2018年12月8日土曜日

2018.12.08 東京散歩 池袋

● 池袋にはわりと行く。駅構内で迷子になったり,駅前の雑踏カオスにウンザリしつつも,ここには東京芸術劇場があるので。あと,伊東屋池袋店があるので。
 だけど,芸劇で用がすむとまっすぐ帰宅するのが常。用がすんだのにカオスの中に身を置く理由はないもんね。

● が,今日は,立教大学まで足を伸ばしてみることにした。ぼくが受験生だった頃は,受験雑誌の表紙を飾る定番大学のひとつが立教だった。絵になるキャンパスなのだろう。
 立教大学が芸劇の近くにあることは知っていたのだけど,上のような理由で,なかなか足が向かないでいた。

● 芸劇から歩いて10分もかからない。残念ながらすでに暗くなっていて,キャンパスの様子はわからなかった。
 正門のそばの樹木にクリスマスツリーのイルミネーションを施していた。ぼくと同じお上りさんがけっこういるようで(近所の人かもしれないが),スマホで写真を撮っている。
 一部の私大にあるような立入規制はしていないようで,誰でもキャンパス内に立ち入ることができる。ぼくも写真を撮った。

● が,それ以上のことはする気にならず(明るければキャンパスの中を歩いたろう),さっさと戻ることにした。
 たぶん,建物が建て込んでいる狭いキャンパスなのだと思う。この立地でそんなに贅沢に土地を使えるわけがない。

● 適度に建て込んでいる方が,学生にとっても教職員にとっても,使い勝手はいいはずだ。昔はキャンパスの広さ,ゆったりさ加減をウリにするようなPRもあったんだけど(アメリカの大学を良しとする価値観からか),今はどうなんだろう。
 個人の居宅もそうだが,大学のキャンパスも適度な狭さが快適さを生むように思う。自転車がないと移動に困るほどの広大なキャンパスは,アメリカ人御用達にしておけばよろしい。

● それに,キャンパスがキャンパスだけで完結している必要は全然ない。街に対して開かれている方がいい。特に東京の大学は,そうでなければ東京にある意味がない。
 極端な話,大学生協や学食なんか,なくたっていいと思う。街に出て食べればいい。学生が集まるところには,安く食べさせる食堂が必ずあるはずだ。
 東京にいる以上は巷に出てナンボだ。キャンパスに籠もっているなら田舎でいい。

● 池袋駅前の雑踏もここまで来るとさすがに失せる。新宿に比べると,カオスのエリアは狭いようだ。とはいえ,駅から徒歩10分なのだ。飲み屋が入っているビルやらちょっと怪しげな雰囲気を漂わせる路地とかがある。
 ぼくの知り合いにも立教のOB・OGが何人かいる。彼らに思いを馳せてこう思った。そっか,あいつら,こんなところで遊んでいたのか。

● 東京には住みなくないねという声を,田舎にいると耳にする機会が多い。たしかに新宿や渋谷,池袋には住みたくないと思う。田舎の人間のみならず,東京人でもそれはイヤなのではないか。
 でも,そうしたエリアだけが東京なのではない。東京をくまなく歩けば,ここなら住んでもいい,住みたいというところがあるに決まっている。
 実際問題としては,住みたくても住めないわけだが。第1にお金がない。東京に住んで家賃を払えるだけのお金がね。

● あと,年齢の問題。もう一つ,田舎に持ち家があること。これが行動の大きな制約要因になる。家を持つのは考えものだと,この年になって思う。一国一城の主などという言葉に踊らされていた自分の愚かさを味わっている。
 ぼくら夫婦がいなくなれば,この家に住まう人はいなくなる。できれば生前に処分したいのだが。

2018年12月6日木曜日

2018.12.06 温泉旅館に行ってみる?

