2017年10月19日木曜日

2017.10.19 宇都宮市立南図書館

● 別に用事はなかったんだけれども,時間調整もかねて雀宮にある南図書館へ。何度か利用させてもらっている。初めてではない。
 図書館というのは,おしなべて言えば,本を借りるところであって,本を読むところではないと思っていた。ぼくの知る限り,唯一の例外と言っていいのが,芳賀町図書館。
 が,南図書館も本を読める図書館だったね。少なくとも平日は。

● 多くの図書館(市町村立の)は増え続ける本を収納するためか,書棚が面積を喰ってしまっていて,館内で本を広げるためのスペースが犠牲に供されていると思うことが多い。
 新しい図書館ほどスペースが広くて,配架がゆったりしている。読書するための椅子やデスクも確保されている。南図書館もそうなんでした。

● ぼくは使ったことがないんだけど,社会人用の学習席がある。衝立で仕切られていて,各々にコンセントがあるらしい。ノートパソコンを持ちこんでいる人が多い。
 携帯用のWi-FiあるいはSIMが使えるパソコンを持ちこめば,ネットにもつながる。ひょっとすると,南図書館がWi-Fiを設置しているかもしれない(スマホで確認すればよかった)。

● とすれば,引退後はここを書斎がわりにできる。日参してもいいと思う。図書館側には迷惑かもしれないけどね。
 6ヶ月の通勤定期なら,ひと月あたり7,000円までかからないと思う。毎日出かけることになるし,家でやるよりずっと作業が進むだろう。本気で検討する価値があるような気がしてきた。

● 宇都宮市の図書館は全部で5つある。そのうちの2つは旧河内町,旧上河内町にあるから,わが家から行きやすいのは3つ。
 その3つがそれぞれ独自というか,中の構造も雰囲気も違うような気がする。南図書館には“南図書館の歌”まであるくらいで,独自のイベントも多い。運営はいずれも市の直轄ではなくて委託らしいのだが,委託先がそれぞれ違うんだろうか。
 このあり方はけっこうなことだと,ぼくは思う。ひと色に染める必要はまったくないので。

2017年10月11日水曜日

2017.10.11 「みやこ家」で海老つけ麺

● 相方がラーメン食べたい,と。その場合,わが家の選択肢は2つしかない。氏家の「みやこ家」か「登竜」。
 「登竜」では,相方は味噌ラーメンしか食べない。ま,時々,チャーハンも食べるんだけど。
 ぼく的には「登竜」で定食を食べたい気分だったんだけど,相方はたぶん「みやこ家」に行きたいのだろうとアタリをつけて,「みやこ家」に向かった。

● その相方は濃厚つけ麺の大盛りを注文すると言う。おまえ,ホントに学習しないヤツだな,喰えるわけねーじゃん,とぼくは言うんだけど,「最近,麺の量が減ってるし」とか「目が食べたがるんだよ」とか言って,結局,大盛りを注文した。
 となれば,ぼくが注文できるのも限られることになる。どうせ残すに決まっているんだから,ぼくがそれを引き受けるとすれば,同種のものがいい。

● というわけで,海老つけ麺にした。麺は同じものが供されるから。海老つけ麺は秋冬の限定メニューであります。
 つけ汁は石臼で煮えたぎった状態で出てくる。熱々ざます。これからの時期にはいいざましょ。
 で,旨かったですよ,と。

● 相方は当然,麺の半分を残した。だからやめとけって言うんだよねぇ。
 残りの全部を食べることはできなかったけれども,おかげでぼくも満腹以上になった。っていうか,なってしまった。

● ここ,6人掛けのテーブルがメイン。それが普通は2人か3人で使われている。少しもったいない気がする。
 一人で食べに来ている男性が多いので,カウンター席を増やせないものかと思うんだけど,今さら改装は難しいだろう。
 これからの飲食店は,回転寿司店のレイアウトが参考になるのではなかろうか。厨房を真ん中に置くわけにはいかないだろうけど。

● ところで。「みやこ家」の真骨頂は麺そのものにある。この麺だけテイクアウトできないものですかねぇ。可能ならば一人前を300円くらいで。もちろん,茹でる前の生麺をね。家で茹でて,好みのツユで食べる。
 いや,ダメかな。麺だけテイクアウトする人はいないかも。その場で,つまり「みやこ家」で食べる方を選ぶでしょうね,ほとんどの人はね。

2017年10月9日月曜日

2017.10.09 富士そば

● 東京に出たときに,ひとりで入れる飲食店は「吉野家」と「富士そば」しかない,ぼくの場合。それ以外の店に入るのは気後れがするというか,億劫というか,かすかな恐怖感を感じるというか。
 連れがいれば,そんなこともないんだけど。

● 7日には品川駅港南口を出てすぐの「富士そば」で遅い昼食を摂った。特盛りそば,500円。これが旨いか不味いかとなると,何とも言えないけれども,「富士そば」に限らず,「いろり庵きらく」とか「丸亀製麺」など,立ち食いそば(うどん)系の店に行く頻度は,かなり減っている。
 理由は単純で,家で食べる方がいいやと思うようになったからだ。セブンイレブンでセブンプレミアムの乾麺とストレート汁を買えば,あとは刻みネギを用意する程度の手間をかけるだけで,こうした店で食べるより旨い蕎麦が喰えると思うようになった。偉大なり,セブンプレミアム。

● が,たまには行くべきだよね。たとえば,こういうところでも女性のお一人様が珍しくなくなっているといった事実を知ることができる(そんなの知る必要があるのかというツッコミはなしで)。若い女性もいればオバサンもいる。年齢を問わず,女性のお一人様が珍しくない。昔とは様変わり。
 彼女たちはけっこう長居をする。なぜというに,スマホをいじっているからだ。食べないでスマホに集中している人もいる。
 ということは,食事に来たのではなくて,スマホをいじるための環境を数百円で買っているのだろうね。
 あと,彼女たちの中には女子旅中のアジア系外国人も混じっていそうな気がする。

● 今日は池袋西口店の「富士そば」。ここはもう何度も来ている。やはり500円で特盛りそばを注文したんだけど,こちらにはそばのほかにかき揚げが付いてきた。
 メニューはどの店もあらかた同じだと思うんだけど,まったく同じではないようだ。各店舗に裁量権を認めているんですかね。

2017.10.09 シェラトン都ホテルに投宿 2

● シェラトン都ホテル内の「四川」で朝食。これも「エグゼクティブフロア」に宿泊することの恩恵のひとつ。

● 和洋ブッフェの朝食。中華レストランだと思うんだけど,朝食に中華料理はない。焼きビーフンとかあればなぁと思わないでもないんだけど。
 和食を選ぶことが多くなった。歳のせいだとは思いたくない。

● が,カレーも食べた。炭水化物王と呼んでくれたまえ。このカレー,業務用のレトルトをベースにしているかもしれない。だとすれば,レトルトカレーの進化には驚嘆せざるを得ない。
 子供用のひよこ豆のカレーもある。たぶん,こっちの方が旨そうな気がする。食べなかった方が旨そうに見えるものでね。

● さらに,デザート代わりのカットフルーツ(トマトも)とコーヒー。贅沢な朝食だ。毎日,こんなことをしたら病気になるな。
 たまにでいい。いつもは,炊きたてご飯に納豆がいいね。

● ホテルの庭園をゆっくりと見て歩く。すでに何度も歩いているから,どこもかしこも既視感に充ちている。自分の庭のような気がする。
 気がするのであれば,それは即ち自分の庭なのである。

● 何を言いたいのかというとね,別荘なんか持ってはいかんよ,ってこと。軽井沢に別荘を持つってことは,ひと夏を軽井沢で過ごさなければいけないってことなんですよ。
 しかも,料理,掃除,洗濯などの家事はそのまま付いてくるんだよ。奥さんにとっては,別荘なんてぜんぜん嬉しくないんだよ。

● しかもだ,今年はハワイで過ごしたいなとか北海道に行きたいなと思っても,軽井沢に縛られちゃうんだよ。
 別荘に行かないわけにはいかないんだよ。行かなければ荒れちゃうからね。そうなれば,近隣の別荘所有者に多大な迷惑をかけることになる。

