2021年4月2日金曜日

2021.04.02 東京ベイ潮見プリンスホテル

● 正式名称は長いのでプリンス潮見と書くことにするが,昨年オープンした新しいホテルで,宿泊するのはこれが二度目。
 潮見駅前はホテル通りになった。プリンス潮見,ホテル櫂会,ホテルリブマックス,アパホテルの4つが並んでいる。その三方を,遠く近く,マンション群が取り囲んでいる。

● 舞浜が近いからディズニーランド客を取り込めるし,東京オリンピックもあるしというわけで,急ピッチで建設を進めてきたのだろう。が,コロナという誰もが毛ほども考えなかった要因によって,すべてが裏目に出た。
 ディズニーランドのイクスピアリもかなり悲惨な状態になっている。三密を避けよというわけだから,人が集まるところほど打撃が大きい。その筆頭がディズニーランドだが,元に戻れるんだろうか。
 いずれはワクチンが行き渡る。そうすればインフルエンザと同じになると言われている(死亡者数から見ると,最初からインフルエンザと同じなのだが)。指定感染症からも外れるだろう。そうなると元に戻るんだろうか。

● 昨日チェックインして,通されたのは617号室。朝食付きで11,200円。
 しかも,1チェックイン(1泊ではなく)につき,5,000円の金券が渡される。ホテル内のレストランや売店で使える。ホテル側が自己負担でGoToをやっているようなものだ。消耗戦という印象になる。生き残りをかけた体力勝負。

● とりあえず,部屋でトリハイを。ファミリーマートが敷地内にある(ちなみに,櫂会とアパホテルにはローソンが入っている。というところからも,ディズニーランドに来る家族連れを当て込んでいたのだろうなと思える)。そこでトリスのポケット瓶と炭酸水と肴を買えばすむ。
 こうするのが安上がりなうえに安全だ。コンビニ居酒屋で充分だよなと思いますよ。これを自宅でやると貧相に思えてしまうけれども,場所を変えると全然OKなんだよね。

● しかも,このホテルはサウナとフィットネスジムが自由に使える。ホテルのサウナって,カウンターで受付をして,キーをもらってっていう煩わしさがあるけど,ここはそういうのがない。銭湯にでも行くような気安さ。大衆性を極めていて,ありがたいや。
 それゆえか,看板も「大浴場」となっている。スパとか,
 部屋からパジャマ&スリッパで行ってもOKということになっている。他のホテルでもたとえばプールに行くときには部屋で水着に着替えて行ってもいいのが共通ルールだと聞いたことがあるんだけども,そうしている人とエレベーターで一緒になったことはこれまで一度もない。

● プールのような大浴場に掛かっている絵は,銭湯画の現代版? 富士山が描かれ,大きな鯉が踊り,波は「まんが日本昔ばなし」のオープニングに出てくる龍のようだ。この絵を眺めるのが,じつは楽しみの1つだったりする。
 というわけで,夕方と夜,2回もサウナおやじになって来ましたよ。

● 一夜明けて。プリンス潮見の朝食。自分で取っていいのは,ドリンクだけ。あとはスタッフが持ってきてくれる。メインの卵料理以外はお代わり自由だけれども,スタッフにお願いしなければならない。
 自分自身選べるときは和食になりがちなんだけど,ここには和食メニューはない。が,パンにコーヒーも悪くないな,と。お値段は2,700円(+税)。

● 相方はやや不満気だ。何が不満かといえば自分で自由に取ってこれないことと,品数が少ないこと。ロイヤルパークの「シンフォニー」で食べるのと値段はそんなに違わないんだよ,と。
 が,不自由には不自由なりの良さがある。第一に,サーブしてもらうと盛りつけのキレイな皿がやってくる。
 第二に,自分で選ぶと自分の惰性的な好みの外に出るのが難しいが,選択の自由がないと好みから逸れることできるから,意外な発見に遭遇することがある。

