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2020年11月3日火曜日

2020.11.03 宇都宮市立南図書館で

● 宇都宮市の図書館のうち,中央,東,南の3館には宇都宮市民じゃないのにお世話になっている。ありがたい。
 宇都宮市民でもないぼくがなぜ宇都宮市の図書館を利用できるのかといえば,広域利用協定の恩恵を受けているからだ。「栃木県央6市4町にお住まいの方であればどなたでも,各市や町の図書館等を利用できます」というわけだ。宇都宮市,鹿沼市,日光市,真岡市,さくら市,下野市,上三川町,芳賀町,壬生町,高根沢町のいずれかの住民は,この10市町の図書館を利用できる(借りるためには,それぞれの館の利用者カードが必要)。
 実際には市町相互というよりも,中核になる都市の住民サービスを周辺に拡大するものだろう。宇都宮市周辺の住民が宇都宮市立図書館を利用することはあっても,その逆はほとんどないのではないか。

● CDでいえば,宇都宮市立図書館は落語が充実している。西洋のクラシック音楽に関しては,県立図書館が最初にチェックすべきところかと思うのだが,落語は欠落しているのではないか。そこを宇都宮市立図書館が補ってくれる。
 今日,気がついたのだが,南図書館にはグレン・グールドのバッハ全集もあった(ただし,全部が揃っているわけではないっぽい)。
 人が一生の間に聴けるCDは限られるので,何にどれだけ時間を割くかは考えどころだ。たくさん聴けばいいというものでもあるまいし。が,グレン・グールドのバッハ全集はちょっと惹かれるでしょ。

● 今どきの図書館は図書館単体ではなく,多用途施設になっているのが普通だ。南図書館はその典型であって,絵画などの展示スペースがあり,会議室も備えるから集会センター的な利用も可能だし,多目的ホール(サザンクロスホール)もある。図書館の主催事業として,往年の名画上映や演奏会を催行している。
 その分,静謐さは損なわれることになるかもしれないのだが,基本,この方向で良いと思う。良いというより,よほどの特徴を持つ図書館でもない限り,ついで利用を掘り起こさなければ利用者が増えない。ジリ貧を続けていては存在意義を問われることにもなる。

● 宇都宮市立図書館では東館と南館で無料の名作映画会をずっと開催してきた。今年はコロナ禍で中止が続いていたが,ここに来て開催されるようになったようだ。
 ぼくも2018年までは上映予定をチェックして,わりと観に行っていた方だと思うのだが,2019年になってからバタッと行かなくなってしまった。
 理由はAmazonのプライム会員になったことだ。プライムビデオを見るためにプライム会員になったわけなので,映画は自宅でパソコンの画面で観るものになった。
 加えて,映画会が開催される土・日には家にいないことが増えた。東京に遊びに行ってしまう。いよいよ,この種の催しからは遠ざかることになる。

● が,東京に遊びに行くなんてことができるのも来年3月までだ。ぼくは今年の4月から隠居生活に入り,相方にたかるヒモのような生活をしてきた。その相方も定年に6年残して来年3月に辞めるからだ。
 そうなると,老夫婦2人,ぼくのささやかな年金で暮らしていかなければならない。やって行けなくはあるまいと思う。お金がなければないなりに貧乏を楽しむ術は持ち合わせているつもりだ。
 それができないのでは,お金に負けてることになる。お金がないのは恥ずかしいことではないけれども,お金に負けるのはかなり恥ずかしい。

● というわけなので,好むと好まざるとに係わらず,来年4月からは地元密着。移動距離はうんと短くなると思われる。
 聴きに行く演奏会ももっぱら地元で開催されるものに限定されるだろうし,こうした映画会にも復帰することになるかも。Amazonプライムビデオもいいけれども,大勢で観る映画もいいものだよねっていうわけで。

● 来るのはGGIとBBAばかりで,さながら老人ホームごと出張してきたような感じになるのだけれども,大勢で観るということにはそれだけで価値がある。
 っていうか,1人で選べるとなると“往年の名画” なんてまず観なくなるのだ。そういうものを観るためには何らかの強制装置が必要だ。

● つまり,こうした公共施設への依存度を今よりも高めるという方向に動くことになる。いやいやどうぞよろしくお願いしますよ,というわけなのだ。

2020年9月8日火曜日

2020.09.08 図書館で落語のCDを

宇都宮市立中央図書館
● 宇都宮市立中央図書館。宇都宮市民ではないのだけれども,宇都宮市立図書館を利用させてもらっている。隠居の身なので,宇都宮市に通勤しているわけでもない。広域利用制度というありがたい仕組みのおかげだ。

● 何をしに来たのかといえば,CDを返しに来た。借りているのは落語のCDで,この分野は,ぼくが知る限り,宇都宮市の中央図書館が最も充実している。県立図書館には落語のCDはなかったと思う。
 どのくらい充実しているかといえば,古今亭志ん生(五代目)の全集が2種ある(2種とも全巻揃っているわけではない)。片っ端から借りて,リッピングしてウォークマンなりスマホに転送すれば,寄席を持ち歩くことができる。

● しかも,往年の名人がこちらの気まぐれなリクエストに応えてくれるのだ。おい,今度は「芝浜」を一席やってみてくれ,といえば,ヘィってなもんで,嫌な顔ひとつせずに演ってくれるのだ。
 目下,その作業をやっているわけだ。一度に5枚までしか借りられないので,それなりに時間はかかるが,お金はかからない。1円もかけずにスマホの中に寄席を造ることができるのだ。夢のような時代だな。
 今どきだから,たいていの演目は You Tube に上がっているんだろうけど。

