● 元日も東武電車で帰った。東武に乗ってわかることは,栃木から栗橋は近いのだということ。栃木から宇都宮よりも近い。
もうひとつ。関東平野を実感するのなら,JRよりも東武が向いている。
● さて,今日も東武で帰ることにした。半蔵門線が東武電車に乗り入れているからだ。
まずは押上で降りてみた。電車は東武線に入って南栗橋まで行くのだが,半蔵門線としてはここが終着。といって,押上に用があるわけではない。スカイツリーに上ってみようとは髪の毛一本ほども思わない。
すぐそばに業平橋駅(今は,とうきょうスカイツリー駅)がある。浅草から乗ると押上は通らないはずだ。Wikipediaによれば,押上~曳舟間は「支線のような形になっている」とある。半蔵門線が東武線に乗り入れるまでは,東武線には押上駅は存在しなかったということか。
● 次の電車は久喜行きだったので,東武動物公園で乗換え。東武動物公園って,以前の駅名は何といったっけ。杉戸か。日本工業大学はここにあったのだな。
東武線なんだから,こういう駅名に変えることは当然。ことさら異を唱える話ではない。だけども,杉戸のままでよかったのではないか。伊勢崎線と日光線の分岐駅で,東武線の中では拠点駅のひとつになっていると思うのだが,なればこそ地名を離れるべきではないと思うのだが。
● 南栗橋から新栃木行きに接続。この車両は,昔,浅草~東武日光間を直通で結んでいた快速列車に使われていたものだ(と思う)。この仕様では,南栗橋以南には投入できないだろう。
ひょっとして,今でもあるのか,この快速。ないよね。直通はスペーシアだけだよね。
● 東武線で宇都宮に着くと,ひどく情けない気分になる。どん詰まりの田舎に来たという感じ。JR線で宇都宮に着いたときにはあまり感じないのだが,何なんだろうな,この感覚は。
ひとつには,東武線の場合は宇都宮が終着駅だからでしょうね。しかも,ホームがひとつしかない。一面二線。だいぶ遠くに来たんだな,と。
● 東武の宇都宮線は完全に支線扱いで,東京からの特急電車は新栃木から日光線に入る。おそらく,それが乗客の利用形態に見合っているのだろうが,栃木で乗り換えた宇都宮行きが下りであることに,若干の違和感がある。
JRでも小山から宇都宮に向かう場合は下りになるわけで,事情は同じなのだが,小山始発の宇都宮行きはないのに対して,東武線では栃木~宇都宮があたかも独立した路線のごときなので,いささかの違和感があるんでしょう。
県北の住人なので,普段,宇都宮に出るときには上り電車に乗ることになる。そういう人間にとっての違和感にすぎないけれどね。
2019年1月6日日曜日
2019.01.06 ロイヤルパークに宿泊 2
● ロイヤルパークのラウンジの朝食。もっぱら和食党。
品数は多くない。が,それが制約になることはない。何でもないもの(たとえば,たくあん。たとえば,味噌汁)がすこぶる旨い。写真のおかずは,これだけで無限を意味する。
朝食はかくあるべし。このホテルに泊まったときに何が一番楽しみかといえば,この朝食だ。
● ところが,相方情報によれば,いつも和食があるわけではないらしい。普段は洋食のみ。客が多いときだけ,和食も供しているんだそうだ。
ちょっと待て。とすると,ぼくらが泊まれるような安い宿泊プランが出ているときは,お客が少ないときではないのか。少ないからこそ,宿泊費が安くなるのだろう。
● これから,シェラトン都に代わって,こちらがぼくらの定宿になる可能性がある。その理由は3つあるのだが,第1の理由は省略。第2はラウンジの水準の高さ。第3がお安いこと。
ただし,このロイヤルパークは何度泊まっても別荘という感覚は持ちにくいかもしれない。部屋以外に居場所見つけるのが難しそうだからだ。つまり,ロビーで所在なく時間を過ごすのが難しそうなのだ。
● シェラトン都ではロビーで新聞も見れるし,ソファに座ってボーッとすることもできるし,庭園を歩くこともできる。
ずっと部屋にいるのはどうもダメなんで(スイートに泊まっても,やはり同じ),かといってホテルの外に出る気にもならないので(なるときもあるが),部屋以外のホテルのどこかで,たとえばノートを開いて何かを書いたり,スマホをいじったりして過ごしていたい。
このホテルではそれをする場所が見つからない。
● そんなことを考えている間に,チェックアウトの時間が来た。ラウンジでチェックアウトをすませて,これからどうする? まっすぐ帰るか,どこかを歩いていくか。
品数は多くない。が,それが制約になることはない。何でもないもの(たとえば,たくあん。たとえば,味噌汁)がすこぶる旨い。写真のおかずは,これだけで無限を意味する。
朝食はかくあるべし。このホテルに泊まったときに何が一番楽しみかといえば,この朝食だ。
● ところが,相方情報によれば,いつも和食があるわけではないらしい。普段は洋食のみ。客が多いときだけ,和食も供しているんだそうだ。
ちょっと待て。とすると,ぼくらが泊まれるような安い宿泊プランが出ているときは,お客が少ないときではないのか。少ないからこそ,宿泊費が安くなるのだろう。
● これから,シェラトン都に代わって,こちらがぼくらの定宿になる可能性がある。その理由は3つあるのだが,第1の理由は省略。第2はラウンジの水準の高さ。第3がお安いこと。
ただし,このロイヤルパークは何度泊まっても別荘という感覚は持ちにくいかもしれない。部屋以外に居場所見つけるのが難しそうだからだ。つまり,ロビーで所在なく時間を過ごすのが難しそうなのだ。
● シェラトン都ではロビーで新聞も見れるし,ソファに座ってボーッとすることもできるし,庭園を歩くこともできる。
ずっと部屋にいるのはどうもダメなんで(スイートに泊まっても,やはり同じ),かといってホテルの外に出る気にもならないので(なるときもあるが),部屋以外のホテルのどこかで,たとえばノートを開いて何かを書いたり,スマホをいじったりして過ごしていたい。
このホテルではそれをする場所が見つからない。
