● 右は今日の下野新聞。一人あたりの餃子購入額が浜松を抜いて,日本一を奪還したよ,という記事。
これねぇ,宇都宮市長のコメントが冷静すぎて(つまり,普通すぎて)つまらない。もっとはじけないとね。はじけたフリをしないと。
浜松市の存在は宇都宮にとって貴重だ。宇都宮の独走ではここまで盛りあがらないのだ。浜松市長にエールを送るくらいのサービス精神は見せてほしいぞ。浜松との抜きつ抜かれつは,もうゲームなのでね。
● 浜松には餃子以外にも旨いものがたくさんあるでしょ。浜名湖の鰻をはじめね。宇都宮はさ,餃子以外に何もないんだよ。餃子とサメの肉と米で食いつないでいるんだよ。
あ,あと納豆もあるか。餃子とサメの肉と納豆を交互におかずにして,ご飯を食べているんだよ。だもんさ,餃子くらい宇都宮に花を持たせてくれたっていいんじゃん。
って,市長が言うわけにはいかないだろうけど,でもね,こういうのはそもそも遊びにしないとねぇ。
● で,宇都宮の餃子の名店は数々あれど,老舗というか,昔からあるのは「みんみん」と「正嗣」。その「みんみん」の支店がぼくの地元にあるのはありがたい。
「みんみん」は本店以外でも,だいたい混んでいるからね。並ばないと入れないことが多い。ま,ちょっと時間をずらせればいいんだけどさ。
ところが,わが地元の「みんみん」なら,まず待つことはないぞ。味はいうまでもないけれども,宇都宮で食べるのと変わらない。
● 焼きダブルにご飯を付けて,560円。これで一食になる。スープが欲しいなら,水餃子にすればいいのだ。ぼくは餃子は焼きに限ると思っているけど。
560円じゃ今どき,ラーメンだって食べられないからね。餃子は栄養があって安いのだ。庶民の食べものなのだ。そのうえ,旨いのだ。
● その「みんみん」,でもあまり行かないんだよね。平均すると月1まで行かないと思う。宝を活用しきれていない? そうかもしれんな。近くにあると宝を宝と認識しなくなるのかもしれない。
さて,今夜あたり行ってみようかね。
● 右は今日の下野新聞。地方の人口流出が止まらないことを伝えている。
● しかし,東京が弱ってしまえば日本は死ぬ。東京が元気でいてくれれば何とかなる。東京の勢いを止めてはいけない。
東京一極集中は良くないという前提がもしあるなら,それは外さなければ。
● 年収が800万円までなら,税金に関していえば,負担より受益が多い。実質的な負担者はそれを超える高額所得者と法人税を払っている企業に限られる。それらの多くは東京に集まっている。
地方振興といっても,その原資は東京から来る。実際のところ,地方は東京におんぶにだっこだ。
● 大昔からこの国にある呪縛-国土の均衡ある発展-は,江戸時代の幕藩体制の名残だろうか。均衡ある発展は,富を生む源泉が土地のみであった時代,第一次産業が基幹であった時代にしか成立しない。
成立しないものを無理やり成立させようとすれば,途方もない無駄と非効率が生じる。いかな経済大国日本といえども耐えられまい。
● この記事の表からわかることは,それぞれの圏域でも一極集中が進んでいることだ。九州は福岡に,中部は名古屋に。
北海道でも札幌への集中が進行中なのだろうが,札幌がそれを受け切れていないらしい。仙台や金沢も同じだ。
さらに深刻なのは関西圏だ。大阪がまったく受け皿になれていないことがわかる。関西の地盤沈下は止まっていないどころか,着々と進行中だ。
● 当面の課題は,それら圏域の中核都市(多くは政令指定都市)の都市基盤の整備ということになる。
じつはその中に東京も含まれる。開かずの踏切の解消は急務であるのだし,鉄道や高速道路の隘路をこのままにしておくと,ジワジワと東京の首を絞めることになる。
● 都市がもっと暮らしやすい場所になること。ダラダラと横に広がるのではなく,コンパクトで密度の高い都市を造ること。まずはここからだと思う。
通勤時間が片道2時間なんていうのは正気の沙汰ではないのだ。こういうことがどれほど日本の生産性を下げているか。
● 最強のモテ女は明るいブス。明るいっていうのは,ほんとに万能だ。明るいのがなぜいいかというと,いじりやすいからだ。
明るくていじられキャラの女性に,頭の悪い人はいないような気がする。
● 明るい美人ならなおいいじゃないか,って? ところが,事はそう単純じゃない。美人に明るさって意外に似合わない。
こちら側(男性側)先入感があるんでしょうね。美人というのは,儚げで寂しげで,どこかに陰がある方が絵になる,っていう。いや,美人とはそういうものなのだ,っていう。
明るい美人は芸能界に充満していると思うけれども,それよりもいじりやすい明るいブスが勝る。銀座でNo.1を取るのもおそらくこのタイプでしょ(行ったことはないけどね)。