● ホテルがいいよ。ホテルなら掃除はやってくれるんだし,食事は上げ膳据え膳なんだからね。奥さんは助かるよ。
 しかも,トータルコストは別荘を所有するよりずっと安くすむんじゃないか。
 ギリギリ譲ってもウィークリーマンションだね。ウィークリーマンションを借りる方が,別荘を所有するよりはずっといいでしょ。

● というのもね,今でも富裕の証しは別荘を持つことだと言う人に,ときたま遭遇するからなんですよ。それって,日本全体が貧しかった大昔の話だよねぇ。
 もし,あなたが男性なら,いくらお金があっても,持ってはいけないものが別荘のほかに2つある。愛人(いわゆるお妾さん)と秘書だ。理由は説明する必要ないよね。地獄だと思うよ,そんなものを持ってしまったら。

● ラウンジで軽い昼食。というか,アフタヌーン・ティーだね。
 8月の連泊が効いて,ぼくらはダイヤモンド会員というのになったらしい。14時まで部屋を使えるんだそうだ。
 相方はその14時まで,部屋の快適さを満喫したいと言う。その快適さのメインは浴室。和式バス。要するに洗い場がある。座って身体を洗うことができる。シャワーブースよりよほど快適だ。この快適さは外人サンもすぐに憶えるのではないか。

2017年10月8日日曜日

2017.10.08 シェラトン都ホテルに投宿

● 相方とシェラトン都ホテルに宿泊。今回は1泊。1217号室。

● 東京に出るときの定宿になった。その理由はいくつかある。一番目はコストパフォーマンスがいいという,ある意味,情けない理由による。今回の宿泊費は二人で29,000円だ。
 それ以外にランダムに理由をあげてみる。まず,大きすぎないのがいい。最上階が12階だ。ひと頃(今でもそうかもしれないのだが)高層階からの眺望をウリにするのが流行ったことがあった。夜景ブームなんてのもあった。
 そういう流れには乗れなかったホテルだと思う。が,その代わりにホテルとしては小体であって,施設の全体を把握するのにあまり苦労しなくてすむ。ひとりの宿泊客が全体を利用するなんてことはあり得ないわけだけれども,全体が頭に入っていると,自身の動線がスムーズになるし,安心感も持てる。

● ロビーが気持ちいい。ここに泊まったときはほとんど部屋にいることがない。意味もなくロビーをウロウロしている。ハード的には何てことのないロビーなんだけど,どういうわけだか気持ちがいい。
 ソファが多い。チェックイン,アウトがたて込む時間帯は別だけれども,だいたいゆっくり座れる。

● シェラトンではお馴染みのインターネットスペース(リンク@シェラトン)。ここも利用者はあまりいなくて,使いたいときにはだいたい使うことができる。今どき,ネットはスマホを使う人が大半だろうから,需要自体が落ちているんでしょうね。
 Dellのデスクトップが3台置かれているんだけど,少し旧型。それはいいとして,キーボードがだいぶガタが来ている。可能ならばキーボードは交換してほしい,かな。

● 次はラウンジ(ホテル側の名称は「シェラトンクラブラウンジ」)。3ルームで構成されている。充分なスペース。ゆえにゆったりできる。静かなのもいい。
 ラウンジを使うためには,11~12階の「エグゼクティブフロア」に宿泊する必要がある。それ以外のフロアに比べれば,いくぶん高くなるはずだけれども,確実に元は取れる(という発想が貧乏臭いわけだが)。クレジットカードで宿泊費を事前に払い込むプランもあって,それを利用すると安く泊まれる。予定をきちっと固めて,事前決済を利用するのがよろしいかと。

● このラウンジ,現状では何も問題はない。営業時間も長く,どの時間帯でもコーヒーが飲める。夜は酒も飲めるし,夕食を摂ることもできる。昼はアフタヌーン・ティーとしゃれ込むことも。もちろん,朝食も付く。
 品質は間違いなくホテルクオリティーを維持している。中には原価を落としてラウンジ用の食事を出すホテルもあるけれど,今のところ,シェラトン都ではそのようなことはない。

● 外人サンに多いんだけど,ここにパソコンを持ちこんで,長時間カチャカチャやっている人もいる。そんなものは部屋でやれよと思わないでもないんだけど,そうしたい気持ちはよくわかる。
 広いから開放感があるし,静かさに加えて,適度なざわめきがある。何より人の目がある。自分がいる場所をステージに見立てることができる。観客がいるわけだ。

● ただし,子連れが増える気配あり。子連れに席捲された暁には,逃げる一手。次を探さないと。
 ただ,まぁ,それはあるとしても,ずいぶん先の話になるだろう。

● 「エグゼクティブフロア」に宿泊すると,さらに「都ヘルスクラブ」も利用できる。プールとジムとサウナ。これもだいたい空いている。
 プールとジムは外人サンの利用が多い。多いといっても,ぼくが見かけた限りではチラホラであって,誰もいないこともある。

● ぼくはサウナしか利用したことがない。今日もまずはサウナに行って,身体の大掃除をした。
 サウナでしばしば一緒になるのは,ゴルフ帰りとおぼしき男性のグループだ。今日もいた。ずっとゴルフの話をしている。宿泊者ではないと思う。おそらく,「都ヘルスクラブ」と提携しているゴルフ場があるのだろう。
 ぼくはゴルフはまったくやらない。テレビのゴルフ中継も見たことがない。『仕事がデキる人はなぜ,ゴルフがうまいのか?』という本があったっけ。そういうものか。
 が,彼らの話を聞いていると,長谷川慶太郎さんの『麻雀・カラオケ・ゴルフは,おやめなさい』に真実味を感じてしまう。

● 以上,総じてこのホテルは混んでいないところがいい。客室稼働率が低いのではなくて,収容可能人員に比して,パブリックスペースを広く取ってあるからではないかと思う。

● 夜はラウンジでハイボールを飲んだ。3杯にとどめておいたんだけど,ちょっと濃すぎたか。けっこう,深く酔った。
 でも,ホテルで飲むのは家飲みと同じ。電車に乗って帰る必要がない。部屋に戻って寝てしまえばいい。この気楽さは何にも勝る。

● 田舎生まれの田舎育ちにとっては,休息というのか気分転換というのか,それをするには都市が適する。もっと言うと東京が最適。近くに東京があることのありがたさ。
 半日,都内をブラついて,こうしたホテルに宿泊して,酒を飲んで,寝る。これに勝る贅沢がそうそうあるとは思えない。
 東京に住んでいる人には味わえない贅沢のはずだ。田舎人で良かったと思うことのひとつである。つまり,東京を遊びの場にできるということが。

2017.10.08 都会の大学

● 7日には蒲田に行く用事があった。蒲田駅西口に東京工科大学(デザイン学部と医療保健学部)がある。閑散としてた。何か外部のイベントが入っていたようだけど。
 学生がたむろできるような広場がない。都会の新興大学にはありがちなことだ。そんなものは要らないのかもしれないんだけど。

● この場所にグラウンドや中庭や広場的な何もない空間を確保するのは,かなりの贅沢というか,ほぼ不可能だろう。
 あるいは,建物の中に,広場的な空間があるんだろうか。

● 駅からここまでは,カオスに満ちた飲食店街がある。蒲田だもんね。学生はここを歩いて大学に通っているんだろうか。毎日のこととなれば,あたりまえの光景になるんでしょうね。
 えぇっと思うのは,田舎者の反応なのだろう。閑静な場所に広い敷地を確保して,低層(せいぜい4階建て)の建物がまばらにあって,緑が多く,そこを学生たちが歓談しながら歩いている。あるいは芝生に腰をおろしてくつろいでいる,という大学のイメージ。時代がかっていますかね。

● 8日には新宿駅からオペラシティまで甲州街道を歩いた。その途中に文化学園がある。甲州街道沿いにあって,これまたビルだけで空き地がない。これでキャンパスといえるのか。
 いえるんだよね。新宿の街がキャンパスなんでしょう。大学の敷地内に学生を囲い込んでおく必要なんてない。大学が地域に貢献するには,学生を地域に開放すること。

● 「栄華の巷 低く見て」という,選民思想というか超然主義的な発想は,大学生が文字通りのエリートだった大昔の話だ。であっても,この発想は鼻持ちならない。
 大学生など大衆の一人にすぎなくなった今では,「栄華の巷」に大学も浮かんでいるという構図に不自然さは感じない。というか,「栄華の巷」以外に常人が生きる場所などない。

