2017年12月12日火曜日

2017.12.12 体内年齢は47歳

●先月16日に受診した人間ドッグの結果が届いている。見もしないで放っておいたんだけど,ぼくの体内年齢は47歳なんだそうだ。実年齢よりひと回り以上,若いぞ。
 食べたいものを食べたいだけ食べてるし,毎晩飲んでるし,健康のためには何もしていないんだけどね。自転車通勤を再開して,体重を数㎏落とせば,ひょっとしたら30歳台にもできるかも。

● っていうことは,体内年齢がいくつかなんて意味がないってことなんだよね。加齢は段々に進むんじゃなくて,折れ線グラフ的に,来るときにはガクッと来るものだろう。検査当日のコンディションによってもだいぶ違うだろうしね。
 ぼく,定期検診っていうのはムダだからやめた方がいいと思っているクチなんだけど(義務だから受けている),筋肉量だの基礎代謝量だので体内年齢を算出するのはいよいよ無意味。

● こういう人工的に拵えられた数値に一喜一憂するのは,愚かさに裏打ちされた大衆性の発露だと言ってしまうことに,躊躇する必要はない気がする。
 といっても,嬉しいな,これ。

● ま,検診の結果が模範的だった人が意外に早死するのもよくあること。まして,体内年齢と寿命との関係はほぼないでしょう。
 おそらくなんだけど,誰の場合でも体内年齢の数値はかなり若めに出ると思う。個々の数値はだいたい年齢相応,肝機能なんかは生活相応でアベレージよりだいぶひどい結果だったから。それでも体内年齢は47歳なんだから。

● ただ,食べたいものを食べたいだけ食べているといっても,平日は朝食は完全に抜いている(これ自体がいいことかどうか)。昼も軽め。仕事がある日はあまり食べたくならない。
 その代わり,休日前の夜からは呆れるほどの高カロリー食になるんですな。

2017年12月10日日曜日

2017.12.10 氏家の「登竜」でチャーハン

● 氏家の「登竜」で昼食。今日は21時までは全席禁煙のはずだから,相方も安心して。
 何度かくるうちに,相方もここが一番のお気に入りになって来たようだ。そうだろうよ。回を重ねるごとにじんわりと旨さが染みてくるのだ。

● ぼくが注文したのはチャーハンセット。相方は味噌ラーメン。野菜がたくさん食べられるから,と。
 その相方,ぼくのチャーハンも食べて,味噌ラーメンは少し残した。食べても食べても野菜が減らない,と申しておりました。

● 「登竜」のエバンジェリストになるつもりはないんだけど,いいものはいいのだ。旨いものは旨い。

● 配膳はアルバイトがやっている。わりと勤務年数が長い印象。居心地がいいのか,いつかは厨房の中に入って技を覚えたいと思っているのか。あるいは,それ以外に理由があるのか。
 長く務めた人には暖簾分けを許している。ひと頃は何軒か「登竜」ができたことがある。のだが,暖簾分けで始めたところで続いているのは,ぼくが知る限り一軒しかない。なかなか本店のようにはいかないようだ。
 なぜかというと,本店の大将をコピーすることができていないからではないかと,無責任に推測している。

● お見受けするところ,これだけ流行っているんだから,相当な日銭が入るだろう。ベンツに乗ったり,店を任せて夜遊びをしたければ,いくらでもできるんじゃないかと思う。が,そうしている気配はない(ベンツには乗っているのかもしれないけど)。
 ほぼ,年中無休。店を開けている時間が12時間。当然,仕込みや仕入れもあるんだろうから,仕事ずくめのはず。
 いつ行っても大将は厨房にいる。仕事が生活のすべてになっているようだ。何十年もそうしてきた(のだろう)。
 大将はたぶんインターネットもしないだろうし,スマホも持っていないっぽい。テレビを見ている時間もないだろう。北朝鮮の核ミサイルなんか彼の世界にはないだろう。

● 暖簾分けで独立した人には,これがたぶんできない。飽きてしまうのか,途中でダレてしまうのか。いや,できないのが普通だろう。
 それを責めるわけにはいかない。自分だって絶対にできないから。しかし,普通ではオンリーワンにはなれないものでしょ。

2017年12月9日土曜日

2017.12.09 伯母の葬儀

● 午前中は義理の伯母(母方の伯父の連合い)の葬儀に参列。子供の頃によく面倒をみてもらった。その伯母の葬儀とあらば行かざるべからず。

● 91歳だった。大往生と言われるのだろうけれど,長すぎる人生を生きなければならなかった哀しみのようなものはなかったか,と思ってみたりする。ようやく重荷を降ろせてホッとしているのではないか,と。
 いいことばかりを見られたわけではなかったはずだ。誰もがそうだろう。

● いずれ100歳まで生きるのがあたりまえになるのかもしれない。120歳まで生きられるようになるのかもしれない。
 が,果たしてそれはいいことなのか。人間の適正寿命は那辺にあるのか。ひょっとしたら,自分の今の年齢がまさに適正寿命であるのかもしれない。そんなことも思ってみた。

● 葬儀に出る度に不思議に思うことがある。遺伝についてだ。親戚が多く集まる。遺伝子的にはごく近い人たちのはずだ。
 が,見事に統一がない。それぞれバラバラだ。バラバラの度合いも大きい。お喋り好きからあまり話したがらない人まで。職業も境遇も,たぶん学校の成績も。

● よく精神病とか精神障害の場合,遺伝ということが言われる。ひょっとすると,何がなんだかわからないので,遺伝に逃げているだけじゃないのか。
 本当に遺伝なんてあるんだろうか。あったとしてもほんの僅かじゃないのか。そんなことを思う。

● もうひとつ。この歳になっても,自分が大人になりきれていないことを感じさせられる。大人の要件のひとつは,儀式を上手にこなすってことではないだろうか。
 焼香ひとつとっても,型にはまっていると大人だなと思う。ぼくは未だにそれができない。テレを感じてしまう。大人になれてないなぁ。

2017年12月8日金曜日

2017.12.08 「みやこ家」は今月から若干の値上げ

● 氏家の「みやこ家」。今月から値上げも,主力の石焼つけ麺は据え置き。麺と一緒に注文すればお得になるセットメニューも据え置き。
 それ以外の,たとえばカレーつけ麺,煮干しつけ麺,まぜそば,は50円程度の値上げ。

● つけ麺ではないラーメンもある。こちらはあまり注文したことがないので,元々の値段がわからない。
 一番安い煮干しラーメンは据え置かれているようだったけど。

● で,価格が据え置かれた石焼つけ麺の“あっさり”を注文。麺は中太麺(平打麺)に変えてもらった。
 ぼくの好みは,中太麺を食べるんだったら,煮干しつけ麺の濃厚がいいね。
 ただ,石焼きつけ麺の濃厚との価格差が少なくなったので,石焼き濃厚に流れることが多くなるだろうな。

● 今夜はお客さんが入っていた。いつもより少し遅い時間にずれこんだ。夕食を摂るには遅すぎる時間帯だと思うんだけど,その時間帯にお客が入るんだね。
 ともあれ,お客さんが入っているのはけっこうなことだ。混み具合も味のうちだ。

2017年12月7日木曜日

2017.12.07 NHK受信料に関する最高裁の判決

● 内容は次のとおり。
 放送法は合憲。契約の成立時期は,契約を承諾しなかった人に対してNHKが提訴し,契約を命じる判決が確定したとき。ただし,受信料の支払い義務は,テレビを設置した時から発生する。
 NHKとして受信料を払ってもらえばいいのだろうから,結果だけを見れば,NHKの全面勝訴といっていい(契約を拒否する人がいれば,いちいち提訴しないと受信料は取れないわけだから,NHKにとっても厳しい判決だという人もいるけれど)

● 妥当な判決でしょうね。というか,裁判所としてはこれしかないという判決だろう。法律解釈が司法の職務であって,放送政策をどうするかというのは国会なり政府の仕事だ。裁判官が口を出していいところではない。
 だから,政策の是非の判断を裁判所に求めるというのは,その発想そのものが歪だとしか言いようがない。法律万能主義者とはそういう人たちのことを言う。

● これについてネットに次のような意見が載っていた(→こちら)。
 なるほど,そうか。「NHKの電波にスクランブルをかけ,受信料を払った人しか見られない有料放送にすればいい」のか。
 ここでも問題は技術で解決できるんだな。言葉の応酬は要らないんだ。

● テレビを1秒も見ないようになって4,5年が経つ。それで何の支障もないんだけど,受信機はある(相方が時々見ている)のでNHKに受信料を払い続けている。
 ぼくとしては,NHKがこの方法を採用してくれれば,ありがたいんだがな。

● ワンセグであっても受信料の支払い義務が生じるというのがNHKの見解。これについてはどうなのか。ワンセグなどスマホから外してしまえというのがぼくの意見。
 テレビを見ないんだから,ワンセグのお世話になることもない(かつてはワンセグって便利だと思った時期もあったんだけどね)。いまどき,リアルタイムで見なきゃいけない番組なんてあるのかい。
 リアルタイムにこだわらなければ,見る方法は(録画以外に)いろいろあるだろうよ。ワンセグなんてもう時代遅れでしょ。
 なので,自分はワンセグ機能なしのスマホを使っている。

● テレビを見ないくらいだから,ぼく一個はNHK不要論者だ。唯一,通勤の車のなかでFMを聞いているけど,これも絶対必須かと問われれば,否。スマホから電波を飛ばして好きな音楽を聴けばいいだけのことだ。
 テレビと新聞は生活の邪魔。新聞なんか会社で取っているやつを見るか,週に一度図書館でサッと見出しをながめればそれで充分だろう。

● ニュースはネットで見ればいいということではなくて,ニュースなんて知っている必要があるのかってことなんですよ。
 アメリカの大統領が誰なのか知らなくたって,困ることなんか何もないよ。なんだったら,日本の総理大臣が誰か知らなくても,たぶん,生きていくのに何の支障もないと思う。

● そんなものより,白菜や大根の値段の方がずっと重要な情報でしょ。そんなの,テレビでは取りあげないし,新聞にも載ってないもんね。

2017.12.07 Facebookは個人版カベ新聞

● Twitterは「言いたいことを言いっ放しにするのに向いたツール」であるのに対して,Facebookは何だろうか。
 個人版カベ新聞だと思う。ただし,かなり余白の多いカベ新聞。

● ブログでもTwitterでも,あるいは雑誌や新聞に寄稿する場合でも,何を書いても結局は自分を語ることになる。
 Facebookの場合,そういう次元の話ではなくて,ストレートに自分のことを書いている例が多い。何を食べたか,どこに行ったか,何をしたか・・・・・・。ベタに自分のことを書く。壁新聞の電子版という趣がある。

● 実名原則のゆえか,他人をとやかく言うのも基本的には避けられている。ベタに自分のことを書いているのに,それに対してとやかく言ったのでは,かなりの確率で厄介なことになる。
 議論も歓迎されないだろう。あたりさわりのない話が好まれる。そのあたりさわりのない話に,互いに「いいね!」を付け合う。

● 社会性のある話もあまり好まれないのではないかと思う。提言といえば,誰も反対できない正論であることがほとんどだ。
 したがって,Facebookで交わされている話は,おおよそつまらないものになる。文字どおり,“友だち”の消長を知ることがFacebookの効用のほぼすべてであって,Facebookを使うことによって賢くなるという部分は皆無に近いだろう。

● つまり,リアルのコミュニケーションとまったく同じだ。どうでもいいことをやり取りするから,コミュニケーションはコミュニケーションたり得ている。どうでもよくない話をやりとりするのは,大小の緊張を強いられる局面であって,できれば避けたいものだろう。
 Facebookはその意味では日常の拡大だと言える。

● 面と向かって悪口は言わないけれども,その人がいないところでさんざん彼(彼女)をこき下ろしてスッキリするというのも,リアルと似ている。
 つまり,Facebookでは悪口は言わないけれど,匿名で通せるTwitterその他ではこれがけっこうあるのじゃないかと思っている。

● ベタに自分を語るといっても,本当のベタではなくて,大なり小なり修飾が加えられるのもリアルと同じだ。シコバルというのはこのあたりの方言だろうか。そのシコバル感じが透けて見えることもある。
 これが嵩じるとリア充自慢になってしまう。リア充自慢は写真を使えば簡単にできる。バレバレなんだから何もそこまでと思うことがあるのも,リアルと同じだ。
 おそらく,Instagramではさらに活発なのだろう。インスタ映えという言葉があるくらいだから。

