2018年3月9日金曜日

2018.03.09 イチローがマリナーズに復帰

● 右は3月7日の下野新聞。イチローがメジャー契約でマリナーズに復帰することを報じている。
 年俸はメジャー最少額。すでに,お金のために野球をする必要はない程度には稼いでいるから,そこは問題じゃない。

● どういう使われ方をするのだろう。が,どういう使われ方であろうと,結果を出すのがイチローの真骨頂。
 マリナーズ側の事情が天佑になったとしても,50歳現役というもうひとつのイチローレジェンドに向けて,ともかく発進であるぞ。が,いかにイチローといえど,今年がメジャー最後の年になるかもしれないと思って,プレーするんだろうな。

● 左は今日(3月9日)の朝日新聞。マリナーズへの復帰が決まったイチローのインタビュー記事。
 メジャーの平均年俸は4億3千万円だという。これじゃ有力な日本人選手がメジャーに流れるのは当然だね。日本とはまるで違うんだもんね。

● イチローにとっても正念場の年になるんでしょうね。たださ,先発で使ってくれれば,4億円や5億円のメジャーリーガー以上の働きをまだまだするんじゃないかと思えるんだけどねぇ。走攻守ともイチローを超えるメジャーリーガーはまだ少ないのじゃないか。変則的な使い方さえやめてくれれば。
 ということで,ぼくとしては期待を込めて,今シーズンのイチローを追いかけたい。皆さんも同じでしょ。

● イチローほど自分の身体に関してメタ認知を研ぎ澄ませている選手はそうそういないだろう。であっても,そのイチローにしても感知しきれない身体の衰えはあるのかもしれない。
 50歳で現役を達成できるかどうか。仮にイチローができなかったとなると,その可能性を感じさせるプロ野球選手は当分出てこないだろうけどねぇ。

2018年3月8日木曜日

2018.03.08 グルメはたまにでいいのだ

● TwitterやFBにはグルメ投稿がけっこうあって,美味しいお刺身で日本酒をいただきました,なんてのを見るといいなぁと思う。
 こちとら,外で酒を飲むなんてほとんど絶無になった。相方と東京に出たときにホテルで飲むくらい。年に数回の話だ。

● 普段は相方がチャチャッと作ったもの(右の写真のような)を肴に,安ウィスキーを炭酸で割って飲んでいる。それで格別不満がないのも事実で,家飲みは気楽でいいなぁと思っている。
 総じていうと,美食というのは人間の天然に反するような気がする。そこはそれ,育ちの悪さがそう思わせるのかもしれないけれども,ヒトにとっての食事は給餌でいいのだとどこかで思っている。

● 食文化というカテゴリーを認めるにやぶさかではないけれど,文化はたまに接するくらいでちょうどいいのだ。
 常時,文化とともにいて,時々,自分が文化の上に出てしまうなんてのは,けっこうイビツであるかもしれない。

● FBにはグルメのコミュニティもあって,最近,時々覗くようになった。どんだけ暇なんだ?
 言っちゃ悪いんだけど,ここには食文化云々といえるような投稿はほぼない。幼児が玩具自慢をしているようなものだ。いくらぼくでも,この手のサイトにはすぐに飽きるだろう。

● とは言いながら,旨い刺身で一献傾けたくなってきた。
 それは特別なハレの場になるわけだから,隣に妙齢の美女がいて接待してくれる必要はないけれど,よく吟味された材料に洗練を極める包丁を入れて仕上げた一品であってもらいたい。酒の保存にも入念なる注意を要求したい。言うまでもないが,それ相応のお金を払う用意はある。
 だからこそ,滅多には行けないのであるよ。

● 上のような考え方は,ハレとケを峻別して,両者の差をできるだけ大きくしようとする発想だ。中間を認めないというかね。
 対して,中間こそ大切だとする考え方もあるだろう。一回の食事にン万円もかけることはないでしょ,かといって普段の食事が餌でいいってこともないでしょ,普段からちゃんとしたものを食べていれば,ハレなんか求める必要もないんじゃない? という考え方。