● プリンス潮見はリゾートホテルを標榜しているのだろう。そのせいかどうか,部屋にデスクはない。デスクの代わりになる小さなテーブルはあるのだが,そこでパソコンと資料を広げて作業するのは無理だ。ぼくなんか,それを使って部屋飲みをしてるんだけど,部屋飲みするにも手狭なくらいだからね。
 が,1階ロビーにスタバスペースがたくさんあって,パソコンを使うこともできる。コンセントとUSBの電源も取れる。
 使ってみたい気持ちにさせる。ホテル側としても賑わいを作る手段になるんだろうか。

● さて,そろそろ出かけるとする。今日も東京のそちこちを回って来ようと思っている。

2021年4月1日木曜日

2021.04.01 東京周遊

● JRの都区内パスを買って,浅草橋駅。この駅で降りるのは初めて。
 活気のある下町。下町の特徴は女たちが溌剌としていることだ。と言うと,日本全国どこでも下町になってしまうのだが。
 日本人じゃない女たちも元気に商売していて,少しカオスっ気があるのもいい。

● ここから柳橋の日本文具資料館までは歩いてすぐ。そこを見学(?)してから,浅草橋からひと駅乗って秋葉原。
 久方ぶりに電気街口に出てみた。コロナは関係ない。活気がある。初心者は,結局,ヨドバシに回ることになるんだけど。そして,見るだけで出てくるんだけど。
 パソコンもスマホもそんなに頻繁に買い換えるものじゃないからさ。それから,そんなに突出した吸引力を持つ製品もなくなっているしね。

● ちなみに,都区内パスのようなフリー切符の利点のひとつは,ひと駅でも乗るところだ。正確には,乗った後にひと駅でも降りることができるところだ。
 普通に切符を買うとなると,運賃が割高になることを考えてしまって,それができない。途中下車をしない。
 料金を気にせず,ひと駅で降りられるのが,フリー切符のありがたいところ。結果的に行動量が増える。 

● いつまでも発展途上で,完成を頑なに拒否している施設は,東京ディズニーランドと渋谷駅をもって双璧とする。
 ディズニーランドはともかく,渋谷駅にはいったん完成してもらって,しばし動きを止めてもらいたいものだ。

● 渋谷から東急田園都市線で駒澤大学。駒澤大学といえば駅伝をイメージするが,禅文化歴史博物館を見せてもらいに来た。
 が,拝観を中止していた。職員と学生以外の入構を禁止している。職員も体温測定される。気づくべきだった。
 職員の方ですね,と言われたんで,そうだと答えて入ってしまえばよかったか。ダメだよね。警備員の対応はきわめて紳士的で,さすがは駒澤大学ですよ。

● このあたり世田谷区になる。世田谷っていうと高級住宅街のイメージがある。このあたりもそうなんだろうか。
 ここにもし住まなければならないとしたら,車は持ってはいけないな。相当に運転しづらい。車を持つことによってむしろ行動力が抑制されそうな気がする。徒歩と公共交通機関で何とかするのが正解。しかし,その歩道も意外に歩きにくい。自転車が多いからだ。

● 渋谷に戻って,岡本太郎「明日の神話」の前にしばらく立っていた。これ,不思議な作品でね。ポンチ絵と見れば見れなくないし,基調は暗いんだけど,とんでもなく力があって,絵からシャワーが出ている。
 そのシャワーを浴びたくなることがある。そうなるとこの場所に来るしかない。

● 渋谷から山手線で新橋。「かのや」で昼食。ちくわ天うどん,420円。
 このたりはいつもの自分。立食いそば店は落ち着く。自分がいるべき場所だという安心感がある。

● 銀座を歩くことにする。LIONで黒ラベルを半額で提供中。LIONのローストビーフで黒ラベルの生,かなり上質な贅沢だと思うですな。素通りしたけど。
 蔦屋書店の文具売場と伊東屋を覗いて目の保養をしてから,東京駅へ。丸の内の「グランスタ」にあるトラベラーズファクトリーでさらに目の保養をして,ホテルに戻った。


2021.04.01 生涯で最も優雅な4月1日

● ホテル櫂会での朝食。こんな優雅な4月1日があったろうか。浮き世から離れていることを実感。そうなりたいと思っていたから,夢が実現したのでもある。
 が,この優雅さは短期間しか継続しないところが,まぁ冴えないっていうか,リアリティーがあるっていうか。

