2018年2月23日金曜日

2018.02.23 価値のすべては稀少価値?

● パソコンを叩きながらつらつら惟るに,かつては記憶容量が40MBもあれば一生ものだと言われたものだった。ハードディスクの価格は1MBにつき1万円だった。一生ものの40MBハードディスクは40万円。
 当時は扱うデータがテキストだけだったからで,テキストなら1.4MBの2HDフロッピーディスクにかなりの量を保存できた。自分が一生の間に生産するテキストが40MBに達することなどあるまい,と思われた。

● 当時の基準なら,現在のPCは100億円はすることになる。そのパソコンを今は誰もが使っている。実売価格は10万円ほどか。
 これほど短期間にこれほどの価格下落が起きることを,身近で体験できたのは幸運だった。

● 価値っていうのは,それ自体に内在するものではなくて,他者(社会,時代)との関係性によって決まるものなんでしょうね。
 他者との関係において,稀少だからこそ価値がある。何事もだ。

● 稀少性がなくなれば価値もなくなるとすれば,人間(個人)の価値は下がっているはずだ。ここまで平均寿命が延びてしまえば,下がらないはずがない。
 特に,年寄りの稀少性はゼロに近づいている。したがって,年寄りの価値もまたゼロに近づいていると思わなければならない。古希などという言葉は,はるか昔に死語になっている。

● 娘=乙女=若い女性,が珍重されるのは,人類の発生以来だと思うんだけど,それも若い時期がごく短くて稀少だからだ。あっという間にオバサンになってしまうから。
 おばちゃんたちが一生懸命若作りをしていて,もしこぞってそれに成功するようなことがあれば(ないと思うが),若く見えることに価値がなくなるだけのこと。

● ダイエットもそうだ。現状ではダイエットに成功する人がほどんどいないから,スリムやスレンダーに価値がある。スリムがあたりまえになってしまえば,スリムであることの価値は暴落する。
 はやい話が,よほどのデブでもない限りは,デブであることに健康科学上の問題はないだろう。メタボの基準にエビデンスがあるんだったら,ぜひとも教えてもらいたい。

● “稀少性が下がる”とは“大衆化する”いうことだ。大衆化してしまったものに価値はない。
 この伝でいえば,日本ではエルメスやヴィトンにもはや価値はない。持ちたい人は持てるようになっている。したがって,ブランド品に耳目を惹きつける魅力は失せた。
 ブランド品はさすがに良くできているから,大事に使えば一生もつ。それが年々生産されて積みあがっていくわけだから,稀少性はなくなって当然でもある。
 昔,シャネラーと呼ばれる人たちがいて,特に芸能人の女性がシャネル製品を集めに集めて,それがテレビで放送されることがあったけれども,今それをやっても笑いの対象にしかならないだろう。バカか,こいつ,としか思われない。

● 東大卒の価値も下がっているし,総じてインテリの価値は,大幅に下落している。これも知の稀少性が減ったことによる。知へのアクセスが簡単になったからだ。
 しかし,東大はまだいい。誰でも入れるわけではないから,稀少性は保たれている。かわいそうなのは東大以外の大学生だろう。誰でも大学に行くとなれば,しかも誰でも入れる大学となれば,そんなものの価値はその辺に転がっているゴミと同じだ。

● 自転車による世界一周なんてのも,その価値は大きく下がっている。多くの人がやるようになったからだ。
 テレビに出るというのもそうかもしれない。それ以外にも数えあげれば,星の数ほどもありそうだ。

● ぼくらがやっていること,やろうとしていることは,その「こと」の価値を下げることでもある。
 となってくると,さて,ぼくらは何をやればいいんだろう。

● 稀少性だの,価値だの,そんなことは考えずに,やりたいことをやるのがいいのだ,となるだろう。おそらく,それしかないはずだ。
 ただし,その結果どうなるにしろ,それは自己責任だよ,と。

2018年2月22日木曜日

2018.02.22 米空母が朝鮮半島に集結

● という記事がネットに出ていた。20日にアップされている。

● 米軍が北朝鮮を攻撃すれば,決着はすぐにつく。ソウルが火の海になる間もないだろう。そこはハッキリしていると思う。戦力の質量がまるで違う。
 アメリカからすれば,北朝鮮の地上兵器など,鉄くずでしかないだろう。脅威なのは核だけだ。

