2017年12月31日日曜日

2017.12.31 「もつ焼き 大統領」

● 「大統領」の名前は田舎にも届いている。栃木県内でこの店の広告板を見た記憶もある。アメ横は何度も歩いているので,前を通ったことも幾度となくある。
 が,ちょっと飲んでくかとなったことは,今までなかった。

● で,大晦日の夜,ついに行ってみましたよ。正直,名前を聞いて想像を逞しくして,膨らみきったイメージを持って行ってみたわけじゃない。
 なんというのか,こう見えても,もう何十年も飲んでいるんでね。飲み屋に関しては,そんなに現実離れした妄想をすることはないんでね。

● ぼくが行ったのは,支店の方だと思う。いや,混んでましたよ。店の中には入れず,外のテーブルに座ることになった。この寒い中をだよ。それでも飲もうとするのは,どういうわけのものかね。
 で,同じような人が路上に溢れているわけですよ。君たちね,少しは考えなよ。いい年こいて,大晦日に寒い思いをして外で飲んで,何が楽しいの。

● モツ煮込みとモツ焼きでハイボールを飲んだよ。で,思いましたよ。「大統領」って上野の観光資源になっているね。
 地元の人,あんまりいないでしょ。外から上野に来た人たちが集まってくるんじゃないだろうか。つまり,ぼくみたいな人が多いんじゃなかろうか。

● もっとも,昼間から飲んでる人もいるからね。そういうのはこの界隈の住民かね。清く正しく勤勉に生きるばかりが能じゃないから,昼間から飲んでるのを咎めようとはまったく思わないんだが,彼らはどこから湧いてくるんだろうか。
 まさか,昼間から飲むために,栃木や群馬や茨城からやってくるわけでもなかろうよ。この界隈から這いでてくるんだろうなぁ。となると,地元に密着した店ってことになるんだろうか。

● という疑問はあるんだけれども,基本,この店は観光客が支えていると見た。
 でね,ここよりも旨くて安いモツ煮込みを喰わせてくれる店が栃木にあるよ。これ以上は教えない。その店の店主があんまりPRされるのを喜ばないタイプかもしれないんでね。

● ま,そういうわけだった。気がすんだよ。
 あ,それから。この店は高齢者の雇用促進に役立っている。っていうかね,長年店に通っていたお客さんが店員になっているんじゃないかと思ったよ。雰囲気はとてもいいよ。敷居を感じさせないし,かといってベタベタしてこない。これだけお客がいたんじゃ,ベタベタしている暇はないだろうけどさ。
 おそらく,お客あがりの店員と非常に親しいお客がいるね。いろんな味がある。カオスとまでは言わないけれども,チェーンの居酒屋なんぞで飲んでるより,よっぽどタメになるよ。たぶんね。

2017.12.31 女性にとってホテルとは

● たったの2泊なのに,しかもずっとホテルにいてどこにも出かけないのに,相方の荷物はかなり多くなる。ぼく一人ならトートバッグひとつですんでしまうんだが。
 スーツケースの中に何が入っているかというと,洋服だ。文字どおりのスーツケースなのだ。ま,スーツではないんだけどさ。

● 女性にとってのホテルって,オシャレができるところ,らしいんだね。オシャレをする楽しみを叶えられるのがホテル。
 荷物が増えるわけだよね。それはぜんぜんOKなんだけど,ぼくへの要求水準も高くなる。お洒落している自分の隣に汚い男がいたんじゃ,せっかくのお洒落が台なしにだ。わかるんだけどね。

● きちんと服装を整えるヨーロッパ式より,ラフな格好でどこにでも行くアメリカ式に,こちらは染まってしまっている。それでいいじゃないか,と思うわけでね。
 ここ,男女で対立しがちかもしれないね。何がカンファタブルかが,男女で違う。

● でも,こういうときは女性の意向が優先される。こちらは黙って重いスーツケースの運搬人になるしかないねぇ。
 そこはもう諦めるしかないでしょうね。こう,自分に言い聞かせて。
 オシャレは女の命,最大限の尊重を要す。おまえ,いくつになったと思ってんだよ,とは口が裂けても言うまじ。女は死ぬまで乙女なり。

● オシャレって,つまるところ演技でしょ。女の人って好きだよね,演技するのが。
 それが演技であることを指摘されると,猛然と反発したりもする。“デリカシーがない”と女性が男に言う局面で,最も多いのがこれじゃないかな。

● 特に楽しそうにやってるのは,幸せゴッコかな。既婚者は幸せな家庭を持ってこんなに幸せよ,とやりたがるし,独身者は自由でイケてる女になりたがる。
 演技でもしなけりゃやってらんねー,ってことなのかと穿った見方もしたくなるなぁ。

● でもさ,この演技は見栄と紙一重だからさ。バカ女の演技って見ちゃいらんねーんだよ。ごめんね,率直すぎて。
 Instagramに行くと,この種のバカ女が溢れているね。ごめんね,デリカシーがなくて。

2017.12.31 年の瀬はアーバンリゾートでゆっくりする 3

● シェラトン都ホテルで2泊3日の3日目。今日でこのホテルを追い出される。
 大晦日は東京のホテルは満杯になる。理由はわからないんだけど,どうもそういう状況らしいのだ。初詣に備えて,地方からたくさんの人が出てくるんだろうか。いや,元日の始発に乗ってやってくると思うんだよなぁ。
 とすると,外国人の旅行者が増えるんだろうか。でも,それなら大晦日以前からそうなっていないとねぇ。
 今日,このホテルに泊まるとしたら,宿泊費はいったいいくらになるんだろう。29,700円ではすまないことはハッキリしている。

● ラウンジの朝食。洋食ブッフェになるんだけど,うどんがあった。初めて見た。出汁はたぶん,サバとカツオ。野沢菜の漬物を合わせている。
 なんと。これはいける。長野県ではこの食べ方があたりまえにあるんだろうか。出されてみて初めてわかった。これは実物を見る前に頭の中で想像してみてもよかった。自分の鈍さを痛感。

● 外人の爺様(ぼくより若いかもしれないけど)がバカでかいサイズのタブレットを持ちこんで,(たぶん)ニュースを見ていた。紅毛人が使うとこのサイズでもピッタリ来るんだね。
 12.9インチのiPad Proと同じサイズかと思う。このサイズのiPadは日本でも売れていると思うんだけど,日本人がこのサイズを使っているのは,ぼくはまだ見たことがない。

● 11時にホテルを離れる。妙な感覚がしばらく残る。隔離されて守られていたところから,シャバに戻って感じる段差。
 引きこもりの人って,この段差が一定範囲を超えてしまっているんだろうか。家と外との間にぼくの想像が及ばないほどの段差があるんだろうか。そんな単純な話ではないようなきがするけど。

2017年12月30日土曜日

2017.12.30 年の瀬はアーバンリゾートでゆっくりする 2

● ホテルの窓から夜明けを眺める。冬至を過ぎても,しばらく,朝は遅くなるんだっけ? っていうか,何でこの時間に目が醒めてしまうのか。

● ホテル1階の「四川」で朝食。四川なのに中華はない。が,ここの味噌汁は神。何杯も飲んで,つまるところ塩分の摂りすぎになる。
 でも,塩分の摂りすぎって,たぶん,大きく言われすぎている。ま,何の根拠もなくそう思っているだけなんですが。

● バカは後先を考えないで,カレーまで食べてしまう。お子様メニューのひよこ豆のカレー。カレーはこれくらいの辛さがちょうどいいのだ。
 昨夜,ラウンジが激混みだったので,朝食会場も混んでいるかと思いきや,ぜんぜんそんなことはなかった。昨夜のラウンジの喧騒はなんだったのだ?

● ラウンジで昼食というか,アフタヌーンティーというか。ゆっくりするといっても,1回あたりのラウンジ滞在時間は,他のお客さんに比べると,ぼくらは抜きんでて短い。そそくさと食べてそそくさと出る。他の飲食店でも同じ。
 店側にとってはありがたいお客かもしれないけれど,そういうのを貧乏性というのかもしれない。何もしないで時間をつぶすことができない。それを貧乏性と定義してはどうか。
 文字どおりに何もしない状態っていうのは,瞑想とか妄想とか考えごととか,そういうことをしているわけだろうから,たわいのないお喋りで過ごすというところまで,“何もしないで”に含めておく。

● ただね,このラウンジでもほんとに何もしないで時間を過ごしている人はいないやね。やっぱりスマホなんだよねぇ。
 ぼくらもスマホを持ってくる。スマホをいじりながら飲んだり食べたりしてるわけだけど,この図式は料理を提供する側を嘆かせるに充分だろう。料理を前にしてお喋りに興じているのも同じだろうと言われるか。
 そうではない。お喋りで料理が冷めてしまうのに気づかないでいる光景は,実際はあまり見かけない。あるとしても居酒屋くらいだ。が,スマホはそうじゃない。
 スマホでインターネットにつながる魔力がなせる技。何なんでしょうね,ここまでの吸引力は。

● 2泊目。12階のスイートは引き払って,2階の254号室。普通の部屋。27,900円。それでもラウンジは利用できる。
 もちろん,相方が予約したんだけど,もっといいプランがあったと,何やら後悔している様子だ。

● 今日は外に出てみた。午前中は目黒駅まで歩いて書店を覗き,午後は清正公へ。清正公は初参りの準備が整っていた。浄められていた。
 神社ではなくてお寺に初詣に行くというのは,いつ頃からあたりまえになったのだろう。明治以前は神仏混淆だったんだから,元に戻っただけと言えるんだろうけど。
 ついでに,麻布方面に歩いてみた。ホテルのある白金台から街並みが途切れないし,麻布に入ったからといって街の雰囲気が変わるわけでもないから,どこが境界だったのか知覚できなかった。

● 夜のラウンジ,昨夜ほど混んでなかった。ほんと,昨夜は何だったんだろう。ウィスキーがなかった。出てくるまで,ビールでつないだ。たこ焼きが旨かった。
 風呂に入ったあと,もう一度ラウンジへ。水を飲みに。そこで若い女の子が一人でいるのに遭遇。
 一人でいる若い女性って,ほんと,風景として効果的だね。その場が一格上がるっていうかさ。彼女,小さなノートに何か書いていたんだけど,こういう仕草は一層,場の格を上げる効果がある。パソコンを叩いていたんじゃ,これほどの効果はないんだよね。
 と思うのは,ぼくが男,しかも中年を過ぎたヒヒ爺,だからでしょうか。

● ともあれ。「何もしない」を実行した2日間が終了。ぼくは普段から何もしないに近いかもしれないんだけど,相方にはこのうえないリフレッシュになったろう。
 が,妙に疲れている。食べ疲れかもしれないのだが。ベッドは申し分ない。のに,あまり眠れていない。

2017.12.30 岸勇希事件

● 右は12月22の朝日新聞。岸勇希の件はTwitterでも大人気だ。どんどんやったらいいのだ。
 職制上の地位を利用して,真夜中に部下(直接の部下ではなかったらしいが)の女性を呼びだすようなバカ(かつ,あまりに幼児的)を許しておく理由など,まったく何もない。

● どうしてこういうヤツが出るのかといえば,自身の無能に無自覚だからだ。ひょんなことから若くして出世してしまった。たぶん,ひょんなことが理由なのだ。
 なのに有能感,卓越感,選民感に染まってしまったのではないか。たぶんね。

● 破廉恥は“仕事ができる”を上回る。“仕事ができる”が正当化できる範囲は狭い。
 いくら“できる”っていってもね,ベートーヴェンやアインシュタインや夏目漱石のようなよほどの天才は別として,所詮はサラリーマンがやることだから,替えは必ずあるんだしね。クリエイティブだのコミュニケーションデザインだのといっても,アンタじゃなきゃダメって,あり得ないからね。

● 有隣堂アトレ目黒店に,その今をときめく岸勇希氏の著書『己を,奮い立たせる言葉』があった。この本が出版されたのは2ヶ月前。まだこの件が明るみに出る前。
 今こそ自分の著書の言葉を玩味して臥薪嘗胆すべき時期なのかもね。

● 仕事の能力はあるんだろうから,自分一人でできる仕事をやればいいんだよね。人をオーガナイズしようなんてだいそれたことを考えないで。
 本を書くというのはいい方法だと思うんだけど,現場を持たないで広告の本を書くのは辛いか。現場をたくさん踏んできたっていうのでは足りない。今も現場を踏み続けていないとね。そのあたりをどう凌ぐか。

