したがうだけってのは楽でいい。楽なんだから,したがった結果がどうであろうと,それを相方に帰するのは間違っている。楽しかろうとそうではなかろうと,相方には文句を言うまい。
● アクアシティに行きましてね。お昼はどうしようかと中に入っている店をずっと見ていったんだけど,恵比寿にある「京鼎樓」が入っていたので,そこで食べることにしたんですわ。
ワンタン麺と小籠包のセット。でね,麺も小籠包も恵比寿店とは違うような気がした。外見は同じなんだけどね。「京鼎樓」の小籠包が食べたければ恵比寿に行った方がいいなと思った。
● 同じアクアシティにあるスターバックスに。ここのスタバは広くていい。広いというより,テーブルの配置がゆったりしている。店内からは「自由の女神」も見える。平日の午後とて比較的空いていたのも吉。
相方はここなら3時間はいられると言っていた。実際,長居している人が多いようだ。快適性を高めると回転率が落ちる。これでやっていけるのか,スタバ。
● ノートパソコンを開いて遊んでいる人が7人いた。たぶん,遊んでいるんだろうね。仕事をしているふうには見えなかったんでね。
女1に対して男6。Macが一番多くて3人。あとは,レッツノート,VAIO,ダイナブック,ThinkPadがそれぞれひとりづつ。
スタバではこの店に限らず,Mac比率が高いように思える。スタバでパソコンを使おうなどと考えるヤツはMacを買うんですよ,と職場の同僚が言っていたのを思いだした。彼もMacユーザーなんだけど。
● 人が見ているところで使うことを前提にするとMacが多くなるのはわからんでもない。つまり,Macユーザーの一部はかなりのバカということでよろしいか。
昔はMacはクリエイティブというイメージがあったんだけど,そのイメージに煽られてMacを買ったノン・クリエイティブは,Mac開闢以来いたに違いないんだけどね。っていうか,そちらがメインストリームなのだろうな。
つまり,日本人ではなかった。中国人だろうね。7人のうちの2人は外国人。
って,こんなことを細かく気にしている自分って,どんだけ暇なんだと自分で突っこんでおこう。
● お台場海浜公園を歩く。10年ぶりかそれ以上。子供が小さかった頃は何度かここに連れてきたものだ。ぼくらはこの10年で大きく変わってしまったが,海浜公園は何も変わっていなかった。
人の一生は短いのに対して,自然景観は長くその姿を保つ。ま,この景観は人工的なものだけど。
● 子供が小さかった頃のつながりでいうと,最近,集団で登校していく小学生を見ると,可哀想で涙が出そうになることがある。何が可哀想かといえば,これから何十年も生きなければならないことだ。
この娑婆をこれから何十年も生きていかないといけない。いろんなことがあるに決まっている。大変だろうなぁ,可哀想に,と思うんだよねぇ。
● が,大学生を見ても可哀想だとは思わないので,人生で大変なのは子供から大人になるその移行期だと思っているのか,オレよ。
何十年も生きなきゃいけないといっても,二十歳を過ぎてしまえば最もしんどいところは終わっていて,そこまで辿りつければ,あとは惰性で行ける。正直,ぼくはそのように思っているらしい。
● お台場から新橋に出た。まだ初詣をすませていない。初詣に行く人って,日本人全体でどのくらいの割合なんだろう。
ぼくはことさら初詣というのを意識することはない。相方も同じだ。
神社に詣でるのは年に1回,初詣のときだけだという人も,わりと多いんじゃないかな。
● でも,せっかく新橋にいるんだから,烏森神社に詣でることにした。自分には縁もゆかりもない神社だけれど,去年も初詣はここだったかもしれない。
SL広場からすぐのところ。かつてはこのあたり一帯が烏森神社の境内だったのだろうねぇ。削り削られて,今は窮屈なことになっているけれど,由緒ありげは趣は今でも湛えている。
神様にお願いすることは,この年になってしまえば,ない。去年も1年間生かせていただきましてありがとうございました,ってなもんだ。だから神社はどこでもいいんだ。
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