2017年12月16日土曜日

2017.12.16 Chromebookを購入-そのドタバタ

● 自分が使っているIT機器はパソコンとスマホ。Apple製品にはどうも入り込めなくて,パソコンはWindowsでスマホはAndroid。
 スマホはたしかに便利なんだけど,入力がネック。フリックで100字以上の文章を入力する気にはならない。

● 普段はパソコンを持ち歩くことはしていない。が,泊まりで外出するときにはWinのタブレットPCを持っていく。マウスコンピュータ製の安いやつ。
 ところが,これ,カバーを兼ねたキーボードが少々使いにくい。キーボードはすべからく慣れの問題だと思うし,実際,慣れてきてるんだけど,タイプミスが多発する傾向は変わらず。意外にイライラする。

● スマホに外付けキーボードを合わせることも試みた。数年前に折りたたみ式のBluetoothキーボードを買った。
 でも,これはまるでダメ。BTだとしばしば断線してしまう。とても使いものにならなかった。
 今は改善されているのかもしれないんだけども,こういうのは一度ダメとなると,二度目はない。

● ではと思って,USB接続のキーボードを買ってみた。断線はしないし,入力は快適になった。
 けど,キーボードが少し大き過ぎるのと,ケーブルの取り回しが面倒でね。

● で,パソコンでリプレイスするしかないという結論に。
 外に持ちだすんだから,軽くて頑丈でないと困る。あと,バッテリーがもつこと。
 テキストが入力できて,ネットにつながればそれでいい。むしろ,それ以外の機能はない方がいい。WordもExcelも要らない。
 だったらポメラでいいじゃないかとも思ったんだけど,ポメラもキーボードにやや不安あり。

● ということで,Chromebookを買おうかと思って。新品の必要はないので,ヤフオクで中古狙い。
 “4BG(RAM):16GB(ストレージ)”で充分だ。価格は2万円未満が目安。

● 一発目の入札は価格が2万円を超えた。二発目は500円差でかっさらわれた。終了時刻が夕食の時間帯だったので,確認を怠った。
 が,三発目がある。1万5千円で出ている。今のところ入札者はいない。ギリギリまで入札しないでいて,終了間際に一発で決めようと思っていた。

● ところが,この機種を使っている人の紹介記事(ブログ)によると,これは3年前に出たもので,彼は半年後に3万円弱で買ったらしい。
 それから2年半が経過した時点で,中古品を1万5千円で買うのはどうなんだ? それなら1万円増しでももっと新しいのを買った方がいいんじゃないか?

● 両者の違いは,タッチパネルになっているかいないか,Androidアプリを使えるか使えないか。それ以外の基本性能に違いはないようだ。
 ぼくはタッチパネルもAndroidアプリも必要としない(と思う)。それでも3年前の中古品を1万5千円で買うのはなぁと,セコいことを考えている。

● というわけで,Chromebookのヤフオク入札,どうもチグハグだ。価格,性能,重量のどれを最優先にするかにブレがありまくりだ。あと,発売時期とかね。
 ブレがあるというより,何も考えていないという感じね。

● 要するに,性能か軽さか。モバイル用途なので軽さを最優先にすることに決めた。性能にも価格にもある程度は目をつぶろう。
 となれば,ASUSのFlip C100の一択。890㌘。ポメラの580㌘には負けるけど,充分に軽い。

● なのに。昨日,つまり何も考えていないときに,あまり軽くないやつに入札してしまっているのだ。現在,最高額入札者なのだ。終了まであと1時間。頼む,誰か高値更新してくれ。
 これで落札になるはずがない。必ず,誰かが高値更新するはずだと思ったんですよ。いたずらのつもりだったんだよ。

● あ~ぁ,落札になっちまった。AcerのC730E-N14M。昨年4月の発売。たぶん,新品同様。バッテリー駆動は13時間。スペックにはまったく不満なし。
 消費税,送料込みで23,141円。値段的にもまぁまぁでしょ。そりゃそうだ。落札はしないつもりで,入れた額なんだから。

