2023年2月27日月曜日

2023.02.27 日光の瀧尾神社

● 日光に来ている。日光で最も気になっていたところに行ってみることにした。
 それはどこかというと,瀧尾神社だ。日光発祥の地だと何かで読んだことがある。行ってみたいと思っていて,果たせないでいたのだ。

● と言っても,瀧尾神社はすぐそこにある。宿泊しているホテルのすぐ脇を流れる稲荷川を渡れれば,対岸から数十メートルのところにあるはずだ。その稲荷川はちょっと大きめの沢といった感じで,造作もなく渡れると思う。
 ところが,スタッフに訊いたら,以前は渡れたんだけども,今は立入禁止になってしまったらしい。であれば,一介の旅行者が無理に渡ってホテルに迷惑をかけるわけには行かない。

● 渡れないとなると,V字に歩かなきゃいけない。まぁ,いい。今日は快晴中の快晴。散歩日和だ。
 稲荷川の左岸側を下流に向かって降る。橋を渡って,今度は右岸側を上流に向かうことになる。右岸側の道は「史蹟探勝道」と名付けられた一本道。迷いたくても迷えない。

● 勢いよく水が流れ下る。その脇を登っていく。
 と言っても,右岸側は勾配が緩やかだから,息があがることはない。快適な散歩になる。WALKMANで音楽を聴きながら歩くのに恰好だ。

● 開山堂(右)と観音堂。観音堂には将棋の駒(ただし,香車のみ)が並んでる。その所以が説明されているが,読んでもよくわからん。
 開山堂とあれば勝道上人のゆかり。つまり,ここが日光発祥の地。日光はここから始まったのだ。


● 舗装された道路の脇にこんな道もある。古道なのだろうと思いたくなる。ので,ここからはこの道を歩いた。
 ほどなくして瀧尾神社に到着。隣に白糸の滝と名付けられた,まぁ滝には違いないのだと思うが,水が落ちている崖がある。

● 瀧尾神社は二荒山神社の別宮となっているが,片腹痛いとはこういうことで,逆でなければおかしい。
 まぁ,しかし。史跡のあり様は時系列では整理できないのがむしろ普通だから,こういうことはママあるよ,ということね。
 楼門をくぐって,唐門・本殿に。弘法大師
伝説も残るようだが,弘法大師に日光まで来るほどの暇があったとは考えにくい。
 無念橋。橋と呼んでいいのかと思うほどの小さな橋だが,由縁は立派だ。なくてはならないモノだったのだろう。
唐門・本堂


● 御神体の三本杉。御神山は女峰山。山頂に瀧尾神社の奥宮があるらしい。
 途中に女峰山参道の標識もあった。いくつかある登山道の代表的なものというか,最も古いものかと思うが,じゃあちょっと登ってくるかというわけには行かない。登るには登山届も必要になるのだろうし,片道6時間もかかるらしいから。死んでしまうわ。

● いくつかの附帯施設がある。瀧尾稲荷神社と子種石。将棋の駒の観音堂もそうだったのだが,妊娠,安産,子孫繁栄を御利益とするところが多い。女峰だからかね。
 この御利益はしかし,ずいぶんと後になってから作られたものだろう。


● 道路を挟んだ対面に瀧尾高徳水神社があるが,これは滝尾神社とは縁もゆかりもないというか,別系統のもの。

● ここから宿泊しているホテルが見える。ぼくらが泊まってる部屋はあそこだよ,というのもわかる。
 間近に稲荷川が流れる。横切っていいなら,千歩も歩かずにホテルに着けるのだが,二社一寺の配電ナンタラ施設があるらしく,立入禁止になっているわけだ。V字を辿って買えるしかない。少し,忌々しい

● 日光市街に引き返してきた。神橋の近くに天海の像がある。初めてしみじみと眺めてみた。江戸期最大の怪物。108歳まで生きた。生命力の強さが並じゃない。
 あやかりたいものだが,こういう人は凄すぎてロールモデルにはならない。