● であっても,大学のある場として,新宿はかなり強烈だ。文化学園と新宿の街の間に緩衝帯は何もない。ここでも田舎者はうぅんと思ってしまう。
 しかし,今を生きる若者たちには,そんな緩衝帯など必要ないんだろうな。むしろ,緩衝帯など邪魔なんだろう。

● 知というものは,研究室に籠もる人からじゃなくて,「栄華の巷」と教室の間をシームレスに往来する人たちから生まれてくるのかもしれないなぁ,と思ったことだった。

2017年10月7日土曜日

2017.10.07 銀座,並木通りを歩く

● 並木通りを歩いてみた。東京にはたくさんの街がある。浅草,新宿,上野,池袋,渋谷,御茶ノ水などなど。
 その中で,歩いてみたいと思うのは銀座。実際,訪れた回数が最も多いのは銀座だと思う。歩くだけでお金は使わないんだけど。

● ひとつには,上野東京ラインができたのが大きい。かつて上野駅が担っていたターミナル機能が新橋に移った。少なくともぼくの場合はそうなんだけど,ぼくがそうなんだから多くの人にとっても同じだと思う。
 つまり,銀座が乗換えなしで行けるところになった。これ,大きい。

● が,それだけであるはずがない。銀座は歩いていて気分がいい。新宿だと人が多すぎて歩くのに田舎で車を運転するくらいの注意力を必要とする。すなわち,疲れてしまう。
 渋谷や池袋もこれに近い。駅の周辺だけかもしれないんだけど,何とも人圧に気圧される。

● 街の風格というものもあるのだろう。だろうというのは,ぼくにはハッキリとは感知できないからなんだけど,銀座には一流品が集まっている印象があるし,それを求めに来る人たちはやっぱりセレブな人たちなのだろう。
 そこにぼくのような地方からのお上りさんが(最近では外国からのお上りさんも)大量に合流しているので,ハッキリとは感知できないってことになる。つまり,感知できなくなる原因を自分が作っているという構図でありますね。

● 出勤途中と覚しき着物姿のお姐さんが,スマホをいじりながら歩いていた。お得意さんにメールを打っているんだろうか。
 まだ本格稼働前の時間帯だった。だいぶ早いご出勤ではある。店ではなくて,同伴出勤の待ち合わせ場所に赴くところだったのかもしれない。

● でも,銀座に似合うのは,そうしたお姐さんではなくて,20代後半から30代前半の(水商売ではない)女性がひとりで足早に歩いている図でしょう。
 ちょっと顔を上にあげて,ツンとした感じですれ違っていく。とても頼もしい。いろいろあって大変だろうけど頑張れよ,と背後から声をかけたくなる。銀座の華はそんな彼女たちだ。

● もっとも,そうした女性が似合う街は銀座に限らない。地方ではあまり見かけないというだけで,もしいれば宇都宮でも華たり得るのは間違いない。
 で,こういうものは地方にも浸潤していくだろうから,いずれは宇都宮にもこの種の女性たちが現れるだろう。

● 中央通りは,相変わらず外人サンでごった返している。依然としてカオス状態。
 ただ,以前に比べると外人サンが静かになったように思える。つまり,声高な中国語が聞こえてこなくなっている。中国人が減ったのか,静かに話す中国人が増えたのか,そのあたりは定かではない。

2017年10月5日木曜日

2017.10.05 宇都宮市立東図書館にある一対のオブジェ

● う~む。何だか,ちょっと,これ。
 ひょっとして,“国生みの神話”をモチーフにしたものだろうか。あるいは,人類の繁栄を願ったものなのか。

● つまり,男性器と女性器をデフォルメしたものと,ぼくは受け取ったわけなんだけど,それにしてはデキがいいのかそうでもないのか。
 ぼくは,後者の見方に傾いているんだけど。

● いやいや,男性器や女性器なんかじゃなくて,まるで別のものなんだよ,ってことか。いったんそう見てしまうと,別のものに見立てるのはかなり難しいのだが。
 見立て自体がダメなんだよ,そういうものじゃないんだよ,ってことですか。

2017年9月29日金曜日

2017.09.29 公共施設にあるアートにはろくなものがないという風説について

● 上は真岡市立図書館の前にある彫像。下は真岡市民会館前にあるもの(「慈愛」というタイトルが付いている)。
 公共セクターにあるアートにはどういうわけかろくなものがないという風評(?)があるが,いかがであるか。

● これ,両方とも作者は同じっぽい。あるいは,名のある作家の作品なのかもしれない。
 けれども,遺憾ながら,風評に1票を投じたい。

● 基本設計の段階で考え抜いていないように思える。途中で,ま,こんなものでいいか,と妥協してしまった。
 結果,造形物に緊張感が漲っていない。ぼんやりとそこにある,という印象になる。

● 発注者が示した工期や予算が,考え抜くことを許さなかったのかもしれない。公共セクターにロクなものがないのは,ひょっとしたらそういうことなのかもしれない。

2017年9月27日水曜日

2017.09.27 衰退の兆し

● 近くにあったコンビニが移転した。わが家からコンビニが遠くなった。コンビニ難民だ。コンビニがあったT字路の角が暗くなった。
 夜は暗いのがあたりまえなんだけど,相方なんぞは,それを非常に気にしている。気にしたところで,仕方がないわけなんだが。

● 家族でお世話になった「元気寿司」も撤退してしまった。お客が入ってなかったわけでもないと思うんだけどね。
 最大の理由は,氏家に同じ系列の「魚べい」ができたことかな。基本,100円だもんね。「すしおんど」よりずっと洒落た空間になったしね。そちらに流れるでしょうね。

● 回転寿司の寿司を寿司と言っていいのかという意見もあると思うんだけど,回転寿司には回転寿司の良さもある。
 っていうか,回転寿司にしか行けないもんなぁ。

● ともかく。ぼくの地元,最近どうもさえない。
 大手企業の工場が閉鎖され,アパートはどんどん空き家と化し,DVDのレンタルショップもなくなり,食べもの屋は撤退する。有名餃子店の支店が残っているのはせめて。
 コンビニが遠くなった以外,それで自分が具体的に困ったってことはないんだけどね。DVDなんてもう何年も借りたことはなかったし。が,何とはなしの衰退の兆し。

● チェーン店じゃなくて,地元で個人で営業しているお店を応援しろよってことか。
 わが家の近くだと「F」がある。ときどき,お世話になる。酒を飲むんだったら,少し足をのばせば「K」もある。
 そこを,“ときどき”から“しばしば”になるよう努力せよ,ってか。

● 田舎人にとっては,チェーン店に都会の匂いを嗅ぐっていうところが,まだ残っているのかもしれないね。値段の安さと敷居の低さを別にしてもね。
 都会は遠くにあるものじゃなくなってるんだけどね。

● 頑張っている人はたくさんいる。それでも私はここで生きていく,という覚悟のようなものを感じる。
 ぼくは蚊帳の外から眺めているだけなのに,偉そうなことを言っちゃいけない。

● けれども,同時に思う。人間は動物で,文字どおり動ける生きものだ。動けるようにしておきたい。
 動くのを妨げる最大要因は不動産の所有だから,不動産(要するに,住宅)は持たないようにしたい。賃貸が吉。今さら遅いけど。
 とはいえ,ぼくは今住んでいるこの場所を気に入っている。人生の残りもそんなに長くない。ここで終わりを迎えると思う。

● 宇都宮や東京に出るのに便利な場所だ。便利だから出てしまう。休日であっても,起きている時間の大半はここじゃないところですごしている。
 “ここ”にとっての問題は,気に入っている理由の過半が地理的,交通的な“便利”にあること。それでは根付いてもらうことはできない。まぁ,根付いてもらっても仕方がないと,“ここ”は思っているかもしれないけど。

2017年9月23日土曜日

2019.09.23 「みやこ家」で特盛りを注文したんですけど

● 昔は「みやこ家」の特盛り(大盛りの上)を平らげることができていた。ところが,ここ数年,特盛りを注文したことはない。
 健啖家(と言うと気取りすぎ。たんに大食い)を自認しているけれども,いくら何でもさすがに無理っぽくなっている。大盛りでも食べ過ぎたかと思うことがあるようになっているので。

● ところが,どういう風の吹き回しか,今夜はその特盛りを注文してみた。ひとつには,以前に比べると,全体的に麺の盛りが減ったように思うんでね。ひょっとすると,行けるんじゃないか,特盛り,と思ったわけなんでした。
 結果,完食はできなかった。満腹以上に食べてしまったわけなんだけど。寄る年波には勝てないということですかねぇ。少し寂しい。