● Facebookで宗教と政治の話をすることは,事実上禁止されている。これもリアルと同じだ。選挙で自身が支持する候補者を具体的に挙げて,協力を要請すれば,まずブロックされるかフォローを外されるだろう。ときにそういうバカがいる。
 自身のPRが過ぎるのも同様だ。自分をベタに語る媒体なんだけれども,そこはリア充自慢程度にとどめておかないと,周囲から嫌われる。企業や団体のFacebookは,PRのためだとわかっているから,存在することが許される。個人があからさまにそれをやるとはじかれる。

● というわけなので,友だちをいくら増やしても,あまり楽しいことにはならないだろう。「自分」の水準が高い人のFacebookはやはり面白い。かといって,そういう人に友だち申請をするのは憚られる。
 Facebookの面白さは,自分と友だちの水準による。逆にいえば,それぞれの水準に応じて,それなりに楽しめるものと言えるかもしれない。

● 以上を要するに,Facebookは自分をベタに語るツールであって,個人版のカベ新聞といえる。ただし,語れない,語ってはいけないところも多いわけだから,そのカベ新聞には余白が多くなる。
 それを互いに読み合うことによって,リアルによく似たコミュニケーションが展開される。

● 以下は余談。
 Facebookの仕組みの中には,なんでこんなものがと思うのがある。友だちの誕生日に誰かがお祝いのメッセージを送ると,その誰かが誰であっても,こちらのタイムラインに流れてくる。ここだけをブロックしたいと思ってもできない仕様になっている。
 つまらない投稿や「いいね!」を多発する人もいて,その場合はフォローを外せばいいだけだ。ただし,唯一,「Aさんがこのイベントに興味があると言ってます」というのだけは通知される。余計な通知だ。
 Twitterと違って,投稿もあまり頻繁だと嫌がられるのじゃないかと思う。「いいね!」もほどほどにしておくこと。特に,広告への「いいね!」は一切しないと決めるのがいいだろう。
 それから,人様のタイムラインに直接書きこむのは絶対に不可。友だち申請のご承認,ありがとうございます,も同様。それ自体要らないと思うが,言いたければMessengerを使った方がいい。
 以上,Facebookでできることを全部やろうとするのは,フォローを外される元になる。知っておくべきだと思う。

2017年12月6日水曜日

2017.12.06 TwitterはSNSというより,言いたいことを言いっ放しにするのに向いたツール

● 自分はネットで発信している量は多い方だと思う(質は問わないことにする)。メインはブログなんだけど,Twitterを使うと自動的にログを残すことができる。
 Twitterに関していうと,もっと早くから使っていればよかったと思うものの,それを言っても仕方がない。それまでSNSを忌避していたんだから。

● 発信量が多いということは,ネットでは饒舌だということだ。話好きなのだ。
 今のところ(おそらく,これからも)自分の発信に対する反応はほとんどない。が,それを寂しいと感じたことはない。だからネットは不快だなどとは,間違っても思ったことはない。
 言いたいことを言うだけでいい。キャッチボールをしたいとは思っていないのだとわかる。話好きではあっても,聞くのは好きじゃないのだ,と。
 だから,Facebookとはあまり相性が良くない。

● 言いたいことを言う。人の話は聞かない。ネットはそれにピッタリのツールだ。ブログはまさにそれだし,Twitterもフォローをやめてしまうという手がある。
 そこまではしなくても,ホームに行かないで自分のTLしか見ないという手がある。じつは,そうしている人がけっこう多いんじゃないかとにらんでいる。

● TwitterはSNSというより,言いたいことを言いっ放しにするための装置ではないだろうか。
 有名人のツイートはいわゆる炎上に見舞われることがあるけれども,他人の反応に一切関心がなければ,いくら炎上しようと知ったことではない。彼らにすれば,そういうわけにも行くまいが。

● スマホはなくても支障はないと思っている。が,その場合はコンパクトデジカメを持ち歩くことになる。ツイートじたいは,まとめてパソコンでやる方がむしろいいかもしれない。っていうか,原則はそうしている。その方が時間を節約できる。スマホは入力には向かないので。
 しかし。携帯できる電話機はぼくにはあまり必要のないものであることはたしかなんだけど,自分でも気づいていないだけで,スマホの恩恵は受けているのかもしれない。

● とにかく,自分はネットの恩恵を享受している。そのネットの悪口はあまり言いたくない。

2017年12月5日火曜日

2017.12.05 オーディオ機器について駄弁を弄する

● 音楽を聴くんだったら,やっぱり生がいい。音も含めて,得られる情報量が数段多くなる。
 しかし,生はお金と時間がかかる。チケットを買わなければならないし,ホールまで自分を運んでいかなければならない。

● 幸い,クラシック音楽について言うと,アマチュアの演奏活動が圧倒的に隆盛なのが日本の特徴で,その水準には端倪すべからざるものがある。その演奏を聴いて何らかの不足感を覚えることは,ぼくの場合はあまりない。
 ので,アマオケの演奏を中心に聴いている。おおよそ,それで満足している。

● あとは,オーディオ環境をそれなりに整えて(といっても,今どきだったらミニコンポで充分だと思うが)CDを聴けばよい。聴く人が聴けば,CDからでも充分な情報を拾えるはずだ。
 急いで付け加えておくんだけど,ぼく自身は「CDからでも充分な情報を拾える」人では,どうやらないっぽい。それゆえ,わりと頻繁に生演奏に接したくなるのだ。

● オーディオ機器についてさらに駄弁を弄すると,ハイレゾ対応なら言うことはないけれど,対応していなくても別にかまわないと思う。
 レコードやカセットテープなど,アナログ復帰の動きがかなりクッキリとあるんだけれども,すでに膨大なレコードを持っている人でもない限り,この動きに追随するのは,ぼく一個はお勧めしない。
 この分野ではデジタル化を徹底するのがいい。音楽を聴くというその一点だけのためにでも,パソコンを買うべきだ(ただし,最新型である必要はまったくない)。それだけの価値はある。

● レコードで聴くと音が柔らかいとかまろやかに感じるという声がある。その柔らかさっていうのは,ピントが微妙に合っていない写真に感じる柔らかさと同種のものではないかと疑っている。
 要はシャープじゃないってことで,柔らかいよりもまずはシャープである方を優先すべきだ。シャープさの中から立ち現れてくる柔らかさが演奏の柔らかさなのであって,全体が柔らかいのは,たんにピンぼけているのだ。
 録音技術の問題もあるんだけど,それを言いだすときりがない。

● と言っておいて何なんだけど,ぼくはミニコンポすら持っていない。
 強いていえば,ノートパソコンに外付けスピーカーをつないでいるんだけど,パソコンの回路のみで音を鳴らしてみたって始まらない,っていうことくらいは知っている。これはYouTubeを聴くためのもの。

● それ以外はどうしているかというと,SONYのWALKMANですませている。外ではイヤホンで,家ではヘッドフォンで。
 ただし,家で聴くことはほとんどないので(これがミニコンポも買わないでいる理由),自分は本当に音楽が好きなんだろうかと疑いたくなることがある。

2017年12月4日月曜日

2017.12.04 安室奈美恵から考えた

● セブンイレブンって強いんだろうねぇ。こういうところでキッチリと今をときめく安室奈美恵を引っぱってこれるってのがねぇ。

● 嫌な顔をされるのを覚悟で申しあげますが,クリスマスにケーキを食べるなんて,大衆そのものですよねぇ。
 大衆の定義は“カモにされる側の人間”ってこと。

● ぼくらはしょせん大衆であるしかないのかもしれない。けれども,大衆性の一つひとつを点検して,それを外す努力はしなければいけないものだと思いますよ。
 たとえば,新品にこだわってしまうとか(新車,新築),有機栽培の農産物にウカウカと惹かれてしまうとか,黄金週間にはどこかに出かけるものと思いこむとか,マスコミ情報をそのまま自分の意見にしてしまうとか,“世界=職場”になっているとか。
 そういうものを一つひとつ外していく努力をすること。

● その努力ってのは,愚かさを一枚ずつ剥がしていく努力になる。そのためには,情報(ネットに普通に溢れている情報から一段掘り下げたもの)も集めなければならないだろうし,勉強もしなければならない。
 大衆でいることはカンファタブルだ。そのカンファタブルを壊していく努力でもある。

● というわけで,なかなかシンドい作業になる。早い話が,自分の周りは大衆ばかりなんだから,周囲から一歩浮いてしまうことになりかねない。しかも,そのシンドさが報われる保証はない。
 であっても,それをやらないまま一生を終えてしまうのは,いかにも残念だ。

● ちなみに,その大衆性が最も充満している世界は,今のところ,Facebookだろう。およそどうでもいいことを開陳して,お互いに「いいね!」をしあって,その状態で完結している。「いいね!」を求めてしまうと,大衆に墜ちざるを得なくなる。論理必然的にそうなる。
 そこから脱するには,いったんは「いいね!」を忘れて,自分の投稿の質を上げる努力をしないといけないのだろう。それは大衆性を外していく努力とパラレルになる。そうこうしていると,「友だち」が入れ替わっているかもしれない。

2017年12月2日土曜日

2017.12.02 休日おでかけパス

● 休日に首都圏に出かけるときは,「休日おでかけパス」がお得。「都区内フリーきっぷ」がなくなったあと,この切符が命綱。
 メリットは2つ。ひとつは,往復の乗車券を買うより安いこと。もうひとつは,都内を移動するときにいちいち切符を買わなくてすむこと。

● しかし,問題がある。宇都宮駅では販売していないことだ。自治医大駅以南の駅でしか購入できない。となると,自治医大駅でいったん下車しないといけない。
 これは少々厄介だ。が,よほど急ぐのでない限り,そうしてでも「休日おでかけパス」を買った方がいいというのが,ぼくの体験上からの結論。
 ぼくが東京に行くのは百パーセント遊びのため。遊びに行くのに急ぐなんてあり得ない。もしあっても,家を出る時間を前倒しすればいいだけだ。

● ここ数ヶ月,現金決済主義から脱したオレ。JRの切符もクレカで買えるようになるといいのにな。なってくれないかな。なるわけないよな。Suicaを使えってことだわなぁ。つーか,いちいち切符買ってんのかよ,おまえ,って言われるな。
 ところが。トクトク切符は自動券売機でクレカが使えるんですね。知らんかった。が,暗号入力で手が止まってしまった。暗号がわからないんじゃなくて,暗号の入力方法がわからない。どうすれば暗号を入力できるんだ? あ~ぁ。現金で買いましたとさ。

● ちなみに,今日の帰りは,川崎駅で上野東京ラインの小金井行き鈍行に乗車。蓮田で後から来る快速宇都宮行きに抜かされるので,その快速に乗り換え。そのまま乗っていればいいものを,久喜で,先に着いて快速待ちをしていた鈍行の宇都宮行きに乗り換えた。
 第一に快速は混んでいたから。第二に急ぐ理由がなかったから。とはいえ,最初に乗った小金井行きに乗り続けてしまうと,だいぶ遅くなってしまう。小金井でまた次の電車を待つことになるので。
 急ぎはしないけど,あえてそこまで遅くする必要もないと思って。


(追記 2017.12.07)
 わかりましたよ。機会の右下に数字ボタンがあったんですね。ここから入れればいいんだ。
 どうもね,スマホ的にパネルをタッチするものだと思い込んでいたのがいけなかった。

 っていうか,クレカでの買い物になれていないってことですか。今どき,暗証番号を押させるってあんまりないんだけどね。

2017.12.02 川崎駅内にあるラーメンの立食いスタンド

● 昨日は夜に食べすぎた。あまりと言えばあまりなほどに。ので,今日は朝食と昼食を抜いた。川崎に出かける用事があったので,帰りに川崎駅内にある「らーめん直久」でつけ麺を食べた。これが二度目になるかな。

● 立食いそばならどこにでもある。中には,ラーメンを出すところもある。けれども,ラーメンのみってのは珍しい。
 ここ八王子ラーメンを売りにしているようなんだけど,八王子ラーメンというのがそも何ものなのか,ぼくは知らない。普通の醤油ラーメンっぽいんだけどね。