● 美人に生まれるって言われるほどお得じゃないと思う。さだまさしは,「娘は器量が良いというだけで,幸せの半分を手にしている」と歌っていたけれど,どういたしまして。これまた,事はそう単純じゃない。
10~20代の若い男性は,笑っちゃうほどルックスに弱いのは確かだけれど,美人がチヤホヤされるのはその年代まで。
● ただし,性悪なブス,自意識過剰なブス,バカブスは論外なので,そこはお忘れなきよう。つまり,性悪や自意識過剰やバカなら,ブスより美人が勝る。
おそらく,男も同じだろうけど。ぼくは自意識過剰な醜男に該当する。
● 明るいブスはいじられキャラになる。そういう女性にバカはいない。となると,頭の回転の速い女性がモテる。そういうこと。これが結論。
● 今,世間で最も厳しく守られているのは,個人情報だと思うんですよ。それは個人情報なのでお答えできません,って。
でもさ,一方でFacebookでは本人が自分の個人情報を公開しているわけですよ。実名と顔写真をはじめ,出身地や居住地,誕生日から学歴まで公開してる。
● 投稿を読めば,仕事や趣味もわかる。好みの食べ物やどこで買い物してるかまでわかる。交友関係はもちろん,家族構成も収入も推測できる。もっというと,性格や仕事への熱意もおおよそわかる。
ぼくでもその程度はわかるんだから、見る人が見れば,丸裸にできるよ。
● たとえば,ぼくについて言えば,以下のようなことはすぐにわかるはずだ。
毎朝,出勤途中にコンビニに寄って,その日の昼食を買っているんだな。あまり食を重んじてはいないヤツだな。けっこう外食してるけど,ラーメンばっかりだ。やはり食を軽んじてるな。
土日は休めているようだ。さほど忙しい仕事はしてないんだな。Facebookの投稿もけっこう早い時間帯にやっているから残業もあまりしてないようだしな。
Facebookは2016年に始めているのか。年齢を考えてもかなり遅い方だ。新しいものにすぐに飛びつくタイプではなさそうだな。
ほほぉ,音楽が好きなのか。そこにつけいれば,何かの売り込みに使えるかもしれんぞ。
夫婦だけの二人暮らしか。ペットの話は出てこないんだが,どうだ,このあたりから何か攻め口はないか。
● ま,ぼくのようなパンピーについて,いちいち分析を試みるような暇人はいないだろうけど,これじゃさ,個人情報の保護なんて言ってみたって,何の意味もないよね。本人が進んで公開しているわけだから。
● 個人情報に関するリアルとネットの甚だしい乖離。情報発信というと聞こえはいいけれども,それはそのまま自分を曝けだす行為でもあることへの無防備性。
困ったことに,投稿はしていなくても,Facebookを開設していながら投稿していないというそのことが,何事かを雄弁に語ってしまう。
● リアルとネットのどちらに本音はあるんだろうか。おそらくネットの方でしょう。
個人情報の保護なんて,人々はほんとに望んでいるんだろうか,ってことだよね。セールスの電話がウザいから,電話帳に自分の電話番号は載せないでくれ,といった程度のものじゃない?
なんかさ,やる必要のないことを多額の税金を使ってやっているような気もするんだよねぇ。
● いや,リアルでも無防備な分野がある。ポイントカードを作っている人は相当いると思う。これなんか,100円につき1円の割引と引換に個人情報をそっくり売り渡しているようなものだ。クレジットカードもしかり。
まともな会社なら“悪用”はしないだろう。ビッグデータの1粒になるだけだ。おそらく,具体的な問題になる事例は少ないだろう。が,個人情報を差し出していることには違いない。
● 結局,本人が同意していればいいわけで,その同意がないのに公開してしまうのがいけない,というのが着地点になる。あたりまえすぎる結論。
したがって,個人情報の漏洩が問題になるのは,主に市役所や町役場などの公共セクターになる。とすると,現時点できちんと棲み分けはできているということか。
● 天下無敵の「休日おでかけパス」を持っているんでね,乗り降りは自在だ。
ので,新橋。新橋はホッとさせてくれるエリアだね。自分がいてもいい場所って気がする。
● 何でかっていうと,新橋って田舎者が吹きだまっているところだからでしょうね。東京の大半がそうかもしれないんだけれども,新橋はたった今,田舎から出てきたばかりの人たちが集うエリアっていうイメージがある。あくまでイメージだけど。
その分,街に垣根がない。田舎者が入りこんでいくのを躊躇わせるバリアがない。
● スコーンと抜けた感じがする。よくいえば開放的。一切の構えを要求しない。何をしても許される。というか,他人が何をしているかなどに,誰も興味を向けない。そういう安心感。
銀座だとそうはいかない。銀座を歩くには,ある種の覚悟がいる。下駄履きでフラフラと銀座を歩けるのは,生粋の都会っ子に限られるだろう。田舎者がそれをやったらものすごく浮いてしまう。
