2018年6月20日水曜日

2018.06.20 徒歩で本州縦断した75歳

● 右は3月2日の下野新聞。
 徒歩で山口県下関から青森の大間まで,徒歩で縦断するという記事だ。それだけならニュースバリューはないのかもしれないけれども,75歳つまり後期高齢者がそれをするというので,記事になったのだろう。
 でも,これ,二番煎じはダメだよ。よし,じゃあ俺もと思っても,もう記事にはならないかもよ。おそらく追随者がけっこう出そうな気がする。結果,高齢者のこうした行為じたい,さほどに珍しいものではなくなるだろう。

● こういうのを称揚するのが,いまだに世間の趨勢なのだな。なぜかといえば,世間のマジョリティが高齢者というか年寄りになっているからだと思う。75歳でこれだけの元気があって健康なのは素晴らしい,と年寄りが賛美するという構図なのではないか。
 若者はこういう動きをどう眺めているんだろうか。いや,眺めてなどいないかもしれないんだが。

● 誰もがそうなれば老人医療費は大きく減殺され,現役世代の負担も減る。が,この行き方は何かが違うような気がする。うまく言えないのだが。
 配偶者をここまで自分の杖にしてはいけないとか,そういうことではない。それは夫婦の問題で,外部の人間が口を出していいことではない。

● そういうことではなくて,何かが違うような気がするのだ。だいたい,なぜこれが新聞記者の知るところとなったのだ。ひっそりとやればよいではないか。私的な行為をお祭りにしちゃダメだろ。いやいや,本人が望んでそうしたわけではないんだろうけど。
 この方はすごいと思う。自分もあやかりたい。とは思うんだけれども・・・・・・
 ところで,奥さんは20歳も年下なのだな。この方が元気なのは,それが一番の理由なのではないだろうか。

● 右は今日(6月20日)の朝日新聞(栃木版)。羽根田さんが計画どおりに,下関から青森県の大間﨑まで,徒歩で本州縦断したという記事。
 計画どおりで1日の誤差もなかったのは,計画にゆとりを組みこんでいたからだろう。それと,計画が緻密であったこと。
 65歳でホノルルマラソンを完走しているんだから,体力と運動神経に恵まれた人なのだな。そういうDNAの持ち主。

● 75歳になって「毎日の積み重ねが大事」と言えるとは,呆れ果てた爺さんだ。普通は,今さらもう遅すぎる,と投げてしまうお年頃ではないか。
 やはり,大した人なのだろうな。自分がやりたいことをやる。若者がどうだ,自分以外の年寄りがどうだ,そんなことに右顧左眄しないのだ。そのこと自体が大したものなのだ。

2018年6月16日土曜日

2018.06.16 「ねまるちゃ」夏号

● 夏の富山は立山黒部アルペンルート,内川遊覧,氷見沖クルージング・・・・・・。立山黒部アルペンルートはともかく,内川遊覧や氷見沖クルージングとなると,富山以外にも似たようなものがあるに違いない。

● 富山に限らず,夏の観光は難しい。夏は日本全国どこでも暑いからだ。北海道と沖縄の気温差がほとんどない。気候が同じであれば,景観やアミューズメントも似たものにならざるを得ない。どこに行っても代わり映えがしない。
 これが冬になるとまったく状況が異なってくる。札幌と那覇では平均気温で20度も違う。気温に加えて,雪だ。日本海側は雪国になる。関東はカラッカラに乾燥する。日本は旅するに値する広い国になる。

● 観光とひと言で言っても,自然景観や都市景観,祭り,神社仏閣などなど,様々な要素がある。それらの中で観光客を惹きつける第一のものは何かといえば,食ということになるだろう。これに勝るものはおそらくないかと思われる。
 食もまた夏場は均一化する。宇都宮の餃子のように春夏秋冬いつでも食べられるものもあるけれども,その時期にその場所にいかないと食べられないものが,ありがたみがある。稀少価値という言葉に置き換えてもよい。

