2022年5月26日木曜日

2022.05.26 東京散歩:銀座~北千住~南千住~人形町~中目黒

● 今日も東京詣。銀座中央通り。人が戻ってきていると思うのだけど,暇人がこんなにいるという言い方も可。忙しければ,平日の昼間に銀座を歩いているはずがない。
 と,暇人筆頭のぼくが申しております。つーか,暇っていいものだよ。

● 今日もこれを見てきた。これを見るためだけに蔦屋書店に。
 胴体は扁平に,かつ角々とさせて,肉感を殺している。対して,千手の,特に何も持っていない指の,艶めかしさ。グイグイ迫ってきますよ。変態なのかな,俺。

● さて,昨日は東西線でフラフラした。今日は日比谷線でフラフラしようと思う。
 銀座から日比谷線に乗って,まずは北千住。東口を出れば,そこは東京電機大学のキャンパス。巷との境がないゆえに,コロナ禍の対応には苦慮したろう。
 が,学問の府は巷にあるべきだというのは間違っていないと思う。巷のためにではなく,学問の府のために。栄華の巷を低く見ながら学問ができるような牧歌的な時代は,とっくに終わっているだろうから。

● 北千住駅の日比谷線ホームは高いところにあって,都会的な風情。
 ハングル表記が今となっては寒々しい。日本人の対韓感情が極限まで悪化して久しいからさ。お前ら来なくてもいいよ,というのが大方の日本人の感覚でしょ。ぼくもそう。隣国だから仲良くしなくちゃいけないなどと思うのが間違いだ。
 とはいうものの,欧米諸国では外国人旅行者を無条件で受入れている。日本もそろそろインバウンドを再開しなきゃしようがない。よその国と足並みを揃えるというよりも,このままでは日本経済がドミノが倒れるように倒れてしまいかねない。
 中国人は中国の事情で来ることができないけれども,それ以外の国からはどんどん来てもらわないと。その中には韓国も含まれる。

● ひと駅乗って,南千住。山谷の最寄駅。雰囲気がちょっと独特。が,この空気,嫌いじゃないんですよ。
 もし東京に住むなら,このあたりは有力候補。家賃も安そうだし。日比谷線のほかにJR常磐線,つくばエクスプレスの駅もある。
 問題は,歩道橋を昇降しないと,明治通り側に出れないこと。駅のホームから直接,歩道橋に出してくれれば,移動が少なくてすむんだが,そうは問屋が卸してくれない。

● 泪橋交差点。左に行けば白鬚橋から玉ノ井,真っ直ぐ進めば浅草,吉原は右に曲がるとやや近道。ここから引返せば千住宿(日光街道)。
 風情がまとまって存在する。正確には,それぞれの風情の結節点に山谷はある。
 日比谷線が走っているんだから都心にはスッと出ることができるし,JR常磐線とつくばエクスプレスも通っている。交通の便はかなりいいのだ。

● コロナ以前は外国人の旅行者が大勢いた。日本の安宿はカプセルホテルだが,女性が泊まれるカプセルホテルは少ない。カップルで来ている外国人バックパッカーが目を付けたのが山谷で,彼ら彼女らに目を付けたのが山谷だった。
 かつての木賃宿を改造して彼らに提供した。1泊2千円で泊まれる。彼らはレンタサイクルを漕いで,朝から晩まで東京を満喫するのだから,宿は寝れれば充分。山谷の安宿とはいえ,清潔さはジャパン・クォリティーなのだし。

● 駅前には芭蕉像。ここで隅田川を上がって,日光道中を歩き出したわけだ。
 路程を正確に書き留めることになど囚われずに,簡素で解釈の余地が大いにある,日本人好みの紀行文学の傑作が生まれたわけですよ。

● 人形町。すっかり馴染んだ気になっているが,ぼくの片思いでしょ。
 短い期間だけれども,ここに吉原があった。何か具体的なものが残っているわけではないが,元吉原の気配を無理にでも感じようとする楽しみがある。

● 日比谷線はここまでが下町エリア。この先はセレブエリアに乗入れて行く。したがって,この先に降りたい駅はないので,中目黒まで来てしまった。
 中目黒も多面性を持った街だ。駅前通りは下町っぽい。立食いそば屋やラーメン屋が並んでいる。が,目黒川を渡ると,表情が一変する。

