● スタバやタリーズ,モスなどのチェーン店が幅を利かせている。昔ながらの喫茶店はどんどんなくなっている。
が,宇都宮駅前に残っている店がある。経営者は変わっているのかもしれないけれども,昔からここにこの店はあった。
● 若い頃はよく行ったものだ。たまにはチェーンじゃないところに入ってみるかと思った。で,久しぶりに入ってみた。
コーヒーが750円もするのに驚いた(自分が何者かになり得ると思えていた20代のときでも,250円か300円はしてた。実質価格は変わっていないと思う)。あと少し早ければ(10:30まで)モーニングセットを注文できて,安くすませることができたのだけど。
● 昔の喫茶店の趣は残っている。ひとつは喫煙可であること。ひょっとすると禁煙席もあるのかもしれないけれど,ザッと見たところではどのテーブルにも灰皿が置いてある。
チェーン店には高校生も屯っている。多くは女子高生だ。なるほど,彼女たちはチェーン店にしか行かないはずだ。
● こういう店があっていいのだ。というか,あるべきなのだ。クリーン一辺倒は不自然だからだ。
にしても,だ。モスのチーズバーガーセットが660円なのは高いと感じることがあったのだけど,とんだ勘違いだった。モスは安いのだ。
● カフェや喫茶店の場合,コーヒーにお金を払うのじゃなくて,場所代なのだと昔から言われていた。喫茶店はコーヒーを飲むところじゃなくて,そこでお喋りしたり本を読んだり,場合によっては原稿を書くための場所代,時間代だ,と。
であれば,なおのこと,チェーンのカフェが優位だ。同じ場所と時間を安く提供しているんだから。
静かさ,快適さ,調度品の高級感。そういうものでの勝負になるんだろうか。チェーン店はやや詰めこみすぎと思うこともあるけれど,スタバも店舗によってはテーブルの配置がゆったりしているところもある。
● この話を職場でしてみた。ら。それ普通だよ,と言われた。その辺でも800円とかするよ。
そうか,それが普通なのか。ホテルのコーヒー1杯1,000円は高いと思うかもしれないけれども,それだけの価値があるものだと言う人がいる。今どきは街場の喫茶店でもそれくらいはするのか。
● いや,そうでなければやっていけないだろうとは思うんだよね。百円ショップがどこにもあって,セブンイレブンの100円コーヒーが普及したために,こちら側の価格を測る尺度がかなり厳しくなっているんだろうね。
となると,チェーン店の安さはどうやって実現されているのかが不思議になる。人ではなく機械がコーヒーを煎れているから,というのですべてを説明できるんだろうか。
● 機械が人間から仕事を奪うという,これはわかりやすい例なのか。喫茶店やカフェがコーヒーを味わうところでもあるのだとしても,さて,非チェーン店のこだわりの味がスタバを凌ぐかというと,それも疑問だもん。
2018年11月19日月曜日
2018年11月13日火曜日
2018.11.13 氏家の「焼肉むらかみ」
● 初めて来た。同僚と何度か来ている相方が,「お得感,半端ないよ」と連れてきてくれた。焼肉食べ放題の店(食べ放題じゃないメニューももちろんある)。
焼肉とかしゃぶしゃぶとか,肉の食べ放題の店というのは,「牛角」をはじめ宇都宮にもいくつかあるわけだけども,それらのどの店と比べても,お得感があるという。
● そこまで言うんじゃ付き合おうかというわけで,入口で靴を脱ぎ,炉端式のテーブルに着くことになった。
夜(店の言葉ではディナー)は食べ放題が1,980円。ソフトドリンクの飲み放題が700円。アルコールは1,980円。
● アルコール飲み放題の1,980円についていうと,割安さはまったく感じない。というのは,ぼくが飲むのはハイボールなんだけども,アラカルトで頼んでも400円なのだ。つまり,もともと安いのだ。
飲み放題の元を取るには5杯飲まなければならない。5杯飲むってけっこう大変でしょ。
● だったら,食べ放題だけにしてアルコールは別に注文した方がいいんじゃないか,って? それがそうもいかないのだ。
食べ放題の制限時間は60分なんですよ。60分でアルコールまで飲むのはかなり慌ただしくなる。飲み放題を付けると90分になるので,これならゆっくりできる。
