2019年3月13日水曜日

2019.03.13 投稿が消えるSNS

● Snapchatは「写真や動画を個人かグループに送信する」アプリであり,「1秒から10秒の間で閲覧時間を設定」できる。「閲覧している間,受信者は端末のタッチスクリーンを触り続けなければなら」ず,「閲覧時間の終了後,写真はアプリ上から見ることが出来なくなる」(Wikipedia)という,写真共有を主目的としたSNS。
 Instagramに似ているが,見たら消えるというところに特徴がある。類似のアプリにSNOWがあって(消えるからSNOWという名前にしたのだろう),こちらはLINEと同じ韓国生まれ。日本を含む東アジアではSNOWの方が普及しているらしい。

● 見たら消えるんだから,それについてコメントをやりとりすることはできないのだろう。そういうことを目的とするのではなく,「これ,ヨクネ? 笑ってよ」と道化を演じたり,刹那を伝えるためのものなのだろう。
 だから,SnapchatにしてもSNOWにしても,不特定多数に公開するものではなく,限られた仲間内の中でのやりとりになるのか。といっても,不特定多数を相手にそれをやってはいけないということもない。たぶん,それもできるのだろう。

● そうか,今の若者はアーカイヴされるものではなくて,すぐに消えるものに惹かれるのか。ストックにあまり興味がなく,フローがすべてということか。と,とりあえず思った。
 であっても,ぼくは自分の投稿なりツイートをストックしておきたいという欲望(?)から自由になれない。データベース幻想を棄てきれない。

● データベース化するのがいいのか,読まれたらすぐに消えてしまうのがいいのか。こういうふうに二者択一で考えてしまうのが,すでにしてオヤジ思考なのだろうな。
 若い人は多様化を受け容れているのだろう。すぐに消えるものを受け容れたからといって,従来型の残るものを棄てるわけではない(たぶん)。SNOWを受け容れるけれども,LINEも使い続ける(中高年にとってLINEといえばチャットだけれども,若い人はSNS機能を活用しているらしい)。

● ぼくらロートルは,すぐに消えてしまった方がいいものはネットに出さないようにしている(それをしないヤツが,特にFBには多い印象があるにはある)。セーブをかけている。
 それが習い性になっているから,今さらSnapchatやSNOWを与えられても,使いこなすことはとてもできないと思う。

● こうして中高年は時代のメインストリームから離れていくのかもしれないけれど,何でもかんでも若者のマネをしなければいけないというものではない。自分の流儀で進むしかない。そう居直ることにしよう。
 が,自分の流儀が正しいとか,それがすべてだと考えないようにしないとね。そこは最低限だ。中高年はそうなりがちだから,注意しないといけない。

● 多様化とはいっても,重心は消える方に移行していくのではないか。若者の間では。
 つまり,中高年に新しいものは作れないということだ。中高年はそのことにも自覚的であるべきだと思う。

2019年3月12日火曜日

2019.03.12 Instagramはどうなるか

● 若者がFBから逃げだしている,逃げだした先がInstagramだ,と言われだしたのは数年前。今はどうなっているんだろうか。同じ傾向が続いているんだろうか。
 ひょっとすると,若者はInstagramからも逃げだしているのではないか。ユーザー総数も減っているのではないか。インスタ映えという言葉もあまり使われなくなったような気がするし。

● 素人が撮ったスナップ写真が星の数ほどになったところで仕方がない。しかも,その多くはリア充自慢に属するものだろう。もっとも,誰もがリア充自慢をしなくなれば,SNSはすべて消えてしまうかもしれないのだが。
 Instagramもいずれは飽きられるはずのものだ。飽和点に達するのはFBよりずっと低い水準だと思う。

● すでに年寄りがかなり増えていて,そこに企業が顧客獲得のために参入してくると(もうしていると思うのだが),Instagramからの若者逃亡が本格化するだろう。
 そうなると,年寄りのリア充自慢なんかに誰も付き合いたいとは思わないから,Instagramは一気に衰退に向かう。

● と書いたところでググってみたら,Instagramはまだユーザーを増やしているらしい。本当かね。が,さほど遠くない将来に頂点を付けると予想しておく。
 ただし。FBはそっくり消えるだろうと思っているのだが,Instagramは下降期に入っても長く残るかもしれない。