● こんなもんなんだよなぁ。でもね,1.45kgもあるんですよ。重すぎるんですよ。ひと昔前なら充分に軽いんだけど,今となってはねぇ。これを持って外にでる気になるだろうかなぁ。
 どうもね,詰めが甘いというか,余計なことをしてしまうというか。こういうところに性格って出るんですかねぇ。

● ま,でも,しょうがないもんね。使い倒して元を取らなきゃ。23,141円の元をね。
 あ,厳密にいうと,Yahoo!カードを作ると5000点のポイントが付く。当然,作りましたよ,Yahoo!カード。ので,実際の支払額は18,141円になったんでした。
 しかし,どうもあまり嬉しくないのは,何より数日後に届くであろうC730E-N14Mにとって不幸なことかもなぁ。
 結果論だけど,二発目を取りこぼしたのが痛かったな。

● ChromeOSはハードに多くの性能を求めないためか,3年間でスペックに変化がない。これでは端末製造メーカーとしては旨味に欠けるかもね。
 生産しているメーカーも減ってるっぽい。日本市場に継続して製品を投入しているのは,AcerとASUSの台湾2社に限られる。

● アメリカではけっこうシェアを取っているという話を聞くんだけど,日本ではまったく盛りあがっていない。
 宇都宮のヨドバシにも,Chromebookの実機は1台しかなかった。足をとめる人もいなかった。

● オフラインでは何もできないと思われているのも一因かも。実際には,ネットにつながっていない状態でもテキストエディタは使えるし,端末への保存も可能。Googleオフィスも使えるらしいんだけどね。

2017年12月12日火曜日

2017.12.12 体内年齢は47歳

●先月16日に受診した人間ドッグの結果が届いている。見もしないで放っておいたんだけど,ぼくの体内年齢は47歳なんだそうだ。実年齢よりひと回り以上,若いぞ。
 食べたいものを食べたいだけ食べてるし,毎晩飲んでるし,健康のためには何もしていないんだけどね。自転車通勤を再開して,体重を数㎏落とせば,ひょっとしたら30歳台にもできるかも。

● っていうことは,体内年齢がいくつかなんて意味がないってことなんだよね。加齢は段々に進むんじゃなくて,折れ線グラフ的に,来るときにはガクッと来るものだろう。検査当日のコンディションによってもだいぶ違うだろうしね。
 ぼく,定期検診っていうのはムダだからやめた方がいいと思っているクチなんだけど(義務だから受けている),筋肉量だの基礎代謝量だので体内年齢を算出するのはいよいよ無意味。

● こういう人工的に拵えられた数値に一喜一憂するのは,愚かさに裏打ちされた大衆性の発露だと言ってしまうことに,躊躇する必要はない気がする。
 といっても,嬉しいな,これ。

● ま,検診の結果が模範的だった人が意外に早死するのもよくあること。まして,体内年齢と寿命との関係はほぼないでしょう。
 おそらくなんだけど,誰の場合でも体内年齢の数値はかなり若めに出ると思う。個々の数値はだいたい年齢相応,肝機能なんかは生活相応でアベレージよりだいぶひどい結果だったから。それでも体内年齢は47歳なんだから。

● ただ,食べたいものを食べたいだけ食べているといっても,平日は朝食は完全に抜いている(これ自体がいいことかどうか)。昼も軽め。仕事がある日はあまり食べたくならない。
 その代わり,休日前の夜からは呆れるほどの高カロリー食になるんですな。

2017年12月10日日曜日

2017.12.10 氏家の「登竜」でチャーハン

● 氏家の「登竜」で昼食。今日は21時までは全席禁煙のはずだから,相方も安心して。
 何度かくるうちに,相方もここが一番のお気に入りになって来たようだ。そうだろうよ。回を重ねるごとにじんわりと旨さが染みてくるのだ。

● ぼくが注文したのはチャーハンセット。相方は味噌ラーメン。野菜がたくさん食べられるから,と。
 その相方,ぼくのチャーハンも食べて,味噌ラーメンは少し残した。食べても食べても野菜が減らない,と申しておりました。