● 相方が川治の温泉旅館の宿泊プランを見つけて,泊まってみようかと言っている。来週か再来週。
 その旅館というのが,どうやら「星のや 界 川治」であるらしい。「宿屋伝七」だったところだ。

● 星野リゾートにはいくつかのブランド名があるようなのだが,Wikipediaによれば,“界”は「温泉を備えた客室数50室以下の和風旅館」のことらしい。
 “界”は星野リゾートがプロモーションだけを請け負っているものだと思っていたのだが。運営受託とも違っていて,プロモーションしかしない。スタッフの雇い主は伝七。要は,伝七が自分の看板を見せないようにして,星野リゾートのプロモーションを受け容れて運営している。
 そういうものだと思っていたんだけど,違うんだろうか。

● ぼくの感覚ではわざわざ行かなくてもいいかなぁ。が,われながら,こういうときの自分の感覚は信用できない。相方が行きたいというのであれば,従おうと思う。
 でも,正直,たとえばサンバレー那須あたりでいいかなと思っていて。東京に出るときはシェラトン都が定宿になった。そうなると,そこが東京にある自分たちの別荘のように思えてくる。県内に別荘を持つなら,川治よりも那須がよくない?

● 別荘というからには,何度も行ってそこが自分に馴染んで来なければいけない。サンバレー那須には過去に何度か行っているので,馴染む下地ができている。車がなくても行きやすいのもサンバレー。那須塩原駅から送迎バスがあったはずだ。
 唯一,昔のままだとするとハードがボロっちいはずだが,そこはリノベーションが進んでいるだろう(と思いたい)。でもって,バイキング料理が昔のままなら,サンバレーでいいような気がする。食べて温泉に浸かって,あとは何もしないで2日なり3日を過ごすのは悪くない。

● とはいっても,そういうことを含めて,ぼくは自分の感覚をあまり信じていない。「星のや 界 川治」はぼくの予想を超えるものかもしれない。

● ぼく一個に関していえば,それ以前の問題がある。ここ数年来,温泉から遠ざかっていることだ。温泉に行きたいという欲求がほぼ消失している。川治や那須といった温泉場はもとより,日帰り温泉施設にもバッタリ行かなくなった。
 大きいお風呂は気持ちがいい。が,温泉である必要はない。それこそシェラトン都の水道水を湧かして循環させている浴場で充分だ,と思うようになっている。サウナが併設されているんだから,汗はキッチリと絞ることができるしね。
 何というかな,鄙の温泉より都会のお風呂。鄙びたところに行って命の洗濯をしたいと思わなくなったのは,歳を取って環境が静かになったからかもしれない。

2018年12月4日火曜日

2018.12.04 来年の元日は,吉原,山谷,玉ノ井,鳩の街,を歩いてみようと思う

● 昨年の大晦日はひょんなことから山谷の安宿に泊まる機会を得た。翌日(元日)は泪橋交差点から山谷を縦断して,浅草まで歩いた。
 で,今年もまた同じことをしてみたい。東京の地図を見てみると,隅田川を挟んだ狭いエリアに吉原,山谷,玉ノ井,鳩の街がある。それぞれの街ができた時代は異なるものの,半日で歩けるくらいの狭いエリアに集まっているのだ。

● 当然,自然発生のはずもなく,強制的に移転させられた等の理由がある。たとえば吉原についていえば,江戸時代に強制移転があった。しかし,取り壊されはしなかったわけだ。
 昔は大らかないい時代だった,というのは当たらない。今のモノサシをあててはいけない。遊郭が必要とされ,かつそれが成立したのは,第一には人の値段が安かったからだろう。

● 今の吉原は歓楽街(石鹸の国が連なっている)になっているが,青息吐息のところが多いのではないかと愚察する。性道徳が緩やかになれば,専門店(?)への需要は減る。だいぶ減っているのではないか。反発を覚悟で申しあげるのだが,今は性行為にお金をかけるなんてバカバカしいと思う男が多いはずだ。
 性道徳が緩やかになっても平穏が保たれるだけの屋台骨ができている。その屋台骨を作ったのは,経済成長だろう。経済発展は素晴らしい。

● 問題の多くは“貧困”が引き起こすのだ。現在は貧富格差の拡大が言われているが,貧困の絶対ラインが昔とは違う。
 それに,貧困に対するインフラがけっこう整備されていて,お金の多寡と幸せの多寡は連動しなくなっているようにも思われる。