● が,問題はその後だ。決着がついた後,アメリカは北朝鮮をどうするつもりなんだろう。
 アメリカが戦後処理で上手くやったのは,太平洋戦争後の日本に対するものくらいで,それ以外は失敗の連続だもんなぁ。

● 考えてもいないだろうけど,韓国と統合するのはあり得ない。そんなことをしたら韓国がもたない。東西ドイツの統合とはわけがちがう。
 北朝鮮は北朝鮮として維持しなければならない。

● 金正恩をアメリカが打倒することになるわけだから,戦後処理について中国は発言権を失うことになる。特に瀋陽軍区のプレゼンスは大きく低下することになるだろう。
 米中関係も必ず緊迫するわけだが,アメリカは落とし所を決めているんだろうか。北朝鮮をめぐって中国の内部対立が先鋭化するから,中国なんぞは放っておいても勝手に潰れる,と読んでいるんだろうか。

● 本来ならね,これをやるのは中国の仕事なのだ。習近平が瀋陽軍区に対して,平壌制圧を命じなければいけない。とっくにやっていなければいけなかった。北朝鮮がここまで核開発を進める前に。
 金正恩は殺すかスイスに亡命させて,金正男を後釜に据え,中国の傀儡政権を作る,という手はずはじつはできていたんじゃないかと思うんだが。アメリカもそれを了承していたんじゃないのか。

● それができなかったというのは,習近平が瀋陽軍区を掌握しきれていないってことなんだろうか。だとすると,その状態で北朝鮮に異変が発生するのは,習近平にとっては歓迎できる事態のはずがない。
 アメリカは習近平に見切りをつけたぞと中国に知らせるためなのか,今回の動きは。

2018年2月20日火曜日

2018.02.20 FBの使い方は依然として試行錯誤中

● 特にTwitterとの切り分けが悩むところ。FBのタイムラインへの投稿は,Google検索にひっかからないわけだから,情報の受発信に使うには不向き。情報の受発信にはTwitterが向く。
 FBは基本,閉じた世界で,“友だち”とのコミュニケーションを楽しむもの。

● とはいっても,いわゆるオピニオンリーダーと目される人たちの中には,FBをメインに使っている人もいるので,そこはFBでフォローするしかない。
 そうした友だち申請をするには畏れ多すぎる人たちについて,フォローしてはやめるを繰り返してきた。現在のところ,成毛眞さん,疋田智さん,仲野徹さんの3人をフォロー中。これはこれで落ち着きそうな感じ。
 いや,正直なところ,FBを使っている理由の半分は,成毛さんをフォローするためだ。

● FBではほとんどの人が,自分中心主義というか,自分周りのことを書いている。そうならざるを得ないわけで,FBはリア充自慢をするのに向く構造になっている。
 それを免れるには,世間の事象に対する意見を述べることを投稿のメインにするしかないが,それで読ませる投稿にするには,相当な力量が要求される。何か言えばマスコミ的正義から一歩も出ないような人が,FBにマスコミと同じことを書いたところで仕方がない。

● こういったことはTwitterでもブログでも同じことではあるんだけれども,TwitterのフォロワーとFBの友だちでは,だいぶ風合いが違っていて,そのため“FBは閉じた世界”感が強くなる。
 ぼくらのリアルのコミュニケーションも,自慢と人の噂話(陰口)とどうでもいいことのやり取りでできあがっている。だからこそコミュニケーションがコミュニケーションたり得るのであって,どうでもよくないことをやり取りしなければならない局面は,多少なりとも緊張感をはらむものになる。

● しかしねぇ,仲間内でどうでもいいことを言い合って,互いに「いいね!」し合ってっていうのが,すこぶる幼稚に映るのも事実。
 いくらリアルもそうなのだからといっても,FBは文字に残ってしまうのでね。

● “友だち”とのコミュニケーションを楽しむといっても,その“友だち”の数をむやみに増やさないのが,FBを運営していく上での基本になるだろう。いかにして繋がるかではなくて,いかにして繋がらずに済ませるかの方が重要。
 人によってFBの使い方に濃淡があるのは当然だが,そこを踏まえても,投稿に対して“いいね”の数が平均して友だち数の2割を割り込んだら,無用なつながりが多すぎるのだ。

● ぼくの友だちは14人で,これはいくら何でも少なすぎるけれども,自分のリアルを反映した結果なので仕方がない。しかし,それでもどんどん友だち申請して,友だちを増やしてみても,いいことは何もないと思う。
 特に,地方議会の議員や首長と友だちになるのは,絶対に不可。友だちが多すぎる人(おおよそ500人以上)と友だちになるのも不可。

