2018年12月15日土曜日

2018.12.15 またまた,氏家「むらかみ」

● 午後1時過ぎ,相方と三度目になる「むらかみ」に。食べ放題ではないランチにした。特盛りカルビランチ,1,080円。相方は選べる石焼・焼肉ランチ。こちらも1,080円。
 スープにサラダ,ジョッキに入った飲物(ぼくはウーロン茶を選択)が付く。最後にデザート(杏仁豆腐orアイスクリーム。ぼくはアイスクリームを選んでしまったが,杏仁豆腐を推奨)も付いて,この値段は破格と思う。

● 肉は(量的には)これで充分。食べ放題にしてもこれ以上は食べられなかったろう。焼肉は白いご飯に最も合う。胃の容量が限られているところにご飯を食べるんだから,食べられる肉の量も限られてくる。
 相方はビビンバ&焼肉になったが,ビビンバなら焼肉は要らないような気がする。

● 焼肉とステーキは別のものだが,どうやら烏山の「クローバー」への足は遠のくことになりそうだ。それ以前に,同じ氏家の「みやこ家」や「登竜」への足も遠のいている。
 焼肉とラーメンは競合しないと思うのだけど,ラーメンじゃなくて焼肉にしようということが増えそうだ。

● 目下のわが家の合い言葉は“肉を食いまくれ”。いつまでもは続かないと思うんだけどね。

2018.12.15 真岡散歩

● 真岡は毎日通っている街だ。が,街を歩くことはほぼない。昼食も出勤途中にコンビニで調達しているので,市内の飲食店に行くこともない。
 出張もない仕事なので,本当にピンポイントで自宅と職場を往復しているだけだ。

● 真岡には断続的に通算で7年通っている。かつては市内を経巡ったこともあるので,あらかたは知っているつもりになっている。
 それもピンポイントの往復でいいやと思っている理由のひとつであるだろう。

熊野女体神社
● 真岡にはいわゆる名所旧跡というのはない。と言い切ってしまっていいのかどうか躊躇はあるんだけども,県外の人に訊いても,益子に行くときに通り過ぎるところという回答が多い印象がある。
 真岡の良さというのは,これという観光資源にあるのではなくて,街全体にある。それを良しとするかしないかは人によって異なるだろうけれど,しっとりと落ち着いた街並みが真岡の魅力だ。
 それって日本全国の至るところにあるものじゃないかと問われれば,さよう然りと答えるほかはない。“しっとりと落ち着いた街並み”を感じるのは,栃木県に限ってみても,真岡だけではない。

● しかし,まぁ,今日くらいは真岡を歩いてみようと思う。といっても,ホテルの近くに限る。
 まず行ってみたのは熊野女体神社。女体という名が付いたのは大正末らしい。この神社のある丘が女体に比せられていたんだろうか。女体山というのは,日光のほかにもいくつもある。
 ともかく,女体は神社になるのだ。すごいぞ,女体。

● 泊まったホテルの裏手にあるのは白山神社。家庭にある神社かと思うほどの佇まい。ここにある由縁はわからないが,白山神社っていうのは芸能の神様だっけ。
 古地図を重ねて色々考えてみる(妄想してみる)のは楽しい遊びかもしれない。が,そこまでの情熱はない。

● 行屋川と五行川の合流点。プラスチックのゴミがけっこう浮いていた。
 そこから五行川を少し上流に歩くと,稲荷神社がある。稲荷社であることは現物を見
稲荷神社
てもわからない。ゼンリンの住宅地図に稲荷大明神とあったのだ。


● 昨日,ビジネスホテルを予約するときに朝食(600円)を頼むのを忘れた。チェックイン時に確認したんだけど,当然,時すでに遅し。オカズちょびっと,ご飯と味噌汁はおかわり自由,のはず。
 ので,ローソン荒町店のイートインで,弁当の王者海苔弁を。これで545円。どっちがいいかはちょっと微妙。いや,味噌汁が付くんだから,ホテルの600円の朝食がやっぱりいいか。
 散歩といっても,これで終わりだ。そろそろ,車で家に帰ろうと思う。

