2020年9月17日木曜日

2020.09.17 釜川散歩

 ● 宇都宮の釜川が田川に合流するところを見てみたいと思った。そこから釜川を遡れるだけ遡ってみようか,と。
 とはいっても,宇都宮市当局が観光案内の動画を作っていて,それを見ればおおよそ了解できる。わざわざ歩くこともないかと思いもするんだけど,宇都宮の色街は釜川沿いに広がっているという仮説(?)を確認したくてね。

● 今の釜川は改修が進んで親水公園的な機能まで備えるようになったけれども,昔は暴れ川だったと聞く。いや,暴れ川だった頃の釜川をぼくも知っている。
 昭和50年代の釜川は夏になると,けっこうな割合で洪水を起こしていた。泉町の飲み屋が被害を受けるので,陣中見舞いに飲みにいくというのが,酒飲みの習わしだった。

● 住居とするにはまったく向かないエリアだったはずだ。そういうところは悪場所になる。
 だから,釜川沿いを歩くことは,かつて悪場所だったところを歩くこととイコールにならないか。

● 宮の橋を渡って,隅田川テラスならぬ田川テラス(右岸側)に降りてみる。合流地点に行くにはここを歩くのがたぶん最短距離になるだろうし,迷う心配もない。静かだからウォークマンのイヤホンを耳に突っこんで,音楽を聴きながら歩くのにも恰好だ。
 昨年の台風19号の際は光景が一変したはずだが,今は穏やかきわまる景観だ。

● 都市には川が付きものだ。人は川のほとりに住み着き,そこから集落ができていくのかもしれない。そこからの発展過程はいわゆる複雑系に属するものだろうから,初期値のわずかな違いが結果に大きな違いをもたらす。定式化は難しいのだろうな。
リバーサイドアパート群
 栃木県内に限っても,宇都宮を流れる田川は小さな川だ。鹿沼の黒川,小山の思川,足利の渡良瀬川,日光の大谷川の方が河川としては大きいし風格もある。都市に河川は付きものだけれども,大きい河川が大都市を作るというわけでもなさそうだ。

● 少し歩くと左岸側にアパート群が現れる。正直,家賃はそんなに高くなさそうだ。
 部屋から川面を眺めながら老後を暮らすのも悪くはないな,と思ってみたりする。思うだけで,自分が実際にそのようにすることはないのだけれども。

● 合流点は意外に近かった。前もって地図で確かめているわけだが,信号なしのところを歩くとJR駅前からさほども離れていないところで合流することが実感できる。だから何だと言われると困る。全然,何でもない。
 今の釜川は人工河川と化している。コンクリートの三面張りだ。日本初の二層構造の河川なわけで,自然が作った二層構造などあるわけがない。徹底的に人間が手を加えている。治水とはそういうことだ。

● ここから釜川沿いを歩いていくことにする。少し歩くと,釜川と田川がほとんど隣合わせと言いたくなるほどに接近するところがある。
 もうここで合流させてしまえばいいではないか,ほんのわずかな距離を暗渠で繋げばいいだけじゃないか,と思いたくなる。

● で,その箇所で田川に降りてみると,ここでもどうやら合流しているっぽいのだ。釜川の水の半分はここで田川に抜いている。
 大水が出たときの備えだろう。全部ここで抜いてしまうには暗渠では間に合わないのかもしれない。

● このあたり,左岸より右岸の方がわずかに低い。かつての釜川は大雨のたびに洪水被害を出した。
 おそらく右岸側の方に大きな被害が出たはずだ。右岸か左岸かで,地価も違ったのかもしれない。
 しかし,そういうことも今ではほぼ問題にならなくなっているだろう。治水技術が釜川をおとなしくさせたためだ。IT技術だけが技術なのではない。土木工学や
建設技術も,日々,自らのフロンティアを切り開いているものだろう。

● 厩橋。いい響きの橋名だな。うまやばし。名前の由来が気になるところだ。
 橋の名前ってね,特に田舎はそうなのかもしれないけれども,青雲橋とか開運橋とか,何だこれっていうような名前を平気で付ける。あるいは,小さな橋なのに○○大橋とか。
 釜川の橋にはさすがにそういった名前は付いていないようだ。そういうことをしなくてもすむ謂われというか故事来歴があるんでしょうかねぇ。
ただし,釜川橋という名前はある。

● このあたり,右岸側にコンクリート製の高層住宅が連なる。宇都宮の中心部といってもいいエリアに入っている。
 おそらくだが,というか個人的な見方なのだが,宇都宮の旧市街が往年の賑わいを取り戻すことはない。人口はすでに減少期に入っている。
 パイは小さくなるばかりだ。そのパイの奪い合いで,旧市街が駅東に打ち勝つという状況は想定しにくい。
駅東にコンベンションセンターができるとあってはなおさらだ。

● ひょっとすると,旧市街からは商業施設は消滅して,旧市街がそっくり “閑静な住宅街” になるのかもしれない。
 今の60代は旧市街の往年の賑わいを知っているだろう。バンバという通り名で代表される。映画館がいくつもあり,露店で賑わった。毎日がお祭り的な祝祭空間だった。ノスタルジックにその復活を望んでいるのかもしれないが,それが実現することはない。

● 車社会に対応できなかった云々の問題ではない。今の時代に応じた快適空間を作れるかどうかだ。JR駅から東武駅までの大通りから一般車両を駆逐できるかどうかが,メルクマールになるだろう。
 それができれば往年の状態に戻ることはなくても,衰退を食い止めることはできるかもしれない。しかし,おそらくもう手遅れだろう。

● RIVERSIDE CAFE という喫茶店もあったが,すでに営業はしていないっぽい。
 この先に今小路橋がある。上流から続いてきた釜川の二層構造はここで終わる。下流端から歩いてきた身にすると,ここから始まるという感じなのだけど。
 このあたりまで来ると,右岸より左岸の方が土地が低くなる。細かいことにこだわっていて申しわけないのだが,川沿いではこれを揺るがせにはできないよなぁと思っていて。

● ここは8月にも歩いたところだ。色街の名残りが濃いと勝手に思ったのだが,今回も同じ印象。
 もちろん,今は色街ではなくなっている。おそらくだけれども,東武百貨店の裏側(宮園町)に流れが移り,さらに江野町,泉町へと変わった。
 とはいえ,泉町にも往年の勢いはすでにない。オリオン通りに飛んだ。ただし,泉町もオリオン通りも釜川の支配域(?)だ。
 泉町の飲み屋はスナックとかバーとか,二次会に使う店が多かったのだが,“二次会=スナック” という図式は過去のものになっているのかも。ひょっとすると,二次会という言葉じたい,死語になりつつあるかもしれない。

● バンバ通りを釜川が横切る。朱塗りの橋は御橋。お殿様が二荒山神社に詣でるときに渡った橋だからという謂われのようだ。
 現在のバンバ通りは,パルコが去った後の空きビルがそのままになっていて,宇都宮の購買力低下を語るもの寂しい通りになっている。

● で,すぐにオリオン通りに達する。釜川は暗渠になってオリオン通りをくぐる。この先,釜川は泉町から戸祭に至るのだが,ここまででいい。気が済んだ。
 宮の橋から何箇所か行きつ戻りつして,ここまで約1時間。悪くない散歩コースだと思う。
ほどよい生々しさ,生活感がある。取り澄ました都市景観もある。あるいは,都市の裏の顔も垣間見える。
 スマホと財布だけを持って歩くといいだろう。しかし,1回歩けばいいかなとも思った。

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