● そんなことを考えている間に,チェックアウトの時間が来た。ラウンジでチェックアウトをすませて,これからどうする? まっすぐ帰るか,どこかを歩いていくか。
2019.01.06 東京散歩 人形町
● ロイヤルパークには何度か泊まっているのに,至近距離にある水天宮に行ったことがない(大昔に一度あるが)。ので,今回,行ってみた。
お社が地面に着地していない。こういう神社,東京では珍しくもないと思うが。子授けの神様なんですか,よく知らないけど。
● 来てはみたけれども,詣でることはない。神様にお願いすることは特にないからだ。なぜないかといえば,もはや何をするにも遅すぎる年齢になっているからである。
人生を諦めてしまえば神頼みは要らなくなる。しかし,だ。本当に諦めているのならば,それはそれで境地のひとつだと思うのだが,なかなかそこには到達できないものだろう。ぼくの場合は,自分の人生を取り扱う態度が少し雑になっているという程度のものだ。
● あ,それから。財布を持たないで出たんで,賽銭を上げられなかったってのもあるね。
ま,神様は賽銭を欲しがらないと思うんだけどね。賽銭の有無や多少に関係なく,無差別平等に救ってくださるんだろうけどさ。
● ところで,九州の久留米とこの神社は何か関係があるんだろうか。あるいは,都内にも久留米という地名の街があるんだろうか。
● 人形町はもともと吉原があったところだ。最近知った。旧町名に芳町というのがあるんだけど(現在の人形町1丁目と3丁目),その名残をとどめるものだろうか。
その芳町を歩いてみた。下町的な(中央区なのだが)趣をたたえた飲み屋や食堂があるだけだ。吉原的なものは残っていない。当然の話で,ここが吉原だったのは,江戸幕府開府まもなくの頃からわずかな期間にすぎない。40年ほどか。もっとも,その後も花街として栄えたようではあるのだが。
● そのように見れば見えなくもないという路地の佇まいがあるにはある。信じがたいんだけども,ここは戦災を免れたらしいのだ。
谷崎潤一郎もここで生まれているらしい。が,ぼくは谷崎は1冊も読んだことがない。あぁそうなのかでとどめておくことにする。
● 夜の人形町は泊まるたびに歩いている。が,下を日比谷線が走っている道路をちょこっと歩く程度だ。
一度はきちんと歩いてみたいと思っていたんだけども,今日の1時間程度の散歩で何だか気がすんでしまった。きちんと歩いたとはとても言えないんだけどね。
● ともあれ。現在の人形町は,気安そうな酒場や飲食店が軒を連ねている。庶民的な店が多い。
一方,タワーマンションも建っていて,家賃は相当に高いんだろうなと思わせる。なにせ日本橋なんだからね,ここは。中央区なんだから。
お社が地面に着地していない。こういう神社,東京では珍しくもないと思うが。子授けの神様なんですか,よく知らないけど。
● 来てはみたけれども,詣でることはない。神様にお願いすることは特にないからだ。なぜないかといえば,もはや何をするにも遅すぎる年齢になっているからである。
人生を諦めてしまえば神頼みは要らなくなる。しかし,だ。本当に諦めているのならば,それはそれで境地のひとつだと思うのだが,なかなかそこには到達できないものだろう。ぼくの場合は,自分の人生を取り扱う態度が少し雑になっているという程度のものだ。
● あ,それから。財布を持たないで出たんで,賽銭を上げられなかったってのもあるね。
ま,神様は賽銭を欲しがらないと思うんだけどね。賽銭の有無や多少に関係なく,無差別平等に救ってくださるんだろうけどさ。
● ところで,九州の久留米とこの神社は何か関係があるんだろうか。あるいは,都内にも久留米という地名の街があるんだろうか。
● 人形町はもともと吉原があったところだ。最近知った。旧町名に芳町というのがあるんだけど(現在の人形町1丁目と3丁目),その名残をとどめるものだろうか。
その芳町を歩いてみた。下町的な(中央区なのだが)趣をたたえた飲み屋や食堂があるだけだ。吉原的なものは残っていない。当然の話で,ここが吉原だったのは,江戸幕府開府まもなくの頃からわずかな期間にすぎない。40年ほどか。もっとも,その後も花街として栄えたようではあるのだが。
● そのように見れば見えなくもないという路地の佇まいがあるにはある。信じがたいんだけども,ここは戦災を免れたらしいのだ。
谷崎潤一郎もここで生まれているらしい。が,ぼくは谷崎は1冊も読んだことがない。あぁそうなのかでとどめておくことにする。
● 夜の人形町は泊まるたびに歩いている。が,下を日比谷線が走っている道路をちょこっと歩く程度だ。
一度はきちんと歩いてみたいと思っていたんだけども,今日の1時間程度の散歩で何だか気がすんでしまった。きちんと歩いたとはとても言えないんだけどね。
● ともあれ。現在の人形町は,気安そうな酒場や飲食店が軒を連ねている。庶民的な店が多い。
一方,タワーマンションも建っていて,家賃は相当に高いんだろうなと思わせる。なにせ日本橋なんだからね,ここは。中央区なんだから。
2019年1月5日土曜日
2019.01.05 ロイヤルパークに宿泊
● 水天宮前のロイヤルパークに1泊。直前には錦糸町にいたので,半蔵門線で1本。都合がいい。しかも,駅からホテル直結(4番出口)。
● この日は土曜日にもかかわらず,安い宿泊プランがあったらしい。この分野は相方の領分なので,ぼくは言われるままに金魚のフンよろしく付いていくだけ。
どのくらい安いかというと,2人で2万円を少し超えるくらいなのだ。それでラウンジを使える。
もちろん,いつもそうなのではない。そういうオファーが出ることがあるということ。
● 大晦日には上野のカプセルホテルに泊まっているんだけど,7,128円だったからね。それとさほど変わらない料金で,この場所のホテルに泊まれて,3食アルコール付きなんだから,安いを通り越している。
ま,大晦日というのは,都内のホテルの場合,宿泊費は普段と比べてはいけない水準にまで高騰するものではあるんだけど。