● 問題は,なかなか聴くことができないってことだ。時間がないからなどとは言うまい。時間はあるのだ。隠居なんだから忙しいはずもない。
 ではあるのだけれども,なかなか聴けないでいる。自分は本当に落語が好きなのだろうかと疑うほどだ。落語は無形文化財なのだから教養のひとつとして聴かなければならない,と思って聴こうとしているのではないか,と。

● 落語のほかにも聴きたいもの,観たいものはたくさんあるんだけどね。そのどれにものめり込めていないねぇ。
 Amazonプライムビデオもばったりと見なくなってしまった。見なくなってからかれこれ2ヵ月近くになる。そろそろ態勢の立て直しを考えないとか。

● コロナが収まっていないから,図書館もまだ本調子(?)ではない。長居してないでできるだけ早く帰ってくれ,と館内放送を流している。1時間に1回くらいの割で流しているんだろうかな。
 それでも以前に比べれば,空気は緩くなっている。これを油断と見るか,自然と見るか。見る人の価値観による。価値観というより,頭の癖によると言った方がいいか。

2020年5月12日火曜日

2020.05.12 宇都宮市立図書館が再開した

● 隠居生活者にとっては,しかもインドア派にとっては,図書館はありがたい存在だ。先月から隠居を始めているが,図書館なしでも何とかなることは自分で証明した。
 が,図書館が使えれば彩りが増す。散歩のターミナル地点にもなる。だから,図書館は自宅からあまり近くじゃない方がいい。

● もちろん,ぼくの地元にも図書館はあるんだけど,宇都宮までの定期券を買って,東図書館に日参するのも悪くないなと思っていてね。6ヶ月の通勤定期を買って,ひと月あたりに割り戻すと5,800円。これくらいだったら出せるっしょ。
 家事は朝のうちにパパっと片づけて,夕方には帰るくらいの感じかな。

● ところで。宇都宮市立図書館が昨日(5月11日)から再開。2月末に借りた本7冊と落語のCD5枚がまだ手元にある。返却期限が来る前に閉館されたので仕方がないのだが,借り物をあまり長く持っているのも気分のいいものではない。
 再開初日は混雑しそうだから,初日は外して,今日,宇都宮市立図書館に返却に行った。

● 図書館は宝の山。ぼくなんぞの場合は,図書館とインターネットの合わせ技で娯楽は整ってしまう。PCとスマホと図書館の利用者カードがあれば,他は要らん(しいて言うと,WALKMANが要る)。
 ので,ありがたく使わせていただきたいと思っている。よろしくお願いしたい。

● 図書館がすることのない年寄りのたまり場になっていることは,もちろん,現役時代から知っていた。何だかなぁと思わないでもなかった。図書館は老人福祉施設かとね。そういう意味でいうと,老人福祉施設は図書館以外にもいくつもありそうだけど。
 一方,退職してからも図書館なんか一度も行ったことがないよ,と自慢する年寄りもいるらしい。これまた何だかなぁと思う。自然流でいいではないか。

● ところで,先の定期券の話なんだけども,実際にやるんですかと問われれば,やりませんよとお答えする。勢いで言っちゃいました。
 さすがに定期券を買って日参するところまではねぇ。2日に1回以上行くのでなければ定期券を買う意味はないけど,2日に1回も行くわけないな。
 3日に1回なら行くかもしれない。それだったら,その都度切符を買えばいい話だものね。

2020年1月12日日曜日

2020.01.12 東京散歩 日本橋

● 朝食後の散歩。何度も歩いてるんだけど,甘酒横丁でも歩いてみるか,と。
 ホテルから甘酒横丁に出るまでにこんな静かな道路があったりする。道路左側の緑は中央分離帯ね。中央分離帯がある道路で,しかもここは日本橋エリアなのに,車があまり走っていない。

● で,甘酒横丁。こんな居酒屋がある。縁起がいいや。
 日本橋七福神巡りをすればよかったかなと思った。けど,爺様婆様が団体でこれをやっていてね。リーダーの爺様が旗を持って。しかも,その団体がいくつもある。地方からやってきたんでしょう。なので,個人でやる場合はこの時期は外すが吉か,と。旗持ちのリーダーの爺さまたちが先達気取りでウザったい。
 ぼくも彼らの歳になるのはもうすぐかと思うんだけど,ああいうふうになってしまうんだろうか。うゎっ,いやだ。
 若い女性が自分もオバサンになってしまうのかと考えて身震いするときの気分は,こんなものなんだろうか。いや,もっとずっとシリアスだろうな。

● 日本橋幼稚園,日本橋小学校,日本橋図書館,日本橋社会教育会館の4つが入っている建物。1~5階が小学校で3階が体育館になっている。6,7階が図書館。田舎ではまず見かけることのない複合ぶりだ。
 では,小学校に校庭はないのか。そんなことはない。こんな感じの校庭というかグラウンドがある。

● 中に入って,図書館を覗いてみた。普通に図書館だった。あたりまえだけどさ。
 小学校のエリアに侵入するわけにはいくまいから,図書館に行くにはエレベーターを使うしかないのだろう。同一平面を東西や南北に移動する方が上下の移動より楽だね。たまに高いところから外界を眺めるのはいいけれども,日常的にエレベーターで上下に動かなくちゃいけないのは,ちょっとしたストレスになるかな。田舎民特有の感想だとは思うんですが。

