2017年4月29日土曜日

2017.04.29 2日連続で吉野家

● 2日連続で吉野家に寄った。注文するのは決まっていて,牛丼並と生卵だ。吉野家の卵かけ牛丼は旨い。もし,知らない人がいたら,ぜひお勧めしたい。

● ところが,ちょっと離れた席の男性が,箸ではなくスプーンで何かを食べていた。そのスプーンからは糸が引いているようだ。納豆だ。

● 何を食べているんだろう。すこぶる気になってメニューを見てみたのだが,朝食以外に納豆を使っているものはなさそうだ。
 豚丼をベースにしたスタミナ丼というのがあるけど,納豆は入っていない。
 たぶん,何かに納豆を追加したのだと思う。それが何なのか気になるが,ここから中身までは見えない。丼も牛丼の丼ではないようだ。色が違う。

● じつのところ,卵かけ牛丼に納豆をトッピングするのはありかなぁと思うんだけど,吉野家の納豆は1個80円。スーパーやコンビニだと3パックのが買えるよなぁ。と,思ってしまう将来の貧乏性。
 生卵の60円もスーパーの卵よりはだいぶ高いけれども,これで牛丼がガラッと変わるから,60円以上の値打ちがある。納豆はどうだろうか。

2017年4月28日金曜日

2017.04.28 チグハグだ

● 三度目の電車&バス出勤。6時前に家を出ても職場に着くのは8時を過ぎる。遠いところなのだ,真岡は。
 帰りも同様。バスの時刻も今はネットでわかる。乗る前に調べておけばいいんだけど,そういうことをぼくは面倒だと思ってしまう。

● で,野暮用を済ませてからバス停に向かった。着いたのは○時26分。バス停の時刻表を見たら,24分となっている。ありゃりゃと思っていたら,石橋行きのバスがやってきた。これは25分発なのだ。
 ということは,24分の宇都宮行きは行ってしまったのだな,ちょっとチグハグだなと思いながら,近くのコンビニに向かった。

● ら。その24分発のバスが来たではないか。バス停からだいぶ離れてしまったので,もちろん乗るのは叶わない。いよいよチグハグだなぁと思いつつ,コンビニで缶コーヒーなんぞを買って,次のバスを待つことにした。
 ら。小雨がパラつき出した。傘なんて持っていない。いよいよもってチグハグだ。こういう日もある。

● せっかく電車&バスで来ているのだから,飲んで帰ろうかとも思った。車通勤では飲むわけにはいかない。真岡で飲めるのは,こういうときだけだ。
 が,どういうわけだか億劫になってしまって。最終バスの時刻は20:26だったか。ゆっくり飲むにはいくら何でも時間がなさすぎる。
 飲めば,今夜は泊まっていくかとなる可能性もある。そんなことをすれば家庭に波風が立つ。そこまで考えると,真岡で飲むのは億劫だ。

● 真岡勤務はこれが三度目で,以前は真岡にも行きつけの飲み屋があった。つまり,間隙をついて真岡でも飲んでいたのだ。
 それが億劫になったっていうのは,加齢現象のひとつであるのかもなぁ。

2017年4月26日水曜日

2017.04.26 餃子の「みんみん」でアルバイトをしている女の子

● 「みんみん」に入って着座したら,若くてきれいな女の子が相方のところに挨拶に来た。何事かと思ったら,彼女,小学生のとき,相方が担任していた子だったらしい。
 16歳になりました,という。その年齢でこの店でアルバイトをしているのか。たいしたものだなぁ。授業が終わってから駆けつけているんだろうからね。

● 小学生のときの担任の先生に挨拶できるというのもたいしたものだ。ぼくなら気づかないふりをしたかもしれない。いい年になってからも,さんざんそういうことをやってきたからなぁ。

● 高校のほかに自分の世界を持つことで,支点が複数になる。片方で嫌なことがあっても,他方で補えるという利点もあるのかもしれない。
 身体を動かすことが嫌いじゃないなら,こうしたアルバイトは賃金以外の利点をもたらしてくれるかもしれない。

