2022年7月12日火曜日

2022.07.12 新浦安を散歩

● 現時点で新浦安は駅の周辺100メートルくらいしか知らない。まさに駅前を点として知っているに過ぎない。せっかく新浦安に泊まっているのだから,せめて点から短くても線にしてみよう。
 というわけで,駅から海が見えるところまで歩いてみた。シンボルロードと呼ばれる駅から伸びている道路をまっすぐ行くだけだけどね。

明海大学
● 駅前のイオンを過ぎると明海(メイカイ)大学。このあたりは明海(アケミ)1丁目。
 明海大学の実質的設立は1988年。国内唯一の不動産学部がある。1992年にできた。すでにバブルの破綻が明らかだった頃のはずだが,設立準備を進めているときには,バブルがはじけた後に土地神話が崩壊するとは誰も思っていなかったろう。
 難関資格の1つである不動産鑑定士は仕事がなくなっていると聞く。学生は集まっているんだろうかと気になるところだが,少なくとも定員割れは起こしていないようだ。

● 首都圏の私立大学としてはかなり広い。埋立地で広い土地を確保できたからだとは容易に想像できるが,グランドも含めて施設は整っているように見える。
 道路とフラットで,キャンパスを塀で囲んだりしていない。東大に代表されるが,大学ってのは刑務所と同じで塀で囲まれているものだ,と思っているのは少し古いのかもしれない。
 街に対して開放されている造りにするのが,けっこう前から当たり前になっているっぽい。北千住の東京電機大学がその代表だが,他にもいくつか思いつく。

● 学内食堂で生ビールも飲めるらしい。そういう時代になったのかとも思うのだが,学内で飲酒っていうのはどうなのよ。
 ありなんですかねぇ。ビールを出す時間は夕方以降とかに制限されてはいるんだろうけどね。

● 道路を挟んだ対面には,ホテルエミオン東京ベイ。ここまで来て泊まる人がいるのかと思ったのだが,それはぼくが歩いているからだ。
 東京ディズニーリゾート・パートナーホテルになっている。バス送迎すれば舞浜はすぐそこだ。
 後刻,相方から,私も泊まったことがあるんだよと聞いた。昔,幼かった息子とディズニーランドに来て,帰るつもりがもう1泊してこうかという気分になって,このホテルに泊まったんだよ,と。
 アップグレードでかなりいい部屋に泊まれたという。温泉があるらしい。

● ここから海まではけっこうある。途中,多いのは高層アパートだ。集合住宅群だ。将来の幽霊屋敷を膨大に作ってしまったんじゃないか。大丈夫なのか。
 これが定番ではあるのだが,人口は減少期に入っているんだからね。頑張って子どもを4人産む夫婦がポコポコ出たくらいでどうにかなる問題じゃないからね。

● 海が近づくと再びホテルが現れる。ディズニーホテルなんですね,これ。大きなのは東急。
 柵の向こうに広がる海は,もちろん東京湾。海から後を振り返ると,松林になっている。海岸に三保の松原を造ろうとするのは,日本人のDNAですかねぇ。

● 明海大学まで来ると,授業を終えた学生さんが三々五々,キャンパスを出てくるところだった。塀で囲ってないから,キャンパスからそのまま公道に出る。
 長らく見られなかった風景だ。こういうあたりまえの景色が消えていたのがコロナ禍というものだった。
 人が集うこと,群れること,語らうこと,共に飲食することを,コロナは禁止していたのだ。相当に異様だ。自己の判断で群れることを拒否するというのとは違う。群れることを許されなかったのだ。
 どうやら正常に近づいてきた。コロナウィルスの状況が同じでも,もっと早くこういう景色を取り戻すこともできたような気がするが,今さらそれを言っても仕方がない。