● パキスタンかバングラディシュか,そのあたりから来たとおぼしき若い男性が複数いて,麺を茹でている。今,これが普通になりましたね。市中のラーメン屋でも,中国系の人たちが支えているところが多い。
 日本のB級食文化は彼らによって維持されているといっても,たぶん過言じゃない。彼らがやっているからダメかというと,まったくそんなことはない。
 彼らがそれぞれの国に帰って,ラーメン文化を移植してくれることもあるかもしれない。彼らの国の風土や食材に変容されて,パキスタン風ラーメンとか,バングラディシュ風ラーメンとかが生まれるかもしれない。

● つけ麺は580円。一番安いのは素ラーメン。440円。こういうところで食べるんだったら,素ラーメンにするのが粋というものかもね。ゴテゴテしたのよりも。
 次の機会があれば(あると思うんだけど),素ラーメンにしてみよう。

2017.12.02 バカの大群

● 上野駅の入谷口を出て,エスカレーターで降りていくと,そこに大勢の人が集まっていた。いや,集まっていたわけではないかもしれない。たまたま,そこで立ち止まっていただけかもしれない。
 とにかく,大勢の男女がいた。

● その彼ら彼女らが,一人残らずスマホをいじっていた。一人残らずだ。だから,大勢の人が集まっているにもかかわらず,いたって静かだ。口を開いている人なんていないんだから。
 その場を通り過ぎる人だけが喋っている。

● この光景,驚くにはあたらない。それはわかっている。ぼくにしたって,同じようにしていることが多い。
 しかし,さすがに異様感に襲われた。何なんだ,これは。これだけの人がまったく同じ時間の使い方をしている。寸分違わず同じことをしている。

● スマホを使って何をしているのかは,人それぞれなのだと思う。と言ってはみたけれど,大した違いはないよなぁ。ゲームだったり,LINEでやり取りしていたり,だいたい似たようなことをしているんだろう。
 いやいや,スマホ以前も同じだった。誰もが同じような話題で喋っていた。上司の悪口だったり,売れているタレントの話で盛りあがったり,美味しいお店があるよっていう話だったり,彼がねぇっていうノロケだったり,そこにいない人の噂話だったり,要はどうでもいい話を繰り広げていただけだった。
 リアルのお喋りから,スマホの画面が窓口になっただけのこと。何も変わっちゃいないのだ。

● スマホがもたらしたものは,次の2点だと思う。
 ひとつは,フェイスtoフェイスではないコミュニケーションを無料で実現したこと(月額の通信料はかかるわけだが)。LINEであり,FacebookのMessengerだ。もうひとつは,一人でできる娯楽の領域をこれまた無料で拡大したこと。
 ヘビーユーザーというか,頭が良くて行動力がある人たちは,それ以外にも色々と便利に使っているのだと思うけど,ぼくらにとってはこの2つだ。

● その結果どうなったかというと,コミュニケーションに言葉が要らなくなった。この変化がとにかく劇的だ。まったくスマホはぼくらの生活の仕方を変えてくれた。あっという間に大きく変えてくれたと思う。
 しかし,これ,ほんとにバカに見える。バカにしか見えない。このあたりは,要は慣れの問題で,いずれこの光景があたりまえに映るようになるんだろうけどね。

2017年12月1日金曜日

2017.12.01 カップ蕎麦が旨い

● カップの蕎麦。旨いねぇ。
 市販の乾麺と市販のツユを使って自分で作っても,とてもこの味には及ばない。市販のツユに鰹だの昆布だののダシを取って加えたところで,やはり同じだろうね。
 麺を自分で打って,ツユも一から手作りしたとしても,やはり同じだろうね。

● この分野で先鞭を付けたのは東洋水産の「緑のたぬき」だと思うんだけど,日清の「どん兵衛」が味では上回りましたか。
 「緑のたぬき」は天ぷら蕎麦だけだけど,「どん兵衛」は鴨だしネギだの,にんにくラー油仕立てだの,色々とバリエーションを揃えている。袋に入れたスープを替えればいいという話ではないと思う。日清が本気だすとスゲェーなって感じ。

● 「どん兵衛」の天ぷら蕎麦は,天ぷらの後乗せを推奨。サクサクと“裏切りの音”をさせながら食べてくださいよ,と。
 でも,ぼくは前乗せ派。この天ぷらはブヨブヨにふやけさせて食べる方が旨いと思っているので,そのようにしている。

● どっちにしてもです,カップでここまでの味を出すとは,メーカーの開発能力というか,力の入れ具合というか,大したものだなと思いますよ。
 年越し蕎麦はカップ麺でいいと思ってるんですよ。全然いいんじゃないですか,これで。

2017年11月29日水曜日

2017.11.29 飽かず,「みやこ家」

● 相方と氏家の「みやこ家」。中太麺が食べたい気分だったので,“煮干しつけ麺”の濃厚を注文。
 ごたくを言わずに麺を喰いたいという向きには,「みやこ家」の麺はいいと思うなぁ。

● 相方情報では来月から値上げするらしい。ので,値上げ前に一回行っとこうよ,ってことでもあったんだけど,全品を値上げするわけじゃなくて,600円の“まぜそば”のみの値上げになるらしい。
 だったら,“まぜそば”を食べとくんだったわ,と相方は申しておりましたが。

● 原材料費が上がっている。最低賃金が引き上げられて賃金も上がっている。最低賃金の前に人手不足がある。
 しかし,かつてのインフレ時代とは違う。コスト増を消費者に転嫁するのは容易じゃない。「すき家」もメニューの一部を値上げするが,最も出ている牛丼並の価格は据え置くらしい。辛いよね。ここを上げないと値上げの意味がないくらいでしょ。
 でも,怖くて上げられないよね。上げればどうなるか。お客が来なくなる。それが目に見えている。

● オンリーワンならいいんだけど,ラーメンでも牛丼でも,この競争激甚な業界でオンリーワンなんてあり得ない。すぐに真似される。
 消費者が財布の紐を緩めてくれるといいんだけどねぇ。遊興費とか贅沢品にはわりと向かっているようなんだけど,生活まわりの支出に関しては,なかなかねぇ。

● 値上げ前に食べとこうと,明日も行くかもしれん(→結局,行かなかった)。

2017年11月26日日曜日

2017.11.26 Galaxy Note8 欲しい

● ぼくはAppleという企業があまり好きではなくて,したがって“話題のスマホ”にもわりと無関心(相方はiPhoneのユーザー)。
 パソコンはWindows,スマホはAndroidがいいと思っている,イケテナイ野郎なんです。

● Galaxy Note7が大ゴケしたあとの,サムスンの立ち上がりの素早さは,ぼくの素人予想をはるかに上回るもの。たいしたもんだな,サムスン。が,依然としてサムスンの先行きは厳しかるらむ。
 ということは別にして,Galaxy Note8は魅力的なデバイスだなぁ。正直,欲しいなぁ。買えないけど。
 SONYのXperiaXZ1もいいですなぁ。これでもいいなぁ。買えないけど。

● スマホは楽天モバイルの格安プランで運用しているんで,GalaxyやXperiaを買うとすれば,ヤフオクなどの中古市場で,誰かがSIMフリーにしてくれたものを狙うことになりますな。2年先かな。
 今のスマホは最低でも5年は使える性能を備えているから,それで何も問題はないや。いや,目下使用中のASUSのZenFone3Maxもけっこう気に入ってるんですけどね。

● 問題はね,スマホをじつはあまり使ってないってことなんですよね。FBもほぼ百%,パソコンでやっている。スマホは入力機器にならないもんね。
 なのに,GalaxyやXperiaを持ってどうしようってんだと,自分に突っこみを入れたい気持ちもあるわけですよね。

2017.11.26 ちょっ蔵広場でロックサイド・マーケット

● 宝積寺駅前のちょっ蔵広場から何やら賑やかそうな声が,わが家の方まで聞こえてくる。午前中,出かけたときも,役場の駐車場に車がどんどんやってきて,今日は何があるんだろと思った。

● ので,まだ明るいうちに,そのちょっ蔵広場に行ってみた。ロックサイド・マーケットというのをやっているんだった。
 広場の一画に舞台が設えられて,歌を歌っている人がいる。次々に交替していくんだろう。もちろん,カラオケで演歌を歌っているわけじゃない。ギターやドラムもステージにある。つまり,ロックをやっているわけでしょ。

● ぼくなんか,ロックって何? と思っているクチだからね,長くは聴いていられない方なんだけど。
 屋台もたくさん出ている。ちょっ蔵広場には収まりきれなくて,その先の道路の両脇にも。食べもの屋もこんなのが高根沢にあったのかと思うようなところも出店していた。いや,高根沢の外からも来ているのかもしれないけどね。

● クリエイター・エリアというのもあった。どんなクリエイターが出品しているのかと思って,こちらも覗いてみた。手作りのアクセサリーとか手芸を施した小物とかだった。
 おまえ,世間をなめてんのか,と思う気持ちが半分,好きなことをして買ってもらえるなんて,それ自体が羨ましいな,と思う気持ちが半分。

● 高根沢にこんなに人がいたのかと思った。よそから来てる人もいるんでしょうけどね。ちょっ蔵広場ではけっこうな頻度でお祭りが開催されるけど,今日のが最大規模だろう。
 にしても。ちょっ蔵広場はかなり有効活用(?)されている。同じことを石末の町民広場でやっても,これだけの人は集まらないだろう。駅前という立地の良さは大きいね,たぶん。

● 夜には美しいちょっ蔵広場のイルミネーションも昼間見ると,こういう感じ。夜はネオンも妖しい歓楽街も,昼間は埃っぽくてうらぶれた様子に見えるのと同じか。いや,それと比べてはいけないか。

2017.11.26 某中華料理のチェーン店に

● 3月に食券をもらったんですよ。5千円分。使えるお店は限られている。すかいらーくの系列はどこでも使えるようだ。ので,氏家にある某中華料理のチェーン店に行ってみた。せっかくくれたのに,使わないと申しわけないし,もったいないからね。

● ぼくが注文したのは,野菜炒め定食。野菜炒めと餃子3個とごはんにスープバーが付く。スープは1種類。卵スープのみ。
 相方は五目焼きそばを注文。冷凍食品をチンして食べてるみたいと言っていた。ぼくも正直,ひと口でもういいやと思った(ぜんぶ食べちゃったんだけどさ)。

● 決して安いわけではない。それなりの料金だ。氏家には「登竜」があるのだ。これだけのお金を払えば「登竜」でチャーハンでもラーメンでも定食でも食べられる。
 なのに,ここにお客さんがいるのが非常に不思議。まぁ,ぼくらも来ているわけなんだけどね。

● 「登竜」を知らないんだろうか。ヨソから来た人たちなんだろうか。
 家族連れが多かったような気がする。家族連れには何かメリットがあるんだろうか。スープバーやドリンクバーを子どもが喜ぶんだろうか。
 どこに行ってもあるチェーン店だから,何がなしの安心感があるんだろうか。

● このチェーン店,できたばかりの頃は,ぼくも何度か行ったんですよ。飲茶を食べに。その頃,どういうわけか飲茶を食べたくてね。広尾に「香港ガーデン」ができた頃(その「香港ガーデン」もすでにない)。
 でも,今は飲茶メニューは消えているようだ。もう行くことはないだろう。

2017.11.26 超ひさしぶり,地元のマックに行ってみた

● 日曜日の午前10時半までは,地元のスーパー「とりせん」の日曜市。全品1割引。相方にせがまれて出かけるのが常。
 その隣にマックがある。ところが,まず寄ることはない。ここ数年,ガラーンとしてたこともあって,なおさら足が遠のいていた。

● ところが,スマホのクーポンでコーヒーが100円で飲めると相方が言うので,久しぶりに立ち寄ってみた。驚いた。だいぶ客足が戻っていたので。
 首都圏のマックは以前から回復の動きがハッキリとあった。でも,地方ではまだまだだと思っていた。

● 小さな子どもを連れた人たちが多いんだけど,女子高生が教科書を広げていたりもする。活気が戻りつつあるという印象を受けた。
 教科書を広げている女子高校生は長居をする。が,女子高校生は店の花にもなるのだ。

● マックが凋落したのは,中国の賞味期限切れの鶏肉騒ぎが原因ではない。それ以前からだいぶ落ちこんでいた。原因はハッキリしていて,原田泳幸前社長の判断ミスだ。
 高価格路線の採用と,回転率をあげるために長居する客を追いだそうとしたこと。客を追いだす飲食店がどこの世界にあるかということだ。
 その原田さんが残した大きすぎる負の遺産を,やっとこさ解消できたのかもしれない。長い時間がかかったけれども。