● どっちにしてもたいしたものだ。高校生だった頃の自分には考えもつかなかったことだ。ぼくらの頃は,高校生のアルバイトってほぼなかったように思うんだが。
 今の子は早くから大人の世界に入ってくる。大人と子供の境界が曖昧になってきているのかもしれない。

● きれいな子だったので,大きなお世話ながら,一抹の不安を感じてしまった。昔の言葉でいえば,女衒。悪いやつがいて,こういうきれいな子をその道に引きずりこむ。
 いや,考えすぎなんですけどね。そんなことのあるはずはないと思うんだけどさ。

2017.04.26 餃子の「みんみん」

● 高根沢の「みんみん」で夕食。焼きダブルとごはん。560円(+税)。ここなら並ばないで食べられる。
 すべてを食べ比べたわけではないけれど,餃子なら「みんみん」だなとぼくも思っている。かといって,「みんみん」の餃子が他を圧して旨いかといえば,そうでもない。

● でも,微差が結果において大差を生むことはあるかもしれないね。「みんみん」の賑わいはその微差が作っているのかも。
 微差は微差ゆえに見逃してしまいがちだけれど,これが大きいんだろうね。大差の結果を遡って追っていけば,最後はほんの小さな違いに行きつくのかもしれない。
 人生で成功するとかしないとかっていうのも,案外,そんなところかもしれないね。

● 宇都宮は餃子の街だけれど,宇都宮の餃子が特に旨いわけでもないよね。にもかかわらず,餃子の街として大成功を収めた。だから,これはとんでもない快挙なのだ。
 要は,ぼくらの餃子好きが他県の人よりもほんの少しだけ勝っているってことなんでしょうね。ここでも微差なのだ。

● ところで,変わった餃子の食べ方をしているオジサンがいてね。6個並んだ餃子を割り箸で真ん中から2つに切るんだよ。そのあと,餃子に直接ラー油をかける。酢をかける。醤油はかけない。
 でもって,2つに切った餃子を,切れ目が表に出るように箸で折って,口に入れる。

● こうやって食べると旨いんだろうか。って,自分で試してみればいいだけの話ではあるんだけど,ぼくはオーソドックスに食べた。
 餃子の汁が口にする前に外に漏れるのはイヤだなと思って。

● 餃子で晩飯をすませれば安上がりですむね。回転鮨やラーメンよりも安くあがる。ありがたいや。

2017年4月24日月曜日

2017.04.24 生産性向上の影

● もうひとつ,考えなければいけない問題がある。知的障害者の社会参加だ。今の福祉の施策における社会参加は,つまるところ知的障害者をお客さん扱いしている。知的障害者はお客さんでなければならない。
 そうではなく,社会や世間の一員として,生産活動に参加できるのが理想だ。

● もちろん,障害の程度はあるから,ここで想定しているのは境界層の知的障害者だ。その程度の障害者っていうのは,ぼくが子供の頃の田舎には地域で生きていられたように思う。所帯を持って暮らしていた。
 普通に山に入り,田んぼに出ていた。大した稼ぎにはならなかったと思うが,その頃はたいていの世帯が貧乏だったので(当時の暮らしを今やれば,間違いなく生活保護に該当するだろう),さほど目立ちもしなかった。
 が,山の仕事にも田んぼの仕事にも機械が入ってくる。そうなると彼らはついていけない。どうなるかといえば,居場所がなくなる。

● ワープロが職場に入ってきたのは昭和60年頃だったと思う。当時50代だった人たちは,ワープロに触ろうともしなかった。そのまま定年まで持ちこたえたはずだ。
 パソコンが配備されたのは平成10年頃か。一人一台になったのはもう少し後だったと思う。LANが組まれ,紙の書類の代わりに電子ファイルが来るようになった。そうなってもなお,パソコンを開こうとせず,定年退職して行った人たちがいる。

