2021年1月9日土曜日

2021.01.09 コロナの緊急事態宣言-東京は人が少ない

● 昨日,緊急事態宣言が布告された東京に向かっている。宇都宮発9:44の熱海行き。最後尾の車両なのだが,乗客はぼく以外誰もいない。
 小山で男性が1人乗ってきた。3連休の初日だっていうのにな。上野で下車。その時,ハコにいたのは,ぼくを含めて7人。

錦糸町駅前
● Ecute上野のブックエキスプレスやアンジェもお客さんはほぼいないに近い。売上げは大きく落ち込むでしょう。
 錦糸町に用事があった。北口駅前の人通りは昨年末の数分の1。やはりと言うべきでしょうなぁ。

● 昼時だったので,錦糸町駅前の「吉野家」に。この時間帯だと,いつもだったら満席で諦めることが多いんだけど,今日は入れた。しかも,席の半分は閉鎖してるんですよ。
 牛丼並みと生卵を注文。肉だく29円でサービス中です,お勧めしてます,と,外国人のオネーちゃんが流暢に言うものだから,お勧めに応じました。493円。

● ここまで自粛するかね。日本人は自分がどう動くかを人に決められることに抵抗がないんでしょうかなぁ。従順なる国民。為政者は楽できる。
 いや,情報をかみ砕いて理解できるだけの知的水準を備えている証左なのかもしれないですね。

● 銀座に出てみた。並木通りは閑散としていた。半分,死んでる。簡単に緊急事態宣言など出すものじゃないのだ。
 現在のコロナ感染者数は季節要因によるもので,例年のインフルエンザの罹患者数と同じ曲線を描いているのではないか。で,罹患者数も死亡者数もインフルエンザより少ないのじゃないか。それでどうして緊急事態になるのか。
 野党やマスコミは騒ぐしか能がないのだから騒がせておけばいいとして,国や自治体が同じように騒いでたんじゃどうにもならない。これじゃ健康な人間がバタバタ死ぬぞ。

● 中央通りもだいぶスカスカしている。これが3連休の初日だよ。ここでモノやサービスを売って暮らしを立てている人がどれだけいる?
 政策が人から暮らしを奪っていいのか。命が大事のお題目で,こんなに多くの人の暮らしをぶった切って,ほんとにそれでいいのか。ぼくが力んでみても仕方がないのだが,何だか釈然としない。


(2021.01.11 追記)

 ネットでこんなニュースに接した。ぼくらはこんな報道機関に受信料を強制徴収されているのだよね。初体験のときと2度目が同じだったら,その方がおかしいだろ。こんな「分析」でお茶を濁しててどうすんだよ。トットと民営化されろやと思ってしまったよ。てか,強制徴収している受信料をこんなくだらないことに使うなよ。
 しかも,この数字,本当か。欲しい数字が出るように,諸々いじってないか。「9日の午後6時から10日午前0時まで」に限定しないで,昼間の時間帯の数字も教えてくれよ。

2021年1月1日金曜日

2021.01.01 元日もラゾーナ川崎で過ごす

● ここ,約10年は,元日はホテルで迎えるのが習いになっている。大晦日は東京に泊まって,したがって元日の朝も東京。
 ただし,去年までは大晦日に都内のホテルに泊まるのは容易じゃなかった。ビジネスホテルだとまず空きがない。あったとしても,法外な値段になっている(需給関係からは妥当な価格なのだと思うが)。
 なので,たいていはカプセルホテルに泊まっていた。カプセルにはカプセルの良さがあるが,ある種の気忙しさとうらぶれ感を味わうことになるのは避けられない。それがカプセルの味なのではあるけれど。

● しかし,その事情もコロナで一変した。GoToが停止されたあとでも,去年まではあり得なかった価格で普通のホテルに泊まることができる。通常価格のままであるのに加えて,その通常価格も例年より安い。
 需給関係が大きく変化した(需要が激減した)結果であるのはわかりきっている。今夜も泊まって,明日,自宅に戻る予定にしているが,こんな美味しい思いはそうそうできないだろう。

● 穏やかに晴れた。関東の元日は決まってこうだ。荒天の元日なんて記憶にない。
 日本海側では雪で大変なことになっているようだ。夏の日本列島はひとしなみに酷暑列島と化すのだが,冬の日本列島は世界でも珍しいほどの多様な気候分布を示す。