● 「登竜」のエバンジェリストになるつもりはないんだけど,いいものはいいのだ。旨いものは旨い。

● 配膳はアルバイトがやっている。わりと勤務年数が長い印象。居心地がいいのか,いつかは厨房の中に入って技を覚えたいと思っているのか。あるいは,それ以外に理由があるのか。
 長く務めた人には暖簾分けを許している。ひと頃は何軒か「登竜」ができたことがある。のだが,暖簾分けで始めたところで続いているのは,ぼくが知る限り一軒しかない。なかなか本店のようにはいかないようだ。
 なぜかというと,本店の大将をコピーすることができていないからではないかと,無責任に推測している。

● お見受けするところ,これだけ流行っているんだから,相当な日銭が入るだろう。ベンツに乗ったり,店を任せて夜遊びをしたければ,いくらでもできるんじゃないかと思う。が,そうしている気配はない(ベンツには乗っているのかもしれないけど)。
 ほぼ,年中無休。店を開けている時間が12時間。当然,仕込みや仕入れもあるんだろうから,仕事ずくめのはず。
 いつ行っても大将は厨房にいる。仕事が生活のすべてになっているようだ。何十年もそうしてきた(のだろう)。
 大将はたぶんインターネットもしないだろうし,スマホも持っていないっぽい。テレビを見ている時間もないだろう。北朝鮮の核ミサイルなんか彼の世界にはないだろう。

● 暖簾分けで独立した人には,これがたぶんできない。飽きてしまうのか,途中でダレてしまうのか。いや,できないのが普通だろう。
 それを責めるわけにはいかない。自分だって絶対にできないから。しかし,普通ではオンリーワンにはなれないものでしょ。

2017年12月9日土曜日

2017.12.09 伯母の葬儀

● 午前中は義理の伯母(母方の伯父の連合い)の葬儀に参列。子供の頃によく面倒をみてもらった。その伯母の葬儀とあらば行かざるべからず。

● 91歳だった。大往生と言われるのだろうけれど,長すぎる人生を生きなければならなかった哀しみのようなものはなかったか,と思ってみたりする。ようやく重荷を降ろせてホッとしているのではないか,と。
 いいことばかりを見られたわけではなかったはずだ。誰もがそうだろう。

● いずれ100歳まで生きるのがあたりまえになるのかもしれない。120歳まで生きられるようになるのかもしれない。
 が,果たしてそれはいいことなのか。人間の適正寿命は那辺にあるのか。ひょっとしたら,自分の今の年齢がまさに適正寿命であるのかもしれない。そんなことも思ってみた。

● 葬儀に出る度に不思議に思うことがある。遺伝についてだ。親戚が多く集まる。遺伝子的にはごく近い人たちのはずだ。
 が,見事に統一がない。それぞれバラバラだ。バラバラの度合いも大きい。お喋り好きからあまり話したがらない人まで。職業も境遇も,たぶん学校の成績も。

● よく精神病とか精神障害の場合,遺伝ということが言われる。ひょっとすると,何がなんだかわからないので,遺伝に逃げているだけじゃないのか。
 本当に遺伝なんてあるんだろうか。あったとしてもほんの僅かじゃないのか。そんなことを思う。

● もうひとつ。この歳になっても,自分が大人になりきれていないことを感じさせられる。大人の要件のひとつは,儀式を上手にこなすってことではないだろうか。
 焼香ひとつとっても,型にはまっていると大人だなと思う。ぼくは未だにそれができない。テレを感じてしまう。大人になれてないなぁ。

2017年12月8日金曜日

2017.12.08 「みやこ家」は今月から若干の値上げ

● 氏家の「みやこ家」。今月から値上げも,主力の石焼つけ麺は据え置き。麺と一緒に注文すればお得になるセットメニューも据え置き。
 それ以外の,たとえばカレーつけ麺,煮干しつけ麺,まぜそば,は50円程度の値上げ。

● つけ麺ではないラーメンもある。こちらはあまり注文したことがないので,元々の値段がわからない。
 一番安い煮干しラーメンは据え置かれているようだったけど。

● で,価格が据え置かれた石焼つけ麺の“あっさり”を注文。麺は中太麺(平打麺)に変えてもらった。
 ぼくの好みは,中太麺を食べるんだったら,煮干しつけ麺の濃厚がいいね。
 ただ,石焼きつけ麺の濃厚との価格差が少なくなったので,石焼き濃厚に流れることが多くなるだろうな。

