2014年11月22日土曜日

2014.11.22 世間話ができること

● 大人として一番大切なことは何か。誰とでも世間話ができることではないかと思うことがある。頭の回転が速いとか仕事ができるとか,そんなことじゃなくてね。
 自分ができないからかもしれないんですけどね。っていうか,若い頃はそれで良しとしちゃってましたけどね。アホですな。

● 人間関係の取り結び方は大切だ。それができるかどうかは,少なくとも学校の成績よりは大切だ。ぼくが思っている以上に大切なのかもしれない。
 ただ,基本的な価値観の大枠を共有していないと,世間話に花は咲かない。

● けれども,日本人の場合は,この大枠の外にいる人は極めて稀だろう。
 差がないのは貧富だけじゃない。教養もそうだ。東大を出ていても,驚くほどの教養の持ち主はそんなに多くない(っていうか,ほとんどいないんじゃないか)。中学しか出ていなくても,端倪すべからざる教養の持ち主はけっこういる(いそうな気がする)。
 人生において何を大事だと考えるかっていうあたりになると,ほぼひと色ではあるまいか。
 むしろ,わずかな差違でいがみあうことになることが多いんだろうな。

● でもね,特に男性の場合は,世間話の場も職場に限られそうだ。職場で世間話ができること,職場における人間関係の取り結び方ってことになると,この大枠がかなり狭くなっていることが多いかもしれない。
 ここでは,自分がその大枠の中にいられるかどうか,いられなくてもいるふりをすることができるかどうか,がモノを言いそうだ。

● ぼくはこの点において十全じゃなかったと思いますね。十全じゃないどころか,全然ダメだったかな。

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