● 今はそんなことはない。そんなワガママは通用しなくなった。誰もがパソコンを叩いて仕事をしている。
 何が言いたいのかというと,普通の仕事,普通の事務というときの“普通”の水準がこの20年,30年で大幅にきり上がっているということだ。

● 生産性は大きく向上しているのだろう。一人でできることがパソコンやインターネットのおかげで飛躍的に増えた。間違いない。
 けれども,それは“普通”の足切線を大幅に引き上げることによって,それに届かない人たちを排除してきたことと表裏だ。

● この“普通”に境界層の知的障害者がついて行けるはずがない。ならば,向上した生産性の果実によって,排除されてきた人たちを養わなければならない。それが当然だ。
 が,現実がそうなっているとは思えない。

● 知的障害者に限らない。若いときにパソコンなんかない時代を生きた高齢者もそうだ。外に出たがらない高齢者がいる。体力的な問題以外に,自動券売機で切符を買うことができないからっていう理由もありそうな気がする。
 都会の高齢者はそうでもないだろうけれど,田舎にはこれがけっこう多いのではないかと思っている。歳をとってから,環境が大きく変化するのは辛いものだろう。

● 地銀以下の金融機関はこれからリストラを迎えるらしい。経営統合をしないと生き残っていけないと言われる。
 そのときにまず行われるのは,ATMの機能強化と拡充だろう。ATMを相手にお客がセルフでやる。現行の窓口は全廃する。そうなるのじゃなかろうか。
 そうなると,困る人は大勢いそうな気がする。都市銀行はそれでいいのであるけれども,地銀や郵貯や信金や農協がそうなったら,途方に暮れる人たちが,かなりの数,発生するのではないか。

● 年金がきつくなって,70歳定年制っていう話も聞こえてくるんだけれども,現実問題として彼らにできる仕事はけっこう限られてくるんじゃなかろうか。
 その年齢になってなお,“普通”の水準をキープできているだろうか。

● 自分には知的障害者でもいし,年寄りになるのははるか先だから関係ないよ,という話ではない。ぼく一個も,今のところは何とか“普通”について行けているけれども,もう一段この環境が高度化したら,ついて行けるかどうかまったく自信がない。
 それでも若い人たちはスイスイやっていくのだろう。つまり,それが“普通”になり,ぼくは“普通”から落ちこぼれることになる。

● 生産性を上げるのはけっこうなことだし,必要なことだと思う。が,光と影の影のところに少し光をあてないといけない。
 生産性向上の果実をそこにそっくり注ぎ込むわけにはいかないけれども,何らかの工夫が必要になる。しかも,福祉という範疇には属さない方法で。

● “普通”が切り上がったために,かえって生活コストが増大しているようにも思える。その代表は教育費かもしれない。大学なんかそれそのものがムダという意見もある。

● 要は,誰もが普通に暮らせればいい。電車の切符を買えない,銀行でお金をおろせない,といったことなく。
 ではさて,どうすればいいのか。ぼくら一人ひとりが自分で考えて,他におもねず,自分で立つこと。それが出発点だとまとめる人がいるかも。だが,それは相当に難易度が高いことだ。ITの高度化について行くよりも難しいだろう。

2017.04.24 奴隷労働

● 朝は6時半に家を出ている。途中,コンビニで缶コーヒーを買って休憩する。
 朝から賑わっている。ぼくと同じように出勤途上と思われる人たち。コーヒーを買って車中で飲んでいる人,一服つける人,朝食なのか昼食なのか,パンやおにぎりを買う人。コンビニは「道の駅」以上に「道の駅」になっている。

● 6時半のしかも田舎なのに,けっこう車が走っている。すでに仕事をしている人たちもいる。
 社会全体がコンビニ化しているんですかねぇ。24時間,誰かしらが動いていて,誰かしらが働いている。昔から夜の商売はあったんだけど,その範疇を超えて,24時間社会になっている印象。

● ぼくが子供だった頃,お父さんたちは夜の7時のNHKニュースを家で見ていたような記憶がある。今は,そんなことができるサラリーマンは稀だろう。長時間働くようになっている。
 サラリーマンの楽しみって外に出て食べる昼食と,出張中の電車の中の一人時間くらいではないか。