● ぼくらが泊まっているのは高級ビジネスホテルだ。朝食はホテルのレストランで食べようと思えば食べられるが(朝食の評判はかなり良いと聞いた),ぼくらは節約派。
 右の写真が元日の朝の朝食になった。年越したそば。どん兵衛にえび天を載せた豪華版? 昨夜,相方がラゾーナの食品売場で買っておいたもの。

● しかし,こういう時期であっても,ホテルは元日の華やぎを演出する。その1つが,正月酒の振舞いだ。ホテルスタッフ(女子の一部)が振袖を着て,宿泊者にグラスシャンパンを振舞う。
 ぼくらもいただいたんだけども,お代わりするのは憚られた。正直,華やぎはあまりない。基本,宿泊客が少ないためだ。

● 川崎駅の周辺でいうと,ラゾーナは元日から営業している。ミューザ1階の飲食店はやっているところと休んでいるところ,両方あり。アトレとカワスイは元日のみ休み。
 ので,基本,駅の西側は通常の賑わい。ミューザ1階のカフェの窓際もいつもどおり。パソコンを広げて暇つぶしをしている若者とノートを広げて元日から勉強している女子高生。それぞれが思い思いにそれぞれの元日を過ごしている。

● が,ホテルスタッフによると,昨年より人の数はだいぶ少ない由。そうか。これでも例年よりは少ないのか。GoToを停めないで全国に分散させた方が良かったのじゃないかと思ったのだが,そこまで単純に割り切ってはいけないようだ。
 それでも,夕方になるとラゾーナに人が増えた。今日はラゾーナしか開いていないんだから,人々はここに集まる。
 1階のグラン・フードは三越の地階を経巡っているような面白さがあって,かなり混んでいる。あと,4階のレストラン街。

● ミューザ1階で営業中の飲食店は,リンガーハット,スシロー,サイゼリヤ。ホールそのものはサントリーホールよりミューザの方がいいんだが,こういうところがミューザなんだな。やむを得ない。川崎と赤坂の違いというより,至近に個人の住宅があるかないかの違いだ。
 サントリーホールがあるあたりって生活臭がないんだよね。徹底してよそ行きの街でいられる。業界人にとってはサントリーホールは依然として聖地であり続けていると思うんだけども,それは場の力によるところが大きい。
 川崎って駅の近くに高層住宅が何本も生えてるもんね。これではとり澄ましているだけじゃすまない。安い,実質本位,そういったものが一帯を支配しますよ。当然でしょ。
 ところで。これらの高層住宅,完全に埋まっているわけでもなさげに見える。利便性は完璧のはずだが。ちょっとお高い?

● ミューザの建物の外縁にある「ふく猫」。頭をなでるといいことあるかもよ,っていう。何年か前になでた。いいことが増えたという体感はない。当然でありますな。
 けれども,今日もなでてきました。これをもって初詣に代えようと存ずる。

● 元日の昼食は「銀だこ」のたこ焼き。焼くのもレジもアルバイトの若者。若さを浪費中。
 若さは時間と同じで保存できない。使っても使わなくても刻一刻と減っていく。ならば,この浪費の仕方は悪くないなぁと思った。

2020年12月30日水曜日

2020.12.30 明治神宮に初めて行ってみた

● 川崎のホテルに逗留(?)しているのだが,今日は原宿に来てみた。正午過ぎの原宿。人波にもみくちゃにされるのはヤダなぁと思ってたのだけど,閑散としている。
 コロナ感染者が急増しているのが影響してるんでしょうねぇ。それとも,この時期の原宿はこんなものなんですか。
 ともあれ。朝は雨だったのだが,11時前に上がってくれた。ラッキーだよ。

● 去年の年末には代々木公園に初めて来た。今年は明治神宮に行ってみようと思う。もちろん,初めてだ。初詣客が全国1位。だから何? って話ではあるんだけども,一度はどんなところなのか見ておかないとと思って来てみた。
 駅前の最初の鳥居をくぐれば,神宮の杜。元々の林に相当な手を加えたようなのだが,
原生林と見紛うような圧巻の杜が出来上がったのだね。素人目にも,これは凄いわ,と思わせる。
 この第一印象が最後まで持続する。しかも,この圧巻の杜が渋谷にあることに呆然とさせられる。

● 明治神宮ミュージアムも拝観。静かでござった。入館料は1,000円。自動券売機に紙幣を入れると,レシートが吐きだされ,それを係員に見せて入館する。
 明治神宮とはその名のとおり,明治天皇と昭憲皇太后をお祭りするお社だから,ミュージアムも天皇や皇太后の御物を展示する施設ということになる。