● 甘酒横丁は谷崎潤一郎の生誕の地でもあるわけだけど,かつてはこんなものもあったらしい。このあたりは元吉原でもあるわけで,何が言いたいのかというと,日本橋は何かと面白そうな街だということ。
 まだまだたくさんお宝が出てきそうというか,地層が豊かだというか。

● 小網町を横断して兜町。小網町といい兜町といい,日本橋の各町は狭い。
 東京証券取引所が兜町の象徴だけれども,取引自体はコンピュータが処理してるんでしょ。よろず仲介業務はコンピュータに任せればいい。ネット証券会社が1つあれば,じつはあらかたの用は足りてしまう。あとは,新規上場を手伝うコンサルティングができる証券会社があればいい。これもそんなにたくさんは要らない。

● 兜町でも証券会社の立地の集積度は減ったのだろうか。邱永漢さんが“銀行よさようなら,証券会社よこんにちは”と書いたのははるか昔のことだけれども,今では証券会社も人を雇って実店舗を構えている必要はなくなった。大半の証券会社はもはや不要だろう。 
 総じて,証券業界は不要な仕事と不要な雇用を抱えすぎ。それを法外な売買手数料で賄ってきたという印象がある。しかし,それも終わりつつあるのじゃないか。

● 兜神社に参拝。兜神社に来るのはこれが二度目。ここも小さな神社。神社は大きいがゆえに尊からず。どうですか,この風情。なかなかいいじゃないですか。業界関係者は打ち揃ってここに初詣に来るなんていうことをしてるんだろうか。
 株で財を成した人が10人いるとすれば,株で身上を潰した人が100人はいる。誰でも知っていることだ。が,自分は10人の方の1人になれると何の根拠もなく思う人が次々に現れる。それを愚かと嗤うのはたやすいが,それは活力の源でもある。
 以上は博打的に株を売買する場合の話。預金がゼロ金利になった以上,金融資産は株で持つべきではないか。細かく売買しないで,3~5年は持ち続けるつもりで,のんびりと株を持つのがいいのではないか。

● 小舟町を横切り,堀留町をかすめて,蛎殻町のホテルに戻る。元吉原は人形町の1&3丁目とされているが,その残り香のようなものはこの小舟町により感じられるような。
 写真はそれとは何の関係もない児童公園。児童はおらず,年寄りが何人か屯している。

● わが屋ではホテルはロイヤルパークに決めているのだが,もちろんホテルは他にもある。マンダリン・オリエンタルにも泊まってみたいが,財布ががうんと言わない。
 東横インやスーパーホテルもある。今回もいくつかのホテルを見かけた。左は西鉄,右はJR西日本が噛んでいるビジネスホテル。宿泊料金はいかほどか。
 おそらくだけれども,2人で泊まるなら,ロイヤルパークの方が安いんじゃないかと思う。1人で泊まることがあれば(ないと思うが)こうしたビジネスホテルを検討することになる。

● ホテルの近くにこんな店があった。伊勢うどんも日本橋で食べることができるのだな。ぼくは糖尿病でダメだけどさ。 
 と思ったら,伊勢うどん,猛烈に食べたくなってきた。腰がないうどんだよね。細長い団子って感じの。

2018年8月17日金曜日

2018.08.17 ふみの森もてぎ 2

● 右は今日の下野新聞コラム。
 「ふみの森もてぎ」のコンセプトは「茂木らしさの発信」とある。その発信がどこまで届くか(日本図書館協会の建築賞など誰も知るまい)。茂木町内にとどまるのだとしても,中の人に地元らしさをわかってもらう意味はある。

● たいていの企業の広告は消費者に向けているようで,じつは内部の社員に向けているのではないかと思うことが多い。君たちが作っている製品,君たちが提供しているサービスは,こんなに社会の役に立っているのだよ,こういう趣旨で行っているのだよ,と内部の人間に周知させて,モチベーションを高めるのが目的なのではないか。
 かつてあった建設会社の“昼間のパパは男ぜぇ”とか“地図に残る仕事”なんてのは,典型的にそうではあるまいか。

● ま,そうはいっても,茂木らしさは茂木町の外に届いた方がいいに違いない。しかし,これは“言うは易く行うは難し”の範疇に属する事柄だ。
 建設に要した予算額を知って驚いた。館長に関誠二氏を引っぱってきたことを含めて,町の本気度は伝わってくる。

● 「図書館はもっと自由で,多様であっていい」のだとして,それがどこでも見られるようになれば,多様があたりまえになって,ここはこうなのかで終わってしまいそうだ。
 「多様であっていい」という言い方が訴求力を持つのは,多様がない間に限られる。図書の並べ方も,茂木方式は圧倒的少数だから,異彩を放っているのだ。

● 図書館は建物ではない。建物は器に過ぎない。「ふみの森もてぎ」はたんなる図書館ではなく,ギャラリーとホールとカフェを備えたコミュニティセンターであり,総合文化施設だ。そのキャパシティーをどこまで引きだせるか,あるいはキャパシティーを超えた使い方を編みだすことができるか。
 同じ料理でも器が良ければ美味しく感じることがあるのだとしても,人は器に馴れてしまう。器が良いとの理由で美味しく感じるのは期間限定ではあるまいか。腕の見せ所は建築の新味が褪せてから。つまり,これからということになる。