2023年2月9日木曜日

2023.02.09 日光の外山に登った

● 外山の頂上まで登ってみることにした。日光の名前の付いてる山に登るのは,初めてのことだ。
 参道の登り口には鳥居が。けっこうなところを登っていく。

● しばらく登ると,ニの鳥居。このあたりは,まぁ,余裕。
 しかし,この先でゼイゼイしてくる。最初の休憩。引き返そうかとチラッと考えた。

● 三の鳥居が見えてきた。二度目の休憩。引き返すならここだな,と思った。
 どうにか気を取り直して三の鳥居を潜り,しばらく行ったところで三度目の休憩。
頂上はたぶん近いのだと思うのだけど,辿り着けるか。自分の体力の衰えを痛感。齢を取るとはこういうことか。この程度で身体が音をあげるのだ。

● 手摺りが登場。勾配がキツくなることを表す。同時に頂上が近いことを示す(のだと思いたい)。手摺りに掴まりながらしばらく登って四度目の休憩。
 太陽が近くなった。見通しがよくなってきた。

● 頭頂成功。頂上には毘沙門天を祀っている。東照宮の北東にあたる鬼門。鬼門封じというわけらしい。
 いやいや,達成感がありましまよ。やれるじゃん,俺。

● 下山。木の葉が積もっていて滑りやすい。二度,スッテンコロリンをやってしまった。
 スニーカーにトートバッグという街歩きスタイルで登ったんだけど(日光市内を散策した帰りに,ついでに登ってみようと思ったわけなんで),スニーカーはいいとして,トートはダメだ。軍手も必要かな。

● 休憩は前向き姿勢を支えてくれる。何度も休憩して,小刻みに刻めばいいのだね。一気呵成に決着をつけようとすると,敗北に至りますな。休憩は大事ですよ,ロートルのご同輩。
 登り始めてから下山終了までの時間は1時間と15分。体感ではもっと長かったのだけど,こんなものでした。
 もう1回やるかといえば,もう結構。男体山にも登ってみますか? いやいや,やめときます。

● ところで。めっきり使用頻度が減ったWALKMANのイヤホンを耳に突っ込んで登ったんだけど,いや,音がしみじみ染みてくるんでした。外界に騒音がないからだ。
 これほどの静寂は望めないとしても,わが家の近くにもWALKMANに適した散歩道があるだろう。上手くすれば,楽しみが1つ増えるはずだ。

2023年1月17日火曜日

2023.01.17 5回目のワクチン接種

● 昨日,5回目のワクチンの打ってもらった。さすがに5回目ともなると効果はどうなんだと思わなくもなけれども,そういうことを素人が情報もなしに思い煩っても仕方がない。受けておくことにしましたよ。病院に来ると病気をもらいそうでヤなんだけどね。
 でも,さすがに6回目はないだろう。てか,その前に2類から外れているのが望ましい。いくら何でもその時期でしょう。

● 接種自体は例によってあっという間に終了。ワクチンを接種する段になったときに,看護師会が政府の方針に異を唱えたんでしたっけ。したら,ときの菅首相が獣医師や薬剤師が接種してもいいことにするという方針を出した。看護師会がすぐに折れて恥を晒したんだけども,これなら獣医師でも問題ないやね。
 接種後,15分間待って,接種証明書をもらって帰宅。

● 打ったのはファイザーのオミクロン株特化型。副反応は1㎜もなし。
 じつは,昨年,3回目を打ったあとにコロナに感染してましてね。医療機関は受診していないので確度は100%ではないんだけど,まずコロナに間違いない。ので,自然抗体もできてるんですな。もう消滅してるかもだけど。

● 症状はワクチンの副反応(3回目はモデルナだったんで,副反応も体験した)を濃くしたようなもの。あしかけ3日間にわたったが,ほんとにキツかったのは最初の24時間。
 普通の風邪とは違いましたよ。風邪は熱が出て,体が上に向かう感じがある。フラフラと浮遊するような。コロナは同じ発熱でも身体が重くなって,地面にめり込むような感じだった。
 自主的に自宅療養しながら,ワクチン打っといてよかったと思いましたよ。