● というわけで,このコースはバスも走っているが,新浦安駅から散歩するのにちょうどいい距離かも。

2022.07.12 東京ディズニーリゾートを見に行く

● ちば旅割の恩恵で,新浦安駅前のホテルに泊まっている。2泊の予定。今日はその2日目で1日を現地で使える。
 何をしようか。京葉線で新木場まで行って,新木場でメトロの24時間券を買って,東京都内をフラフラするのもいいな。いったんはそれに傾いたのだけども,浦安にいるんだから幕張とか千葉方面に行くのもいいよな。
 で,結局,新浦安からひと駅乗って,舞浜に行ってみることにした。

● といって,パークに入るつもりはない。初老の男が1人で入園してどうするんだという話だね。
 Disnyリゾートラインの1日券を買った。パークには入らないけど,周辺をウロウロしよう。お客さんを見て過ごそう。

● イクスピアリは,当然,検温実施中。たぶん,市中のホテルやレストランより厳格にやっているように見える。
 検温なんか事実上やめてしまっているところも増えた。それが理に合った対応だと思う。が,ディズニーは理が示すところをはるかに超えた対応をしているようだ。わかる気がする。ラフすぎる言い方をすればノブレス・オブリージュだ。

● ディズニーランドは永遠に完成しないとは,ディズニーの矜持を示すわかりやすいフレーズだ。東京ディズニーリゾートのオフィシャルホテルもなかなか完成しないね。
 オークラとヒルトンの間に新しいホテルができる?(→ 後刻,ググったら,すでに完成した東京ディズニーリゾート・トイ・ストーリーホテルであるらしい)
 昔は東急だったところがニッコーに替わったのはいいとして,こちら側にも新しいホテルを建設中のようだ。

● ディズニーの矜持を示すフレーズの2つめを考えた。土地を空き地のままにしておくのは犯罪である。
 ディズニーにも無限の集客力があるわけではないだろうけど,いやいや,凄いものだよ。

● ディズニーホテルでは,ぼくはミラコスタに数回泊まったことがあるだけだが,シーができて5周年のときですでに水回りにはガタが来ていた。建設を急ぐあまり,養生を充分に行わなかったのかと思われるが,ホテル単体として見た場合にはディズニーホテルはさほどのものではないと思った。泊まるならオフィシャルの方が断然いい。
 しかも,ディズニーホテルの辞書に値引きという言葉はないから,1泊7万円とか平気でする。そこまでTDRに貢ぐこともあるまいと思う。そこを簡単に踏み越えていくのがディズニーフリークというものかもしれないけれど。

● コロナ禍の最盛期に舞浜に来たことがある。コロナが収束して真っ先に回復するのはここだなと思った。それほどにディズニー愛を秘めた(と思える)男女がやってきていたのだった。もちろん,数は多くはなかったけれども,スキあらば来るぞ,そのために自分は生きているのだぞ,というところに行っちゃってる人たち。
 が,今日のディズニーシーは,夏休み前の平日ではあっても,閑散の度が強い。まだ入場制限を外していない。外れたときがコロナが収束したときだと考えればいい。そう思いたくなるほど,TDRは慎重を期している。

● ただし,今日の入場者数は制限ラインにも届いていないだろう。今日,これからネットでチケットを買って入場できると思う。
 ディズニー神話にも陰りが出てるんだろうか。だとすると,その理由は入場料の値上げですかねぇ。ぼくが行ってた頃は5,500円。今は時節変動だが,まぁ8,400円と考えていいか。
 デフレ下でTDRだけが値上げを続けた。理由があっての値上げなのだろうが,TDRといえども値上げの反作用から自由でいられるわけはない。

● ディズニーランドも閑散。出でよ,ディズニー愛の善男善女。
 東京ディズニーランドホテルは,ディズニーホテルの中でも最もアピール度が高いかな。幼い女の子は泊まりたがるだろうな。いや,オバチャンも泊まりたがるだろうなぁ。