2018年12月14日金曜日

2018.12.14 真岡のビジネスホテルに宿泊

● 今夜は職場の忘年会。当然,車で出勤するわけにはいかない。電車&バスで出勤するしかない。
 が,それだと5時半に起きて6時に家を出ないと間に合わない。東京の方がよっぽど近いのだ。

● で,見事に寝過ごした。4時半にいったん目が醒めたんだけどね。いくら何でもまだ早いと思ったんだよね。次に目が醒めたときは6:11だった。もう間に合わない。二度寝はダメだね。
 やむを得ず,車で出勤。こうなると,次なる方策は3つしかない。
 1 忘年会といえども,飲むのを我慢して車で帰る。
 2 バス&電車で帰って,翌日,また電車&バスで車を取りに来る。
 3 泊まってしまう。

● 過去にしばしばお世話になったビジネスホテルエンドレスに電話をすると,泊まれるという。ので,今夜は真岡に泊まってしまうことにした。
 というわけで,忘年会終了後,会場からビジネスホテルまで歩いてチェックイン。途中,久保会館のイルミネーションを見学(?)。真岡のイルミネーションはここだけなんだろうか。

ビジネスホテル エンドレス
● 風呂に入って寝るだけなんだけど,ささやかといえども非日常。それなりに楽しむぞという体勢に自然になる。
 楽しもうといっても,「門前」に繰りだして一人二次会をするほどの元気はない。部屋で飲む気にもならない。酒はもう要らない。
 一人で気兼ねなくノンビリできるのがありがたい。家でも同じことをやっているじゃないかと言われれば,それはそのとおりなのだが,家ではどうしたって同居人の目を意識する。

● 部屋に荷物を置いてロビーに降りた。無料のコーヒーが飲めるのだ。ビジネスホテルゆえロビーは狭いのだけど,その代わり誰もいない。
 こういう光景も自宅にはないものだから,ロビーのソファを独り占めしながら,非日常だなぁと言い聞かせてみる。

● 大きな風呂に入って,命の洗濯をした。大っきなお風呂なら,温泉の必要は全然ないと思う今日この頃。サウナまであるんだから何の文句もない。
 カプセルホテルでも大浴場とサウナは必ずあるんだけどね。空いているのが嬉しいやね。小さいサウナだけれども,独占できるのは快適だ。

● さらにホテルがありがたいのは,浴槽に浸かるまでに寒い思いをしなくてすむことだ。全館暖房だから。これがどうしても個人宅では真似ができない。ぼくの家では局所暖房が基本だし。
 ゆえに,ホテルに泊まる効用を最も感じるのは冬。次が夏。

● ビジネスホテルだから部屋も狭い。トイレとベッドとデスクが部屋の大半を占める。そのデスクも奥行きもなく小さなものだ。
 が,余計なものがなければ,この広さ(狭さ)で充分だ。余計なものがなければ。で,ホテルが快適なのは,この余計なものがないというところにもある。というか,それが快適さの主たる理由だ。
 当然,Wi-Fiはある。ノートパソコンを
置くことはできるから,困ることは何もない。ぼくは絶対にしないけれど,ここで仕事もできるだろう。

● サウナで汗も絞った。冷たい水を飲んで寝ることにしよう。自販機に120円入れて
ボタンを押したら,隣の150円のお茶が出てきた。うれピー。
 と思ってるオレは,逝ってよし,ですか。

2018.12.14 文化より経済

● 右は今日の下野新聞。ボーナス支給額がここ10年で最高。結構なことだ。
 朝日新聞なんかはなかなか認めたくないだろうけど,アベノミクスが経済政策としてかなり成功している証左だろう。働く人はわが身でそれを感じている。
 労働組合が支持していた民主党政権下で,自分たちの給料を始めとする働く環境がどうなったか。この記憶は消えるまでにけっこうな時間を要するだろう。それくらいひどかった。労働組合への信頼感も大幅に低下したことだろう。だから安倍自民党は議席を減らさない。