メトロ24時間券
● 目黒川を渡ると東京音大がある。東京音大って,音大の中でもお嬢さん度,お坊ちゃん度が一番高いイメージなんですよね。近寄りがたいほどだ。
 ちなみに,最も庶民的なのが武蔵野音大。あくまでもイメージですけどね。

● その目黒川も不思議な川で,三面張の典型的な都市型河川なのに,風情があるんですよねぇ。樹木のトンネルを作ってて。この辺だけなんですかねぇ。
 品川に行くと,目黒川が北品川と南品川を分ける境界になっている。

2022年5月25日水曜日

2022.05.25 東京散歩:早稲田~神楽坂~門前仲町~銀座

メトロ24時間券
● 23日から28日まで5泊6日で川崎に来ている。もちろん,予定があって来ているのではない。やるべきことなど何もない。家にいるときもそうなんだけどさ。
 この状態が精神不安定の元になる人もいるやに聞くのだが,ぼくは生来の怠け者なのだろう,こんないい状態を手放してたまるかと思っている。

● ともあれ。せっかく川崎に泊まっているのに,東京くんだりまでやって来た。メトロ東西線上を移動しようと思う。
 まず,早稲田に。戸山公園の箱根山登頂(?)に挑もうと思う。東京特別区内では最高峰らしいので。めでたく最高峰の登頂に成功した。
 ただし,箱根山は人工的な築山であるらしい。自然の山では港区の愛宕山が最高峰。こちらは去年,登頂したんだけど,愛宕山の方が登り甲斐がある。麓の標高の違いでしょうな。

● でも,戸山公園,けっこうワイルド。新宿区にもこういう場所があるんだねぇ。ちなみに,新宿御苑には行ったことがない。
 日本って基本的に高温多雨だもんね。放っておけば雑草がはびこり,さらに放っておけば灌木が生えてきて,そのままにしておけば雑木林になるんでしょ。豊かな土地といえる。その恩恵をぼくらは受けているのだが,こうした庭園や公園は手入れが大変だ。欧州の幾何学的な構成の公園を真似てみても,基本,どうもうまくいかない。汚くなってしまう。手入れが追いつかないからだが,直線を持ち込むのは,日本の場合はそもそもが無理なのではないか。

● 東西線でひと駅,神楽坂。ここに来るのは二度目。早稲田には学生街の空気が戻って来ているが,神楽坂は対照的に年寄りの聖地。
 ということもなく,まぁ普通でした。どこに行っても年寄りが多いのは現代日本の特徴だから。

● 昼時で行列ができている店が1つあった。「龍朋」という中華屋。
 ひとつ脇に入るとお屋敷街。が,お屋敷を見てもさほどに面白いものでもない。

● 赤城神社。長い時間,手を合わせている女性がいた。マサカという坂に出逢ってしまったのか,業を深くせざるを得ない何かがあったのか。単純に信心深い人なのか。
 神社内神社の螢雪天神もあって,こちらは自ら受験生に訴求している。食事や喫茶ができる施設もある。

● 赤城神社の隣に「小諸そば」があって,繁盛してた。宜なるかな。
 先に見た「龍朋」は,どちらかといえばよそから来た人たちが並んでいるふうだったのに対して,とこの「小諸そば」はここで働いている勤め人が食べに来ている。勤め人が昼食に求めるものは,安くて早いことだ。味は不味いのは困るが,そこそこ旨けりゃいい。そうそう旨さの追求ばかりしているわけにはいかないのだ。

● 続いて,門前仲町。古石場文化センターに小津安二郎を紹介しているコーナーがあると聞いたので。少し迷いながら到着。
 深川には何度も来ている。深川不動尊だったり,江戸資料館だったり,伊能忠敬だったり,松尾芭蕉だったりしたわけだが,小津安二郎も深川ゆかりでしたか。
 小津映画は,最近もDVDを8本見た。どれが1本ということになれば「東京物語」になるのだろうが,ぼくは「晩春」が好きだ。

● 小津家って深川の大地主だったんですねぇ。小津橋まである。橋の名前になっているのは,小津安二郎が世界に認められる前かららしいのだ。
 でも,わかる気がする。新興文化は富裕層から才能が出るというのは,普通のことかな,と。

