● 最後の勤務日。明日からご隠居になるんだけど,今日1日を乗りきれるかどうかで頭がいっぱいで,明日のことは考えられない。
こういうのって,自分だけじゃないと思うんだな。人間って,ほんと,目先のことしか見えないものだよね。
● 勤務地は真岡。真岡に勤務するのは3回目で,通算9年。サラリーマンなんてのは異動の連続で,真岡勤務の前の職場で相当痛めつけられ(って,自分で自分を痛めつけていたのかも),その都度,真岡に癒やされた。
ので,真岡の印象はかなりいい。この時期の行屋川や北真岡の桜は見事というほかはない。五行川の堤防
を自転車で走ったのは数知れない。飲み屋はいずれも水準が高い。内にこもれる街だろう。宇都宮に出る必要はない。
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| 市役所前の桜 |
● その代わり,外に出ようとするとかなり不便だ。公共交通機関は真岡鐵道とバスしかない。バスは運賃が高すぎるのと便数が少なすぎるのとで,日常の足としては使えない。
真岡鐵道は下館に行ってしまうので,これまたあまり使うことがない。
日常の移動は車でいいとしても,東京に出るのが不便。石橋まで車で行くしかないだろうが,車を使ってしまうのだから,東京で飲んで帰るなんてことはできない。
● しばらくユックリすることだよ。1ヶ月もすると働きたくてしょうがなくなるから。長くサラリーマンをやってしまった人は,どの組織にも属さないなんて耐えられないんだよ。
とアドバイスしてくれた人がいた。自身の体験からのものだろう。“親身”が嬉しかった。
● が,言ってることはわかるけれども,自分に限ってはそれはないと思っている。「自由=孤独」は大人の常識。孤独といかに親しめるか。大人度を測るひとつのメルクマールになるだろう。
漠然と怖れているのは“飽き”だ。自分の行動を制約するものは基本的にはないわけだが,その状態に飽きてしまうこと。
待てよ。その“飽き”を,孤独に耐えられない状態というのかね。でもって,働きたくて仕方がなくなるのかね。
不耐性と飽きは,ちょっと違うもののような気がするが,そういうことは自分を実験台にして確かめることができる。
● で,夜の8時になって。終わった。帰宅した。41年間のサラリーマン生活が終り。明日から“毎日が日曜日”。感慨は,今のところ,特にない。
● 現役最後の夜,相方がご馳走を用意して待っていてくれた。どんなご馳走だったかっていうと,「かつや」の海老ヒレかつ弁当。
すごいよね,二段重ねだよ。何だよ,「かつや」かよ,なんて全然思わない。
● そのカツでハイボール。いつもは3杯飲んじゃうんだけど,今夜は2杯で収まった。ストレスフリーだもんね,アルコールはさほど必要としなくなるだろうな。これはいいことだ。なぜって,酒は飲むな,飲まないで肝臓を休ませろ,と医師から言われている身だからね。
● TwitterにこんなTweetが流れてきた。
音楽家を志している才能あふれる若者が、いまの日本を見て「何かあったら暮らしていけない職業だ」と考えてこの世界に来ることを諦めてしまったら、将来私達が被る文化的損失は計り得ないほど大きいと思うのです。
● 自身が音楽家であるらしい。これに対して引用リツイートで反応した。
そんなことはない。喰えないことは折込ずみで,それでもこの道を行く,と決めた人だけいればいい。食えないからやめておくという人は,それだけの才能しかなかったってことなんだよ。むしろ,才能がないのにこの道を目指そうとする人たちに再考を促す効果が,今回のコロナ騒ぎにはあるかもしれない。
● が,同じ人の次のTweetを知るに及んで,上の引用リツイートはすぐに削除した。
音楽家に限らず、芸術文化に関わる全ての分野に言えるだろうし、観光業や飲食店なども。不測の事態が発生しても全ての人が安心して過ごすことができる世の中であることが、将来の自分たちを豊かにしてくれるのでは。
● 率直に申して,ここまでのバカに何を言っても仕方がないと思ったのだ。これほどのバカに言語で橋を架けることは不可能だ。