● 今夜はお客さんが入っていた。いつもより少し遅い時間にずれこんだ。夕食を摂るには遅すぎる時間帯だと思うんだけど,その時間帯にお客が入るんだね。
 ともあれ,お客さんが入っているのはけっこうなことだ。混み具合も味のうちだ。

2017年12月7日木曜日

2017.12.07 NHK受信料に関する最高裁の判決

● 内容は次のとおり。
 放送法は合憲。契約の成立時期は,契約を承諾しなかった人に対してNHKが提訴し,契約を命じる判決が確定したとき。ただし,受信料の支払い義務は,テレビを設置した時から発生する。
 NHKとして受信料を払ってもらえばいいのだろうから,結果だけを見れば,NHKの全面勝訴といっていい(契約を拒否する人がいれば,いちいち提訴しないと受信料は取れないわけだから,NHKにとっても厳しい判決だという人もいるけれど)

● 妥当な判決でしょうね。というか,裁判所としてはこれしかないという判決だろう。法律解釈が司法の職務であって,放送政策をどうするかというのは国会なり政府の仕事だ。裁判官が口を出していいところではない。
 だから,政策の是非の判断を裁判所に求めるというのは,その発想そのものが歪だとしか言いようがない。法律万能主義者とはそういう人たちのことを言う。

● これについてネットに次のような意見が載っていた(→こちら)。
 なるほど,そうか。「NHKの電波にスクランブルをかけ,受信料を払った人しか見られない有料放送にすればいい」のか。
 ここでも問題は技術で解決できるんだな。言葉の応酬は要らないんだ。

● テレビを1秒も見ないようになって4,5年が経つ。それで何の支障もないんだけど,受信機はある(相方が時々見ている)のでNHKに受信料を払い続けている。
 ぼくとしては,NHKがこの方法を採用してくれれば,ありがたいんだがな。

● ワンセグであっても受信料の支払い義務が生じるというのがNHKの見解。これについてはどうなのか。ワンセグなどスマホから外してしまえというのがぼくの意見。
 テレビを見ないんだから,ワンセグのお世話になることもない(かつてはワンセグって便利だと思った時期もあったんだけどね)。いまどき,リアルタイムで見なきゃいけない番組なんてあるのかい。
 リアルタイムにこだわらなければ,見る方法は(録画以外に)いろいろあるだろうよ。ワンセグなんてもう時代遅れでしょ。
 なので,自分はワンセグ機能なしのスマホを使っている。

● テレビを見ないくらいだから,ぼく一個はNHK不要論者だ。唯一,通勤の車のなかでFMを聞いているけど,これも絶対必須かと問われれば,否。スマホから電波を飛ばして好きな音楽を聴けばいいだけのことだ。
 テレビと新聞は生活の邪魔。新聞なんか会社で取っているやつを見るか,週に一度図書館でサッと見出しをながめればそれで充分だろう。

● ニュースはネットで見ればいいということではなくて,ニュースなんて知っている必要があるのかってことなんですよ。
 アメリカの大統領が誰なのか知らなくたって,困ることなんか何もないよ。なんだったら,日本の総理大臣が誰か知らなくても,たぶん,生きていくのに何の支障もないと思う。

● そんなものより,白菜や大根の値段の方がずっと重要な情報でしょ。そんなの,テレビでは取りあげないし,新聞にも載ってないもんね。

2017.12.07 Facebookは個人版カベ新聞

● Twitterは「言いたいことを言いっ放しにするのに向いたツール」であるのに対して,Facebookは何だろうか。
 個人版カベ新聞だと思う。ただし,かなり余白の多いカベ新聞。

● ブログでもTwitterでも,あるいは雑誌や新聞に寄稿する場合でも,何を書いても結局は自分を語ることになる。
 Facebookの場合,そういう次元の話ではなくて,ストレートに自分のことを書いている例が多い。何を食べたか,どこに行ったか,何をしたか・・・・・・。ベタに自分のことを書く。壁新聞の電子版という趣がある。