● 逆に言うとですね,ワクチン打ってるのに発熱くらいで病院なんか行ってんじゃねーよ,バカなのかよオメーは,何のためにワクチン打ったんだよ,と思いますな。
 この程度のことで医療資源を占拠するな。医療機関に行ったところで,処方されるのは解熱剤だ。そんなものは,マツキヨでも買える。市販薬を服んで,家で寝てればすむ話だ。ウィルスをばら撒く可能性をも縮減できる。

● でも,後から知ったんだけども,医療機関を受診してコロナの診断書が出れば,何万円かの保険金が降りたらしい。それを知ったときには受診しときゃ良かったかと思ったのも事実でね。
 ワクチンを打っていても,こぞって医療機関に行くのは,こうした理由もあったのだなと知りましたよ。民間保険会社の営業活動の結果でもあるわけだね。

2023年1月16日月曜日

2023.01.16 カンデオ宇都宮,4泊目

● 一昨日に1泊したカンデオ宇都宮にまた投宿。通算4泊目。地元だからこんなこともできる。
 カンデオクーポン(フロントの隣にあるカンデオデリカで買物ができる)3500円分と朝食付のプランで,元々の料金は18,000円。そこから全国旅行支援をはじめ,ポイント利用とかで,12,116円になった。
 さらに,旅行支援のクーポンが4,000円分(1人2,000円)付いてくる。

● 同じ宇都宮テラスにあるヨークベニマルで惣誉の「初しぼり」と白菜のお新香を買った。雨に煙る宇都宮の街を見下ろしながら部屋飲み。
 しみじみ贅沢してる感。すまんです,皆さん。
 ところで。「初しぼり」は4合瓶。半分までは飲まなかったと思う。が,胃がかなり重くなった。このところ,毎晩飲んでいるからだ。よろしくないねぇ。

● ヨークベニマルにはもう一度行った。22時まで営業しているのだけども,相方は21時過ぎにまた行ったらしい。いろんなものが安くなっていたようで,パンやら弁当やらうどんの麺なら,たくさん買い込んできた。
 どうするんだ,それ,と訊くと,家に持ち帰って食べるのだと言う。いや,そんなに食べられないだろうよ。消費期限が明日までのがどっさりあるんだから。

● まぁ,でも,彼女にはこれが愉悦的な娯楽であるようだ。安くなたのを買うということが。
 近くに住めば,毎日ここに来れるのね,と言う。そうしたいのならしてもいいけど,ひとりで住んでくれよ,とぼくは思った。
 自宅の近くのスーパーと違って,売場に華があるのかもしれない。多分に慣れの問題かもしれないけど。慣れちゃうと,愉悦も自動的に消滅するのかもしれないよねぇ。

● カンデオ宇都宮の朝食。今回もシラス丼を作りましたよ。この上にゴマをふりかければなお良かった。あと,定番の肉じゃが。今回,初めて食べたのが手作り豆腐の冷や奴。あぁ、これも旨いや。
 第2ラウンド。野菜の中華風旨煮をご飯に載せて,中華丼。キノコのけんちん汁。
 けんちん汁はオニオンスープと交替で出ているっぽい。毎日ではなくて。中華風旨煮も一昨日はなかった。
 パンプディングとヨーグルト。はい,今日はこのあと,何も食べてはならぬ。

● 15日に二度,16日も朝食のあとにサウナに行った。都合三度。サウナの利用料まで考えると,宿泊料金はかなり安い(ただし,マットの交換頻度などは大衆店と同じ水準)。朝食は1,800円で食べられるのだし,サウナも1,200円で利用できるようなのだが,泊まってしまった方が話が早い,となる。
 旅行支援が継続している間はそういうことになるだろう。ホテル側にとっての問題は,旅行支援が終了した後に現在の単価を維持できるかということ。

2022年11月4日金曜日

2022.11.04 川崎市内観光

● ミューザの隣のホテルをチェックアウト。荷物を預かってもらって,相方を市内観光に案内する。
 駅東口のカオスを抜けて,まず向かったのは稲毛神社。川崎の大宮。たこ焼きや縁起物の屋台が出ていた。
 縁起物を買うことに対して,侮蔑感を持つサラリーマンが多いのではないかと思っている。かつての自分がそうだったから。商売人はこういうものをおろそかにしない。
 切実さか違うからだ。サラリーマンは毎月給料日になれば給与が振り込まれる。自分で商売をしている人にそんな保証はないのだ。