でなければ,食べ放題もやめて,全部グランドメニューから注文するかだけれども,そこはね,ぼくら下々の者は食べ放題は動かせないわけですよ。
● 最善の選択はアルコールなしにすることかも。でも,子供の食事じゃないんだからね。夜に外で食事をするのに,アルコールなしで肉だけ喰うってのはあり得ない選択だよね。
というわけで,約4千円になる。これが安いかどうかとなると・・・・・・
● いや,安いよね。どうも,ぼくが焼肉を食べるのは昼が多いので,他店の昼の値段と比較しちゃうんだね。「むらかみ」もランチならもっと安くなる。
夜にこの値段で焼肉を食べたいだけ食べられれば,まずもって文句は出ないだろう。火曜の夜という比較的お客が少ないと思われるこの日も,けっこうなお客さんが入っていたのがその証拠。
特に女性客が多かった。女性の多くは“お得感”で動く(“お得感”でしか動かない)と失礼千万を承知しつつ,ぼくは思っているんだけれども,その女性客にこれだけ支持されているというのは,そういうことなんだよね。
● さて,値段の話ばかりしてないで,中身の話も。タレは3種用意されている。ぼく的にはレモン汁を激しく推奨。レモン汁に塩を落として肉をひたして喰う。肉を食べるときには酸っぱいものも一緒に食べるといいという話を聞く。レモン汁は焼肉のためにあるようなものだ。
肉は,牛,豚,鶏。あと,ソーセージ。相方は鶏が苦手で,鶏はノーサンキューにしてしまった。味のわからんヤツだと思われたかもなぁ。
旨味は脂肪にあり。が,牛カルビや豚トロは,肉を喰ってるのか油を喰ってるのかわからなくなる。肉を食べるなら,豚トロより豚バラがいい。牛だって,カルビよりは赤身だけの肉を食べたい。
● ハイボール2杯,レモンサワー3杯を飲んだ。久しぶりの外飲み。飲み放題だからテキトーでいいや感は皆無。レモンサワーは生レモンを絞っているっぽい。レモンサワーを飲むためにここに来るのもアリかもしれないと思った。
炭酸系のほかに,もちろんビールもワインも日本酒もある。酒に不満を感じることはあるまいと思う。
● 魚か肉かの二者択一を迫られれば,ぼくは迷わず肉を選ぶ。と思っていたんだけども,何が原因かわからないのだけど(年齢だと言われそうだ),あまり肉を欲しないようになっている。以前は外で食べるだけでは足りなくて,スーパーでステーキ肉を買ってきて自分で焼いたものだが,そういうこともバッタリしなくなった。
じつは,相方に誘われたときにも,億劫さが勝った。
● 肉を食べたくなったら,しかし,この店に来ることになるだろう。宇都宮のあんなところやこんなところではなくて。ステーキを除いて,肉を食べるならここになりそうだ。わが家にとっての定番になる予感。家から近いし。
問題はそういうわけで,肉を食べたいと思わなくなっていることで,定番といっても年に数回の話になるのではないかと思う。
● 東京に出向いた折,ランチはしばしば恵比寿ガーデンプレイスの叙々苑で摂る。34階からの都会の眺望を愛でながら焼肉でヱビスビールをやるのは,なかなかいい気分のものだ。
が,「むらかみ」に行くようになって,あそこのお代は景色代ね,と相方は言うようになった。ぼくはそうは思わない。あの景色はあくまでおまけで,叙々苑のランチにはあの金額だけの値打ちがある。叙々苑は安いと思っている。ただし,ランチにしか行けない。
(追記 2018.11.17)
重大(?)な修正。飲み放題は1,980円じゃなくて,1,500円だったらしい。つまり,食べ放題+飲み放題の90分で3,500円になる(平日の夜は)。
この500円の差は気分的に相当大きくて,あれで3,500円はハッキリ安い。肉を食べるためじゃなくて,ハイボールやレモンサワーを飲むために行ってみたくなる。
チェーンの居酒屋,“庄○”とか“養老の○”とか“○民”とか,そういうところを駆逐することになるだろう。もっとも,チェーンの居酒屋って氏家にはあまりないんだが。
焼肉やしゃぶしゃぶの食べ放題の店の中では,たぶん,ここが一頭地を抜く存在。相方の言うとおりだった。