● Wi-Fiも改善された。Free Wi-Fiで速度もかなり速い。少なくとも,スタバより速い。この店はコンセントもマメにあるので,パソコンを抱えて出かけるのもいいかもしれない(といって,ぼくはやらない自信がある)。
 Wi-Fiを使いたくなったらマックに来ればいいんだね,と相方は申しておりました。

マックの求人チラシ
● これからの課題は,マックに限らないけれども,アルバイトの確保だろうね。これまた,時給の多寡もさることながら,雇おうとする店のイメージが大事だろう。
 ここでもひと頃のダーティーなイメージを払拭しつつあるのではないだろうか。消費者は何かあってもしつこく憶えているわけではない。敗者復活の機会は必ずあるということでしょうね。

2017年11月25日土曜日

2017.11.25 ベルモールはどこもかしこもクリスマス

● 宇都宮のベルモール。店内のそちこちにクリスマスの飾りつけがある。商品自体,クリスマス色のものが増えている。外の街路にもクリスマスツリーのイルミネーション。
 というわけで,どこもかしこもクリスマスなのだった。

● このムードと自分が置かれた境遇は違いすぎる,と感じる人がいるかもしれない。
 じつは,ほぼすべての人がそう思っているのだ。そこに思いが至らず,自分だけと思いこんでしまって,妙な疎外感を感じてしまう人がいやしないかと,少々危惧する。大きなお世話か。

● クリスマスケーキもご予約承り中。子供が小さかった頃はツリーを飾って,ケーキを買っていた。たいてい,サーティーワンで。でも,今はツリーもケーキもなし。
 外に出ればクリスマスの飾りはいたるところにあるんだから,それで充分。ぼくが子供の頃の農村にはクリスマスという習俗はなかった。いつからだろう? こんなものができたのは。

● クリスマス後の正月商戦も始まっている。イトーヨーカドーでもおせち料理のご予約承り中。
 大衆的なスーパーでも3万円とか4万円のおせちがオファーされてるのがなんか不思議でね。こういうのを買う人ってどういう人なんだろう。ぼくの想像を超える。
 先日,シェラトン都ホテルでは10万円のおせち料理のチラシがあったけど。

● わが家ではおせちを食べる習慣じたいがない。相方もぼくも,それぞれの実家に行けばおせちが出るんだけど,相方が自分でおせちを作ったことは一度もないはずだ。
 おせちって,正月くらいは主婦を休ませるための工夫だと聞いたことがある。が,自分の遠い記憶をたぐってみると,かえって主婦の(つまり,母親の)負担を増やしていたような気がする。
 冷蔵庫が普及し,正月もコンビニが営業しているこのご時世に,おせちでもあるまいと思っている。

2017.11.25 「満天家」,二度目

● 相方がもう一度,「満天家」に行きたいと言う。前回,初めて行ったときに食べた豚トロ丼が忘れられないらしいのだ。
 といって,下栗本店は少々遠い。いくら旨いといったって,ラーメンを食べるためだけに移動するには距離がありすぎる。
 ところが,“ゆいの杜”に支店があった。ここなら鬼怒川をこえずにすむし,まぁまぁ近い。渋滞知らずで行ける。

● “ゆいの杜”とはついぞ聞いたことのない地名だ。刈沼か野高谷の一部が独立宣言を出したんだろうか。
 わが家から向かうと,突如,大都会が出現したという印象になる。芳賀工業団地の手前,かつては宇都宮テクノポリスとして指定されていたエリアだ。
 テクノポリスなんぞ,もはや誰も口にしなくなった言葉だが,新興開発地として宇都宮では唯一人口が急増しているエリアだと聞く。小学校が足りなくて新設しなければならないらしい。いずれはLRTが走るようになるのだろう。

● 満天辛麺味噌。820円。辛さを選ぶことができる。ぼくは中辛,相方は大辛。ちなみに,マイルドな順から,中辛,大辛,激辛,鬼辛,狂辛,となっている。
 鬼辛や狂辛に挑むのは,青春と呼ばれる恥じ多き年代を生きている若者たちに任せればいいだろう。年寄りは無意味な挑戦はしないものだよ。
 実際,ぼくには中辛でも充分に辛かった。相方は大辛にした。彼女はぼくより強刺激を好む。辛さに強いし,お風呂もかなり熱くして入るのを好む。その相方にしても,大辛は文字どおりの大辛だったらしい。

● 大盛りは150円増し。が,それでも大盛りを食べたという気がしない。「みやこ家」の大盛りに慣れてしまっているからだ。
 ここでは,麺を大盛りにするより,ご飯を頼んで残ったスープに投入して雑炊にするのが吉かと存ずる。

2017.11.25 久しぶりだ,ホームレスを見た

● ホームレスって最近,あまり見かけなくなった。いなくなったのか,さらに目につかないところに追いやられたのか,ぼくにはわからない。
 今日,久しぶりに目にした。男性のホームレスだった。とあるコンビニの外にいた。外に向かって背中を見せて(つまり,本人は店の方を向いている),俯いたままジッとしていた。
 黒いコートのようなモノを着ているが,半袖だ。背中に破れがあった。下半身の方もボロボロになっていた。

● まさか前に回って顔を見るわけにもいかないので,年のほどはわからない。が,けっこう若いような印象を受けた。
 見事にジッとして動かない。それこそ黒い像になったかのようだった。

● 話かけてみようかと思わないでもなかった。が,他人の介入を拒む風情があった。
 そのうち,誰かが町に連絡して生活保護を受けさせようとするかもしれない。が,おそらく,本人は生活保護を拒否するのではないか。現状を変えることを極端に億劫がるように見えた。

● 仲間もいない。たった一人だ。彼にとっては,世間というのはないのかもしれない。世界=自分,何人の介入も許さないと,消極的に思い決めているような。
 どこかに段ボールの家を建てるなり,古着を手に入れるなり,自ら動いて現状を変えることは考えていないようだ。正常な判断ができなくなった状態かもしれない。

● よほど辛いことがあったのか。それともよほど弱い人なのか。
 が,このままだと彼は死ぬ。人間の身体は冬の野宿には向いていない。

2017.11.25 “日清どん兵衛”で吉岡里帆のクリアファイルを

● セブンイレブンで“日清どん兵衛”を買うと,吉岡里帆のクリアファイルがもらえる話をFacebookでしていた人がいて。ぼく,それに絡んじゃったもので,自分でも買わざるを得なくなって。

● 昨日,毎日立ち寄るセブンで探してみたんだけど,すでに予定枚数を終了してたっぽかった。このままではまずい。
 今日は朝から地元のセブンイレブンを片っ端からあたってみることにした。ら。1軒目でゲット。まだ,だいぶ残ってたな。昨日もぼくが見落としただけだったのかも(→後日確認。見落としていただけだった)。
 ちなみに,これは仕事なんかには使わないよ。観賞用だからね。

● と思ったんだけど。しかしねぇ,こういうものって,手に入れちゃうとその瞬間に熱が冷めるね。欲しい人がいれば,あげちゃってもいいかなぁと思う。

● 「どん兵衛」は旨いので,たぶん,これからも買い続けると思うんだけど,コンビニよりスーパーの方が3割方安く買える。スーパーでまとめ買いでしょうね。
 というわけで,こういう景品作戦には乗らない方が吉ですな。

● ただ,この過程で星野源と吉岡里帆のCMをYouTubeでまとめ見することになりましてね。いいCMですわ。
 星野源とくればどうしたって「逃げ恥」を思いだすわけだけど,吉岡里帆って新垣結衣とテイストが似ている感じがしますな。

2017年11月23日木曜日

2017.11.23 何もしなかった一日

● 昨夜は23時に寝て今朝起きたのは8時。午後,2時間ほど風呂で過ごして,その後,テーブルでうたた寝。
 あ~ぁ,何もしないで,何も起きないで,1日が終わりそうな幸せ。このまま明日が来なければ最高だ。
 これって,準冬眠状態? 1億総冬眠になれば。うつ病で苦しむ人も激減するんじゃないかなぁ。バリバリやりたいヤツにはやらせておけよ。君はバリバリ派じゃなくていいんだよ。

● 夜は,相方が作ってくれた豚肉とキャベツの炒めものとマッシュルームの炒めものを肴に,水割りを飲んだ。
 YouTubeでAKBと郷ひろみとNOA(仙道敦子&吉田栄作)を聴きながら。それと小梅太夫のギャグを見ながらね。
 前田敦子と大島優子がツートップだった時代のAKBには勢いがあったなぁ。と思うのは爺の証拠かい?

● その昔,NOAをリアルタイムで聴いたことはなかったような気がするんだけど,仙道敦子って歌旨いねぇ。驚いたね。
 彼女も吉田栄作も,才能のすべてを開花させずに終わったような気がするんだが。
吉田栄作は「俺はBIGになってやる!」が利いちゃったかなぁ。

● というわけで,今日は家から一歩も出ず,何もしないで過ごした。何もしないをまっとうせねば。まだ21時なんだけど,そろそろ歯を磨いて寝るとするか。

2017.11.23 「東京が一番コスパのいい旅行先」

● という記事がネットにあった。どうもそういうことらしい。東京は物価の安い都市になったようなのだ。これって,けっこう以前から言われてましたよねぇ。
 加えて,街並みが清潔で治安がいい。人あたりの良さや愛想の良さも健在だ。最高だ。
 それを白いのや黒いのばかりに楽しませておく手はない。地元のぼくらが満喫しなくてどうする。海外なんぞ行ってる場合じゃない。

● と,喜んでばかりでいいのか。ちょっと複雑な気持ちだねぇ。
 昔は,ブランド買うなら香港がいいぞ,東南アジアの物価は信じられないほど安いぞ,というわけで,こちらから打って出て行ってたわけだから。
 お金ってこんなに使いでがあったのか,と新鮮なショックを受けたもんだ。

● 企業からいえば人件費,ぼくらからいえば給料が,それらの国々よりずっと高かった。それが今は労働力もデフレになっているってことなんでしょうね。
 そもそもが,1ドル=80円だったのが113円まで円安になっているんだから,それだけで日本国内の賃金は4割方安くなった計算だ。

● かといって,1ドル=80円だった頃(悪夢の民主党政権時代)の日本経済の哀れ惨憺ぶりを思い起こせば,たぶん,今の方がいいのだろう。
 たぶん,じゃない。明らかに今の方がいい。

● というわけでだ,諸君。日本を楽しもう。楽しみ方は無限だ。
 良質な労働力が低廉な対価で勤勉に作動しているのだ。そこからたわわに実る果実をちゃっかりいただこう。さよう,割り切ってしまおう。

2017年11月22日水曜日

2017.11.22 明日は休みだから,「みやこ家」で麺を食べよう

● 明日は全国的に休み。だからというわけでもないんだけど,相方と氏家の「みやこ家」に行った。相方がこれから夕食を作るのは面倒だと言うし。

● 海老つけ麺を注文した。たいてい,喰いすぎる。相方が大盛りを注文するからだ。食べられっこないのだ。残した麺をぼくが食べることになるのだ。
 今夜も食い過ぎた。そうなることを想定して行くわけなんだけど。

● 極太麺をよく噛まずに飲みこむ。麺というのは,基本,あまり噛まないものだと思うんだけど,胃には負担になっているかもしれないね。
 そこにきて,食い過ぎるんだから,いよいよ胃には試練を与えているかもしれないなぁ。

● この日のこの時間帯(8時頃だったか)はけっこう空いているんだね。今日だけの特殊事情だろうか。待たずに座れてありがたいんだけど,飲食店は混みすぎない程度に混んでてくれる方がありがたい。
 店や食べものに元気をもらうという言い方がされることがあるけれども,活気はお客さんが作る。お客さんが少ないと活気も薄くなるからね。

2017.11.22 近頃,不合理だなと思うもの-とりあえず,3つ

● 信書の保護。信書を送るには郵便じゃなきゃいけないってこと。かつて問題にされた宅配便。なんでクロネコヤマトが取扱いをやめなければならないのだ? 法律を改正するべきではないか。
 郵便とクロネコヤマト,どちらが信用できるか。言うまでもないではないか。