● ただ,朝食も品数が減っている。これだけコロナが続いて,再びの緊急事態宣言が出されて,さらにそれが延長されてとなると,こうなるしかないのだろうかなぁ。
 和食で完結させようとしたんだけど,ちょっと厳しかった。しかし,それでもこんな4月1日が自分に来るとは考えたことがなかった。

● 部屋に戻る途中の2階中庭でロビーを見やりながらボーッとするのも一興。
 ホテルのスタッフはおそらく通年採用だろうけれども,今日から勤務に就く新入社員もいるんだろうかなぁ。今の新入社員は期待に胸踊らせることがあるんだろうか。ぼくらの頃は不安と期待というのがたしかにあったと思うんだけど。
 自分はそういう世界から離れてしまったので,こうして傍観者でいられるわけだが,かすかな寂しさのようなものも感じる。けれども,あの世界に戻っても何の役にも立たなくなっているだろうな。

● ホテルの6階に飾ってある「長寿の時」というタイトルの絵画。あんまり長寿じゃなくていいよね,と相方と意見が一致した。
 人生百年時代と言ったって,90年も生きてはたぶん生きすぎだ。それでは,支える側の社会も大変だが,それ以上に本人が辛くないか。
 過ぎたるは猶及ばざるが如し,ではない。過ぎたるは及ばざるに劣る。死時をやり過ごしてしまうと,手痛い目に遭うことになりそうな気がする。

● 細かい話。男性がホテルに宿泊する場合,最も困るのは髭剃用のカミソリではないかと思う。かなりのホテルに泊まっても,ここだけはどうも不満が残ることがある。普段使ってるのを持参しようと思うことがある。
 櫂会では,そこは安心できる。1週間くらい剃ってなくても,問題なく剃り落とせる(と思う)。

● ホテル櫂会から隣のプリンス潮見に移動。とりあえず,荷物を預かってもらおうとしたところ,何と部屋の用意ができているとのこと。
 ありがたく部屋に入って荷物を整理し,でも,すぐに出かけた。
 ちなみに,日中は夫婦は別々に行動するものだ。ベタッと一緒にいないことは夫婦円満の最大かつ唯一の秘訣であろうよ。

2021年3月31日水曜日

2021.03.31 相方の退職の日

● 相方が定年に6年を残して今日で退職。限界だったようだ。体を壊してまでやるに値する仕事などこの世に存在するはずがない。無理をすることはない,辞めたらいい,と単純に思う。
 ぼくのヒモ暮らしも1年で終わってしまった。4月からは切り詰めた暮らしをせねば。何せ,ぼくの月10数万の年金でやっていくのだ。
 蓄えも多少はある。付き合いだとか,夜遊びだとかをする年齢でもないので,つましくやれば何とかなると思っている。

● かつて話題になった,年金以外に2千万円の金融資産が必要というのは,標準世帯というのを基準にしている。標準世帯では奥さんが専業主婦なのだ。
 今どきそれを標準にするのも時代がかっていると思う。標準世帯にピッタリはまる例はむしろ少ないのではないか。
 医療については国の制度が手厚い。これでいいのかと思うほどに手厚い。ゆえに,保険会社が勧めてくる医療保険になど入る必要はない。保険会社を太らせるだけの話だ。老後のお金は有効に使わなければならない。

● そういうことはともかく。つましい暮らしに入る前に,相方のお疲れ様でしたのイベントをこれからする。
 といっても,ぼくが企画したわけではなく,相方が自分で決めたことなのだが。
 区切りの東京行きだ。安いホテルに1週間ほど泊まる。疲れを全部取ってもらおう。

● 途中,東京駅で降りた。八重洲南口の高速バスターミナルを眺めて過ごした。
 コロナで苦境にあるのだろうけど,それなりに活気もある。ひと頃は,夜行バスの多くはLCCに取って代わられて全滅すると言われたこともあったが,LCCがひと足先にコロナで倒れてしまった。
 業界の中でも明暗がある。いや,明はないのだろうが,暗の濃さが違う。