焼肉とかしゃぶしゃぶとか,肉の食べ放題の店というのは,「牛角」をはじめ宇都宮にもいくつかあるわけだけども,それらのどの店と比べても,お得感があるという。
● そこまで言うんじゃ付き合おうかというわけで,入口で靴を脱ぎ,炉端式のテーブルに着くことになった。
夜(店の言葉ではディナー)は食べ放題が1,980円。ソフトドリンクの飲み放題が700円。アルコールは1,980円。
● アルコール飲み放題の1,980円についていうと,割安さはまったく感じない。というのは,ぼくが飲むのはハイボールなんだけども,アラカルトで頼んでも400円なのだ。つまり,もともと安いのだ。
飲み放題の元を取るには5杯飲まなければならない。5杯飲むってけっこう大変でしょ。
食べ放題の制限時間は60分なんですよ。60分でアルコールまで飲むのはかなり慌ただしくなる。飲み放題を付けると90分になるので,これならゆっくりできる。
でなければ,食べ放題もやめて,全部グランドメニューから注文するかだけれども,そこはね,ぼくら下々の者は食べ放題は動かせないわけですよ。
● 最善の選択はアルコールなしにすることかも。でも,子供の食事じゃないんだからね。夜に外で食事をするのに,アルコールなしで肉だけ喰うってのはあり得ない選択だよね。
というわけで,約4千円になる。これが安いかどうかとなると・・・・・・
● いや,安いよね。どうも,ぼくが焼肉を食べるのは昼が多いので,他店の昼の値段と比較しちゃうんだね。「むらかみ」もランチならもっと安くなる。
夜にこの値段で焼肉を食べたいだけ食べられれば,まずもって文句は出ないだろう。火曜の夜という比較的お客が少ないと思われるこの日も,けっこうなお客さんが入っていたのがその証拠。
特に女性客が多かった。女性の多くは“お得感”で動く(“お得感”でしか動かない)と失礼千万を承知しつつ,ぼくは思っているんだけれども,その女性客にこれだけ支持されているというのは,そういうことなんだよね。
● さて,値段の話ばかりしてないで,中身の話も。タレは3種用意されている。ぼく的にはレモン汁を激しく推奨。レモン汁に塩を落として肉をひたして喰う。肉を食べるときには酸っぱいものも一緒に食べるといいという話を聞く。レモン汁は焼肉のためにあるようなものだ。
肉は,牛,豚,鶏。あと,ソーセージ。相方は鶏が苦手で,鶏はノーサンキューにしてしまった。味のわからんヤツだと思われたかもなぁ。
旨味は脂肪にあり。が,牛カルビや豚トロは,肉を喰ってるのか油を喰ってるのかわからなくなる。肉を食べるなら,豚トロより豚バラがいい。牛だって,カルビよりは赤身だけの肉を食べたい。
● ハイボール2杯,レモンサワー3杯を飲んだ。久しぶりの外飲み。飲み放題だからテキトーでいいや感は皆無。レモンサワーは生レモンを絞っているっぽい。レモンサワーを飲むためにここに来るのもアリかもしれないと思った。
炭酸系のほかに,もちろんビールもワインも日本酒もある。酒に不満を感じることはあるまいと思う。
● 魚か肉かの二者択一を迫られれば,ぼくは迷わず肉を選ぶ。と思っていたんだけども,何が原因かわからないのだけど(年齢だと言われそうだ),あまり肉を欲しないようになっている。以前は外で食べるだけでは足りなくて,スーパーでステーキ肉を買ってきて自分で焼いたものだが,そういうこともバッタリしなくなった。
じつは,相方に誘われたときにも,億劫さが勝った。
● 肉を食べたくなったら,しかし,この店に来ることになるだろう。宇都宮のあんなところやこんなところではなくて。ステーキを除いて,肉を食べるならここになりそうだ。わが家にとっての定番になる予感。家から近いし。
問題はそういうわけで,肉を食べたいと思わなくなっていることで,定番といっても年に数回の話になるのではないかと思う。
● 東京に出向いた折,ランチはしばしば恵比寿ガーデンプレイスの叙々苑で摂る。34階からの都会の眺望を愛でながら焼肉でヱビスビールをやるのは,なかなかいい気分のものだ。
が,「むらかみ」に行くようになって,あそこのお代は景色代ね,と相方は言うようになった。ぼくはそうは思わない。あの景色はあくまでおまけで,叙々苑のランチにはあの金額だけの値打ちがある。叙々苑は安いと思っている。ただし,ランチにしか行けない。