● 相方は海老つけ麺の並み盛り。これから春先までの限定メニュー。海老の香りがかなりすごい。桜エビも使っている。次回はこれにしようと思った。

2017年9月22日金曜日

2017.09.22 勤務態度良好なのに懲戒処分

● 右は9月22日の読売新聞。
 彼,真面目な男なんでしょ。高校を卒業してすぐに消防で働きだして,慰謝料や養育費をきちんと払っていたようだし。
 勤務態度が良好なら他は問わない,というところまで社会の熟度が上がってくれれば。

● だいたい,副業禁止なんておかしいだろ。何で雇用者側がそこまで規制できるのかさっぱりわからない。勤務時間以外に何をするかまで差配できるっていうのは,どんな根拠に依るのだ?
 副業をやっていて,勤務態度に問題が見られたら,そこを理由に何らかの処分をするというならわかるんだけど,予め副業を禁止できるっていう神的地位を雇用者に与えるっていうのがね。
 いったん就職すると,就職先に1日24時間すべて,全人格的に支配されることになるのか,と言いたくなる。

● 支配する側だって,そんなの支配しきれないだろ。取りこぼしがあるに決まっている。勤務態度自体を把握するのだって容易じゃないだろ。っていうか,把握なんかできてないだろ。上司は上司で,自分のことだけで手一杯だろうし。
 勤務外のことなんて,実際には手の出しようがないじゃないか。だから,必ず後出しジャンケンになる。上司は訓告などという,形式だけを整えた決着になる。バカバカしいじゃないか。

● 彼,惜しむらくは結婚が早すぎたか。おそらく「授かり婚」だったのではないか。ヤリたくて目がくらむという罠に落ちてはいかんのだがな。
 しかし,このあたりは制御できるかどうか微妙なところだ。誰もが危うい道を歩いていて,髪の毛一本の差で,将来の明暗が分かれるというのが実際のところかも。

● が,これで暗と決まったわけでもない。居直ってAVで稼ぐという手もある。
 考えようによっちゃ美味しい仕事だ。ヤリたい度合いが強すぎてAV男優になったって人もいるようだしね。ある意味,男の鑑だね。

● 人生がどう展開していくかなんてわからない。人智を超えている。人智を超えたものをあまり考えても仕方がない。
 どうにかなるのが人生だと気楽に思えるのも,立派な才能のひとつだと思う。

2017.09.22 栃木産コシヒカリ+納豆=無敵艦隊

● 先日,栃木産コシヒカリ「穂の香」の新米を買った。いや旨いこと。おかげで,麺の消費が大きく減少した。ごはんを炊いてせっせと食べている。
 米が旨いんだから,おかずは主張が少ないものがいい。その代表は納豆ですかね。いや,漬け物とかワサビ漬けでもいいんですけどね。

● いや,待て。納豆は主張が強い食品の代表か。嫌いな人がたくさんいるというのは,つまりそういうことかもね。
 納豆といえば,スーパーに行くとだいたい3つの勢力圏がある。おかめ納豆のタカノフーズ。“金の粒”のミツカン。そして栃木の雄,あづま食品だ。代表作は“朝めし太郎”。

● 当然,あづま食品を選ぶ。地産地消だ。ってわけにはいかないね。大豆は輸入品を使っているはずだものね。
 それより何より,地産地消って,もし本気でそれをやったら,その産物を衰退させる。“地外”で食べてもらって,初めて生き残ることができるわけで。

● 栃木にはもうひとつ,こいしや食品がある。平家納豆なる高級品をだしておりますな。
 清水の舞台から飛び降りるつもりで,ごくたまに買ってみることがある。だが。悲しいかな,ぼくの舌ではその良さを感知できない。
 というわけで,たいていはあづま食品の一番安い“美味”っていうやつを買っておりますよ。あ,セブンイレブンで売っているセブンプレミアムの納豆も,あづま食品謹製でありますぞ。

● でも,まぁ,米が良ければ,納豆の違いは米に吸収される感じだね。つまり,どの納豆を使っても,あぁ旨い,になるというね。
 というわけなんですよ。米ってつくづく旨いなぁと思いましたよ。

2017年9月17日日曜日

2017.09.17 ザ・ビッグエクストラさくら店で思ったこと

● 氏家のザ・ビッグエクストラさくら店。15日に行った。ら。ガリガリ君リッチのグリーンスムージーが大量にあった。1本37円。安ッ。26本ほど買って帰った。1週間はもつだろう。

● 今日また行っちまった。ジャパンミートで100円だった丸美屋のお茶漬け海苔が77円だったんで,2つ買った。
 全部が全部,安いわけではないんだけど,安いものはめっぽう安い。で,ついついいろんなモノを買ってしまう。

● それでどうなるかというと。
 雑貨品については,たくさんあるんだからと扱いがゾンザイになり,食品については,食べなくてもすむものまで買うから,いやでもそれを食べることになり,その結果,太ることになり・・・・・・。
 トータルでどうなんだろうか。ぼくと相方は愚かな消費者の典型なのでは?

● スナック菓子やチョコレートなんかもね,安いといって買うんですよね,相方が。そういうもの,ぼくはあまり食べないんで,おそらく相方が食べている。
 でもって,食べないのに太るのよね,歳のせいね,なんぞとのたまう。いやいや,喰ってるよ,おまえ,と思うんだけど。

● 行ったのがだいぶ遅い時間帯だったので,惣菜や弁当の類も半額になっていたんですよ。そういうとき,ついつい買っちゃうんですよね。
 カツ丼弁当とか松茸ごはん(もちろん,松茸が入っているわけじゃない)が160円だったりするんで,ついクラクラッとしてしまう。160円でカツ丼が喰えるのかと思うと,正気が飛んじゃう。明日の朝食にしよう,レンジでチンして食べればいいや,となるわけなんですよ。

● でも,一回の食事をそういうものですませてしまえるっていうのは,食べることをないがしろにしているというか,食べられれば何でもいいや的な野蛮人というか,何だか救いがないような気がするんだよねぇ。
 これは自分のことなんですけどね。

● というわけで,安いっていいことばかりじゃないよねぇ。少なくとも,安売店は資源浪費の片棒を担いでいるかもよ。
 いや,いったん作ってしまったものは,売れなければまとめて処分されてゴミになるんだろうから,片棒を担いでいるってことはないか。

● 結局,個々人のライフスタイルの問題なんでしょう。安さにクラッとくるというのは,しょせん,それだけの人間なんでしょうなぁ。

2017.09.17 スマホは必要か?

● というわけで,以後は,格安SIM(楽天モバイル)の格安スマホ(ASUSのZenFone3Max)だけになる。通話もIP電話だ。その代わり,コストは月額645円になる。
 もともと通話なんかほとんどしなかったので,通話機能なんてなくてもいいんだけど。通話の相手はほとんど相方に限られる。LINEの電話で足りる,実際はね。

● ただ,まだ一応,社会人だから。ケータイ番号を持たないわけにもいくまいよ。
 が,その程度の動機なので,050のIP電話で充分かなと思っている。

● 問題はスマホは必要かってこと。今さら何言ってるんだよ,って?
 端末本体に入っている機能でいうと,音楽は専用機で聴くようになったので,スマホの音楽再生機能は要らない。テレビもまったく見ないので,ワンセグなんてさらさら必要ない。
 使うのはカメラくらい。でも,それならコンパクトデジカメを持ち歩けばいいかな,と。

● データ通信絡みの機能でいうと,もっとも多用するのはSNSのチェック。でも,これってやらなければやならいですむし,もっというと,やらない方がいいのかもしれない。
 帰宅後にパソコンでまとめて受信し,まとめて発信すればいいんだから。リアルタイム性云々と言われるけれど,TwitterやFacebookに流れてくる情報って,リアルタイム性がどうのこうのという以前に,大半はゴミだもんね。
 急いで付け加えれば,ぼくが発信するものもゴミを増やす結果になっていると思いますけどね。

● で,そうするとスマホってなくてもいいもののような気がするんですよね。
 たとえば,知らない街に行ったときにGoogleMapが便利だとか,コンビニの場所を表示してくれるから助かるとか言ったって,ぼく,知らない街になんか行かないもん。