● 富山もやはり冬だ。冬の豊穣さが圧巻だと思われ。海を抱える強みだ。
 海なし県の住人のたわごとかもしれないんだけど。海なし県の住人は,海の幸というものに極端に弱いのだ。イチコロで参ってしまうのだ。

● 夏の富山の食べ物は蕎麦らしいのだな。蕎麦は栃木も旨いからね。蕎麦を食べるためにわざわざ富山に行くのは,酔狂の域を出ない。

2018.06.16 「大和久福祉会 パン職人いっぴ」のパン 2

● みたび,相方が「大和久福祉会 パン職人いっぴ」のパンを買ってきた。写真は,くるみチョコパンとカマンベール・フランス。
 定番(?)のくるみパンは,すでにぼくと相方の胃の中に収まっている。余計な小細工をしないで,そのまんまで食べるのが大吉。
 じつに,安くて旨い。くるみパンは売れるほどに赤字だ,とも聞いたんだが。

● それ以外にも大量に買ってきてて,義父母と義弟一家に持って帰ってもらった。
 評判がよろしいようで。甥っ子(大学生)と姪っ子(高校生)には「秋のフランス」が第一人気だった。
 もっとも,不味かったとは言えまいがね。

● ご飯>麺(うどん,蕎麦)>パン,というのが最も多い日本人の嗜好パターンだと思う。ご飯よりパンが好きという人は,飾っているか,どこかで無理をしているのだと思っている。
 パンはたまに食べるのでいい。が,たまにしか食べないから,旨くなければいけない。

● 寿司なんかだと,旨い寿司とそれなりの寿司ではだいぶ値段に差があるが,不思議なことにパンはそうではないようだ。
 値段に差がないとなると,旨いパンにありつくのはなかなか難しい。偶然の出会いが左右するところが大きいかもね。

● 外部から専門家を招聘したのかと思っていたんだけど,どうもそうではないらしい。施設の職員が研修を受けて,施設内で始めたらしいのだ。
 それでこういうパンができるのか。その職員の味覚の賜物かなぁ。料理は腕じゃなく舌で覚えろ,っていうもんね。

2018年6月14日木曜日

2018.06.14 下川裕治『旅がグンと楽になる7つの極意』にプチ・イチャモン

● 久しぶりに宇都宮パルコ8階に入っている紀伊国屋書店宇都宮店を覗いてみた。この2冊を購入。
 自分でできないことは,人がやったのを読んで追体験するしかない。

● その,下川裕治『旅がグンと楽になる7つの極意』の7つ目に,スマホはSIMフリーにすべしという話が出てくる。まったくそのとおりだ。
 が,ちょっと引っ掛かるところがあってね,こんな文章が出てくるのだ。
シムカードを挿れ替える。ここで話が止まってしまう日本人は少なくない。多くが,挿れ替えることができないスマホをもっているからだ。(p195)
世界はここまで進んでいる。そしてその前提になるのが,シムカードを出したり,挿れたりすることが可能なスマホだった。(p202)
● SIMカードを入れ替えることができることをSIMフリーと言っているように読める。SIMカードの入れ替えができないスマホは,たぶんひとつもない(ひょっとして,らくらくスマホにはそういうのもあるのか)。SIMフリーとはそういうことではない。
 もうひとつ。日本でもSIMフリーはかなり浸透しているのではないかということ。MVNOの利用者が増えたし,3大キャリアのスマホを使っている人でも,海外に行くと決まればSIMフリー化の手続きをしていく人が多いのではないか。

● ぼくはもちろんSIMフリー。ASUS(台湾)の端末を楽天モバイルで使っている。
 まだ国産端末や日本仕様にこだわる人がいるかもしれないけれども,その時代はとっくに終わり。第一,iPhoneは日本製ではないからね。

● それ以前に国産メーカーが大きく減少している。かつては,NECもPanasonicも東芝もCASIOもスマホを出していた。
 ところが,今では富士通も撤退を決めた。日本メーカーでスマホを手がけているのは,SONY,SHARP,京セラの3社になる。それもいつまで生き残れるか。