(追記 2018.11.17)
重大(?)な修正。飲み放題は1,980円じゃなくて,1,500円だったらしい。つまり,食べ放題+飲み放題の90分で3,500円になる(平日の夜は)。
この500円の差は気分的に相当大きくて,あれで3,500円はハッキリ安い。肉を食べるためじゃなくて,ハイボールやレモンサワーを飲むために行ってみたくなる。
チェーンの居酒屋,“庄○”とか“養老の○”とか“○民”とか,そういうところを駆逐することになるだろう。もっとも,チェーンの居酒屋って氏家にはあまりないんだが。
焼肉やしゃぶしゃぶの食べ放題の店の中では,たぶん,ここが一頭地を抜く存在。相方の言うとおりだった。
2018年11月11日日曜日
2018.11.11 高根沢町グルメ
● 右は高根沢町のローカルフードのPR冊子の表紙。B5で12ページ,オールカラー。町内の公共施設に置いてある。
● 高根沢町のローカルフードで売り出したいと考えているらしいのは,高根沢チャンポン,焼きチャンポン,米粉パン,ジェラードなど。
チャンポンを出す店としては,元気あっぷむらの「青海」「休憩処 大広間」と「こずち」「ボルドー」「あづま」「三好」「天華」「ちょっ蔵食堂」が挙がっている。「天昇」にもあったと思うのだが,この冊子には載っていなかった。現時点でやめているんだろうか。
● このうち,ぼくが食べたことがあるのは「あづま」と「ちょっ蔵食堂」のみ。「青海」にも「こずち」にも「天華」にも行ったことはあるが,チャンポンは注文しなかった。
普通のラーメンとチャンポンがあったとしたら,ぼくはラーメンを頼んでしまう。チャンポンが生き残るのはかなり難しいと見る。おそらく,自然にメニューから消えていくのではないか。行政主導で名物を作るのは無理があるように思う。
● 不味いかといえばそうではない。そこそこいけるのではあるけれども,いかんせん,もっといけるものが他にある。おそらく,大方の人にとってそうだと思う。
そこをあえてチャンポンを選ばせる動機になるのは,町が押しているからというある種の公共心(?)なのだが,いつもいつも公共心が好みに勝るわけではない。
● スイーツに関しては,この冊子に紹介されている店の中で,わが家が利用しているのは「ジョリー」のみだ。あとは行ったことがない。この分野は栄枯盛衰が激しい。「ジョリー」もそんなに古い店ではない。
そういう分野で勝負しようとする人には頭が下がるが,勝ち抜くのはなかなか以上に大変そうだ。
● かつては,そば打ちが好きだから定年後にそば屋をやるとか,コーヒーが好きだから喫茶店をやってみるという人がいた。今もいるのかもしれないが,この種の手合いは世間をなめているとしか思えない。長く続けているのはほんのひと握りに違いない。
継続して人様からお金をいただけるだけのものを出し続けるのは,やはり容易なことではないだろう。それゆえ,続いている店に敬意を払うにやぶさかではない。
● じつは高根沢で一度食べてみたいと思っているのがひとつある。この冊子には載っていない。「とんかつ渡辺」のカツカレーだ。
なんとご飯が二合の超大盛りらしい。そこにカツが載っているわけだから,これはどういう景観になるのか見てみたいではないか。完食は無理としても,挑戦してみたくなるではないか。
● カツカレーってどこにでもあるものだ。高根沢のローカルではない。どこにでもあるものの方が旨いのは致し方がない。
旨いから広まったのだろうし,旨いから定着したのだろうからだ。ローカルにとどまっているものは,とどまるだけの理由があるからとどまっている。
● 高根沢町のローカルフードで売り出したいと考えているらしいのは,高根沢チャンポン,焼きチャンポン,米粉パン,ジェラードなど。
チャンポンを出す店としては,元気あっぷむらの「青海」「休憩処 大広間」と「こずち」「ボルドー」「あづま」「三好」「天華」「ちょっ蔵食堂」が挙がっている。「天昇」にもあったと思うのだが,この冊子には載っていなかった。現時点でやめているんだろうか。
● このうち,ぼくが食べたことがあるのは「あづま」と「ちょっ蔵食堂」のみ。「青海」にも「こずち」にも「天華」にも行ったことはあるが,チャンポンは注文しなかった。