● サウナは今日限りで閉めるそうだ。再開するかどうかは不明とのこと。
このホテルのサウナは一度しか使ったことがない。管理はもっとラフでもいいのではないかと思った。あまり細かくチェックを入れると,利用者を遠ざけることになる。倒れている人がいないかどうかを1時間に1回,確認する程度でいいのだ。
ま,それと今回の閉鎖は関係のない話ではあるが。
● 相方とはラウンジで落ち合った。ラウンジでチェックインとアウトの手続きができる。そのまま,カクテルタイムに突入。
美味しくいただいて,ユラユラと酔った。このホテルのラウンジの水準はかなり高いと思っている。理由は2つある。
ひとつは,品数は少ないながら,そのひとつひとつにどうせラウンジだからという間に合わせ感がないこと。
もうひとつは,こちらの方が大きいのだが,未就学児でも有料なので,家族連れがいないことだ。このポイントはかなり高い。
● スタッフの制服がCAみたいで格好いいと相方が言っていた。少しマーメイドが入っているスカートで,ちょっと前に流行したものらしい。
ただし,このラウンジは21時で営業終了。シェラトン都は23時までやっているが,ぼくは21時まででいいと思う。終夜営業の居酒屋じゃないんだから。
● その終了間際に水を飲みに行ってみた。カクテルタイムからずっといたのかと思われる人が数人いた。酔って大声になっていた40歳くらいの女性も。ここでそこまで酔ってはダメだろう。
それはダメだよとは誰も言ってくれないが,それゆえにそこは自己点検・自己管理を怠ってはいけないところだ。大人とはそういうものでしょ。おまえもな,オレよ。
● つまり,かなり言い難いんだけれども,安ければ安いなりのお客しか来ないという事実は,厳としてあると思われる。もし,セレブなというか,優雅なというか,夢の国で過ごす気分を味わいたいなら,それ相応のお金を払わなければならない。
同じサービスで5万円ほども取られる時期もある。そういうときに来てみることだ。少なくとも,今日よりは夢見心地の時間を過ごせるだろう。
雰囲気を決める第1ファクターはお客だ。サービスが同じでも,お客が変われば,印象はガラッと違うだろう。
その客込みで雰囲気を買うとすれば,安いときに来てはダメである。ぼくらがいないときに来るべきである。
● この日は土曜日にもかかわらず,安い宿泊プランがあったらしい。この分野は相方の領分なので,ぼくは言われるままに金魚のフンよろしく付いていくだけ。
どのくらい安いかというと,2人で2万円を少し超えるくらいなのだ。それでラウンジを使える。
もちろん,いつもそうなのではない。そういうオファーが出ることがあるということ。
● 大晦日には上野のカプセルホテルに泊まっているんだけど,7,128円だったからね。それとさほど変わらない料金で,この場所のホテルに泊まれて,3食アルコール付きなんだから,安いを通り越している。
ま,大晦日というのは,都内のホテルの場合,宿泊費は普段と比べてはいけない水準にまで高騰するものではあるんだけど。
● サウナは今日限りで閉めるそうだ。再開するかどうかは不明とのこと。
このホテルのサウナは一度しか使ったことがない。管理はもっとラフでもいいのではないかと思った。あまり細かくチェックを入れると,利用者を遠ざけることになる。倒れている人がいないかどうかを1時間に1回,確認する程度でいいのだ。
ま,それと今回の閉鎖は関係のない話ではあるが。
● 相方とはラウンジで落ち合った。ラウンジでチェックインとアウトの手続きができる。そのまま,カクテルタイムに突入。
美味しくいただいて,ユラユラと酔った。このホテルのラウンジの水準はかなり高いと思っている。理由は2つある。
ひとつは,品数は少ないながら,そのひとつひとつにどうせラウンジだからという間に合わせ感がないこと。
もうひとつは,こちらの方が大きいのだが,未就学児でも有料なので,家族連れがいないことだ。このポイントはかなり高い。
● スタッフの制服がCAみたいで格好いいと相方が言っていた。少しマーメイドが入っているスカートで,ちょっと前に流行したものらしい。
ただし,このラウンジは21時で営業終了。シェラトン都は23時までやっているが,ぼくは21時まででいいと思う。終夜営業の居酒屋じゃないんだから。
● その終了間際に水を飲みに行ってみた。カクテルタイムからずっといたのかと思われる人が数人いた。酔って大声になっていた40歳くらいの女性も。ここでそこまで酔ってはダメだろう。
それはダメだよとは誰も言ってくれないが,それゆえにそこは自己点検・自己管理を怠ってはいけないところだ。大人とはそういうものでしょ。おまえもな,オレよ。
● つまり,かなり言い難いんだけれども,安ければ安いなりのお客しか来ないという事実は,厳としてあると思われる。もし,セレブなというか,優雅なというか,夢の国で過ごす気分を味わいたいなら,それ相応のお金を払わなければならない。
同じサービスで5万円ほども取られる時期もある。そういうときに来てみることだ。少なくとも,今日よりは夢見心地の時間を過ごせるだろう。
雰囲気を決める第1ファクターはお客だ。サービスが同じでも,お客が変われば,印象はガラッと違うだろう。
その客込みで雰囲気を買うとすれば,安いときに来てはダメである。ぼくらがいないときに来るべきである。
2019年1月3日木曜日
2019.01.03 福袋が溢れている
● もちろん,相方が買い集めてきたものだ。普段,あまり食べない和菓子のものがいくつかある。福田屋で片っ端から買ってきたっぽい。
最も多いのがモーニング・ヨーグルトのやつで,1日に3個食べろと指令が出ている。そういう食べ方をされたんじゃ,ヨーグルトも可哀想だ。
● お金を棄ててるとしか思えないぞ。買う理由が,安いから,お得だから,ってのはダメだよねぇ。必要だから,欲しいから,じゃないと。