● 充分に成立すると思う。今では死語になったかもしれないけれども,いわゆる中流と呼ばれる人たちが採用しているスタイルは主にはそれではないかと思う。
 ハレとケを峻別するのは,ひょっとしたら下層人のものなのかも。とすると,ぼくは永遠の下層なんだな。しかも,滅多にハレなんか来ないわけだから,餌を喰い続けて死ぬ運命なのだよ。

2018年3月7日水曜日

2018.03.07 FBの面白さ

● FBの面白さが少し見えてきた。FBについては,ぼくの評価はわりと消極的なもので,いずれはやめるんだろうなと思っていた。
 FBはリアルを補完するものだと思っていたのだ。リアルで知り合いじゃない人とFBでつながっても仕方がない,それが基本だろう,と。

● 頑なにそう思っていたわけでもなく,実際には早期の段階から,リアルでは会ったことのないFB上の「友だち」がいた。が,基本はリアルを補完するもので,したがってFBの世界は閉じたものだと考えてきた。
 自分の投稿は「友だち」のタイムラインにしか表示されないわけだから,どうしたって閉じた世界だなと意識することになる。

● けれども,リアルの世界ではまず知り合う機会のない人たちとも,FBでは知り合えるのだった。何を今さらということですな。
 で,そこがFBの面白さなのだと思う。自分の世界にはいなかった人。自分の友だちの世界にもいなかった人。そういう人とFBでは知り合えて,メッセージを交換することができるのだ。

● 大事なことは,“公開”にして投稿しているなら,「友だち」以外のFBユーザーが読んでいるかもしれないことを忘れないことだ。
 どういう理由で自分の投稿に辿りつくかはわからなくても,そういう人がいるかもしれないのだ。事実上のフォロアーが隠れているかもしれない。そういう前提で投稿を続けることだと思う。

● どういう人と自分は「友だち」になりたいのか。それを事前に考えてもムダだ。実際に出会ってみて初めて,その人と友だちになりたいと思うものだからだ。
 リアルでもFBでもそれは同じ。出会ってみなければわからないのだ。だから,自分のタイプを事前に決めてしまって,それに合わない人は排除していくなどという,ティーンエイジャーの女子がやりそうなことをやってはいけない。そこはオープンでいる方がいい。

● ただし,こういう人とは「友だち」になりたくないというのは,事前に決めておくことができる。ぼくの場合だと
 地方議会の議員や首長,その他政治を業としている人
 「友だち」の数が無闇に多い人
 同じ職場の人(FBでは仕事の話はしないことにしているので)
 マスコミ関係の人(ただし,これはかなりの範囲で例外を認めてよい)
 何年も投稿していない人,他人の投稿に“いいね”やコメントを付けるだけの人

● というわけだから,リアルな知り合いとしか「友だち」にならないと頑なに決めてしまっては,FBの良さは活かせないかもしれない。
 かといって,どんどん友だち申請をして「友だち」をあまりに増やしてしまうと,FB疲れの現象に見舞われるのではないか。時間もエネルギーも有限なのだから,FB上の交友も有限になる。だいたい,FBばかりやっているわけにはいかない。

● ごくサックリいうと,普通の一般人なら,「友だち」は50人程度が適当なのではないか。いずれもがアクティブ・ユーザーだとした場合だ。もっとも,あるラインに達すると,加速度的に「友だち」が増えてしまう段階はあるだろうけど。
 一番いけないのは,「友だち」を増やしたいあまりに誰かれかまわず「友だち」になってしまうことだ。質を担保する努力を怠らないことだ。質は,彼(彼女)のタイムラインを見ればおおよそわかるだろう。

● FBのスタート時点ではリアルの知り合いのFBユーザーを見つけて,そこから「友だち」を作っていくしかないだろうが,それでもリアルの知り合いを網羅するなどということは考えない方がよいと思う。
 リアルと同じで,FBの交友関係も変化するのが普通のはず。リアルだと疎遠になったり,場合によっては絶交するなどということも起こるのだが,FBにそれはない。フォローを外して彼(彼女)の投稿が自分のタイムラインに流れないようにするだけだ。
 結果的に,FBの交友関係の変化は,「友だち」の数が単純に増加するという形で現れるだろう。