● 国会中継で野党の質問を見ていると,ほんとどうしようもない。実のないパフォーマンスにウンザリする。自分がいかに目立つかしか考えていない。
 デパートで自分が欲しいモノを買ってくれない親に対して,床に寝てダダをこねる幼児の水準にほぼ等しい。あるいは,小学校か中学校の学級委員長レベルのきれい事を言って恥じるところがない。

● 人は何のために働いているのか。仕事に生きがいを感じるとか,自己実現のために仕事をするとか,ビジネス書や自己啓発書に出てくるようなことを言っていられる人は,全体からいえば少数だろう。
 喰うために働くのだ。たまの贅沢のために,嫌なことも我慢して働いているのだ。そうした多くの人にとって,ボーナスが増えるのは何より嬉しい。

● 大人になるといいことあるよ,と子供を諭す(騙す)際に最も説得力を持つのも,じつはこれではないか。給料がもらえてね,欲しいものはたいてい買えるんだよ,我慢することが減ってくるんだよ,と。
 そのためには景気が良くないと

● モノから心へ,と言われ出したのは半世紀近くも前のことだ。こういう標語はときに自分の守備範囲を超えて動くものだ。モノは空気のようなものに近づいたけれども,依然としてモノを無視することはできない。
 文化よりも経済なんだよね。経済あっての文化だ。文化がそれだけで自立することはない。経済の支えがなくなれば,すぐにも崩れる。
 ちなみに,武士は食わねど高楊枝,というのを文化とは言わない。やせ我慢というのだ。文化の対極にあるものだ。

● 以下は余談。ベーシックインカムが遠くない将来に導入されると思っている。かつて人間がやっていた仕事はどんどん機械がやるようになり,機械がやるようになると作業効率が飛躍的に上昇する。これからはAIとかロボットが介護や医療補助や士業に取って代わるようになるだろう。自動運転が実用化されれば,タクシーやバスの運転もやってくれることになる。
 そうなったのに,なぜ人間が働き続けなければならないのか。遊んで暮らせるようにならなければウソではないか。AIに仕事を奪われるとビクビクしなければならないのは,基本,おかしいのだ。AIが仕事をやってくれるのだから,人間は左団扇で過ごせるのが道理だろう。

● 贅肉をそぎ落とした生活でいいなら,ベーシックインカムで足りる。働く必要はない。もっといい暮らしがしたいと思う人は働く。
 この場合,自分の食い扶持を誰かが稼いでくれているのだと後ろめたく思う必要はない。AIやロボットが稼いでくれるのだ。良い世の中になったと思って,堂々と受け取ればいい。

● インターネットのおかげでお金を使わずに愉しめることが増えた。そこにベーシックインカムはけっこう衝撃が大きい。
 そんなことをしたら働かない人が増えて,日本の国力が低下するではないかという心配をする人がいるかもしれない。御懸念無用。ベーシックインカムだけでいいと腹を括れる人なんか,そんなにいないから。
 とまれ,世の中のステージが変わるときがさほど遠くない将来にくると思う。

2018年12月8日土曜日

2018.12.08 東京散歩 池袋

● 池袋にはわりと行く。駅構内で迷子になったり,駅前の雑踏カオスにウンザリしつつも,ここには東京芸術劇場があるので。あと,伊東屋池袋店があるので。
 だけど,芸劇で用がすむとまっすぐ帰宅するのが常。用がすんだのにカオスの中に身を置く理由はないもんね。

● が,今日は,立教大学まで足を伸ばしてみることにした。ぼくが受験生だった頃は,受験雑誌の表紙を飾る定番大学のひとつが立教だった。絵になるキャンパスなのだろう。
 立教大学が芸劇の近くにあることは知っていたのだけど,上のような理由で,なかなか足が向かないでいた。