でもって,必要だったり欲しかったりするものは,定価でも買うっていうんじゃないと。それに徹した方がトータルで安くつく。
● 何を買うかじゃなくて,“買う”をしたいんだと思うんですよね。買うという行為をしたい。そのためにお金を払う。買うこと自体の快感ってあるもん。だからこそ,買い物は依存の対象にもなるわけだろうから。
でも,“買う”でできる表現って,たかが知れてる。おまえが言うな,って言われるんだけどね。っていうか,表現のために“買う”んじゃないからな。“買う”ために買うんだから。
● といっても,“買う”ために買うっていうのを制御できないのは,身も蓋もない言い方をしてしまうなら,下層階層に顕著な特徴だと思う。
これが嵩じると“たまの贅沢だから”というものになる。たまの贅沢をやめることができないから,下層に甘んじているのだよ。
● 福袋などという業者の下手な芝居は,横目で見て通り過ぎることができないと,いつまで経っても貧乏のまんまだよ,あんた。
問題は,その“あんた”にぼくも含まれるということだけれども,そこにはあえて触れないでおく。
最も多いのがモーニング・ヨーグルトのやつで,1日に3個食べろと指令が出ている。そういう食べ方をされたんじゃ,ヨーグルトも可哀想だ。
● お金を棄ててるとしか思えないぞ。買う理由が,安いから,お得だから,ってのはダメだよねぇ。必要だから,欲しいから,じゃないと。
でもって,必要だったり欲しかったりするものは,定価でも買うっていうんじゃないと。それに徹した方がトータルで安くつく。
● 何を買うかじゃなくて,“買う”をしたいんだと思うんですよね。買うという行為をしたい。そのためにお金を払う。買うこと自体の快感ってあるもん。だからこそ,買い物は依存の対象にもなるわけだろうから。
でも,“買う”でできる表現って,たかが知れてる。おまえが言うな,って言われるんだけどね。っていうか,表現のために“買う”んじゃないからな。“買う”ために買うんだから。
● といっても,“買う”ために買うっていうのを制御できないのは,身も蓋もない言い方をしてしまうなら,下層階層に顕著な特徴だと思う。
これが嵩じると“たまの贅沢だから”というものになる。たまの贅沢をやめることができないから,下層に甘んじているのだよ。
● 福袋などという業者の下手な芝居は,横目で見て通り過ぎることができないと,いつまで経っても貧乏のまんまだよ,あんた。
問題は,その“あんた”にぼくも含まれるということだけれども,そこにはあえて触れないでおく。
2019年1月2日水曜日
2019.01.02 SNS雑感 2
● TwitterやFacebookを始めるときに読んだSNSのガイドブック的な本の中に,“SNSやブログを複数やる場合,ハブとなるのはFBが相応しく,Twitterではダメだ”という記述があった。
FBには自分がやっているサイト名をいくつでも入れられるが,Twitterはひとつしか記入できない。ゆえに,FBをハブにして活用すべし,という理屈だったように記憶している。
● が,この理屈は,すでに有名人になっていて,いくらでもお客を呼べる人向きのものだろう。正確にいうと,その潜在力を持っている人に向いたものだと思う。
ぼくはそうではない。かつ,多くの人は,自分がそうだとは思わない方がいいだろう。
● FBで友だちが500人いるとしても,自分の投稿をいつも見てくれる人は,下手すると1割もいないのではないか。友だちになってはいるけれども,フォローを外されている。
自分もそうしているはずだから,これはわかりやすい話のはずだ。
● 加えて,FBはGoogleの検索を拒否する。FBユーザー以外は閲覧できない。そういうものをハブにするわけにはいかない。
ぼくを含む多くの人にとっては,そもそもハブという考え方を採用する必要もないだろう。
● Twitterと違って,FBには140字制限はない。いくらでも長文を書くことができる。ところが,FBでも140字を超える投稿はあまり多くない。多くの人がスマホでエントリーしているからだと思っていた。
もちろんそれもあるんだろうけれども,多くの人が長文は歓迎されないことを知っているからかもしれない。
● 長い文章はなかなか読んでもらえないようになったらしい。おそらく,供給が劇的に増えたからだと思う。書き手が増えた。読み手は増えない。
読む側とすればザッピング的に読むしかない。Twitter的なものがいい。短文を読み飛ばしていく。FBだって長いのは喜ばれない。
だから,ブログも読まれなくなっているのではなかろうか。トータルのPV数が百万を超える個人のブログはたくさんあると思うけれども,これから同じ内容のブログを書き始めても,百万PVに到達するのは今までの10倍はかかるのでは。
● SNSはコミュニケーションツールと言われる。が,コミュニケーションツールとしてのSNS(の総量)はこれ以上増えないような気がする。たとえばFBが寂れて,他の何かが勃興することはあるだろうけれど,総体はもう増えない。
コミュニケーションにも適正濃度があって,すでにその適正ラインをオーバーしているように見えるからだ。LINE疲れとかFB疲れとかではなく,コミュニケーション疲れがけっこう広範に出ているのではあるまいか。
年がら年中,コミュニケーションにうつつを抜かしているわけにはいかないだろう。
● ぼくらがリアルのコミュニケーションでやりとりしている情報の99%はおよそどうでもいいことだというのが,SNSの普及で明らかになった。それがSNSの効用の最たるものではないかと思うほどだ。
FBやTwitterに溢れているものがそうだから,ふと足をとめてリアルを振り返ってみると,何だ,リアルも同じじゃないか,と合点するという意味だ。
● つまり,FBやTwitterはどうでもいいことで満ちている。やれ昼食に何を食べた,やれ誰それさんとお茶している,やれ箱根駅伝を見ている(感動をありがとう),やれTVで知った評判のお店に来ている。