● 仕事に生きがいを感じている人なんて,ほとんどいないだろう。これはつまり,奴隷労働だよね。お金のために勤務中は自分の価値観や感じ方を殺す。
 その“勤務中”が長くなっているというのは,奴隷でいる時間が長くなっているってことだ。

● 社会は豊かになったと言われる。自分もそう思う。昔には戻りたくない。
 しかし,何かがおかしい。豊かになるってのは,少ししか働かなくても食っていけるってことじゃないのか。
 機械化が進み,パソコンを使うのが当たり前になって,生産性は確実に上がっているはずだ。しかし,奴隷時間が長くなっているという印象がある。

● ところが。次のような記事に接した。「バブル直後には2000時間を超えていた年間の総実労働時間は少なくなり続け、'14年には1729時間にまで減少している(OECD調べ)」というのだ。
 これ,本当なのかね。ぼくの実感からは遠いんだけどね。どういう調査をの仕方をしているのかなぁ。ひょっとして残業手当を払っている分だけしか計上してないんじゃないか。
 つまり,サービス残業が増えているってことなのではないか。だとしたら,笑えない話だけどねぇ。

2017.04.24 「みやこ家」の“まぜそば”の正しい食べ方,ただし少々お下品

  ● 4月になってから,平日は1食1飲になっている。1食というのは,出勤途中にコンビニに寄って,パンを2個買って昼に食べる。
 1飲は夜。ま,これは普通に晩酌。ぼくが飲むのはウィスキーか焼酎の炭酸割り。

まぜめん
● けれども,今夜は帰りに相方をピックアップして,相方の希望を入れて,氏家の「みやこ家」に寄ってみた。
 海老つけ麺の季節は終わった。今日は“まぜそば”を注文。それに餃子セットを付ける。1食1飲は誰の話なのだということですね。

餃子セット
● わかってますよ。バカの大食いなんですよ。
 ところで,“まぜそば”は麺が旨い。中太麺でね。中太麺を食べたいときは,煮干しつけ麺にするか“まぜそば”にするかで迷う。今日は“まぜそば”にしたわけなんだけど。

● お店お勧めの“まぜそば”の食べ方は,ラー油と酢をかけてよく混ぜて食べなさいってもの。でも,油は最初からあるので,そこにラー油を加えてしまうと油が多くなりすぎる。ので,唐辛子をかけて酢を加えて混ぜることにしている。
 が,なかなかきっちり混ざらないんですよ。っていうか,よく混ざらないままで食べ始めてしまうんですよ。

こうして食べた
● で,麺を食べた後に残った(混ぜても残ってしまう)チャーシューとネギをそのまま食べるのは,ちょっとキツイんですよ。濃いんですよね,味がね。酒の肴にしたくなるくらいだ。
 で,一計を案じてみましたよ。ごはんに載せて,丼にして食べてみた。ら。これが旨いんだわ。

● 餃子は? 残してしまった。次は餃子セットじゃなくてライスだけにしよう。餃子セットを付けると280円。半ライスは75円だったかな。財布にも優しいわい。
 ただし,“まぜそば”の残った具をご飯に載せて食べるというのは,いかにも品性に欠ける気味合いがありますよね。そこだけ,これでいいのだと自分を納得させられれば,この食べ方はなかなかよろしいと思う。
 幸いにして「みやこ家」は腹っぺらしの庶民を相手にする店だから,そういうことがやりやすい。

● ちなみに,相方は石焼き濃厚つけ麺。こちらは極太麺なんだけど,なんか今日の極太麺は,いつもより細かったような気がしたな。
 あの太さじゃないと,汁が絡みすぎるかもしれないな。