● 右の写真は小津が子供の頃に遊んだ公園らしいのだが,当然,そんな面影は
残っていない。ここは住むとこじゃないんだよ,というノーティスもある。ここに住んでる方がいらっしゃるのかもしれない。
● 清澄通りに架かる歩道橋のたもとに小津安二郎生誕の地の標識板がある。
 深川が今の深川になったのはそんなに古いことではなく,明治の頃は風光明媚な別荘地だったらしい。その趣を湛えていた頃に小津は生まれたんでしょう。

● なんでもないことは流行に従う
  重大なことは道徳に従う
  芸術のことは自分に従う

 カッコ良すぎでしょうよ,こんなの。
 小津は60歳で亡くなっている。ぼくなんかその年齢をいくつか越えてしまっているのに,この体たらくだからねぇ。ションボリしちゃいますね。そうでしょ,ご同輩。

 小津安二郎生誕の地からちょっと歩くと,芭蕉の採荼庵跡が。こんなところだったのかという驚き。数ヶ月前に両国からここまで歩いたことがあるのだ。まさにこれを見ようと思って。
 探すのに苦労した記憶があってね。こんなわかりやすいところにあったのか,っていうね。
 ちなみに,採荼庵跡の裏側はこんな感じ。もうちょっと何とかならなかったのか。ならなかったんでしょうな。

● 日本橋で銀座線に乗り換えた。で,銀座で下車。G-SIXの蔦屋書店で「暮らしに寄りそう仏たち」を開催中。国宝級の著名仏のミニチュアと,ハッキリ女性の仏の仏画。
 これなんか,ゾクッとするほどの色気があって。とんでもありませんよ。オッパイがなくても色気や艶は醸せるという虚構の世界。いや,これ,虚構じゃないよね。

● 新橋駅前SL広場の小諸そば。2枚盛りイカ天付き,500円。
 神楽坂の小諸そばは昼食時で満席だったが,日がだいぶ西に傾く時刻だと入りやすくなる。やっぱ,ぼくにはこういうのが合ってるわい。

2022年5月16日月曜日

2022.05.16 45歳以上の高学歴男性は友人と食事をしないからダメ?

 45歳以上「高学歴男性」が持っていない3つのモノとは,居場所,友人,趣味であるらしい。
 現時点で定期的に人と交流するために行く場所(家と職場は除く)がない男性は約7割にのぼり,趣味をもっていない男性,読書をしない男性も少なくない。
 さらに,友人の数をみると,「自分よりも年齢が10歳以上若い友人の数」「悩みごとを相談できる友人の数」「SNSなどでやりとりする友人の数」では0人が最も多く,過去1年以内に新しい友人や親しい知人を作った男性は,約3割にとどまっている。
 「地域」の人と食事をしたことがない男性は72.9%にのぼり,「学生時代の友人」や「社会人になってからできた友人」とも食事をしていない男性も約3割存在している。地域の人だけではなく,友人とも食事をする機会が少ないのである。
● おいおいおい,何なの,これ。まず主張したいジャーナリスティックな結論が最初にあって,それに必要なデータを集める調査(っぽいもの)をして,やっぱりこうなんですよ皆さん,と提示する。
 45歳以上の高学歴男性という括りも問題で,現在の45歳大卒は男女問わず,高学歴には該当しないのじゃないか。だって,誰もが大学に行くようになってたでしょ。彼らが18歳のときには,事実上,選ばなければ誰でも大学に行けるようになっていたんじゃないか。

● 45歳にもなってSNSなんかやってるようじゃしょうがない,という意見もありそうだがな。
 友人や知人は作るものではなくて,できるものだ。大人の常識というものではないのかねぇ。
 10歳以上若い友人を持つのは至難だろう。女性でもあまりいないだろう。自分は友人のつもりでも,相手はそう思っていない場合が多いのではないか。
 読書をしないのも45歳以上の高学歴男性に限った話ではない。

● 「地域」って何よ? ぼくは退職して家にいるけれども,地域の人と会うこと自体がない。皆さん,昼間は仕事に出ているから,外を歩いていても人とすれ違うことがない。
 自治会に関して言うと,2020年には班長が回ってきたのでやったけれども,コロナでね,自治会の行事は軒並み中止になった。翌年もそう。それで困ったことが起きたかというと,そんなことはない。自治会なんて要らないじゃん。多くの人がそう思っていたと思うんだけども,それがコロナで明らかになってしまった。
 で,2022年から自治会を抜けた。まったく何も困らない。ゴミ出しなどの情報は町役場のサイトに全部書いてある。“隣は何をする人ぞ” は都会の高層アパートに限らない。田舎でもそうなってきている。