● が,例外はある。申請を受けて「友だち」になった人を数ヶ月後に「友だち」から削除したことがある。フォローを外すだけでは我慢できなかったのだ。
 けっこうな歳のジジイだったが,たまにどうでもいいことを発信する。じつにどうでもいいことだ。もちろん,本人はそれをどうでもいいこととは思っていないのだろう。
 他人の投稿は読んでいる気配がない。皆の衆,ワシの言うことを聞け,みたいな。
 FBに落ちているゴミだと思った。ので,遠慮なく削除。そこを事前に見抜けなかったのは迂闊といえば迂闊。

● 友だち申請をブロックしたことももちろんある。出会い系のFB版とおぼしき女性からの申請だったり,外国人からの申請だったり。
 なにせぼくは出会い系を楽しむ趣味もお金も体力もないのだし,日本語しか読めないのだ。
 で,ぼくの「友だち」の中にも,そういう女性を「友だち」にしている人がいて,何だかなぁと思ってしまう。実害がないので放ってあるんだろうけどね。

2018年3月5日月曜日

2018.03.05 栃木県出身のプロ棋士(将棋)が誕生

● 右は今日の下野新聞。栃木県出身のプロ棋士が誕生した。やっほいほい。
 23歳でプロ棋士に。大学に通っていたということは,たとえプロ棋士になれなくても喰っていけるように備えていたということだろう。

● 退路を断つべきだという人もいるかもしれないが,ぼくはこれでいいと思う。備えておくべきなのだ。ヘタすりゃ26歳で人生を終えてしまうことになりかねないのだから。
 奨励会に入れるだけで天才だ。その天才たちがしのぎを削って,プロ棋士(四段)になる。三段リーグは年2シーズン。プロになれるのは年に4人だけだ。これで退路を断てというのは,酷に過ぎる。

● かつて桐山隆さんも挑戦して跳ね返されたのだ(彼は1997年にアマ名人になっている)。プロ棋士になるには,とんでもない高い壁があるのだ。
 米長永世棋聖が言ったとされる「兄貴3人は頭が悪いから東大に行った。私は頭がいいから将棋指しになった」というのは,大衆受けするだけでなく(といって,東大にも入れないような頭の悪さの持ち主はどうしたらいいのか),どこかに一片の真理を含むように思われる。

● ところで。ぼくはこんな妄想をしている。
 来期,谷川九段がA級に復帰して,米長永世棋聖の記録を破って,最年長で名人に復位する。そこに最短でA級に駆けあがってきた藤井八段が挑戦する。
 でもって,谷川の記録を破って史上最年少で名人になる。そうなったら,いくつものドラマが生まれるんだがなぁ。
 もちろん,谷川が藤井を阻止しても,そこはそれ,やはりひとつのドラマが生まれる。そうならないかなぁ。ぼく,谷川九段のファンなので。


(追記)

3月7日に同じ下野新聞に長谷部さんのインタビュー記事が掲載された。
 これまでもずいぶん頑張って来たんだろうけども,ここで気を抜くわけにはいかないだろうなぁ。
 藤井六段の話が出ている。将棋に限らず音楽の演奏家など,その道で個で戦ってきた人は,自他の才能の違いはリアルにわかるものだろう。「苦笑い」するしかないんだろうな。相手は何十年に一人しか出ない天才だもんな。

2018年3月4日日曜日

2018.03.04 週末をシェラトン都ホテルで 2

● 昨夜は25時を過ぎるまで起きていた。カーテンの遮光効果が万全なせいか,起きたのは8時。7時間も寝てりゃ充分のはずだが,いつもの起床時刻は6時で,6時には半分目が醒めた状態で,2時間ほどはウツラウツラしていたのだろう。まるで頭がハッキリしない。
 それと,どういうわけだろう,腰が痛い。このホテルのベッドは完璧なはずで,つまり寝具のせいではない。どうしたわけだろう。