● コミュニケーションをデザインするという彼の考え方は,今はどう受けとめられているのだろう。とっくに過去のものになっている?
 電通でいえば,30年ほど前に「少衆」という概念を出した藤岡和賀夫さんの本はだいぶ読んだことがあるんだけど,今となっては少しく勇み足だったかなぁ。でも,面白かったよ。

● にしても,この人,こちらを読む限りでは,つまるところチンピラにすぎない印象だ。こいつがチンピラなら,おまえは何だと言われるかな。ゴキブリかもしれんな。
 電通がまともな会社なら,懲戒免職にしているはずの事例だと思うんだが。電通がまともな会社じゃなかったおかげで,この人は延命できた。
 電通(電通に限らず,広告会社)のクリエイティブ部門にいるのは,こんなのばっかりなのか。だとしたら,電通(広告会社)はいつから道を誤ったのか。ひょっとして,最初からなのか。

● あの中谷彰宏さんも,上司に「おまえはずっと俺の家来だ」と言われて,博報堂を辞めたと書いていた(と記憶する)。バカにもほどがあるわな。
 要するに,中学校か高校の部活のノリなんだよね。部活なんだから,何時から何時までと決まっているわけじゃない。朝練もやれば昼練もやって,もちろん夜もやる。休日は部活のためにある。いつ行ってもあいつはいる,というのが先輩の覚えめでたくなる第一歩だ。
 ま,それはいいとして,部活のノリでやっていると,頭の中まで中学生か高校生,せいぜい大学生に戻ってしまうんだろうな。部活がすべて,他は見えない。見えないものは存在しない。
 こうして,最も唾棄すべき最低のバカができあがる。

● 今後の問題とすれば,普通の指導や注意をパワハラだセクハラだと語りだす別のバカが出かねないことだけだ。
 ただ,おそらく,良くも悪くも,この手の(良くいえば)熱血漢は存在することが難しくなるだろう。
 そして,ほとぼりが冷めた頃,最近はこの業界もすっかりサラリーマン化しちゃって,と言いだすこれまたバカが現れるに違いない

2017年12月29日金曜日

2017.12.29 年の瀬はアーバンリゾートでゆっくりする

● シェラトン都ホテル。2泊の予定。ゆっくりするなら,都内のホテルに限る。競争激甚な分,サービスの水準が高い。快適だし,安心だ。
 スタッフは大変だろうけど,客の側になるのであれば,都内のホテルが間違いがない。

● これがたとえば沖縄のリゾートホテルだと,ブセナテラスやマリオットでも,掃除なんかに手抜かりがあるのが普通だ,と心得ておかねばならないもんね。
 ホテルの中でマッタリするなら,いわゆるリゾート地より都内がいいと思う所以だ。

● 部屋は1254号室。スイート。料金は45,900円。これでオール・インクルーシブなんだから,格安だと思う。しかも,この時期に。
 相方によれば,今から予約したのでは,普通の部屋でもこの値段では泊まれないらしい。早期予約だったのと,よくわからないけどポイントが使えたようだ。

● はい,早速,ラウンジへ。遅めの昼食になる。が,あまり食べてしまうと,夜に差し支えるな。
 静かに本を読んでいる一人旅の女の子がいる。絵になっている。

● パソコンと書類をもちこんで,何やら作業中の韓国人夫婦もいる。
 そういうのは部屋でやってもらいたいかなと思うんだけど,部屋にはそのスペースはないかもしれず,あったとしてもラウンジの方が快適なのはわかる。

● 夜もラウンジへ。したらば。満席だとのこと。こんなの初めてだ。
 で,1階のロビーラウンジ「バンブー」に回された。こちらは一般開放(?)されているレストランというか,バーというか,カフェというか。
 こちらの方がラウンジよりはるかにセレブ臭がする。70歳位の夫婦とか,地元のご婦人たちのグループが,軽食と飲み物を,あるいは密やかに,あるいは楽しげに,それぞれ楽しんでいるんでした。

● ぼくらが自分のお金でここに来れることはたぶんないと思うんで,貴重な体験となりましたよ。自分で作るより,人に作ってもらうハイボールの方がずっと旨いんでした。
 でもね,こういうところってつまらないなとも思った。酒だけを考えるんだったら,安い居酒屋に勝るところはないでしょ。新橋とか上野界隈で飲む方が面白いよね。
 ただ,そういうところはそういうところで,こちらもテンションを高めていかないと,場に気圧されるからね。ホテルのこういうところなら,こっちのテンションが低くても大丈夫だ。

2017.12.29 ケータイは携帯電話の略語ではなくなった

● 今のスマホは7月から使っている。特徴的なのはこちらから電話をかけたことは一度もないこと(受けたこともほとんどない。当然で,ぼくの新しい電話番号を知っている人は,相方以外に2,3人しかいない)。
 電話で話すのは相方のみ。それは無料のLINE電話でやれる。

● ので,データ通信専用SIMにして正解だったとつくづく思っている。通話はIP電話にして,使うたびに通話料を払うようにした方が絶対にいい。つまり,その方がお得。
 通話料を払わないようにする算段って,節約の基礎だよ。docomoやauは離縁すべきだ。彼らは通話しない人からも通話料を取って,その通話料で儲けているのだ。

● そもそもが,今どき通話かよ,っていう話だよね。LINEとかGmailとかFBのMessengerとか,通話よりスマートな伝達手段がいくつもあるんだからね。
 個人のスマホを仕事にも使っている営業職の人とか,そういうごく一部の人を覗いては,“電話”って要らなくなったのじゃないかと思う。
 あと,のべつどうでもいいことを喋っていないと生きていけない,女という宇宙人も別かもしれない。

● 音声でやりとりするって,20世紀スタイル。困るのは仕事の分野だね。仕事では電話を受けるねぇ。1日に何本も。これはしょうがないなぁ,今のところはね。
 でも職場にかかってくる電話の中にもいわゆる迷惑電話が多かったりするからね。そもそも電話なんてものがなければ,オレオレ詐欺なんて起きないわけで。

● 現状の電話は,便益よりも迷惑の方が勝っている。特にね,家庭の固定電話って無駄の象徴だ。
 わが家にもあるなぁ,前世紀の遺物と化したオブジェが。

● ということはしょうがないとして,せめてできる範囲で無駄を削ぎ落として,捨てるお金を少なくしたい。
 3大キャリアとは完全に縁を切るのが正解。SIMロックをデフォルトにしている時点で論外だ。企業の都合になんで消費者が縛られなければいけない?

● だいたいね,全国に隈なく店舗を構えてタッフを配置し,相談に応じるという3大キャリアのやり方は,スマホをまともに使えず,しかもわからないことはすぐに人に訊く,横着な情弱のためのもの。
 そのために膨大なコストをかけている。そのコストをそうじゃない人も負担している。そこから脱するにはMVNOに移るが吉。これが出発点だと思うんだけどね。

● MVNO業者も3大キャリアから回線を借りて商売しているわけだけれども,そういうのってぼくらには関係ないからね。
 MVNOと契約して,しかも電話回線は不使用にするのがいい。

2017年12月28日木曜日

2017.12.28 隠居志願

● 少しずつ隠居に変身していきたい。
 とりあえず,年賀状は出さないことにする。来ても返さない。2年もすれば誰からも来ないようになるだろう。
 地元の世話役などは間違ってもやらない。同窓会の類には参加しない。もちろん,幹事をやるなど,とんでもない。
 世間のことに口出ししない。天下国家はわが事にあらず。

● そのようにして,自分を世間から隔離していく。してみると,隠居というのは2つの成分でできていると思える。
 ひとつは,人に嫌われてもかまわないと達観すること。もうひとつは,過去を振り捨てること。
 どちらも意思が必要だ。そう簡単にできるとは思えない。

● 世間から自分を隔離するというのは,世間(他人)に依存しないということでもあって,そうであるなら,世間から隔離されたあとの自分の世界が,豊かに広がっているのでなければならない。
 そうでなければ,残りの人生を全うできないだろう。「隠居=やることがない」では,人生は破綻する。

● 隠居とはつまり,死と再生の通過儀礼を経ることでもある。今までの自分をいったん殺す。なかなかにラディカルな作業になるはずだ。

● ぼくの場合だと,最後までできないで残りそうなのが,ネットを切ることだ。SNSを含むインターネットから自分を隔離できるかどうか。
 天下のことはわが事にあらずと言いながら,ネットで意見ともいえないものを垂れ流す。どうもやりそうだな。
 逆にいうと,現在はネットがあるから,リアルでの隠居に向かう際の障壁は低くなっているとも言える。リアルの世界にいる自分とネット上の自分。自分がふたりいるようなものだから,どちらかを消してもどちらかが残る。

● 当分は勤めに出るから,職場という世間とは付き合わなければならない。完全隠居は引退後だ。けれども,準備はしておこう,と。
 と言いながら,なんだか若い頃から自分は隠居を考えていたような気がしてきた。20代からの40年間が隠居の準備期だったような。だとすると,はなはだ拙い40年を過ごしてしまったことになる。

 ただ,隠居ってのは老人ニートでもあるわけだ。若い人がニートになることは歓迎されないけれども,老人がニートになるのは隠居という言葉を奉ってむしろ推奨されてきたのだろう。
 老害を防ぐための先人の知恵であったろうかと思ってみる。

2017年12月24日日曜日

2017.12.24 クリスマス・イブも普段と同じ

● 日本人は神前で結婚式を挙げ,クリスマスを祝い,お寺で死ぬ,という言われ方をするわけだけども,この言い方には気をつけなければいけないところがある。
 そのひとつは,人によって濃淡があるということだ。日本人と一括りにすること自体に,かなり以上の無理がある。

● たとえば,今夜,クリスマス的な(=いつもと違う)過ごし方をする人はどのくらいいるんだろうか。
わが家ではまったく普段と同じだ。ケーキも食べないし,七面鳥も食べない。ツリーも飾っていない。
 おそらく,うちも同じだという人たちが多数派ではないだろうか。つまり,クリスマスを祝う日本人は少数だ。

● クリスマスというのは商戦に利用されるものであって(したがって,それに乗る人も一定数はいる),大方の日本人の生活にはクリスマスは入り込んでいない。
 だから,クリスマスだからといって,浮足立つ必要はないよね。

● もっとも,クリスマスに限らず,大晦日も年越しそばを食べてるどころじゃないとか,正月も仕事で休めないという人もいるだろう(最近,やっと揺り戻す動きが出てきたようだけど)。社会が習俗行事を殺しているという部分もある。

● 一方にイブを楽しむ人がいるなら,楽しませる側の人が必ず他方にいる。
 クリスマス商戦に参戦する人たちは,今日はかき入れ時だ。休んでいる場合じゃない。夕方,宇都宮駅に行ったら,改札口の近くに,コージーコーナーやモスバーガーのスタッフが出店をだして,懸命に声を出していた。そういう人たちはもちろんのこと,デパートやスーパーだって消費増に期待をかけるだろう。
 電車やバスは通常どおり,夜明け前から夜更けまで運転されている。ホテルがクリスマス・イブは営業しないなんて聞いたことがない。そうした人たちが楽しむ人たちを支えている。

● 要するに,クリスマスだからといって,浮き足立てる人は少ないように思える。少ないから目立つのかな。
 駅にしばらくたたずんでいたんだけど,いつもと同じように感じた。クリスマス・イブって何のこと? と思ってしまうような。

● ちなみに,ぼくは,今までの人生で年越しそばを食べたのは数えるほどしかないし,雑煮を食べないまま3ヶ日を過ごすこともさほどに珍しいことじゃない。
 自分は特別なのだとは思わない方がいい。自分がそうだということは,それが普通なのだ。案外,昔から盆も正月もないというのが実態だったのかもしれないよね。

2017年12月23日土曜日

2017.12.23 ねまるちゃ 2017-冬号

● JR駅に富山県の観光PR誌「ねまるちゃ」があったので,1部もらってきた。JR駅においてある各県の観光パンフの中で「ねまるちゃ」は出色。
 冬の富山といえば,寒ブリ,カニ・・・・・・要するに,海のもの。そうだよねぇ,旨いだろうねぇ,冬の富山。