● 2年続けて山谷を歩いてみようというからには,山谷に惹かれているということになりそうだ。今の山谷は怖いもの見たさで行くようなところではなくなっている。
 心情的に近しいものを感じるんだろうか。子供の頃の貧困の経験が下地にあるのかもしれない。あの頃の農村はだいたい押し並べて貧困に覆われていたと思うのだが,それが影響しているのか。貧困は友だちみたいな感覚が自分にあるのかもしれない。

● Wikipediaによれは,吉原は、「江戸幕府開設間もない1617年,日本橋葺屋町(現在の日本橋人形町)に遊廓が許可され」たもので,「吉原の語源は遊廓の開拓者・庄司甚内の出身地が東海道の宿場・吉原宿出身であったためという説と,葦の生い茂る低湿地を開拓して築かれたためという説がある」らしい。
 「明暦の大火(1657年)で日本橋の吉原遊廓も焼失。幕府開設の頃とは比較にならないほど周囲の市街化が進んでいたことから,浅草田圃に移転を命じられた」。

● 山谷は「元々は日光街道の江戸方面の最初の宿場であった」が,「明治初期から政府の意向で市街地の外れの街道入口に木賃宿街が形成され,吉原遊郭の客を送迎する人力車の車夫等,戦前より既に多くの貧困層や労働者が居住していた」。
 そこに「太平洋戦争戦後,東京都によって被災者のための仮の宿泊施設(テント村)が用意され,これらが本建築の簡易宿泊施設へと変わっていった」ということのようだ。
 現在は「簡易宿泊施設には従来の労働者に代わって,各国から日本に旅行にやって来る外国人達(バックパッカーなど)による格安ホテルとしての利用が増加している」。

● 日本の安宿の代表はカプセルホテルだが,女性が泊まれるカプセルホテルは少ない。カップルで来ている外国人バックパッカーが山谷の安宿に集まっているのではないか。
 山谷は交通の便もいい。JRの南千住駅と地下鉄日比谷線の三ノ輪駅が近い。浅草も徒歩圏内だから銀座線も利用できる。都心に出るのに何の不都合もないのだ。
 山谷といい安宿といっても,清潔さは日本水準だ。狭いながらも個室だ。トイレと風呂は共同だけれども,Wi-Fiも完備されている。現在の山谷は治安もほぼ問題ない。若い(若くなくても)バックパッカーにしたら,こんないいところはないと思えるのじゃなかろうか。

● 「玉の井(たまのい)は,戦前から1958年(昭和33年)の売春防止法施行まで,旧東京市向島区寺島町(現在の東京都墨田区東向島五丁目,東向島六丁目,墨田三丁目)に存在した私娼街である」。東武線と国道6号と荒川に囲まれたエリアの南半分と考えていいんだろうか。
 永井荷風「濹東綺譚」や滝田ゆう「寺島町奇譚」の舞台になった街だ。「濹東綺譚」は岩波文庫で,「寺島町奇譚」は今は亡き旺文社文庫で読んだ。
 が,内容に関する記憶はほぼ消えている。「濹東綺譚」は永井荷風が作りあげた架空の世界だろうが,1992年に映画化もされた。主演を務めた墨田ユキのエロスが話題になったが,残念ながらぼくは見ていない。

● 「鳩の街(はとのまち)は現在の東京都墨田区向島と東向島の境界付近にあった赤線地帯」とある。厳密にいうと,赤線地帯ではなく青線地帯になる。赤線はお上が認めた公娼街のこと。鳩の街は私娼街だ。
 「地理的に「玉の井」と近く,1kmほどの距離」。「太平洋戦争末期に,東京大空襲で玉の井を焼け出された業者が何軒か,この地で開業したのが始まり」。
 ここは何と言っても,吉行淳之介の「原色の街」の舞台となったところだ。若い頃に,吉行淳之介の作品は,エッセイ,対談を含めて,たぶんすべて読んでいると思うのだが,初めて読んだのが「原色の街」だった。鮮烈な印象があった。

● 今読み返しても,たぶん,そのときほどの印象は受けないと思うのだが,そのあとの「娼婦の部屋」があったのも鳩の街だろう。であれば,ここは一度は歩いておきたい。
 でもって,ここで“明子”さんが身を売って暮らしていたのか,と無責任な感慨に浸ってみたい。といって,昔の面影はほぼ消えていて,普通の下町的住宅街になっていると思われるのだが。