2017年4月22日土曜日

2017.04.22 宇都宮市立東図書館

● ぼくは宇都宮市民ではないんだけど,宇都宮市立図書館の利用者カードを持っている。「広域利用カード」っていうやつ。
 中央館は宇都宮市文化会館の隣にあるのだが,その文化会館がずっと改装で休館していたので(4月から再開),中央館に行くことはほとんどなかったけれども,雀宮の南図書館とこの東図書館にはわりとお世話になっている。

● 本を借りることももちろんあるんだけど,それよりもそれ以外のところでお世話になることが多い。南図書館にはサザンクロスホールがあって,コンサートなんかも開催されるし,年に何度か往年の名画を上映する。
 映画といえば東図書館でもっと頻繁に(といっても,月に一度)上映される。で,こちらの方でお世話になっている。

● ぼくが若い頃は名画座というものがあった。3本立てで,ロードショー(死語か)の劇場の半額近い料金だった。入れ替えなんてなかったから,一度入れば好きなだけ見ていられた(といっても,3本立てなんだから,だいたいは一度で出てきてたけど)。
 でも,今,こういうものを興行的に成り立たせるのは,百パーセント不可能だろう。限りなく安い料金でネットで見ることができるんだから。

● でも,ネットよりは自分以外の人がいるところで,それなりの大きさのスクリーンで見たいわけだ。そうなると,東図書館はありがたい。
 この日は“20世紀名画座 「ゾラの生涯」”があった。それで出かけていったわけなんでした。

● 公共図書館の立派さはおおよそそこに住んでいる人口の多寡に比例する。栃木県でいうと,やっぱり宇都宮がダントツだろう。
 東図書館も立派な施設だ。宇都宮市民には過ぎた施設だと悪態をつきたくなるんだけど,市民でもないのに利用させてもらっている身で,それを言っちゃ天に唾するどころの騒ぎではなくなる。身を慎むことにする。

● 最近の流行は,図書館単体ではなく,複合施設が多くなっていることだ。コミュニティセンター的な機能を併せ持つところが多くなっている。東図書館も南図書館もそうで,であればこそ,コンサートや映画も催行されるのだろう。

● 絵本の読み聞かせなんてのも行われている。乳幼児を連れたお母さんがやってくる。そのせいだけではないけれども,図書館ってわりとうるさい。本を読むには適さない場所になった。
 まぁ,しかし。利用者を増やして,図書館に税金を投入することが妥当であるとの説得力を得たいということだろう。

2017年4月21日金曜日

2017.04.21 都市を流れる川

● 右の写真は真岡市内を流れる五行川。花を散らせたあとの桜もなかなか風情があると思うんだけど,それはそれとして。

● たいていの都市には川が流れている。川があっての都市だ。隅田川のない東京は想像しにくい。京都は鴨川。その下流の淀川は大阪。かつての水の都。
 宇都宮には田川が流れているし,栃木市には巴波川,鹿沼には黒川,小山には思川,足利には渡良瀬川。
 海外なら,パリにはセーヌ川,ロンドンにはテムズ川,ニューヨークにはハドソン川。欧州はドナウとラインがなかったら成立しないだろう。

● 川の大きさが都市の大きさを決めるというわけでは必ずしもないけれども,もし田川が今の倍の川幅を持っていたら,宇都宮はどうなっていたかなぁと考えることはある。
 前橋の広瀬川,水戸の那珂川に比べると,田川ってちょっとショボイからね。

● かつては都市を流れる川はどこも異臭を発していて,敬遠すべき存在だった。昭和50年代までは宮の橋を渡るとき,下の田川から嫌な臭いが鼻を突いた。
 その前に公害という言葉があったけど,あれは家庭害だったろう。家庭から出る雑排水をそのまま流していたに違いない。ひょっとしたら屎尿までも。

● それがめざましく改善された。今の田川は河畔を歩いても何も臭ってこない。歩いていると気持ちがのびのびする。アミューズメントエリアになっている。堤防を自転車で走るのも楽しいだろう。
 社会が良くなるってこういうことなのだと思う。