● とんでもないね,冬の富山。“富山湾鮨一献セット”という各店共通メニューがあるらしく(上の写真がそう。カニはオプション),5千円だそうだ。
 写真から判断する限り,これで5千円はリーズナブルですよ。ホロッと酔って鮨をつまんで出る,と。そのあとは,きれいなオネーチャンがいそうなところでオダをあげて,ワォッ,富山って素晴らしいっ,と叫ぶ。
 でもって,暖かいホテルに戻って,風呂に入って寝る。くわぁ,最高だぁ。

● でも,行けないよなぁ。おらぁ,地元栃木の回転寿司さ行ぐだよ。これって寿司なんだべか,と時々思うだよ。
 んでも,回転寿司には回転寿司の良さがあるっぺよ。たぶん・・・・・・きっと。

2017年12月17日日曜日

2017.12.17 Facebookのお節介

● FBでは誕生日を非公開にしている。隠しておきたいわけではない。公開すると「お誕生日おめでとう」投稿が届いてしまうからだ。
 本人だけではなく,「友だち」全員のTLに流れる。友だちの友だちは友だちではない。どこの馬の骨か知らないヤツから友だちへの「おめでとう」が自分のTLに表示されるのだ。その邪魔くささといったら。

● ぼくが誰かにとっての馬の骨になることもあるだろう。だから「おめでとう」投稿はしないことにしている。
 それに加えて誕生日を非公開にしておけば,自分が馬の骨を作ってしまうことも防げる。

● が,FBは誕生日を公開しないのかと,うるさく言ってくる。こんなお節介,やめてくれないかなぁ。FBって小学校低学年の学級会なのか。

● しょうもない「いいね!」を連発するヤツもいる。特に,広告に「いいね!」をつけるヤツってのは,何を考えているのかと思う。
 そういうのはフォローを外す。フォローを外してもなお,○○さんがこのイベントに興味があると言ってます,というのをわざわざ伝えてくれる。フォローを外したヤツが何に興味を持っていようとどうでもいいんだけど,律儀に教えてくれる。
 どういうわけなんだかね。そういうのは友だちから削除しろってことか。一番いいのは「いいね!」を表示しないように設定できることなんだけど。
 これら以外にも,ない方がいいサービスがいくつかある。妙なところでお節介過剰なんだよねぇ,Facebookって。

● 友だちが多い人はリストを作成しているはずだ。ホームのタイムラインなんか見ないだろう。ぼくなんか友だちが14人しかいないので,すべてホームで対応しているんだけども,それでもフォローを外している人が3人いる。
 Facebookで一番大切なのは,友だちを無闇に増やさないことだろうね。

2017年12月16日土曜日

2017.12.16 Chromebookを購入-そのドタバタ

● 自分が使っているIT機器はパソコンとスマホ。Apple製品にはどうも入り込めなくて,パソコンはWindowsでスマホはAndroid。
 スマホはたしかに便利なんだけど,入力がネック。フリックで100字以上の文章を入力する気にはならない。

● 普段はパソコンを持ち歩くことはしていない。が,泊まりで外出するときにはWinのタブレットPCを持っていく。マウスコンピュータ製の安いやつ。
 ところが,これ,カバーを兼ねたキーボードが少々使いにくい。キーボードはすべからく慣れの問題だと思うし,実際,慣れてきてるんだけど,タイプミスが多発する傾向は変わらず。意外にイライラする。

● スマホに外付けキーボードを合わせることも試みた。数年前に折りたたみ式のBluetoothキーボードを買った。
 でも,これはまるでダメ。BTだとしばしば断線してしまう。とても使いものにならなかった。
 今は改善されているのかもしれないんだけども,こういうのは一度ダメとなると,二度目はない。

● ではと思って,USB接続のキーボードを買ってみた。断線はしないし,入力は快適になった。
 けど,キーボードが少し大き過ぎるのと,ケーブルの取り回しが面倒でね。

● で,パソコンでリプレイスするしかないという結論に。
 外に持ちだすんだから,軽くて頑丈でないと困る。あと,バッテリーがもつこと。
 テキストが入力できて,ネットにつながればそれでいい。むしろ,それ以外の機能はない方がいい。WordもExcelも要らない。
 だったらポメラでいいじゃないかとも思ったんだけど,ポメラもキーボードにやや不安あり。

● ということで,Chromebookを買おうかと思って。新品の必要はないので,ヤフオクで中古狙い。
 “4BG(RAM):16GB(ストレージ)”で充分だ。価格は2万円未満が目安。

● 一発目の入札は価格が2万円を超えた。二発目は500円差でかっさらわれた。終了時刻が夕食の時間帯だったので,確認を怠った。
 が,三発目がある。1万5千円で出ている。今のところ入札者はいない。ギリギリまで入札しないでいて,終了間際に一発で決めようと思っていた。

● ところが,この機種を使っている人の紹介記事(ブログ)によると,これは3年前に出たもので,彼は半年後に3万円弱で買ったらしい。
 それから2年半が経過した時点で,中古品を1万5千円で買うのはどうなんだ? それなら1万円増しでももっと新しいのを買った方がいいんじゃないか?

● 両者の違いは,タッチパネルになっているかいないか,Androidアプリを使えるか使えないか。それ以外の基本性能に違いはないようだ。
 ぼくはタッチパネルもAndroidアプリも必要としない(と思う)。それでも3年前の中古品を1万5千円で買うのはなぁと,セコいことを考えている。

● というわけで,Chromebookのヤフオク入札,どうもチグハグだ。価格,性能,重量のどれを最優先にするかにブレがありまくりだ。あと,発売時期とかね。
 ブレがあるというより,何も考えていないという感じね。

● 要するに,性能か軽さか。モバイル用途なので軽さを最優先にすることに決めた。性能にも価格にもある程度は目をつぶろう。
 となれば,ASUSのFlip C100の一択。890㌘。ポメラの580㌘には負けるけど,充分に軽い。

● なのに。昨日,つまり何も考えていないときに,あまり軽くないやつに入札してしまっているのだ。現在,最高額入札者なのだ。終了まであと1時間。頼む,誰か高値更新してくれ。
 これで落札になるはずがない。必ず,誰かが高値更新するはずだと思ったんですよ。いたずらのつもりだったんだよ。

● あ~ぁ,落札になっちまった。AcerのC730E-N14M。昨年4月の発売。たぶん,新品同様。バッテリー駆動は13時間。スペックにはまったく不満なし。
 消費税,送料込みで23,141円。値段的にもまぁまぁでしょ。そりゃそうだ。落札はしないつもりで,入れた額なんだから。

● こんなもんなんだよなぁ。でもね,1.45kgもあるんですよ。重すぎるんですよ。ひと昔前なら充分に軽いんだけど,今となってはねぇ。これを持って外にでる気になるだろうかなぁ。
 どうもね,詰めが甘いというか,余計なことをしてしまうというか。こういうところに性格って出るんですかねぇ。

● ま,でも,しょうがないもんね。使い倒して元を取らなきゃ。23,141円の元をね。
 あ,厳密にいうと,Yahoo!カードを作ると5000点のポイントが付く。当然,作りましたよ,Yahoo!カード。ので,実際の支払額は18,141円になったんでした。
 しかし,どうもあまり嬉しくないのは,何より数日後に届くであろうC730E-N14Mにとって不幸なことかもなぁ。
 結果論だけど,二発目を取りこぼしたのが痛かったな。

● ChromeOSはハードに多くの性能を求めないためか,3年間でスペックに変化がない。これでは端末製造メーカーとしては旨味に欠けるかもね。
 生産しているメーカーも減ってるっぽい。日本市場に継続して製品を投入しているのは,AcerとASUSの台湾2社に限られる。

● アメリカではけっこうシェアを取っているという話を聞くんだけど,日本ではまったく盛りあがっていない。
 宇都宮のヨドバシにも,Chromebookの実機は1台しかなかった。足をとめる人もいなかった。

● オフラインでは何もできないと思われているのも一因かも。実際には,ネットにつながっていない状態でもテキストエディタは使えるし,端末への保存も可能。Googleオフィスも使えるらしいんだけどね。

2017年12月15日金曜日

2017.12.15 宴会文化の終焉

兵どもが夢のあと
● というわけで,忘年会。こういう宴会というのはすでに時代遅れになっている。我慢して参加する人もいるだろう。我慢を作りだすようなものは,原則,ない方がいい。
 ノミュニケーションにノスタルジアを感じる人もいるかもしれないけれど,ノミュニケーションの効果も以前よりは限定的になっているように思える。

● 酒は少人数で飲むべきもの。というか,この年になると一人酒をもって最上とする。
 宴会という形は結婚披露宴だけでいい。いや,披露宴もどうなんだろうかな。ほんとにお祝いしたい人だけに限定すると,両家あわせて,いいところ50人規模になるんじゃないか。
 ぼくは,冠婚葬祭のうち,冠婚はすべて欠席する方針。ま,ぼくの周囲にこれから結婚しそうな人はいないので,招待状が届くこともあるまいと思っているが。

● 同窓会もしかり。学校や職場を問わず,旧交を温めることはしない。というより,温めるほどの旧交は持ちあわせていないと言った方が正確かもしれない。去る者,日々に疎し,ということもあるしね。
 ついでに申せば,今年からは年賀状も出さない。もらっても返さない。
 地域の世話役のようなこともやるつもりはない。ぼくに頼もうとする人もいないだろうけど。

● そうして,世間から自分を隔離していく。世間との接点はネットだけでいい。と,半ば本気で思っている。

● 唯一,若い女性とはたまに飲みたいね。これだけは例外。その相手をどうやって探す? それが問題だ。
 今のところは,まだ現役時代の残り香があって,たまに飲んでくれる相手はいるんだけど,それがずっと続くとは思えないわけでね。

2017.12.15 真岡で忘年会

夜明け前の宝積寺駅
● 職場(真岡)の忘年会。というわけで,電車&バスで出勤。夜明け前の5時半に起きて,6:06発の宇都宮行きに乗った。
 この時間帯の電車の乗客には高校生が多いんですね。部活の朝練だろうか。高校生は忙しい。

● 宇都宮で30分待って,真岡行きのバスに乗ると,8時過ぎに職場に着く。
 車なら40分なのに,電車&バスだと,真岡は東京よりも遠いところに変身してくれちゃう。

● 車で出勤して,夜は泊まるという方法もあるんだけど,ビジネスホテルに泊まるってこと自体,けっこう億劫になっててね。年のせいでしょうね。
 それと,以前よく泊まっていた宿が廃業しちゃっててね。金曜日に真岡に泊まるのはけっこう難しい印象がある。つまり,当日に電話しても,申しわけありありません,満室でございます,と言われちゃうと思う。

● 真岡で飲むとなると,かように前後の負担が大きくなる。自動運転が実用化してくれれば,問題はすべて解決するんだがな。

● それでも,以前はけっこう飲んでたんだよね。真岡の飲み屋って総じてレベルが高いと思っていてね。
 「門前」に入りこむと,けっこうディープというか,昭和チックというより,大正かここは,と言いたくなるような酒場も残っていたりする。それをそのまま拡張すれば,新宿のゴールデン街になりそうな。ゴールデン街のような濃いお客は,さすがに真岡には少ないだろうけどね。

● そういうわけだから,自ずと飲み会は少なくなっている。必ずあるのは4月と12月の2回だけ。ありがたい。

2017年12月12日火曜日

2017.12.12 体内年齢は47歳

●先月16日に受診した人間ドッグの結果が届いている。見もしないで放っておいたんだけど,ぼくの体内年齢は47歳なんだそうだ。実年齢よりひと回り以上,若いぞ。
 食べたいものを食べたいだけ食べてるし,毎晩飲んでるし,健康のためには何もしていないんだけどね。自転車通勤を再開して,体重を数㎏落とせば,ひょっとしたら30歳台にもできるかも。

● っていうことは,体内年齢がいくつかなんて意味がないってことなんだよね。加齢は段々に進むんじゃなくて,折れ線グラフ的に,来るときにはガクッと来るものだろう。検査当日のコンディションによってもだいぶ違うだろうしね。
 ぼく,定期検診っていうのはムダだからやめた方がいいと思っているクチなんだけど(義務だから受けている),筋肉量だの基礎代謝量だので体内年齢を算出するのはいよいよ無意味。