● FBに対するTwitterの利点は,言いっ放しが許される雰囲気があることだ。コメント(返信)が付いても,わりと気軽に無視できる。
 FBではそうはいかない。“友だち申請→承認”という前段の手続きがものを言っている。拘束感が強くなる。そういう世界は,バカが1人でもいると村社会になってしまう。
 Twitterにはそれがないから,つながりの具合が緩やかだ。この点において,InstagramはTwitterに近い。

● もう一点。“ストーリーズ”の存在だ。「写真または動画の投稿から24時間で非表示になる」というサービス。これが若者をつなぎとめるかもしれない。
 スナップチャットに学んだものだろうか。消えてしまうものがなぜ人気なのかといえば,リアルのコミュニケーションに近いからだと思う。リア充自慢にウンザリすることからも解放される(すぐに消えるSNSでそんなことをするバカはいないだろう)。

● 今どきの若者は“世界に向けて発信”などというアホらしいコピーに踊ることはないのだろう。仲間内に届けばよい。仲間内なのだから届けば用済みだ。その後も残っている必要はない。むしろ残らない方がいい場合が多い。後顧の憂いなく,アホな自分を演出できる。
 ともあれ,アクティブユーザーほどストーリーズの利用率が高いらしい。年寄りの侵入を防ぐのにも都合がいい。

● ぼくもInstagramに登録だけはしているが,投稿したことは一度もない。フォローしている人もいない。
 Instagramを見るのは,測量野帳やトラベラーズノートの使われ方の実例を見たくなったときだけだ(そのためにInstagramが適当かどうかは別の問題)。月に1回あるかないかの頻度。
 そういう使い方しかしてないなら,IDを持っている必要はない。で,ぼくのような人がけっこういるのではないかと思うわけだ。そういう人もユーザー数に含まれている。

2019年3月7日木曜日

2019.03.07 本好き,あるある

● 宇都宮駅東のうさぎや書店に立ち寄った。ほぼ日文庫の『小ネタの恩返し』4巻を購入するため。「ほぼ日」に連載された読者投稿をまとめたもの。
 同じ趣向の『恋歌,くちずさみながら。』が面白かったので,同じ読者投稿を編集したこちらも読んでみることにした。2016年の発行。もっと前かと思っていた。
 「ほぼ日」のサイトでも読んでいると思う,たぶん。が,パソコンやスマホの画面で読むのと,紙の本で読むのとは,まったく別の体験だと,最近,痛感するようになった。

● 「ほぼ日」の書籍が置いてあるコーナーは,上野駅構内にあるANGERSの書籍コーナーとほぼ同じテイスト。暮らし関連のもの,料理や衣に関するものが置かれている。暮しの手帖社の出版物や,伊藤まさこさんのものなど。

● その中に手作り豆本があった。本好きあるある的な短文をまとめたもの。“本好きはたいてい散歩好き”とか“買った時点でとりあえず満足”とか“本で金欠”とか。
 ぼくはすでに本好きという範疇に入るほど,本を買わなくなって久しい。が,その感覚は憶えている。けっこう共感できるのだ。

● 買って帰ろうかと思った。のだが,その豆本は「みほん」がひとつあるだけなのだ。それをばらして栞にしたものが,1枚200円で売られている。これでは手が出なかった。

● ところで,この売場のテイストについて,だ。以前は,こういうデザインされたコーナーがあるとオヤッと思ったものだが,最近はやや食傷気味。
 この書店ではこういうコーナーもあるというだけで,売場の大半では通常の並べ方をしている。が,中にはデザインされたコーナーが売場の100パーセントという書店もあるらしい。
 そういう書店に行ってみたいとはあまり思わないし,そういう書店で本を買うこともたぶんないと思う。

● あまり大きな書店ではできないけれども,宇都宮にあるような規模の書店なら,時々は売場の全部を歩いてみる。女性誌の売場も含めてだ。
 発見があるときもあるし,ないときもあるが,オッと思ったものを購入する。Amazonは買いたい本がピンポイントで決まっているときには便利極まりないと思うが(といって,Amazonで本を買ったことは一度しかないのだが),たいていは現物に触発される。

● 触発されるときに,妙にデザインされたコーナーだと,こんなものに触発されてたまるかと思ってしまうんだな。妙に人の手が入っているのはイヤだと思ってしまう。機械的に並んでいるのがいい。
 機械的といったって,本の並べ方が完全に機械的になるはずがないので,バラツキは出る。で,バラツキなんてその程度で充分だ。わざわざ醸されたテイストには,ぼくは拒否反応を示してしまう。

