● ピカレスク・ロマンとは,16~17世紀のスペインを中心に流行した小説の形式だと説明されますね。悪漢小説とも呼ばれる。
以下にご紹介しようと思うのは,厳密にいうとこの形式から逸脱するものかもしれないけれども,そのへんはあまり厳密には考えないことにしよう。
● 日本の風土はピカレスク・ロマンとの相性があまり良くないようだ。そうした小説が何かの文学賞を受けたということはまずない。軽視されがちだ。そもそもそうした小説はそんなに多くないように思う。
しかし,そんなことはどうでもいい。どうせ読むなら面白い小説を読みたいと思うだけだ。
● 私的に日本の3大悪漢小説として推奨したいのがある。次の3つだ。
吉川英治『三国志』
阿佐田哲也『麻雀放浪記』
ゲッツ板谷『ワルボロ』
● まず,吉川英治『三国志』。『三国志』が悪漢小説なのか。そうだと言っておく。
この小説に登場する人物たちは,曹操にしても劉備にしても,元々はどこの馬の骨かわからないわけでね。劉備が漢王朝の末裔だというのは,たぶん劉備自身のでっち上げだろうし。
そういう人物たちが次から次に登場して,天下狙いの陣取りゲームに興じていく。諸葛孔明も一枚かんで,“秋風吹く五丈原”のドラマもある。縦糸の大小のうねり,横糸のめまぐるしいエピソード。
文庫(講談社)で全8巻。スラスラと読めるだろう。
● この分野ではほとんど古典かもしれない。今でも売れているようだ。
遠藤周作にしろ吉行淳之介にしろ,本人が亡くなったあとは文庫も絶版になることが珍しくない。残るのはこういう悪漢小説なのかもしれないね。
● 『麻雀放浪記』は角川文庫で全4巻。だいぶ昔だけど,和田誠さんが監督して映画にしている。主人公の“坊や哲”は真田広之が演じた。事実上の主役といえる“ドサ健”は鹿賀丈史。
映画も面白かったんだけど,全4巻をそっくり映像にするのは不可能だ。
やはり原作を読んでもらいたい。麻雀のルールなんか知らなくても充分に楽しめる。
同じ絵柄の牌を3つ連番で4セット揃えるか,同じ牌を3つ集めて同じく4セット揃えるか,その混合か,この3パターンで上がれるのだと知っておけばいい。それに2枚1組の雀頭を加えて上がりとなるわけだけどね。
あと,コクシムソウだのサンショクだのイッツウだのいろんな役があるんだけど,そんなのは知らなくてOKだ。
血湧き肉躍る。こういう活字の世界があったのかと思うだろう。
● でね。長らくこの2つだけだったんですよ。日本語で読めるピカレスク・ロマンはね(翻訳ものは当然,除く)。
ところが平成になってから,ぼくらはゲッツ板谷を得ることになる。西原理恵子つながりで知っている人が多いかもしれない。エッセイを読んだっていう人もいるかも。
現在のところ『ワルボロ』『メタボロ』『ズタボロ』の3巻が出ている(いずれも幻冬舎で文庫になっている)。このあと最後の『ボロボロ』が出るはずなんだけど,まだ刊行されていない。ごく近い将来に出るんじゃないかと思いますけどね。
● ピカレスクロマンは青春小説的な部分を内包することが多いように思う。この小説はその青春小説的な色彩もたっぷりある。何といっても,主人公が中学3年生から高校を卒業するまでの時期なんだからね(『ボロボロ』は卒業後の話になる)。
登場人物たちは悪で純という,愛すべきキャラクターたちばかりだ。実際にこういうのにそばにいられたら,ヤッテランナイだろうけどさ。
● トルストイもいいしドストエフスキーもいいんだろうけど,退屈じゃない? ああいうの。あそこまでの長編は大人になってからでは読めないから学生時代に読んでおけよ,っていうのはまさしく正解なんだけれども,じつはぼくは読んだことがない。それで残念感もあまりないね。
上にあげた3つも読まなくたって命に別状はないわけだし,他に読むべきものがいっぱいありますよ,と言われるかもしれない。
まったくそのとおり。でも,そこを曲げて読んでみてくれないかな。面白さは保証するよ。保証どおりじゃなかったと言われても,損害賠償には応じられないけどね。
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