● ということで,大晦日は上野のカプセルホテルに泊まって,元日は三ノ輪から千束(吉原),山谷を歩いて,白鬚橋を渡って,玉ノ井,鳩の街を歩いてみようと思う。
 曳舟から東武電車で帰ってくればよい。

2018年11月29日木曜日

2018.11.29 再度,氏家の「焼肉むらかみ」

● 相方からLINEで連絡があった。外に食べに行こう,と。今日はニクの日で,「むらかみ」で普段より安く食べられるらしい。
 というわけで,13日に次いで2度目の「むらかみ」。

● 今回は酒なし。2人で2千円でお釣りが来た。叙々苑のランチ1人前の値段だ。相方はしきりに恐縮していた。この安さは何事ならむ。
 もっとも,肉の日に安くなるメニューのみ注文したわけで。肉はアメリカ牛カルビしか食べなかったんだけどね。それ以上はぼくのバカ舌にはもったいない。
 もちろん,もっと高い肉も当然ある。バリエーションもかなりのもの。肉グルメの人でも不満はでないかと。
 タレは個人的にはレモン汁を推奨。バカ舌に推奨されたくはないでしょうが。

● 塩キャベツが旨かったんでした。次は塩キャベツでハイボールをやるかな。
 忘年会もやれる。ぼくのごく狭い交友関係を洗いだして,ここで飲み会をやるのも悪くないなと思う。少人数でも食べ放題+飲み放題で3,500円であがることは間違いないんだから,お金の心配はしなくてすむ。

● 前回は,“飲み放題+食べ放題”だった。この組合せはあまり良くないかもしれないと思う。飲み放題を付けるなら(飲みを主にするなら),食べものはアラカルトにした方がいいかもしれない。
 つまり,焼肉は酒よりもご飯に合うからだ。酒に合わせるなら,焼肉よりも今日食べた塩キャベツとか,肉以外に酒に合いそうなツマミが色々ある。
 が,相方は“飲む”がダメなので,彼女と行くときにこの方式が採用されることはないと思われる。飲める口を持った者どうしで行く場合は,この方式が考えられるということ。

● 以下は余談。こういう店に行くと,世の中のデフレはまだまだ止まらないなと思う。いったんこの値段に慣れてしまうと,以前の値段を高いと感じるわけでね。
 店側とすれば,値上げをする際には,それなりの度胸を試されることになりそうだ。

● 値上げを仕方がないと受けとめてもらえるのは,ガソリンくらいのものではないか。たとえば,納豆も値上げされているんだけども,いくつもある商品の一部が特売されていて,結局は以前の値段で買えるのだ。納豆好きとして,納豆に関する支出が特に増えたという実感はない。
 原材料費は上がっているのに,それを消費者に転嫁するのはかなり難しい。

● 以前,“すき家”が値上げを回避するために人件費の圧縮に走りすぎてブラック企業の汚名を来たことがあったが,それを続けることも難しい。
 人手不足が慢性化しているのだし,それをするとブラックに相応しい人間しか残らないからだ。店内の雰囲気がすさんでくる。客離れを招く結果にしかならない。

● ならば,徹底的な合理化しか道がないわけで,その分野でトップを走っているのは(飲食業界では)回転寿司だと思う。スタッフとひと言も言葉を交わすことなく,食事が完結する。すべてタッチパネルですむ。注文した寿司を運ぶのも機械がやる。
 黙々と食べるだけでいい。ときにブロイラーになったような寒々しい気分になることもあるが,ぼくなんぞはその状態を心地いいと感じることが多い。無言でいられるのはサービスのひとつだとすら思う。煩わしさをとことん排除してくれるわけだから。
 友人と来る,カップルで来る,家族と来る,というシチュエーションでは,そもそも,そんなことは問題の外になる。友人と,彼女と,家族と,話が弾むわけだから,店員とのコミュニケーションなどどうでもいいのだ。

● 「むらかみ」でも注文はタッチパネルを使用している。人件費を圧縮する,人手を減らす工夫は,まずやらなければならないことだ。
 コンビニの無人化が言われることも増えた。人のぬくもりが失われるのは嫌だという声もあるだろうが,こういうのは慣れの問題だ。たぶん,すぐに慣れる。
 ガソリンスタンドだって,セルフになった今の方が昔のやり方よりずっといい,という人が多いだろう。人のぬくもりを欠いてはいけないのは,高級ホテルくらいのものではないか。