普通のラーメンとチャンポンがあったとしたら,ぼくはラーメンを頼んでしまう。チャンポンが生き残るのはかなり難しいと見る。おそらく,自然にメニューから消えていくのではないか。行政主導で名物を作るのは無理があるように思う。
● 不味いかといえばそうではない。そこそこいけるのではあるけれども,いかんせん,もっといけるものが他にある。おそらく,大方の人にとってそうだと思う。
そこをあえてチャンポンを選ばせる動機になるのは,町が押しているからというある種の公共心(?)なのだが,いつもいつも公共心が好みに勝るわけではない。
● スイーツに関しては,この冊子に紹介されている店の中で,わが家が利用しているのは「ジョリー」のみだ。あとは行ったことがない。この分野は栄枯盛衰が激しい。「ジョリー」もそんなに古い店ではない。
そういう分野で勝負しようとする人には頭が下がるが,勝ち抜くのはなかなか以上に大変そうだ。
● かつては,そば打ちが好きだから定年後にそば屋をやるとか,コーヒーが好きだから喫茶店をやってみるという人がいた。今もいるのかもしれないが,この種の手合いは世間をなめているとしか思えない。長く続けているのはほんのひと握りに違いない。
継続して人様からお金をいただけるだけのものを出し続けるのは,やはり容易なことではないだろう。それゆえ,続いている店に敬意を払うにやぶさかではない。
● じつは高根沢で一度食べてみたいと思っているのがひとつある。この冊子には載っていない。「とんかつ渡辺」のカツカレーだ。
なんとご飯が二合の超大盛りらしい。そこにカツが載っているわけだから,これはどういう景観になるのか見てみたいではないか。完食は無理としても,挑戦してみたくなるではないか。
● カツカレーってどこにでもあるものだ。高根沢のローカルではない。どこにでもあるものの方が旨いのは致し方がない。
旨いから広まったのだろうし,旨いから定着したのだろうからだ。ローカルにとどまっているものは,とどまるだけの理由があるからとどまっている。
2018年11月9日金曜日
2018.11.09 夜の電車でパソコンを開く女性
● やぼ用で宇都宮に。帰りは宇都宮を20:13に発車する黒磯行きの電車に乗った。1日のムショ務めを終えて,家路につく人たちで混み合っている。立っている人もいる。この時間,まだお務め中の人もけっこういるんだろうけどね。
さすがに,皆さん,披露の色が濃い。中に部活を終えた高校生の一団がいて,彼らだけが異彩を放っている。若いってすごいと思わせる。
● 疲れた表情のおじ様おば様も,元気な高校生も,スマホに目を落としているのは共通している。ゲームをしている人もいるんだろうし,SNSに疲れちゃったよと書きこんでいる人もいるかもしれないし,動画を見ている人もいるんだろう。疲れを癒してくれるのもスマホなんだな。
まさかスマホでExcelを開いて書類を補正している人はいないだろう。いないよね,そんな人は。
● そんな中で若めの女性が一人,リンゴ印のノートパソコンを開いていた。さすがにこの時間帯にパソコンを開いている人は,ほかにはいない。自ずと目立つ。
スマホやタブレットを使っている人を見て,仕事をしていると思うことはない。が,パソコンは仕事に結びつく。たとえリンゴ印であっても。
● 若い女性の細い指がせわしなくキーボード上を動くのは,官能的な趣もあって,ついしげしげと見てしまいがちだ。気をつけないと。
が,彼女の指が頻繁に動いているふうではなかったし,イヤホンもしていたから,仕事をしていたのかゲームをしていたのかはわからない。
● でも,ここは疲れた身体にむち打って仕事をしていたのだと思いたい。
でもって,彼女はどんな仕事をしている人なのか,どんなところに住んでいるのか,同居人がいるのかひとり暮らしなのか,休日はどこで何をして過ごすのか,などなど,いろんな妄想を楽しみたい。
つーか,楽しませてもらいました。
さすがに,皆さん,披露の色が濃い。中に部活を終えた高校生の一団がいて,彼らだけが異彩を放っている。若いってすごいと思わせる。