● 仮装は下層。と言ってしまっては言葉足らず。
 お金持ちごっこも面白いけど,下層ごっこ(あるいはお馬鹿ごっこ)はもっと面白い。時々,無性にやりたくなる。そ
ういうことなんでしょうね。ディズニーランドは “ごっこ” ができるから楽しいんだよね。仮装というほどの仮装をしている人は少ないんだけどさ。

2022年7月11日月曜日

2022.07.11 移動は鉄道中心主義

● 宇都宮線宇都宮行き。今年の春のダイヤ改正から3両編成のワンマン運転になった。最初は3つドア5両だったのが,4つドアになったのを機に4両になり,ついには3両。しかもワンマン運転,と。
 ショボいけど,楽しみはある。たとえば,最前部に立って前方の景色を眺めるのがそうだ。シミュレーションゲームじゃなくて,景色は本物なのだ。小さい子がここに来たがるのは宜なるかなと思う。
 特に,ターミナル駅に近づくと,レールのポイントが次々に現れる。これはかなりワクワクする。

● 逆に最後尾に陣取って流れ去っていく景色を見るのも楽しい。ここなら速度計も見える。鬼怒川鉄橋を時速80㎞で通過。鉄道は在来線の普通車でもかなり速いのだ。田舎ゆえ駅はまばらにしかないから,なおさら速い。
 鉄道にも信号はあるが,道路交通の信号とは別のものだ。交差点もない。駅で停まるとしばらく停車するが,基本的に自動車より速い。

● 問題は駅から離れたところに行くのが面倒なことだ。その面倒を避けるためには,駅の近辺で用がすむよう算段するしかない。あと,バスにはあまり乗りたくないから,駅から歩くことを厭わないように努める。
 一番いいのは,駅から離れたところにあるものはないのと同じ,と乱暴に決めてしまうことだ。

● 当然,自分の家も最寄駅から徒歩圏内になければならない。駅から車に乗らなければならないほど遠方にあっては,奴隷の暮らしを余儀なくされる。
 第一,酔っ払って帰るときに,駅まではこれてもその先が困ってしまう。バスには乗りたくないと言ったところで,田舎にはバスすらないのだ。タクシーになってしまう。
 ところが,酔った状態でタクシーに乗ると気が滅入ってきません? 悪く酔いが回りそうな。ぼくはわりとそれがある。できればタクシーにも乗りたくない。

● 歩いて帰れるところに家があるのは,家が家であるための基本的な条件だ。歩いて帰れないところにある家なんて家じゃない。
 そこだけは上手くやったと思う。けっこう痛い目にも合っていたので,駅近は譲れない条件だと思っていた。

● 車は自由だが,その自由を成立させるための不自由を引き受けなければならない。
 車は道路があるところならどこにでも行ける。道路だけはどこにでもある。鉄道がないところにも道路はある。バスが走っていなくても道路はある。移動範囲が格段に広がる。
 鉄道を使うには時刻表が必須だ。ダイヤに拘束される。10分しか待ちたくないと言ったところで,30分後にしか来ないのであればそれを待つしかない。車ならそんなことはない。思い立ったが吉日をそのとおりに実行するには自動車が必要だ。

● しかし,車は自分が運転しなければ走らない。運転すると運転以外の行為を同時にすることができない(せいぜい,音楽を聴くことぐらいだ)。これが困る。
 もうひとつ,運転は疲れる。運転するのが好きな人が多くて,そういう人は疲れるどころではなくスカッとすると言うのかもしれないが,ぼくは運転があまり好きじゃない。疲れる。運転している時間がくつろぎにならない。

● 車を本当に有効利用するなら,運転手を雇うことが必須だ。自分で運転をしてはダメだ。運転を人に任せられるのであれば,車内で仕事も調べものもできるだろう(そういうことをやって車酔いしないのであれば)。
 だから自動運転が実現すれば画期的なことなのだが,ぼくが生きてる間に普及するのかどうか。自動運転ならオープンカーでビールを飲みながら行楽地に行きたい。

