● 近くにあったコンビニが移転した。わが家からコンビニが遠くなった。コンビニ難民だ。コンビニがあったT字路の角が暗くなった。
夜は暗いのがあたりまえなんだけど,相方なんぞは,それを非常に気にしている。気にしたところで,仕方がないわけなんだが。
● 家族でお世話になった「元気寿司」も撤退してしまった。お客が入ってなかったわけでもないと思うんだけどね。
最大の理由は,氏家に同じ系列の「魚べい」ができたことかな。基本,100円だもんね。「すしおんど」よりずっと洒落た空間になったしね。そちらに流れるでしょうね。
● 回転寿司の寿司を寿司と言っていいのかという意見もあると思うんだけど,回転寿司には回転寿司の良さもある。
っていうか,回転寿司にしか行けないもんなぁ。
● ともかく。ぼくの地元,最近どうもさえない。
大手企業の工場が閉鎖され,アパートはどんどん空き家と化し,DVDのレンタルショップもなくなり,食べもの屋は撤退する。有名餃子店の支店が残っているのはせめて。
コンビニが遠くなった以外,それで自分が具体的に困ったってことはないんだけどね。DVDなんてもう何年も借りたことはなかったし。が,何とはなしの衰退の兆し。
● チェーン店じゃなくて,地元で個人で営業しているお店を応援しろよってことか。
わが家の近くだと「F」がある。ときどき,お世話になる。酒を飲むんだったら,少し足をのばせば「K」もある。
そこを,“ときどき”から“しばしば”になるよう努力せよ,ってか。
● 田舎人にとっては,チェーン店に都会の匂いを嗅ぐっていうところが,まだ残っているのかもしれないね。値段の安さと敷居の低さを別にしてもね。
都会は遠くにあるものじゃなくなってるんだけどね。
● 頑張っている人はたくさんいる。それでも私はここで生きていく,という覚悟のようなものを感じる。
ぼくは蚊帳の外から眺めているだけなのに,偉そうなことを言っちゃいけない。
● けれども,同時に思う。人間は動物で,文字どおり動ける生きものだ。動けるようにしておきたい。
動くのを妨げる最大要因は不動産の所有だから,不動産(要するに,住宅)は持たないようにしたい。賃貸が吉。今さら遅いけど。
とはいえ,ぼくは今住んでいるこの場所を気に入っている。人生の残りもそんなに長くない。ここで終わりを迎えると思う。
● 宇都宮や東京に出るのに便利な場所だ。便利だから出てしまう。休日であっても,起きている時間の大半はここじゃないところですごしている。
“ここ”にとっての問題は,気に入っている理由の過半が地理的,交通的な“便利”にあること。それでは根付いてもらうことはできない。まぁ,根付いてもらっても仕方がないと,“ここ”は思っているかもしれないけど。
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