● 疲れた表情のおじ様おば様も,元気な高校生も,スマホに目を落としているのは共通している。ゲームをしている人もいるんだろうし,SNSに疲れちゃったよと書きこんでいる人もいるかもしれないし,動画を見ている人もいるんだろう。疲れを癒してくれるのもスマホなんだな。
まさかスマホでExcelを開いて書類を補正している人はいないだろう。いないよね,そんな人は。
● そんな中で若めの女性が一人,リンゴ印のノートパソコンを開いていた。さすがにこの時間帯にパソコンを開いている人は,ほかにはいない。自ずと目立つ。
スマホやタブレットを使っている人を見て,仕事をしていると思うことはない。が,パソコンは仕事に結びつく。たとえリンゴ印であっても。
● 若い女性の細い指がせわしなくキーボード上を動くのは,官能的な趣もあって,ついしげしげと見てしまいがちだ。気をつけないと。
が,彼女の指が頻繁に動いているふうではなかったし,イヤホンもしていたから,仕事をしていたのかゲームをしていたのかはわからない。
● でも,ここは疲れた身体にむち打って仕事をしていたのだと思いたい。
でもって,彼女はどんな仕事をしている人なのか,どんなところに住んでいるのか,同居人がいるのかひとり暮らしなのか,休日はどこで何をして過ごすのか,などなど,いろんな妄想を楽しみたい。
つーか,楽しませてもらいました。
2018年11月5日月曜日
2018.11.05 女の耳は地獄耳 2
● 彼女がなぜAさんの人事情報を知っているのだ? って,Aさんが話したからに決まっている。彼女に直接話したのか,別の女性に話したのかはわからないけれども,とにかく女性に話した。
いったん話してしまえば,そこから先は,光よりも速い速度で,女性の口コミネットワークによって拡散される。ともかく,Aさん本人が話したことが,彼女がそれを知っている理由だ。
● 何を言いたいのかというと,男は女に対して無防備になりがちだってこと。女に話せばサッと拡がることを知らない男はいないのだけど,それでも女にはポロッと喋ってしまう。同性にはまず話さないようなことをね。
すべての女は巫女なのだと言ってみたい。懺悔を受け入れる巫女だ。
● 女は情報を引き寄せるのだ。だから自然に情報(しかも,一次情報)が集まる。そして女は,その情報の海を巧みに,自分に都合良く操って泳ぐのだ。ネットなんか登場する前から,女はそうしてきたのだ。
情報処理能力が鍛えられている。男が太刀打ちできると思ってはいけない。だから女を敵に回してはいけないのだ。手ひどい目に遇う。
● 巫女を職業にしている女もいる。たとえば,スナックのママだ。彼女が握っている顧客情報はとんでもない質量になるだろう。顧客間の関係も頭に入るだろうから,彼女の前で顧客(男)は丸裸になっているようなものだ。
さすがに,スナックのママは口が固いかもしれない。普通の女と同じようにしていたのでは,顧客が離れてしまう。
だから,男は安心して泣きをこぼすのだけれども,それを業としていると,男に対する見切りが自ずとできるだろうな。男なんてしょせんこんなもの,っていう。そこは職業の功徳かもしれない。
● 欧米ではその役割を教会が担ってきたようだけど,日本では市井の女が引き受けてきた。昔と違って,会社でも半分は女という状況になったから,いつでもどこでも男は懺悔ができる。
だから,日本ではカウンセラーが一般職になることはない。欧米のように増えるはずがない。
日本の女は優しかったのだろう。ずっと愚痴や泣きを受け容れてきたんだから。
● 作用があれば反作用もあるのが道理だから,その分,自分も愚痴や泣きを吐きだしているはずなんだけど,それは女同士でやっているんだろうか。そのあたりはちょっと謎だ。
もっとも,男に吐きだされても,男はそれを受けとめることはできない。断言する。そんなことができる男はいない。
いったん話してしまえば,そこから先は,光よりも速い速度で,女性の口コミネットワークによって拡散される。ともかく,Aさん本人が話したことが,彼女がそれを知っている理由だ。
● 何を言いたいのかというと,男は女に対して無防備になりがちだってこと。女に話せばサッと拡がることを知らない男はいないのだけど,それでも女にはポロッと喋ってしまう。同性にはまず話さないようなことをね。