● 稲毛神社から堀之内を通って旧東海道に出る。ここはぼくも初めて歩く。大宮の隣に歓楽街があるのは洋の東西を問わず,人が集まる都市の約束事になっている。川崎もその例にもれないということ。
 今の歓楽街は昼間から営業しているが(店から出てきた若いニイチャンと出くわした),それでも昼間は砂漠感というか,乾ききった感じがする。歩くなら夜だ。客引きが煩いかもしれないが,それくらいのことは仕方がない。
 川崎の堀之内は,吉原に次いで関東で2番目に大きい歓楽街であるらしい。何事によらず,関東で2位はすごいよ。

● 脱線するんだけれども,北関東では群馬県の太田だ。川崎の場合は,わざわざ行こうとするのでなければそこを通らなくてすむのに対して,太田はそこを通らないとどこにも行けない。
 太田はあれをどうするつもりなのか。法令違反はないんだろうから,いかんともしがたいのか。あれある限り,太田市は両毛地方の雄であることを許されない。老いたりとはいえ,館林がその座に就くことになるだろう。

● 旧東海道に出て,六郷の渡しを見せる。相方は,さほど興味はないらしい。
 川崎宿に入ってすぐのところに万年屋があった。旅人に奈良茶飯を出してた旅籠。ハタゴって音の響きがいいよねぇ。本陣にしか泊まれない殿様も,一度でいいから旅籠に泊まってみたいと思ったんじゃないかなぁ。

● 吉原の隣に山谷があり,横浜の伊勢佐木町歓楽街の隣に寿町があり,大阪の飛田新地の隣には釜ヶ崎がある。歓楽街とドヤ街は隣り合っていることが多い。
 川崎でも堀之内の隣の旧東海道エリアは,ドヤ街ではないのだが,山谷の空気に近い。川崎市では旧東海道を観光資源の1つにするつもりで,交流館を建てたり掲示板や標識を設置しているのだが,なかなか難しいかもしれない。品川の旧東海道の方が,歩いていて気持ちが弾む感じになる。

● 旧東海道に「東照」という和菓子屋がある。トウショウと読みたくなるがトウテルという。
 初めて入ってみた。冷凍の奈良茶飯を商っている。買って帰ろうかと思ったんだけど,再来週,また来て同じホテルに泊まる予定だ。朝食で食べられる。結局,何も買わないで出てしまった。

2022年11月2日水曜日

2022.11.02 東京散歩 皇居周辺

● 朝の散歩。東京駅のホテルには何度か泊まっているけれども,丸の内広場から皇居の方に進んだことはあまりなかった。八重洲側に出たり,線路沿いに銀座まで歩いたりは何度もしたけど。
 今回は行幸通りを進んでみた。


● 最初に目に入って来るのがパレスホテル。ハワイか沖縄のリゾートホテルのような佇まい。バルコニーから海が見える的な。実際には皇居の緑が見えるんだろうけど。
 相方がこの外観を気に入ったようでね。皇居周りの景観を壊していない,これならパレスと名乗っても許せる,とね。君に許してもらわなくてもいいんだけどね。


● ぼくはそれでもこのあたり,何度か歩いているけれども,彼女はこの景観を見るのは初めてらしくてね。八重洲側がメインで,丸の内は発達の遅れたところだと思ってた,と言うんですよ。いますかね,こういうのが。
 その彼女がここは安心して歩けて素晴らしいと言う。ぼくらは人通りのない田舎住まいだ。けど,散歩のときは車に注
意しないといけないし,東京でも歩道を暴走する自転車に気をつけなきゃいけないエリアが多い。


● 特に,勝鬨橋あたりの晴海通りを歩くときには気をつけなきゃいけない。呆れることに,ロードバイクで歩道を走っているバカまでいる。怖くて車道は走れないと言うならロードバイクになど乗るな,このボケッ。
 このあたりのタワマンは貧乏人の住処なのだろうな。金を持ってる貧乏人。そうとしか思えないカオスが晴海通りを支配しているのだ。