● その田川が今の倍の川幅を有していたら,さて,宇都宮はどんな街になっていただろう。

2017年4月15日土曜日

2017.04.15 久しぶりの「富士そば」

● 「富士そば」を運営するダイタングループの創業者である丹道夫さん,NHK(Eテレ)「仕事学のすすめ」に登場したことがあった。2013年だったか。
 それ以前から「富士そば」を知ってはいたけれども,この番組を見て,何だか感情移入してしまったところがある。
 彼の浮き沈みの多い人生に感銘したというか。「富士そば」には演歌しか流れていないのはこういうわけだったのか,とかね。

● 「富士そば」のどこかの店で,東海林さだお氏のコピーを見たことがある。“うまいぞ,富士そば すごいぞ,丹さん”というようなものだった。
 あの東海林さんがそう言うんだったら,たしかに旨いんだろうと思ったことも,東京に行ったら「富士そば」に寄るという習慣ができた理由かも。
 あとで知ったんだけど,東海林さんには『偉いぞ! 立ち食いそば』(文春文庫)という,「富士そば」の全メニュー制覇を目論んだエッセイもあるんですな(まだ読んでいないのは不覚だった)。

● で,今日も晴海からの帰りに,歌舞伎座の隣にある「富士そば」に寄ってしまいましたよ。普通に大盛りそばを注文。
 あらためて,これ旨いかと自分に問うてみる。さほどでもないんじゃないかと答えたくなった。立喰いそばって,こんなもんじゃない?

● 「富士そば」が先鞭を付けた結果かもしれないけれど,最近の立喰いそばは水準が上がっているような気がする。「いろり庵きらく」もなかなかいいでしょ。
 でもって,それがあたりまえになった。あたりまえになったから,“こんなもんじゃない?”ってことになるんだろうかな。

2017.04.15 晴海通りを歩く小さな旅 2

歌舞伎座の稲荷神社(?)
● 昨年のこの時期に晴海通りを歩いてみた。まったく同じコースをまた歩くことができた。銀座→築地→月島,というコース。天気も良くて,暖かくて,いい気分だった。

● 東京駅で上野東京ラインから山手線に乗り換え。有楽町で下車。
 昭和通りを渡るとそこは銀座ではない。空気が変わる。歌舞伎座を過ぎて築地に入る。
 銀座築地川公園。ホーレスのオッサンが気持ち良さそうにお休み中だった。冬の間は寒くて大変だったろう。ゆっくり休んでくれたまえ。

銀座築地川公園
● 築地の象徴といえば築地本願寺。今回は横目に見るだけにする。
 築地市場もすぐそばにある。豊洲移転で揺れている。この問題に関しては,ぼくなりの意見があるけれども,つまるところは部外者の意見に過ぎないので,ここでは開陳しないでおく。

築地本願寺
● と言いながら言ってしまうんだけど,移転延期で都民が負担する金額は舛添前知事のファーストクラスやスイートルームとは次元の違うものになったし,失った時間は文字どおりのプライスレスだと思う。
 100%の安全が確認できないからとか,決定過程が不透明だからという理由で,豊洲よりもっと不衛生であろう築地にとどまるというのは,ぼくには理解できない。
 50や60のものを使っておきながら,新しく参入するものに対しては100を求めてやまない。そこに合理性はないと思うんだが。70以上ならいいではないか。

勝鬨橋
● どうせ交替するなら大幅にバージョンアップしたいということ? 交替するこの機会に,一気に100まで引きあげたい,と。それならわからないでもない。
 が,そうだとしても豊洲はその100に限りなく近いのではないか。地下水の水質にこだわるのは,構造上,それ自体に理由がないし,盛土もなければないで基本,問題はないと思う。

隅田川。というより運河か
● そういうどうでもいいことをマスコミは騒ぎたて,マスコミを通してしか社会を見ない大衆が追随し,結果,貴重なものが指の隙間からこぼれ落ちていく。
 ま,しかし,部外者のしかも素人の意見ではある。