● 新車の検査。日産が叩かれた件。
 なぜ,資格を持たない者が検査をしたのか。そんな資格に何の意味もないことを誰もが認知していたからだ。たかだか1日や2日の研修が何だというのだ。それで得られるような資格に何の意味がある?
 こういう些末な制度をそのままにしているのは,国土交通省の怠慢ではないか。マスコミは日産ではなくて,国土交通省を叩くのが筋だろう。
 ちなみに,国外に輸出した車に対しては何の措置も必要ないのだ。バカバカしいにもほどがあるとはこういうことではないか。

● 社会福祉士の受験資格。福祉系の大学を卒業して指定された科目の単位を取っていれば,受験資格あり。これが福祉系でも短大だと,指定された科目(基礎科目)を取って卒業しても,2年間の実務経験と短期養成施設を経なければならない。
 大学での1年と実務経験の1年が同じ重さ。正気の沙汰とは思えない。短期養成施設などに至っては,それで飯を喰う人たちの既得権を保護しているとしか考えようがない。
 何のための試験なのだ? 広く受けさせて,どんどん落とせばいいじゃないか。
 総じて,実務経験を軽く見て,座学を重く見る。これは,社会福祉士の試験以外にもわりと広く見られる。あえて問いたい。大学でそれほどの授業をしているのか。

2017.11.22 コンビニの圧倒的な利便性

● 昨夜遅く,ネットで演奏会のチケットを2つ,購入した。ネットは情報は伝えてくれるけれども,チケットという紙でできた印刷物は運んでくれない。
 その印刷物を受け取るにはどうするか。今回の場合はセブンイレブンで発行してくれる。

● もちろん手数料はかかるんだけど(この手数料収入はかなり美味しいだろうね),便利だよねぇ。すでに何度もこの方式を利用しているんだけど,つくづく便利になったものだなぁと感嘆している。
 コンビニならそちこちにある。そのどこでも発行してもらえるんだからね。しかも時間の制限がない。夜の8時までに行かなくちゃなんてことがないのだ。何たる便利さ。

● 公共料金も払えるし,宅急便も送れるし,雑誌は買えるし,カフェ顔負けのコーヒーも飲める。弁当もサンドイッチもある。酒も肴もある。ノートもボールペンもあるし,最近は米だって売っている。シャンプーやティッシュペーパーもある。
 衣食住遊学のうち,衣の扱いはほぼないけれども,食は野菜を除けばだいたいコンビニのみで用が足りる。

● コンビニは地域の小売店や書店のかなりの部分を廃業に追いやった。近くにコンビニができたために,お客が減って廃業したラーメン屋の店主にも出くわしたことがある。
 コンビニに負けるなんてどんなラーメンを出していたんだよと思ったんだけど,そこはかなりの田舎で商店も食堂もあまりないところだ。コンビニ弁当に価格で敗れたのかもしれない。

● こういうのを全国チェーンが地域を破壊すると言う人もいるだろう。が,そうなるには理由がある。住民にもたらす便益があまりに大きいのだ。
 住民はそれを現実の生活において具体的に知ることになる。具体の前に抽象(観念)は無力なのだ。

● たしかにセブンイレブンの赤・オレンジ・緑の看板は全国どこでも同じだ。ドの付く田舎ではこの看板は周囲の景観から浮いてしまっている。
 しかし,そんなことが何だと言うのだ?

● コンビニに問題がないわけではない。たとえば,人手不足。AIの発達で要らなくなる仕事がたくさんあると喧伝される一方で,目の前の人手不足は深刻だ。
 が,技術革新が問題のかなりを消滅させるだろう。コンビニにレジがなくなるのは,もはや時間の問題ではないか(来年や再来年の話ではないけれども)。
 このようにして,すでにある既得権や合理性を欠く秩序は破られていくのだ。そういうものを修正するのは,言葉による論戦ではなくて,科学の進歩と技術革新だ。

2017年11月19日日曜日

2017.11.19 まだ見ぬ彼氏を熱く語る

● 宇都宮短期大学の彩音祭にお邪魔したわけだが。帰りはひとつ先のバス停からバスに乗った。“宇短大入口”で大勢の乗客が乗ってきた。
 附属高校の生徒さんがほとんど。しかも,そのほぼ全員が女子生徒。

● いや,姦しいこと。非難しているのではない。そういうものなのだ。そうでなくては,たぶん,困るのだ。
 ともあれ,彼女たちの止むことのない話し声を聞くことになった。

● 彼女たちの最大の関心事は彼氏を作ることのようだ。まだ見ぬ彼氏を語ることに情熱を注いでいる。これからの進路とか将来設計とか,勉強や試験のことではなくて。
 逆にいうと,将来にはあまり不安を持っていないようなのだ。考えても仕方がないと思っているのだろうか。

● であるなら,賢いかもしれないね。考えても仕方がないところがたしかにあるし,16歳やそこらじゃ,具体的に考えるには情報が圧倒的に不足しているはずだから。
 夢を語ることになるしかないよね。どうせ夢を語るんだったら,彼氏に関する夢の方が,それこそ夢があるかもなぁ。もっとも,その夢は必ず破れるんだが。

● 彼女たちがなぜその方向に行くのかといえば,それはもう神様がそういうふうに人間を造ったからだとしか考えようがない。
 もし,彼女たちの年代ですでに男や結婚,家庭というものを冷静に見つめることができてしまったら,人類は滅亡するしかなくなる。
 男の大半がスケベなのも同じだ。男からスケベを取り除いてしまったら,やはり人類は絶えてしまうだろう。

● ぼく自身,20代の前半は関心事の7割は異性のことだった。たぶん,そうだった。仕事とか将来とかそのときの政治情勢とか,そういうことではなくて。
 今からすれば,バカだったと思いもするんだけど,それ以上に仕方がなかったと思っている。いや,それで良かったのだと思っている。そうでなければできない体験もあるのだ。

2017年11月18日土曜日

2017.11.18 宝積寺駅東口・ちょっ蔵広場のイルミネーション

● 昨夜点灯された。女性だけのオーケストラ(最前列に木管がいるのは,ご愛嬌だね)。いたって小ぶりなイルミネーションなんだけども,吸引力はけっこうある。
 これを俗に「企画の勝利」と言うんでしょうね。電飾の数や色の多彩さ,規模の大きさでは勝負しないよ,という潔さ。

● 豪華さとか規模とか華やかさとか,そういうもので勝負しようとすれば,究極はTDLを相手にしなければならない。TDLに入園するにはけっこうな額を支払う必要があるんだけど,多くの人はエレクトリカル・パレードやクリスマスシーズンに園内を彩る絢爛たるイルミネーションを見ている。
 比較対象はTDL。となると,なかなか厳しい。

● 企画で勝負する場合も同じでしょうけどね。ただ,企画勝負ならTDLとは違う土俵に立てるかもしれない。
 それも言うほど簡単ではないんだろうけど,ちょっ蔵広場のこのイルミネーションはその解答のひとつではあると思う。

● 問題は,毎年続けていると飽きられるということだ。今年は衣装に色を付けたりして,少し変化を入れているんだけど,それでも飽きに抗するにはぜんぜん不足だ。
 もう一点。この種のイルミネーションって,長く引きずりすぎるような気がしている。3月の頭まで光っていたりする。
 雛祭りの飾りものは3月3日が過ぎれば片付ける。端午の節句の飾りものもクリスマスツリーも同じ。正月の門松だって松の内まで。
 年が明けるとイルミネーションの気は抜ける。なのに終期を逸して,季節はずれのわびしさを漂わせることになる。

2017.11.18 女子の行動力は男子を圧倒する

● 東京から帰りの宇都宮線の車中。小金井行きの普通列車に乗って,大宮で宇都宮行きの快速に乗り換えた。古河で座れた。
 ま,そんなことはどうでもいいんだが,小山を発車した時点で,自分の視野に限って,乗客を男女別に数えてみた。男はぼくを含めて3人。女性は8人だった。その多くは10代と20代の若い女の子。

● 外に出ているのは圧倒的に女が多い。男は何をしている? 男は車で出かけるのか。いや,そこに男女差はないと思えるんだが。男は土曜日も仕事に出ている? だとしたら,男はバカじゃないのか。
 行動力,行動半径においても,女が男を圧倒しているのかもしれないなぁ。まぁ,出かけるのがいいというわけでもないんだろうけど。

● 電車の車内に限らない。たいていのところは女の方が多い。たとえば,休日のショッピングセンター。文具店もそうだ。商品を物色しているのは圧倒的に女性が多い印象。男女が逆転するのはパソコンショップやオーディオショップくらいではあるまいか。
 コンサートホールもそうだ。聴衆の多くは女性。ぼくはまず行かないんだけど,美術館なんかもそうだろうね。
 あ,シネコンは男女が拮抗しているかもしれない。カップルが多いから。

● これ,昔からそうですよね。今に始まったことじゃない。女は外向きで男は内向き。
 男は外に出て働き,女は内で家庭を守る,というのは,男女が動く場のごく一部を指したものにすぎない。しかも,戦後しばらく経ってからのごく短い期間にしか現れなかったものだ。

● 女が外に向くのは社交が女の本質だからでしょうね。女を奥に閉じこめたままにしたら,苦痛で身もだえするんじゃなかろうか。買い物に行けなくなるんだからね。
 ともあれ,女の方が男より行動力に富む。商品も文化も女が伝播するものなのでしょうね。つまり,男女の文化差は開く一方になる。
 “文化=知”ではないから,書斎で本を読んでいるだけでは,文化の進展に遅れをとることになるぞ。

● しかし,とも思う。社会を前に進めるのは“いびつ”ではあるまいか。世間の趨勢に背を向ける人ではないか。
 ただね,“いびつ”な男子に申しあげたいのは,君のは社会を前に進めるような“いびつ”じゃないよ,ってことだな。

2017年11月17日金曜日

2017.11.17 図書館に退職した先輩がいた

● 平日の金曜日。休暇を取って,宇都宮市立東図書館に行ったんだけど。
 先輩のAさんを見かけた。さほど親しくもなかった人なので,声をかけることはしなかった。
 Aさん,定年退職して,5年が経つはずだ。おそらく,再就職も卒業して,毎日が日曜日になっているのだろう。

● だから,平日の午前中から図書館。でも,幸せそうには見えなかった。読みたい本があって図書館に日参しているなら,もっと張りがあるはずだと思った。
 やること(やりたいこと)がないから,暇をつぶすために図書館を利用しているというふうに見えた。使える時間はふんだんにある。が,その時間を持てあましているような。
 図書館ならお金もかからないから,そこで時間をうっちゃってこよう,と。図書館じゃなくてもいいんだけど,無難なところで図書館かな,と。

● これはいけない。図書館通いがいけないのではなく,やりたいことがないというのが。本人にとってもだけれども,この張りのなさというのは,周囲にも浸潤して,場のテンションを下げてしまう。
 暇つぶしなんだから,気が入っていない風情なわけで,そういう人はAさん以外にもけっこういる。平日の図書館はそうした老人のたまり場になっている感がある。

● ぼくも引退に片脚を突っこんでいるので,他人事ではない。
 退職後に在職時の人間関係が続くわけはない。退職時で切れる。それに気づかずにか,気づいていてもなおなのか,職場にやってくるOBがいる。それだけはやってはいけないと若い頃から思っていた。

● 企んだことでもないんだけど,ぼくの場合は,退職で失う人間関係などない。元々なかったんだから,失うはずがない。あまり職場に体重を預けてこなかった。悪くいえば,斜に構えていた。
 友だちがいない状態には慣れている。何をやるにしても「一人」が前提だ。食事をするのも,酒を飲むのも。それで失うものがあるとは思わない。
 だから,退職後は会社に代わる人間関係を構築せねば,という発想もない。まず人間関係ありき,友だちがいなければ何をしても楽しくない,人の間に生きてこそ人間じゃないか,というのは,考え方の根本が間違っている。

● したがって,問題はただひとつ。毎日が日曜日になったときにやりたいことがあるか。当然,そのやりたいことというのは,一人でできることでなければならない。
 こういうのは,毎日が日曜日になりました,ではやりたいことを見つけましょう,は通用しない。遅すぎる。その時点でゲームオーバーだ。
 やりたいことはそれ以前に存在している必要がある。現役の頃から,できる範囲でそれをやっていなければいけない。