● 一番困るのは,SNSにある情報はゴミだと知っていながら,スマホがあるとついついそのゴミに付き合ってしまうってこと。電車の中とか,ちょっとした待ち時間や休憩時間に見てしまうんですよね。
 要するに,スマホを携帯していると,実質的な可処分時間が減ってしまう。

● ゆえに,ぼくがスマホを持つ理由はたったひとつしかない。通話用のガラケーを持つより,コストが安いから。
 docomoのガラケーを持って,通話以外のサービスをすべて排除しても(通話とショートメールだけにしても),月額645円にはならない。

● さて,以上はしかし,タメにする議論でありましょうなぁ。スマホってやっぱりたいした器械ですよ。
 掌サイズのパソコンと言われることがあるけれど,掌サイズになることによって,スマホでできることはパソコンよりずっと多くなった。
 できればすべてをスマホに集約して,パソコンを処分できたらいいのにと思いますもん。入力の問題と周辺機器の接続さえ解決できれば,可能なんだが。

● ゴミとの付き合い方も,それはスマホのせいではなく,ユーザーの自己コントロールの問題ですもんね。

2017.09.17 docomoと完全に縁切り

● 氏家のdocomoショップ。通話専用で使っていたガラケーの解約。以前から使わなくなっていたんだけど,やっと解約金がかからない時期になったので。
 これで,ぼく一個は完全にdocomoと縁が切れた。長々お世話になりました,docomo様。

● 全国のいたるところにショップを置き,スタッフを配置して,何をやっていらっしゃるのですか,docomo様。
 端末の販売は量販店をはじめ,市中のケータイ屋がやっているでしょうから,回線契約の業務と,端末の修理,使い方に関するお客の質問に答えるといったあたりでしょうか。

● 反発を受けるのを承知で申しあげれば,情報機器に弱い人,何かあるとお手あげの人,自分で何とかしようともしない人,そういう人のためにdocomoショップはある。
 そうしたいわゆる情弱にとっては,docomoショップは駆け込み寺になるだろう。

● それに対応するにはコストがかかる。情弱じゃない人もそのためのコストを負担させられる。料金は同一なんだから。
 それをバカバカしいと思う人がかなりいて,そういう人がMVNOに移っているってことじゃないかと思う。

● しかも,情弱の多くは高齢者。若者が高齢ユーザーのコストを負担しているという図式ではないか。
 それでなくても,年金や医療をはじめ,高齢者は何かと優遇されている。若い人たちは,その割を食っている。
 なのに,ここでも高齢者の尻ぬぐいを何でオレたちがしなくちゃなんないんだよ,と若い人たちが考えるのは当然で,その彼らが大手キャリアに背を向けだしているのではないか。

● まぁ,“高齢者-若者”という切り取り方は一面的に過ぎると思うけれども,顧客をセグメントしない大手キャリアのやり方は,情弱ではない人たちに対しては,一方で高コストを強いることになり,他方では過剰サービス(つまり,それはサービスではない)となる。

2017年9月16日土曜日

2017.09.16 芳賀町図書館

● 今日は芳賀町民会館に出かける用事があった。時間があったので,その前に芳賀町図書館を覗いてみた。
 「知恵の輪館」というらしい。外見は立派な建物だ。人口が1万5千人の町にしては,ありえないほどの立派さだ。芳賀町は県内でも有数の富裕な町だ。HONDAのお陰でしょうね。

● 内部も立派だ。天井が高く,全体的にゆったりしている。圧迫感というものが微塵もない。トイレや会議室などの附帯施設もきれいで使いやすい(ようだ)。
 開架図書はさほどに多くはない。が,書架が低いのと書架と書架の間にたっぷり空間があるので,優雅な気分で本を探すことができる。

● 町や市によっては,ここがギュウギュウになっているところがある。踏み台に乗らないと届かないくらいに書架が高かったりする。狭い空間にできるだけ多くの本を詰めこもうとしている。
 図書館はそれでいいのかもしれないけどね。

● 図書館って本を借りるところではあっても,本を読むところではないと思っていた。本を読むには適さない場所だ,と。なぜって,うるさいから。
 が,ここはゆったりとしているうえに静かだ。しかも,本を読むための椅子やソファがたくさんある。これまた空間を贅沢に使った配置になっている。

● しかも,土曜の午後だというのに静かなのだ。まぁ,これはたまたま今日,地元の小学校の運動会があったためかもしれない。普段より利用者が少なかった可能性はある。
 ともあれ,ここなら本が読める。珍しい図書館だ。

● それもこれもHONDAのお陰。そのお陰をぼくも被りたくなって,利用者カードを作ってもらった。栃木県央6市4町による広域利用制度というのがあるらしく,芳賀町に住んでいなくても利用者カードが作れるのだ。
 できれば,6市4町のどれかのカードを持っていれば,そのカードでどの図書館も利用できるようにしてくれるとありがたいんだけど,そこまでは行っていないらしい。

● これならすべての棚をじっくりと見て回る気になる。書店で本を買うときもそうだし,図書館で本を探すときもそうなんだけど,自分に馴染みのある分野のところしか見ない。それでだいぶ損をしているかもしれないと思うことがある。
 自分の好みはいったん置いて,すべての分野を眺めてみると,新たな発見があるのではないか。が,わかっていてもなかなかできない。それをこの図書館でやってみようかなと思う。

● 芳賀町図書館ならわが家から自転車で行ける距離(10数㎞)。そんなにしばしば利用させてもらうことはないと思うけど,年に何回かはお世話になるんじゃないかな。

2017年9月15日金曜日

2017.09.15 アメリカは北朝鮮を叩く-素人予想

● ぼくの素人予想。北朝鮮がさらに核開発を進めれば(今朝のミサイルは空砲だが),アメリカは北朝鮮を叩く。核ミサイルを発射されては事だから,一気にやる。同盟国である韓国の首都が火の海になるとしても,やる。
 自国の安全が具体的に脅かされる事態を避けることを優先する。その冷徹さをアメリカは持っているはずだ。大統領がトランプだからではない。他の誰かであっても同じだ。

● 大量の難民が発生するが,それは韓国,中国,日本が対応すべき問題で,アメリカの知ったことではない。

● 先制攻撃すれば北朝鮮側に立つと,中国は言っているけれども,具体的に何ができるわけでもない。指をくわえて見ているしかない。もし,人民解放軍が米軍に一発でも撃ってしまえば,中国の終わりが始まる。
 北朝鮮の事後処理についても発言力を失う。北朝鮮の統制は中国がやらなければいけないことなんだが。

● アメリカが踏みきる前に,原油と食糧で締めあげて,北朝鮮を対話のテーブルに着かせないと。それなしで北朝鮮をテーブルに着かせることはできない。普通の大人ならわかっていることだろう。それをやれと言っている日本国の元総理大臣もいるけれど。
 といって,北朝鮮と話し合いをするのではない。話し合いの余地などない。核放棄を迫るだけだ。だから,事前に締めあげておく必要があるのだ。

● 政治絡みの事件が起きると,SNSがバカの巣窟と化すのはどうしたわけか。TwitterにもFBにも,この元総理大臣以外にも,愚にもつかない珍説と珍談が溢れている。
 たとえば,今,Twitterを見ると,アメリカ人の7割が北朝鮮がどこにあるのか知らない,というのが話題になっているのだが,だから何だというのか。
 実際,アメリカ人の7割にとっては,北朝鮮がどこにあるかなど,知る必要のない事がらではないか。アメリカは広大で,アメリカ=世界,というアメリカ人が7割くらいいるのは不思議ではあるまいよ。
 北朝鮮がどこにあるのか知らない人が7割いても,アメリカはやるときにはやる。

 時局を見る際の大衆の叡知というのは,SNSなど見向きもしない人たちのところに貯まっているのかもしれない。
 バカはおまえだろと言われれば,退散するしかないけどね。

● 最後に。株を持っている人は,売っておくのが良いと思う。今は有事に備えて,キャッシュポジションを高めておくべきではないか。
 これについてはまったく自信はないけれど,自分はそう思っているので,すでに準備を完了している。

2017年9月14日木曜日

2017.09.14 不倫報道

● ただ今のところ,世の中のキーワードの一つは「不倫」。政治家の不倫はおいといて,芸能人の不倫報道に関しては,少し思うところがある。
 女優という職業を選んだ女性に対して,一般社会のモノサシをそのまま適用することには,それ自体に疑問あり。