● 「学生時代の友人」や「社会人になってからできた友人」と食事をしていない男性が3割しかいないなんて,信じられない。
 ぼくなんか,大学を卒業してから大学時代の友人に会ったこと自体,一度もない。誰とも一度も会っていない。それが普通だと思っていたよ。
 45歳を過ぎているのに学生時代の友人を食事をするとは,何をやっているのだ。卒業してから20年以上も経つのに,その間,何をしてきたのだ。

● 友人と食事をしているかいないかで何事かを測ろうとするのは,拠って立つ前提に疑問がある。よほど世間知らずなのか(若いのか),そうでなければバカなのか。大学時代に学んだつもりのことがすべてだと思っていて,それをモノサシにして世間を斬る的なコントが大好きな人なのか。
 ま,筆者は人と食事をするのが好きな人なのかもしれないけどね。SNSも好きでよくやっているのだろう。

● 新しい知見を何も提供していない。これは(アカデミズムではなくジャーナリズムの世界で)大昔から言われていることだ。それに社会学の衣装を着せてみましたよということか。
 頭の良くない学部生の論文のようだ。こんな薄っぺらいものを載せてて大丈夫なのか,東洋経済。

2022年5月5日木曜日

2022.05.05 コロナウィルスの無料検査という益体もない愚行

● 宇都宮駅コンコースにこんなものが。コロナウィルスの無料検査をやっているようだ。
 誰が何を考えてこんな益体もないことを始めたのかは知らない。

● 検査をしてもらおうと来ている人はあまりいないようだ。そりゃそうだ。
 第一にオミクロンは脅威ではない。年寄りに関してはこの限りではないが,年寄りは3回目のワクチンを打っとけという話だ。
 オミクロンは感染力だけは強いから,ワクチンを打ったからといって感染しないという話ではないが,感染しないことが重要なのではなく,感染しても重(中)症化しなければいいのだ。
 若い人はそもそも感染したってどうということもないのだから,何もしなくたっていい。コロナ以前のように自由にやりたいことをやればいい。

● 第二に,にもかかわらず,もし陽性になれば家族や会社の同僚にどえらい迷惑をかけてしまう。現在でも濃厚接触者とか感染経路の確認とか,そういうのは生きているのだろう。
 パンデミックのあとに感染経路の確認をしているなんてどれだけ馬鹿なんだとは,素人でもわかる話だと思うのだが,専門家や厚生官僚の考えることは素人の理解を超える。

● 今回のコロナ禍もマイナスばかりではなく,プラス面がある。リモートワークが一挙に進展したのはそのひとつだ。
 コロナが収束したあとも,リモートワークは残るだろう。雇用者にとっても被雇用者にとってもメリットがある。
 もし,コロナが収束したのだからリモートワークは全廃する,コロナ以前のように会社に集まって仕事せよ,という企業があれば,優秀な社員から辞めていくことになる。
 リモートワークでもきっちり仕事ができる人は,それだけでかなり優秀な人のはずだ。そういう人ほどリモートワークのメリットを痛感している。

● プラス面のもうひとつは,医療専門家の馬脚が馬脚だと露わになったことだろう。専門家の言うことを聞いているとロクなことにならない,と多くの人が思うようになった。
 SNSで頓珍漢を撒き散らしながら,まともなことを言う人に対して,専門領域で論文を書いて査読に耐えて雑誌に掲載されるという経験をしてから反論しろ,としか言えないのだから。幼稚園児なのかおまえは,ということだ。その査読もどこまで合理性のあるメソッドになっているものやら。
 人文系の専門家はバカの代名詞になって久しいのだが,医学においても専門家とはこの程度のものだとわかったことは,収穫と言っていいだろう。

● さらにもうひとつ。自治体(とりわけ都道府県)の無知無能が白日の下に晒される結果になったことだ。
 今までは中央集権は悪で地方分権が善だと無邪気に思っていたけれども,これで地方分権が進んでしまっては大変なことになる,と考えるに至った人も多いのではないか。
 それに関しては東京都知事の貢献が大だが,それをはるかに凌ぐ無能知事が存在することも明らかになった。
 都道府県格差があることも多くの人が知るところとなった。その格差はおおむね知事が作っているということもだ。ちなみに,ぼくは宮城県が羨ましい。