● 企画展は「宮廷文化の優美」。どんなものが展示されているかは,写真のとおり。正直に申さば,ピンと来ない。まったくピンと来ない。
 つまり,自分の生活や自分の日常とは隔絶したものだからで,なるほどこういう世界があったのかと思うほかはない。いや,今でもあるのかもしれないのだが。

● しかし,最も印象に残るのは,宝物展示室にある六頭曳儀装車だ。屋根に鳳凰の像が載っている。じっと見入ってしまうが,イギリスで作られたもの。国産化にはもう少し時を待たなければならなかったようだ。
 明治天皇が使っていた御常用御机もある。
値段がつかないほどにいいものなのだろうけど,決して華美ではない。経年変化もあるのだろうが,使い込まれているという印象を受ける。
 机上には天皇が実際に使っていたのであろう鉛筆も置かれている。御自身でナイフを使って削ったのだろうか。だいぶ短くなっている。これ以上は補助軸を付けないと使えないだろう。当時,そんなものがあったのかどうかは知らないけれど。

● ミュージアムを出て,神宮の杜をズンズン進んで行く。これだけの建物をよく造ったなと思うんだけれども,やはり肝心は杜の方であって,神宮は杜を守るためのアイコンと捉えるのがわかりやすい。
 トトロの森に連想が及んでしまうのだが,あまり放埒な飛躍は慎まなければならないだろう。

● 杜を歩いていると,ぼくらはアニミズムの民だなと思えてくる。木にも石にも人格があると考えるアニミズムが染み込んでいるような気がしてくる。原始の気性を残しているということだろうか。
 抽象的な教義は弾いてしまうよね,ぼくらは。感性が大切と言われることがあるけれども,ぼくらは古来から理屈より感性で生きてきたのかもしれないね。逆に,きっちりと理屈を通すことを学んだ方がいいのかもしれないよね。

● 帰りは代々木公園を横断して原宿駅へ。この公園を自在に使えれば,QOLを相当に上げることができるでしょうね。
 定年退職したら地方に引越して晴耕雨読などと言ってる輩は,何もわかっていない。豚に喰われた方がいいかもな。東京の恩恵は高齢者にも大きいぞ。地方在住者はそう思う。

● 明治神宮と代々木公園を併せ持つ代々木というところは,何でしょうねえ。駒場の空気を思いださせるところがあるんですけどねぇ。今は遠く霞んでしまった武蔵野の空気でしょうかね。いや,それとも違うような気がするな。
 ま,勝手に感じている,あるいは感じたがっているに過ぎないんですけどね。別にたいした意味があるわけではない。神宮の杜にあてられただけかと思う。

2020年12月29日火曜日

2020.12.29 川崎大師

● 川崎にいるんだけど,何をしていいのかわからない。とりあえず,川崎大師に行ってみることにした。こういう発想しか出てこない自分が情けないぞ。
 が,京急の大師線に乗ったら,川崎大師はどうでもよくなった。というか,途中の川崎大師駅で降
りたくなくなった。京急大師線に乗ることが,この先あるかどうかわからない。なら,ちゃんと終点の小島新田まで乗っておくことにしよう。

● その小島新田は普通に住宅街で,降りたところで特に何があるというわけではなかった。とはいえ,そのまま引き返すのも何なんので,多摩川まで歩いてみる。
 けれど,多摩川に特に面白いことが落ちてるわけでもない。多摩川まで歩いたら気がすんだから,引返すことにする。

● 途中にあったお寺と神社。隣り合っている。元は一体だったに違いない。明治初期の廃仏毀釈で切り離されたものか。もしそうだとすると,こんなところのお寺までやられたわけだから,相当に徹底的にやったのだな。住民の鬱憤を買うようなことを,お寺はしていたのかね。
 ぼくらは元日に初詣に行き,夏には盆会,秋にはハロウィン,冬にはクリスマスと,何でも来いなのだ。宗教を分類しないし,教義も要らないのだ。エンタメ性とご利益があれば,それで充分だ。

● 小島新田駅から川崎大師まで歩くことにした。1.6㎞。
 こんな張り紙を何度も見かけた。道路の新ルートに反対するもの。最初は,どうせ団塊の爺ちゃんたちが反対しているのだろうと思った。が,どうも共産党系のビラのようだ。共産党のシンパも高齢化しているのだろうけど。