● 築地を過ぎると勝鬨橋にさしかかる。勝鬨橋から見る隅田川もなかなかの景観だ。
 ぼく的にはセーヌ川より隅田川。といって,セーヌ川は1回しか見たことがないんだけどね。しかも,冬のセーヌ川しか。

晴海トリトンスクエア
● 勝鬨橋を渡れば月島。もちろん,ここが島であることは体感できない。さらにしばらく歩くと,目的地の晴海トリトンスクエア。
 このあたり,超高層のマンションがニョキニョキと生えている。お金持ちが住んでいるのであろうね。
トリトンスクエアの人工林(?)
 トリトンスクエアも高層ビル。その敷地の一角にこんな林を作っている。こういうことをこまめにやっているから,東京には緑が多いんでしょうか。

2017年4月14日金曜日

2017.04.14 真岡の春

● 昼間の真岡市は五行川あたりの風景。真岡の桜といえば,北真岡駅や行屋川の桜ってことになるんだろうけど,桜というのは群生してなくても目を引くものだ。
 しかも,「日本の春=桜」であって,この風景は真岡に限らず,どこに行っても見ることができる。真岡だから特別な桜が咲いているわけじゃない。

● 中には桜にはもう食傷してるよっていう人もいるんだろうか。桜は開花時期が年に一度,しかも咲いている日数はかなり短い。食傷する前に散ってしまいますかねぇ。

● 満開の桜の周辺にただよう,霞んだような揺らいでいるかげろうのような,あの独特の空気のゆらめき。好きな人は好きだろうし,ひょっとしたら嫌う人もいるかもしれない。
 恐怖感を持つという人も,あるいはいるかもしれないと思ったりする。

● そうなんだ。恐怖を抱かせるところがある。ふらふらっと近づいていくと,あの花びらの群れに搦め捕られて,二度と戻って来られなくなるような恐怖。
 春の日の恐怖の幻想。

2017年4月8日土曜日

2017.04.08 飛鳥Ⅱの世界一周クルーズ,復活

● 飛鳥Ⅱの世界一周クルーズのパンフ。ここ2,3年,世界一周の催行はやめていたんじゃなかったっけ。来年から復活するようだ。景気回復が確実に進んでいるということだろうか。

● 102日間の行程となる。早期に旅行代金の全額を払い込めば,一番安い部屋なら330万円。もちろん,1部屋を2人で利用した場合の1人あたりの料金であるぞ。ただし,一番安い部屋の数はかなり少ないと思われる。
 まぁ,夫婦2人で1千万円と見込んでおけばよろしかろう(もちろん,夫婦じゃなくてもいいわけだが)。
 問題は,そのたったの1千万円をどうやって工面するかだな。

● バブルの残り香があった頃は,夫婦で1千万円の世界一周クルーズがすぐに予約で埋まったらしい。ひとつの国の国民だけで世界一周クルーズを催行できるのは日本だけだ,などとも言われていた。
 復活したのはそれなりの理由があってのことだろう。やはり予約ですぐに満杯になるんだろうか。

● こういう大名旅行,できればやってみたいなぁと正直思うけれどもね。
 同時に思うんですよ,こういうのに参加する人たちって,別にぼくらと隔絶した世界に住んでいるわけじゃないよ。教養も考え方も行動様式も,ほとんどぼくら貧乏人のそれと変わらないと思うよ。
 しかも,大半が後期高齢者のような気もするよ。乗客同士の交流なんてのに参加してもつまらなそうだ。

● とケチをつけてみたけれど,元気なうちにいければいいねぇ。
 自転車で数年かけて世界一周するにも,そのくらいのお金はかかるだろう。であれば,自転車での世界一周を画策した方がいいと思うんだけど,さすがにその気力は・・・・・・。

2017.04.08 「lol」のライヴをちょこっと見た

● 朝から鬱に襲われて。部屋の隅っこに座って,ずっとパソコン(ネット)を眺めていることしかできなかった。
 が,午後からどうにか外出。行った先は宇都宮のベルモール。