● 実名原則のゆえか,他人をとやかく言うのも基本的には避けられている。ベタに自分のことを書いているのに,それに対してとやかく言ったのでは,かなりの確率で厄介なことになる。
 議論も歓迎されないだろう。あたりさわりのない話が好まれる。そのあたりさわりのない話に,互いに「いいね!」を付け合う。

● 社会性のある話もあまり好まれないのではないかと思う。提言といえば,誰も反対できない正論であることがほとんどだ。
 したがって,Facebookで交わされている話は,おおよそつまらないものになる。文字どおり,“友だち”の消長を知ることがFacebookの効用のほぼすべてであって,Facebookを使うことによって賢くなるという部分は皆無に近いだろう。

● つまり,リアルのコミュニケーションとまったく同じだ。どうでもいいことをやり取りするから,コミュニケーションはコミュニケーションたり得ている。どうでもよくない話をやりとりするのは,大小の緊張を強いられる局面であって,できれば避けたいものだろう。
 Facebookはその意味では日常の拡大だと言える。

● 面と向かって悪口は言わないけれども,その人がいないところでさんざん彼(彼女)をこき下ろしてスッキリするというのも,リアルと似ている。
 つまり,Facebookでは悪口は言わないけれど,匿名で通せるTwitterその他ではこれがけっこうあるのじゃないかと思っている。

● ベタに自分を語るといっても,本当のベタではなくて,大なり小なり修飾が加えられるのもリアルと同じだ。シコバルというのはこのあたりの方言だろうか。そのシコバル感じが透けて見えることもある。
 これが嵩じるとリア充自慢になってしまう。リア充自慢は写真を使えば簡単にできる。バレバレなんだから何もそこまでと思うことがあるのも,リアルと同じだ。
 おそらく,Instagramではさらに活発なのだろう。インスタ映えという言葉があるくらいだから。

● Facebookで宗教と政治の話をすることは,事実上禁止されている。これもリアルと同じだ。選挙で自身が支持する候補者を具体的に挙げて,協力を要請すれば,まずブロックされるかフォローを外されるだろう。ときにそういうバカがいる。
 自身のPRが過ぎるのも同様だ。自分をベタに語る媒体なんだけれども,そこはリア充自慢程度にとどめておかないと,周囲から嫌われる。企業や団体のFacebookは,PRのためだとわかっているから,存在することが許される。個人があからさまにそれをやるとはじかれる。

● というわけなので,友だちをいくら増やしても,あまり楽しいことにはならないだろう。「自分」の水準が高い人のFacebookはやはり面白い。かといって,そういう人に友だち申請をするのは憚られる。
 Facebookの面白さは,自分と友だちの水準による。逆にいえば,それぞれの水準に応じて,それなりに楽しめるものと言えるかもしれない。

● 以上を要するに,Facebookは自分をベタに語るツールであって,個人版のカベ新聞といえる。ただし,語れない,語ってはいけないところも多いわけだから,そのカベ新聞には余白が多くなる。
 それを互いに読み合うことによって,リアルによく似たコミュニケーションが展開される。

● 以下は余談。
 Facebookの仕組みの中には,なんでこんなものがと思うのがある。友だちの誕生日に誰かがお祝いのメッセージを送ると,その誰かが誰であっても,こちらのタイムラインに流れてくる。ここだけをブロックしたいと思ってもできない仕様になっている。
 つまらない投稿や「いいね!」を多発する人もいて,その場合はフォローを外せばいいだけだ。ただし,唯一,「Aさんがこのイベントに興味があると言ってます」というのだけは通知される。余計な通知だ。
 Twitterと違って,投稿もあまり頻繁だと嫌がられるのじゃないかと思う。「いいね!」もほどほどにしておくこと。特に,広告への「いいね!」は一切しないと決めるのがいいだろう。
 それから,人様のタイムラインに直接書きこむのは絶対に不可。友だち申請のご承認,ありがとうございます,も同様。それ自体要らないと思うが,言いたければMessengerを使った方がいい。
 以上,Facebookでできることを全部やろうとするのは,フォローを外される元になる。知っておくべきだと思う。