● こういう人工的に拵えられた数値に一喜一憂するのは,愚かさに裏打ちされた大衆性の発露だと言ってしまうことに,躊躇する必要はない気がする。
 といっても,嬉しいな,これ。

● ま,検診の結果が模範的だった人が意外に早死するのもよくあること。まして,体内年齢と寿命との関係はほぼないでしょう。
 おそらくなんだけど,誰の場合でも体内年齢の数値はかなり若めに出ると思う。個々の数値はだいたい年齢相応,肝機能なんかは生活相応でアベレージよりだいぶひどい結果だったから。それでも体内年齢は47歳なんだから。

● ただ,食べたいものを食べたいだけ食べているといっても,平日は朝食は完全に抜いている(これ自体がいいことかどうか)。昼も軽め。仕事がある日はあまり食べたくならない。
 その代わり,休日前の夜からは呆れるほどの高カロリー食になるんですな。

2017年12月10日日曜日

2017.12.10 氏家の「登竜」でチャーハン

● 氏家の「登竜」で昼食。今日は21時までは全席禁煙のはずだから,相方も安心して。
 何度かくるうちに,相方もここが一番のお気に入りになって来たようだ。そうだろうよ。回を重ねるごとにじんわりと旨さが染みてくるのだ。

● ぼくが注文したのはチャーハンセット。相方は味噌ラーメン。野菜がたくさん食べられるから,と。
 その相方,ぼくのチャーハンも食べて,味噌ラーメンは少し残した。食べても食べても野菜が減らない,と申しておりました。

● 「登竜」のエバンジェリストになるつもりはないんだけど,いいものはいいのだ。旨いものは旨い。

● 配膳はアルバイトがやっている。わりと勤務年数が長い印象。居心地がいいのか,いつかは厨房の中に入って技を覚えたいと思っているのか。あるいは,それ以外に理由があるのか。
 長く務めた人には暖簾分けを許している。ひと頃は何軒か「登竜」ができたことがある。のだが,暖簾分けで始めたところで続いているのは,ぼくが知る限り一軒しかない。なかなか本店のようにはいかないようだ。
 なぜかというと,本店の大将をコピーすることができていないからではないかと,無責任に推測している。

● お見受けするところ,これだけ流行っているんだから,相当な日銭が入るだろう。ベンツに乗ったり,店を任せて夜遊びをしたければ,いくらでもできるんじゃないかと思う。が,そうしている気配はない(ベンツには乗っているのかもしれないけど)。
 ほぼ,年中無休。店を開けている時間が12時間。当然,仕込みや仕入れもあるんだろうから,仕事ずくめのはず。
 いつ行っても大将は厨房にいる。仕事が生活のすべてになっているようだ。何十年もそうしてきた(のだろう)。
 大将はたぶんインターネットもしないだろうし,スマホも持っていないっぽい。テレビを見ている時間もないだろう。北朝鮮の核ミサイルなんか彼の世界にはないだろう。

● 暖簾分けで独立した人には,これがたぶんできない。飽きてしまうのか,途中でダレてしまうのか。いや,できないのが普通だろう。
 それを責めるわけにはいかない。自分だって絶対にできないから。しかし,普通ではオンリーワンにはなれないものでしょ。

2017年12月9日土曜日

2017.12.09 伯母の葬儀

● 午前中は義理の伯母(母方の伯父の連合い)の葬儀に参列。子供の頃によく面倒をみてもらった。その伯母の葬儀とあらば行かざるべからず。

● 91歳だった。大往生と言われるのだろうけれど,長すぎる人生を生きなければならなかった哀しみのようなものはなかったか,と思ってみたりする。ようやく重荷を降ろせてホッとしているのではないか,と。
 いいことばかりを見られたわけではなかったはずだ。誰もがそうだろう。

● いずれ100歳まで生きるのがあたりまえになるのかもしれない。120歳まで生きられるようになるのかもしれない。
 が,果たしてそれはいいことなのか。人間の適正寿命は那辺にあるのか。ひょっとしたら,自分の今の年齢がまさに適正寿命であるのかもしれない。そんなことも思ってみた。

● 葬儀に出る度に不思議に思うことがある。遺伝についてだ。親戚が多く集まる。遺伝子的にはごく近い人たちのはずだ。
 が,見事に統一がない。それぞれバラバラだ。バラバラの度合いも大きい。お喋り好きからあまり話したがらない人まで。職業も境遇も,たぶん学校の成績も。

● よく精神病とか精神障害の場合,遺伝ということが言われる。ひょっとすると,何がなんだかわからないので,遺伝に逃げているだけじゃないのか。
 本当に遺伝なんてあるんだろうか。あったとしてもほんの僅かじゃないのか。そんなことを思う。

● もうひとつ。この歳になっても,自分が大人になりきれていないことを感じさせられる。大人の要件のひとつは,儀式を上手にこなすってことではないだろうか。
 焼香ひとつとっても,型にはまっていると大人だなと思う。ぼくは未だにそれができない。テレを感じてしまう。大人になれてないなぁ。

2017年12月8日金曜日

2017.12.08 「みやこ家」は今月から若干の値上げ

● 氏家の「みやこ家」。今月から値上げも,主力の石焼つけ麺は据え置き。麺と一緒に注文すればお得になるセットメニューも据え置き。
 それ以外の,たとえばカレーつけ麺,煮干しつけ麺,まぜそば,は50円程度の値上げ。

● つけ麺ではないラーメンもある。こちらはあまり注文したことがないので,元々の値段がわからない。
 一番安い煮干しラーメンは据え置かれているようだったけど。

● で,価格が据え置かれた石焼つけ麺の“あっさり”を注文。麺は中太麺(平打麺)に変えてもらった。
 ぼくの好みは,中太麺を食べるんだったら,煮干しつけ麺の濃厚がいいね。
 ただ,石焼きつけ麺の濃厚との価格差が少なくなったので,石焼き濃厚に流れることが多くなるだろうな。

● 今夜はお客さんが入っていた。いつもより少し遅い時間にずれこんだ。夕食を摂るには遅すぎる時間帯だと思うんだけど,その時間帯にお客が入るんだね。
 ともあれ,お客さんが入っているのはけっこうなことだ。混み具合も味のうちだ。

2017年12月7日木曜日

2017.12.07 NHK受信料に関する最高裁の判決

● 内容は次のとおり。
 放送法は合憲。契約の成立時期は,契約を承諾しなかった人に対してNHKが提訴し,契約を命じる判決が確定したとき。ただし,受信料の支払い義務は,テレビを設置した時から発生する。
 NHKとして受信料を払ってもらえばいいのだろうから,結果だけを見れば,NHKの全面勝訴といっていい(契約を拒否する人がいれば,いちいち提訴しないと受信料は取れないわけだから,NHKにとっても厳しい判決だという人もいるけれど)

● 妥当な判決でしょうね。というか,裁判所としてはこれしかないという判決だろう。法律解釈が司法の職務であって,放送政策をどうするかというのは国会なり政府の仕事だ。裁判官が口を出していいところではない。
 だから,政策の是非の判断を裁判所に求めるというのは,その発想そのものが歪だとしか言いようがない。法律万能主義者とはそういう人たちのことを言う。

● これについてネットに次のような意見が載っていた(→こちら)。
 なるほど,そうか。「NHKの電波にスクランブルをかけ,受信料を払った人しか見られない有料放送にすればいい」のか。
 ここでも問題は技術で解決できるんだな。言葉の応酬は要らないんだ。

● テレビを1秒も見ないようになって4,5年が経つ。それで何の支障もないんだけど,受信機はある(相方が時々見ている)のでNHKに受信料を払い続けている。
 ぼくとしては,NHKがこの方法を採用してくれれば,ありがたいんだがな。

● ワンセグであっても受信料の支払い義務が生じるというのがNHKの見解。これについてはどうなのか。ワンセグなどスマホから外してしまえというのがぼくの意見。
 テレビを見ないんだから,ワンセグのお世話になることもない(かつてはワンセグって便利だと思った時期もあったんだけどね)。いまどき,リアルタイムで見なきゃいけない番組なんてあるのかい。
 リアルタイムにこだわらなければ,見る方法は(録画以外に)いろいろあるだろうよ。ワンセグなんてもう時代遅れでしょ。
 なので,自分はワンセグ機能なしのスマホを使っている。

● テレビを見ないくらいだから,ぼく一個はNHK不要論者だ。唯一,通勤の車のなかでFMを聞いているけど,これも絶対必須かと問われれば,否。スマホから電波を飛ばして好きな音楽を聴けばいいだけのことだ。
 テレビと新聞は生活の邪魔。新聞なんか会社で取っているやつを見るか,週に一度図書館でサッと見出しをながめればそれで充分だろう。

● ニュースはネットで見ればいいということではなくて,ニュースなんて知っている必要があるのかってことなんですよ。
 アメリカの大統領が誰なのか知らなくたって,困ることなんか何もないよ。なんだったら,日本の総理大臣が誰か知らなくても,たぶん,生きていくのに何の支障もないと思う。

● そんなものより,白菜や大根の値段の方がずっと重要な情報でしょ。そんなの,テレビでは取りあげないし,新聞にも載ってないもんね。

2017.12.07 Facebookは個人版カベ新聞

● Twitterは「言いたいことを言いっ放しにするのに向いたツール」であるのに対して,Facebookは何だろうか。
 個人版カベ新聞だと思う。ただし,かなり余白の多いカベ新聞。

● ブログでもTwitterでも,あるいは雑誌や新聞に寄稿する場合でも,何を書いても結局は自分を語ることになる。
 Facebookの場合,そういう次元の話ではなくて,ストレートに自分のことを書いている例が多い。何を食べたか,どこに行ったか,何をしたか・・・・・・。ベタに自分のことを書く。壁新聞の電子版という趣がある。

● 実名原則のゆえか,他人をとやかく言うのも基本的には避けられている。ベタに自分のことを書いているのに,それに対してとやかく言ったのでは,かなりの確率で厄介なことになる。
 議論も歓迎されないだろう。あたりさわりのない話が好まれる。そのあたりさわりのない話に,互いに「いいね!」を付け合う。

● 社会性のある話もあまり好まれないのではないかと思う。提言といえば,誰も反対できない正論であることがほとんどだ。
 したがって,Facebookで交わされている話は,おおよそつまらないものになる。文字どおり,“友だち”の消長を知ることがFacebookの効用のほぼすべてであって,Facebookを使うことによって賢くなるという部分は皆無に近いだろう。

● つまり,リアルのコミュニケーションとまったく同じだ。どうでもいいことをやり取りするから,コミュニケーションはコミュニケーションたり得ている。どうでもよくない話をやりとりするのは,大小の緊張を強いられる局面であって,できれば避けたいものだろう。
 Facebookはその意味では日常の拡大だと言える。

● 面と向かって悪口は言わないけれども,その人がいないところでさんざん彼(彼女)をこき下ろしてスッキリするというのも,リアルと似ている。
 つまり,Facebookでは悪口は言わないけれど,匿名で通せるTwitterその他ではこれがけっこうあるのじゃないかと思っている。

● ベタに自分を語るといっても,本当のベタではなくて,大なり小なり修飾が加えられるのもリアルと同じだ。シコバルというのはこのあたりの方言だろうか。そのシコバル感じが透けて見えることもある。
 これが嵩じるとリア充自慢になってしまう。リア充自慢は写真を使えば簡単にできる。バレバレなんだから何もそこまでと思うことがあるのも,リアルと同じだ。
 おそらく,Instagramではさらに活発なのだろう。インスタ映えという言葉があるくらいだから。

● Facebookで宗教と政治の話をすることは,事実上禁止されている。これもリアルと同じだ。選挙で自身が支持する候補者を具体的に挙げて,協力を要請すれば,まずブロックされるかフォローを外されるだろう。ときにそういうバカがいる。
 自身のPRが過ぎるのも同様だ。自分をベタに語る媒体なんだけれども,そこはリア充自慢程度にとどめておかないと,周囲から嫌われる。企業や団体のFacebookは,PRのためだとわかっているから,存在することが許される。個人があからさまにそれをやるとはじかれる。