2018年7月15日日曜日

2018.07.15 ふみの森もてぎ

● 初めて訪ねる機会を得た。“ふみの森”とはそも何もの? 町立図書館だ。
 ただし,最近の図書館は図書館としての単機能しか持たないところはほぼないだろう。コミュニティーセンターの機能が付加されているのが普通だ。会議室というか談話室のようなものがあり,ロビーをゆったり取って立って駄弁れるようにしてある。
 コンサートを開けるホールまで備えているところがある。壁は絵画や写真を掲示して即席ギャラリーになるように設えられている。ぼくが知る限りでは宇都宮市立南図書館が典型的な例だ。

● “ふみの森もてぎ”もそうなっている(ホールはないけれど)。展示もできる。会議や講演にも対応できる。“茂木町まちなか文化交流館”と名乗っているのだ。
 開館して2年になるらしい。町有林材を多用しているようで,木の香りがまだ残っていた。かなりの予算をかけた高級な造りだ(と思われる)。

● まず,スペースがゆったりしている。書架の配置もゆったり。本を読むための机と椅子もかなりゆったり。一人あたりのスペースが広い。
 書架は1階と2階にある。最大の特徴は,図書館で一般的に採用されているNDC分類ではない並べ方をしていること。書店の並べ方に近い。この方が探しやすいかもしれない。
 今はネット検索できるようになっているから,借りたい本やCDは予め検索して,番号を控えておけばいいわけで,並べ方はどうでもという感じもするのではあるけれど,書架を見ながら読んでみたい本を探すことも当然あるわけで,これはかなりの工夫だと見る。

● 1階には学習室がある。が,中に誰もいないのだ。休日の図書館で学習室に誰もいないという光景は,初めて見るものだった。普通は,中学生や高校生で満席になっているものだが。
 ちなみに,図書館の学習室で集中して勉強している生徒はほとんどいないというのも,ぼくの経験則だ。半ば以上は友人とお喋りするために来ているのではないかと思うことが多い。つまり,学習室は意外にうるさいところだ。

● では,茂木の中学生や高校生は図書館に来ないのかというと,そうではない。学習室ではなく,閲覧室の回廊(?)に設けられている机に座って勉強しているのだった。学習室より居心地がいいようなのだ。なにせ空いているのだ。学習室じゃないところで学習するのに気後れしなくてすむのだ。
 今どきの高校生はスタバとかタリーズを学習室がわりに使っているのであるけれども,茂木にはスタバもタリーズもないかもしれない。だから,これでコーヒーを飲みながら勉強できたら最高なのになぁと彼ら彼女らは思っているかもしれない。

読書室のブース。荷物もデスクに置ける
● 学習室や回廊のデスクのほかに,2階には読書室があった。こちらは大人向けのスペースなのだろう。書架の本をここでゆっくり読む,と。
 ここもガラガラなのだった。繰り返すが,休日の午後なのだ。
 外は酷暑なのだ。冷房が効いているここで,本を読まずとも居眠りをして過ごすこともできそうなのに,これだけ空いているのだ。

● 過疎地に住むことの得というのを思ってみた。こういう図書館を使えるのは大いなる得ではないか。
 借りる人も少ないから本も良好な状態で保管されている。宇都宮の図書館だとそうはいかない。とっかえひっかえ借りられるから,すぐにガタガタになってしまう。
 第一,図書館は本を借りるところではあっても,そこで本を読むには適さないところであることが多いのだ。ここは館内で本を読むことができる。そんな図書館はめったにないものだ。

● 過疎化というのは人口が減ることのほかに,年寄り率が増えることでもある。年寄りだらけになるのが,過疎地なのだ。
 自分もそう呼ばれる年齢になりつつあるのだけれども,年寄りが年寄りどうしでツルむほどつまらないことはない。どこぞにハイキングか山登りに行くとおぼしき爺婆のグループに電車内で遭遇することがある(これから増える時期だ)。大変に賑やかで周囲の顰蹙を買うのが常なのだが,爺婆でハイキングに行って何が面白いのかと思う。同窓会の開催に熱心な年寄りとかねぇ,何を考えているんだろう。

● 年寄りになったら,自分よりずっと若い人たちと付き合うべきなのだ。そうでなかったら長生きした甲斐がないじゃないか。
 しかし,そのためには,この人となら一緒に時間を使ってもいいと,若い人に思ってもらえる年寄りにならないといけない。そんな年寄りはめったにいない。
 が,付き合えはしなくても,彼らの近くで彼らの空気を感じることはできる。そのためにこういう施設を使うことはできないか。

● 施設側が想定した使い方,提唱する使い方ではなく,不純に満ちた動機(?)で使ってみる。施設を自分に引き寄せて,どういう使い方ができるか。
 それを考えてみるのが,過疎地に限らず,これからの年寄りが年寄り力を問われる局面になるのではないか。その程度の柔軟性は持っていた方がいいように思う。

2018年7月9日月曜日

2018.07.09 調べる学習は図書館で?