● ここにも桜並木がある。ベルモールから宇大工学部の先まで続いている。満開だった。やっぱり惹かれますなぁ。桜って樹皮が黒いから,ピンクの花びらがいっそうはえるのかもしれない。
 背景が都市的景観だとさらにいい。桜には都市が似合う。

● この時期にはブログもSNSも桜の写真で溢れかえっているので,それに付け加えても仕方がないんだけど,ぼくもその驥尾に付して載せておくことにしよう。
 毎年,忘れずに咲く桜は偉い。しかも,ぼくらよりずっと長生きだ。歳を取ってもボケないのだ。

● そのベルモールの“カリヨンプラザ”で「lol」のミニライヴ&トークショーがあった。13時からと16時からの2部。
 たまたま,16:20頃に前を通って,何をやっているのだと足を留めてステージを覗いたら,終わりまで動けなくなった。吸引力がある。
 この吸引力の正体って何なのだろうなぁ。歌のうまさか,ダンスの切れ味なのか。そういうのもあると思うんだけど,それ以前に何かがあるような気がする。

「lol」のOFFICIAL WEBSITEから拝借
● 「lol」は男(2人)女(3人)の混合ユニット。まだ若い彼らの,その若さが発するもの。こうして夢を追っている(あるいはすでに達成しているのかもしれないけど)一途さから立ちあがってくるもの。思いこみが作る何ものか。
 よくわからないけれど,休まないことの凄みみたいなもの。ギュッと圧縮されたエネルギー。ほとんどの人が持たない,そうしたものが醸す魅力。

● ぼくは立ち見だったんだけど,用意された椅子に座っているお客さんの中には,ぼくより年上と覚しきオッサンもいた。
歌とダンスに合わせて手を叩き,身体を揺すっていた。そうか,こういう老後の過ごし方もあるのか。
ぼくももう老後に入ったといっていい境遇なので,早速にも彼を真似てもいいのであるよ。

● ぼくの息子と同じくらいの年齢だろう。自分の息子にその資質を与えてやることができなかったのを,申しわけなかったなとも思った。親が持っていないものを子供に分けることなんて,そもそもあり得ないわけだが。
 ともあれ,いいものを見せてもらった。やはり外に出ないといけないね。ずっと家に垂れこめていたんじゃいけないよ。

2017年4月1日土曜日

2017.04.01 氏家うどん

● 昨日で今までの職場に別れを告げた。なんだけど,現状では後任者へ引き継げない。ので,土曜日の今日,朝から出勤して“終わりの仕上げ”をした。
 片を付けるというのは,絵と同じで,どこで仕上がりとして絵筆を置くかを決めないといけない。やろうと思えば,どこまでもやれてしまうから。と自分に言い聞かせて,適当なところで終わりにした。

● さて,今日の昼食。せっかくだから職場の近くで食べていきたい。どこにしようかい。氏家駅前をフラフラしてみた。
 駅前のeプラザにある「アンテナショップ氏家うどん」に決めた。まだ一度も入ったことがなかったのでね。

● 商工会の運営。入ってから,土曜日は地元の「名人」による手打ちうどんが供されるのだと知らされた。今日はその土曜日。ラッキーだった。
 だけど,ということは,土曜日以外は手打ちじゃない?

● 氏家うどんって,氏家のスーパーでも販売している。フニューフーズという地元の業者が製造しているもの。ほかに,「なかやま」でも氏家うどんを商っている。
 土曜日以外は,そうした製麺所の製品を使っているのだろうか。

● ま,しかし,蕎麦の場合は,市販品が手打ちを超える状況は想定しにくいけれども,うどんは蕎麦ほどの違いはないように思える。
 「ワカゾー」でも何度か氏家うどんは食べたけれども,たぶん製麺所製品なのだろう。それも充分に旨い。

● ともあれ,今日は名人の作品。市販品に比べると色が黒っぽい。全粒粉を使っているんだろうか。
 もちろん,文句はない。天ぷら(かき揚げ)も丁寧に作られている。
 お値段は大盛で700円。量はさほど多くない。もう1杯はいけたな。