● ともあれ。何を考えてこんなことを始めてしまったのか。何もしないのが最善手という局面で,何もしないでいることに耐えられなかったのか。
 ウィルス検査をするのに1件あたりどれほどのコストがかかるのか知らないが,税金をドブに捨てているようなものではないのか。
 動員されている職員も,せっかくの黄金週間なのに何の意味もない仕事をさせられて気の毒なことだ。家族と過ごさせてやればいいのに,と思う。

2022年5月2日月曜日

2022.05.02 東武鉄道の株主優待乗車証 VS 東武東京メトロパス

● JR宇都宮駅前の金券ショップで東武の株主優待乗車証を4枚買った。6月30日が使用期限。6月になると12月31日使用期限のものが販売される。
 東武は株主に年2回,この乗車証を配っているのだろうね。株主は金券ショップに持ち込んで換金し,それをぼくらが買うという循環だ。

● 850円で売られている。この乗車証で東武線の全線に乗ることができる。ただし,何度でも乗り降りできるわけではなく,一度降りたらそこで終わりなのだが,東武宇都宮から浅草まで乗れば,1,220円のところ850円ですむんだから,こちらを買ってしまうわけだ。
 JRで宇都宮から東京まで行くと,片道で1,980円だ。株主優待乗車証を使って東武に乗れば,往復してもJRの片道運賃より安いのだ。

● 以前は800円だった。有効期限が近づくにつれて安くなった。最も安く買えたのは630円。ところが,もう5月になったのに,依然として850円なのだ。安くならない。
 この値段だと,東武が正式に発行している「東武東京メトロパス」を使った方がいいかもしれない。東武宇都宮駅からだと2,450円。850円の優待乗車証を2枚使って往復し,都内はメトロ24時間券で移動すると,2,300円になる。
 差額は150円だが,東武東京メトロパスは東武の浅草(押上)~北千住間が乗降り自由になる。曳舟や東向島で下車するのであれば,東武東京メトロパスを使った方がむしろ安くなる。

● 東武線は押上からメトロ半蔵門線に直結するが,優待乗車証+メトロ24時間券 の場合は,押上で下車しなければならない。優待乗車証で改札を出て,メトロ24時間券で入り直す必要がある。
 押上で降りないで,たとえば三越前まで行ってしまうと,押上から三越前までの運賃を現金(or Suica,PASMO)で払わなければならない。で,三越前駅でメトロ24時間券を買うことになるわけだ。わずか170円のことだが,24時間券でカバーできない区間を作ってしまっては面白くない。

● 東武東京メトロパスなら,押上で降りる必要はない。東武線とメトロを完全に1本の路線と見做せる。その1本のフリー区間(メトロは全線,東武線は北千住以南)では乗降自由となる。
 東武は半蔵門線の他に日比谷線にも乗り入れているし,北千住で千代田線に乗り換えることもできる。そこでメトロと東武線を区別しなくていいのは,けっこう大きなメリットではないか。

● 一方で,優待乗車証とメトロ24時間券を組み合わせることのメリットもある。第1に行き先が東京でない場合。この場合は東武東京メトロパスは使えない。
 第2に,往きは東武で復りはJRを使おうとする場合。第3に,東京で1泊する場合にも東武東京メトロパスは使えない。有効日は購入日の当日限りだからだ。
 とはいっても,宇都宮から東武に乗って,行き先が東京じゃないことはほぼないだろうし(春日部から野田線で船橋に出るくらいのもので,相当なレアケースだ),東京は,基本,宇都宮からなら日帰り圏だ。

● 今はメトロ24時間券が10枚ある。うち4枚は今月中に使わなければならない(残り6枚は6月いっぱい)。
 これを使い切るまでは850円でも株主優待乗車証を買うけれども,それを消化できたら東武東京メトロパスを買うことになりそうだ。

2022年4月12日火曜日

2022.04.10 春爛漫,ブースター接種

● 春を通り越して初夏。っていうか,熱中症の心配をしなきゃいけないくらい,暑い。外を歩いていると汗ばんでくる。

● 眼を楽しませてくれるものに事欠かない時期でもある。
 敷地内に桜を植えている家もある。これをできるのが田舎。元々の農家って敷地広いからね。
 いや,春夏秋冬,いつでも眼を楽しませてくれるものはあるんだけどね。冬は星座がきれいだし。夏は雲に特徴があるし。

