2017年12月6日水曜日

2017.12.06 TwitterはSNSというより,言いたいことを言いっ放しにするのに向いたツール

● 自分はネットで発信している量は多い方だと思う(質は問わないことにする)。メインはブログなんだけど,Twitterを使うと自動的にログを残すことができる。
 Twitterに関していうと,もっと早くから使っていればよかったと思うものの,それを言っても仕方がない。それまでSNSを忌避していたんだから。

● 発信量が多いということは,ネットでは饒舌だということだ。話好きなのだ。
 今のところ(おそらく,これからも)自分の発信に対する反応はほとんどない。が,それを寂しいと感じたことはない。だからネットは不快だなどとは,間違っても思ったことはない。
 言いたいことを言うだけでいい。キャッチボールをしたいとは思っていないのだとわかる。話好きではあっても,聞くのは好きじゃないのだ,と。
 だから,Facebookとはあまり相性が良くない。

● 言いたいことを言う。人の話は聞かない。ネットはそれにピッタリのツールだ。ブログはまさにそれだし,Twitterもフォローをやめてしまうという手がある。
 そこまではしなくても,ホームに行かないで自分のTLしか見ないという手がある。じつは,そうしている人がけっこう多いんじゃないかとにらんでいる。

● TwitterはSNSというより,言いたいことを言いっ放しにするための装置ではないだろうか。
 有名人のツイートはいわゆる炎上に見舞われることがあるけれども,他人の反応に一切関心がなければ,いくら炎上しようと知ったことではない。彼らにすれば,そういうわけにも行くまいが。

● スマホはなくても支障はないと思っている。が,その場合はコンパクトデジカメを持ち歩くことになる。ツイートじたいは,まとめてパソコンでやる方がむしろいいかもしれない。っていうか,原則はそうしている。その方が時間を節約できる。スマホは入力には向かないので。
 しかし。携帯できる電話機はぼくにはあまり必要のないものであることはたしかなんだけど,自分でも気づいていないだけで,スマホの恩恵は受けているのかもしれない。

● とにかく,自分はネットの恩恵を享受している。そのネットの悪口はあまり言いたくない。

2017年12月5日火曜日

2017.12.05 オーディオ機器について駄弁を弄する

● 音楽を聴くんだったら,やっぱり生がいい。音も含めて,得られる情報量が数段多くなる。
 しかし,生はお金と時間がかかる。チケットを買わなければならないし,ホールまで自分を運んでいかなければならない。

● 幸い,クラシック音楽について言うと,アマチュアの演奏活動が圧倒的に隆盛なのが日本の特徴で,その水準には端倪すべからざるものがある。その演奏を聴いて何らかの不足感を覚えることは,ぼくの場合はあまりない。
 ので,アマオケの演奏を中心に聴いている。おおよそ,それで満足している。

● あとは,オーディオ環境をそれなりに整えて(といっても,今どきだったらミニコンポで充分だと思うが)CDを聴けばよい。聴く人が聴けば,CDからでも充分な情報を拾えるはずだ。
 急いで付け加えておくんだけど,ぼく自身は「CDからでも充分な情報を拾える」人では,どうやらないっぽい。それゆえ,わりと頻繁に生演奏に接したくなるのだ。

● オーディオ機器についてさらに駄弁を弄すると,ハイレゾ対応なら言うことはないけれど,対応していなくても別にかまわないと思う。
 レコードやカセットテープなど,アナログ復帰の動きがかなりクッキリとあるんだけれども,すでに膨大なレコードを持っている人でもない限り,この動きに追随するのは,ぼく一個はお勧めしない。
 この分野ではデジタル化を徹底するのがいい。音楽を聴くというその一点だけのためにでも,パソコンを買うべきだ(ただし,最新型である必要はまったくない)。それだけの価値はある。

● レコードで聴くと音が柔らかいとかまろやかに感じるという声がある。その柔らかさっていうのは,ピントが微妙に合っていない写真に感じる柔らかさと同種のものではないかと疑っている。
 要はシャープじゃないってことで,柔らかいよりもまずはシャープである方を優先すべきだ。シャープさの中から立ち現れてくる柔らかさが演奏の柔らかさなのであって,全体が柔らかいのは,たんにピンぼけているのだ。
 録音技術の問題もあるんだけど,それを言いだすときりがない。

● と言っておいて何なんだけど,ぼくはミニコンポすら持っていない。
 強いていえば,ノートパソコンに外付けスピーカーをつないでいるんだけど,パソコンの回路のみで音を鳴らしてみたって始まらない,っていうことくらいは知っている。これはYouTubeを聴くためのもの。

● それ以外はどうしているかというと,SONYのWALKMANですませている。外ではイヤホンで,家ではヘッドフォンで。
 ただし,家で聴くことはほとんどないので(これがミニコンポも買わないでいる理由),自分は本当に音楽が好きなんだろうかと疑いたくなることがある。