● この点に関して,自分に盤石の自信があるわけではない。やりたいことがあっても経済的な問題はつきまとう。
 けれども,多少の成算は持っている。

● 問題は唯一,健康の維持。ただし,そのために何かやっているかといえば,まったく何も。健康はすべての大元だけれども,あまり健康,健康と神経質になっては,かえって健康を損ねる。
 良寛和尚が仰るように,死ぬる時節には死ぬるがよく候,ということだと思っている。

2017年11月16日木曜日

2017.11.16 久しぶりに,氏家の「登竜」

● 久しぶりに,相方と氏家は「登竜」へ。醤油ラーメンを食べた(相方は味噌ラーメン)。ホッとする味。毎日でも食べたい味。
 他に代替するものがない。唯一無二ではないかと思っている。少しほめすぎだろうか。

● 一番人気は味噌ラーメンだろう。たとえば宇都宮の「満天屋」と「登竜」に一回行ってもらって,どちらが旨かったかと訊けば,10人が10人とも「満天屋」が旨かったと回答すると思う。
 ところが,5回,10回と回を重ねると,「登竜」がいいという人が増えてきそうな気がする。「登竜」の味って,そういうところがあると思う。

● それなのに久しぶりになったのは,喫煙問題のゆえ。「登竜」は基本的に喫煙可なんですよ。土日祝日は禁煙にしているんだけど(ただし,21時以降は禁煙解除)。
 以前,禁煙になっていたので,あ,禁煙に変えたんだと思ったんだけど,その日はたまたま土日祝日のいずれかだったのだろう。

● 夜は酒場にもなるわけなので,この措置は妥当というか,「登竜」としても考えた末での結論だと思う。
 けど,うちの相方は煙草の煙と臭いが決定的にダメで。喘息の気があるのでね。我慢が利かない。結果,足が遠のくことになる。つまりは,土日祝日に行くようにすればいいことなんだけどね。

● そういうことはあるんだけど,「登竜」があるから,氏家は氏家たり得ているといいますかね。「登竜」のない氏家なんて,炭酸の抜けたソーダ水のようなものだな。

2017.11.16 やっぱりスマホは要らないか

● 今日は人間ドッグの受診日。出かけようと思って持ち物を点検。さっきたしかに見たスマホが,忽然と姿を消していた。探しても出てこない。諦めてそのまま外出。
 それで困ったことがあったかというと,見事に皆無。

● 「たしかに見た」というのが錯覚なのかも。昨日,職場に置いたままにしてしまったのかも。今までにもあったから。
 忘れてきてしまうくらいなんだから,そもそも要らないものなのかもなぁ。

● では,スマホをやめてガラケーにしようか。それはあり得ない。なぜなら,ガラケーにして,通話以外のオプションをすべてはずしてdocomoと契約するよりも,今のまま楽天モバイルでスマホを使っている方が安いんだから。
 何せ月額645円(+通話料)だからね。通話料は1分間で10円だったかな。予めクレジットを購入する方式。500円のクレジットを買ってある。通話のたびに引かれていくわけね。

● ところが,3ヵ月とちょっと経つのに1円も引かれていないんですよ。つまり,まったく電話をかけていないってことね。
 かけるのもかかってくるのも,ほぼ相方ひとり。相方とはLINE電話なので,無料ですんでいる。
 結局,ガラケーよりスマホが安い。であれば,断然,スマホがいい。

● 要するに,スマホがなくてもあんまり困らないんだけど,通話をしないんだからガラケーはもっと要らないってことなんですよね。
 かといって,社会人をやっている間は,ケータイは持たない主義です,では通らないわけでね。

● まぁ,ここまで極端じゃなくても,よほど電話を使うのでなければ,SIMはデータ通信専用にして,通話はIP電話にした方が,よほどお得ですよぉ。
 そのためには,3大キャリアとはバイバイすることですねぇ。

2017年11月15日水曜日

2017.11.15 夢を見る技術-浦島太郎の話

● 浦島太郎の話にはよくわからないところがある。どう解釈すればいいのか。
 特に,乙姫が浦島太郎に玉手箱を持たせたのはなぜなのか。持たせる必要なんかなかったろう。
 しかも,わざわざ「開けてはいけません」と言って,必ず開けるように仕向けている。開けてはいけないと言われれば,開けたくなるもんね。

● これに関して吉行淳之介さんが,次のような解釈を示している。
 乙姫は竜神の囲われ者。が,竜神の寵愛は別の妾に移ってしまい,乙姫は竜宮城でひとり孤閨をかこっていた。ある日,浦島太郎を知り,あぁ,この少年に慰めてもらいたいわ,と思った(浦島太郎は偉丈夫なイケメンだったのだろう)。
 そこで浦島太郎を竜宮城に拉致することにした。亀に言い含めた。浦島太郎が通りかかる時刻に砂浜でいじめられてきなさい。
 心優しい浦島太郎がその亀を助けるだろうことはわかっている。上手くいった。
 次は拉致だ。お礼に竜宮城に招待したいと亀に言わせ,それにもまんまと成功した。

● 当然,浦島太郎が竜宮城で受けた接待は,鯛や鮃の舞い踊りばかりじゃなかったはずだ。が,そうこうするうちに,さすがに乙姫も気がすんだ。ありていにいえば,浦島太郎に飽きてきた。
 帰さなければならない。あまり長引くと自分の浮気が竜神にバレてしまう可能性もある。竜神のことだ。バレてはおおごとになる。
 いや,帰したあとも,浦島太郎がペラペラと自分の竜宮体験を喋ってしまうかもしれない。喋られてはまずい。唯一の生き証人を亡き者にしなければ。

● そこで凶器の玉手箱を持たせた。わざわざ開けてはいけないと念を押し,必ず開けるように仕向けることも忘れなかった。
 玉手箱を開けてしまった浦島太郎は,3日ももたずに亡くなったろう。こうして,乙姫の完全犯罪は成就した。

● さて,では浦島太郎は哀れな被害者だったのだろうか。断じて,否,でしょ。酔生夢死を地で行ったようなものだもん。
 少年から老衰するまでの期間を,あり得ないほどに短く感じられるような快楽のうちに過ごせたんだから,こんな幸せな人生はない。

● ぼくははるか昔に少年ではなくなった人間だけれども,かつ偉丈夫でもイケメンでもないけれども,誰かぼくを竜宮城に拉致してくれないだろうか。
 帰りにはぜひ玉手箱を持たせてほしい。開けてはいけないとは言ってくれなくていい。言われなくても開けるから。

● ここで思うのは,竜宮城で浦島太郎が過ごした年月は,現実なのか夢なのかってことだ。夢と現実の境目は限りなく曖昧だ。
 夢を見る技術,魅惑的な言葉だ。

2017年11月14日火曜日

2017.11.14 夢を見る技術

● この標題は,吉行淳之介さんのエッセイのタイトルのパクリ。じつは今朝方,次のような夢を見た。

● A子とB子,二人の女性と泊まった。羨ましいとお思いか。とんでもない。何だか憂鬱なのだ。
 A子は別の部屋にいる。B子はぼくの隣にいる。でも,他にも何人も同じ部屋に寝ている。タコ部屋っぽい。
 朝になった。何人もいるのに,B子がぼくの上に乗ってきた。
 ざけんなよ,何やってんだよ,と思ったところで,目が醒めた。そんなこと思わないで,ちゃんと最後まで事を成就してから目覚めるのが,夢見の達人なんでしょうね。

● 夢を制する者は人生を制す。現実も夢なら,夢も現実だから。どちらも同じ脳内現象。
 であるなら。いい夢を見る技術があれば,それを習得したいよね。

● 夢って,脳が記憶の整理をしているときに見るものらしい。当然にして,自分の意のままにはならないものだとは思うんだけど,夢の中でも右か左かと迷うことがあるじゃないですか。そういうときに,こっちがいいと思っているんだけど,逆の方に行ってること,あるじゃないですか。
 そういうときに,いいと思った方向に行けるようにはならないものですかねぇ。

● それと,夢を引っぱることってできないものだろうかと思う。いい夢(めったにないんだけど)を長引かせる。これ,できないものかなぁ。

2017年11月12日日曜日

2017.11.12 街はすっかりクリスマス

● 宇都宮駅前のペデストリアンデッキもすっかりクリスマス。
 ぼくは,商業主義にはおおむね好意的なんだけど(広告が一切ない世界を想像してみるがいい),こういうのに疎外感を覚える人もいるだろうねぇ。

● こうしたクリスマスを煽る飾りつけが自殺者を増やしてしまうことはないのかと,余計な心配をしてみる。

● クリスマスを煽るというより,“クリスマス→家族団欒,カップルで食事,友だちと騒ぐ”と短絡する傾向を煽っているところがね。
 あたかも,クリスマスにはカップルで食事に行ったり,友だちと騒ぐものだよ,みんなそうしているよ,と言っているような。

● 家族や彼女(彼氏)や友だちがいないなんて,べつに何でもないことだ。
 だけど,そういうものが規範になってしまっている風潮がどうもあるようで,そこが面白くない。

● 家族から離れて一人で暮らしている人,彼女(彼氏)がいない人,友だちがいない人。いずれもかなりの数,いるだろうからね。
 気がかりなのは,その3つともいない人だ。それだってけっこうな数,いそうだよね。それ以前に,クリスマスどころではない人もいるはずだ。

● 標準から外れている自分はダメ人間,とこれまた短絡してしまう人もいそうだ。
 短絡するのが悪いと言ってしまえば,それはそのとおりなんだろうけど,大方の人たちはいくつもの短絡で生きているわけで。
 短絡で生きてるのが大衆というものだ。まったく短絡を排しきれている人なんているのかね。

● クリスマス一色になってしまうのがよくない。別の色も残しておかないと。
 クリスマスなんて関係ない人もたくさんいるんだよ,っていう告知をする電飾はないものか。

2017.11.12 餃子を肴に酎ハイを

● 夢のような時間は夢のように早く過ぎて,宇都宮に戻ってきた。駅ビルの「みんみん」(ステーション・バルの方)で餃子を肴に酎ハイを1杯。
 若い頃は,釜川沿いの「M」(今はない)に立ち寄って,近くの「香蘭」から餃子を出前に取ってもらって,ビールを飲んだものだ。
 どうも,昔を思いだすことが増えたかな。いいことじゃないね,これはね。

● 餃子を肴にして飲める酒はビールだけかな。酎ハイには合わないような気がする。
 かといって,醸造酒はほとんど飲む気がしなくなっている。焼酎かウィスキーを炭酸で割るのが一番いい。身体に入ってから悪さをしないっていうか。
 なので,肴は餃子ではない方がいい。この店は「みんみん」にしては唯一,例外的なところがあって,餃子以外のつまみがある。鶏の唐揚げとか。
 しかし,「みんみん」である以上,餃子を食べないわけにはいかないぞ,と。

● 餃子って不思議な食べもの。ご飯とピッタリ合うんだけど,何かを摘みながら餃子を食べるってのもありでしょ。
 餃子って炭水化物の固まりなんだから。主食になるよね。肴にもなり,ご飯のおかずにもなり,主食にもなる。

● ステーション・バルは明らかにアルコールで儲けている。わかっていながら,やっぱり飲んじゃいますな。
 「みんみん」にはお世話になっているから,儲けていただいてかまわないと思っているのでもあるんだが。

2017.11.12 森山良子さんのディナーショーのポスター

● 70歳になんなんとするのに,この溌溂さ。若いときにひと時代を築いた人に特有のもの?
 ではおまえは33,000円出してこのディナーショーに行くのかと問われれば,さすがに行きますってことにはならないけれども。

● 松田聖子のディナーショーのチケットなんて,あっという間に完売するらしい。松田聖子なんだから,いい年になったオッサンやオバサンが行くんだろう。おそらく,普通のオッサンやオバサンなんだと思うんですよね。お金持ちというわけじゃなくて。
 おそらくそれだけの価値はあるんですよね。ひと時代を築いた人のライヴなんだから。

● 芸能人って,老人になってからも若い人が多いですよねぇ。化粧のおかげもあるんだろうけど,それだけでは説明がつかないように思う。
 鍛えているんだろうし,心がけてもいるんだろう。いつ誰に見られてもいいように備えておこうっていうのが,身に染みているのだろう。