● 調べる学習か。たしかに,こういう目的で図書館を使えれば理想的。図書館側からしても,利用者にこういう使い方をしてもらえれば,無料の貸本屋などと陰口をたたかれずにすむ。
 ただし,何を調べるか,どのように調べるか,そこを外から与えられたのでは何にもならない。何を調べるかを決めるのが,最もクリエイティブな部分だからだ(と,偉そうに言ってみる)。

● しかし,この調べるという作業をGoogle先生にお願いするというのが,世間で広く見られるわけで。
 実際のところ,どうなんだろ,図書館で書籍を使うのと,Google先生にお願いして次々にサイトを跳んでいくのと,どちらがいいだろうか。

● ぼく程度のネットユーザーだと,非常に単純なタスク(たとえば,外国映画の原題を確認するとか)ならネットの独壇場だけれども,ある程度体系を追っていかなきゃいけないものは,現時点でも書籍を使う方が便利だと思っているが。
 それでも使う人が使えばネットが勝るのかもしれない。特に英語が読めるのならば,ネットは世界のどの図書館にも勝るらしい。

● 調べるにあたって概論的な知識を得ておく必要があるという場合も,ネットは不向き。図書館に籠もった方がいいような気がする。
 ここでも,ネットリテラシーの問題に帰着するのかもしれないけどね。

● ぼくは図書館で調べる学習というのをしたことは一度もない。これからもないだろう。
 図書館は無料の貸本屋として使うのが最も賢い方法だと,どこかで思ってるんだよね。

2018年4月15日日曜日

2018.04.15 宇都宮市立南図書館

● 栃木県内で最も居心地がいい図書館は,たぶん,ここだろう。ぼくが行ったことのある図書館は,限られているんだけど。
 なぜ居心地がいいかといえば,建てられたのが新しいからだ。新しいと何が違うか。耐震構造とか表には現れない部分ももちろんあるに違いないが,まずトイレスペースがゆったりしていて清潔だということ。
 これ,大きい。ウォッシュレットがあるのはあたりまえだが(公共施設では必ずしもあたりまえではないのだが),それに加えてキツキツしていないってことね。

● この施設はコミュニティセンターの機能もあって,会議室もけっこうな数ある。たいていの図書館には会議室や談話室があるけれど,それらとは度合いが違うというか,付け足しではないというか。
 ロビーの壁では常時,何かの展示が行われている。宇都宮南高校美術部の展示会であったり,地元出身の作家,立松和平さんのゆかりの写真を展示していたり。その他の図書館にはポスターとチラシしか貼られていないのと,ちょっと違っている。

● サザンクロスホールと命名された多目的ホールがある。コンサートにも使える程度に音響の良さも確保されている。座席の勾配や前後の距離もほどよくて,ホールとしてもなかなかにいいものだ。
 ただし,この名前はいかがなものかとは思っている。雀宮からサザンクロスが見えるはずはない。おそらく,南図書館にいろんな人が集まってクロスする(交流する)という願いをこめたものだろう。いや,一般公募で決まった名前だったか。

● 「南図書館のうた」というのまである。地元出身のせきぐちゆきさんが歌っている。YouTubeで聴ける。音質にこだわるなら南図書館にCDがあるから,借りればいい。
 この歌,ぼくはけっこう好きなんですよ。ひょっとすると,ぼくは子供の心を失っていないのかもしれないと自賛するんだけど,情緒に弱いところがあると評した方が正解に近いだろう。

● その「南図書館のうた」は南図書館を“憩いの場所”と言っている。ん? 待てよ。図書館っていうのは神経を研ぎ澄ませて文献にあたる作業をするところで,憩いとは対極にあるものではないのか。
 と思わぬでもないのだが,現実の市町村立図書館は憩いの場所になっているでしょうね。つまり,図書館でそうした作業をしている人はあまりいない。
 利用者の多くは高齢者で,だいたい備付けの新聞か雑誌を読んでいる。まさに“憩いの場所”だ。幼児を連れた母親も多い。図書館は子供を連れて行ける安全な場所なのだ。“憩いの場所”だ。

● 市町村立図書館はかなりの比率で,蔵書を収納するためにスペースの大半を使っている。図書を閲覧するための机やテーブル,椅子は総じて少なめだ。
 それで利用者が不便をかこっている様子もない。図書館は本を借りるところであって(無料の貸本屋),そこで本を読むためにあるのではない,と割りきっているようだ。

● 実際,図書館の多くは本を読むには不適なところだ。騒音に満ちているからだ。
 騒音の発生源は2つある。ひとつは,前頭葉がかなり萎縮してしまっているのだろうと思える高齢者からのクレームだ。いちいち伝えるほどの内容ではないのだが,人目を憚らない大声でスタッフに噛みついている。こうした病人のリハビリまでしなければならないのだから,図書館のスタッフは大変だ。

● もうひとつは,幼児が大声を出して動き回っていることだ。親子教室的なもの(絵本の読み聞かせ,紙芝居など)が図書館の重要な業務のひとつになっているようだ(絵本や紙芝居など,幼稚園や保育所でさんざん聞かされていて,子供たちは食傷しているのではないかと思うのだが)。
 おそらく財政当局からの予算の締め付けが背景にあるのではないかと推測する。利用実績を作って,こんなに住民からの需要があるのですよと,財政当局に訴えなければならない。
 問題なのは,そうしたものを閲覧室の一画でやっていることだ。他に場所がないのだから仕方がないのだが。

● 南図書館は,そこで本を読める数少ない図書館のひとつだ。閲覧のための装置がしっかりとある。部屋数が多いので,絵本の読み聞かせはそれ用の部屋を確保できている(たぶん)。
 ぼくの知る限り,南図書館以外で館内で本を読めるのは,芳賀町図書館と那須烏山市図書館,さくら市図書館の喜連川館,この3つだけだ。つまり,図書館に関しては,都市部より郡部の方が環境的には恵まれている。南図書館も雀宮にあればこそ,これだけ充実した施設を具現化できたのだろう。