2019年3月5日火曜日

2019.03.05 韓国は大丈夫なのか

● 右は3月2日の下野新聞。韓国の文在寅大統領が対日批判を転換したと報じている。しかし,日本側の反応は冷ややか。
 状況の変化に応じてカメレオンのようにクルクル変わるという印象しか持たないもんね。状況に応じて態度を変えることすらできないのでは話にならないのだけれども,それだけだとまた状況が変われば対日批判を繰り広げるのだろうとしか思えない。
 約束を守らない(したがって交渉ができない)大統領という抜きがたい不信感を,ぼくなんぞも抱いてしまっている。

● SNSには国交を断絶しろなどと威勢のいい意見が飛び交っている。日本政府は冷静に対応するだろうけれども,そうはいっても韓国が自壊するのは止めようがない。
 そろそろ,韓国の株とウォンの同時暴落を視野においた方がいいんだろうか。つまり,そうなったときにサッサと買い出動できる態勢を整えておいた方がいいのかということ。

● 一国のトップがここまでノータリンだと,他国に無限の富をもたらす源泉になるんじゃないかと思ったものだからね。
 暴落したところでサムスンでも何でも韓国企業の株を買っておけば,株と為替の往復ビンタで儲かるんじゃないかなぁ,と。

● 両班文化の名残なのかね。文班,武班の2つで両班。文班が格上。そういう学識を備えた文人が政治を担うべしという。
 その当時だって学識で政治ができたとは思えない。まして21世紀の現在,文人政治家ってのは害しか為さないと思うんだが。
 日本でもそうだ。政治家をマスコミが批判するが,そのマスコミ人はたぶん文人気取りなのだろう。文人を気取れるのは判断基準を少ししか持たない単純バカだからで,そのへんが見透かされているから,新聞は部数を大きく減らしているし,テレビはそっぽを向かれるようになった。

● 素人考えながら,政治というのはつまるところ現状分析ではないだろうか。現状を細かく分析してどう動くのが自国の利益に叶うのかを考える。短期,長期に。終わりのない現状分析と近未来の予想が政治の仕事だ。
 理想というテーゼにてらして是非を決めるのは,つまりイデオロギー優先ということ。自称文人に決定的に欠けているのは細かい分析を避けて通ってしまう知性の欠如だ。頭が(いいとか悪いとかではなくて)弱いことだ。

● 韓国のまともな経済人は苦虫を噛み潰しているのじゃないか。外界と不断に接している人なら,夜郎自大の危うさくらい,すぐにも気づく。危機感を持っていると想像する。
 が,トップと大衆がバカなんじゃ,手の打ちようがない。大衆がバカなのは世界共通だから仕方がないとして,トップがバカではどうにもならない。

● というと,おまえの国でも鳩山某とか菅某というバカをトップにしたではないかと言われるかも。唯一,そこだけが反論できない日本の傷であるわけだが。

2019年3月4日月曜日

2019.03.04 痛恨の凡ミス

● 先週の金曜日,3月1日のこと。帰宅してから胸騒ぎが始まった。
 1日作業したパソコンのデータをセーブしないで,シャントダウンしてしまったかもしれないのだ。かもしれないじゃない。たぶん,間違いない。
 けっこうな時間をかけたのに,その過程で一度も保存していなかったっぽい。

● Chromebookとは違うんだよ,Windowsなんだよ。ひっさしぶりの大ポカだ。もう一度,同じ作業をしなければならないとしたら,首をククリたくなるぞ。
 いや,普段はある程度のところでセーブしてるんですよ。その日に限ってそれをしなかったんだな。してるつもりだったんだけど,ほんと,つもりに留まっていたんだ。

● 何だろうなぁ,こういう日もあるんだな。ボーッとしてたつもりはないんだけどな。
 にしても。シャットダウンする前に保存するのを忘れていたとは。その作業のあとに何かをやってしまったからだな。だから,作業中であることを忘れてしまった。

● こまめにセーブしておくことが大切だとはよく言われることだし,当然,ぼくも知っていた。で,実際にそれを実行できるのは,やっている作業との間に距離があるときなんだよね。
 作業にのめり込んじゃうと忘れるんですよ。没頭してしまうと,パソコン操作の基本事項から離れてしまうことになる。