● 芸劇から歩いて10分もかからない。残念ながらすでに暗くなっていて,キャンパスの様子はわからなかった。
 正門のそばの樹木にクリスマスツリーのイルミネーションを施していた。ぼくと同じお上りさんがけっこういるようで(近所の人かもしれないが),スマホで写真を撮っている。
 一部の私大にあるような立入規制はしていないようで,誰でもキャンパス内に立ち入ることができる。ぼくも写真を撮った。

● が,それ以上のことはする気にならず(明るければキャンパスの中を歩いたろう),さっさと戻ることにした。
 たぶん,建物が建て込んでいる狭いキャンパスなのだと思う。この立地でそんなに贅沢に土地を使えるわけがない。

● 適度に建て込んでいる方が,学生にとっても教職員にとっても,使い勝手はいいはずだ。昔はキャンパスの広さ,ゆったりさ加減をウリにするようなPRもあったんだけど(アメリカの大学を良しとする価値観からか),今はどうなんだろう。
 個人の居宅もそうだが,大学のキャンパスも適度な狭さが快適さを生むように思う。自転車がないと移動に困るほどの広大なキャンパスは,アメリカ人御用達にしておけばよろしい。

● それに,キャンパスがキャンパスだけで完結している必要は全然ない。街に対して開かれている方がいい。特に東京の大学は,そうでなければ東京にある意味がない。
 極端な話,大学生協や学食なんか,なくたっていいと思う。街に出て食べればいい。学生が集まるところには,安く食べさせる食堂が必ずあるはずだ。
 東京にいる以上は巷に出てナンボだ。キャンパスに籠もっているなら田舎でいい。

● 池袋駅前の雑踏もここまで来るとさすがに失せる。新宿に比べると,カオスのエリアは狭いようだ。とはいえ,駅から徒歩10分なのだ。飲み屋が入っているビルやらちょっと怪しげな雰囲気を漂わせる路地とかがある。
 ぼくの知り合いにも立教のOB・OGが何人かいる。彼らに思いを馳せてこう思った。そっか,あいつら,こんなところで遊んでいたのか。

● 東京には住みなくないねという声を,田舎にいると耳にする機会が多い。たしかに新宿や渋谷,池袋には住みたくないと思う。田舎の人間のみならず,東京人でもそれはイヤなのではないか。
 でも,そうしたエリアだけが東京なのではない。東京をくまなく歩けば,ここなら住んでもいい,住みたいというところがあるに決まっている。
 実際問題としては,住みたくても住めないわけだが。第1にお金がない。東京に住んで家賃を払えるだけのお金がね。

● あと,年齢の問題。もう一つ,田舎に持ち家があること。これが行動の大きな制約要因になる。家を持つのは考えものだと,この年になって思う。一国一城の主などという言葉に踊らされていた自分の愚かさを味わっている。
 ぼくら夫婦がいなくなれば,この家に住まう人はいなくなる。できれば生前に処分したいのだが。

2018年12月6日木曜日

2018.12.06 温泉旅館に行ってみる?

● 相方が川治の温泉旅館の宿泊プランを見つけて,泊まってみようかと言っている。来週か再来週。
 その旅館というのが,どうやら「星のや 界 川治」であるらしい。「宿屋伝七」だったところだ。

● 星野リゾートにはいくつかのブランド名があるようなのだが,Wikipediaによれば,“界”は「温泉を備えた客室数50室以下の和風旅館」のことらしい。
 “界”は星野リゾートがプロモーションだけを請け負っているものだと思っていたのだが。運営受託とも違っていて,プロモーションしかしない。スタッフの雇い主は伝七。要は,伝七が自分の看板を見せないようにして,星野リゾートのプロモーションを受け容れて運営している。
 そういうものだと思っていたんだけど,違うんだろうか。

● ぼくの感覚ではわざわざ行かなくてもいいかなぁ。が,われながら,こういうときの自分の感覚は信用できない。相方が行きたいというのであれば,従おうと思う。
 でも,正直,たとえばサンバレー那須あたりでいいかなと思っていて。東京に出るときはシェラトン都が定宿になった。そうなると,そこが東京にある自分たちの別荘のように思えてくる。県内に別荘を持つなら,川治よりも那須がよくない?