● それでいいのだ。スマホ(パソコンも)のアセンブルなど,日本企業がやる仕事ではない。
 今は韓国,台湾,中国が担っているけれども,いずれはベトナムやカンボジア,将来的には北朝鮮が生産国になるかもしれない。

● しかし,スマホに組みこまれている各種センサーや精密小型モーターなどの部品で遅れをとるようなことがあると,この分野での日本の落日が決まる。
 ぼく一個は,日本企業はそんなにヤワではないと信じているけれど。

2018年6月12日火曜日

2018.06.12 インスタは若者の聖域として残してあげよう

● 右は今日の下野新聞。インスタ人気を受けて,AIを使った高機能カメラを搭載したスマートフォンが発売されるよ,と。
 でもさ,高機能カメラのスマホをひっさげて,中高年がインスタになだれ込んできたら,若者には迷惑だろうなぁ。ウェイブは若者から始まって中高年に浸潤していくもので,その逆はあり得ないわけだけど,インスタは若者の聖域として残しておいてやりたい。

● インスタは40歳以上は立入禁止でいいのじゃないか。ジジババにはFBという玩具があるじゃないか。FBの中をウロウロしてればいいじゃないか。
 そのFBだって,最初は若者の楽園だったのだ。それをオズオズと眺めていたジジババが,自分にも使えそうだとわかると大挙して押し寄せて,結果的に若者を追い出してしまったのだ。

● どうやってみたってジジババの容姿がインスタ映えするなんてあり得ないんだし。現実を直視しようよ。40歳を過ぎたら,男も女も自分の容姿をSNSに晒しちゃダメだよ(プロフィールの写真だけにしとかないとね)。それって,公共の福祉を損ねるよ。
 たぶん,例外はあるんだけれども,自分がその例外だとは思わない方がいいよ。だいたい滑稽な結果になってるよ。知らぬは本人ばかりなりってね。

● そもそもインスタ映えって,写真に嘘をつかせる=見栄をはる,ってことだもんね。若者がやれば可愛らしくても,ジジババがやると薄汚くなるだけだ。
 だから,インスタぐらいはせめて若者に残しておいてあげようよ。

● ひょっとすると今のFBがそうなのかもしれないけれども,ジジババがユーザーの過半を占めるようになると,ワクワク感が失せるんだよね。つまらなくなるんだよ。あんまり頭の良くない目立ちたがりの常識人って,最高につまらないわけで。
 つまり,頭が良くないっていうのも,目立ちたがりっていうのも,常識人っていうのも,それがジジババの圧倒的多数だからね。多数派はつまらない(退屈)に決まってるんだよ。つまらない人たちが席巻しているところからは,若者は逃げだす。
 おまえがその典型じゃないか,おまえが言うな, っていう話だけどさ。

2018年6月9日土曜日

2018.06.09 「住めば都の高根沢」の迷惑

● 「住めば都の高根沢」というプロモーションビデオができたようで,だいぶ前から,宝積寺駅の改札口の隣にあるディスプレイで再生されている。
 それは別にいいんだけれども,今日は駅のホームの拡声器から大音声でエンドレスに流されていた。これはどうなんだ? ぼくは公害レベルの騒音だと感じたんだけれど。

● 駅のホームには多数の人が集う。電車を待ちながら静かに本を読みたい人がいるだろう。「住めば都の高根沢」ではない自分の好きな楽曲をiPodやスマホで聴きたい人がいるだろう。友だちとお喋りに興じたい人がいるだろう。ボーッとしていたい人がいるだろう。
 この大音量とエンドレスは,そういうことを一切許さない凶暴性を帯びる。暴力を超える暴力だと感じた。普通,暴力の対象は個人だが,これは多数に一気に働きかける。働きかけられた側には,それを防ぐ術がない。無抵抗を余儀なくされる。

● ひょっとしたら,スヤスヤと眠っている乳児を連れた母親だっているかもしれない。その母親と乳児にとって,この大音量ははっきり拷問である。
 そういうことに思いが及ばないのだとすれば,いくら何でも想像力の欠落がすぎる。