● というわけなので,友だちをいくら増やしても,あまり楽しいことにはならないだろう。「自分」の水準が高い人のFacebookはやはり面白い。かといって,そういう人に友だち申請をするのは憚られる。
 Facebookの面白さは,自分と友だちの水準による。逆にいえば,それぞれの水準に応じて,それなりに楽しめるものと言えるかもしれない。

● 以上を要するに,Facebookは自分をベタに語るツールであって,個人版のカベ新聞といえる。ただし,語れない,語ってはいけないところも多いわけだから,そのカベ新聞には余白が多くなる。
 それを互いに読み合うことによって,リアルによく似たコミュニケーションが展開される。

● 以下は余談。
 Facebookの仕組みの中には,なんでこんなものがと思うのがある。友だちの誕生日に誰かがお祝いのメッセージを送ると,その誰かが誰であっても,こちらのタイムラインに流れてくる。ここだけをブロックしたいと思ってもできない仕様になっている。
 つまらない投稿や「いいね!」を多発する人もいて,その場合はフォローを外せばいいだけだ。ただし,唯一,「Aさんがこのイベントに興味があると言ってます」というのだけは通知される。余計な通知だ。
 Twitterと違って,投稿もあまり頻繁だと嫌がられるのじゃないかと思う。「いいね!」もほどほどにしておくこと。特に,広告への「いいね!」は一切しないと決めるのがいいだろう。
 それから,人様のタイムラインに直接書きこむのは絶対に不可。友だち申請のご承認,ありがとうございます,も同様。それ自体要らないと思うが,言いたければMessengerを使った方がいい。
 以上,Facebookでできることを全部やろうとするのは,フォローを外される元になる。知っておくべきだと思う。

2017年12月6日水曜日

2017.12.06 TwitterはSNSというより,言いたいことを言いっ放しにするのに向いたツール

● 自分はネットで発信している量は多い方だと思う(質は問わないことにする)。メインはブログなんだけど,Twitterを使うと自動的にログを残すことができる。
 Twitterに関していうと,もっと早くから使っていればよかったと思うものの,それを言っても仕方がない。それまでSNSを忌避していたんだから。

● 発信量が多いということは,ネットでは饒舌だということだ。話好きなのだ。
 今のところ(おそらく,これからも)自分の発信に対する反応はほとんどない。が,それを寂しいと感じたことはない。だからネットは不快だなどとは,間違っても思ったことはない。
 言いたいことを言うだけでいい。キャッチボールをしたいとは思っていないのだとわかる。話好きではあっても,聞くのは好きじゃないのだ,と。
 だから,Facebookとはあまり相性が良くない。

● 言いたいことを言う。人の話は聞かない。ネットはそれにピッタリのツールだ。ブログはまさにそれだし,Twitterもフォローをやめてしまうという手がある。
 そこまではしなくても,ホームに行かないで自分のTLしか見ないという手がある。じつは,そうしている人がけっこう多いんじゃないかとにらんでいる。

● TwitterはSNSというより,言いたいことを言いっ放しにするための装置ではないだろうか。
 有名人のツイートはいわゆる炎上に見舞われることがあるけれども,他人の反応に一切関心がなければ,いくら炎上しようと知ったことではない。彼らにすれば,そういうわけにも行くまいが。

● スマホはなくても支障はないと思っている。が,その場合はコンパクトデジカメを持ち歩くことになる。ツイートじたいは,まとめてパソコンでやる方がむしろいいかもしれない。っていうか,原則はそうしている。その方が時間を節約できる。スマホは入力には向かないので。
 しかし。携帯できる電話機はぼくにはあまり必要のないものであることはたしかなんだけど,自分でも気づいていないだけで,スマホの恩恵は受けているのかもしれない。

● とにかく,自分はネットの恩恵を享受している。そのネットの悪口はあまり言いたくない。

2017年12月5日火曜日

2017.12.05 オーディオ機器について駄弁を弄する

● 音楽を聴くんだったら,やっぱり生がいい。音も含めて,得られる情報量が数段多くなる。
 しかし,生はお金と時間がかかる。チケットを買わなければならないし,ホールまで自分を運んでいかなければならない。

● 幸い,クラシック音楽について言うと,アマチュアの演奏活動が圧倒的に隆盛なのが日本の特徴で,その水準には端倪すべからざるものがある。その演奏を聴いて何らかの不足感を覚えることは,ぼくの場合はあまりない。
 ので,アマオケの演奏を中心に聴いている。おおよそ,それで満足している。

● あとは,オーディオ環境をそれなりに整えて(といっても,今どきだったらミニコンポで充分だと思うが)CDを聴けばよい。聴く人が聴けば,CDからでも充分な情報を拾えるはずだ。
 急いで付け加えておくんだけど,ぼく自身は「CDからでも充分な情報を拾える」人では,どうやらないっぽい。それゆえ,わりと頻繁に生演奏に接したくなるのだ。

● オーディオ機器についてさらに駄弁を弄すると,ハイレゾ対応なら言うことはないけれど,対応していなくても別にかまわないと思う。
 レコードやカセットテープなど,アナログ復帰の動きがかなりクッキリとあるんだけれども,すでに膨大なレコードを持っている人でもない限り,この動きに追随するのは,ぼく一個はお勧めしない。
 この分野ではデジタル化を徹底するのがいい。音楽を聴くというその一点だけのためにでも,パソコンを買うべきだ(ただし,最新型である必要はまったくない)。それだけの価値はある。

● レコードで聴くと音が柔らかいとかまろやかに感じるという声がある。その柔らかさっていうのは,ピントが微妙に合っていない写真に感じる柔らかさと同種のものではないかと疑っている。
 要はシャープじゃないってことで,柔らかいよりもまずはシャープである方を優先すべきだ。シャープさの中から立ち現れてくる柔らかさが演奏の柔らかさなのであって,全体が柔らかいのは,たんにピンぼけているのだ。
 録音技術の問題もあるんだけど,それを言いだすときりがない。

● と言っておいて何なんだけど,ぼくはミニコンポすら持っていない。
 強いていえば,ノートパソコンに外付けスピーカーをつないでいるんだけど,パソコンの回路のみで音を鳴らしてみたって始まらない,っていうことくらいは知っている。これはYouTubeを聴くためのもの。

● それ以外はどうしているかというと,SONYのWALKMANですませている。外ではイヤホンで,家ではヘッドフォンで。
 ただし,家で聴くことはほとんどないので(これがミニコンポも買わないでいる理由),自分は本当に音楽が好きなんだろうかと疑いたくなることがある。

2017年12月4日月曜日

2017.12.04 安室奈美恵から考えた

● セブンイレブンって強いんだろうねぇ。こういうところでキッチリと今をときめく安室奈美恵を引っぱってこれるってのがねぇ。

● 嫌な顔をされるのを覚悟で申しあげますが,クリスマスにケーキを食べるなんて,大衆そのものですよねぇ。
 大衆の定義は“カモにされる側の人間”ってこと。

● ぼくらはしょせん大衆であるしかないのかもしれない。けれども,大衆性の一つひとつを点検して,それを外す努力はしなければいけないものだと思いますよ。
 たとえば,新品にこだわってしまうとか(新車,新築),有機栽培の農産物にウカウカと惹かれてしまうとか,黄金週間にはどこかに出かけるものと思いこむとか,マスコミ情報をそのまま自分の意見にしてしまうとか,“世界=職場”になっているとか。
 そういうものを一つひとつ外していく努力をすること。

● その努力ってのは,愚かさを一枚ずつ剥がしていく努力になる。そのためには,情報(ネットに普通に溢れている情報から一段掘り下げたもの)も集めなければならないだろうし,勉強もしなければならない。
 大衆でいることはカンファタブルだ。そのカンファタブルを壊していく努力でもある。

● というわけで,なかなかシンドい作業になる。早い話が,自分の周りは大衆ばかりなんだから,周囲から一歩浮いてしまうことになりかねない。しかも,そのシンドさが報われる保証はない。
 であっても,それをやらないまま一生を終えてしまうのは,いかにも残念だ。

● ちなみに,その大衆性が最も充満している世界は,今のところ,Facebookだろう。およそどうでもいいことを開陳して,お互いに「いいね!」をしあって,その状態で完結している。「いいね!」を求めてしまうと,大衆に墜ちざるを得なくなる。論理必然的にそうなる。
 そこから脱するには,いったんは「いいね!」を忘れて,自分の投稿の質を上げる努力をしないといけないのだろう。それは大衆性を外していく努力とパラレルになる。そうこうしていると,「友だち」が入れ替わっているかもしれない。

2017年12月2日土曜日

2017.12.02 休日おでかけパス

● 休日に首都圏に出かけるときは,「休日おでかけパス」がお得。「都区内フリーきっぷ」がなくなったあと,この切符が命綱。
 メリットは2つ。ひとつは,往復の乗車券を買うより安いこと。もうひとつは,都内を移動するときにいちいち切符を買わなくてすむこと。

● しかし,問題がある。宇都宮駅では販売していないことだ。自治医大駅以南の駅でしか購入できない。となると,自治医大駅でいったん下車しないといけない。
 これは少々厄介だ。が,よほど急ぐのでない限り,そうしてでも「休日おでかけパス」を買った方がいいというのが,ぼくの体験上からの結論。
 ぼくが東京に行くのは百パーセント遊びのため。遊びに行くのに急ぐなんてあり得ない。もしあっても,家を出る時間を前倒しすればいいだけだ。

● ここ数ヶ月,現金決済主義から脱したオレ。JRの切符もクレカで買えるようになるといいのにな。なってくれないかな。なるわけないよな。Suicaを使えってことだわなぁ。つーか,いちいち切符買ってんのかよ,おまえ,って言われるな。
 ところが。トクトク切符は自動券売機でクレカが使えるんですね。知らんかった。が,暗号入力で手が止まってしまった。暗号がわからないんじゃなくて,暗号の入力方法がわからない。どうすれば暗号を入力できるんだ? あ~ぁ。現金で買いましたとさ。

● ちなみに,今日の帰りは,川崎駅で上野東京ラインの小金井行き鈍行に乗車。蓮田で後から来る快速宇都宮行きに抜かされるので,その快速に乗り換え。そのまま乗っていればいいものを,久喜で,先に着いて快速待ちをしていた鈍行の宇都宮行きに乗り換えた。
 第一に快速は混んでいたから。第二に急ぐ理由がなかったから。とはいえ,最初に乗った小金井行きに乗り続けてしまうと,だいぶ遅くなってしまう。小金井でまた次の電車を待つことになるので。
 急ぎはしないけど,あえてそこまで遅くする必要もないと思って。


(追記 2017.12.07)
 わかりましたよ。機会の右下に数字ボタンがあったんですね。ここから入れればいいんだ。
 どうもね,スマホ的にパネルをタッチするものだと思い込んでいたのがいけなかった。

 っていうか,クレカでの買い物になれていないってことですか。今どき,暗証番号を押させるってあんまりないんだけどね。

2017.12.02 川崎駅内にあるラーメンの立食いスタンド

● 昨日は夜に食べすぎた。あまりと言えばあまりなほどに。ので,今日は朝食と昼食を抜いた。川崎に出かける用事があったので,帰りに川崎駅内にある「らーめん直久」でつけ麺を食べた。これが二度目になるかな。

● 立食いそばならどこにでもある。中には,ラーメンを出すところもある。けれども,ラーメンのみってのは珍しい。
 ここ八王子ラーメンを売りにしているようなんだけど,八王子ラーメンというのがそも何ものなのか,ぼくは知らない。普通の醤油ラーメンっぽいんだけどね。

● パキスタンかバングラディシュか,そのあたりから来たとおぼしき若い男性が複数いて,麺を茹でている。今,これが普通になりましたね。市中のラーメン屋でも,中国系の人たちが支えているところが多い。
 日本のB級食文化は彼らによって維持されているといっても,たぶん過言じゃない。彼らがやっているからダメかというと,まったくそんなことはない。
 彼らがそれぞれの国に帰って,ラーメン文化を移植してくれることもあるかもしれない。彼らの国の風土や食材に変容されて,パキスタン風ラーメンとか,バングラディシュ風ラーメンとかが生まれるかもしれない。

● つけ麺は580円。一番安いのは素ラーメン。440円。こういうところで食べるんだったら,素ラーメンにするのが粋というものかもね。ゴテゴテしたのよりも。
 次の機会があれば(あると思うんだけど),素ラーメンにしてみよう。