2018年11月26日月曜日

2018.11.26 お金がないのは可,お金を惜しむのは不可

● 人生を愉しむことはお金を使うことと同義ではない。お金をかけずに愉しむことはいくらでもできると思っている。けれども,お金を惜しんでしまうと,人生を愉しむことは難しいかもしれない。お金がなくても愉しむことはできるが,あるお金を惜しむとそれが難しくなる。そのあたりに愉しむための機微がありそうだ。

● 昭和の堅実さを体現しているような人から見ると(ぼくがそうなのだが),一抹の不安を覚えるかもしれない。そんなにパッパと使ってしまって大丈夫なのか,と。
 でも,お金を残して死ぬのは,それ以上にバカバカしい。わかっていてもお金を残して死ぬのが普通の人だ。で,普通はたいていつまらないものだ。

● 乏しきを憂えず,等しからざるを憂う,という言い方が,昭和の労働界にはあった。今は昔の話だ。
 それを個人に引き寄せていえば,少ないのを憂えるのではなく,中途半端にあるのを憂えるべきなのかもねぇ。中途半端には中途半端なりのやり方が絶対にあるはずだとも思うのだが。

● でもね,ぼくを含めて多くの人にとっての福音は,お金をかけずに人生を愉しむことができるようになったことだ。
 音声や動画がデジタル化され,インターネット経由で非常に安価(または無料)で手に入るようになったことも大きいが,じつはインターネットができる以前だって,お金をかけないで愉しんでいた人はたくさんいたはずだ。

● それができる人の特徴は,たぶん,世間の声に左右されないことだ。新聞やテレビの報道とかワイドショートか,友人知人が何を言っているかに,搦め捕られない人。ゆえに,少し前の,みのもんたが言っていたからといって,それに追随するような人は,まるでお呼びじゃない。
 要するに,バカではお金をかけずに人生を愉しむことはできないってことね。だから,あなたやぼくには無理かもね。

2018年11月22日木曜日

2018.11.22 大手町のタウン誌

● 大手町をフラフラと歩いてきた。東京には各地に無料のタウン誌があって,しかもけっこう面白かったりする。
 これだけの話題を拾えるのは東京の強みかなぁと思うことになる。こういうものは須くネットに保存しておくべきだと思う。将来,貴重な史料(?)になるかもしれない。いや,もうすでに実行されているのかもしれないけれど。

● 大手町にはこんなものがあった。大丸有協議会が発行しているもの。正確にいうと,大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会。一般社団法人で,事務局員もいるらしい。
 そういうものを維持できるのも,このエリアの力なのだろう。東京の中心部だもんね。ビジネス街の中核でもある。

● というエリアの特性を反映してだと思うのだが,このタウン誌もビジネス色が強いものだ。まずはここで働く人たちのインタビュー。
 レバンテ(ビアレストラン),東京會舘,銀杏堂(印章店),パレスホテル,ニッポン放送。もちろん,さりげなくPRもまぶされている。

● あとはこのエリアのイベントをまとめてザッと紹介。住んでいる人は少なく,ヨソから働きに来ている人の方がずっと多いんだろうから,いわゆる伝統行事ではなく,人為的なイベントが多くなるのはやむを得ない。それはまったく悪いことではない。
 昔からそういうエリアだったはずだ。その点に関しては筋金入りだろう。その地から自然発生的に生まれたものに依存するのではなく,必要に応じて自ら作りだすという点において。

2018.11.22 東京散歩 大手町2

● 宇都宮発14:06の小田原行きに乗った。駅前の金券ショップで切符を買った。今日は“休日おでかけパス”が使えないのだ。なぜって,今日は休日じゃないからね。
 東京まで乗る。大手町に行こうと思う。