● 翌日も翌々日も,データを保存しないで,パソコンをシャットダウンしてしまったショックがけっこう残っていてね。
 プライベートではChromebookで,会社ではWindowsって人,やっちまったことはないですか。クラウドに保存するときは,そもそも保存というアクションはないもんね。スマホが典型的にそう。
 Chromebookに慣れた人がWindowsを使うと,わりとやりそうな気もするんだけど。いや,そんなトンマなヤツはいないか。

● ぼくはWordって使わなくてね。“メモ帳”で全部書いて,印刷が必要なものだけ(それが大半なんだけど)Wordにコピーして形を整える。パソコンが非力だった時代の習性を引きずっている。
 その“メモ帳”での作業を終えたところでシャットダウン。ので,自動保存はされていないと思うんだよね。

● むむむ,次に起ちあげたときに,データが残っていないか。わずかな期待をこめて,今朝,職場のパソコンを立ちあげてみたのだが,やなり期待は虚しかった。
 いや,それを期待といっちゃいけないね。真夏に雪は降らない。年末ドリームジャンボ宝くじで10億円があたる可能性はゼロではないが,このデータが残っている可能性はゼロなのだ。

● “メモ帳”の場合,作業ファイルは作成されない。データはすべてRAM上にある。したがって,電源を落とせばその瞬間にこの世に存在しないものになる。
 いったん保存したファイルを誤って削除してしまったのなら,復元ソフトを使えば救いだせるかもしれないが,RAMから消えたものは存在が消失したのだから(いや,存在に至らなかったのだから),復元ソフトを使ってもどうにもならない。復元すべき対象がないのだから。
 という理解でよろしいのでしょうか。

● 復元可能なテキストエディタもある。が,職場のパソコンだからね,勝手にインストールはできないようになっている。
 最初からWordでやっておけばよかった。ぼくはプログラマーでもないし,今のパソコンならWordでもサクサク動くんだから。
 というわけで,今日はほんとにブルーマンデーだ。記憶力を頼りにやり直しだ。すぐにその作業にとりかかる気にはとてもなれなかった。

2019年3月3日日曜日

2019.03.03 ロイヤルパークに投宿

● 3月2日,川崎の溝口に行った。帰りは東急田園都市線で。渋谷から半蔵門線に入るので,乗換なしで水天宮前へ。
 というわけで,今週もロイヤルパークホテルに投宿。

● 相方とラウンジで落ち合って,遠慮なく飲み始める。
 雛祭りなのだな。ラウンジにも桜あんぱんと金平糖と雛あられが用意されていた。桜あんぱんは数量限定で,ぼくは食べられなかったのだが。
 他のメニューはいつものごとし。ハイボール3杯で部屋に戻る。

● 外に散歩に出るつもりだったが,横になったら意識を失ったらしい。20時にはなっていなかったと思う。
 0時過ぎに目が醒めたので,洋服を脱ぎ,しかしパジャマは着ないで,歯を磨いて,もう一度寝た。
 翌朝(つまり今朝)起きたのは7時過ぎ。1日の半分を寝て過ごしたわけだった。さすがにこれだけ寝れば気分爽快。矢でも鉄砲でも持って来やがれ。

● ホテルのラウンジで朝食。いつもの和食。
 写真の昆布巻き蒲鉾の他に,普通の蒲鉾もあるんだけど,それが今日はスーパーで売られているのと同じ水準だった。いつものは品切れだった? が,ここの売りは(たぶん)洋食にあり。

● 前回から,2人用あるいは4人用のテーブル席では亡くて,カウンター席というか,大人数で囲む大きなテーブル席の隅っこに席を取るようになった。その方がテーブルを広く使えるからだ。
 今回,子連れは皆無。外人さんが多い。対面も男性2人連れの外人,隣も外人。で,彼らの食事の様をジロジロと見てしまった。
 パンを箸のように使うのだな。という言い方では何のことかわからないが,皿のうえで散らばった食べものをまとめたり,汁がこぼれないように押さえるのにパンを使うのだ。なるほどと思った。

● 今日は雨。これでは散歩も叶わない。が,それで困ることは何もなかった。
 昨夜のうちにやっておくべきことをした。歯を磨く。風呂に入る。下着を替える。それで半日終わり,チェックアウトの時刻になったからだ。