● 川崎大師に向かっているわけだが,行く途中に地元密着の稲荷神社がある。社を取払ってブランコでも置けば,ちょうどいい児童公園になるが,そんなことはするはずもない。どこまで行っても,神社は聖なるもの。聖なるものとはフィクションだけれども,だからといってそれを外してしまうわけにはいかないものだ。
 付近の住人にとっては,川崎大師より大切な空間だろう。

● 川崎大師が近づいてきた。ケバブにだってご利益があるのだぞ。門前町とはこうでなければいかんよ。
 仲見世通り。どれだけの人が川崎大師で食べているのか。川崎大師って凄いねぇ。浅草はあの身動きできないほどの人出が常態化しているが,川崎大師はそこまでではない。そ
こまでではないけれど,それにしたってこの様子は只事ではない。

● いや,これほどのものを,いったんは「どうでもよくなった」なんて言ってしまって,申しわけない。
 見る人が見れば,社会学(宗教学ではなく)の論文を10本は書けるのじゃないか。たぶん,誰も読まない論文になるだろうけど,論文とはそういうものだから。








● これからがかきいれ時だ。テントの設営など,商売の準備の真っ最中だ。たこ焼き,天津甘栗,焼きそば,などなど。
 彼らには境内のどこでも喫煙していい特権を与えられているらしい。そちこちに煙草を吸う人がいる。しっかりお稼ぎや,と声をかけたくなった。

● 弘法大師の真言宗でも聖徳太子堂があるんですなぁ。このお堂には何が収められているんだろう。
 聖徳太子の人気はまことに絶大。聖徳太子の事績とされていることを厩戸皇子がやったのか。聖徳太子には蘇我馬子が投影されているのではないか。そういうことはぼくらが知るところではないけれども,今に生きているのは後世,長い時間をかけて作られ,伝えられてきた聖徳太子伝説の方だ。
 いい悪いの問題ではない。今も昔も,大衆が求めてきたのは聖人伝説なのだ。この国には昔,聖徳太子という完全無欠の人がいたのだぞという拠り所に寄りかかって安心したいのだ。

● さて,これくらいでいいだろう。もう帰ることにしよう。
 佐野の厄除け大師にはまだ行ったことがないのに,川崎大師の方に先に来ることになった。ま,大師様も,ぼくに来られたって嬉しくもないだろうが。

● ここから川崎大師駅までは表参道を歩くことになる。原宿だけが表参道ではない。仲見世通りほどの密度ではないが,表参道にも土産物屋や食堂が並んでいる。
 せき止め飴と久寿餅というのが,川崎大師の名物らしい。これは交際費だと思って買ってみた。まだ食べていないけどね。相方が喘息持ちで咳がひどいときがあるのだが,この飴が効いてくれるといいなぁ(効かないだろうけど)。

● 川崎大師駅。これ以上歩く気力は残っていない。
 鈴木町という駅がある。佃煮にしてもなお余るほどに,世に鈴木さんはいるんだろうけど(妄言多謝),駅名にもなっ
ているとは知らなかったよ。どういう由来だろうかね。

● 京急川崎駅に戻ってきた。この先,京急大師線に乗ることはないと思う。
 駅構内の立食いそば屋でヤンニョムチ
キンそば,500円。甘辛い鶏の唐揚げが載っている。まぁ,自分には立食いそばがよく似合う。いろんな意味でさ。富士にとっての月見草のごとくだ。

2020年12月20日日曜日

2020.12.20 JRの普通列車で宇都宮から鶴見へ

● 宇都宮発小田原行きの電車に乗っている。鶴見まで行く。もちろん,今日中に帰る。
 ので,“青春18きっぷ” を買った。う~ん,今日買うくらいなら,13日に錦糸町に行ったときに買っておくべきだったなと,プチ反省。が,使用期限の1月10日までには間違いなく使い切る予定。

● その電車,東海道線に入っても空いている。コロナ感染者の急増が効いているのだろうと思う。
 ぼくは,そんなものは誤差の範囲内だと思っているので,電車が空いているのはありがたいぐらいにしか思わない。いや,正確に言えば誤差の範囲内とは思わないが,しかし,新規の感染者数がどれだけ増えようと,それによってこちらの行動スタイルが影響を受けるような話ではないと思っている。
 三密をさけ,手指の消毒を億劫がらず,基本的に口は開かず,開いている集団には近寄らず,ということに気をつけていれば,まずもって感染することはないと思っているのだ。逆に,いくら感染者数が減ったところで,これらに気を抜けば感染する可能性は今とほとんど変わらないのではないか。