蛇足もいいところだろうが,その所以を一応書いておく。「将来私達が被る文化的損失は計り得ないほど大きいと思う」のが,まず間違い。自分の属する領域を実態以上に大きく見てしまっている。
● 自分の立ち位置をモノサシにして世間や社会を見るのはバカでもできることだ。逆に,世間や社会の側から自分の立ち位置を逆照射するのは,バカではできない。
専門職と呼ばれる領域にいる人たちに,わりとこの類のバカが多いという印象を持っているが,その立ち位置を正確に座標化できないというのでは,バカを越えている。
● この人は「不測の事態が発生しても全ての人が安心して過ごすことができる世の中」というものがあり得ると思っているらしい。安心して過ごすことを脅かすものを,不足の事態というんじゃないか。
「不測の事態」とは今回のコロナウィルスを言っているのだろう。コロナウィルスで亡くなる人が,東日本大震災で亡くなった人を超えるとは思いたくないが,しかし,どうなるかわからない。
● それでも「全ての人が安心して過ごすことができる世の中」ってどういう世の中だよ。そんなものは洋の東西を問わず,今まであったことはないし,これからもないだろうよ。
もしあったら,それを天国と呼ぶのだろう。現世を天国にできると思っているって,小学生や中学生がそういうことを夢想するならわかるけど,大人の発言なんだよ,これ。
● しかも,その「不測の事態が発生しても全ての人が安心して過ごすことができる世の中」を建設することについて,自分も当事者だという意識はまったく感じられない。他人事だ。誰かがやれと思っている。
自分はあくまで受益者。バカにとどまらず,際限なく卑しい。
● おそらく,その誰かは政治家や官僚なのだろう。政治家や官僚が “打ち出の小槌” を持っていると思っているんだろうか。どういう世の中を作ろうとするにせよ,その原資は税金しかない。税金でなければ国民からの借金だ。あたりまえのことだ。
たとえば,アメリカから買う戦闘機を全部キャンセルしたって,「不測の事態が発生しても全ての人が安心して過ごすことができる世の中」を作るコストの万分の1にもなるまいよ。焼け石に水にすらならないだろうよ。
● まことに,世の中にはモノを考えるということを知らないバカがいるってことだね。それをわからせてくれるのがSNSの功徳のひとつだ。
教訓は,『自分は自分,バカはバカ』(西村博之さんの著書のタイトルね)ということ。自分と考えを異にする人のTweetに絡んでも,たぶんいいことはない。
● 21日。これから東京に出かける。のだけれども,何時まで着かなきゃいけないっていう用事はない。急ぐ理由がない。ので,東武電車で行こうと思う。東武の方が安くあがるからだ。
東武駅まで歩くわけだけど,勝手知ったる大通りは避けて,今まで通ったことのない裏通りを行き当たりばったり歩いてみようと思う。
● 右の写真はJR宇都宮駅近く。田川堤。コロナで重苦しい空気だけども,春は春。
清少納言は春はあけぼのと言った。さすがの着眼であろうけれども,凡人には春はピンクでありましょう。ここのところの温暖化で,ピンクに染まる時期が毎年早まっているんでしょうかねぇ。
● ときどき,女の人って何でピンクが好きなんだろうと思うことがある。春を思わせるからという理由なら,男にもピンク好きがもっといていいはずだ。いるのかね,男にも。隠れピンクファン。
ぼくはわりとピンク,好きなんですけどね。シャツとかピンクをわりと着る方だと思う。それでも,女性のピンク好きとはレベルが違うわけで。女の人って何でピンクが好きなんだろうね。
● 宇都宮も大通りから外れて路地に入ると,色々と想像を刺激してくれる空間があって,けっこう面白い。
東京の玉ノ井とか鳩の町とか元吉原の人形町1丁目とか,そういうところの路地に昔の残り香がないかと思って,何度か歩いてみたことがある。
かすかな残り香はあるものだ。江戸時代初期の,戦前の,戦後しばらくの間のざわめきを想像してみるんだけども,これはなかなか上手くいかない。