2017年11月17日金曜日

2017.11.17 図書館に退職した先輩がいた

● 平日の金曜日。休暇を取って,宇都宮市立東図書館に行ったんだけど。
 先輩のAさんを見かけた。さほど親しくもなかった人なので,声をかけることはしなかった。
 Aさん,定年退職して,5年が経つはずだ。おそらく,再就職も卒業して,毎日が日曜日になっているのだろう。

● だから,平日の午前中から図書館。でも,幸せそうには見えなかった。読みたい本があって図書館に日参しているなら,もっと張りがあるはずだと思った。
 やること(やりたいこと)がないから,暇をつぶすために図書館を利用しているというふうに見えた。使える時間はふんだんにある。が,その時間を持てあましているような。
 図書館ならお金もかからないから,そこで時間をうっちゃってこよう,と。図書館じゃなくてもいいんだけど,無難なところで図書館かな,と。

● これはいけない。図書館通いがいけないのではなく,やりたいことがないというのが。本人にとってもだけれども,この張りのなさというのは,周囲にも浸潤して,場のテンションを下げてしまう。
 暇つぶしなんだから,気が入っていない風情なわけで,そういう人はAさん以外にもけっこういる。平日の図書館はそうした老人のたまり場になっている感がある。

● ぼくも引退に片脚を突っこんでいるので,他人事ではない。
 退職後に在職時の人間関係が続くわけはない。退職時で切れる。それに気づかずにか,気づいていてもなおなのか,職場にやってくるOBがいる。それだけはやってはいけないと若い頃から思っていた。

● 企んだことでもないんだけど,ぼくの場合は,退職で失う人間関係などない。元々なかったんだから,失うはずがない。あまり職場に体重を預けてこなかった。悪くいえば,斜に構えていた。
 友だちがいない状態には慣れている。何をやるにしても「一人」が前提だ。食事をするのも,酒を飲むのも。それで失うものがあるとは思わない。
 だから,退職後は会社に代わる人間関係を構築せねば,という発想もない。まず人間関係ありき,友だちがいなければ何をしても楽しくない,人の間に生きてこそ人間じゃないか,というのは,考え方の根本が間違っている。

● したがって,問題はただひとつ。毎日が日曜日になったときにやりたいことがあるか。当然,そのやりたいことというのは,一人でできることでなければならない。
 こういうのは,毎日が日曜日になりました,ではやりたいことを見つけましょう,は通用しない。遅すぎる。その時点でゲームオーバーだ。
 やりたいことはそれ以前に存在している必要がある。現役の頃から,できる範囲でそれをやっていなければいけない。

● この点に関して,自分に盤石の自信があるわけではない。やりたいことがあっても経済的な問題はつきまとう。
 けれども,多少の成算は持っている。

● 問題は唯一,健康の維持。ただし,そのために何かやっているかといえば,まったく何も。健康はすべての大元だけれども,あまり健康,健康と神経質になっては,かえって健康を損ねる。
 良寛和尚が仰るように,死ぬる時節には死ぬるがよく候,ということだと思っている。

2017年10月19日木曜日

2017.10.19 宇都宮市立南図書館

● 別に用事はなかったんだけれども,時間調整もかねて雀宮にある南図書館へ。何度か利用させてもらっている。初めてではない。
 図書館というのは,おしなべて言えば,本を借りるところであって,本を読むところではないと思っていた。ぼくの知る限り,唯一の例外と言っていいのが,芳賀町図書館。
 が,南図書館も本を読める図書館だったね。少なくとも平日は。

● 多くの図書館(市町村立の)は増え続ける本を収納するためか,書棚が面積を喰ってしまっていて,館内で本を広げるためのスペースが犠牲に供されていると思うことが多い。
 新しい図書館ほどスペースが広くて,配架がゆったりしている。読書するための椅子やデスクも確保されている。南図書館もそうなんでした。

● ぼくは使ったことがないんだけど,社会人用の学習席がある。衝立で仕切られていて,各々にコンセントがあるらしい。ノートパソコンを持ちこんでいる人が多い。
 携帯用のWi-FiあるいはSIMが使えるパソコンを持ちこめば,ネットにもつながる。ひょっとすると,南図書館がWi-Fiを設置しているかもしれない(スマホで確認すればよかった)。

● とすれば,引退後はここを書斎がわりにできる。日参してもいいと思う。図書館側には迷惑かもしれないけどね。
 6ヶ月の通勤定期なら,ひと月あたり7,000円までかからないと思う。毎日出かけることになるし,家でやるよりずっと作業が進むだろう。本気で検討する価値があるような気がしてきた。

● 宇都宮市の図書館は全部で5つある。そのうちの2つは旧河内町,旧上河内町にあるから,わが家から行きやすいのは3つ。
 その3つがそれぞれ独自というか,中の構造も雰囲気も違うような気がする。南図書館には“南図書館の歌”まであるくらいで,独自のイベントも多い。運営はいずれも市の直轄ではなくて委託らしいのだが,委託先がそれぞれ違うんだろうか。
 このあり方はけっこうなことだと,ぼくは思う。ひと色に染める必要はまったくないので。

2017年9月16日土曜日

2017.09.16 芳賀町図書館

● 今日は芳賀町民会館に出かける用事があった。時間があったので,その前に芳賀町図書館を覗いてみた。
 「知恵の輪館」というらしい。外見は立派な建物だ。人口が1万5千人の町にしては,ありえないほどの立派さだ。芳賀町は県内でも有数の富裕な町だ。HONDAのお陰でしょうね。