● こうした景色を愛でながら,目的地に着いた。3回目のコロナワクチン接種。
 13:30の予約なのだが,手続きはサッサと進み,13:30になったときには接種まで終わっていた。
 初モデルナだけれども,副反応は心配していない。副反応は若い,特に女性に出るもので,ジジイが副反応を心配するなど滑稽の極みだ。ともあれ,まずはひと安心。
● んで,また,眼を楽しませながら,家まで歩いて戻った。

● 現時点(21:04)で副反応はまったくない。少し寂しい。熱よ,出てもいいぞ,ちょっとくらいなら。

(追記 2022.04.12)

● 寝る時刻(午前3時)になったら,悪寒が。上下の歯がガチガチ言いだした。とっくに押入にしまった掛布団を引張りだした。自分で額に手をあててみたところでは,発熱はなかったようなのだが。
 あと,30分おきに連続3回,トイレに呼ばれた。水分を絞り取られる感じ。これじゃ寝れない。

● 翌朝になると悪寒は収まっていた。これは副反応? いや,めでたやな。
 っていうかですね,ゴメンナサイ。モデルナをナメくさっておりましたよ。

● 11日も起きていられなかった。足元がふらつく。食欲皆無。無理に食べても味がわからない。コロナに罹患したようなものだ。
 熱を測ってみたら7度5分だった。昨夜は,おそらく38~9度の熱がでていたろうね。熱がないわけなかった。熱くなった掌で熱くなった額に触れても熱いと感じないという理屈だろう。

● 11日の夜,ショック療法を試みようとした。が,三口ほど啜っただけで,あとは身体に入っていかなかった。
 寝てるしかないんだけども,寝るにも体力が要るんだなと痛感するわけだ。腰が痛くて,寝ていても楽しくないんだよね。
 昼間しっかり動いて,夜は死んだように眠るという,そういう健康的な睡眠じゃないわけで。

● 12日。どうにか収まった。依然として食欲はないが,こうしてパソコンのキーボードを叩けるようにはなった。起きてはいられそうだ。
 何も食べないで約2日過ごし,熱もずっと出していたんだから,痩せましたよ。これだけはこのまま維持できればいいんだけども,そうはいかないんだなぁ。

2022年4月1日金曜日

2022.04.01 至るところに桜はある

● 右の写真は地元の図書館の一本桜。満開にはまだ。満開前の桜に人は群がらない。満開になるとドッと来て,満開が過ぎると,なだらかに減っていく。
 花は盛りをのみ見るものかは,問題。ぼく一個は,人が群がる満開は避けよという意見。満開の少し前にシフトせよ。満開を追いかけるな。これくらいが見頃ではないか。

● 満開になってしまっては遅いのだ。なぜなら,満開になってしまえば後は散るだけだから。先の楽しみがないではないか。
 満開の少し前なら,これから咲き誇ってさらに華やかになっていくという楽しみも味わうことができるのだ。

● 自宅から歩いて数分のところにある小さな公園。この時期になると,桜って津々浦々どこにでもあるんだなとわかる。人々は桜を愛でないではいられないんだな,と。
 こちらは20分ほど歩いたところの公園。ここにも桜の樹は何本もある。桜なしではすまされない。

● それゆえ,桜を愛でる機会は万人に平等に与えられている。貧富は関係ない。お金があればあるなりの愛で方ができるのだろうが,愛でること自体はお金がなくてもできる。
 お金がなくてもできることはたくさんあって,じつはお金がなければできないことはすぐに飽きてしまうものが多いのに対して,お金がなくてもできることはいくらやっても飽きることがないものが多い
(たぶん)

● 全体が貧しいうちはお金の効用は相対的に大きかったのだろうが,全体的に生活が底上げされてくると,お金の効用は小さくなる。
 大都市ではどうか知らないけれど,ぼくの町だと3万円の家賃で住めるアパートはたくさんある。つましくやれば月に10万円もあれば充分。それ以上のお金はあってもいいが,なくてもどうにかなる。ということになると,幸福の多寡を決めるものはお金ではなく,別の何かになる。

● それがつまり,至るところに桜はあるということだ。と,ぼくは思っている。