● で,ラウンジでチェックアウト。桜あんぱんを食すことができましたよ。
 対面に50歳前後とおぼしき女性が1人でいて,ThinkPadとSurfaceを同時に開いてお仕事中。iPhoneのイヤホンを耳に突っ込んでいる。
 大したことはしちゃいないと思う。集中している気配はない。集中するならラウンジではなく客室でやるだろうしね。人に見せるためにやっているのが見え見えではある。が,何だか孤高の趣があってカッコいい。つまり,見せることに成功している。
 写真撮らせてください,と頼んでみようか。ま,そんなことはできるはずもなく。

● というわけで,今回はホテルから出ずに過ごしたのだが,寝ている時間が長かったためか,いつも以上に時間が早く過ぎた感じ。

2019年3月2日土曜日

2019.03.02 溝口(川崎市高津区)を散歩

川崎駅 南武線ホーム
● 南武線の武蔵溝ノ口に向かう。上野東京ラインで川崎まで乗って,乗り換えるわけだ。こういうとき,上野東京ラインができて便利になったなぁと思うわけだが,今日に限っては湘南新宿ラインでも問題はない。
 湘南新宿ラインは武蔵小杉に停車する。その武蔵小杉は南武線の駅なのだ。
 川崎に出る際も,武蔵小杉で乗り換える手間を厭わなければ,湘南新宿ラインでも所要時間はそんなに違わないかもしれない。といっても,その手間を厭うわけだが。

武蔵溝ノ口駅南口
● 武蔵溝ノ口,初めて降りる駅だ。川崎市高津区になるらしい。
 武蔵野の面影が残っていると思って見れば残っているようにも見え,すっかり開発されてしまったと思って見ればそのようにも見える。
 が,街としての落ちつきはあって,いいところではないかと思えた。

● 最近では,武蔵小杉が東京への通勤者に選ばれているようで,高層マンションがどんどん建ち,混雑も大変なものになっているようだ。そういうところは,第2の高島平,第2の多摩ニュータウンになりそうで,将来を憂えたくなる。
 が,高島平や多摩ニュータウンは,そっくり人間が描いた設計図によって造られたのに対して,武蔵小杉の場合は自然にそうなったということかもしれない。だとすれば,しぶとく残るだろうか。

● が,東京に通勤するのだとしても,一歩退いて溝口にした方がいいのでは。こちらは東急田園都市線が動脈になるから,東京といっても,小杉とは系統が違ってくるのかもしれないが。
 もっとも,ぼくにはどっちにしても無理だ。こういうところに住める強靱さは持ち合わせていない。もし住むなら,電車に乗らなくてすむ区役所で働きたい。

● さて,武蔵溝ノ口駅,メインは北口らしい。たぶん,区役所もこちら側にある。賑わいもこちら側が南口側を圧倒する。
 が,ぼくがとりあえず降りたのは南口の方だ。最初に落ちつきがある街だと感じたのも,南口に出たからかもしれない。

洗足学園
● 南口には洗足学園がある。この落ちつきを作っているのは,洗足学園の存在が大きいのかも。
 音大を訪ねるのは,藝大に次いでこれが二番目になるのだが,藝大はかなり狭い。上野のあの場所にあれ以上の敷地を望むのはそもそも無理かと思うんだけど,建物がかなり建てこんでいるという印象を受ける。
 対して,洗足学園のキャンパスはかなり広い。附属高や附属中もここにまとまっているようだ。
 都心によくある高層の校舎ではなく,低層の建物がいくつかあって,しかも名のある建築家がデザインしたものなのだろう,キャンパス全体が公園のようだ。
 学生にとってどちらがいいのかはわからないが,地元民にとっては,洗足学園のこのあり方はかなりありがたいのではないか。

● 良さげな非チェーンの居酒屋もあって,事情が許せば飲んで行きたい。そういう街はいい街に決まっているのだ。と,飲ん兵衛は思う。

● たぶん,ここの住人は南武線で川崎に出るよりも,田園都市線で二子玉川や渋谷に出ることが多いだろう。ちなみに,小杉の住民も自分の顔を川崎には向けないだろう。自分のフランチャイズは恵比寿や渋谷だと思っているのでは。
 もはや川崎市という実態はあるのかというくらいのものだが,しかし,そういうこととは関係なく,溝口という街は存在していて,良さげな雰囲気を放っている。