● 京葉線の地下ホームに向かう途中の広告。じつは今夜はこのホテルに泊まるのだけども,何,これ? と思わせる。
 いや,オートキャンプ場で行われているキャンプなるものも,似たようなものかもしれない。あれ,たぶん,キャンプごっこなんだよね。家でやっていることをキャンプ場でやっているだけの。子どもを巻き添えにした,大人のままごと遊び。
 なら,ホテルでキャンプの真似事をする方が,いっそ潔くて清々しい。

● 潮見のホテル櫂会。去年の6月からけっこうお世話になってきた。今回は701号室。ぼくらの身の丈に合ったところでゆっくりしようと思う。
 朝食付き,冷蔵庫の飲物フリーで9,455円。相方情報によると,3月31日はどのホテルでも安い宿泊プランが出るのだそうだ。コロナの有無に関係なく,この時期は閑散期になるわけだろう。加えて,緊急事態宣言の名残りもあるかもしれない。
 4月からは同じプランが19,000円になる。とはいえ,その価格を維持できるかといえばかなり疑問だ。業界の苦境は続く。

● 冷蔵庫の中の飲物がタダなので,ビールをチビチビ飲みながら,潮見駅のホームを眺めている。竜宮城にいる浦島太郎の気分だね。

● ホテルのメインダイニング「アンサンブル」で夕食。この分は宿泊料には含まれていない。が,以前に泊まったときに,食事券をもらっていたのだ。そろそろ使用期限が近くなったので,使わせてもらった。つまり,この夕食はタダ。
 手袋をはめてのバイキング。自分では絶対に作れない料理が数々あるわけだが(以前に比べると,品数が減っているのは致し方がないところか),一番旨かったのは,前菜のイカのマリネ。

● ワイングラスごしのピアノ演奏。「桜坂」とか「赤いスイートピー」とかじゃなくて,もっと弾きたい曲があるのかなと思ってみたりもするけれど,そこはプロだもの,場に合わせるだけですわ,だろうな。
 お客さんがみな帰り,ぼくら2人が残った。この後,もう一回演奏があるらしい。ではというわけで,その演奏が終わるまでいることにした。最後の演奏は貸切で聴けたわけだ。だから何がどうということではないのだが。

● ジュースはテイクアウトも可。「アンサンブル」と客室棟を結ぶ2階通路(中庭)で,ガメてきたジュースを飲みながら休憩。この光景も悪くない。
 寒い時期以外なら,この時間帯に外の空気を呼吸しながらボーッとするのは贅沢でありましょう。

● このあと,ホテルを出て,外を歩いてみた。汐見運河を散歩。21時を過ぎているのだが,この建設会社の灯りは煌々と点っている。建設会社は特に年度末が最も忙しい時期かもしれない。
 いや,建設会社に限らず,普通に見られる光景ではあるなのだが,ここまで働いても日本人の生産性はイタリアに及ばないと聞いたことがある。

● 一方,汐見運河では釣り糸を垂れている人もいる。対象的だ。
 少し前までは,遅くまで忙しく働いている人が人生の勝ち組で,趣味に走っているのは引退したロートルか,悟りを開いてしまった人(つまり,負け組)と見られていたのではなかったかと思うのだが,どうなんだろうかなぁ。
 君たちの娯楽は仕事なのかね。なら,いいんだが。でもさ,この時間に夜釣りを楽しんでる人もいるんだぜ。どっちの人生がいいかね?

● 京葉線で東京に出て,令和2年度最終日の東京駅丸の内広場に行ってみた。格別のこともなし。あたりまえだ。

2021年3月29日月曜日

2021.03.29 コロナの功罪

● コロナ禍で最も言われたのは,「三密を避けよ」だろう。感染拡大を防ぐために3つの密(密閉・密集・密接)を避けよ,と。
 これを言い換えれば,肩を寄せ合ってはいけない,ということだ。さらに言うと,コミュニケーションをするな,ということだ。