● ところが,皇居から東京駅のここではそうした気を張る必要がない。ボーッとキョロキョロしながら歩くことができる。
 これほどリラックスして歩けるエリアは,ひょっとすると東京でもここだけかもしれない。地方にはたぶんない。よほどの山奥に行っても,山奥だからこそ車が狭い道路を走っている。

● ホテルをチェックアウトしてから,再び皇居前広場へ。坂下門あたりをウロウロした。
 江戸城はかなり破壊されてしまったが,内堀通りくらいは道路を廃して元の堀を再現できないのか。難しいんでしょうなぁ。


● スタバの和田倉噴水公園店。この店限定のアーモンドミルクフラペチーノ。相方はこの時期限定のストロベリー&ベルベット ブラウニー フラペチーノ。この場所にあるスタバで数十分を過ごすのは,それそのものが贅沢だ。
 この空間(皇居前)に身を置くだけならタダだ。タダで味わえる贅沢がある。

2022年11月1日火曜日

2022.11.01 夜の東京散歩

● ご飯を食べ,酒も飲んだので,夜の東京を歩いてみることにする。ホテルを出て,丸の内仲通り。赤いカラーコーンが動をに並んている。何の工事か。イルミネーションの設置を始めているんですかな。
 ハロウィンが終わればクリスマス。先手先手で飾り付けていかないと。11月に入ったばかりなんだけどね。結果的に忙しなさを後押しすることになるんだけども。

● 夜の数寄屋橋公園。岡本太郎の「若い時計台」。こんなふうにライトアップされているんだねぇ。

● 銀座並木通りには客待ちのタクシーの列。緊急事態宣言が出ている頃は,銀座にお客はいなかった。タクシーも1台も停まっていなかった。この光景だけ見ると,コロナ以前に戻っている。
 実際には,まだスカスカしているのかもしれない。タクシーも停まってはいるけれども,コロナ以前の回転には戻っていないのかもしれない。しかし,あの頃の寒々しさのようなものは消えた。

● 無駄に動いて,無駄に酒を飲み,無駄に排気ガスを撒き散らす。しかし,無駄こそ本質。人は何のために生きて働くのか。無駄なことをするためだ。
 ぼくは銀座で飲んだことなど一度もないし,これからもあるはずがないが,こういうところで飲める立場の人(つまり,ポエットマネーで飲むより,会社のお金で飲む人が圧倒的に多いんだろうから)はどんどん飲んだ方がいいのだ。脱コロナは夜の街から。

● 銀座で引き返すことにしよう。有楽町駅から東京駅までの線路脇の居酒屋は(例外があるにはあるが)気持ちがいいほどお客が入っている。至近距離で談笑しつつ,酒を飲み,唐揚げを頬張っている。
 アクリルの仕切板など置かれていない。ここでもコロナ以前の光景が普通になった。

● お客の多くはサラリーマンだ。男も女もいる。年齢も様々。夜の時間の過ごし方に関しては,昔は男女差がはっきりとあった。女子社員が酒場に行くことはもちろんあったが,お酌担当的なところがあった。それほど遠い過去の話ではない。
 今は彼女たちも自分で飲んで酔えるようになった。1986年に施行された男女雇用機会均等法が画期になった。男と同じように仕事をしているのだから,男と同じように飲むのは当然。

● しっかし。今夜はまだ火曜だぞ。そんなに飲んでで1週間保つのか,君たちは。
 いや,これが活力源か。自分の若い頃を思いだしても,飲んでたもんな。連チャンとか3連チャンとかやりましたよ。あの体力は何だったんだろうな。

● 新丸ビルの中の居酒屋。こういう告知を出してる店が増えた。昼飲みって,コッソリとやるものじゃなくなりましたよ。東京のような大都市だけじゃなくて,地方都市でもこれが普通になってきた。宇都宮のオリオン通りでも “昼飲み,できます” の店がいくつもある。
 昔は,アメ横の裏の方で,いかにも人生を諦めたといった風情の男たちが背中を丸めて飲んでいたものだが。

● しかし,諸君,昼間から飲んでていいのかね。ビール1本くらいなら問題ないですよってか。
 昭和50年代の前半までは昼食にビールを付ける人がけっこういたんでね。先祖返りしてるだけかもしれんのだが。