● しかし,かすかな残り香なら,わざわざ東京のそういう場所に行かずとも,宇都宮でも見つけることができるのだった。
日本がというより世界が貧しかった時代が長かった(今だって未来の人類から見れば貧しいのかもしれないが)。その貧しい時代に生きた人々の残り香。
● 江戸期の吉原の花魁は書を能くし,和歌も詠んだ。女性を代表するインテリだった。男の学者もタジタジになったと聞く。苦界に身を沈めるというイメージからはみ出すものがあった。
それでも,当時と今と,どちらがいいかといえば,圧倒的に今だろう。という余裕をこきながら,残り香などと気楽なことを言っているわけだ。今はいい時代だ。
● 22日。東京からの復りも,大手町から半蔵門線に乗って,そのまま東武で。
すっかり安酒場街と化したオリオン通りを歩く。日曜日だというのに,お客が入っているんだよねぇ。もちろん,店によって差異はあるんだけど,ひと頃の寂れ具合が嘘のようだ。印象としては若者が多い。
● ぼく一個の例をとれば,職場の飲み会は昔に比べれば激減している。たぶん,どこでも同じだと思うんだよね。
にもかかわらず,これだけ入っているというのは,若い人たちが職場抜きで飲んでいるんだろうか。どうも,ロートルにはわからない現象だなぁ。
● コロナはどうするんだよ。クラスタになるかもしれんぞ。どうにかこうにか爆発を防いできた日本においても,蟻の一穴から壊滅するかもしれない。
といったって,そろそろコロナに飽きてきてる。それが油断というものかもしれないのだが,飽きてきている。
● 大手町の丸善を覗く。高校の社会科の教科書があったら買おうと思って。学習参考書の類いは3階にある。日本史と世界史は山川の『詳説』があったんだけど,それ以外はなし。
山川の日本史,世界史の教科書だけは,一般的に需要があるんでしょうね。ぼくのように高校の教科書を読んでみようとするオッサンより,山川以外の教科書を使っている高校生が,参考書代わりに買っていくんだろうな。
● ぼくとしては山川にこだわる理由はない。山川でもいいが,山川じゃなくてもいい。
地理,政治経済,倫理も含めて,Amazonでまとめて買おうかと思ったんだけど,Amazonだと高額になる。どういうわけだ。
大久保には教科書専門の販売店があるらしい。これって,都道府県ごとにあるようなのだが,どうもわかりづらくていけない。
● ともあれ。「現代社会」はいいとして,高校社会科の5科目の教科書を読めば,この分野については日本人の中で上位5%の知識人になれるだろう。もちろん,高校の社会科教師全員を含めたうえでの上位5%だ。
そんなものだよね。ぼくらが知っていることなんて,その程度のもの。上位5%に食い込むなんてそんなに難しいものではないわな。
● 高校教科書は別にしても,こういう大型書店を覗いてみることも,たまにはした方がいいと思う。夥しい書籍を見て,教科書から哲学,サブカル,音楽の楽譜に至るまで,この世の森羅万象はすでに書かれている,自分が付け加えることなど何もない,という気分に浸ることができるからだ。
圧倒的なボリュームを目の当たりにすることが必要で,これは図書館よりも新刊書店の方がいい。当然,大型書店でなければならない。
● 今週末は3連休。が,20日(金)は家で過ごし,21日に東京で1泊した。わが家のホテル奉行がそういうスケジュールを組んでいた。泊まったのはブラッサム日比谷。
● 部屋は2701号室。宿泊費は約2万円。朝食付き。この場所でこの料金は安い。
近くのコンビニで缶チューハイを買っておいた。部屋に入って,まず缶チューハイをクイッと。このホテルにラウンジはないので,部屋をラウンジ代わりにしている。何時からカクテルタイムにするか,飲み物も料理も自分で決めることができる。といって,デパートで惣菜を買ってくるわけなのだが。
● ま,1杯やって,風呂に入った。外はまだ明るい。明るいうちから風呂に入るなんて贅沢なものだ。
