● 宝積寺駅東口,ちょっ蔵広場が,大変な人出。ちょっ蔵広場では収まりきれず,広場に向かう道路にも店が出ている。
これ,ロックサイド・マーケットといって,年に一度の大賑わい。高根沢の町民全員を集めてもこれほどの数にはならないと思われるほどだが(もちろん,冗談ね),電車が宝積寺駅に着くたびに,かなりの人がこの人波に合流する。
● 高根沢にこんな集客力があったのかと思うけど,この集客力は高根沢にあるんじゃなくて,この企画にある。こうしたイベントにもノウハウの塊があるのでしょう。
人は人が集まるところが好きなんだね。最初の集まりをどうやって作るか。そこが頭の使い所なのかなぁ。
● “レストラン ボルドー”さんの高根沢焼きチャンポンを買ってみた。これはチャンポンというよりパスタですな。なかなかに良き,と偉そうな感想をば。
というのは,高根沢がチャンポンをシンボル食としているのはそれなりの故事来歴があってのことかと思うのだが,そもそもチャンポンってそんなに旨いものじゃないでしょ。ラーメンとチャンポンが目の前にあれば,10人中9人はラーメンを取るのじゃないか。
焼きチャンポンは高根沢オリジナル(高根沢高校の生徒の考案にかかるらしい)。しかし,これもチャンポンの枠内にあったのでは,何というのか発展可能性がない。チャンポンは長崎にあればいい。あとはリンガーハットだけですでに供給過剰だ。
● その枠を外す試みのひとつが,ボルドー製の焼きチャンポンかと思えたっていう,わりと単純な話。
麺にはセモリナ粉を混ぜていると思う。たぶん,ね。味付けも和風ではあるが,チャンポン風味は薄い(ないと言ってしまいたいくらい)。ここに至っていれば,創意工夫の余地が格段に大きくなる。名は高根沢チャンポンで実は和風パスタ。
事実があとから歴史を作る。これが高根沢チャンポンの高根沢チャンポンたる所以なんだよ,知らなかった? となる可能性だってあるわけだ。
● というわけだから,皆さん,き(来)とごんなんしょ。き(来)とごれね。
というローカル言語も,今は聞くことがなくなったな。来て下さいねという意味の下野語(ひょっとすると,那須地方だけかもしれない)。
たぶん,前者が女言葉で後者が男言葉かと思うのだが,とにかく今は使われない。伊予の「・・・・・・ぞなもし」と同じだ。
2019年12月1日日曜日
2017年11月26日日曜日
2017.11.26 ちょっ蔵広場でロックサイド・マーケット
● 宝積寺駅前のちょっ蔵広場から何やら賑やかそうな声が,わが家の方まで聞こえてくる。午前中,出かけたときも,役場の駐車場に車がどんどんやってきて,今日は何があるんだろと思った。
● ので,まだ明るいうちに,そのちょっ蔵広場に行ってみた。ロックサイド・マーケットというのをやっているんだった。
広場の一画に舞台が設えられて,歌を歌っている人がいる。次々に交替していくんだろう。もちろん,カラオケで演歌を歌っているわけじゃない。ギターやドラムもステージにある。つまり,ロックをやっているわけでしょ。
● ぼくなんか,ロックって何? と思っているクチだからね,長くは聴いていられない方なんだけど。
屋台もたくさん出ている。ちょっ蔵広場には収まりきれなくて,その先の道路の両脇にも。食べもの屋もこんなのが高根沢にあったのかと思うようなところも出店していた。いや,高根沢の外からも来ているのかもしれないけどね。
● クリエイター・エリアというのもあった。どんなクリエイターが出品しているのかと思って,こちらも覗いてみた。手作りのアクセサリーとか手芸を施した小物とかだった。
おまえ,世間をなめてんのか,と思う気持ちが半分,好きなことをして買ってもらえるなんて,それ自体が羨ましいな,と思う気持ちが半分。
● 高根沢にこんなに人がいたのかと思った。よそから来てる人もいるんでしょうけどね。ちょっ蔵広場ではけっこうな頻度でお祭りが開催されるけど,今日のが最大規模だろう。
にしても。ちょっ蔵広場はかなり有効活用(?)されている。同じことを石末の町民広場でやっても,これだけの人は集まらないだろう。駅前という立地の良さは大きいね,たぶん。
● 夜には美しいちょっ蔵広場のイルミネーションも昼間見ると,こういう感じ。夜はネオンも妖しい歓楽街も,昼間は埃っぽくてうらぶれた様子に見えるのと同じか。いや,それと比べてはいけないか。
● ので,まだ明るいうちに,そのちょっ蔵広場に行ってみた。ロックサイド・マーケットというのをやっているんだった。
広場の一画に舞台が設えられて,歌を歌っている人がいる。次々に交替していくんだろう。もちろん,カラオケで演歌を歌っているわけじゃない。ギターやドラムもステージにある。つまり,ロックをやっているわけでしょ。
● ぼくなんか,ロックって何? と思っているクチだからね,長くは聴いていられない方なんだけど。
屋台もたくさん出ている。ちょっ蔵広場には収まりきれなくて,その先の道路の両脇にも。食べもの屋もこんなのが高根沢にあったのかと思うようなところも出店していた。いや,高根沢の外からも来ているのかもしれないけどね。
● クリエイター・エリアというのもあった。どんなクリエイターが出品しているのかと思って,こちらも覗いてみた。手作りのアクセサリーとか手芸を施した小物とかだった。