つまり,自分の田舎を隠すという覚悟がいるのだ。隠せるものではないのだけれども,隠すという覚悟はいる。
● 汐留は冷たい感じがする。再開発されて間もないからだろう。街というより大規模な映画かドラマのセットの中を歩いているような気分になる。
もちろん,人がいないわけではない。ホテルやオフィスビルがニョキニョキ生えているんだから。が,人の気配が染みていない。
その点,新橋なら人恋しくなることがない。広場の孤独っていうのは,ずいぶん昔からある言葉だろうけど,独りでいてもその孤独を感じることがない。
ここも新橋の不思議なところ。おそらく,街と自分との距離が近いと感じさせるからで,新橋は巨大な田舎町なのかもしれないと思ってみたりする。
● 烏森神社で遅ればせながらの初詣。いや,元日に浅草の待乳山聖天に行っていたんだった。二度目の初詣ってこと。
これくらい小体でちょうどいいのだ,都会の神社は。靖国神社だの明治神宮だの,東京にも広い敷地を持った神社はあるけれども,ああいうのは特別な役割を課せられたもので,日々の暮らしの中でついでに立ち寄るところじゃない。
● 上野東京ラインができたおかげで,新橋から電車に乗れば寝ていても宇都宮に戻れる。上野駅がかつて果たしていたターミナル機能は,そっくり新橋に引き継がれた。ぼくの場合は,ということだが。
“故郷のなまり懐かし停車場”は新橋になった。それもまた,新橋の気安さを演出しているのかもしれないね。
● 前回はつけ麺を食べたんだった。次は一番安い素ラーメンを食べようと,そのとき思った。が,食券の販売機に素ラーメンは入ってなかったようなんだよね。
で,今回は八王子ラーメンの麺大盛り。590円。充分に美味でやんす。
● ラーメンっていうのは,こういうふうに立って,左手で丼を持って,食べるものかもね。蕎麦もそうなんだと思うんだけど,あんまりありがたがって食べるものじゃない。もちろん,旨い不味いはあるんだけど。
スープをレンゲでひと口飲んでは目をつぶり,麺をひと口啜っては目をつぶり,っていうのは,彦麻呂君に任せておけばいいのでね。
ぼくらはそそくさと食べて,あぁ旨かったとやればいいんじゃないかねぇ。
● ところで,八王子ラーメンってなに? Wikipediaによれば,トッピングに「刻みタマネギを使うことに特徴がある」のが八王子ラーメンとのことだ。背脂をことさらに使うのが特徴かと思ったんだけど,そうではないらしい。スープは醤油。
● 川崎駅の構内にあるんだから,お客さんは電車が運んでくる。オーナーにとっては,けっこうな日銭が入る美味しい商売だろう。ショバ代はそれなりだとしてもね。
ベンツくらいは楽々乗れるでしょうね。しかし,そっちへ行ってしまうとあっという間にダメになるのが飲食店でもある。金はあるけど使う暇がない,というくらいでないと,なかなか上手くいかないものだろうな。
● ヨドバシカメラ宇都宮店のオーディオ売場でBTスピーカーを物色。というか,現物の確認。
BOSE製品が贅沢にスペースを使って展示されている。買うとすれば,SOUNDLINK MINI(右の写真で“NEW”が付いていないやつ)と決めているんだけど,それだけがなかった。
なぜそれにすると決めているかというと,成毛眞さんがFacebookで推奨していたからだ。成毛さんが言うことは信用することにしている。
● WALKMANから飛ばして聴こうと思ったんだけどね。問題は買っても使うかどうか。(今までのところ)自宅で聴くことはほぼないので。
家ではYouTubeしか聴いてない。パソコン+外付けスピーカーですませている。YouTubeで音質にこだわってもしょうがないよね。
さてさて,どうしたもんかな。
● っていうか,家でもっと聴くようにすればいいんだよなぁ。BGM的に聴くのでいいから。
ぼくの場合は,主にクラシックなんだけど,ほんとに最近,聴かなくなっててね。車を運転しながら,NHK-FMから流れてくるのを聴いてるだけになっている。
これはいいところもある。つまり,自分で曲を選べないところがいい。おっ,こんな曲があったのか,と思ってそれを聴くという。
つまり,自分で選ぶと自分の既知の範囲内で好きなのを選んでしまうから,なかなかその既知が広がっていかない憾みがあるんだよね。
● その点,FMで聴くとその枠を取り払ってもらえる。同じようなのはEテレにもあるし,CSにはクラシックの専門チャンネルもある。
枠を外そうと思えば,方法はいくつもあるということだ。
● しかし,一番簡便なのは,CDをWALKMANに取りこんで,順番に聴いていくことだ。選ばないで。それをやろうと思ってるんだけどね。
その簡単なことがなかなかできないでいるんですよ。