● 人がするコミュニケーションの中でも,最も大切にしなければいけないものは,“雑談” だろう。依頼とか,指示とか,質疑応答とか,議論とか,討論とか,そういうものではなくて,“雑談”。
 しかるに,電車の中でもショッピングセンターにいても,会話はお控えくださいと言われる。テープの声がしつこくそう言う。
 人間は群生動物であるのに,群れてはいけないと言われているようなものだ。人間の本性のかなり根幹にある部分に手をつけて,そこを変えよ,と言ってくる。

● 昨年4月に最初の緊急事態宣言が出されたときは,変化がクッキリしていた。平日の宇都宮駅の改札前が閑散としていた。とにかく,人がいないのだ。
 志村けんが亡くなったことが,人々のマインドに大きく影響した。コロナは怖いものなのだ,と。

● しかし,それを見て,こんなものを長く続けられるはずがない,と思った。2ヵ月が限界だろう。それより長引けば,気が緩むとか,隙ができるとか,そういうことではなくて,そもそもが無理だろう,と。頭ではわかっていても身体がついていかないだろう,と。
 が,そこから現在に至る状況を見ると,多くの人は長きにわたってそれを続けているように見える。2ヵ月が限界というぼくの予想は外れたわけだけれども,長きにわたって続く方が不思議に思える。

● 飲食,観光,運輸などの産業は大打撃を受けた。一方で,会社の宴会や接待がなくなって,喜んでいる会社員も多いだろう。
 会社が部署単位でやってきた暑気払いとか忘年会とかいう宴会は,やらなくても支障がないことがハッキリした。コロナが終息した暁には,これらの宴会は旧に復するだろうか。喉元過ぎれば熱さを忘れるだろうか。
 おそらく否だろう。形は戻っても,全員参加が暗黙の前提という状況はなるまい。ということは,宴会需要は元には戻らないということだ。それに依存して商売してきたところは辛くなる。

● 接待も然りだ。こんなものはやっても仕方がない,効果が見えない,と誰もが思っていたはずだ。
 しかし,社会事象にも慣性の法則は働く。効果が見えないからといって,単刀直入に止めることにはなかなかならない。「止めてしまうのは簡単だけど」とリスクを避けることを第一義にした現状維持論(思考停止ともいう)が幅を利かせるものだ。

● コロナがブルドーザーのようにそうしたつまらないものをなぎ倒して行った。これもコロナが終息したからといって,元に戻るものではない。
 したがって,接待需要で成り立っていたところ(おそらく,銀座の高級クラブがその代表ということになるのだろうが)は,厳しく淘汰される。

● 飲食業のある分野というのは,ずっとバブルだったのだ。コロナが発生して,やっとバブルが弾けた。
 需要が適正水準まで減るだけの話だ。適正水準を超える供給は要らなくなったというだけのこと。
 総じて,虚栄,虚飾で売っていたところは厳しくなる。そうしたところに自分のお金で行く人はいないからだ。誰かのお金(たいていは会社のお金)で行くところだからだ。会社がそうしたものにお金を出さなくなれば,それで終わる。

● では,会社がそうしたものにお金を出さなくなるとなぜ言えるかというと,リモートワークが定着したからだ。
 すでに都心部ではオフィス賃貸契約の終了が相次いでいると聞く。社員が来ないのに高いお金を出してオフィスを借り続ける経営者はいない。コロナが終息したからといって,またお金をだしてオフィスを借りようとする経営者もいない。

● 社員にしたって,一度リモートワークを知ってしまったら,毎日,地獄のような通勤電車に乗って,しかも痴漢の濡れ衣を着せられるかもしれない危険を冒して,出社したいとは思うまい。
 会社に到着したらグッタリ疲れ果てていて,仕事をする気力など湧いてこないほどなのだ。日本のホワイトカラーの生産性がイタリア以下である理由の第一はここにあった。

● リモートワークが定着すれば,会社が社員をホールドできる度合いは低くなる。あたりまえのことだ。物理的条件からして,そうならざるを得ない。
 それを前提に物事は動いていく。労働法規の見直しも必要になるだろう。

● 一方,個人需要に係るものは,コロナが終息すれば元に戻るだろう。
 旅行(特に海外旅行)は引き絞られた弓が放たれるようなものだ。一気に活況を呈するようになるだろう。
 と言いたいのだが,国や地域によっては,不安を残すところが出るだろうから,大丈夫そうなところにおっかなびっくり出かけることになるだろうか。

