2015年10月16日金曜日

2015.10.14 眠れない,だけど寝ている

● どういうわけか寝付かれないことがある。まんじりともしないで夜が明ける。
 でも,意識がないだけで実際には眠っている。眠りに落ちる前の記憶が,醒めたあとの記憶にダイレクトにつながってしまうから,寝ていないと思っているだけだ。

● それは睡眠ログを取るアプリを使ってみると明確になる。アプリが間違っているのだと言わない限りは,こんなに眠れていたのかと思うことになる。

● ただし,そういうときは熟睡から遠いのは確かで,次の日の夜はバターっと寝てしまうことになる。身体は正直なのだ。

2015.10.13 インスタントそば

● インスタントラーメンのお世話にはしばしばなっているけれど,インスタントそばはあまり食べない。昔から東洋水産の製品があった。“マルちゃんの天ぷらそば”っていうやつ。
 もちろん,カップならほかにもたくさんあるわけだけど,ここでは袋の話ね。

● ところが,東洋水産の“マルちゃん正麺”や日清の“ラ王”からもそばが出された。生の風合いというのがウリの製品だから,どちらも試してみたんだけど,これは乾麺をゆでたほうがいいかなという印象。
 乾麺をゆでるよりも手間がかからないのはメリットだし,つゆが同梱されているのもありがたいんだけど,うぅん,乾麺のほうがまだ腰がある感じ。あと,ぬめりを取るのも乾麺のほうが簡単っぽい。

● “マルちゃん正麺”に端を発する生麺ブーム(?)も落ち着いた。ぼく的には普通の即席麺のほうを購入することが多い。

2015.10.12 日本語教育能力検定試験

● 昔,外国で暮らしてみたいと思ったことがあった。高等遊民的に遊んで暮らせるわけではない。
 当時,バブルで日の出の勢いだった日本の求心力が強くて,日本語学習熱が各国で盛んになりつつあった。では,自分も彼の地で日本語教師をやりながら収入を得ればいいかなと考えた。

● で,日本語教育能力検定試験というのを受けてみた。一度目は,青山学院大学が試験会場だった。聴解がまったくできなくて,落ちた。
 数年後,再び受験した。駒場の東大が試験会場。一度目より悪い点数だったと思う。落ちた。

● 以後,外国で暮らしたいとも思わなくなり(結婚もしたし,子どもも生まれたし),日本語教師も感心の外に去った。
 ところが,ここに来て再チャレンジの意欲が少々だけれども湧いてきた。老後は外国で暮らすのもいいなと夢想することがあるようになった。

● 前2回はテキストなんかも読んでみたけれど(本の数冊だけど),試験に受かるだけなら過去問だけに絞ったほうがずっと効率がいい。たいていの資格試験は過去問だけで受かる(と思う)。
 凡人社から過去問が出版されているらしい。それだけを使って,三度目の挑戦をしてみようか。二度目から10年以上が経過しているのではあるけれど。

2015年10月15日木曜日

2015.10.11 育ちが悪い

● 育ちの悪さだけは修正が効かない。で,この「育ちの悪さ」というのは,実際の育ち方ではなくて,生まれ持った性格から来るようにも思われる。

● 育ちの悪さはどういう現象として顕現するか。次の二つだ。
 ひとつは,自分のこと(自分の家庭の話も含む)を語りすぎること。もうひとつは,人の噂話(ほとんどの場合,悪口)。
 始終喋っているやつがいる。そいつが喋る内容から上のふたつを除くと何も残らないのじゃないか,と思わせるやつがいる。

● これは悲惨である。聞かされるほうはもっと悲惨である。人を嫌っていれば同じ分量だけ人から嫌われているものだ。この法則には例外がない。
 その程度のことにも気づかないらしい愚鈍さが忌まわしい。