● ちなみに,電車内では感染しないというのは,今までの経験から明らかになっていると思う。ひと頃云々された夜行バスもどうやら大丈夫なのではないか。
 最も危険なのは個人の家に集まって飲食することだ。今回の第3波は寒くて乾燥しているという気候条件のほかに,外の飲食店は危ないらしいから誰かの家に集まって飲もうというところから発生したのではないかと,素人考えながら思っているのだが。

● GoToトラベルを悪者にするのは誤りで,その誤りからGoToトラベルを停止してしまって,関係業界を塗炭の苦しみに追いやるという誤りの連鎖が発生しているのが,今の状況だと思っている。
 移動が悪いのではない。交際が悪いのだ。移動を制限するのではなく,交際を制限する必要がある。群生動物であるヒトに対して,群れることを禁止しなくてはいけない。誰かと会うこと,会って話すこと,一緒に飲食すること。そういうことをさせないようにしないといけない。
 強権をもってできることではないから,自ずとそうなるような仕組みが必要だ。が,では具体的にどうすればいいのか,ぼくに妙案があるわけではない。
 喋らせないことが大切だということは,しかし,ハッキリしているように思われる。

● というようなことを思っていたのだが,今日は都内の主だった所の人出はほとんど減っていなかったらしい。そうなのらしい。
 だとすれば,タガが緩んでいるのだろう。それに対して警鐘を鳴らす “識者” もいるだろう。“識者” がウザったいので,そうした連中が登場するテレビ番組は見ないことにしている。
 タガも緩むでしょうよ。そんなに緊張を持続することなんかできやしない。1日のうち1時間だけ緊張していろというのではない。四六時中,緊張していなくちゃいけないのだ。それを持続することは誰であってもできない。

● 電車の中吊り広告。ルミネのクリスマスセールのCM。厳しい商況だ。ハロウィンもそうだったけど,クリスマスも盛りあがっている気配は感じない。それどころじゃない。
 でも,コロナに対する日本人の対応はたしかにほめられてもいいよな,と思う。かなり立派なものじゃないだろうか。何だかんだ言っても。

● ついでに,中吊り広告をもう1つ。宝くじを買うのは愚民税を払うようなもの,とはよく言ったものだ。確率論を知ってる人なら手を出すことはないだろう。
 買わなきゃ宝くじも当たらないよ,と言われて,それはそうだと思って買ってしまうのが愚民。買わなきゃ当たらないのは確かだけれども,買っても当たらないわけだよね。
 その愚民税,ぼくも何度も払っちゃってるんだけどさ。俺は愚民税を払うほどバカじゃないよと言う人も,他のところでバカなお金の使い方をしているものでしょ。ぼくらは誰もが等し並みに愚民だと考えておいた方が,間違いないと思うよ。

● 川崎で京浜東北線に乗り換えてひと駅。鶴見で降りるのは3度目。
 最初は,宮脇俊三さんに影響されて,鶴見線に乗りに来たとき。35年ほども前のことか。2度目は,今の奥さんと横浜で宿なしになって,鶴見まで流れてきたとき。

● ところで。鶴見は横浜市なのだよね。川崎のひとつ前は蒲田だから,川崎市内にある京浜東北線の駅は川崎だけということになる。
 川崎って南北に長い街で,京浜東北線は東西に走るから,そうであって何の不思議もないんだけども,そうだったのかぁという軽い驚きもあるんだよねぇ。

● 駅前に立食いそば。文字どおりの立食いで,座れる席はない。時代への対応を拒否しているような,時代なんか知らないよという頑固さというか,ひょっとすると半分投げているのかもしれないけれども。
 天ぷらそばが350円とは安い。が,13時なのにお客は多くない。コロナ禍によるものか,元々こんなものなのか。
 80歳を過ぎたかと思われるお婆様と,もう1人の女性で切盛りしている。食べていければそれでよし,それ以上に売り上げたって仕方がないという,達観か諦めがあるような感じ。いや,その歳になってなお店に立ち続けていることがすごいんだけど。
 つまり,なかなか好もしい風情の立食いそば屋だった。高度経済成長期の頃の風情を残していてね。