2017.12.02 バカの大群

● 上野駅の入谷口を出て,エスカレーターで降りていくと,そこに大勢の人が集まっていた。いや,集まっていたわけではないかもしれない。たまたま,そこで立ち止まっていただけかもしれない。
 とにかく,大勢の男女がいた。

● その彼ら彼女らが,一人残らずスマホをいじっていた。一人残らずだ。だから,大勢の人が集まっているにもかかわらず,いたって静かだ。口を開いている人なんていないんだから。
 その場を通り過ぎる人だけが喋っている。

● この光景,驚くにはあたらない。それはわかっている。ぼくにしたって,同じようにしていることが多い。
 しかし,さすがに異様感に襲われた。何なんだ,これは。これだけの人がまったく同じ時間の使い方をしている。寸分違わず同じことをしている。

● スマホを使って何をしているのかは,人それぞれなのだと思う。と言ってはみたけれど,大した違いはないよなぁ。ゲームだったり,LINEでやり取りしていたり,だいたい似たようなことをしているんだろう。
 いやいや,スマホ以前も同じだった。誰もが同じような話題で喋っていた。上司の悪口だったり,売れているタレントの話で盛りあがったり,美味しいお店があるよっていう話だったり,彼がねぇっていうノロケだったり,そこにいない人の噂話だったり,要はどうでもいい話を繰り広げていただけだった。
 リアルのお喋りから,スマホの画面が窓口になっただけのこと。何も変わっちゃいないのだ。

● スマホがもたらしたものは,次の2点だと思う。
 ひとつは,フェイスtoフェイスではないコミュニケーションを無料で実現したこと(月額の通信料はかかるわけだが)。LINEであり,FacebookのMessengerだ。もうひとつは,一人でできる娯楽の領域をこれまた無料で拡大したこと。
 ヘビーユーザーというか,頭が良くて行動力がある人たちは,それ以外にも色々と便利に使っているのだと思うけど,ぼくらにとってはこの2つだ。

● その結果どうなったかというと,コミュニケーションに言葉が要らなくなった。この変化がとにかく劇的だ。まったくスマホはぼくらの生活の仕方を変えてくれた。あっという間に大きく変えてくれたと思う。
 しかし,これ,ほんとにバカに見える。バカにしか見えない。このあたりは,要は慣れの問題で,いずれこの光景があたりまえに映るようになるんだろうけどね。

2017年12月1日金曜日

2017.12.01 カップ蕎麦が旨い

● カップの蕎麦。旨いねぇ。
 市販の乾麺と市販のツユを使って自分で作っても,とてもこの味には及ばない。市販のツユに鰹だの昆布だののダシを取って加えたところで,やはり同じだろうね。
 麺を自分で打って,ツユも一から手作りしたとしても,やはり同じだろうね。

● この分野で先鞭を付けたのは東洋水産の「緑のたぬき」だと思うんだけど,日清の「どん兵衛」が味では上回りましたか。
 「緑のたぬき」は天ぷら蕎麦だけだけど,「どん兵衛」は鴨だしネギだの,にんにくラー油仕立てだの,色々とバリエーションを揃えている。袋に入れたスープを替えればいいという話ではないと思う。日清が本気だすとスゲェーなって感じ。

● 「どん兵衛」の天ぷら蕎麦は,天ぷらの後乗せを推奨。サクサクと“裏切りの音”をさせながら食べてくださいよ,と。
 でも,ぼくは前乗せ派。この天ぷらはブヨブヨにふやけさせて食べる方が旨いと思っているので,そのようにしている。

● どっちにしてもです,カップでここまでの味を出すとは,メーカーの開発能力というか,力の入れ具合というか,大したものだなと思いますよ。
 年越し蕎麦はカップ麺でいいと思ってるんですよ。全然いいんじゃないですか,これで。

2017年11月29日水曜日

2017.11.29 飽かず,「みやこ家」

● 相方と氏家の「みやこ家」。中太麺が食べたい気分だったので,“煮干しつけ麺”の濃厚を注文。
 ごたくを言わずに麺を喰いたいという向きには,「みやこ家」の麺はいいと思うなぁ。

● 相方情報では来月から値上げするらしい。ので,値上げ前に一回行っとこうよ,ってことでもあったんだけど,全品を値上げするわけじゃなくて,600円の“まぜそば”のみの値上げになるらしい。
 だったら,“まぜそば”を食べとくんだったわ,と相方は申しておりましたが。

● 原材料費が上がっている。最低賃金が引き上げられて賃金も上がっている。最低賃金の前に人手不足がある。
 しかし,かつてのインフレ時代とは違う。コスト増を消費者に転嫁するのは容易じゃない。「すき家」もメニューの一部を値上げするが,最も出ている牛丼並の価格は据え置くらしい。辛いよね。ここを上げないと値上げの意味がないくらいでしょ。
 でも,怖くて上げられないよね。上げればどうなるか。お客が来なくなる。それが目に見えている。

● オンリーワンならいいんだけど,ラーメンでも牛丼でも,この競争激甚な業界でオンリーワンなんてあり得ない。すぐに真似される。
 消費者が財布の紐を緩めてくれるといいんだけどねぇ。遊興費とか贅沢品にはわりと向かっているようなんだけど,生活まわりの支出に関しては,なかなかねぇ。

● 値上げ前に食べとこうと,明日も行くかもしれん(→結局,行かなかった)。

2017年11月26日日曜日

2017.11.26 Galaxy Note8 欲しい

● ぼくはAppleという企業があまり好きではなくて,したがって“話題のスマホ”にもわりと無関心(相方はiPhoneのユーザー)。
 パソコンはWindows,スマホはAndroidがいいと思っている,イケテナイ野郎なんです。

● Galaxy Note7が大ゴケしたあとの,サムスンの立ち上がりの素早さは,ぼくの素人予想をはるかに上回るもの。たいしたもんだな,サムスン。が,依然としてサムスンの先行きは厳しかるらむ。
 ということは別にして,Galaxy Note8は魅力的なデバイスだなぁ。正直,欲しいなぁ。買えないけど。
 SONYのXperiaXZ1もいいですなぁ。これでもいいなぁ。買えないけど。

● スマホは楽天モバイルの格安プランで運用しているんで,GalaxyやXperiaを買うとすれば,ヤフオクなどの中古市場で,誰かがSIMフリーにしてくれたものを狙うことになりますな。2年先かな。
 今のスマホは最低でも5年は使える性能を備えているから,それで何も問題はないや。いや,目下使用中のASUSのZenFone3Maxもけっこう気に入ってるんですけどね。

● 問題はね,スマホをじつはあまり使ってないってことなんですよね。FBもほぼ百%,パソコンでやっている。スマホは入力機器にならないもんね。
 なのに,GalaxyやXperiaを持ってどうしようってんだと,自分に突っこみを入れたい気持ちもあるわけですよね。

2017.11.26 ちょっ蔵広場でロックサイド・マーケット

● 宝積寺駅前のちょっ蔵広場から何やら賑やかそうな声が,わが家の方まで聞こえてくる。午前中,出かけたときも,役場の駐車場に車がどんどんやってきて,今日は何があるんだろと思った。

● ので,まだ明るいうちに,そのちょっ蔵広場に行ってみた。ロックサイド・マーケットというのをやっているんだった。
 広場の一画に舞台が設えられて,歌を歌っている人がいる。次々に交替していくんだろう。もちろん,カラオケで演歌を歌っているわけじゃない。ギターやドラムもステージにある。つまり,ロックをやっているわけでしょ。

● ぼくなんか,ロックって何? と思っているクチだからね,長くは聴いていられない方なんだけど。
 屋台もたくさん出ている。ちょっ蔵広場には収まりきれなくて,その先の道路の両脇にも。食べもの屋もこんなのが高根沢にあったのかと思うようなところも出店していた。いや,高根沢の外からも来ているのかもしれないけどね。

● クリエイター・エリアというのもあった。どんなクリエイターが出品しているのかと思って,こちらも覗いてみた。手作りのアクセサリーとか手芸を施した小物とかだった。
 おまえ,世間をなめてんのか,と思う気持ちが半分,好きなことをして買ってもらえるなんて,それ自体が羨ましいな,と思う気持ちが半分。

● 高根沢にこんなに人がいたのかと思った。よそから来てる人もいるんでしょうけどね。ちょっ蔵広場ではけっこうな頻度でお祭りが開催されるけど,今日のが最大規模だろう。
 にしても。ちょっ蔵広場はかなり有効活用(?)されている。同じことを石末の町民広場でやっても,これだけの人は集まらないだろう。駅前という立地の良さは大きいね,たぶん。

● 夜には美しいちょっ蔵広場のイルミネーションも昼間見ると,こういう感じ。夜はネオンも妖しい歓楽街も,昼間は埃っぽくてうらぶれた様子に見えるのと同じか。いや,それと比べてはいけないか。

2017.11.26 某中華料理のチェーン店に

● 3月に食券をもらったんですよ。5千円分。使えるお店は限られている。すかいらーくの系列はどこでも使えるようだ。ので,氏家にある某中華料理のチェーン店に行ってみた。せっかくくれたのに,使わないと申しわけないし,もったいないからね。

● ぼくが注文したのは,野菜炒め定食。野菜炒めと餃子3個とごはんにスープバーが付く。スープは1種類。卵スープのみ。
 相方は五目焼きそばを注文。冷凍食品をチンして食べてるみたいと言っていた。ぼくも正直,ひと口でもういいやと思った(ぜんぶ食べちゃったんだけどさ)。

● 決して安いわけではない。それなりの料金だ。氏家には「登竜」があるのだ。これだけのお金を払えば「登竜」でチャーハンでもラーメンでも定食でも食べられる。
 なのに,ここにお客さんがいるのが非常に不思議。まぁ,ぼくらも来ているわけなんだけどね。

● 「登竜」を知らないんだろうか。ヨソから来た人たちなんだろうか。
 家族連れが多かったような気がする。家族連れには何かメリットがあるんだろうか。スープバーやドリンクバーを子どもが喜ぶんだろうか。
 どこに行ってもあるチェーン店だから,何がなしの安心感があるんだろうか。

● このチェーン店,できたばかりの頃は,ぼくも何度か行ったんですよ。飲茶を食べに。その頃,どういうわけか飲茶を食べたくてね。広尾に「香港ガーデン」ができた頃(その「香港ガーデン」もすでにない)。
 でも,今は飲茶メニューは消えているようだ。もう行くことはないだろう。

2017.11.26 超ひさしぶり,地元のマックに行ってみた

● 日曜日の午前10時半までは,地元のスーパー「とりせん」の日曜市。全品1割引。相方にせがまれて出かけるのが常。
 その隣にマックがある。ところが,まず寄ることはない。ここ数年,ガラーンとしてたこともあって,なおさら足が遠のいていた。

● ところが,スマホのクーポンでコーヒーが100円で飲めると相方が言うので,久しぶりに立ち寄ってみた。驚いた。だいぶ客足が戻っていたので。
 首都圏のマックは以前から回復の動きがハッキリとあった。でも,地方ではまだまだだと思っていた。

● 小さな子どもを連れた人たちが多いんだけど,女子高生が教科書を広げていたりもする。活気が戻りつつあるという印象を受けた。
 教科書を広げている女子高校生は長居をする。が,女子高校生は店の花にもなるのだ。

● マックが凋落したのは,中国の賞味期限切れの鶏肉騒ぎが原因ではない。それ以前からだいぶ落ちこんでいた。原因はハッキリしていて,原田泳幸前社長の判断ミスだ。
 高価格路線の採用と,回転率をあげるために長居する客を追いだそうとしたこと。客を追いだす飲食店がどこの世界にあるかということだ。
 その原田さんが残した大きすぎる負の遺産を,やっとこさ解消できたのかもしれない。長い時間がかかったけれども。

● Wi-Fiも改善された。Free Wi-Fiで速度もかなり速い。少なくとも,スタバより速い。この店はコンセントもマメにあるので,パソコンを抱えて出かけるのもいいかもしれない(といって,ぼくはやらない自信がある)。
 Wi-Fiを使いたくなったらマックに来ればいいんだね,と相方は申しておりました。