● ところで,都内で,降りるときにそこはかとない憂鬱を感じる駅がある。
 第1に新宿。第2に池袋。第3に渋谷。そして,第4が東京だ。降りたあとに愉しいことが待っている場合でもそこはかとない憂鬱を味わう。
 3番目までははっきりしている。だいたい駅構内で迷うくらいだから。東京駅で迷うことはなかった。が,改装後は迷うようになった。田舎者の悲しさと笑ってもらっていいんだけれども,東京人でも迷う人がいるのではないか。
 すごいと思うのは外国人だ。多くは観光客なんだろうけど,何だかスイスイと泳いでいる印象を受ける。ひょっとすると,迷路を愉しむ感覚なのかもしれないけど。

● その東京駅地下街。この時間帯に飲んでる人がかなりいる。しかも,ネクタイ族。若いオネーチャンも。出張でこれから帰るのか。
 こういうのを見てると,日本もまだ捨てたものじゃないと思う。だんだん管理がきつくなって,今じゃ煙草を喫いに喫煙所に行くのを見られただけで,勤務中に何をしているんだと指導が入るんじゃないかと思うほどだ。公務員なら地元住民が人事課に通報するかもしれない。
 そうした鬱陶しい閉塞感の中で働いていて,生産性は欧米に比べると低いらしいのだから,救いがない。

● けれども,この時間帯から飲んでいるとは,そこに風穴を開けているようで痛快だ。いいぞいいぞ,と思う。
 それくらいは大目に見ろよ。いいじゃんか。用事が終わって,これから帰るだけなんだから。店側も潤うだろうしな。

● 東京駅の丸の内口を出ると,江戸城に至る広い道を含めて,周辺の環境は100%人工的なもの。緑も人工的に作られたものだ。都市の極み。
 にしては,そこにいる人たちはカッペを引きずっている人が多いと感じる。お上りさんばかりだという意味ではない。
 人間は自然そのものだ。3代続いた江戸っ子でも,ここまでの人工的な環境に置かれると,自らが抱え持つ“自然”が目立つことになるのだろう。その“自然”がつまり,カッペの正体ではないか。

● 何十年ぶりかで,千代田のお城が見えるところに来た。先月も大手町に来ているんだけど,そのときはあまり時間がなく,帰りは雨になったので,ほとんど歩けなかった。今日はたっぷり時間があった。
 大手門も見ることができた。記憶にない昔に見たことがあるのかもしれないけれど,記憶にないんだから,初めて見たということにしておきたい。
 ここが東京の中心。台風でいえば目にあたるところ。東京の品格(ぼくはあると思っているのだが)の源は,やはりここだ。

● 築城したのは太田道灌でも,今ある形にしたのは徳川サマ。で,今は皇居になっている。天皇が京都の御所に戻ることはあり得ないだろうから,このように整備された状態で今後もあり続けるのだろう。
 東京を代表する観光地でもある。皇居を抱えていることは,東京の大いなる強みのひとつだろう。

● 大手町をフラフラと歩いてみた。平日の夕方,まだ多くの人は仕事中だろうけど,それでも帰途についている人も多い。明日から3連休だもんな,今日は早く帰りたいよね。ぼくは今日も休んでるんだけど。
 ここが日本のビジネスのセンターなのだが,自分の居場所はここにはないと思う。っていうか,ここは自分が働く場所ではない。務まらない自信がある。

● 三井住友銀行と三菱UFJが隣り合っている。張り合うだけではなく,共同の勉強会をしたり,情報交換をしたりすればいいのにと思う。っていうか,やっているでしょうね。幹部(と若い幹部候補)はやっていると思う。
 霞ヶ関と永田町はここから少し離れている。隣接してればもっといいのじゃないか。いやいや,大手町の企業からすれば,それは少し以上に迷惑か。

● 丸善に入ってみた。場所がら1階はビジネス関連の書籍売場になっている。店に入った瞬間にビジネス書の山がドッと目に飛びこんでくる。日本全体で売れるビジネス書の10%はここで売られるんじゃないかと思うほどだ。
 いわゆる自己啓発本,法律,経済,労働,会計,経営に関する専門書や教科書。時事評論の類い。各種国家試験のテキストブックなど。

● 仕事帰りのサラリーマンやOLが顧客なのだと思うが,よそから来ている人も多いのかもしれない。書店や文具店ではお客さんを見ているのも面白い。ピープル・ウォッチングにいい場所だと思う。
 本屋に来てるんだから本を読む人に違いないのだ。本を買ったり,ノートやペンを自分で買って使う人は,少数派。面白い人は少数派の中にいる。で,そういう少数派も東京に集中しているのかと思ってみる。