おまえ,世間をなめてんのか,と思う気持ちが半分,好きなことをして買ってもらえるなんて,それ自体が羨ましいな,と思う気持ちが半分。
● 高根沢にこんなに人がいたのかと思った。よそから来てる人もいるんでしょうけどね。ちょっ蔵広場ではけっこうな頻度でお祭りが開催されるけど,今日のが最大規模だろう。
にしても。ちょっ蔵広場はかなり有効活用(?)されている。同じことを石末の町民広場でやっても,これだけの人は集まらないだろう。駅前という立地の良さは大きいね,たぶん。
● 夜には美しいちょっ蔵広場のイルミネーションも昼間見ると,こういう感じ。夜はネオンも妖しい歓楽街も,昼間は埃っぽくてうらぶれた様子に見えるのと同じか。いや,それと比べてはいけないか。
2017年11月18日土曜日
2017.11.18 宝積寺駅東口・ちょっ蔵広場のイルミネーション
これを俗に「企画の勝利」と言うんでしょうね。電飾の数や色の多彩さ,規模の大きさでは勝負しないよ,という潔さ。
● 豪華さとか規模とか華やかさとか,そういうもので勝負しようとすれば,究極はTDLを相手にしなければならない。TDLに入園するにはけっこうな額を支払う必要があるんだけど,多くの人はエレクトリカル・パレードやクリスマスシーズンに園内を彩る絢爛たるイルミネーションを見ている。
比較対象はTDL。となると,なかなか厳しい。
● 企画で勝負する場合も同じでしょうけどね。ただ,企画勝負ならTDLとは違う土俵に立てるかもしれない。
それも言うほど簡単ではないんだろうけど,ちょっ蔵広場のこのイルミネーションはその解答のひとつではあると思う。
● 問題は,毎年続けていると飽きられるということだ。今年は衣装に色を付けたりして,少し変化を入れているんだけど,それでも飽きに抗するにはぜんぜん不足だ。
もう一点。この種のイルミネーションって,長く引きずりすぎるような気がしている。3月の頭まで光っていたりする。
雛祭りの飾りものは3月3日が過ぎれば片付ける。端午の節句の飾りものもクリスマスツリーも同じ。正月の門松だって松の内まで。
年が明けるとイルミネーションの気は抜ける。なのに終期を逸して,季節はずれのわびしさを漂わせることになる。
2016年7月11日月曜日
2016.07.10 ちょっ蔵広場の縁日
● 宝積寺駅東口を出たところの「ちょっ蔵広場」。この時期は特に用事がなくても,ここに出かけて日陰のベンチに腰を下ろす。風が吹き抜けていくのが気持ちいい。戸外の避暑地だ。
● ぼくらは軽井沢や那須に別荘を持つことはできない。ま,別荘なんて欲しいとも思わないけれどね。
その代わり,避暑地に行かなくても,こういう風の通るところでしばらくボーッとするのにお金はかからない。お金はなくても避暑はできる。
問題は,そこが喫煙コーナーになっていることだね。喫わない人にとっては,たとえ風が通るとしてもあんまりいたくないスポットかもしれない。
● ともあれ。そのちょっ蔵広場ではしばしばイベントが開催される。今日ももの売りのテントがいくつも並んで,混み合っていた。
生ビールを出しているところもある。この暑さだからね,いくらでも売れるだろうね。ぼくも1杯所望した。500円。あとツマミの串を3本。しめて800円。
このお店,笑いが止まらなかったに違いない。
● こうした縁日的な風景は,もちろん嫌いではない。が,外から眺めているだけのことが多かった。中に入って縁日を味わう人になることって,あまりなかったような気がする。
見ようによっちゃ,都市部は毎日が縁日のようなものだしね。ことさらに祝祭空間に身を置いてみたいっていう気にもならないっちゃならないわけでね。
● だからか,今日も中に入ってはみたものの,どうもうまく溶けこめていなかったようだ。うまく溶けこめなければうまく楽しめない。何事も経験であるな。
● ぼくらは軽井沢や那須に別荘を持つことはできない。ま,別荘なんて欲しいとも思わないけれどね。
その代わり,避暑地に行かなくても,こういう風の通るところでしばらくボーッとするのにお金はかからない。お金はなくても避暑はできる。
問題は,そこが喫煙コーナーになっていることだね。喫わない人にとっては,たとえ風が通るとしてもあんまりいたくないスポットかもしれない。
● ともあれ。そのちょっ蔵広場ではしばしばイベントが開催される。今日ももの売りのテントがいくつも並んで,混み合っていた。
生ビールを出しているところもある。この暑さだからね,いくらでも売れるだろうね。ぼくも1杯所望した。500円。あとツマミの串を3本。しめて800円。
このお店,笑いが止まらなかったに違いない。
● こうした縁日的な風景は,もちろん嫌いではない。が,外から眺めているだけのことが多かった。中に入って縁日を味わう人になることって,あまりなかったような気がする。
見ようによっちゃ,都市部は毎日が縁日のようなものだしね。ことさらに祝祭空間に身を置いてみたいっていう気にもならないっちゃならないわけでね。
● だからか,今日も中に入ってはみたものの,どうもうまく溶けこめていなかったようだ。うまく溶けこめなければうまく楽しめない。何事も経験であるな。
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