● それでも首の弛みとか,手の甲とかに,避けようのない老いが現れてしまう。そこを掴まえて鬼の首を取ったように言う人が,たまにいる。いやー,どんなに騙そうったって,そうはいかないよぉ,隠しきれないところが出ちゃうんだよぉ,ってね。
 が,そうではなくて,そこからぼくらが学ぶべきもの(といっても,おそらく学びようがないのかもしれないんだけど)がたくさんあるんでしょ。

● ディナーショーに登場する人たちに,凡庸な人はいないもんね。ジェットコースターのような起伏があったろうし,裏切りとか手ひどい中傷とか,普通の人が味わう機会のない鋭角的な傷をつけられもしたろうし。
 それを踏み越えてきた結果の今の彼や彼女が,往年の自分の持ち歌を歌うところを見てみたいなとは思うんだけど,やっぱり行かないなぁ。

● お金の問題もあるんだけど,彼らがスターだった時代,つまり自分が若かった頃に,あまり関心がないというかね。若かった頃の自分をヴィヴィッドに思いだしてしまうような刺激は受けたくないっていうか。
 ロクなもんじゃなかったはずだからね。恥のみ多かったはずだから。せっかく忘れているものを,わざわざ思いだしたくないかな,と。

2017.11.12 週末はシェラトン都ホテルで 2

● ホテル内の「四川」で朝食。どういうわけか,今朝は混んでいた。
 和食を選択。禁断の納豆にも手を出して,相方にイヤな顔をされた。納豆の良し悪しはぼくにはよくわからないんだけど,いい方の納豆だと思う。豆がふっくらと柔らかい。

● 和食のオカズを洋皿に乗せることになるわけで,これはけっこう難しい。
 あとは,普段はまず食べることにないカットフルーツ。ホテルといえども,メロンにはアタリハズレがある。今日のはアタリ。

● が,ここでのお薦めは味噌汁なんですよ。乾燥ワカメをいくつか椀に放りこんで,汁をかける方式なんですが,この汁が素敵に旨いんですわ。
 3杯飲んだ。塩分なんかいくら摂りすぎてもかまわない,という気にさせる。

● スイートルームはやっぱり快適。これなら長期滞在が可能。つまり,住める。
 単純計算で月150万円。軽井沢に別荘を持つより,トータルコストはよほど安い。別荘を別荘として使った場合の,建物の耐用年数は15年と見込む。建築費用が2千万円とすれば,年あたり130万円。外に税金と維持管理費,食費その他の生活費。
 それでひと夏しか使わないんだから,ホテルに住んだ方が安いだろう。別荘は所有しないでアウトソーシングした方がずっといいのだ。

● 何十年も前の土地神話が生きている頃なら,別荘なんか持って失敗したと思っても,土地の値上がりがずべて埋めてくれて,なおお釣りがきたかもしれない。
 が,(たぶん)幸いにして,そういう時代ではなくなった。自分の資産を不動産という形態にはしない方がいいのだ。別荘なんていう年の半分も使わないもののためにお金を使うのは,すなわちお金をドブに捨てるのと同じだろう。

● ホテルならば主婦業は自分たちでやる必要がない。調理も洗濯も掃除もホテル側がやってくれる。特に,掃除をしなくてもいいというのは大いなる魅力。
 ま,どっちにしても,ぼくらにはあまり現実的な話ではないんですけどね。

● 別荘といわず,自分たちには自宅がある。自宅の方がスイートルームより広い。その自宅を有効活用しているかなぁと反省した。眠らせている部屋がけっこうある。
 その最大原因は要らないモノがありすぎることだ。そこに大ナタを振るうことができれば,自宅の快適さは大きく増大するね。モノを捨てること。営巣活動をほどほどに抑えること。

● シェラトン都のスイート,かなり気に入った。何がいいって,コケ脅しのシャンデリアとかがぶら下がっていない。
 ガラスケースに入った民芸品様の美術品が置かれていることもない。そんなのがあったんじゃ,壊しやしないかと気になって仕方がない。
 部屋数は多いのに,トイレや風呂が普通の部屋と同じ造りと面積だとガッカリするけれど,風呂もトイレも広さを保っている。

● 質実剛健というのとは違うけれども,基本に忠実という感じ。スッキリしている。
 必要なものはすべてあって,邪魔になるものはひとつもない。ここなら仕事ができる(しないけど)。

● 昼前にサウナを使わせてもらった。プールを使っている人は一人もいなかった。自分が泳げたらなぁと思うんですけどね。
 13時半に部屋を出た。今回,最後になるラウンジを使わせてもらって,フロントでチェックアウトして家に帰るとしよう。
 夢のような時間は夢のように早く過ぎてしまうものだ。

2017年11月11日土曜日

2017.11.11 週末はシェラトン都ホテルで

● 相方がまた安い宿泊プランを発見したようだ。今回は,「行きがけの駄賃だ。東京でコンサートを聴いてやれ」なんていうスケベ根性は出さないことにした。何もしないでホテルでノンビリすることにした。
 言い換えれば,個人行動をやめて,全面的に相方に付き合うよってこと。

● 今回は1154号室。スイート。料金は50,300円。この部屋で,ホテルの施設のほぼすべてを使えて,3食ホテルで食べられて,夜は酒まで飲めるんだから,この料金は破格に安い。
 たとえば,東京~京都を,大人2人が新幹線で往復すれば,それだけで5万円になる。その値段で1泊2日でオールインクルーシブなんだから,かなり安い。

● ぼくらにスイートは明らかに分不相応ではあるんだけど,こういうのって素早く慣れてしまう。相方は早くも次のプランを物色中。彼女の活力源。ぼくはご相伴に与る立場。
 東京なので交通費はミニマムに抑えれらる。ホテル外でお金を使うこともない。部屋でのんびりするのが目的ならば,スイートの効用は大きいし,それで相方が頑張れるのなら,目くじらを立てる金額ではない。

● ただね,お金を使ってする遊びは必ず飽きるからね。いつまでもこのレベルのお金遊びにとどまっていてはいけないと思う。お金を使わないでできる遊びの方が,奥が深いんだよ。
 女性はそうじゃないんだろうか。つまり,飽きないんだろうか,こういうのに。

● あと,貧乏性というのは出るものだなぁ。せっかくいい部屋にいるんだからというわけで,部屋から一歩も出ないで過ごすことになりかねない。
 はなはだよろしくない。

● まずはラウンジで昼食兼アフタヌーン・ティー。
 焼きそばとフルーツゼリーは,ここのラウンジでは初めて見るもの。ほとんど麺だけの焼きそばなんだけど,不思議に旨い。
 とはいっても,つまりは焼きそばであって,さほどに工夫の余地があるわけでもないようだ。

● 和のスイーツには,紅茶や,ましてやコーヒーなどではなく,あたりまえのことなんだけど,煎茶がよろしいですな。日本式のアフタヌーン・ティー。
 イングリッシュ・スタイルのアフタヌーン・ティーを超えるランチ&ティーを,すでにぼくらは手にしているのかもね。香港でペニンシュラのアフタヌーン・ティーをもう一度味わいたいかと問われれば,絶対にノーだからね。
 おそらく,日本のランチ&ティーに匹敵するかあるいはそれを超えるものは,中国の飲茶くらいではなかろうか。

● 夜もラウンジでハイボールを3杯。それでけっこう酔った。かっこつけてワインを飲もうかと思ったりもするんだけど,ワインには手が出ない。
 このラウンジ,ウィスキーだけはあまりいいのがない。っていうか,バーボンがひとつあるだけだ。それでもそのひとつに手が伸びる。

● 今回は外国人が多い。いつだって外国人はいるんだけど,今回は東洋系ではない外国人が多かったようだ。外見がぼくらと異なるから,印象が強くなる。
 ビジネスで出張してる人より,観光客が多いようだ。なぜそれがわかるかというと,カップルが多いから。

● でもって,酔いが回った頭で夜のホテル庭園を歩いてみた。歩いたくらいで酔いがさめるわけでもない。
 まだ21時を回ったくらいだけど,寝るとしようか。

2017.11.11 ひっさしぶりにロッテリア

● 蕎麦じゃなくて,ハンバーガーを食べた。宇都宮駅のロッテリア。もちろん,一人じゃなくて,隣に相方がいる。
 その相方が,たまにはこういう過ごし方もいいね,と言っている。遠くじゃなくて,宇都宮駅でこうして過ごすのも,と。

● つまり,朝の比較的早い時期に,ロッテリアに入って,外(駅のコンコース)を見る席に座って,コーヒーを飲んで海老バーガーを食べるという,そのシーンが気に入ったというわけなんでしょう。
 じつは,これから東京に行く。気楽な遊び目的だ。その途中,こうして宇都宮駅のロッテリアで時間を過ごしているわけだ。
 では,そうした目的なしに,ロッテリアで時間をすごすためだけにわざわざ宇都宮に出てくるか。絶対にやらないはずだと思う。

● この時間にこの場所にいるというのは,非日常であることは間違いない。ぼくらにとってはハンバーガーもご馳走。
 いやいや,これから東京に行くというワクワク感,休日の開放感があればこそ,この場が華やいでいるんですよね。そういう状況を切り離して,それでもなお,この場が華やぐかといえば,当然,そういうことにはならない。

● スタッフはほとんどバイトさんなんだと思うんだが,この接客技術の水準は相当なもの。マニュアルだけではない。気働きが支えている,たぶん。
 そんなにたくさんの賃金をもらっているわけでもないだろうに,なぜここまでのモチベーションを維持できるのか。不思議といえば不思議。自分はできない自信があるからね。

2017.11.11 「いろり庵きらく」にはすっかりご無沙汰

● 「いろり庵きらく」の看板。開店してからしばらくは,けっこうお世話になっていたものだけど,最近はすっかりご無沙汰している。

● 理由は単純。家でセブンプレミアムの乾麺を茹でて喰った方がいいと思っているからだ。
 セブンプレミアムじゃなくてもいいんだけど,家で乾麺を茹でて,ネギを刻んで,市販の揚げ玉を使えば,まぁまぁそれなりの蕎麦が食べられるじゃないか,と。
 仕事から半身を引いて,そういう余裕ができたってこともあるだろう。

● 「いろり庵きらく」に限らず,「丸亀製麺」にも行かなくなった。「丸亀製麺」に行くパターンは宇都宮で宴会があって,その帰りに立ち寄るってものだった。
 その宴会がなくなった。これまた仕事の絡みだね。

● 仕事の絡みといえば,収入が減って節約モードに切り替わったってのもあるか。いや,ないかな,これは。
 意外に大きいかもしれないのは,新米が出回る時期になったこと。とにかく,米が旨くてしようがないので,一人で外で食べるくらいだったら,家でご飯を炊こうと考えてしまう。

● 吉野家に行く頻度も落ちている。要するに,一人で外で食べることがなくなりつつある。
 氏家の「みやこ家」にはしばしば行っているけれども,これは相方主導による。

● 駅の立喰そばを筆頭とする日本式ファストフードには,高校生の頃からずっとお世話になってきた。これからも利用がゼロになることは考えられないけれども,まぁ,減っていくんでしょうね。

● あ,コンビニの影響もあるかもしれない。最近,セブンイレブンのおにぎりをよく食べている。そっか,その影響が一番かも。コンビニですよ。
 セブンのおにぎりといえば,“五目おこわ”と“シラスにぎり”が旨いですなぁ。

● 400円とか500円の出費だから,気楽にポンポンと出してしまうんだけど,これがまとまるとけっこうな出費になる。これを抑えていくのは,家計からすれば大変けっこうなことではある。
 その分,コンビニへの出費が増えているとなると,プラマイゼロで以前と変わらないのかもしれないんだけど。

2017.11.11 ヤフオクが使えなくなった

● ヤフオクが使えなくなった。いや,だいぶ前のこと。問い合わせたら,パスワードの再設定をして,それが完了したらYahooに返信してくれ,とのことだった。それが今年1月の話。
 面倒なので放っておいた。ヤフオクなんか使わなければいいことだから。が,昨夜,再設定をして,そのことを送信した。

● 今日中に制限解除の通知がくるだろう。もし来なければ,アンタはヤフオク使えないよ,ってことか。上等だ。
 だいたい,どうして利用制限がかかったのかがわからん。不正なアクセスが検出されたというんだけど,無から有を感知してしまうシステムだったんじゃないか。