● 内部も立派だ。天井が高く,全体的にゆったりしている。圧迫感というものが微塵もない。トイレや会議室などの附帯施設もきれいで使いやすい(ようだ)。
 開架図書はさほどに多くはない。が,書架が低いのと書架と書架の間にたっぷり空間があるので,優雅な気分で本を探すことができる。

● 町や市によっては,ここがギュウギュウになっているところがある。踏み台に乗らないと届かないくらいに書架が高かったりする。狭い空間にできるだけ多くの本を詰めこもうとしている。
 図書館はそれでいいのかもしれないけどね。

● 図書館って本を借りるところではあっても,本を読むところではないと思っていた。本を読むには適さない場所だ,と。なぜって,うるさいから。
 が,ここはゆったりとしているうえに静かだ。しかも,本を読むための椅子やソファがたくさんある。これまた空間を贅沢に使った配置になっている。

● しかも,土曜の午後だというのに静かなのだ。まぁ,これはたまたま今日,地元の小学校の運動会があったためかもしれない。普段より利用者が少なかった可能性はある。
 ともあれ,ここなら本が読める。珍しい図書館だ。

● それもこれもHONDAのお陰。そのお陰をぼくも被りたくなって,利用者カードを作ってもらった。栃木県央6市4町による広域利用制度というのがあるらしく,芳賀町に住んでいなくても利用者カードが作れるのだ。
 できれば,6市4町のどれかのカードを持っていれば,そのカードでどの図書館も利用できるようにしてくれるとありがたいんだけど,そこまでは行っていないらしい。

● これならすべての棚をじっくりと見て回る気になる。書店で本を買うときもそうだし,図書館で本を探すときもそうなんだけど,自分に馴染みのある分野のところしか見ない。それでだいぶ損をしているかもしれないと思うことがある。
 自分の好みはいったん置いて,すべての分野を眺めてみると,新たな発見があるのではないか。が,わかっていてもなかなかできない。それをこの図書館でやってみようかなと思う。

● 芳賀町図書館ならわが家から自転車で行ける距離(10数㎞)。そんなにしばしば利用させてもらうことはないと思うけど,年に何回かはお世話になるんじゃないかな。

2017年4月22日土曜日

2017.04.22 宇都宮市立東図書館

● ぼくは宇都宮市民ではないんだけど,宇都宮市立図書館の利用者カードを持っている。「広域利用カード」っていうやつ。
 中央館は宇都宮市文化会館の隣にあるのだが,その文化会館がずっと改装で休館していたので(4月から再開),中央館に行くことはほとんどなかったけれども,雀宮の南図書館とこの東図書館にはわりとお世話になっている。

● 本を借りることももちろんあるんだけど,それよりもそれ以外のところでお世話になることが多い。南図書館にはサザンクロスホールがあって,コンサートなんかも開催されるし,年に何度か往年の名画を上映する。
 映画といえば東図書館でもっと頻繁に(といっても,月に一度)上映される。で,こちらの方でお世話になっている。

● ぼくが若い頃は名画座というものがあった。3本立てで,ロードショー(死語か)の劇場の半額近い料金だった。入れ替えなんてなかったから,一度入れば好きなだけ見ていられた(といっても,3本立てなんだから,だいたいは一度で出てきてたけど)。
 でも,今,こういうものを興行的に成り立たせるのは,百パーセント不可能だろう。限りなく安い料金でネットで見ることができるんだから。

● でも,ネットよりは自分以外の人がいるところで,それなりの大きさのスクリーンで見たいわけだ。そうなると,東図書館はありがたい。
 この日は“20世紀名画座 「ゾラの生涯」”があった。それで出かけていったわけなんでした。

● 公共図書館の立派さはおおよそそこに住んでいる人口の多寡に比例する。栃木県でいうと,やっぱり宇都宮がダントツだろう。
 東図書館も立派な施設だ。宇都宮市民には過ぎた施設だと悪態をつきたくなるんだけど,市民でもないのに利用させてもらっている身で,それを言っちゃ天に唾するどころの騒ぎではなくなる。身を慎むことにする。

● 最近の流行は,図書館単体ではなく,複合施設が多くなっていることだ。コミュニティセンター的な機能を併せ持つところが多くなっている。東図書館も南図書館もそうで,であればこそ,コンサートや映画も催行されるのだろう。

● 絵本の読み聞かせなんてのも行われている。乳幼児を連れたお母さんがやってくる。そのせいだけではないけれども,図書館ってわりとうるさい。本を読むには適さない場所になった。
 まぁ,しかし。利用者を増やして,図書館に税金を投入することが妥当であるとの説得力を得たいということだろう。

2015年7月1日水曜日

2015.07.01 市町村立図書館の広域利用

● 宇都宮市民でもないのに,宇都宮市立図書館の利用者カードを作らせてもらって,今のところはありがたく利用させてもらっている。
 さすがに,宇都宮市立は蔵書も多く,読みたいと思っていた本が次々に見つかる。

● もったくもってありがたい話なんだけれども,これって宇都宮市に言わせれば,自分の市民の税金で他市町の住民の面倒をみていることになる。宇都宮市民が他市町の図書館を利用することはあまりないだろうから。
 にもかかわらず,なぜ広域利用の協定を結んでいるのか。

● ひょっとすると,図書館不要論があって,それに対抗するために利用者を増やしたいという思惑があるのかと邪推してみる。
 図書館の役割については図書館法にいろいろ書かれているけれども,実態はといえば無料の貸本屋になっている。ぼくはその無料の貸本屋をありがたく使わせてもらっているわけだけど,書店や著者にしたら売上げや印税収入を低下させる元凶でもあるだろう。