● 「住めば都の高根沢」をホームで流すことをやめるわけにはいかない事情がもしあるのであれば(可能ならば,やめてもらいたいのだが),音量を抑えてもらいたい。
 歌を聴くには,それに適した音量というものがある。それを超えた音量にしてしまっては,歌を殺してしまう。
 その適切な音量からさらに一段絞ることだ。駅のホームでは利用者が思い思いに過ごす。その“思い思い”を邪魔するようなことが絶対にあってはならない。
 過ぎたるは及ばざるがごとし,ではない。この局面では,及ばざるは過ぎたるに勝れり,が正しい。

● それでなくても,駅には“騒音”が多いのだ。1番線に下り列車が来るだの,危険だから黄色い線の内側に下がれだの,列車遅れまして申しわけございませんだの。
 それらのアナウンスは,意味がゼロではない。だから我慢もする。しかし,駅のホームで大音量の「住めば都の高根沢」を聞かされることを我慢しなければならない理由は何か?

● しかも,「住めば都の高根沢」は高根沢町へ移住してねという内容なのだから,町内で流しても何にもならないではないか。町外でプロモーションをかけるのでなければ意味がない。
 宝積寺駅には町外の居住者もやってくるからか。たしかに。が,その人たちの大半は通勤時間帯にやってきて,退勤時間帯に帰って行くだろう。したがって,その時間帯に流すのでなければ,これまた意味がない。
 が,混みあうその時間帯にこんなものを流したら,苦情が殺到するのではないか。苦情がこない時間帯を選んで流しているのだとすれば,何のために流しているのかわからないことになる。

● じつははるか昔に,これと似たような状況に遭遇したことがある。40年も前になる(国鉄だった頃)。岡山県の某駅で,当時ヒットしていた山口百恵「いい日旅立ち」をやはりエンドレスで延々と流していたことがあったのだ。おそらく,その某駅だけじゃなくて,全国のそちこちの駅で同じ現象が見られたのではないか。
 ぼくは山口百恵のファンだったけれども,エンドレスで延々というのには辟易するしかなかった。なるほど,国鉄の現場は頭を使うことを極端に忌避するのだなと思ったことだった。
 まさか40年後に同じ情景に出遭うとは思わなかった。

● こういう馬鹿以前の試みを,JR側が発案したとはさすがに思わない。思わないが,ここは発案者に対して,民間企業の矜恃を示してもらいたい。
 民間企業の矜恃とは何か? 利用客の方を向いて仕事をするということだ。

2018年6月7日木曜日

2018.06.07 サンヨー食品のサッポロ一番

● 5月3日,相方が昨夜,あなた,これ好きでしょ,と買ってきてくれた。たしかに好きだ。それは間違いない。間違いはないのだが・・・・・・

● で,今日。再び。「あなた,これも好きよね」と相方が買ってきてくれた。好きだ。好きすぎて死ぬほどだ。
 日本で一番売れている袋の即席麺。サンヨー食品の金字塔。日本人の国民食のひとつに数えてもいいものだよ。

● 5個入りで248円だったらしい。近くのスーパーの特売品。おひとり様1個限り。
 それはいい買物をしたねぇ。って,そういう話か。

● とにかく。袋では「サッポロ一番」が圧倒的に強いという印象。が,カップ麺ではサンヨーは苦戦している。というか,カップスターは存在を知られていないのではないかと思うほどだ。
 ナントカの後知恵でいえば,袋の味をカップでも再現しようとしたのが間違いだったということになる。

● が,なぜその方向ではダメだったのか。誰か教えてくれないだろうか。
 カップに入っている具が良くなかったんだろうか。袋とまったく同じならば安い袋を買うよ,ってことか。

● ぼくの仮説は,袋の「サッポロ一番」(特に味噌)は,何も入れないで作るのが一番旨いからだというもの。入れていいのはきざみネギのみ。具を入れると不味くなるのだ。カップは否応なしに具が入ってしまっているわけで,それがいけない。かといって,具なしのカップ麺などあり得ないから,袋の味のカップ麺はあり得なかった。
 しかし,この仮説は苦しまぎれのもの。まったく自信はありません。