で,その後は,惣菜を買うために銀座三越に行ってきた。ちょっと飲んでいるし,風呂に入っているしで,わりと疲れた感じ。
● で,その惣菜(沈菜館のチヂミ)でまた缶チューハイを飲んだ。チヂミで飲むには,レモン風味が強い缶チューハイよりウィスキーのハイボールがいいですな。
そんなこんなで夜になった。
● 今度はひとりで新橋を歩いてみた。前回も同じことをしている。銀座にしろ新橋にしろ,自分が住んでいない街をフラフラと歩くのは気持ちのいいものだ。
● 朝食。もともとはブッフェ形式なのだが,コロナウィルスのために,ブッフェ形式はやめている。スタッフがお客の注文を聞いて取り分ける方式。
が,これだとちょっと遠慮ができる。ぼくは同じモノを何度もお代わりすることがあるんだけども,スタッフに取り分けてもらうとなると,さすがに遠慮がでる。
● その点,うちの相方もそうなんだけど,女のお客さんって遠慮がないよね。ガンガン行く。どう思われるかなんて考えないようだ。もちろん,それが正しいのだ。あるべき姿なのだ。
が,わかっていてもなかなかそれができないのが男ってものだよねぇ。ねぇ,ご同輩。
● ご飯と味噌汁,あとご飯に明太子を載せれば,すでにしてひとつのご馳走だ。相方とぼくとで完全に見解が一致しているのだが,このホテルの朝食は水準が高い。
運営がJR九州のこととて,明太子が典型的にそうなのだが,さつま揚げや蒲鉾も九州の名産が並ぶ。和食党にはかなり嬉しい品揃えではないかと思う。
● 問題は食べすぎること。ぼくのような糖尿病患者にはここが難しいところ。結局,食べてしまうんだけどね。昼食を完抜きにして帳尻を合わせるわけだが,昼食を抜いたくらいではおっつかないかもしれないんだよね。そのくらい,食べてしまう。
いや,スタッフに遠慮して,抑えているつもりなんだけどさ。
● チェックアウトは正午。それまでぼくはロビーで過ごした。ロビーにおいてある写真集や画集を見て過ごす。何て言うの,眼下に大都会のパノラマが広がっているわけでね。それを借景にして,温々と写真集を見てるなんて,何て優雅なんざましょ。
トンビだか鷹だかしらないけれど,鳥が3羽,高層ビルの合間を悠々と飛んでいた。いやぁ,格好いい。自分も鳥になりたいとは思わなかったけれど。
● ところで,やっぱりコロナでだいぶ影響を受けているんだろうねぇ。こんなチラシがあってさ。このホテルはアーバンネット内幸町ビルの上層階(18~27階)に入っているのだけど,あとは企業が入居している。その企業の社員に向けたもの。
が,6~16階には日本軽金属ホールディングスが入っていて,日軽金には当然,社員食堂がある。なかなか18階には上がってきてくれないだろう。ひょっとすると,いったん1階まで降りないとホテルには上がれないのかもしれないし。
● もともと,シティホテル的な宴会やウェディングで儲けようというのじゃなく,宿泊主体のホテル(ビジネスホテル的な)かと思えるのだが,その宿泊客がコロナ騒ぎでかなり減少している。
早く収束してくれないと,洒落にならない結果になりそうだ。ひとり日本だけではないわけだが。
● 浅草から銀座線で新橋。新橋のホテルに入って,部屋で1杯やってから,東京ミッドタウン日比谷へ。16時を過ぎたところ。ガード下の居酒屋はもう店を開けている。
道路に花壇を作っている。
ちゃんと手入れされている。ぼくはパンジーだと思っていたのだが,ビオラなのか,これ。
● このあたり,演劇のメッカなんですか,そうですか。クリエの前にはお客さんが並んでいた。催行自粛はしてないようだ。
それでいいのか。いいような気がするんだよね。ひとつには,たぶんガラガラだと思えること。密集要件を満たすほどにはお客は入っていないだろう。
街にはこれだけの人が溢れているのだ。催行自粛って,面の中に点をうがっているだけなのではないかと思えてくるんだよ。素人の考えそうなことだと,われながら思うんだけどさ。
● ミッドタウン日比谷のショッピングモールに初めて入ってみたよ。東京駅前のKITTEを思いだした。KITTEからくすみを取り除いた感じ?