● けっこうヤフオクのお世話にはなってきた。パソコンはヤフオクで調達するのが,ぼく的にはあたりまえ。新品の必要なんかないから。中古で充分だもんね。周辺機器も同じ。外付けのハードディスクとか,光学ドライブとか,SDカードとか。
 スマホもヤフオクで調達したことがある。

● サプリメントもヤフオクに限ると思っている。薬九層倍というけれど,サプリメントもかなりボロい儲けが出るんじゃないか。
 以前,「みんなの党」の渡辺さんが代表を追われた原因になった8億円の借入れ事件も,貸したのはサプリメントを販売している会社の社長だったんじゃなかったっけ? 日銭がガバガバ入るんだから,笑いが止まらないだろうね。

● そんなものをメーカーの都合で決めた価格で買うことはないわね。ヤフオクだと,どういうわけか知らないけれど,半額以下で手に入る。
 これまた,けっこうお世話になったものだ。今は,ダイソーサプリに切り替えているんで(サプリなんてそれで充分か),ヤフオクでサプリを買うこともなくなっているんだけど。

● 雑誌とか本もヤフオクで落としたことがある。ただ,この分野はヤフオクに出す人が,けっこう高値で出品していることが多い。買う人がいてくれればメッケモノと思っているんでしょうかね。
 おまえ,いくら何でもボリすぎだろ,と思う頻度が高い。とりあえずは,ブックオフがいいと思う。

● Yahoo!かんたん決裁の手数料が0円になったのもありがたい。新生銀行や楽天銀行の出番が減った。
 残された問題は送料だけだな。これはYahoo!でもいかんともしがたいだろう。下手すると送料の方が高くなることもある。

● というわけで,“ヤフオクなんか使わなければいい”とは言いながら,けっこう便利なネットショップとして使ってきてたわけだ。
 ともかく,ヤフオクを再び利用できるように,こちらでできる手続きはしましたよ,と。


(追記 2017.11.12)

 Yahoo!から,制限を解除したとの連絡が来ていた。はい,またヤフオクを利用しますよ。とりあえず,欲しいのは,USB接続のキーボード。スマホにつないで使うためのもの。

2017年11月9日木曜日

2017.11.09 宇都宮の明保野公園-年寄り5則

● 今日は午前中は北風が強かったが,午後には穏やかな日和になった。たまたま,近くに用事があったので,宇都宮の明保野公園に立ち寄ってみた。
 平日の午後とて,閑散としている。こういうところでボーッとしているのは,何より幸せかもしれない。

● そうしながら自分の老後を思った。まだ完全引退はしていないけれども,一線は退いている。退いたあとにボランティアとか社会貢献とか地域振興に力を貸すとか,そういうことはまったく考えていない。
 年寄りの務めは慎んでいることだと思っている。社会や世間に対して具体的な発言をしないこと。するにしても,SNS程度にとどめておくこと。年寄りの発言など,現役世代を足を引っぱるだけだからだ。

● 年寄り5則というのを考えた。自分に言い聞かせている。
1 歳をとってもバカはバカ。
2 年寄りは自分が思っている以上に老いている。
3 この変化の激しい時代,経験知にはマイナスの符号が付く。ない方がマシ。
4 年寄りの社会貢献願望は社会の迷惑。
5 老兵は消え去るのみ。

● ということなので,老後はこういうところでいかにも年寄り然と過ごすのも悪くないかなぁと思う。
 というか,こういう過ごし方をできる時期は老後でもそんなに長くはないのかもしれない。比較的元気で,身体の自由が利かなくてはならないものね。病院の窓から公園を眺めるというのはちょっとね。
 動ける程度に元気で,他に煩いもなく(あったとしても考えないですむ程度で),公園のベンチで頭に浮かんでは消えていくよしなし事を見つめている。人生で一番幸せなわずかな期間になるかもしれない。

● でも,結局やらないと思いますね。動ける間は動いていると思う。何かをやっていますよね。誰の役にも立たないことを。秘やかな自分の楽しみを。じっと座っているということはできそうもない。
 人間は息を引き取るその瞬間まで,頭の中はバタバタしているものなのだろうな。そこを抜けだすことはついにできないような気がする。

2017年11月5日日曜日

2017.11.05 「みやこ家」の“あっさり”つけ麺

● 1日。今日も今日とて,氏家の「みやこ家」で夕食。石焼つけ麺の,濃厚ではなく“あっさり”を注文。
 初めてこの店に来たときに頼んだのがこれだった。何度目かに濃厚を注文した。以後,すっかり濃厚派になって今日に至る。

● “あっさり”だと極太麺との絡みがどうなのかと思われるかもしれないけど,これはこれで旨い。
 これはこれで旨いのだけれども,次は,中太麺(平打麺になったのか)にしてもらおうと思う。“あっさり”だとこちらの方が合うような気がするので。

● 5日。1日に続いて氏家の「みやこ家」で夕食。今日も石焼つけ麺の“あっさり”。麺は中太麺(平打麺)にしてもらった。その方がつけ汁との絡みがいいのじゃないかと思ったわけだ。
 結果はというと,どうもよくわからなかった。少なくとも,煮干しつけ麺の濃厚の方が,中太麺を食べるには適していることは間違いない(と思う)。

2017年11月3日金曜日

2017.11.03 北海道の米は旨い

● 新米が出回るようになって,米の消費量が激増。ご飯が旨くて仕方がない。
 まずは栃木のコシヒカリを買って,次は北海道産米にした。それも底を尽きかけている。

● 北海道の米は不味いと言われていたのは前世紀の話。現在の北海道は米どころでありますな。北海道産の米,マジ旨い。とがないで急速炊飯で炊いても旨いぞ。
 司馬遼太郎さんが『街道をゆく』で,北海道での稲作を批判的に取りあげ,北海道に来ても日本人は稲作にこだわったのだ,と揶揄的に書いていたけどね。司馬さんにして,人の営為のしぶとさを見逃していたか。あるいは,温暖化の影響もあるんだろうか。

● その北海道産米もなくなってきたので,次の米を買いに行った。どれにしようか。結局,また北海道産米にした。
 ななつぼし。さて,どうだろうか。

● 新米,やっぱり瑞々しいんでしょうね。米じたいが水分を含んでいるんだろうな。浸けおきとかしなくても,しっとりしてるもん。
 人間も同じと言ってしまうと,色々と語弊が出そうだから,それは言わないでおく。

2017.11.03 初めて,宇都宮の「満天家」へ

● 宇都宮は下栗の満天家。噂には聞いていたけど,今日,初めて入ってみた。味噌ラーメンと豚トロ丼のセット。890円。
 たしかに美味。ストレート麺にこってりめの汁。

● 残り汁にご飯を投入して喰いたくなった。ので,豚トロ丼の豚トロを除けて実行してみた。旨いっ。
 豚トロは豚トロっぽくなかった。シーチキンみないな感じになっている。よく煮こんであるので,脂身が溶けだしたのかもしれない。相方は肉っぽくなくて美味しいと申している。

● 午後2時半を過ぎていたんだけど,ほぼ満席だった。人気があるらしい。
 ラーメン店に限らず,Winner Takes All というか,一番手がお客をごっそりかき集め,二番手以降のお店には客が来ないという傾向は強まっているのかもしれない。

● ラーメンの場合は,千里の道も遠しとしないで行くという風潮は,蕎麦に比べると弱いように思う。近場ですませる人が多いのではないか。Winner Takes All は必ずしも妥当しない。
 とはいえ,地域一番店になることは,生き残るうえでほとんど必須かもしれないね。

● では,これから満天家に行くかとなると,たぶんそうはならない。一番大きな理由は行きづらいことだ。中央分離帯のある道路に面しているので,宇都宮市街から向かうと入れない。いったん通り過ぎて,適当なところで戻ってこなければいけない。
 そんなことまでして食べなければならないラーメンなど,この世に存在しない。

● しかし。支店があるんですね。ゆいの杜支店。
 ゆいの杜って,最近できた地名のようだ。宇都宮テクノポリス(すっかり色あせてしまった言葉だ。今は住宅街としての開発が進んでいる。ハイテク企業の集積はほぼなし)の一画。野高谷や刈沼の一部が“ゆいの杜”になったっぽい。
 ともかく,そのゆいの杜ならば,わが家から行きやすい。それでも,さてどのくらい行くことになるか。

2017年11月2日木曜日

2017.11.02 作れる料理(?)はカレーとモツ煮込み

● はい,カレーができた。カレーはカレーであるというそれだけで旨いのだから,作り方にはこだわらない。要は野菜を煮こんで,肉(orシーフード)とルーを放りこんで終わり。
 今の市販のルーはとんでもなく良くできているから,あれこれ考える必要はないのだ。

● 相方などは,インスタントコーヒーの粉を入れると味にコクが出るとか,コンソメスープの素を入れると味がまろやかになるとか,まぁいろいろとやってるみたいなんだけど,ぼくに言わせると,そんなものは無用のみならず有害。
 微妙なバランスを壊してしまう。市販のルーはデフォルトで使うべし。

● 一度に大量に作る。3日間食べ続ける覚悟。全然問題ない。1週間続いたっていい。
 昔はS&Bの赤い缶のカレー粉と片栗粉を使ってとろみをつけてたもんですよ。それがバーモントカレーになって,はっきり家のカレーが旨くなった。
 そのバーモントカレーも,もはや昔のバーモントカレーではないですな。良くなっておりますよ。
 ちなみに,今回は家にバーモントカレーがなかったので,S&Bのゴールデンカレーとグリコの二段熟を混合で使用。

● 男のカレー好きは,女にはわかるまい。これはほんとにそう思っているんだけど,それって,単純に男の味覚が0か1のデジタル方式で,その中間は感知できないからですか。
 ひょっとして,カレーなんか好きじゃないっていう男もいるんだろうか。そういう輩は共に人生を語るに足らず。熱いミルクとホットケーキでも食べて,さっさと寝な。

● では,カレーはなぜこんなに旨いのか。
 日本のカレーは究極のソース料理だと言った人がいる(フランス人のシェフ)。日本のカレーはそれじたいが(野菜や肉と一体になった)ソースだ,と。このあたりにヒントがありそうな気がするんだけど,よくわからない。

2017年10月30日月曜日

2017.10.30 Facebookは自分に向かない

● Facebookは対人関係が活発な人に向いたツールだ。リアルの世界で生身の付き合いを面倒だと思う人には向かないだろう。
 第一,「友だち」が増えない。「友だち」がある程度増えないと,自分のタイムラインに賑わいが生まれない。

● かといって,リアルで交流がない人とFacebookで「友だち」になってもね。というか,Facebookだけの「友だち」を増やすことに血道をあげてはいけないでしょ。それはかなり虚しい行為だ。
 特に,地方議会の議員とか首長とつながってしまうのは,絶対的なNGだと思う。そんなことをすると,自分のタイムラインがどうでもいいことで埋まってしまう。
 もちろん,議員や首長のFacebookの中に,人柄の素晴らしさが伝わってくるものはある。それでも,「友だち」になるのは避けた方がよいと思う(フォローにとどめるべし)。

● 「友だち」の多い人と「友だち」になりたいというのも不可。
 「友だち」を増やすことに走る人が多いのではないか。結果,Facebook上の付き合いですら,その中の1割にとどまっているのが,大方の実態のようだ。「友だち」の多い人ほど,その率は下がる。
 枯れ木も山の賑わいではない。そういう「友だち」は,“いてもいいし,いなくてもいい”ものではない。いない方がいいものだ。
 そもそも,“いてもいいし,いなくてもいい”とか,“あってもなくてもいい”というものは,ない方がいいのだ。

● まずリアルの知り合いと「友だち」になり,そこでの“コメント”や“いいね”から,「友だち」の「友だち」ともつながっていくというのが自然だし,その自然にとどめるのが賢いと思う。
 ここがTwitterとは違うところだ。Twitterは気になる人はどんどんフォローすればいいのだけれど。

● Facebookは基本,リアルを補強するもの。交流のためのもの。リアルで友だちがたくさんいて,その中でも付き合いの領域ごとにグループがいるような人には,Facebookはとても便利なはずだ。
 その分,世界が閉じやすいが,それは致し方ない。

● フォローだけして情報収集のツールとして使うのは当然アリだ。
 が,これはTwitterで代替できる。というより,Twitterの方が適している。

● というわけで,Facebookは自分には向かないツールだなと思っている。なお,粘ってみようとは思っているけれど。