すべての女は巫女なのだと言ってみたい。懺悔を受け入れる巫女だ。
● 女は情報を引き寄せるのだ。だから自然に情報(しかも,一次情報)が集まる。そして女は,その情報の海を巧みに,自分に都合良く操って泳ぐのだ。ネットなんか登場する前から,女はそうしてきたのだ。
情報処理能力が鍛えられている。男が太刀打ちできると思ってはいけない。だから女を敵に回してはいけないのだ。手ひどい目に遇う。
● 巫女を職業にしている女もいる。たとえば,スナックのママだ。彼女が握っている顧客情報はとんでもない質量になるだろう。顧客間の関係も頭に入るだろうから,彼女の前で顧客(男)は丸裸になっているようなものだ。
さすがに,スナックのママは口が固いかもしれない。普通の女と同じようにしていたのでは,顧客が離れてしまう。
だから,男は安心して泣きをこぼすのだけれども,それを業としていると,男に対する見切りが自ずとできるだろうな。男なんてしょせんこんなもの,っていう。そこは職業の功徳かもしれない。
● 欧米ではその役割を教会が担ってきたようだけど,日本では市井の女が引き受けてきた。昔と違って,会社でも半分は女という状況になったから,いつでもどこでも男は懺悔ができる。
だから,日本ではカウンセラーが一般職になることはない。欧米のように増えるはずがない。
日本の女は優しかったのだろう。ずっと愚痴や泣きを受け容れてきたんだから。
● 作用があれば反作用もあるのが道理だから,その分,自分も愚痴や泣きを吐きだしているはずなんだけど,それは女同士でやっているんだろうか。そのあたりはちょっと謎だ。
もっとも,男に吐きだされても,男はそれを受けとめることはできない。断言する。そんなことができる男はいない。
2018.11.05 女の耳は地獄耳
● 職場でアルバイトの女性と話をしていると,彼女から人事情報(?)を聞くことがしばしばある。Aさんは前にこういう病気をしたことがあって,子供は2人いてまだ高校生なんだよ,奥さんも同じ病気をしたらしいよ,とか。
すべて,ぼくは知らなかったことだ。
● なぜこういう情報を知っているのだ? ともかく,すごいものだ。女はただならぬ情報量の中で生きているのだな。
インターネットが誕生する以前から,女は情報社会を生きてきたのだと思えてくる。
● あってもなくてもいいものは,ない方がいい。いてもいなくてもいい人は,いない方がいい。知っていても知らなくてもいいものは,知らない方がいい。
その知らなくてもいいことを女はたくさん知っていそうだ。“知らなくてもいいこと”と言ってしまうのは,男側の決めつけで,女にしてみれば,知らないと不安で仕方がないものなのだろうか。“不要の要”というのがあるんだろうか。
● だとすると,女をやってくのも容易じゃないね。男は一人で過ごす時間がないと男を維持できないのに対して,女はずっと孤独が続くと女の基礎が揺らいでくる,と言われる。そういうことも関係するんだろうか。
女は男に比べると社交性に富み,自身が属する共同体に着けた足が浮いてしまうことはまずない,と思われる。それが女の圧倒的な強みだと思っているんだけど,反面,社交の場がなくなると,男より辛い状況に陥るんだろうか。
孤独というと観念的な言い方になるな。要するに喋れない状況になると,男よりも女の方が強い風を受けることになるのかい。
● 喋るためのネタ,基礎情報を,女は男よりもたくさん必要とするのだろうか。役に立つか立たないかわからないようなものでも,女には必要な栄養なのだろうと思うほかはない。
いや,それよりも役に立つとか立たないとか,そういうモノサシは女にはないのかもしれない。要不要という発想じたい,男のものなのかも。
● でもねぇ,ぼくの少ない見聞からすると,女は孤独にも強いと思えるんだよなぁ。
すべて,ぼくは知らなかったことだ。
● なぜこういう情報を知っているのだ? ともかく,すごいものだ。女はただならぬ情報量の中で生きているのだな。
インターネットが誕生する以前から,女は情報社会を生きてきたのだと思えてくる。