マックの求人チラシ
● これからの課題は,マックに限らないけれども,アルバイトの確保だろうね。これまた,時給の多寡もさることながら,雇おうとする店のイメージが大事だろう。
 ここでもひと頃のダーティーなイメージを払拭しつつあるのではないだろうか。消費者は何かあってもしつこく憶えているわけではない。敗者復活の機会は必ずあるということでしょうね。

2017年11月25日土曜日

2017.11.25 ベルモールはどこもかしこもクリスマス

● 宇都宮のベルモール。店内のそちこちにクリスマスの飾りつけがある。商品自体,クリスマス色のものが増えている。外の街路にもクリスマスツリーのイルミネーション。
 というわけで,どこもかしこもクリスマスなのだった。

● このムードと自分が置かれた境遇は違いすぎる,と感じる人がいるかもしれない。
 じつは,ほぼすべての人がそう思っているのだ。そこに思いが至らず,自分だけと思いこんでしまって,妙な疎外感を感じてしまう人がいやしないかと,少々危惧する。大きなお世話か。

● クリスマスケーキもご予約承り中。子供が小さかった頃はツリーを飾って,ケーキを買っていた。たいてい,サーティーワンで。でも,今はツリーもケーキもなし。
 外に出ればクリスマスの飾りはいたるところにあるんだから,それで充分。ぼくが子供の頃の農村にはクリスマスという習俗はなかった。いつからだろう? こんなものができたのは。

● クリスマス後の正月商戦も始まっている。イトーヨーカドーでもおせち料理のご予約承り中。
 大衆的なスーパーでも3万円とか4万円のおせちがオファーされてるのがなんか不思議でね。こういうのを買う人ってどういう人なんだろう。ぼくの想像を超える。
 先日,シェラトン都ホテルでは10万円のおせち料理のチラシがあったけど。

● わが家ではおせちを食べる習慣じたいがない。相方もぼくも,それぞれの実家に行けばおせちが出るんだけど,相方が自分でおせちを作ったことは一度もないはずだ。
 おせちって,正月くらいは主婦を休ませるための工夫だと聞いたことがある。が,自分の遠い記憶をたぐってみると,かえって主婦の(つまり,母親の)負担を増やしていたような気がする。
 冷蔵庫が普及し,正月もコンビニが営業しているこのご時世に,おせちでもあるまいと思っている。

2017.11.25 「満天家」,二度目

● 相方がもう一度,「満天家」に行きたいと言う。前回,初めて行ったときに食べた豚トロ丼が忘れられないらしいのだ。
 といって,下栗本店は少々遠い。いくら旨いといったって,ラーメンを食べるためだけに移動するには距離がありすぎる。
 ところが,“ゆいの杜”に支店があった。ここなら鬼怒川をこえずにすむし,まぁまぁ近い。渋滞知らずで行ける。

● “ゆいの杜”とはついぞ聞いたことのない地名だ。刈沼か野高谷の一部が独立宣言を出したんだろうか。
 わが家から向かうと,突如,大都会が出現したという印象になる。芳賀工業団地の手前,かつては宇都宮テクノポリスとして指定されていたエリアだ。
 テクノポリスなんぞ,もはや誰も口にしなくなった言葉だが,新興開発地として宇都宮では唯一人口が急増しているエリアだと聞く。小学校が足りなくて新設しなければならないらしい。いずれはLRTが走るようになるのだろう。

● 満天辛麺味噌。820円。辛さを選ぶことができる。ぼくは中辛,相方は大辛。ちなみに,マイルドな順から,中辛,大辛,激辛,鬼辛,狂辛,となっている。
 鬼辛や狂辛に挑むのは,青春と呼ばれる恥じ多き年代を生きている若者たちに任せればいいだろう。年寄りは無意味な挑戦はしないものだよ。
 実際,ぼくには中辛でも充分に辛かった。相方は大辛にした。彼女はぼくより強刺激を好む。辛さに強いし,お風呂もかなり熱くして入るのを好む。その相方にしても,大辛は文字どおりの大辛だったらしい。

● 大盛りは150円増し。が,それでも大盛りを食べたという気がしない。「みやこ家」の大盛りに慣れてしまっているからだ。
 ここでは,麺を大盛りにするより,ご飯を頼んで残ったスープに投入して雑炊にするのが吉かと存ずる。

2017.11.25 久しぶりだ,ホームレスを見た

● ホームレスって最近,あまり見かけなくなった。いなくなったのか,さらに目につかないところに追いやられたのか,ぼくにはわからない。
 今日,久しぶりに目にした。男性のホームレスだった。とあるコンビニの外にいた。外に向かって背中を見せて(つまり,本人は店の方を向いている),俯いたままジッとしていた。
 黒いコートのようなモノを着ているが,半袖だ。背中に破れがあった。下半身の方もボロボロになっていた。

● まさか前に回って顔を見るわけにもいかないので,年のほどはわからない。が,けっこう若いような印象を受けた。
 見事にジッとして動かない。それこそ黒い像になったかのようだった。

● 話かけてみようかと思わないでもなかった。が,他人の介入を拒む風情があった。
 そのうち,誰かが町に連絡して生活保護を受けさせようとするかもしれない。が,おそらく,本人は生活保護を拒否するのではないか。現状を変えることを極端に億劫がるように見えた。

● 仲間もいない。たった一人だ。彼にとっては,世間というのはないのかもしれない。世界=自分,何人の介入も許さないと,消極的に思い決めているような。
 どこかに段ボールの家を建てるなり,古着を手に入れるなり,自ら動いて現状を変えることは考えていないようだ。正常な判断ができなくなった状態かもしれない。

● よほど辛いことがあったのか。それともよほど弱い人なのか。
 が,このままだと彼は死ぬ。人間の身体は冬の野宿には向いていない。

2017.11.25 “日清どん兵衛”で吉岡里帆のクリアファイルを

● セブンイレブンで“日清どん兵衛”を買うと,吉岡里帆のクリアファイルがもらえる話をFacebookでしていた人がいて。ぼく,それに絡んじゃったもので,自分でも買わざるを得なくなって。

● 昨日,毎日立ち寄るセブンで探してみたんだけど,すでに予定枚数を終了してたっぽかった。このままではまずい。
 今日は朝から地元のセブンイレブンを片っ端からあたってみることにした。ら。1軒目でゲット。まだ,だいぶ残ってたな。昨日もぼくが見落としただけだったのかも(→後日確認。見落としていただけだった)。
 ちなみに,これは仕事なんかには使わないよ。観賞用だからね。

● と思ったんだけど。しかしねぇ,こういうものって,手に入れちゃうとその瞬間に熱が冷めるね。欲しい人がいれば,あげちゃってもいいかなぁと思う。

● 「どん兵衛」は旨いので,たぶん,これからも買い続けると思うんだけど,コンビニよりスーパーの方が3割方安く買える。スーパーでまとめ買いでしょうね。
 というわけで,こういう景品作戦には乗らない方が吉ですな。

● ただ,この過程で星野源と吉岡里帆のCMをYouTubeでまとめ見することになりましてね。いいCMですわ。
 星野源とくればどうしたって「逃げ恥」を思いだすわけだけど,吉岡里帆って新垣結衣とテイストが似ている感じがしますな。

2017年11月23日木曜日

2017.11.23 何もしなかった一日

● 昨夜は23時に寝て今朝起きたのは8時。午後,2時間ほど風呂で過ごして,その後,テーブルでうたた寝。
 あ~ぁ,何もしないで,何も起きないで,1日が終わりそうな幸せ。このまま明日が来なければ最高だ。
 これって,準冬眠状態? 1億総冬眠になれば。うつ病で苦しむ人も激減するんじゃないかなぁ。バリバリやりたいヤツにはやらせておけよ。君はバリバリ派じゃなくていいんだよ。

● 夜は,相方が作ってくれた豚肉とキャベツの炒めものとマッシュルームの炒めものを肴に,水割りを飲んだ。
 YouTubeでAKBと郷ひろみとNOA(仙道敦子&吉田栄作)を聴きながら。それと小梅太夫のギャグを見ながらね。
 前田敦子と大島優子がツートップだった時代のAKBには勢いがあったなぁ。と思うのは爺の証拠かい?

● その昔,NOAをリアルタイムで聴いたことはなかったような気がするんだけど,仙道敦子って歌旨いねぇ。驚いたね。
 彼女も吉田栄作も,才能のすべてを開花させずに終わったような気がするんだが。
吉田栄作は「俺はBIGになってやる!」が利いちゃったかなぁ。

● というわけで,今日は家から一歩も出ず,何もしないで過ごした。何もしないをまっとうせねば。まだ21時なんだけど,そろそろ歯を磨いて寝るとするか。

2017.11.23 「東京が一番コスパのいい旅行先」

● という記事がネットにあった。どうもそういうことらしい。東京は物価の安い都市になったようなのだ。これって,けっこう以前から言われてましたよねぇ。
 加えて,街並みが清潔で治安がいい。人あたりの良さや愛想の良さも健在だ。最高だ。
 それを白いのや黒いのばかりに楽しませておく手はない。地元のぼくらが満喫しなくてどうする。海外なんぞ行ってる場合じゃない。

● と,喜んでばかりでいいのか。ちょっと複雑な気持ちだねぇ。
 昔は,ブランド買うなら香港がいいぞ,東南アジアの物価は信じられないほど安いぞ,というわけで,こちらから打って出て行ってたわけだから。
 お金ってこんなに使いでがあったのか,と新鮮なショックを受けたもんだ。

● 企業からいえば人件費,ぼくらからいえば給料が,それらの国々よりずっと高かった。それが今は労働力もデフレになっているってことなんでしょうね。
 そもそもが,1ドル=80円だったのが113円まで円安になっているんだから,それだけで日本国内の賃金は4割方安くなった計算だ。

● かといって,1ドル=80円だった頃(悪夢の民主党政権時代)の日本経済の哀れ惨憺ぶりを思い起こせば,たぶん,今の方がいいのだろう。
 たぶん,じゃない。明らかに今の方がいい。

● というわけでだ,諸君。日本を楽しもう。楽しみ方は無限だ。
 良質な労働力が低廉な対価で勤勉に作動しているのだ。そこからたわわに実る果実をちゃっかりいただこう。さよう,割り切ってしまおう。

2017年11月22日水曜日

2017.11.22 明日は休みだから,「みやこ家」で麺を食べよう

● 明日は全国的に休み。だからというわけでもないんだけど,相方と氏家の「みやこ家」に行った。相方がこれから夕食を作るのは面倒だと言うし。

● 海老つけ麺を注文した。たいてい,喰いすぎる。相方が大盛りを注文するからだ。食べられっこないのだ。残した麺をぼくが食べることになるのだ。
 今夜も食い過ぎた。そうなることを想定して行くわけなんだけど。

● 極太麺をよく噛まずに飲みこむ。麺というのは,基本,あまり噛まないものだと思うんだけど,胃には負担になっているかもしれないね。
 そこにきて,食い過ぎるんだから,いよいよ胃には試練を与えているかもしれないなぁ。

● この日のこの時間帯(8時頃だったか)はけっこう空いているんだね。今日だけの特殊事情だろうか。待たずに座れてありがたいんだけど,飲食店は混みすぎない程度に混んでてくれる方がありがたい。
 店や食べものに元気をもらうという言い方がされることがあるけれども,活気はお客さんが作る。お客さんが少ないと活気も薄くなるからね。

2017.11.22 近頃,不合理だなと思うもの-とりあえず,3つ

● 信書の保護。信書を送るには郵便じゃなきゃいけないってこと。かつて問題にされた宅配便。なんでクロネコヤマトが取扱いをやめなければならないのだ? 法律を改正するべきではないか。
 郵便とクロネコヤマト,どちらが信用できるか。言うまでもないではないか。

● 新車の検査。日産が叩かれた件。
 なぜ,資格を持たない者が検査をしたのか。そんな資格に何の意味もないことを誰もが認知していたからだ。たかだか1日や2日の研修が何だというのだ。それで得られるような資格に何の意味がある?
 こういう些末な制度をそのままにしているのは,国土交通省の怠慢ではないか。マスコミは日産ではなくて,国土交通省を叩くのが筋だろう。
 ちなみに,国外に輸出した車に対しては何の措置も必要ないのだ。バカバカしいにもほどがあるとはこういうことではないか。