● というわけで,FBはけっこう面倒くさい。上に書いた3人をフォローするためだけに用途を限定しようかと思わないでもない,今日この頃。
 ただ,FBでコメントのやり取りをする中で,ぼんやりと思っていただけのものに形を与えられることがあるんだよね。そういうときって,けっこうな快感を感じるんだよ。
 だものだから,やめちゃおうかと思っても,踏みとどまってしまう。

2018年2月18日日曜日

2018.02.18 相方と「宇都宮スパ屋」

● 昨日は好き勝手をさせてもらったので,今日は相方のサーヴァントを務めることに。
 昼前に出かけて,まず岡本の「宇都宮スパ屋」で昼食。相方がスマホでクーポンを当てたらしい。

● 2人前のセットがあるので,いつもそれにしている。そこに,クーポンが使えるマルゲリータを追加。サラダが出,ワインとピザが出,パスタが出て,最後にスイーツが今日される。
 赤ワインを飲んでしまったので,これより後は相方が運転。サーヴァントの重要な役割を代わってもらうことになってしまった。

● パスタは生ウニが載ったカルボナーラ。どうも,この生ウニはなくてもいいもののように思われる。
 ところで,カルボナーラというのは卵かけパスタのことだと解してよろしいか。ということになると,乾麺よりも生パスタの方が卵の絡み具合がいいわけだから,カルボナーラは生パスタに限る,と決めつけてよろしいか。

● 乾麺か生麺かというのは,うどんや蕎麦に関しては検討の余地もないと思うが,パスタに関しては議論になり得る。
 ひょっとすると,つい最近までぼくらは乾麺のパスタしか知らずに来たからかもしれないんだけど。

● この店で供される生パスタは,極太の中華麺に近いようでもあり,固めに練ったうどんのようでもあり,洋の東西の違いを溶かしたような趣がある。
 もちろん,旨いんですよ。旨いんだけれども,乾麺でもいいかなぁという気がしないでもないという。

● このあとはベルモール。相方の3歩あとを,相方の影を踏まないようにして歩いた。主には,荷物の運搬人でござる。

2018.02.18 藤井五段,朝日杯優勝

● 昨日のこと。
 さあて,今日は朝日トーナメント杯の羽生竜王VS藤井五段戦だ。藤井五段が勝って,さらに決勝戦でも勝つようなことがあれば,史上最年少の優勝者になるし,六段に昇段する。中学生六段は前代未聞。
 すでにC1への昇級は決めているわけだから,いよいよもって天才現るを強く印象づけるし,史上最年少名人の誕生も期待させるじゃないですか。
 時の名人と竜王が中学生の新人に続けて負けるようなことがあっては,タイトルの鼎を問われる。が,そこをひっくり返してきてるんだよね,谷川も羽生も,大物はみんな。

● ありゃりゃ,藤井五段が竜王に勝っちゃったよ。永世七冠が止めると思ったんだが。手応えを感じてるだろうね。
 勝ち方も堂々たるものなんでしょ。ぼくに内容はわからないんだが。

● 藤井五段,続いて,決勝でも勝って優勝。29連勝に次ぐ二度目の勲章。恐るべし。どんだけ凄いんだ。
 寄らば切るといった風情の剣士は二流かい? 淡々としてて,外に凄みを見せないものかね,剣豪は。しかも中学生なんだよね,この剣豪はね。

● 天才集団の中で一頭地を抜く天才中の天才って感じですよ。現時点で,最強の棋士でしょう。
 運とか勢いとかもあると思うんだけど,それを引き寄せるのも実力のうち。というか,実力の大きな部分は,じつはそこにあるんでしょうね。

● で,藤井新六段を称える今日の読売新聞。どうやらプロ棋士にとっても,藤井六段の成長の速さは想定外だったらしい。
 が,スポットライトだけを見て,将棋界なり棋士なりの全体を測ると,当然,誤ることになる。藤井六段の周囲には,夢破れて奨励会を去っていった,何百人もの“天才”がいる。ひとりの“藤井六段”が現れるためには,膨大な数の犠牲者が必要だった。
 圧倒的多数は敗者側に回る。藤井六段の背後は死屍累々のはずだ。実力だから,結果に対して言い訳が効かない。

