● IT企業の企画分野で活躍している人の中には,FBへの投稿を頻繁に行っている人がいる。FBの場合,あまり頻繁だと嫌われるとも言われるのだが,そんなものは意に介さず,利用しまくっているという印象。FBを心覚えのためのメモ帳がわりにしている。
そういう人の場合,内容も多岐にわたる。企画マンってこういうものかという実例のひとつ。
● Twitterのフォロー先も同様に多彩。オピニオンリーダーと目される言論人,報道機関,出版社,アルファブロガーは言うに及ばず,芸能人やお笑いタレント,政治家,同業者などなど。彼(彼女)とは政治的意見や人生観を異にするであろう人たちをもフォローしている。
SNSからカンファタブルを得ようとしているのではなく,情報収集あるいは考えるキッカケを得たいということだろう。その動機が徹底して貫かれている印象。戦略的にSNSを使っているという感じに映る。
パンピーは(もちろん,ぼくもその中のひとり),情報収集っていうと“お勉強”を想定してしまうのではないだろうか。彼らの情報収集は勉強といえば勉強のためだろうけど,いわゆる“お勉強”は考えていない(ように見える)。
● 一方,今,藤原智美さんのエッセイ集『あなたがスマホを見ているとき スマホもあなたを見ている』を読んでいるんだけど,藤原さんはSNSをやめたという。
どちらが賢明なのかはよくわからない。道によって賢しってこともあるだろうしね。
● 自分はSNSを始めてそろそろ2年。面白くて仕方がない時期かもしれない。FBは取りあげられてもいいけれども,Twitterは手放せない感じかな。
いや,それ以前に“スマホを使いこなしている感”に溺れているのかも。以前はスマホのカメラを使うことはあまりなかったんだけど,今は最も使うのがこの機能になっている。Twitterに載せるために写真を撮るからだ。
● 基本的にはこの趨勢に付いていくべきだと思っている。だいぶ遅れてしまったランナーだけど。昔は良かった的な復古主義の罠に落ちないようにしたいと思っている。
● が,SNSが自分の生活全体に占める割合は圧縮しなければいけないとも思っている。ダラダラとやってしまうんだよね。これまたパンピーはだいたいそうだろうと思うんだけど。ダラダラを切り捨てないとね。
ところが,ダラダラさせるのはSNSの本質のようにも思えてね。なかなか難しいね。
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