● いかにも疲れているという風情の中堅サラリーマンがいた。大変なのだなぁと思うが,大丈夫か。休んだ方がよくないか。ま,別の理由で疲れているのかもしれないのだが。
 ハッとするほどきれいな美女もいる。得した気分になる。才色兼備のはずだ。世の中には才も色も持たない女性が圧倒的に多いのだ。どちらかを持っているのは少数。どちらも持っているのは,少数×少数で,超少数。
 それを見れたわけだからね。もっとも,そういう女性はぼくなんぞには鼻も引っかけないだろうけどなぁ。

● 若い頃は東京の書店にしばしば行ったものだった。だから,大型書店に行っても臆することはなかった。あたりまえだ,臆するようなところではない。
 ところが,最近,それが怪しくなっている。丸善で少し臆している自分を発見することになった。圧倒的な物量(といっても,同じ本が大量に置いてあるからそう感じるのだが)に気圧されているのかもしれないが,それよりも自分が本をあまり買わない人間になったからだろう。
 場数を今に活かすには,かつて踏んだことがあるというだけでは足りない。現在も踏み続けている必要がある。それがあって初めて,場数を踏んだという過去形も成立するのだ。

● 大手町=高級,という思いこみがこちらにあったんだけれども,100%高級でできあがっている街などあるわけがない。人間が棲息している以上,それだけでは街は成立しない。
 気安い飲み屋もけっこうある。そりゃそうだ。この街にいるのはサラリーマンなのだ。彼らが自腹で飲める店が必要だ。丸の内永楽ビルや大手町ビルの地階にそうした気安い飲み屋が入っているっぽかった。

● さてと。帰るとするか。東京駅に舞い戻る。平日夜の東京駅は,ぼくの知ってる東京駅とは別の顔を見せた。雑踏が濃いのは同じだが,新橋っぽい雰囲気になるんですな。飲み会を終えたサラリーマンの集団が幅を利かせてたりね。
 この時間に飲み会が終わったというと,今日は定時であがったんでしょうね。明日からの3連休を控えて開放感に包まれているっぽい。そういう目で見るからそう見えるだけ?

● このサラリーマンの飲み会というやつ,当然,会社からの補助はないはずだ。自腹でやっているだろう。これがどれほど会社に裨益しているか。人事管理が楽になっているだろう。残業時間にカウントしてもいいのではないかと思うほどだ。
 逆にいうと,自腹でこれをやっているから“社畜”などという言葉が出てくるのかもしれない。仕事を終えたあとも,社員どうしでつるむという。

● この風潮は昔ほどではなくなっている。その主たる理由は,既婚の女子社員が増えたことだ。彼女たちが昔のような飲み会に全部参加していたら,大半の家庭は立ち行かなくなる。男女雇用機会均等を国是とした以上,この傾向は必然だ。
 昔は本当に社員(男性)にとって会社はすべてだった。その男性社員にしても,昔に比べれば会社を相対化できるようになっているのではないか。
 ゆえに,定年後,会社での人間関係を失い,何をしていいのかわからず・・・・・・という定年問題は自ずと薄まるのではないかと思う。

● なので,彼らを見ていると,そんなことをしていないで,早く家に帰ってひとりの時間を作ればいいのに,と思ったりもするのだ。人生100年時代で最も必要とされるスキルは,ひとりの時間に慣れているということではないだろうか。
 昔の男性社員よりは,そのあたりもだいぶ巧みに捌けるようになってはいるんだろうけど。

● ま,でも,この東京駅の雰囲気は悪くない。立ち去りがたい気分にさせる。
 KIOSKで缶のハイボールを調達して電車に乗った。帰りの車中では,久しぶりの動くパブ。849円の悦楽でござった。これだけ飲めばけっこう酔う。
 宇都宮からは最終の黒磯行き。やはり明日からの3連休が効いているのか,この時間帯の宇都宮にもけっこうな人がいた。仕事を終えたばかりという感じではなく,リラックスムードを漂わせている人が多い印象。