● 社会福祉士の受験資格。福祉系の大学を卒業して指定された科目の単位を取っていれば,受験資格あり。これが福祉系でも短大だと,指定された科目(基礎科目)を取って卒業しても,2年間の実務経験と短期養成施設を経なければならない。
 大学での1年と実務経験の1年が同じ重さ。正気の沙汰とは思えない。短期養成施設などに至っては,それで飯を喰う人たちの既得権を保護しているとしか考えようがない。
 何のための試験なのだ? 広く受けさせて,どんどん落とせばいいじゃないか。
 総じて,実務経験を軽く見て,座学を重く見る。これは,社会福祉士の試験以外にもわりと広く見られる。あえて問いたい。大学でそれほどの授業をしているのか。

2017.11.22 コンビニの圧倒的な利便性

● 昨夜遅く,ネットで演奏会のチケットを2つ,購入した。ネットは情報は伝えてくれるけれども,チケットという紙でできた印刷物は運んでくれない。
 その印刷物を受け取るにはどうするか。今回の場合はセブンイレブンで発行してくれる。

● もちろん手数料はかかるんだけど(この手数料収入はかなり美味しいだろうね),便利だよねぇ。すでに何度もこの方式を利用しているんだけど,つくづく便利になったものだなぁと感嘆している。
 コンビニならそちこちにある。そのどこでも発行してもらえるんだからね。しかも時間の制限がない。夜の8時までに行かなくちゃなんてことがないのだ。何たる便利さ。

● 公共料金も払えるし,宅急便も送れるし,雑誌は買えるし,カフェ顔負けのコーヒーも飲める。弁当もサンドイッチもある。酒も肴もある。ノートもボールペンもあるし,最近は米だって売っている。シャンプーやティッシュペーパーもある。
 衣食住遊学のうち,衣の扱いはほぼないけれども,食は野菜を除けばだいたいコンビニのみで用が足りる。

● コンビニは地域の小売店や書店のかなりの部分を廃業に追いやった。近くにコンビニができたために,お客が減って廃業したラーメン屋の店主にも出くわしたことがある。
 コンビニに負けるなんてどんなラーメンを出していたんだよと思ったんだけど,そこはかなりの田舎で商店も食堂もあまりないところだ。コンビニ弁当に価格で敗れたのかもしれない。

● こういうのを全国チェーンが地域を破壊すると言う人もいるだろう。が,そうなるには理由がある。住民にもたらす便益があまりに大きいのだ。
 住民はそれを現実の生活において具体的に知ることになる。具体の前に抽象(観念)は無力なのだ。

● たしかにセブンイレブンの赤・オレンジ・緑の看板は全国どこでも同じだ。ドの付く田舎ではこの看板は周囲の景観から浮いてしまっている。
 しかし,そんなことが何だと言うのだ?

● コンビニに問題がないわけではない。たとえば,人手不足。AIの発達で要らなくなる仕事がたくさんあると喧伝される一方で,目の前の人手不足は深刻だ。
 が,技術革新が問題のかなりを消滅させるだろう。コンビニにレジがなくなるのは,もはや時間の問題ではないか(来年や再来年の話ではないけれども)。
 このようにして,すでにある既得権や合理性を欠く秩序は破られていくのだ。そういうものを修正するのは,言葉による論戦ではなくて,科学の進歩と技術革新だ。

2017年11月19日日曜日

2017.11.19 まだ見ぬ彼氏を熱く語る

● 宇都宮短期大学の彩音祭にお邪魔したわけだが。帰りはひとつ先のバス停からバスに乗った。“宇短大入口”で大勢の乗客が乗ってきた。
 附属高校の生徒さんがほとんど。しかも,そのほぼ全員が女子生徒。

● いや,姦しいこと。非難しているのではない。そういうものなのだ。そうでなくては,たぶん,困るのだ。
 ともあれ,彼女たちの止むことのない話し声を聞くことになった。

● 彼女たちの最大の関心事は彼氏を作ることのようだ。まだ見ぬ彼氏を語ることに情熱を注いでいる。これからの進路とか将来設計とか,勉強や試験のことではなくて。
 逆にいうと,将来にはあまり不安を持っていないようなのだ。考えても仕方がないと思っているのだろうか。

● であるなら,賢いかもしれないね。考えても仕方がないところがたしかにあるし,16歳やそこらじゃ,具体的に考えるには情報が圧倒的に不足しているはずだから。
 夢を語ることになるしかないよね。どうせ夢を語るんだったら,彼氏に関する夢の方が,それこそ夢があるかもなぁ。もっとも,その夢は必ず破れるんだが。

● 彼女たちがなぜその方向に行くのかといえば,それはもう神様がそういうふうに人間を造ったからだとしか考えようがない。
 もし,彼女たちの年代ですでに男や結婚,家庭というものを冷静に見つめることができてしまったら,人類は滅亡するしかなくなる。
 男の大半がスケベなのも同じだ。男からスケベを取り除いてしまったら,やはり人類は絶えてしまうだろう。

● ぼく自身,20代の前半は関心事の7割は異性のことだった。たぶん,そうだった。仕事とか将来とかそのときの政治情勢とか,そういうことではなくて。
 今からすれば,バカだったと思いもするんだけど,それ以上に仕方がなかったと思っている。いや,それで良かったのだと思っている。そうでなければできない体験もあるのだ。

2017年11月18日土曜日

2017.11.18 宝積寺駅東口・ちょっ蔵広場のイルミネーション

● 昨夜点灯された。女性だけのオーケストラ(最前列に木管がいるのは,ご愛嬌だね)。いたって小ぶりなイルミネーションなんだけども,吸引力はけっこうある。
 これを俗に「企画の勝利」と言うんでしょうね。電飾の数や色の多彩さ,規模の大きさでは勝負しないよ,という潔さ。

● 豪華さとか規模とか華やかさとか,そういうもので勝負しようとすれば,究極はTDLを相手にしなければならない。TDLに入園するにはけっこうな額を支払う必要があるんだけど,多くの人はエレクトリカル・パレードやクリスマスシーズンに園内を彩る絢爛たるイルミネーションを見ている。
 比較対象はTDL。となると,なかなか厳しい。

● 企画で勝負する場合も同じでしょうけどね。ただ,企画勝負ならTDLとは違う土俵に立てるかもしれない。
 それも言うほど簡単ではないんだろうけど,ちょっ蔵広場のこのイルミネーションはその解答のひとつではあると思う。

● 問題は,毎年続けていると飽きられるということだ。今年は衣装に色を付けたりして,少し変化を入れているんだけど,それでも飽きに抗するにはぜんぜん不足だ。
 もう一点。この種のイルミネーションって,長く引きずりすぎるような気がしている。3月の頭まで光っていたりする。
 雛祭りの飾りものは3月3日が過ぎれば片付ける。端午の節句の飾りものもクリスマスツリーも同じ。正月の門松だって松の内まで。
 年が明けるとイルミネーションの気は抜ける。なのに終期を逸して,季節はずれのわびしさを漂わせることになる。

2017.11.18 女子の行動力は男子を圧倒する

● 東京から帰りの宇都宮線の車中。小金井行きの普通列車に乗って,大宮で宇都宮行きの快速に乗り換えた。古河で座れた。
 ま,そんなことはどうでもいいんだが,小山を発車した時点で,自分の視野に限って,乗客を男女別に数えてみた。男はぼくを含めて3人。女性は8人だった。その多くは10代と20代の若い女の子。

● 外に出ているのは圧倒的に女が多い。男は何をしている? 男は車で出かけるのか。いや,そこに男女差はないと思えるんだが。男は土曜日も仕事に出ている? だとしたら,男はバカじゃないのか。
 行動力,行動半径においても,女が男を圧倒しているのかもしれないなぁ。まぁ,出かけるのがいいというわけでもないんだろうけど。

● 電車の車内に限らない。たいていのところは女の方が多い。たとえば,休日のショッピングセンター。文具店もそうだ。商品を物色しているのは圧倒的に女性が多い印象。男女が逆転するのはパソコンショップやオーディオショップくらいではあるまいか。
 コンサートホールもそうだ。聴衆の多くは女性。ぼくはまず行かないんだけど,美術館なんかもそうだろうね。
 あ,シネコンは男女が拮抗しているかもしれない。カップルが多いから。

● これ,昔からそうですよね。今に始まったことじゃない。女は外向きで男は内向き。
 男は外に出て働き,女は内で家庭を守る,というのは,男女が動く場のごく一部を指したものにすぎない。しかも,戦後しばらく経ってからのごく短い期間にしか現れなかったものだ。

● 女が外に向くのは社交が女の本質だからでしょうね。女を奥に閉じこめたままにしたら,苦痛で身もだえするんじゃなかろうか。買い物に行けなくなるんだからね。
 ともあれ,女の方が男より行動力に富む。商品も文化も女が伝播するものなのでしょうね。つまり,男女の文化差は開く一方になる。
 “文化=知”ではないから,書斎で本を読んでいるだけでは,文化の進展に遅れをとることになるぞ。

● しかし,とも思う。社会を前に進めるのは“いびつ”ではあるまいか。世間の趨勢に背を向ける人ではないか。
 ただね,“いびつ”な男子に申しあげたいのは,君のは社会を前に進めるような“いびつ”じゃないよ,ってことだな。

2017年11月17日金曜日

2017.11.17 図書館に退職した先輩がいた

● 平日の金曜日。休暇を取って,宇都宮市立東図書館に行ったんだけど。
 先輩のAさんを見かけた。さほど親しくもなかった人なので,声をかけることはしなかった。
 Aさん,定年退職して,5年が経つはずだ。おそらく,再就職も卒業して,毎日が日曜日になっているのだろう。

● だから,平日の午前中から図書館。でも,幸せそうには見えなかった。読みたい本があって図書館に日参しているなら,もっと張りがあるはずだと思った。
 やること(やりたいこと)がないから,暇をつぶすために図書館を利用しているというふうに見えた。使える時間はふんだんにある。が,その時間を持てあましているような。
 図書館ならお金もかからないから,そこで時間をうっちゃってこよう,と。図書館じゃなくてもいいんだけど,無難なところで図書館かな,と。

● これはいけない。図書館通いがいけないのではなく,やりたいことがないというのが。本人にとってもだけれども,この張りのなさというのは,周囲にも浸潤して,場のテンションを下げてしまう。
 暇つぶしなんだから,気が入っていない風情なわけで,そういう人はAさん以外にもけっこういる。平日の図書館はそうした老人のたまり場になっている感がある。

● ぼくも引退に片脚を突っこんでいるので,他人事ではない。
 退職後に在職時の人間関係が続くわけはない。退職時で切れる。それに気づかずにか,気づいていてもなおなのか,職場にやってくるOBがいる。それだけはやってはいけないと若い頃から思っていた。

● 企んだことでもないんだけど,ぼくの場合は,退職で失う人間関係などない。元々なかったんだから,失うはずがない。あまり職場に体重を預けてこなかった。悪くいえば,斜に構えていた。
 友だちがいない状態には慣れている。何をやるにしても「一人」が前提だ。食事をするのも,酒を飲むのも。それで失うものがあるとは思わない。
 だから,退職後は会社に代わる人間関係を構築せねば,という発想もない。まず人間関係ありき,友だちがいなければ何をしても楽しくない,人の間に生きてこそ人間じゃないか,というのは,考え方の根本が間違っている。

● したがって,問題はただひとつ。毎日が日曜日になったときにやりたいことがあるか。当然,そのやりたいことというのは,一人でできることでなければならない。
 こういうのは,毎日が日曜日になりました,ではやりたいことを見つけましょう,は通用しない。遅すぎる。その時点でゲームオーバーだ。
 やりたいことはそれ以前に存在している必要がある。現役の頃から,できる範囲でそれをやっていなければいけない。

● この点に関して,自分に盤石の自信があるわけではない。やりたいことがあっても経済的な問題はつきまとう。
 けれども,多少の成算は持っている。

● 問題は唯一,健康の維持。ただし,そのために何かやっているかといえば,まったく何も。健康はすべての大元だけれども,あまり健康,健康と神経質になっては,かえって健康を損ねる。
 良寛和尚が仰るように,死ぬる時節には死ぬるがよく候,ということだと思っている。