バカか,おまえは,と言いたくなるもので満ちている。売れっ子のタレントや,今でいえば将棋の藤井七段のような人なら,昼に何を食べたかが付加価値を持つ情報になるかもしれないが,おまえが何を喰おうとどうでもいい,そんなことをいちいち流すなボケ,と言いたくなる。
● というわけで,SNSはゴミ情報の集積地だ。SNSを始めるというのは,そのゴミの山に分け入っていくことなのだ。
ここで大事なことがある。自分もまた,ゴミしか吐きだせないということだ。どう頑張ってもゴミしか出せない。ゴミを増やすことしかできない。
● 特にLINEがそうなのだが,ハードルが低い。というか,ハードルはない。
ゆえにチャチャッと書きこみがちなのだが,文字だけで個対個のコミュニケーションを維持するのはかなり難しい。要らぬ誤解を招く。面と向かっているのであれば起こりようがない誤解が起きる。
その誤解を招いたことで落ちこむのなら,LINEなどやらない方がずっと賢い。
● FBにしろTwitterにしろLINEにしろ,向き不向きがある。とりあえず始めてみるのはいいと思うが,自分には向かないと思ったらすぐにやめることが大事だ。
無理はしないこと。無理をしてまで続ける価値はない。
● リアルのコミュニケーションを振り返ってみれば明らかだけれども,どうでもいいゴミをやり取りしているから,コミュニケーションはコミュニケーションとして成立している。どうでもいいことではないことをやり取りしなければならない状況は,快適とは言い難い。
SNSでも事情は同じであって,もしFBを始めてみて,楽しい,これは自分に合っている,と思ったのなら,それはどうでもいいことしか吐きだしていないからだし,どうでもいいことしか受けていないからだ。
それがいいことなのかどうかはわからない。良くないとしても,コミュニケーションが目的ならば,そうなるしかない。
● コミュニケーションにも適正濃度があるとするなら,そもそも,SNSをコミュニケーションツールとする考え方を捨てたらどうか。コミュニケーションなどリアルで充分ではないか。
SNSはひとり遊びの道具にする。勝手気ままに使うのがいい。自分を垂れ流す場がSNSだ。
垂れ流しているんだから,反応や評価は求めない。自分が望む反応を期待してはいけない。いや,もし反応があっても無視するくらいがちょうどいいと思う。
● SNSにすり寄るのではなくて,SNSを自分に引きつけて使うのだ。大げさにいえば,それが自立するということではないか。
群れの中に身を置いて,群れない使い方をする。
● だったら,EvernoteやGoogle Keepに書けばいいじゃないかと言われるかもしれない。が,群れの中に身を置いた方がいい。ほどよい緊張感が得られるからだ。その緊張感が垂れ流しを長続きさせてくれる。
端末のハードディスクやSDカードに溜めていくよりも,SNSに上げた方がデータが毀損される可能性も低くなる。そういうところを含めて,SNSのいいとこ取りをすればいいと思う。
で,垂れ流すのに最も向いているのはTwitterだろう。その場合,Twilogを併用することは必須。溜まったデータの取り回しが楽になる。自分のツイート全体に対して検索をかけるのも,Twilogの方がやりやすい。
FBには自分がやっているサイト名をいくつでも入れられるが,Twitterはひとつしか記入できない。ゆえに,FBをハブにして活用すべし,という理屈だったように記憶している。
● が,この理屈は,すでに有名人になっていて,いくらでもお客を呼べる人向きのものだろう。正確にいうと,その潜在力を持っている人に向いたものだと思う。
ぼくはそうではない。かつ,多くの人は,自分がそうだとは思わない方がいいだろう。
● FBで友だちが500人いるとしても,自分の投稿をいつも見てくれる人は,下手すると1割もいないのではないか。友だちになってはいるけれども,フォローを外されている。
自分もそうしているはずだから,これはわかりやすい話のはずだ。
● 加えて,FBはGoogleの検索を拒否する。FBユーザー以外は閲覧できない。そういうものをハブにするわけにはいかない。
ぼくを含む多くの人にとっては,そもそもハブという考え方を採用する必要もないだろう。
● Twitterと違って,FBには140字制限はない。いくらでも長文を書くことができる。ところが,FBでも140字を超える投稿はあまり多くない。多くの人がスマホでエントリーしているからだと思っていた。
もちろんそれもあるんだろうけれども,多くの人が長文は歓迎されないことを知っているからかもしれない。
● 長い文章はなかなか読んでもらえないようになったらしい。おそらく,供給が劇的に増えたからだと思う。書き手が増えた。読み手は増えない。
読む側とすればザッピング的に読むしかない。Twitter的なものがいい。短文を読み飛ばしていく。FBだって長いのは喜ばれない。
だから,ブログも読まれなくなっているのではなかろうか。トータルのPV数が百万を超える個人のブログはたくさんあると思うけれども,これから同じ内容のブログを書き始めても,百万PVに到達するのは今までの10倍はかかるのでは。
● SNSはコミュニケーションツールと言われる。が,コミュニケーションツールとしてのSNS(の総量)はこれ以上増えないような気がする。たとえばFBが寂れて,他の何かが勃興することはあるだろうけれど,総体はもう増えない。
コミュニケーションにも適正濃度があって,すでにその適正ラインをオーバーしているように見えるからだ。LINE疲れとかFB疲れとかではなく,コミュニケーション疲れがけっこう広範に出ているのではあるまいか。
年がら年中,コミュニケーションにうつつを抜かしているわけにはいかないだろう。
● ぼくらがリアルのコミュニケーションでやりとりしている情報の99%はおよそどうでもいいことだというのが,SNSの普及で明らかになった。それがSNSの効用の最たるものではないかと思うほどだ。