● そもそもが,今どき,本を読む人は圧倒的に少数派だ。その少数派の無為の楽しみのために税金を投入するとは何事だ,という意見はあって当然だ。
 それに対して,こんなに延べ利用者がいるんですよと返したいということかな,と。

● これを言いだすと,美術館やコンサートホールは,図書館以上に利用者は少ない。それに税金を使うのはもっとダメなんじゃないか。
 ところが,美術館にあるのは唯一無二の作品だし,コンサートホールで演奏される音楽も一回性をまとっている。ところが,図書館にある本は印刷されたものだ。同じものがたくさんある。ここがちょっと違うところだ。

2015年6月21日日曜日

2015.06.21 宇都宮市立図書館の利用者カードを作った

● 市町村の図書館って,そこに住んでいるか,そこに勤務していないと,利用できないものだと思っていたんだけれども,そんなこともなくてね。ぼくは宇都宮市に住んでいるわけでもないし,宇都宮にある事業所に勤務しているわけでもないんだけど,利用者カードを作れましたよ。
 広域利用というのがあるんですな。市町村で連合して,互いに利用できるように協定しているんでした。

● といっても,宇都宮市民が他の市町村の図書館を使うってのは,あまり想定できない。勤務先の図書館を使うことはあるかもしれないし,宇都宮って市域面積に比べて図書館の数は少ないから,利用不便地がけっこうある。その限りで利用はあるかもしれないんだけど。
 といっても,県立図書館もあるわけだしね。宇都宮の利用不便地って,他市町の図書館を使うにはもっと不便だろうしな。

● 結局のところ,広域利用協定というのは,近隣市町の住民が宇都宮市立図書館を使えるということであって,その逆ではない。
 実際,蔵書数も段違いだし,こちらとすると利用効果は大きい。もちろん,運営は民間に委託していて,接客もたいへんよろしい。
 雑誌・新聞コーナーに行くと外国の雑誌もあったりする。さすがは県都宇都宮だなと思いますよ。

● で,そのカードをぼくも発行してもらった。今のところ,利用価値は大きい。

2015年4月21日火曜日

2015.04.21 宇都宮市立東図書館

● 南図書館に続いて,東図書館に行ってみる機会があった。さすがは県都だと思いましたね。南図書館もそうだけど。
 建物じたいが立派なんだもん。立派というか,面白い形。きちんと設計の手が入っていますよね。

● 東は奈坪川に面していて,きれいな公園様に整備されている。これからの時期は,図書館の中に入らずとも,敷地内でボーッとするのもいいかもなぁ。

● 雑誌の多さも中小市町の図書館とは違う。外国の雑誌もけっこうな数ある。
 (開架の)蔵書数も多い。これだけあると知の拠点といった色彩を帯びてくる。無料の貸本屋には違いないわけだけど,そうした雰囲気は薄まる。
 視聴覚資料も。CDやDVDですね。かなり揃っているようだった。特に落語。古今亭志ん生の全集がありましたよ。借りてリッピングしちゃえば,あっという間に一級のコレクションができちゃいますな。
 県立図書館より使い勝手がいいんじゃないかと思った。

● ここはわが家から自転車圏内。宇都宮の市街地に入らなくてもいい。
 ので,たぶん使わせていただくことになりそうな予感。

● 市町村立の図書館って,そこに住所か勤務先がないと貸出カードは作れないんだろうけど,広域利用というのが進んでるんですな。宇都宮市立図書館は「栃木県央6市4町にお住まいの方であればどなたでも,各市や町の図書館等を利用できます」ということだ。実際には県央とは言いがたいところも含まれている。
 宇都宮市の住民が鹿沼や真岡の図書館を利用することはあまりないだろうから,実質は宇都宮市が近隣市町の住民の面倒まで見ますよってことだね。

2015年4月8日水曜日

2015.04.08 宇都宮市立南図書館

● ここには図書館としては立派な多目的ホールがあって,そこでコンサートや映画の上映会が行われている。それらのコンサートや映画は何度か聴いたり見たりしているんだけど,肝心の図書室には入ったことがなかった。

● 少し距離があるので,普段使いの図書館にはなりそうにないし,地元の図書館に不満があるわけでもない。
 が,先日(5日),中を覗いてみた。さすがに県都の図書館だけのことはあって,ぼくの地元の図書館にはない本もたくさんある。CDやDVDは見てこなかったんだけど,これなら貸出カードを作ろうかなと思った。
 が,そういうときに限って,身分を証明できるもの(ま,運転免許証ですけど)を持ってきていない。

● 薄目の本を1冊読んで,引きあげてきた。
 次は貸出カードを作るかもしれない。東図書館なら自転車で行けなくもない。たぶん,返すときはどこに返してもOKなのだろうから,たまに南で借りて,東に返すということになる。

● 本は買うのを基本にするのがいいと思う。が,本は際限なく増殖する。古いのをまとめて処分した。最近は読んだら,地元の図書館のリサイクルコーナーに持って行くことにしている。
 基本,読んだら捨てる。残すのは例外。そうしても,なかなかスッキリしない。

● 借りれば,読んだら必ず返すことになるから,増殖を抑えることができる。返却期限までに返さなければならないから,それが読書促進効果をもたらす。
 借りるのも悪くはない。丁寧に扱って,読んだら返却期限を待たないでサッサと返却するのがマナーだろうけど。