● 女優は恋をすることが仕事のようなものだ。それができなくなったら,廃業するしかないのではないか。
 その分,女優は多くのものを失う。いわゆる幸せな死に際を迎えた女優はほとんどいないと思う。

● そこが表現行為が強いる過酷なところだろう。どうでもいい内容をどうでもいい文章でブログに書き散らすのとは訳が違う。
 また,そこが表現者の矜恃でもあり,麻薬的なところでもあるのだろう。

● もし,一般社会でいう幸せが欲しければ,女優であることをやめるしかない。山口百恵が典型的にそうだし,最近では(女優ではなかったけれども)橋本奈々未がそうだ。その嚆矢は高峰秀子だったろうか。

● 女優と結婚する男性は,そこは折りこみ済みのはずだ。それでも自分ならやれると思って,女優を妻にしたはずだ。
 もしそうでないのならば,自分の器以上のことを覚悟なしにしてしまったのだから,その報いは受けるのが当然だ。

● 日本に姦通罪はない。姦通は少なくとも刑事上は問題にされない。にもかかわらず,特定の領域にいる人たちは刑事罰以上の苦役を受けることになっている。
 有名税だと言ってしまえばそれまでなんだけど,税にしては高すぎる。特に,女優にとっては「芸の肥やし」という言葉もある。

● 不倫なんてものは,個人間の問題にすぎない。なのに,自分とは関係ない人たちのこういう出来事を放っておけないところが,日本社会の幼児性といって悪ければ,田舎性を示しているように思える。フランスやイタリアと比べると,何だかなぁという。
 これが日本の閉塞性の大きな要因になっているようにも思える。

● 姦通罪(適用されたのは女性のみ)がなくなってから70年が経過している。ここまで不倫を云々するのだから,姦通罪を復活させろというのであればまだ話の筋が通る(ただし,男性にも適用しなければならない)。
 が,それに賛成する人はほとんどいないだろう。自分が罪人になってしまうかもしれないじゃないか。
 にもかかわらず,特定の領域にいる人たちの不倫をこれだけ騒ぎたてる。これはもう立派ないじめではないか。

● どうも最近の報道を見ていると,社会が子供になっているように思える。何かあるたびに,ママに言いつけてやる,と叫んでいる子供との違いを見出すことは難しい。
 あるいは,多くの人が抱え持っている(であろう)不倫願望が,潜在領域から海面上にピョコピョコと顔を出している状態なのだろうか。もしやりたいのなら淡々と実行すればよい。実行者をやっかんでいても仕方がない。
 女性の場合は,40代が不倫のラストチャンスになるだろうから(斉藤由貴は50歳だけれど),40歳を過ぎている貴女は急がなくちゃ。

2017.09.14 新書3割引

● 八重洲ブックセンターの店頭にこういうコーナーが。新書の一部を3割安く販売。

● 書籍は再販価格維持。しかも,よく売れるものもそうではないものも,あまり価格差がない。同じ新書で同じページ数なら,値段もだいたい同じ。
 そうじゃないと困る理由があってそうなっているのだろう。

● しかし,本にも生鮮食品的なところがあるんですねぇ。出版されて期間が経つと,新刊書店でも安く販売する。合理的ですよね,それが。
 返品されて裁断されて最後は灰になるよりも,買ってもらって誰かに読まれるのが本にとっては本望のはずだから。

● 本の本体は紙に印刷されている活字にある。ところが,一度読めば活字が消えるというふうにはなっていない。紙だから長くもつ。たいていの本は製本もしっかりしている。
 CDを買えば何度でも好きなだけ聴くことができる。本も一度買えば好きなだけ読み返すことができる。
 が,一度読めばもうたくさんって本も多いわけで,したがって転売のルートが自ずとできる。読まれた本はブックオフに持ちこまれる。

● 問題は転売するときの価格だ。住宅も自動車もわずかでも使われると,経済価値はガクンと下がるという。
 本も同じ。一度読んだ本の価値って,こんなに下がってしまうものかと唖然とする。新品同様の状態であっても,買い叩かれるからね(ということをしばしば聞くので,ぼくはブックオフに持っていったことはない)。
 ブックオフでも売れないでズルズル時間が経つと,100円で販売される。読むにはそれで充分なわけだが。

● それとは別に本の鮮度っていうのもあるんですね。鮮度があるということそれ自体は,ぼくのような者にも理解できるんだけど,劣化(経済価値の下落)の速度がこちらの理解をはるかに超えて進行する。
 次から次へとおびただしい数の本が刊行されるんだから,刊行後の劣化もそれに似合ったものになるのだろう。

● 半年前に出版された書籍のうち,今も書店の棚に残っているのはどれくらいあるだろう。印税で喰っていくというのはかなり難しい時代になっているんだろうね。
 昔,山口瞳さんが「文庫が10冊になるまで我慢しなさい。そうすれば喰っていけるようになるから」と書いているのを読んだ記憶があるんだけど,今ではとても通用しないでしょうね。
 文庫といえば岩波,角川,新潮しかなかった時代と今とではぜんぜん違うし,3年間の風雪に耐えたものが文庫になるという状況でもなくなっているし。

● 新書3割引のコーナーを見て,以上のようなことを思った。

2017.09.14 ねまるちゃ 2017-秋号

● JR駅に置かれている各地方・各県の観光案内冊子の中で,最も出色なのが,富山県の「ねまるちゃ」。

● 富山県の観光コンテンツ,かなりすごい。金沢の隣で地味なイメージがあるんだけど,とんでもないね。
 そのコンテンツの中でも最も訴求力が高いのはやはり食でしょう。旨そうなものがあるということ。富山湾を抱えているのは富山県の最大の強みでしょうね。

● これからは富山では蟹なのかぁ。蟹を食べに富山まで行く。贅沢だなぁ。贅沢すぎて,ちょっとできないなぁ。
 実際にはロシア産の蟹が多いんだとしても,まぁ,よほどの食通でもない限り,区別なんてできないから,その辺はあまり突っこむところではないな。

● これからの時期は温泉も。ただし,温泉はたいていの県にある。栃木県にも那須,塩原,鬼怒川の三大温泉のほかに,いくつもある。
 ので,温泉だけで勝負するのはなかなか厳しい。昔は色気が温泉の付加価値だった。コンパニオンなんて言葉があった。

● が,男性中心の宴会利用は盛りをすぎた。今の会社は一泊の社員旅行なんかしなくなっているだろう。
 温泉は,個人で,あるいは家族や友人と行くものになった。メインはたぶん女性客だろう。そうなると,温泉に付加価値を付けるものは,食をおいてほかにはない。
 ここでも富山は優位に立てそうな気がする。

● ところで。新幹線と名が付くものには,東海道,東北,上越,秋田,山形の各線にしか乗ったことがない。長野新幹線と北陸新幹線には乗ったことがない。
 つまり,そっち方面にはずっと行っていないってこと。さて,この先,乗る機会はあるだろうか。

2017年9月13日水曜日

2017.09.13 貧弱を極めるぼくの音楽環境

● 右の記事は今日の下野新聞。百パーセント誂えの自分だけのイヤホン。なんて世の中なんだ。贅沢すぎる。
 これとウォークマンWM1Zでハイレゾ聴きたい。

● けど,イヤホンだけで30万円超。それがニッチではなく,「新たな市場を創出した」というんだから,日本はすごい国だわ。
 世に音楽マニアは多いんだな。お金持ちばかりじゃないと思うんだよね,このイヤホン買ってる人。

● 70万円を投入すれば,このイヤホンとWM1Zが整うのか。ぼく,他にお金のかかる趣味って持ってないもんな。これくらいはやっちゃっても,神様は許してくれるんじゃないかな。
 って,無理だよねぇ。無理だよ。どう考えたって無理。と思うから,本気で考えてみようと思うところまでいけない。

● もうひとつ,今使っている,ウォークマンNW-A25で充分だと思っているからでもある。さくら市のコジマで2万数千円だったかな。
 ヤフオクでハイレゾ対応のイヤホンを買って(こちらは1万円くらい),初めて音を聴いたときは,感動ものでしたよ。「MP3などの圧縮音源やCD音源をハイレゾ相当の高解像度音源にアップスケーリングする「DSEE HX」を搭載。いつも聴いている楽曲がハイクオリティーに生まれ変わります」というのは本当だった。