FBやTwitterに溢れているものがそうだから,ふと足をとめてリアルを振り返ってみると,何だ,リアルも同じじゃないか,と合点するという意味だ。
● つまり,FBやTwitterはどうでもいいことで満ちている。やれ昼食に何を食べた,やれ誰それさんとお茶している,やれ箱根駅伝を見ている(感動をありがとう),やれTVで知った評判のお店に来ている。
バカか,おまえは,と言いたくなるもので満ちている。売れっ子のタレントや,今でいえば将棋の藤井七段のような人なら,昼に何を食べたかが付加価値を持つ情報になるかもしれないが,おまえが何を喰おうとどうでもいい,そんなことをいちいち流すなボケ,と言いたくなる。
● というわけで,SNSはゴミ情報の集積地だ。SNSを始めるというのは,そのゴミの山に分け入っていくことなのだ。
ここで大事なことがある。自分もまた,ゴミしか吐きだせないということだ。どう頑張ってもゴミしか出せない。ゴミを増やすことしかできない。
● 特にLINEがそうなのだが,ハードルが低い。というか,ハードルはない。
ゆえにチャチャッと書きこみがちなのだが,文字だけで個対個のコミュニケーションを維持するのはかなり難しい。要らぬ誤解を招く。面と向かっているのであれば起こりようがない誤解が起きる。
その誤解を招いたことで落ちこむのなら,LINEなどやらない方がずっと賢い。
● FBにしろTwitterにしろLINEにしろ,向き不向きがある。とりあえず始めてみるのはいいと思うが,自分には向かないと思ったらすぐにやめることが大事だ。
無理はしないこと。無理をしてまで続ける価値はない。
● リアルのコミュニケーションを振り返ってみれば明らかだけれども,どうでもいいゴミをやり取りしているから,コミュニケーションはコミュニケーションとして成立している。どうでもいいことではないことをやり取りしなければならない状況は,快適とは言い難い。
SNSでも事情は同じであって,もしFBを始めてみて,楽しい,これは自分に合っている,と思ったのなら,それはどうでもいいことしか吐きだしていないからだし,どうでもいいことしか受けていないからだ。
それがいいことなのかどうかはわからない。良くないとしても,コミュニケーションが目的ならば,そうなるしかない。
● コミュニケーションにも適正濃度があるとするなら,そもそも,SNSをコミュニケーションツールとする考え方を捨てたらどうか。コミュニケーションなどリアルで充分ではないか。
SNSはひとり遊びの道具にする。勝手気ままに使うのがいい。自分を垂れ流す場がSNSだ。
垂れ流しているんだから,反応や評価は求めない。自分が望む反応を期待してはいけない。いや,もし反応があっても無視するくらいがちょうどいいと思う。
● SNSにすり寄るのではなくて,SNSを自分に引きつけて使うのだ。大げさにいえば,それが自立するということではないか。
群れの中に身を置いて,群れない使い方をする。
● だったら,EvernoteやGoogle Keepに書けばいいじゃないかと言われるかもしれない。が,群れの中に身を置いた方がいい。ほどよい緊張感が得られるからだ。その緊張感が垂れ流しを長続きさせてくれる。
端末のハードディスクやSDカードに溜めていくよりも,SNSに上げた方がデータが毀損される可能性も低くなる。そういうところを含めて,SNSのいいとこ取りをすればいいと思う。
で,垂れ流すのに最も向いているのはTwitterだろう。その場合,Twilogを併用することは必須。溜まったデータの取り回しが楽になる。自分のツイート全体に対して検索をかけるのも,Twilogの方がやりやすい。
2019年1月1日火曜日
2019.01.01 東京散歩 吉原~山谷~玉ノ井~鳩の街
● カプセルホテルに泊まって,4時間しか寝ていない。ので,このまま帰ろうかとチラッと思った。寝不足だし,右膝がけっこう傷んでいるようだし。
が,せっかく上野にいるんだから,かねて予定のとおり,東京下町の悪場所をまとめて歩いておくことにする。
● 地下鉄日比谷線で三ノ輪。上野から歩いてもそんなに変わらないのかもしれないけれども,地図を忘れてきた。頭に入っているのは三ノ輪からの道のりなので。
地図なんかスマホで見れるじゃないかというわけなのだけど,どうもスマホの地図は使いづらいと思っていてね。たぶん,通信速度の問題かもしれない。契約プランを見直した方がいいのかも。
● 右は三ノ輪駅を出たところ。手前が国道4号。左に別れのが国際通り。国際通りを浅草方面にしばらく歩くと鷲神社。その先を左折。
すると,吉原弁財天。祀られているひとつひとつの仏様に膝まづいて手を合わせている
老女がいた。狭いところなので,邪魔にならないように気をつけた。
かつての吉原とゆかりがないわけはないと思うのだが,そうしたゆかりは全く感じさせない。普通の弁財天様。
● すぐ近くに吉原神社。いったん反対方向に歩いてしまったが,すぐに気がついた。
昔は知らず,今は小さな神社だ。これまた,現在の街に溶け込んでいる。吉原の遊女がどうのこうのといった,そういう雰囲気はかけらもない。地元のオバちゃん二人がお客さんの相手をしていた。
吉原をかつての吉原として捉える向きは地元には残っていないようだ。ごく普通の下町という印象。こちらは怖いもの
見たさの心持ちもあるんだけども,地元の人たちはそんなものは歯牙にもかけていない。
● 吉原神社の隣は台東病院。前の道は仲之町通り。郭があったところなのだろう。かすかに何かを感じるというか。
しばらく行くと,吉原大門跡。いや,これを跡と言っていいのか。いいのだろうな。跡とはこうしたものだ。
元日ゆえか,歩いている人はあまりいない。特に仲之町通りはそうだ。今の吉原は石鹸の国の密集地帯であるわけだが,石鹸の国に昼間から用がある人もそうはいないだろう。
● とはいっても,元日の朝から営業している店もあった。ここだけやってる
