● 昨年の秋に新米が出回るようになって,色々食べ比べているんだが,日本の米処は新潟から北海道に移ったのかも,と思っている。
そうは言っても,地元栃木の米も食わずばなるまい。というわけで,栃木のコシヒカリ“いな穂ちゃん”を食べている。栃木の米も旨いですな。
● 米のいいところは,炊きたてならオカズを選ばないことだ。極端な話,塩をふっただけでも旨いのだ。小麦じゃ粉にするしかないだろうが,米は粒のままで旨い。
ちなみに,ぼくは白いご飯しか認めないという狭量なタイプ。麦ご飯などもっての外だし,炊き込みご飯やブラウンライスもダメ。
トロロだって,白いご飯にかけた方が旨い。麦とろというのは訳がわからん。体にいいからだって? バカを言っちゃいかん。旨いと感じるものが体にいいのだ。体にいいからと言い聞かせて不味いものを喰うのは,喰うことを修行にしている。修行は他のことでやったらよかろう。
● これを言うと身も蓋もないけれど,体にいいとされるものだけを食べていても必ず死ぬのだぞ。喰うことを修行にしたところで,死ぬときには死ぬのだ。
楽行しかしなかった人に比べて,いかほどの差があるか。何の根拠もなく言うのだが,おそらく有意差はあるまい。
● さらに言うと,身土不二という考え方を,ぼくはまったく信じない。そういう人たちの中にレタスやキャベツやトマトは食べないという人はいるのか。いないだろう。言行不一致である。
うちの畑でとれたトマトですと言ったってダメだ。トマトは外来種だ。
● 「美味しんぼ」を読みすぎて,ダシといえば自然ダシに限ると思いこみ,40歳を過ぎても「味の素」の旨さを知らないでいるのは,不幸のひとつに数えていいだろう。
無農薬だの有機栽培だのを無条件で良しとするのは,無知もしくは勉強嫌いの証明だと思っている。日本の農薬の使用状況を知ろうともしていないのだろう。
ま,いいんだけど。中国の野菜も入ってきているわけだしね。
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