● ホテル内の「四川」で朝食。昨夜は380円の立食いそばで夕食をすませている。ガッツリ喰ってやろうと思う。
 ぼくはここでは和食にする。メニューはバイキングだからそうそう頻繁には変わらない。ここの味噌汁は外せない。塩分なんか気にしないで,飲みたいだけ飲んでおくべし。
 ひよこ豆と鶏肉のカレーも独特。お子様メニューかと思ってたんだけど,イスラム系の人たちに向けたものかもしれない。

● 今までなかったのが(あったのに気づかなかった可能性が高い),その場でオムレツを焼いて供してくれるサービス。たいていのホテルではやってるっちゃやっている。
 全部入りのオムレツを焼いてもらった。上に載っているのは海苔。そこにオリーブオイル。

● ここはわが家の食堂なのだと思ってみる。相方と二人で使うには少々広すぎるので,お客さんを招待してみたよ,と。シェフやスタッフもデリバリーサービスを使ってみたよ,と。
 すこぶるリッチな気分に・・・・・・と思いきや,そもそもそんなふうには思えないのだった。

● ホテルの庭園(というか山の斜面)を歩くのは,食後の楽しみ。さすがはホテルで手
入れが行き届いている。作業中の人に逢うことがある。年配の男性だ。いい仕事のように思えて,少し羨ましく思ったりもする。
 庭園には仏像もいくつかある。一番惹かれるのは文殊菩薩像なんだが,ぼくに仏像の何がわかるわけでもない。

● 相方は風呂を中心に,部屋ステイ(?)を楽しんでいる。ぼくは部屋にいるのが苦手で,ロビーをフラフラしている。つまり,一番安い部屋でいいタイプなのだ。
 ではあっても,スイートは快適だ。ほんと,スイートならホテルに住める。月に150万円もあればい
い。東京にはそれ以上に高い家賃のマンションもあるだろう。
 首都圏でも空き家問題は発生しているらしい。調子こいて湾岸タワマンなんぞを追いかけてると,エライ目に遇うかもしれんぞ。ホテルに住みなさい。

● ラウンジでお茶。あと1時間と少々でチェックアウトしないといけない。安楽はすぐに去っていく。最後に部屋の風呂に入浴剤を入れて浸かってみた。
 こういうお金を払って享受する受身の安楽は,いくら貪っても,どこかにつまらなさが残るのも事実なのだが。

2018年3月3日土曜日

2018.03.03 Eテレ「SWITCHインタビュー 達人達 出口治明×ミムラ」を見た

● FBでフォローしている仲野徹さんに教えられて,この番組を見た。テレビ番組を見たのは数年ぶり。前半はミムラが出口さんをインタビューし,出口さんが答える。後半はその逆。
 圧倒的に後半が面白かった。

● 善い女にはそれと同等以上の悪が水面下にあるもので,演じる場合はその悪まで包含しないと,善い女のリアルが完成しないという話。
 意識して無意識を演じるという話。フェルメールの「召使と婦人」の婦人の左手がそれを具象化したもので,初めてこの絵を見たときの驚愕。

● この女優はすごい。とんでもない読書家にとどまるのであれば,俳優の中にはけっこうな数いると思うのだが,彼女のように音楽や美術に関してここまで自分の言葉で語れる人はそうはいまい。

● 向田邦子を演じたときは,向田の生原稿を何百回も模写して,そっくり同じ筆跡を再現できるようにしたという。そうすると,そのときの向田の気分までわかるようになる,と。
 書道の臨書でいう意臨の逆バージョンというか,究極版というか。

● 頭がいいとはどういうことか。たぶん,前頭葉だけでは決まらないのだ。
 意欲とつながるように思った。生の強さというようなもの。意欲を司るのも前頭葉らしいんだけどさ。

● 家にテレビ受信機はある。しかも,3台。が,まったく見ない。これすこぶるもったいない。もったいないからどうするか。処分してしまいたい。NHKに受信料を払っているだけバカバカしい。
 で,NHKに関しては,「NHKオンデマンド」がある。見放題パックで月額972円。これでBSまでスマホやパソコンで見れるんだから,こっちの方がいいかもしれない。
 民放ならTVerがある。インターネットTVもある。テレビも見たけりゃネットで見る方がいいのかねぇ。

