2017年7月7日金曜日

2017.07.07 女子高の共学化

● 右は今日(7月7日)の下野新聞のトップ記事。
 宇都宮中央女子高校が共学化される。こういうことがあると,卒業生や在校生は意見を言う。ほとんどの人が変化には反対する。変化後の状況をリアルに想像するのは難しい。それも現状維持を選択したくなる理由のひとつだろう。
 賛成者もいるのかもしれないけれども,そういう人は黙っているだろう。

● ただ,変化を嫌うという一般性傾だけでもないような。かつて,烏山高校と烏山女子高校が統合されたときには,女子校の在校生からは歓迎の声が多かったような記憶がある。
 10年前と今とでは女子高生の好みが変わったんだろうか。あるいは,中央女子高校っていうのは,女子だけの方が居心地がいい何かがあるんだろうか。

● 別学と共学のどちらがいいか。結論は出ないだろう。あるいは,出す必要もないかもしれない。
 ただ,栃木県の伝統校(普通科)は別学が多いという事実がある。かつての郡の中心地には男子校と女子校があった。宇都宮,栃木,足利,佐野,真岡,大田原,烏山。
 それでも少子化は津波となって時代を襲っている。烏山と佐野は共学化された。今度は足利も統合,共学化される。
 しかも,郡の中核だったところが,宇都宮を除けば,地盤沈下を見せている。烏山と大田原は特に空洞化が目立つように思える。かつての枠組みを維持するのは,もはや無理だ。

● そういうことは別にして。ぼくはといえば,どうだっていいじゃないかと思う。自分が卒業した学校の名前が変わろうが,中身が変わろうが,この世から消えてしまおうが,どうでもいい。
 高校の卒業証書はもう手元にはない。とっくの昔に処分した。ゴミ焼却場で灰になったはずだ。高校に限らない。小学校から大学までのすべての卒業証書は処分済み。

● ひとつには必要ないからだ。もうひとつは愛着もないからだ。母校という観念もない。自身のアイデンティティを出身校に置く部分は1ミクロンもない。
 生徒や学生だった頃の自分への懐かしさもない。いわゆる青春時代を懐かしいと思ったことなどない。すべては過ぎ去ったこと。それ以上ではない。

● ただし,ぼくのような者を入学させてくれた大学には感謝している。合格を知ったときにはビックリしたよ。よくぞ合格させてくれたものだ。
 当時,今と同じだけの世間知を持っていれば,大学には行かなかったと思うんだけどね。

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