● まちがっても,わが子を将棋指しにしようなどと思ってはいけない。あなたの子供は,いかに努力したとて,藤井六段にはなれないのだ(おそらく,奨励会にも入れまい)。
 なぜなら,天才ではないからだ。ありていにいえば,凡庸だからだ。

● 休日にヘボ将棋を指している方が,プロ棋士を目指して散っていくよりはるかに幸せというものだ。総じて,なまじな才能を持ってるよりも,凡庸である方が,幸せである。
 と思って,だから自分は幸せなのだ,と自らを慰めようではないか,ご同輩。

● 実力のみで上を目指せるってのは,選ばれた人たちにだけ許される,神から与えられた特権なのかもしれないね。
 普通のサラリーマンは組織に守られている。組織内にいると理不尽なこともあるけれども,逆に楽なこともある。組織のヒエラルキーって,けっこう自分を守ってくれてるところもあると思うよ。

2018年2月16日金曜日

2018.02.16 相方の誕生日に花を買う

● 宇都宮駅ビルの「第一花壇」で花束を作ってもらった。相方の誕生日なので。結婚以来の習慣。
 最初,驚いたよ。何も持たずに帰ったら,家に入れてもらえない。ってことはないんだけど,ネチネチ言われるのだよ。誕生日を祝うっていう発想がぼくにはなかったものだから。
 以来,毎年実行している。ときどき,忘れることがある。催促される。1日遅れで買って帰ったことも何度かある。

● 田舎の実家ではそんなことしたことがなかったしね。誕生日って淡々と過ぎるものだと思ってましたよ。
 誕生日なんてどうだっていいと,ぼくは心から思っているんだけど,相方はどうもそうではないらしい。そういう世界があるんだなぁ,と。

● これを男女差に還元していいものですかね。
 ぼくと同じように考える女性もいるよね,たぶん。ひょっとしてひょっとすると,誕生日は祝うものと思っている男性もいるかもしれない。
 性差に求めてはいけないのかもしれないね。個人差で説明するしかないものですかね。

● 誕生日もそうだけど,結婚記念日もね。入籍記念日とかも。たまたまその日になっただけなんだがなぁ。
 サラダ記念日という言葉を作った女流歌人もいた。“記念日”が大きな顔をするようになったのは,社会全体が女性化したからでしょうね。
 それを悪いというつもりはないんだけどね。悪いとかいいとか,そういう話ではなくて,平和と経済的な安定が続けば,必ず社会は女性化するものだろうしね。

2018年2月15日木曜日

2018.02.15 「登竜」で肉入り野菜炒め定食

● 夜,相方と氏家の「登竜」。肉入り野菜炒め定食を食す。920円(+税)。
 相方は,ここで食べるのは味噌ラーメンに決めているようで,それ以外のものを注文するのを見たことがない。たまに,チャーハンも食べるが。

● 野菜炒めはハイボールにも合いますなぁ。これと長芋キムチでハイボールを2,3杯飲んで,締めに醤油ラーメンを食べて帰る。1年前まではそんなこともしてたんだけどなぁ。
 いくらなんでもカロリー取りすぎでしょ,と我ながら思うんだけど,まぁ,そこはそれ,深くは考えない。

● 何というのか,安心感に包まれる旨さ,とでも言いますかねぇ。腹いっぱい食べてもらいたいという,店主の思いがね,直截に伝わってくるようで。
 ダイエットだのコレステロールだの,そんなのはアナタね,死んでから考えたって遅くないよ。生きてる間は食べなさいよ。美味しいものを食べるのは,アナタね,人間の一番の幸せでしょうよ。食べられてればたいていのことは大丈夫よ・・・・・・と,言われているような気がするんだよ。

● 飲むなら,銀座より新橋。着るなら,アルマーニよりユニクロ,食べるなら,ホテル・レストランより「登竜」(ちなみに,書くなら,モレスキンよりダイスキン)。格好を捨てて実を取れば,そういうことになります。
 服装を整えて,ナイフやフォークを操って食べるのも,それはそれであっていいと思うんだけど,究極は緩みが許されないと辛くなる。職業や収入の多寡を問わず,人は誰でもそうだと思っているのだが,ひょっとするとそうじゃない人もいるんだろうか。

● 「登竜」があるのに,氏家にはバーミヤンもあれば,他にもラーメン屋がいくつもある。それぞれに成り立っているのが,不思議といえば不思議。どうして「登竜」に集中しないのだろう,と。
 社会は複雑なのだよね。ぼくの直線的な把握の仕方では掴まえられないだけなんでしょうね。