2017年12月4日月曜日

2017.12.04 安室奈美恵から考えた

● セブンイレブンって強いんだろうねぇ。こういうところでキッチリと今をときめく安室奈美恵を引っぱってこれるってのがねぇ。

● 嫌な顔をされるのを覚悟で申しあげますが,クリスマスにケーキを食べるなんて,大衆そのものですよねぇ。
 大衆の定義は“カモにされる側の人間”ってこと。

● ぼくらはしょせん大衆であるしかないのかもしれない。けれども,大衆性の一つひとつを点検して,それを外す努力はしなければいけないものだと思いますよ。
 たとえば,新品にこだわってしまうとか(新車,新築),有機栽培の農産物にウカウカと惹かれてしまうとか,黄金週間にはどこかに出かけるものと思いこむとか,マスコミ情報をそのまま自分の意見にしてしまうとか,“世界=職場”になっているとか。
 そういうものを一つひとつ外していく努力をすること。

● その努力ってのは,愚かさを一枚ずつ剥がしていく努力になる。そのためには,情報(ネットに普通に溢れている情報から一段掘り下げたもの)も集めなければならないだろうし,勉強もしなければならない。
 大衆でいることはカンファタブルだ。そのカンファタブルを壊していく努力でもある。

● というわけで,なかなかシンドい作業になる。早い話が,自分の周りは大衆ばかりなんだから,周囲から一歩浮いてしまうことになりかねない。しかも,そのシンドさが報われる保証はない。
 であっても,それをやらないまま一生を終えてしまうのは,いかにも残念だ。

● ちなみに,その大衆性が最も充満している世界は,今のところ,Facebookだろう。およそどうでもいいことを開陳して,お互いに「いいね!」をしあって,その状態で完結している。「いいね!」を求めてしまうと,大衆に墜ちざるを得なくなる。論理必然的にそうなる。
 そこから脱するには,いったんは「いいね!」を忘れて,自分の投稿の質を上げる努力をしないといけないのだろう。それは大衆性を外していく努力とパラレルになる。そうこうしていると,「友だち」が入れ替わっているかもしれない。

2017年12月2日土曜日

2017.12.02 休日おでかけパス

● 休日に首都圏に出かけるときは,「休日おでかけパス」がお得。「都区内フリーきっぷ」がなくなったあと,この切符が命綱。
 メリットは2つ。ひとつは,往復の乗車券を買うより安いこと。もうひとつは,都内を移動するときにいちいち切符を買わなくてすむこと。

● しかし,問題がある。宇都宮駅では販売していないことだ。自治医大駅以南の駅でしか購入できない。となると,自治医大駅でいったん下車しないといけない。
 これは少々厄介だ。が,よほど急ぐのでない限り,そうしてでも「休日おでかけパス」を買った方がいいというのが,ぼくの体験上からの結論。
 ぼくが東京に行くのは百パーセント遊びのため。遊びに行くのに急ぐなんてあり得ない。もしあっても,家を出る時間を前倒しすればいいだけだ。

● ここ数ヶ月,現金決済主義から脱したオレ。JRの切符もクレカで買えるようになるといいのにな。なってくれないかな。なるわけないよな。Suicaを使えってことだわなぁ。つーか,いちいち切符買ってんのかよ,おまえ,って言われるな。
 ところが。トクトク切符は自動券売機でクレカが使えるんですね。知らんかった。が,暗号入力で手が止まってしまった。暗号がわからないんじゃなくて,暗号の入力方法がわからない。どうすれば暗号を入力できるんだ? あ~ぁ。現金で買いましたとさ。

● ちなみに,今日の帰りは,川崎駅で上野東京ラインの小金井行き鈍行に乗車。蓮田で後から来る快速宇都宮行きに抜かされるので,その快速に乗り換え。そのまま乗っていればいいものを,久喜で,先に着いて快速待ちをしていた鈍行の宇都宮行きに乗り換えた。
 第一に快速は混んでいたから。第二に急ぐ理由がなかったから。とはいえ,最初に乗った小金井行きに乗り続けてしまうと,だいぶ遅くなってしまう。小金井でまた次の電車を待つことになるので。
 急ぎはしないけど,あえてそこまで遅くする必要もないと思って。


(追記 2017.12.07)
 わかりましたよ。機会の右下に数字ボタンがあったんですね。ここから入れればいいんだ。
 どうもね,スマホ的にパネルをタッチするものだと思い込んでいたのがいけなかった。

 っていうか,クレカでの買い物になれていないってことですか。今どき,暗証番号を押させるってあんまりないんだけどね。

2017.12.02 川崎駅内にあるラーメンの立食いスタンド

● 昨日は夜に食べすぎた。あまりと言えばあまりなほどに。ので,今日は朝食と昼食を抜いた。川崎に出かける用事があったので,帰りに川崎駅内にある「らーめん直久」でつけ麺を食べた。これが二度目になるかな。