よ,旦那さん,他は休みだよ,と声をかけてくる。ってか,おまえも休めよ。
写真は石鹸の国のメインストリートではない(と思う)。メインストリートはこんなものじゃなかった記憶がある。休日の午前から客引きが並んでいて驚いたものだ。
● 吉原から,東浅草,清川,橋場を経て,明治通りに。隅田川にかかる白鬚橋に出た。
ぼくが歩いたのはだいぶ南側。ので,山谷のエリアからは外れていた。ごく普通の住宅街を歩いた感じ。
白鬚橋は大きな構造物だった。
明治通りなんだから,この程度の構造物であろうことは想像しておくべきだった。
● 渡った先は墨田区東向島。疲れてしまった。休んでいくことにする。渡りきったと
ころに広場というか空き地がある。ベンチもある。公園のようなものだ。休むのにちょうどいい。
近くにセブンイレブン(墨田東向島3丁目店)があったので,お茶と安い弁当(サバほぐし弁当)を買った。
そのセブンイレブンのスタッフの娘さんが美人でね。小股が切れあがった,という形容の仕方があるのを思いだした。彼女はジーンズだったんだけどね。しかも,この言い方,どういう状態をいうのかもわからないんだけど。
● 明治通りを直進。国道6号(水戸街道)との交差点を左折。東武の東向島駅に。旧駅名は玉ノ井。
新木場からここまで明治通りを歩いたことがあった。そのときはその先に行くことはなかったけども,今日は行ってみる。そのために来たのだ。玉ノ井をふらついてみようと思う。
駅を横目に見て,直進。適当なところで右折。とたんに,ここが玉ノ井だと合点が行った。路地また路地。墨田3丁目が中心かと思われる。
● 往時を偲ばせるものは路地だけと言っていいが,永井荷風はここを舞台にして,「墨東綺譚」を創作したのだ。気が住むまで歩いてみた。案外,簡単に気はすむものだな。
入居者募集の古い木造アパートがある。家賃も高くはないだろう。こういうところに住んでみるのも面白いかもしれないけれど,さすがに永井荷風を気取るわけにはいかない。じきに飽きてしまうだろうね。
ただし,隠れ家というか,隠遁後の住まいにするなら,ありかもしれない。
● 次は“鳩の街”。水戸街道を南進。鳩の街商店街の入口に出る。墨堤通りまで続いている。
ただ,もはや商店街の態をなしていないように思えた。普通の住宅がだいぶ増えている。が,かなり狭い。軽自動車でもすれ違いは難しい。住みづらいかもね。
もっとも,車を前提に考えてしまうのは,ぼくが田舎に住んでいるからか。
● 商店街に寺島保育園がある。滝田ゆう「寺島町奇譚」の舞台は,玉ノ井ではなくて,こちらだったのか。玉ノ井だとばかり思っていたんだが。
いや,旧東京市向島区寺島町というのは,かなり以上に広いエリアのようだ。こちらも玉ノ井も寺島町だった。
寺島という地名は今でも地元の人たちに愛されているように思える。玉ノ井もそうだ。東武も駅名を変える必要はなかったのではないか。実際,東向島駅の正面には,旧駅名玉ノ井も併記している。
● 商店街は昔から商店街であって,“鳩の街”の本体ではない。が,商店街からひとつ路地を曲がれば,なるほどと思う光景が現れる。
といっても,あたりまえだが,当時の遺構(?)はほぼない。今は普通の住宅街。個人の家だから写真を摂るのは憚られる。ので,1枚だけ。
ここが吉行淳之介『原色の街』の舞台。『娼婦の部屋』も同様だろう。『娼婦の部屋』の明子が働いていたのはどのあたりだろうと想像を逞しくできればと思ってもみたんだけども,当然ながら,それが可能になるほどのヨスガはない。
● かつての色街は,吉原のようにともかく現役を続けているところは別として,ある種の侘びしさを醸すもののようだ。ありていに言うと,生活保護率が高そうでもある。
さらに言うと,昔の日本はこうだったと思わせるところがある。懐かしさを感じる。懐かしさを感じさせてしまうのは,現役をやめているからだろう。
したがって,ぼくのような部外者がフラッとやってきてノスタルジーに浸る分にはいいとしても,今をどうするか,これからをどうするかという視点で見れば,様々な問題を抱えているに違いない。
色街に向くような地形のところは,大規模な再開発でもしない限り,地場を変えるのは難しそうだ。取り残されてしまう。
● しかし,厄介なことに,そうしたエリアは稀少性を持つ。稀少性を持つものは,それが何であれ,自ずからなる魅力を放つ。たぶん,都市には必要な魅力かと思う。
更地にして東西南北に広い道路を通してしまえば,その稀少性は消える。
● これで歩こうと思っていたところはすべて歩いた。気がすんだ。ここから東武の曳舟駅は指呼の間。右膝も疼いているし,少し休みたい。電車に乗って座ることが,その休みになる。
その前に駅周辺を歩いてみる。イトーヨーカドーがあって,元日から営業。お客さんもビッシリ入っていた。海鮮三崎港も“天丼てんや”も通常営業。
ぼくらは正月にジッとしていることができなくなっている。いい悪いの問題じゃなけれども,ジッとしていないんだから,サービス業の人は休むわけにはいかない。
が,せっかく上野にいるんだから,かねて予定のとおり,東京下町の悪場所をまとめて歩いておくことにする。
● 地下鉄日比谷線で三ノ輪。上野から歩いてもそんなに変わらないのかもしれないけれども,地図を忘れてきた。頭に入っているのは三ノ輪からの道のりなので。
地図なんかスマホで見れるじゃないかというわけなのだけど,どうもスマホの地図は使いづらいと思っていてね。たぶん,通信速度の問題かもしれない。契約プランを見直した方がいいのかも。
● 右は三ノ輪駅を出たところ。手前が国道4号。左に別れのが国際通り。国際通りを浅草方面にしばらく歩くと鷲神社。その先を左折。
すると,吉原弁財天。祀られているひとつひとつの仏様に膝まづいて手を合わせている
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| 吉原弁財天 |
