2018年7月17日火曜日

2018.07.17 Facebook雑感2

● 今のネットでの発信状況は,発信者1に対して受信者1になっているのではないかと思っていた。ブログやSNSの普及で誰もが発信者になっているから,読み手がいない,と。
 が,FBでも毎日投稿している人は少ない。週1くらいが圧倒的多数。完全に休眠した人もいる。
 ということは,まだ“発信者<受信者”が成立しているのかもしれない。

● 書くことの障壁はだいぶ下がったように思えるのだが,まだそういう現実にはなっていないのか。FBでも140字を超える投稿は少ない現状を見ると,さらにそうかもしれないと思う。
 かといって,長文が短文より面白いというわけではないし,短文に慣れたネットユーザーに長文を読んでもらうのは難しいかもしれない。

● ぼくはInstagramの世界は知らないのだけども,FBもTwitterも写真がメインで文章は添えものになっている。写真と文章では情報量がまるで違うから,この流れはおそらく変わらないと思われる。
 今後,“発信者=受信者”さらには“発信者>受信者”となることもあるのかもしれないけれども,発信の手段は文章よりは写真,さらには動画がメインになるのだろう。

● パソコンのハードディスクに溜めていくのと,ネットに公開するのとでは,持続のモチベーションがだいぶ違う。というか,一度公開して誰かに読んでもらえる快感を知ってしまうと,単にハードディスクに溜めていくやり方には戻れない。
 FBについて色々と文句を言っているが,それでも止めることができないでいるのは,そこに理由がある。受信するだけならとっくに止めていたかも。

● ともあれ,まだ書き手よりは読み手の方が多いようだ。正確には,頭数は同じかもしれないけれども,書いている時間よりは読んでいる時間の方が長いという人が,現状では多いと思われる。
 そういう間は,自分のようなものでも発信(垂れ流しといった方が正確)の余地はあるのかなと思っている。

2018年7月15日日曜日

2018.07.15 ふみの森もてぎ

● 初めて訪ねる機会を得た。“ふみの森”とはそも何もの? 町立図書館だ。
 ただし,最近の図書館は図書館としての単機能しか持たないところはほぼないだろう。コミュニティーセンターの機能が付加されているのが普通だ。会議室というか談話室のようなものがあり,ロビーをゆったり取って立って駄弁れるようにしてある。
 コンサートを開けるホールまで備えているところがある。壁は絵画や写真を掲示して即席ギャラリーになるように設えられている。ぼくが知る限りでは宇都宮市立南図書館が典型的な例だ。

● “ふみの森もてぎ”もそうなっている(ホールはないけれど)。展示もできる。会議や講演にも対応できる。“茂木町まちなか文化交流館”と名乗っているのだ。
 開館して2年になるらしい。町有林材を多用しているようで,木の香りがまだ残っていた。かなりの予算をかけた高級な造りだ(と思われる)。

● まず,スペースがゆったりしている。書架の配置もゆったり。本を読むための机と椅子もかなりゆったり。一人あたりのスペースが広い。
 書架は1階と2階にある。最大の特徴は,図書館で一般的に採用されているNDC分類ではない並べ方をしていること。書店の並べ方に近い。この方が探しやすいかもしれない。
 今はネット検索できるようになっているから,借りたい本やCDは予め検索して,番号を控えておけばいいわけで,並べ方はどうでもという感じもするのではあるけれど,書架を見ながら読んでみたい本を探すことも当然あるわけで,これはかなりの工夫だと見る。

● 1階には学習室がある。が,中に誰もいないのだ。休日の図書館で学習室に誰もいないという光景は,初めて見るものだった。普通は,中学生や高校生で満席になっているものだが。
 ちなみに,図書館の学習室で集中して勉強している生徒はほとんどいないというのも,ぼくの経験則だ。半ば以上は友人とお喋りするために来ているのではないかと思うことが多い。つまり,学習室は意外にうるさいところだ。

● では,茂木の中学生や高校生は図書館に来ないのかというと,そうではない。学習室ではなく,閲覧室の回廊(?)に設けられている机に座って勉強しているのだった。学習室より居心地がいいようなのだ。なにせ空いているのだ。学習室じゃないところで学習するのに気後れしなくてすむのだ。
 今どきの高校生はスタバとかタリーズを学習室がわりに使っているのであるけれども,茂木にはスタバもタリーズもないかもしれない。だから,これでコーヒーを飲みながら勉強できたら最高なのになぁと彼ら彼女らは思っているかもしれない。