● 育ちの悪さだけは修正が効かない。ゆえに,こちらから遠ざかるしかない。遠ざかるべきだろう。大切な処世訓だ。

2015.10.10 何を遺せるのか

● いくらお金を遺しても,個人が遺せるお金なんて知れている。何らかの成果物を遺せれば。
 1冊の小説,1冊の詩集,1冊の画集。そういったもの。俳優が羨ましいのは,映像を遺せるところだ。

● そうした成果物は,これがなければ生きていけないという分野ではなく,遊びに属する領域で発生する。
 なぜなら,人が好きなのは衣食住など生活必需品ではなく,遊びだからだ。
 遊びをせんとや生れけむ,戯れせんとや生れけん,遊ぶ子供の声きけば,我が身さえこそ動がるれ・・・・・・。

● もっとも,何かを遺そう,遺したい,という発想が卑しいのかもしれない。たぶん,卑しいのだろう。
 それでも,何かを遺したいという思いが,人生の残り時間が少なくなるとともに,頭をもたげることがあるようになった。

● 今はネットがあるから,遺す場所は誰にでも与えられているんだけど,コンテンツは自分が作るしかない。誰にでもできるわけではないだろう。

2015.10.09 偉人≠人格者

● 野口英世が偉人のひとりであることは間違いないけれども,彼がいわゆる人格者であったとは考えにくい。
 で,それって,彼一人にとどまる話ではなくて,たいていの偉人は人格者ではなかったろうと思う。

● ニュートンにしても,ナポレオンにしても,モーツァルトにしても,エジソンにしても,どちらかといえば性格には破綻があったのではないか。
 そのことが常人ではなしえない業績を作りあげる原動力の大きな一つであったのだろう。

● ゆえに,人格者をめざしてしまうことは,偉人的業績を上げることから遠ざかることでもありそうですな。
 ま,最も多い層は,非凡でも人格者でもない人たちなわけだけど。当然,ぼくもその層に属する一人だ。

● 人はどう生きれば幸せになれるのか。何をもって幸せとするか,そこが人によって違うとすれば,生き方も人の数だけあることになる。つまり,解はない。
 何をもって幸せとするかに差異がないとしても,それを目指す目指し方には種々様々な方法論があるだろうから,やはり生き方は人の数だけあることになる。

● この年(野口英世が死んだときの年齢を上回っている)になってしまっては,それを考えても遅いか。こういうふうにしか生きられなかったのだと,今では思っている。

2015年10月8日木曜日

2015.10.08 野口英世の油彩画

● というわけで,野口英世が描いた「メリー夫人肖像」の絵はがきをデスクに置いて眺めている。
 あれだけの仕事をしながら,こういう絵も描いていたのか。凄いヤツだなぁと感心するね。医者(医学者)としての仕事がイヤで,絵描きに逃げたってわけじゃないんだからね。

● 上昇志向が強くて,妙に図々しいところもあった人だと思うんですよ。放蕩癖があって(父親の遺伝だろうか),策士でもあったようだ。人にたかるのに遠慮しない性格だったようだし,人を利用するのに躊躇しなかったようにも見える。
 最後は危険を承知で黄熱病が猖獗を極めている中央アフリカに渡って,いわば殉職したわけだけど,それも「義を見て為ざるは勇なきなり」と考えた結果ではなく,「名誉のためなら危ない橋でも渡る」性格ゆえのように思われる。

● 要するに,人格者というにはほど遠い。しかし,残した仕事は,現在では否定されているものも含めて膨大だ。
 質の高い仕事をする人は量をこなすものだという典型的な例ではないか。それを支えたものは不眠不休を厭わない馬力だったのだろうが,その馬力はどこから来ていたのかといえば,人格者には遠い偏った性格にあったのかもしれない。

● 彼の趣味は絵だけではなかったらしい。囲碁や将棋もよくしたようだし,何より「女遊び」には目がなかった。
 というようなことを思いながら,彼の油彩画を眺めている。それでここまでの絵を描くんだから,彼は並みの人ではなかったのだ。