● 逆はどうだろうか。インバウンドだ。元に戻るだろうか。爆買いの中国人は戻ってくるか。
 戻ってくるとして,日本の小売店は彼らを受け入れるか。中国人で溢れると,日本人は遠ざかる。中国人がいなくなれば,日本人が戻ってくる。舵取りが難しい。
 最近の中国対米国・欧州の対立激化を見ると,日本もいずれかの対応を迫られることになりそうだ。中国人の購買力に頼ることは考えない方がいいように思う。

● 居酒屋の多くは以前の活況を取り戻すことになるだろう。すでに店を閉めたところがかなりあるが,持ちこたえたところにはお客が戻ってくる。
 っていうか,すでにけっこう戻ってきているのじゃないかな。宇都宮ならオリオン通りはどうなっているだろうか。夜の様子を見てこようか。

● が,何もかもが元に戻るかとなると,疑問符が付くものもある。たとえば結婚式だ。結婚披露宴など賑々しくやらないくても何も問題はないことがわかってしまった。葬式も然り。家族だけで済ませても大丈夫なのだ。
 こういうものが元に戻るのかどうか,ぼくにはわからない。人は群れるものだが,群れの規模は小さくなるかもしれない。

● 地域付き合いも変わるかもしれない。ぼくは自治会の班長の回り番にあたって,今年度の班長を務めたのだが,自治会行事の大半は中止になった。自治会費も例年の3分の2になった。
 それで誰か困る人が出たかというと,そんな話は聞いたことがない。自治会など要らないものだと,これまた多くの人が思っていたろうけど,それがリアルに明確になった。
 コロナ終息後も会費は3分の2のままにしておいてくれということになるだろうし,自治会を抜ける人が増えるだろう。ぼくも抜けようかと思っている。

● それに対して,コミュニティがどうのこうのという理屈で反駁するのは,かなり難しい。コミュニティにとって自治会など要らないというわけだから。
 困るのは,自治会を集金マシンにしていたところだ。たとえば,市町村の社会福祉協議会。何もしなくても,自治会が会費を集めてきてくれた。それが失われるかもしれない。

● もし自分が飲食店を経営しているのなら,別の見方になるのだろうが,今のところは,コロナの功が罪を上回ると感じている。
 過剰の多くが精算された。余計なもの(たとえば,満員電車。たとえば,交通渋滞。たとえば,病院をサロンにしていた高齢者)がなくなった。それによって逆に過剰感が増しているものもあるから,全体のバランスが落ち着くのはまだまだ先になるだろうけれども,これらは押しなべて言えば望ましい方向への変化だと思う。

● この1年間,コロナ死亡者を含めても,死亡者総数は減っている。インフルエンザ死亡者の減少が効いている。
 決して悪いことばかりではなかったのだ。

2021年3月26日金曜日

2021.03.26 学び直しなんてやめておけ

● 定年退職組の中には大学(院)で勉強したいと考えて,実行している人がけっこういるのかもしれない。通信制や放送大学なら費用も安くてすむ。
 が,ぼくはやめておけという意見。理由は2つ。

● 第1は,自分にはまだまだ知らないことがある,だから勉強しなければ,と思うのだろうが,いくら書斎の勉強を続けてみたところで,知らないことは減らないということ。
 いや,減ることは減るだろうけれども,それは中禅寺湖の湖水がバケツ1杯分だけ減ったようなもので,総体としては不変といっていいものかと思う。書斎の勉強で知れることなど,それこそしれたものだろう。

● 第2はインターネットの普及だ。インターネットが大学を不要にしたとまで言うつもりはないけれども,少なくとも中高年の学び(学び直し)の場として大学は最適とは言い難くなった。
 インターネットを使った独学が大学に勝るだろう。

● これまで,遠隔教育の限界が説かれることが多かった。しかし,その情報はそれによって利益を得ている側によって説かれていたのだろう。
 今回のコロナ禍によって明らかになったことは色々あるが,その中のひとつがこれだろう。遠隔ではすまないことももちろんあろうけれども,しかし,たいていのことは遠隔で対応できることが証明されたのではないか。