かつての吉原とゆかりがないわけはないと思うのだが,そうしたゆかりは全く感じさせない。普通の弁財天様。
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| 吉原弁財天 |
昔は知らず,今は小さな神社だ。これまた,現在の街に溶け込んでいる。吉原の遊女がどうのこうのといった,そういう雰囲気はかけらもない。地元のオバちゃん二人がお客さんの相手をしていた。
吉原をかつての吉原として捉える向きは地元には残っていないようだ。ごく普通の下町という印象。こちらは怖いもの
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| 吉原神社 |
● 吉原神社の隣は台東病院。前の道は仲之町通り。郭があったところなのだろう。かすかに何かを感じるというか。
![]() |
| 仲之町通り |
元日ゆえか,歩いている人はあまりいない。特に仲之町通りはそうだ。今の吉原は石鹸の国の密集地帯であるわけだが,石鹸の国に昼間から用がある人もそうはいないだろう。
● とはいっても,元日の朝から営業している店もあった。ここだけやってる
![]() |
| 吉原大門跡 |
写真は石鹸の国のメインストリートではない(と思う)。メインストリートはこんなものじゃなかった記憶がある。休日の午前から客引きが並んでいて驚いたものだ。
![]() |
| 白鬚橋 |
ぼくが歩いたのはだいぶ南側。ので,山谷のエリアからは外れていた。ごく普通の住宅街を歩いた感じ。
白鬚橋は大きな構造物だった。
明治通りなんだから,この程度の構造物であろうことは想像しておくべきだった。
● 渡った先は墨田区東向島。疲れてしまった。休んでいくことにする。渡りきったと
![]() |
| 白鬚橋東 左右に走る道路が墨堤通り |
近くにセブンイレブン(墨田東向島3丁目店)があったので,お茶と安い弁当(サバほぐし弁当)を買った。
そのセブンイレブンのスタッフの娘さんが美人でね。小股が切れあがった,という形容の仕方があるのを思いだした。彼女はジーンズだったんだけどね。しかも,この言い方,どういう状態をいうのかもわからないんだけど。
![]() |
| 東向島駅 |
新木場からここまで明治通りを歩いたことがあった。そのときはその先に行くことはなかったけども,今日は行ってみる。そのために来たのだ。玉ノ井をふらついてみようと思う。
駅を横目に見て,直進。適当なところで右折。とたんに,ここが玉ノ井だと合点が行った。路地また路地。墨田3丁目が中心かと思われる。
● 往時を偲ばせるものは路地だけと言っていいが,永井荷風はここを舞台にして,「墨東綺譚」を創作したのだ。気が住むまで歩いてみた。案外,簡単に気はすむものだな。
入居者募集の古い木造アパートがある。家賃も高くはないだろう。こういうところに住んでみるのも面白いかもしれないけれど,さすがに永井荷風を気取るわけにはいかない。じきに飽きてしまうだろうね。
ただし,隠れ家というか,隠遁後の住まいにするなら,ありかもしれない。
ただ,もはや商店街の態をなしていないように思えた。普通の住宅がだいぶ増えている。が,かなり狭い。軽自動車でもすれ違いは難しい。住みづらいかもね。
もっとも,車を前提に考えてしまうのは,ぼくが田舎に住んでいるからか。
● 商店街に寺島保育園がある。滝田ゆう「寺島町奇譚」の舞台は,玉ノ井ではなくて,こちらだったのか。玉ノ井だとばかり思っていたんだが。
いや,旧東京市向島区寺島町というのは,かなり以上に広いエリアのようだ。こちらも玉ノ井も寺島町だった。
寺島という地名は今でも地元の人たちに愛されているように思える。玉ノ井もそうだ。東武も駅名を変える必要はなかったのではないか。実際,東向島駅の正面には,旧駅名玉ノ井も併記している。
● 商店街は昔から商店街であって,“鳩の街”の本体ではない。が,商店街からひとつ路地を曲がれば,なるほどと思う光景が現れる。
といっても,あたりまえだが,当時の遺構(?)はほぼない。今は普通の住宅街。個人の家だから写真を摂るのは憚られる。ので,1枚だけ。
ここが吉行淳之介『原色の街』の舞台。『娼婦の部屋』も同様だろう。『娼婦の部屋』の明子が働いていたのはどのあたりだろうと想像を逞しくできればと思ってもみたんだけども,当然ながら,それが可能になるほどのヨスガはない。
● かつての色街は,吉原のようにともかく現役を続けているところは別として,ある種の侘びしさを醸すもののようだ。ありていに言うと,生活保護率が高そうでもある。
さらに言うと,昔の日本はこうだったと思わせるところがある。懐かしさを感じる。懐かしさを感じさせてしまうのは,現役をやめているからだろう。
したがって,ぼくのような部外者がフラッとやってきてノスタルジーに浸る分にはいいとしても,今をどうするか,これからをどうするかという視点で見れば,様々な問題を抱えているに違いない。
色街に向くような地形のところは,大規模な再開発でもしない限り,地場を変えるのは難しそうだ。取り残されてしまう。
● しかし,厄介なことに,そうしたエリアは稀少性を持つ。稀少性を持つものは,それが何であれ,自ずからなる魅力を放つ。たぶん,都市には必要な魅力かと思う。
更地にして東西南北に広い道路を通してしまえば,その稀少性は消える。
● これで歩こうと思っていたところはすべて歩いた。気がすんだ。ここから東武の曳舟駅は指呼の間。右膝も疼いているし,少し休みたい。電車に乗って座ることが,その休みになる。
その前に駅周辺を歩いてみる。イトーヨーカドーがあって,元日から営業。お客さんもビッシリ入っていた。海鮮三崎港も“天丼てんや”も通常営業。
ぼくらは正月にジッとしていることができなくなっている。いい悪いの問題じゃなけれども,ジッとしていないんだから,サービス業の人は休むわけにはいかない。
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