● 別荘というからには,何度も行ってそこが自分に馴染んで来なければいけない。サンバレー那須には過去に何度か行っているので,馴染む下地ができている。車がなくても行きやすいのもサンバレー。那須塩原駅から送迎バスがあったはずだ。
 唯一,昔のままだとするとハードがボロっちいはずだが,そこはリノベーションが進んでいるだろう(と思いたい)。でもって,バイキング料理が昔のままなら,サンバレーでいいような気がする。食べて温泉に浸かって,あとは何もしないで2日なり3日を過ごすのは悪くない。

● とはいっても,そういうことを含めて,ぼくは自分の感覚をあまり信じていない。「星のや 界 川治」はぼくの予想を超えるものかもしれない。

● ぼく一個に関していえば,それ以前の問題がある。ここ数年来,温泉から遠ざかっていることだ。温泉に行きたいという欲求がほぼ消失している。川治や那須といった温泉場はもとより,日帰り温泉施設にもバッタリ行かなくなった。
 大きいお風呂は気持ちがいい。が,温泉である必要はない。それこそシェラトン都の水道水を湧かして循環させている浴場で充分だ,と思うようになっている。サウナが併設されているんだから,汗はキッチリと絞ることができるしね。
 何というかな,鄙の温泉より都会のお風呂。鄙びたところに行って命の洗濯をしたいと思わなくなったのは,歳を取って環境が静かになったからかもしれない。

2018年12月4日火曜日

2018.12.04 来年の元日は,吉原,山谷,玉ノ井,鳩の街,を歩いてみようと思う

● 昨年の大晦日はひょんなことから山谷の安宿に泊まる機会を得た。翌日(元日)は泪橋交差点から山谷を縦断して,浅草まで歩いた。
 で,今年もまた同じことをしてみたい。東京の地図を見てみると,隅田川を挟んだ狭いエリアに吉原,山谷,玉ノ井,鳩の街がある。それぞれの街ができた時代は異なるものの,半日で歩けるくらいの狭いエリアに集まっているのだ。

● 当然,自然発生のはずもなく,強制的に移転させられた等の理由がある。たとえば吉原についていえば,江戸時代に強制移転があった。しかし,取り壊されはしなかったわけだ。
 昔は大らかないい時代だった,というのは当たらない。今のモノサシをあててはいけない。遊郭が必要とされ,かつそれが成立したのは,第一には人の値段が安かったからだろう。

● 今の吉原は歓楽街(石鹸の国が連なっている)になっているが,青息吐息のところが多いのではないかと愚察する。性道徳が緩やかになれば,専門店(?)への需要は減る。だいぶ減っているのではないか。反発を覚悟で申しあげるのだが,今は性行為にお金をかけるなんてバカバカしいと思う男が多いはずだ。
 性道徳が緩やかになっても平穏が保たれるだけの屋台骨ができている。その屋台骨を作ったのは,経済成長だろう。経済発展は素晴らしい。

● 問題の多くは“貧困”が引き起こすのだ。現在は貧富格差の拡大が言われているが,貧困の絶対ラインが昔とは違う。
 それに,貧困に対するインフラがけっこう整備されていて,お金の多寡と幸せの多寡は連動しなくなっているようにも思われる。

● 2年続けて山谷を歩いてみようというからには,山谷に惹かれているということになりそうだ。今の山谷は怖いもの見たさで行くようなところではなくなっている。
 心情的に近しいものを感じるんだろうか。子供の頃の貧困の経験が下地にあるのかもしれない。あの頃の農村はだいたい押し並べて貧困に覆われていたと思うのだが,それが影響しているのか。貧困は友だちみたいな感覚が自分にあるのかもしれない。

