● 右は今日(1月26日)の読売新聞。右顧左眄しないで,公約実現に向けて大統領令を連発。
強いリーダーへの渇望が,大衆の間にある。民主主義とか政治参画とか言われても,情報もないし難しいことはわからないし,それはリーダーが決めてくれよ,っていう。最も嫌われるのは決められないリーダーだ。
● 日本ではボトムアップで組織の意思は決定されるから,リーダーは御輿に乗ってればいい,と言われたものだ。御輿は自ら右に行けとか左に行けとは言わないものだ,と。
けど,そんなのは完全に過去の遺物になった。リーダーが引っぱるのがあたりまえになって久しい。
● 強いリーダーへの渇望が大衆にあるとすると,21世紀の今もヒトラーが出る可能性はあるんだろうか。あるような気がする。
強いリーダーを望んで,彼にすべてを委ねるというのは,危険が過ぎる。ぼくはトランプ大統領がやろうとしていることは,自ら知識人をもって任じる人たちが言うほどに荒唐無稽ではないと思っているけれど,そうではあっても4年を越える任期を与えるべきではない。
選挙民という大衆が必ず正しい選択をするなどということは考えずらいことではあっても,4年後に選挙があるというのは,絶対に必要な安全弁だ。
● この記事の左下の「不正投票500万」発言は,大人げないにもホドがあるというものだが,これも可愛らしいという印象になったりするから不思議だ。
これだけ大人げない70歳というのは可愛いのかもしれない。運動会の徒競走で2着になった男の子が,本当はぼくが1番だったと騒いでいるようなもので,まぁ可愛い,と。
● 夫人や娘たちがとんでもない美人だっていうのは,彼にとって吉なのか凶なのか。旨いことやりやがって,金にモノ言わせやがって,と思う男は多いだろうけど,これは彼にとっての凶にはならないと思う。
女たちはどうだろう。親近感は持たないような気がするね。
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