読書室のブース。荷物もデスクに置ける
● 学習室や回廊のデスクのほかに,2階には読書室があった。こちらは大人向けのスペースなのだろう。書架の本をここでゆっくり読む,と。
 ここもガラガラなのだった。繰り返すが,休日の午後なのだ。
 外は酷暑なのだ。冷房が効いているここで,本を読まずとも居眠りをして過ごすこともできそうなのに,これだけ空いているのだ。

● 過疎地に住むことの得というのを思ってみた。こういう図書館を使えるのは大いなる得ではないか。
 借りる人も少ないから本も良好な状態で保管されている。宇都宮の図書館だとそうはいかない。とっかえひっかえ借りられるから,すぐにガタガタになってしまう。
 第一,図書館は本を借りるところではあっても,そこで本を読むには適さないところであることが多いのだ。ここは館内で本を読むことができる。そんな図書館はめったにないものだ。

● 過疎化というのは人口が減ることのほかに,年寄り率が増えることでもある。年寄りだらけになるのが,過疎地なのだ。
 自分もそう呼ばれる年齢になりつつあるのだけれども,年寄りが年寄りどうしでツルむほどつまらないことはない。どこぞにハイキングか山登りに行くとおぼしき爺婆のグループに電車内で遭遇することがある(これから増える時期だ)。大変に賑やかで周囲の顰蹙を買うのが常なのだが,爺婆でハイキングに行って何が面白いのかと思う。同窓会の開催に熱心な年寄りとかねぇ,何を考えているんだろう。

● 年寄りになったら,自分よりずっと若い人たちと付き合うべきなのだ。そうでなかったら長生きした甲斐がないじゃないか。
 しかし,そのためには,この人となら一緒に時間を使ってもいいと,若い人に思ってもらえる年寄りにならないといけない。そんな年寄りはめったにいない。
 が,付き合えはしなくても,彼らの近くで彼らの空気を感じることはできる。そのためにこういう施設を使うことはできないか。

● 施設側が想定した使い方,提唱する使い方ではなく,不純に満ちた動機(?)で使ってみる。施設を自分に引き寄せて,どういう使い方ができるか。
 それを考えてみるのが,過疎地に限らず,これからの年寄りが年寄り力を問われる局面になるのではないか。その程度の柔軟性は持っていた方がいいように思う。

2018.07.15 JRの“トクトク切符”-北海道&東日本パス

● 7日間有効で10,850円。ということは,1日あたり1,550円ってことなんですが。「青春18」よりずっと安いんですが。
 この切符は前からあったものだけど,値下げしたんですかね。前はここまで安くはなかったような。

● 道内を普通列車だけで移動するのは,なかなかにトライアル過ぎると思われる。ので,特急オプション券もあるんですな。が,こちらは1日あたり6,000円。
 北海道には行かないで,東日本のエリアだけを回るんだったら,この切符は破格に安い。

● ま,今は使えない。老後の楽しみにおっておく(すでに老後なのだが)。とっておいても,たぶん使うことはないとも思うんだが。

● 昔の話をしてはいけないんだけど,ワイド周遊券っていうのがあってね。北海道ワイド周遊券,東北ワイド周遊券・・・・・・。
 エリア内は特急の自由席までは周遊券だけで乗れた。出発地からエリアまでは急行には乗れた。なので,今はなき「八甲田」や「津軽」といった,夜行(寝台なし)急行で青森まで行くとかしたもんだった。

● 面白かったかと言われれば,別にってことなんだけどね。それでも,未知に踏みこむ的な高揚感はあったと記憶している。そんなことで高揚感を味わえたんだから,古き良き時代であったのかもしれない。
 当時のワイド周遊券が今あったとしても,今どきの若者はおそらく使うまい。車で行こうとするはずだ。高速料金を払っても,車の方が安い。いや,今の若者は車に興味がなかったのか。うぅ~ん,どうするんだろうかな。

2018.07.15 JRの“トクトク切符”-休日おでかけパス

● 昨日もお世話になった「休日おでかけパス」。
 安くなるのもありがたいし,それ以上に,都内を動くときにいちいち切符を買わなくてすむ(Suica持ってないんで)。