● 立食いそばならどこにでもある。中には,ラーメンを出すところもある。けれども,ラーメンのみってのは珍しい。
 ここ八王子ラーメンを売りにしているようなんだけど,八王子ラーメンというのがそも何ものなのか,ぼくは知らない。普通の醤油ラーメンっぽいんだけどね。

● パキスタンかバングラディシュか,そのあたりから来たとおぼしき若い男性が複数いて,麺を茹でている。今,これが普通になりましたね。市中のラーメン屋でも,中国系の人たちが支えているところが多い。
 日本のB級食文化は彼らによって維持されているといっても,たぶん過言じゃない。彼らがやっているからダメかというと,まったくそんなことはない。
 彼らがそれぞれの国に帰って,ラーメン文化を移植してくれることもあるかもしれない。彼らの国の風土や食材に変容されて,パキスタン風ラーメンとか,バングラディシュ風ラーメンとかが生まれるかもしれない。

● つけ麺は580円。一番安いのは素ラーメン。440円。こういうところで食べるんだったら,素ラーメンにするのが粋というものかもね。ゴテゴテしたのよりも。
 次の機会があれば(あると思うんだけど),素ラーメンにしてみよう。

2017.12.02 バカの大群

● 上野駅の入谷口を出て,エスカレーターで降りていくと,そこに大勢の人が集まっていた。いや,集まっていたわけではないかもしれない。たまたま,そこで立ち止まっていただけかもしれない。
 とにかく,大勢の男女がいた。

● その彼ら彼女らが,一人残らずスマホをいじっていた。一人残らずだ。だから,大勢の人が集まっているにもかかわらず,いたって静かだ。口を開いている人なんていないんだから。
 その場を通り過ぎる人だけが喋っている。

● この光景,驚くにはあたらない。それはわかっている。ぼくにしたって,同じようにしていることが多い。
 しかし,さすがに異様感に襲われた。何なんだ,これは。これだけの人がまったく同じ時間の使い方をしている。寸分違わず同じことをしている。

● スマホを使って何をしているのかは,人それぞれなのだと思う。と言ってはみたけれど,大した違いはないよなぁ。ゲームだったり,LINEでやり取りしていたり,だいたい似たようなことをしているんだろう。
 いやいや,スマホ以前も同じだった。誰もが同じような話題で喋っていた。上司の悪口だったり,売れているタレントの話で盛りあがったり,美味しいお店があるよっていう話だったり,彼がねぇっていうノロケだったり,そこにいない人の噂話だったり,要はどうでもいい話を繰り広げていただけだった。
 リアルのお喋りから,スマホの画面が窓口になっただけのこと。何も変わっちゃいないのだ。

● スマホがもたらしたものは,次の2点だと思う。
 ひとつは,フェイスtoフェイスではないコミュニケーションを無料で実現したこと(月額の通信料はかかるわけだが)。LINEであり,FacebookのMessengerだ。もうひとつは,一人でできる娯楽の領域をこれまた無料で拡大したこと。
 ヘビーユーザーというか,頭が良くて行動力がある人たちは,それ以外にも色々と便利に使っているのだと思うけど,ぼくらにとってはこの2つだ。

● その結果どうなったかというと,コミュニケーションに言葉が要らなくなった。この変化がとにかく劇的だ。まったくスマホはぼくらの生活の仕方を変えてくれた。あっという間に大きく変えてくれたと思う。
 しかし,これ,ほんとにバカに見える。バカにしか見えない。このあたりは,要は慣れの問題で,いずれこの光景があたりまえに映るようになるんだろうけどね。

2017年12月1日金曜日

2017.12.01 カップ蕎麦が旨い

● カップの蕎麦。旨いねぇ。
 市販の乾麺と市販のツユを使って自分で作っても,とてもこの味には及ばない。市販のツユに鰹だの昆布だののダシを取って加えたところで,やはり同じだろうね。
 麺を自分で打って,ツユも一から手作りしたとしても,やはり同じだろうね。

● この分野で先鞭を付けたのは東洋水産の「緑のたぬき」だと思うんだけど,日清の「どん兵衛」が味では上回りましたか。
 「緑のたぬき」は天ぷら蕎麦だけだけど,「どん兵衛」は鴨だしネギだの,にんにくラー油仕立てだの,色々とバリエーションを揃えている。袋に入れたスープを替えればいいという話ではないと思う。日清が本気だすとスゲェーなって感じ。

● 「どん兵衛」の天ぷら蕎麦は,天ぷらの後乗せを推奨。サクサクと“裏切りの音”をさせながら食べてくださいよ,と。
 でも,ぼくは前乗せ派。この天ぷらはブヨブヨにふやけさせて食べる方が旨いと思っているので,そのようにしている。

● どっちにしてもです,カップでここまでの味を出すとは,メーカーの開発能力というか,力の入れ具合というか,大したものだなと思いますよ。
 年越し蕎麦はカップ麺でいいと思ってるんですよ。全然いいんじゃないですか,これで。