2018.03.03 週末をシェラトン都ホテルで

● じつは先月の3連休に宿泊する予定にしていた。が,相方がインフルエンザをもらってきて,キャンセルのやむなきに至った。今回はその代わり。
 もちろん,予約から準備まで相方が一人でやっている。ぼくはコバンザメのようなものだ。相方にくっついているだけだ。

● 今日は雛祭り。ホテルのロビーにも見事な雛飾りがあった。氏家の雛めぐりには行かないで終わりそうだが,これで充分にその渇をいやすことができる。
 いやいやいや。雛飾りを見なくても,ぼくに渇が生じることはない。娘を持ったことがないこともあって,あまり興味もないし,思い入れもない。人形を見たところで,出来の良し悪しがわかるわけでもない。

● 大きなお世話だと思うんだけど,家ごとに雛飾りを抱えて,この時期に飾るというのは,もう終わりにしてもいいんじゃないかと思っている。
 っていうか,もう終わっているのかもしれない。たいていの家では,女の子がいても,形ばかりの雛飾りでお茶を濁しているのじゃないかと思う。

● 本格的な雛人形を飾るには,世帯の構成員が少なすぎるのだ。小家族では維持するのは無理だろうし,今の女の子が大人になって,その継承を託されても少々以上に困惑するだろう。
 こうしたものはすべからくアウトソーシングすべし。露骨に言ってしまうと,家庭でケチな雛飾りを抱えていても仕方がない。外に出て本格的なものを見せた方がいい。
 習い事と同じだ。ダメな教師についてピアノやヴァイオリンを習うくらいなら,一流の演奏を聴いた方がいいのだ。

● 部屋に入る前にラウンジへ。この時間帯はアフタヌーン・ティー。並んでいる菓子や軽食,フルーツのメニューは今までと同じ。
 ガツガツ食べるのはぼくらくらいのものであるのも同じ。特に外人サンは,パソコンを開いて,悠然と何かをしている。何かをしているといっても,彼らがぼくらに比べて勤勉であったり,知的であったりすることもあるまいと思うので,基本はパソコンで遊んでいるんだと思うんだけどね。
  まぁ,彼らはゆったりとラウンジで過ごしている。ぼくらはそそくさと食べて,長居をしないで部屋に戻る。

● 部屋は1202号室。Chromebookとスマホと財布があれば,だいたい用は足りるのだが,相方と来ると大型のスーツケースが必要になる。1泊であっても。
 相方が何を詰めこんでいるのかは知らない。運ぶのはもちろんぼくだけど,訊いても仕方がないことは訊かない方がいいのだ。

● この時間帯にサウナに行くと,ゴルフ帰りの人だと思われる,中高年のグループと行きあう。ぼくはゴルフは一度もやったことがないし,これからやることもあり得ない。なぜなら,団体行動というかグループ活動というか,そういうものを徹底的に苦手とするからだ。
 で,彼らのゴルフの話はチンプンカンプンなのだが,いろいろと面白いのだ。自分とは違うなぁと思うのだ。

● ゴルフをやって,ホテルのサウナで汗を流せるくらいなんだから,おそらく相応の収入がある人たちなのだろう。都内に住んでいる人が多い。今回のグループの長は牛込に住んでいるらしかった。土地家屋だけでも相当な資産になるだろう。
 彼らの話題は,家族との外食の話が最も多い。当然,吉野家とかモスバーガーではないわけで,どこそこの焼肉屋がどうこうという話をしている。

● 羨ましいわけではない。彼らのように暮らしてみたいとは露ほども思わない。彼らに話しかけてみようとも思わない。おそらく,話は通じないと思う。
 彼らの話をヘェーと思いながら聞いているだけだ。しかし,その聞いているときの気分は悪いものではない。

● いつもなら,夕方もラウンジに出向いて,パブタイムの恩恵を蒙ろうとするんだけど,今回はちょっと出かけたいところがある。
 相方はまるで興味を示さないところなので,ぼく一人で行く。私を一人にするのね,と相方の機嫌はうるわしくなくなるんだけど,お互いに平均寿命まで生きるとすると,彼女はぼく亡きあとも20年は一人で生きなければならない。その練習をそろそろ始めた方がいいのではなかろうか。