● たしか,モーツァルトのクラリネット協奏曲を聴いたんだった。音の粒だちが見えるようで,クリアなのに音に深みがあるように感じた。
 クリアなのに深いと言ったのは,ぼくらが音を聴いて深みを感じるっていう場合,ピントの合わない少しぼんやりとしたものをそう受けとめてしまうことが多いのではないかと思っているからなんだけど。

● これで,自分がいるとことがコンサートホールになると思ったんだった。何とも大仰なことを思ったものだ。
 ま,こういうものってすぐに慣れてしまうから,すでにそれがあたりまえになっている。

● ちなみに,ぼくが持っている音楽環境は以上ですべて。ミニコンポも持ってない。つまり,家では聴かない。
 ウォークマンの前はスマホで聴いていた。スマホを持つ前は,ノートパソコンに外付けのスピーカをつないでパソコンで聴いていた(スマホ以前は家で聴いていたんですね。BGMのように流していただけだと思うが)。
 自分は本当に音楽が好きなんだろうか。貧弱を極める自分の視聴環境を顧みて,そう思う。

2017年9月12日火曜日

2017.09.12 久しぶりに「登竜」

● 相方が外で食べたいと言うので,ぼくも帰ってきたばかりでまた外に出るのは億劫だったんだけど,氏家の「登竜」へ。

● 相方は味噌ラーメン。ぼくはといえば,醤油ラーメンを腹一杯喰ってみたいし,カレーも旨いし,チャーハンはもっと旨いし,肉入り野菜炒め定食も食べてみたい。餃子と長芋キムチとご飯を頼むのもありだ。
 結局,今まで注文したことのないパーコー盛り定食にした。定食の中では一番安い。650円(+税)。
 旨かったですわぁ。ご飯も旨い。億劫さを乗り越えると,いいことが待っておりますな。

● 県外に住む友人が訪ねてきて,氏家を案内することになったとしたら(そんな友人はいないんだけどさ)。ぼくなら「Niwa」ではなく,「登竜」に連れて行く。
 彼は,何だ,こんなところに連れてきたのか,という表情を一瞬見せるだろう。ぼくは委細かまわず,肉入り野菜炒めとレバニラと長芋キムチを注文する。自分はハイボール。友人は生ビールをたぶん頼むだろう。
 肉入り野菜炒めをひと口食べた瞬間,ぼくがここに連れてきた理由を彼も理解するはずだ。もし,彼がそれでも,“こんなところに連れてきやがって”という表情を見せるようなことがあったら,彼とは絶交するね。ともに語るに足りぬやつだと判断する。

● 氏家に住んでて,歩いてこの店に来られる人が羨ましい。わが家からも車で15分程度ではあるんだけど,いったん帰宅してからまた出かけるというのは,けっこう障壁になる。

● さて,この店,問題がひとつ。
 以前,隣の席にいた人が煙草を吸って,相方の気分が悪くなったことがあった(少し,喘息の気があるんですよ)。で,しばらく遠ざかることになったんだけど,7月2日に行ったときは禁煙になっていた。
 が,再び,喫煙可になっていたんです。ぼくにはまったく無問題なんだけども,難しい舵取りだね,これはね。

● ここは店側の判断になる。八方美人になろうとせず,店側が喫煙可にしたのなら,こちらはそれを尊重するよ。

2017年9月9日土曜日

2017.09.09 凜々しい光景

● 宇都宮のイトーヨーカドーで。レジで精算して,買い物カゴから詰め替えるための作業台に。
 したらば。小学生の女の子が一心にその作業中だった。あたりを払うというか,誰も私に声をかけるな,近づくな,といったオーラが出ていた。
 ので,彼女の横顔しか見てないんだけど,凛々しいとはこういうことを言うのかと思わせるものがあった。

● 父親と二人で来ているようで,台の向こう側に父親が立っていた。品物を入れたマイバッグを肩にかけて,父親と一緒に出口の方に歩いていく。マイバッグは彼女が持ったまま。父親が持とうとしなかったんじゃなくて,彼女が私が持つと譲らなかったのだと思う。
 自分が生活を支えるよといった風情があった。覚悟を見せているというか。小学生の女の子ができる範囲で精一杯の。

● その姿が,年の離れた夫婦のようにも見え,恋人同士のようにも見えたよ。十数年後に彼女と結婚するはずの男性が羨ましいと思った。
 女の子って時々,そうした風情を醸すことがあるよねぇ。その風情は神聖にして侵すべからず的な強さを発している。他人のことは知らない,でも家族と自分のことは,自分が守るよ,という強さ。

● 恋愛でも結婚でも離婚でも,女性に覚悟を決められたら男はまず太刀打ちできない。女性は小学生ですでに女性になっているんだな。

2017年9月3日日曜日

2017.09.03 お茶漬け

● 茶漬けっていうのは,日本に昔からあるファストフードっていうイメージがあるんだけど,茶漬けを成立させるにはひとつだけ前提条件があると思う。
 強い塩味,がそれだ。

● たとえば鮭茶漬け。塩をまぶしたというより,塩の中につけ込んでおいた鮭を使ったのだろう。鮭の風味も何もなく,塩の味しかしないような鮭の切り身を焼いて,その残りのカケラを冷や飯(おそらく,米と麦の割合が5:5の麦飯)に載せて,お茶をかけてかきこんだのだろう。
 だから,茶漬けは決して旨いものではなかったはずだ。

● ちなみに申せば,夏場には冷や飯に塩を載せて,そこに水を加えて,そのままかきまぜて胃に流しこんだりもしていたろう。
 とても食事とは呼べないような,そうした給餌を自分たちに与えていた。昔の日本人にはファストフード以外の食事などなかったのではないかと思うほどだ。

● その茶漬けを旨いものに変えたのが永谷園と丸美屋だ。茶漬けをインスタントにした。
 お茶をかける茶漬けは,今のぼくらはまず食べることがない。ちょっと高級な旅館に泊まったときに,あるいは出てくるかもしれない。その程度のものだ。
 普通は,白湯をかける。ぼくらがお茶漬けというとき,それはご飯に一袋の永谷園の“海苔茶漬け”をふりかけて,お湯をかけたもののことだ。
 “海苔茶漬け”の中に抹茶が入っているんだから,白湯をかけても茶漬けと呼んでいいわけだ。

● じつにインスタント。でも,そのことによって,ぼくらは美味しい茶漬けを食することができるようになったというものだ。
 そうではない高級茶漬けは,それこそ高級旅館に泊まったときか料亭にでも行ったときに,所望すれば作ってもらえるだろう。由来からすれば高級と茶漬けは相容れないだろうけれども,由来は由来でしかなく,今は成立するようになっているのだろうから。

● 今日は永谷園ではなく,丸美屋の製品を使ってみた。梅干しをひとつ入れると,一段と旨くなりますなぁ。

2017年9月2日土曜日

2017.09.02 烏山の「ステーキハウス クローバー」

● 烏山の「ステーキハウス クローバー」に。もちろん,ランチ。お久しぶり。
 11時半には着いたんだけど,駐車スペースを見つけるのに苦労した。ウェイティングルームも満席で,外で待つことになった。
 むしろ,午後1時半過ぎあたりに行った方が待たずにすむだろう。一番いいのは予約しておくことだけど。

● サラダ。何の変哲もない。のに旨い。グリーンドレッシングがよろしおます。
 肉の旨さは言うまでもないが,ご飯が旨いんです。ご飯に味噌汁をかけて,ガーッとかき込みたい衝動がこみあげてくるんですよ。
 食後のアイスクリーム。小さかった息子が大好きだった。親二人の分もペロッと食べていた。栃木県で二番目に旨いね,と生意気を言っておった。それをここに行く度に思いだす。

● クローバーステーキランチが約1,600円。数年前より400円ほど値上がりしているんだけど,それでも価格以上のものを提供してもらっている感がある。
 料理じたいもさることながら,接客も含めて。おそらくヨソからスカウトしてくるなんてことはやっていないと思う。接客経験などない人をイチから教えて,現場に出しているんだと思うんだけど,その教育機関としてもかなり成果をあげているように思われる。