● Wikipediaによれは,吉原は、「江戸幕府開設間もない1617年,日本橋葺屋町(現在の日本橋人形町)に遊廓が許可され」たもので,「吉原の語源は遊廓の開拓者・庄司甚内の出身地が東海道の宿場・吉原宿出身であったためという説と,葦の生い茂る低湿地を開拓して築かれたためという説がある」らしい。
 「明暦の大火(1657年)で日本橋の吉原遊廓も焼失。幕府開設の頃とは比較にならないほど周囲の市街化が進んでいたことから,浅草田圃に移転を命じられた」。

● 山谷は「元々は日光街道の江戸方面の最初の宿場であった」が,「明治初期から政府の意向で市街地の外れの街道入口に木賃宿街が形成され,吉原遊郭の客を送迎する人力車の車夫等,戦前より既に多くの貧困層や労働者が居住していた」。
 そこに「太平洋戦争戦後,東京都によって被災者のための仮の宿泊施設(テント村)が用意され,これらが本建築の簡易宿泊施設へと変わっていった」ということのようだ。
 現在は「簡易宿泊施設には従来の労働者に代わって,各国から日本に旅行にやって来る外国人達(バックパッカーなど)による格安ホテルとしての利用が増加している」。

● 日本の安宿の代表はカプセルホテルだが,女性が泊まれるカプセルホテルは少ない。カップルで来ている外国人バックパッカーが山谷の安宿に集まっているのではないか。
 山谷は交通の便もいい。JRの南千住駅と地下鉄日比谷線の三ノ輪駅が近い。浅草も徒歩圏内だから銀座線も利用できる。都心に出るのに何の不都合もないのだ。
 山谷といい安宿といっても,清潔さは日本水準だ。狭いながらも個室だ。トイレと風呂は共同だけれども,Wi-Fiも完備されている。現在の山谷は治安もほぼ問題ない。若い(若くなくても)バックパッカーにしたら,こんないいところはないと思えるのじゃなかろうか。

● 「玉の井(たまのい)は,戦前から1958年(昭和33年)の売春防止法施行まで,旧東京市向島区寺島町(現在の東京都墨田区東向島五丁目,東向島六丁目,墨田三丁目)に存在した私娼街である」。東武線と国道6号と荒川に囲まれたエリアの南半分と考えていいんだろうか。
 永井荷風「濹東綺譚」や滝田ゆう「寺島町奇譚」の舞台になった街だ。「濹東綺譚」は岩波文庫で,「寺島町奇譚」は今は亡き旺文社文庫で読んだ。
 が,内容に関する記憶はほぼ消えている。「濹東綺譚」は永井荷風が作りあげた架空の世界だろうが,1992年に映画化もされた。主演を務めた墨田ユキのエロスが話題になったが,残念ながらぼくは見ていない。

● 「鳩の街(はとのまち)は現在の東京都墨田区向島と東向島の境界付近にあった赤線地帯」とある。厳密にいうと,赤線地帯ではなく青線地帯になる。赤線はお上が認めた公娼街のこと。鳩の街は私娼街だ。
 「地理的に「玉の井」と近く,1kmほどの距離」。「太平洋戦争末期に,東京大空襲で玉の井を焼け出された業者が何軒か,この地で開業したのが始まり」。
 ここは何と言っても,吉行淳之介の「原色の街」の舞台となったところだ。若い頃に,吉行淳之介の作品は,エッセイ,対談を含めて,たぶんすべて読んでいると思うのだが,初めて読んだのが「原色の街」だった。鮮烈な印象があった。

● 今読み返しても,たぶん,そのときほどの印象は受けないと思うのだが,そのあとの「娼婦の部屋」があったのも鳩の街だろう。であれば,ここは一度は歩いておきたい。
 でもって,ここで“明子”さんが身を売って暮らしていたのか,と無責任な感慨に浸ってみたい。といって,昔の面影はほぼ消えていて,普通の下町的住宅街になっていると思われるのだが。

● ということで,大晦日は上野のカプセルホテルに泊まって,元日は三ノ輪から千束(吉原),山谷を歩いて,白鬚橋を渡って,玉ノ井,鳩の街を歩いてみようと思う。
 曳舟から東武電車で帰ってくればよい。