● 社会人大学(院)などというのは,社会人側にそういう需要があったというよりも,少子化による学生数の減少で,定員を確保することが難しくなり,経営難に見舞われることが明らかになった大学側が,事態を打開するために言いだしたのではないか。メディアと一部の勉強好きがそれに乗ったというだけのことではないか。
 還暦まで生きてきた人間が,時代に対応できない経営体を助けるために,自らの残り少ない時間とお金を費やすのは馬鹿げたことだ。潰れて然るべきものを潰さないで残存させてしまうのは,悪事に手を貸すようなものだ。

● どうしてもと言うなら,NHKの各種講座でいいのではないか。語学なら専門学校に通うよりずっといいだろうし,語学以外でも「100分で名著」は大学の授業よりレベルが高い。理系の番組がないのが困るんだが。
 しかし,NHKの講座ももうなくてもいいんじゃないかと思う。教材も教授法もネットにある。

● まぁ,しかし。自分の時間と自分のお金を何に使おうと,それは完全にその人の自由だ。そこは動かないところだけれども。

2021年3月25日木曜日

2021.03.25 LINE不祥事のニュース

● LINEに集まった個人情報が中国当局に筒抜けになっていたというニュース。が,これでLINEユーザーが減ったかというと,そうでもないでしょ。
 多くの人にはピンと来てない。「自分の情報なんか,中国政府が興味を持つようなものじゃない。見たけりゃどうぞ」くらいに思っているだろう。

● LINEの代わりになるものってなくはない。けど,友だち全員が一斉に乗り換えるならともかく,自分だけが乗り換えるのでは,失うものが多すぎるように感じるだろうしね。
 この人脈(?)をまた一から作り直さなければならないのは億劫だ。なら,このまま使い続ければいいか,と。そこが問題だと言われりゃ,それはそうなんだろうけどさ。

● よほど親しい人限定で使うのが,LINEの使い方のコツだとは思うんだけどね。ご主人様が奴隷たちに指示を出すために使っているのを別にすれば。
 会社の同僚だとか学生時代の同窓生だとか,その程度の関係にすぎない人とLINEでつながっても,ノイズが増えるだけで,ストレスまみれになるだけだろうと思うんだよね。そういう人とつながるのにちょうどいいツールはFacebookでは。

● ぼく一個は,その程度の関係の人とネットでつながってどうするのかという意見だけど。いかにしてつながらないですませるか,を考えた方がいいい時期に来ているよね,とっくの昔に。
 ので,今回の件は,くだらないLINE友だちを一掃するのにちょうどいい機会じゃないかと思うんだけどね。

● LINE上層部も認識が甘すぎ。ほとんど話にならないレベルで,相当なペナルティを課さないといけない案件だとも思いますよ。3ヶ月の業務停止命令でどう?

● ま,実際にはそれは難しいらしい。高橋洋一さんのこちらの動画が,そのあたりを平易に解説してくれている。
 ちなみに,その高橋さん,小学校から高校までほとんど登校しなかったと語っている。頭が良すぎて学校に馴染めなかったから。高校では話のわかる教師がおまえは来なくていいと言ってくれたらしい。
 それに見合った何らかの欠落があるはずだとも思うんだけど,そういう人が面白くないはずがないよね。面白さってバランスの欠如の度合いかもしれないね。


(2021.03.27 追記)

● こういう動画もある。渡邉哲也さんの辛口の論評だ。
 ぼく一個に関していうと,LINEなど消えてしまっても痛くも痒くもない。ぼくがLINEでつながっているのは奥さんだけなので(彼女はぼく以外にも数人のLINE友だちがいるらしい),彼女にたとえばViberに移ってもらえば,LINEでやっていたこと(チャットと無料通話)はそのままViberで継続できる。

 野次馬的に心配なのはソフトバンクだよね。アリババがおかしなことになっているし,そこに傘下に収めたLINEがこけるようなことがあると,ソフトバンク自体が危ないんじゃないかというね。