● ウェイティングルームに雑誌が各種,バックナンバーも含めて置いてある。特に自転車関係の雑誌があるので,待つことがじつは苦にならない。ぼくの場合は,だけど。

2017年9月1日金曜日

2017.09.01 新橋で飲んだ

● 新橋では一度だけ飲んだことがある。その後,新橋に行くたび,またここで飲んでみたいなぁと思ってた。
 やっとその念願を果たすことができた。「馬力」という店。新橋村の一員になれた。

● まだ明るい午後の4時。にもかかわらず,満席状態。皆さん,出張族ですか。ぼくと同様,ヨソからやって来た人たちですか。
 聞こえてくる話は,ほぼすべてが会社での仕事のこと。愚痴も含めて。相当な活気。

● 仕事に関していえば,部活のノリでやれる人が最強だと思う。この仕事が社会に役に立つんだろうか,などと考えてしまうのは最悪。内省型はいけない。放っておくて内省型になりがちな人が多いのではないか。ご注意あそばせ。
 その部活のノリを維持するには,こうした飲み屋が不可欠なのかもしれないな。

● しかし,あれだな。飲むと子供に帰るね。皆さん,子供に戻って口角泡を飛ばすといった感じ。
 この世には子供と年取った子供の2種類の人間が棲息している,ということがシミジミと理解できるぞ。

● 生モツを刺身で食べた。初体験だ。モツは傷みやすいから,夏場は煮込みも出さないところがある。
この時期に刺身で出すというのは,技術革新がこの分野でも着々と進行していたってことの証左だと思いたい。
 まさか,エイヤッとやっているわけではあるまいからね。

● 酒はこういう気安いところで,何ということのない安い酒を飲むのが一番ですな。もっとも,ぼくはハイボールがメインなので,飲む酒すべてが安い酒になるんだけど。

● 〆は某ラーメン店。博多ラーメン。680円。2玉まで替え玉無料。一回だけ替え玉を所望。
 いやいや,新橋はいいなぁ。また飲みたいよ。大満足だ。

● これだけの繁華街なんだから,もっとディープな場所があるはずだ。少し危険な臭いが漂うところとか。実際,客引きボーイ(ガール)も頑張っているしね。
 でも,さすがにディープさを求める気力と体力はもうない。経済力もない。そういうところには近づかないのが身のためということはわかっている。

2017.09.01 銀座のG-SIX

● 今年の黄金週間に一度行っている。開店して間もない頃。入場制限のかかったTDLかと思うような混雑ぶりだった。
 今日は二度目。しかも,平日の午後。だいぶ落ち着いていた。

● まず,前回は行けなかった屋上に行ってみた。庭園になっている。銀座の真ん中にこういう空間があるとは。
 神社まであった。銀座にあるお社は稲荷社が多いですな。ここもそう。稲荷社は商売の神様なんですかね。

● これから天気のいい日にここで過ごすのはアリだなぁと思った。ぼくは田舎に住んでいるんで,近くに自然はいくらでもあるんだけど,ここは蚊がいない。こちらにとって都合のいい自然だけがある。
 つまり,それは自然ではないんだけど,くつろげることは間違いない。よくできた公園だ。

● その屋上で弁当を食べている女の子がいた。そうか,こうすれば,お金を使わないですむのか。
 ここは弁当やおにぎりを食べたくなる空間だしね。彼女,頭がいい。

● 13階のレストラン街に「てんぷら山の上」も入っている。こういうところで食事をしたり酒を飲んだりできる余裕のある大人には,ぼくはついになれなかったが。

● 前回,蔦屋書店で見かけた450万円の万年筆はなくなっていた。って,ぼくの見間違いだったのか。45,000円だったのか。
 同じ場所にあるスタバではメニューにワインがあったと記憶しているんだけど,それも記憶違いか取扱いが変わったのか,どうもワインはないようなのだった。

2017.09.01 ヱビスビール記念館

● この施設はサッポロビールの広報施設ということになるんだろう。単独では採算は取れていないだろう。
 が,以前に比べると,“テイスティングサロン”の席数が大きく増えている。ぼくもそうなんだけど,記念館の展示物の見学はスルーして,“テイスティングサロン”に直行する人が大半で,そういう人たちが増えているのだろう。

● それがビール記念館にとって喜ばしいことなのかどうなのか。そこはわからない。というか,記念館側にすれば見学をして欲しいだろうけどね。
 ともあれ。ここで飲むビールはたしかに旨いと思う。恵比寿に来て,ここに寄らずに帰るのは,けっこう以上に難しい。

● でも,ここは居酒屋じゃないからね。場所がらもある。居酒屋のように使っちゃいけないよね。酔っ払って大声を出すなんてのは論外。
 実際,そういう人を見たことはない。場所が人の行動を自ずと制限するということはあるんでしょうね。

● ここで飲むのは2杯までにとどめておきたいものだ。旨いのは間違いないから,つい3杯目を飲みたくなるんだが。
 長居してもいけないところなんだろう。静かに旨いビールをスッと飲んで,サッと離れるのがいいようだ。

2017年8月31日木曜日

2017.08.31 永谷園のお茶づけ海苔に入っている歌川広重「東海道五拾三次」のカード

● 永谷園のお茶づけ海苔を買うと,歌川広重「五十三次」のカードが1枚入っている。たくさん買えば,「五十三次」が揃うのかもしれないけど,そのためにこの商品を買いまくる人はよもやいないだろう。

● 応募券(製品の袋に印刷されている)を3枚集めて応募すると,カードのフルセットが当たる。毎月1,000人に当たるというんだから,応募すればだいたい当たるんだろう。
 セットで欲しければ,こちらに応募すればいいわけでね。

● これ,ぼくが子どもの頃からずっと変わらずにある。正確にいうと,ずっとあるんじゃなくて,中断していたのを復活させたようなんだけど。
 懸賞景品のロングセラーでしょう。妙に懐かしくなった。

● でも,これを欲しいと思う人がいるんだろうか。
 それともあれかい,本物を見たことがないんで何とも言えないんだけど,この印刷はけっこう細密なんですか。

● と言っておきながら何だけど,小学生の頃,これ欲しいなと思ってた。懸賞少年だったんだ。
 つらつら思んみるに,あの頃はまだまだモノが希少だった。玩具もそんなになかった。雑誌の付録がキラキラ輝いて見えた。
 ので,モノであれば持っておきたかった。タダでもらえるならもらいたいと思っていた。そういうことだったのかなぁと今は思っている。

2017年8月27日日曜日

2017.08.27 2日連続で「みやこ家」

● 今日は相方と氏家店。いつものつけ麺ではなくて,普通のラーメンを注文してみた。“煮干しそば”のあっさり。つけ麺の並みより量が少ない。
 ただし,“あっさり”とは言っても,そこは「みやこ家」のことだから,濃厚だと言われればあぁそうかと思う程度には濃厚なんですよ。煮干しのダシが鼻にツンとくるほど。

● 大昔,煮干しをポケットに入れて,それで焼酎を飲んでごらんよ,美味しいよ,と勧められたことがあった。さすがに実行はしていない。
 が,子どもの頃に煮干しをおやつ代わりに囓っていたことはある。ダシを取るくらいなんだから不味いはずがない。子どもでも旨いものだと思った。見た目の問題はあるけどね。

● それから。やはり子どもの頃。わが家では(わが家に限らず,同時の田舎ではたいていのところでそうだったと思うのだが)味噌汁のダシを煮干しで取った。
 で,ダシを取ったあと,煮干しを引きあげないんですよ。そのまま味噌汁と一緒に出てくる。その煮干しを食べるのも好きだった。

● 今から思えば,よほど貧しかったんだよね。二重構造という言葉があった。都市と農村の二重構造,大企業と中小企業の二重構造。
 都市と農村では明らかに生活に格差があった。文化的な刺激がどうのこうの,娯楽の機会がどうのこうの,という話ではない。それ以前の衣食住のレベルにはっきりした違いがあったと思う。

● その頃に比べれば,今は明らかに良くなった。いろいろ言う人がいるけれども,良くなっていると思う。
 人の記憶って不思議なもので,月日という篩にかけられると良いことだけが残る。幼かったときの楽しい記憶は,だからもちろんある。
 にしても,だ。昔は良かったなんてとんでもない。昔の農村はひどかった。

● ところで。つけ麺ではなくて,“煮干しそば”にしたわけは,麺以外にご飯も食べたいと思ったからであります。
 餃子セットを付けたんですよ。餃子でご飯を食べるのは旨いですからねぇ。