● あってもなくてもいいものは,ない方がいい。いてもいなくてもいい人は,いない方がいい。知っていても知らなくてもいいものは,知らない方がいい。
その知らなくてもいいことを女はたくさん知っていそうだ。“知らなくてもいいこと”と言ってしまうのは,男側の決めつけで,女にしてみれば,知らないと不安で仕方がないものなのだろうか。“不要の要”というのがあるんだろうか。
● だとすると,女をやってくのも容易じゃないね。男は一人で過ごす時間がないと男を維持できないのに対して,女はずっと孤独が続くと女の基礎が揺らいでくる,と言われる。そういうことも関係するんだろうか。
女は男に比べると社交性に富み,自身が属する共同体に着けた足が浮いてしまうことはまずない,と思われる。それが女の圧倒的な強みだと思っているんだけど,反面,社交の場がなくなると,男より辛い状況に陥るんだろうか。
孤独というと観念的な言い方になるな。要するに喋れない状況になると,男よりも女の方が強い風を受けることになるのかい。
● 喋るためのネタ,基礎情報を,女は男よりもたくさん必要とするのだろうか。役に立つか立たないかわからないようなものでも,女には必要な栄養なのだろうと思うほかはない。
いや,それよりも役に立つとか立たないとか,そういうモノサシは女にはないのかもしれない。要不要という発想じたい,男のものなのかも。
● でもねぇ,ぼくの少ない見聞からすると,女は孤独にも強いと思えるんだよなぁ。
2018年11月4日日曜日
2018.11.04 トリスのハイボールで幸せ気分
● 相方が作ってくれた厚揚げの味噌田楽で,トリスのハイボールを濃いめに作って,静かに独酌。これ以上は望まないなぁ。
こういうので充分っていうか,こういうのがいい。高価な料理は要らないや。高級なウィスキーも要らない。誰かオゴってくれるんだったら,食べもするし,飲みもするけどさ。
● 今この時間にも,銀座のクラブで飲んでる人がいるんだろうけど,たぶん,その誰よりもぼくの方が平穏さに満たされていると思うぞ。
何というんだろうかなぁ,憂いがない。このままお迎えが来てもOKだ。老いてこういう酒が飲めるようになるとは,長生きはしてみるものだ。
● いやいや,まだ途中経過の一瞬ではあるんだけどね。この先何が起こるかはわからない。80歳になってから孫に殺される人だっているんだからね。
棺桶に入るまで人の一生は定まらないというのは,じつにもってそのとおりだと思う。死の直前まで有為転変はあるものだと思っていないと。老いは必ずしも人生の安定を意味しない。
● しかし,この瞬間は穏やかの極みにいる。気になるのは,自分のこの状態を保つために,あるいは自分がこの状態に至るために,周りの人に負荷を押しつけてきたのではないかということだ。
特に家族ということになるが。自分より弱い者に対して,自分のこれまでの対応ははたしてどうだったか。
こういうので充分っていうか,こういうのがいい。高価な料理は要らないや。高級なウィスキーも要らない。誰かオゴってくれるんだったら,食べもするし,飲みもするけどさ。
● 今この時間にも,銀座のクラブで飲んでる人がいるんだろうけど,たぶん,その誰よりもぼくの方が平穏さに満たされていると思うぞ。
何というんだろうかなぁ,憂いがない。このままお迎えが来てもOKだ。老いてこういう酒が飲めるようになるとは,長生きはしてみるものだ。
● いやいや,まだ途中経過の一瞬ではあるんだけどね。この先何が起こるかはわからない。80歳になってから孫に殺される人だっているんだからね。
棺桶に入るまで人の一生は定まらないというのは,じつにもってそのとおりだと思う。死の直前まで有為転変はあるものだと思っていないと。老いは必ずしも人生の安定を意味しない。
● しかし,この瞬間は穏やかの極みにいる。気になるのは,自分のこの状態を保つために,あるいは自分がこの状態に至るために,周りの人に負荷を押しつけてきたのではないかということだ。
特に家族ということになるが。自分より弱い者に対して,自分のこれまでの対応ははたしてどうだったか。
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