● あと,自動改札機を通れるのも吉。「青春18」だと有人改札を通らなくちゃいけないんで,そこがちょっと面倒なんだよね。

● 復りは宇都宮まで乗って,自動精算機で精算できる。自治医大駅で降りる必要はありもはん。

● ちなみにこの切符,りんかい線と東京モノレールにも乗れるうえに,青梅線と五日市線と横須賀線と成田線は終点まで,中央線は大月まで,東海道線は小田原まで行ける。
 1日,目いっぱい乗ってみようかと思わせますなぁ。成田空港まで行くときは,パスポートもお忘れなく。

● ぼくは乗り鉄の成分が濃い方なので,どこかに行くために乗るよりも,乗るためにどこかに行く,ということが多い。
 このエリアはすべて一度は乗っているし,まもなく「青春18」が使えるようになるので,行こうと思えば「青春18」でもっと遠くに行けるわけだから,この切符はやはり東京(あるいは首都圏)まで日帰りするときに使うものかな。

2018.07.15 東京の中心は新橋

● 上野東京ライン。開通前は自分には関係ないと思ってた。上野界隈で用が足りるし,東京より南に行くことなんかそんなにないし,みたいな。
 そのわりには開通日(平成27年3月14日)にわざわざ乗りにいったんだけど。こうなるのね,と。さほどの感慨はないよね。車窓の風景は山手線で見なれてるんだから。
 いったん上野に戻って,今度は山手線を東京まで乗ってみた。上野東京ラインの第1目的は山手線の混雑緩和。それは間違いなく果たせてることを確認したというわけでした。

● ところがねぇ,これ,すっげぇ便利。自らの不明を恥じますよ。
 新橋に停車することが決定的に大きかった。ぼくの場合は。それまでの上野駅のターミナル機能がそっくり(東京じゃなく)新橋に移った感じ。新橋が東京の中心というか,新橋を起点にして発想するようになった。

● 新橋の使い勝手のいいこと。銀座線に乗り換えられるのは安心材料。
 それより何より,新橋の雰囲気が自分にピッタリ。まわりを銀座や虎ノ門のような高台に囲まれていて,新橋は谷間。イメージ的にね。その谷間にいろんなものが吹き溜まってくる。
 その感じがとても良くて,新橋は何というか,癒やしの場所だ。

● 目下,東京で一番好きな場所はSL広場。ぼく的日本の総鎮守は烏森神社。
 なので,上野東京ライン開通以来,初詣は烏森神社だ。初詣のために新橋に行くことはないけれども,1月中には必ず東京に出るもんね。

● その代り,東京駅は素通りするようになった。東京駅で乗降する頻度は,上野東京ラインの開通前より減っている。というか,激減している。
 それもJR側の狙いだったのかと思うほどだ。東京,新宿,上野に集まっているターミナル機能を分散したい,って。

● 京葉線に乗らなくなったってのもあるんだけど,日本の玄関駅でございという佇まいが気に入らなくなったといいますかね。とりつく島もない。
 東京駅が変わったんじゃなくて(丸の内側の大規模改装のときに,構内の商業施設もかなり変えていて,ひょっとするとそれも影響しているかも),こちらの気分が変わったってことなんだけど。

● 昨日は錦糸町に出たわけですが。
 上野→秋葉原→錦糸町とたどるか,東京まで行ってしまって総武線に乗り換えるか。ちょっと考えた。結局,乗換えが少ないからと,後者を選んだ。
 東京駅での総武線ホームまでの移動距離の長さを失念してた。東京駅の構内をズーッと歩いてくのって,ストレスになるよね。上野で降りとくんだったと,けっこう深刻に思ったんでした。

2018年7月14日土曜日

2018.07.14 東京散歩 錦糸町~住吉

● さて東京に出るのだ。自治医大駅で途中下車して「休日おでかけパス」を購入。当然,自治医大駅からは1本遅い電車になるんだけど,その分,早く家を出ればいいんだからね。ぼく,ぜんぜんお忙氏じゃないんで,そのあたりは問題ない。
 「青春18」はまだ使えないんだよね。20日からだっけ。

● 錦糸町駅の南口を出て住吉まで歩いた。北口(スカイツリーがある方)に出ることが多いんだけど,久しぶりの南口。
 幹線道路は四つ目通り。数年前,東陽町から錦糸町まで四つ目通りを歩いたことがある。