一等地ゆえどんだけ高級&高額なんだろうとビビってたんだけど,別にどってことはない。気安い居酒屋もある。カフェなんかも若者が普通にデートで使えそう。
日本ってほんとに物価の安い国になったよね。この場所でこの値段でコーヒーやビールが飲めるんだからな。
● 隣にはこんな居酒屋ビルもあるしね。よかった,こういう場所にも俺の居場所があったと思うんだけど,こういうのがなくたって,ショッピングモールの中で飲み食いできますよ。
しないけどね。ぼくはホテルで部屋飲みだからさ。
● 前回,行列の長さに驚いたところ。が,相方がこれを見て入ってみたいと言いだした。香港で見たことがあるという。飲茶の店らしい。
が,今回も長い列ができているので,ぼくはパスしたい。テイクアウトのカウンターで肉まんを買ってすませることができた。その肉まん,メロンパンふうの生地の中に甘めの餡が入っている。この味,たしかに香港で何度か口にしている。
香港に来たみたいと相方は喜んでおりました。めでたし,めでたし。
● 銀座に移動。並木通りから中央通りへ。歩きやすい。つまり,人が減っている。中国人が消えた(コロナ騒ぎが
広がってもしばらくはいたんだけどね,中国人)。静かな銀座が戻ってきた。
三越で酒の肴を買った。沈菜館のチヂミがぼくのお気に入り。酒を飲んではいけないと言われているんだけど,これで缶チューハイをやるのだ。
● で,ホテルに戻ってそのようにした。そうしてから,今度はひとりで新橋へ。遊興街というか歓楽街というか。いつもの新橋という感じを受ける。コロナの影響はあまり受けていないのではないか。
途中にある居酒屋も,お客さんで埋まっていた。お客さんがキラキラしてる感じが眩しかった。つまり,一生懸命に話している様子。楽しそうだ。それがキラキラしているという印象になる。
唯一,小さな子供を連れてきている人がいて,さすがにそれはちょっとまずくないかと思ったけどね。しかも,喫煙エリアだったし。ところがさ,その子も楽しそうなんだよね。大人が集まる場所にいられるのが嬉しくてしょうがないっていう感じなんだよ。
● 問題はやっぱりコロナだよな。クラスタになりやすい場所だよね。密室,密集,密接の3要件を見事に満たしちゃってるし。マスクなんかしてちゃ飲み食いできないから,そんなものはしてないしね。
困ったことに,人はこの3要件を満たす場所が好きなんだよね。コミュニケーションに最も適した場所だからね。どうでもいいことを話題にしてああだこうだと言い合うのは楽しいもんね。
● 新橋がお好きでしょ。はい,はい。何ていうんでしょ,新橋って解毒エリアなんでしょうね。港区の下町。新橋があるから,東京は東京でいられるんじゃないかと思うんですよね。
日比谷と銀座と日本橋しかない街ってあり得ないからね。そんなのは街になり得ない。
● でね,1人で新橋の居酒屋に入る勇気はなくてさ。結局,立食いそばを食べたんだけどさ。420円のちくわ天うどん。
激しく後悔。食べちゃいけない身体なのにね,よりによってこういうものに負けちゃ
うって,何なのよ。
● 東武線に乗車。曳舟で浅草行きに乗換。浅草に着いた。雷門や浅草寺の方に行ってみるつもりはない。
隅田川堤。こちらも春爛漫。ムダな活力で溢れている。“ムダな”というのが活力の生命線。コロナに負けてないぞ日本人,と思うのだが,これがいいことなのかどうかは,正直,ぼくにはわかりかねる。
● ただ,ぼくもこうして用もないのに浅草に来ている。不要不急の移動だ。その典型だ。それ油断だろ,と言われれば,そうですねと申しあげるほかはない。
● とはいっても,ソメイヨシノが満開にはまだ遠いけれども,花を咲かせていれば,どうしたって浮き立ってしまう。スマホのカメラを向ける人がたくさんいる。
三々五々,春の日差しを楽しんでいる。平和という二文字を絵に展開すればこうなるだろうという,典型的な光景だ。
● 欧州ではそれでも外出禁止にしてるんだっけ。日本も紙一重のところで感染爆発を防いでいるのかもしれない。油断がその紙一重を破ってしまうかもしれない。
では,こうした行楽をやめて,誰もが家にこもっているのがいいのかってことになると,どうなんだろ。手術は成功しましたが患者は死にました,ってことにならないんだろうかな。
● 結局,わからない。わからないから,ぼくはできるだけ通常を維持しようと思っている。