者にとっては,池袋で乗り換えるのも避けたい。

● というわけで,板橋駅で降りて歩いてみることにしたのだ。その板橋駅,埼京線の赤羽と池袋に挟まれた地味な駅。快速は通過するのじゃないか(→停まります)。
 宇都宮から湘南新宿ラインに乗ると,赤羽の次は池袋まで停まらないから,その間の駅には馴染み感が生まれない。

● 電車の路線図は別にしても,都内で最も馴染みがないのが,板橋区かも。台東区や荒川区や足立区は,良くも悪くも区としてのイメージがある。こんなところ,という。
 葛飾区や江戸川区もあまり行くことはないけれども,虎さんという強力無比な広告塔がある。

● 戦災を免れたんだろうか。道路の幅員が狭いのと不規則なのが特徴? 碁盤の目の対極というかな。人に説明するときには,ちょっととまどうかもしれないな。
 かまわず歩いて行くと子易神社。神社はこれくらいの方がいい。行きつけにするなら,このくらい。本屋もそうだし,電器店もあまり大きいのはなぁ。
 
● 文化会館の近くのセブンイレブンでかなり遅めの昼食。自転車で事故ってから,これで足りる感あり。
 ところで,このセブンプレミアムのクッキー,旨いっすよ。メーカーはブルボンの亀田製菓じゃなかったかと思うが。

● 板橋区で最も繁華なのは,この文化会館がある界隈なんだろうか。っていうか,大山駅の界隈。焼き鳥屋とか大衆的な飲み屋が多くて,ちょっと立ち寄って行こうかと思わせる。
 ま,今回は立ち寄らなかったけど。

● チャリダーがかなり多い。特に目立ったのがクロスバイク。クロスバイクが次から次へと歩行者をかき分けて走っていく。
 思うに,東京の23区に住んでいるなら,車など無用の長物だと思う。複雑極まる公共交通機関網を熟知するのは大変だけれども,車で動くより効率はいいかもしれない。買い物だってごそっとまとめ買いなどする必要がない。その都度,必要な分だけ買えばいい。買い物などついでにできるんだから。
 となると,ちょっとした移動は自転車で足りることになる。東京に住んでいるなら,行動半径をあまり広げる必要はないと思えるのでね。

2018年6月1日金曜日

2018.06.01 「大和久福祉会 パン職人いっぴ」のパン

● 先月の22日。「これ,美味しいから食べてみて」と,相方がパンを持ち帰った。南那須は「大和久福祉会 パン職人いっぴ」のくるみパン。5個入りで250円。
 たしかに。これは旨い。よほど腕のたしかなインストラクターが付いているんだろうか。

● 福祉施設でのパンやクッキー作りは,仕方がない面があるんだと思うんだけど,どこでもやっていて,少々食傷気味。やっぱり本職の作ったパンの方が旨いよな,と。
 が,これならその“本職”に対抗できる。福祉の看板を外しても戦っていける。もう一度言っちゃう。これは旨い。

● というわけで,旨いパンを知ることができた。相方は良い情報をもたらしてくれた。
 今日,再び,「大和久福祉会 パン職人いっぴ」のパンを相方が持ち帰った。

● 3ヶ月ほど季節を先取りして,「秋のフランス」。フランスパンに栗,くるみ,レーズン,いちじく,クリームチーズが入っている。
 前回のくるみパンほどの衝撃はない。衝撃ってのは一度受けると慣れてしまうものだけど。フランスパンはあまりいじってはいけないのかな。ただし,旨いことに変わりはない。