● 猿江恩賜公園。広大な面積。錦糸町と住吉の間は,そっくりこの公園になっていると言ってもいいくらい。
 テニスコートが何面もあって,ぼくより年上と思われる爺様もテニスに興じていた。高校生なら知らず,爺様がこの暑さでテニスなんかやったんじゃ緩慢な自殺じゃないか。大丈夫か。

● でも,若い女の子とダブルスを組んでたりするんだよな。どういうグループなんだろうな。若い男性は混ざってないんですよ。
 ともあれ。爺様の寿命はかえって延びるか。長生きしなさいよぉ。
 テニスって一時廃れたと見えたんだけど,錦織効果ですかねぇ。

● 錦糸町の南口,どんな印象かというと,昼間から飲みだすのに抵抗がない街っていうかね。実際,飲んでる人がいたしね。ファミマの脇で缶ビールを飲んでいる爺様がいた。堅気の爺様だと思いますよ。暑くて面白いように汗が出るから,ビールはわからんでもないんだが。
 要するに,面白そうなところですよね。

● 錦糸町駅近くの「松屋」で遅めの昼食というか早めの夕食というか。牛丼に生卵。いつも吉野家で食べているのと同じものを注文。値段も同じ。
 「松屋」では味噌汁が付いてくる。その分,「松屋」がお得かというと,そこは何とも微妙であります。

● 錦糸町駅に戻ると,ホームの立ち食いそばスタンドがお待ちかね。。よほど食べちゃおうかと思ったんだけど,さすがにここは思いとどまる。食べようとすれば食べれたと思うんですけどね。
 速食美味。ファストフードの真髄でありましょうな。わが日本国にはアメリカからハンバーガーが入ってくる前から,ファストフードがあったわけだよね。
 っていうか,日本の食べものってあら方ファストフードだったんじゃないかと思うんですけど。蕎麦は典型的にそうだし(今でいう立ち食い蕎麦が蕎麦の食べ方の元祖じゃないか),丼ものもそうだし。

● そして,最後は新橋へ。隣が銀座で,虎ノ門も徒歩圏内。ここだけが谷間のように大衆が集う。
 ここでホッとしてから家路につく。いつものパターン。

2018年7月13日金曜日

2018.07.13 鰻資源は枯渇??

● 右は今日の下野新聞。
 鰻資源は専門家の努力もあるし,いずれ回復する。さほど心配することはない。が,今年や来年という話ではない。
 しばらく前に鮪について同じことが言われた。鮨屋から鮪が消える的な。しかし,そういうことにはならなかった。百均寿司でも鮪はふんだんに出ている。

● 鰻はこの世からいずれ消える,今のうちに食べておかないと,と煽られるような気分になったときには,ちょっと待てよと立ちどまってみるのがいいだろう。まず,この報道で儲かる人間はいないかと考えてみる。

● 鮪がなくなることがそんなに大変なことか。そのことによってあなたは死ぬのか。鰻がなくなったら,あなたの人生は成立しなくなるのか。
 まずは,そこから出発だ。ぼく一個についていえば,鮪も鰻も好きだけれども,ないと絶対に困るものではない。
 鰻資源は回復するとぼくは見ているけれども,なくなればなくなったで別にかまわないくらいに思っている。多くの人がそう思うようになると,世の中,だいぶ静かになるのにな,とも思っている。

● 目下のところは資源が減っているんだから,需要が変わらなければ,末端価格が上昇するのはあたりまえ。その価格を払ってでも食べたい人が食べればいい。
 価格が上がったことじたいを批判するのは(そんな人はいないかもしれないが),感情論以前の的外れだ。地球と月が引き合っているのはけしからん,と万有引力に文句をつけるようなものだ。

● 土曜丑の日に鰻というのは,バレンタインデーのチョコレートと同じで,業界の誰かが作ったものだろう(平賀源内という説もあるけれど)。その人は知恵者だと尊敬はするけれどもね。
 鰻もチョコレートも旨いものなんだから,食べたいときにちょびっと食べるのがいいのでは。つまり,需要がピークになるとき日に,わざわざ食べなくてもよかろうと思うわけだが。
 ぼくは東京に行った折に,「おむすび権米衛」で“うなぎむすび”を買って食べようと思っている。