● さらに,車を維持するのは高くつく。通勤にしか車を使わないという人が多いと思うのだが,仮に片道30分だとすると往復で1時間。あとの23時間は寝かせておくわけだ。たったそれだけしか使わないのに,税金,車検,保険,ガソリン代,車庫,自動車本体と面白いほどお金がかかる。
 退職して最初にやったのは車を廃車することだった。廃車してみてわかったのは,余計なものを持ってしまっていたのだなぁ,ずいぶんと高くつく通勤を長きにわたってやっていたのだなぁ,ということだ。
 廃車してセイセイしている。不自由というのはそういうことだ。

2022年7月8日金曜日

2022.07.08 夜の東京を歩いてみた

● 相方が「都区内パス」を買って東京のソコやココに行ってきたらしい。夜はぼくがその「都区内パス」で東京に出た。川崎からなので,ひと駅乗って蒲田でいったん下車してから,「都区内パス」で改札を入り直すことになる。
 面倒だけれども仕方がない。田舎と違って数分待てば次の電車が来るしね。

● 東京駅で降りて,ガード下の店を覗きながら有楽町へ。Friday Night ゆえか,どの店も混んでいる。コロナ前より入っているんじゃないか。
 日本人はこんなに享楽的な民族だったっけ。と感じるのは,コロナでガランとしているのを何度も見ているせいかな。

● 晴海通りから銀座に入る。ノーマスクでガハハハハと笑いながら歩いている女の人がいてね。
 いや,ぜんぜんいいんですけどね。あんまり豪快だったもんで,ちょっとギョッとした。何者だ,とね。

● 中央通りからみゆき通りに入り,並木通りを歩いて新橋へ。路駐の車で道路が埋まる光景が復活。夜の銀座帝国が元に戻るのは,さすがに無理だろうと思っていたのだが。
 客を見送りに道路に出てくるお姉さんたちを3回見かけた。こちらがドギマギするほど,キレイな人がいる。これが銀座クオリティーなのかい。

● 酒は気の置けない友人(ぼくにはいないが)と安酒を酌み交わすのが最も高級な飲み方だと思っている。気の置けない友人というのが異性であることもあるかもしれないが,酒の場に女性は必須ではない。
 まして接待を業とする女性がいるところで飲むなんてのは,邪道も邪道,何を考えてそんなことをやっているのかというくらいのものだ(スナックというのは今でもあるが,これは居酒屋の一種だ)。
 そんなことをするくらいだったら,知り合いの女性と飲みに行けばいいではないか。職業婦人のいるところでお金を落とすよりも,彼女に奢る方がずっと活きたお金の使い方だろう。

● が,今夜見たお姉さんたちには,そんな浅い理屈などひと息で吹き飛ばすほどの美貌とオーラがあったね。気を張っているのだろうな。
 たんまりとお金を持っていたら,銀座にひょっこり出かけたかもしれないな。そして,手もなく捻られていただろう。

● 安倍元総理が暗殺されても,人々の日常には1ミリの隙間もできずに,いつものとおり回っている。それは当然そうなのだが。
 新橋から京浜東北線に乗って川崎のホテルに戻った。

2022.07.08 岡本太郎美術館

● 岡本太郎美術館に行こうと思う。が,それは川崎市を縦に動くことを意味する。川崎(区)から東京や横浜に行くのは造作もないのだが,川崎市内を縦に動くのははるかな困難を伴うという川崎問題。その川崎問題に挑戦する気力があるか?
 WALKMANで007のテーマを聴いて気持ちを高ぶらせた。それでは足りず,エルガーの「威風堂々」まで聴いて,南武線の車輌に乗りこんだ。

● 登戸で降りて,1.8kmほど歩く。生田緑地の木陰に入るとさすがに涼しいのだが,そこに至るまでがこの時期には堪えますな。
 美術館前の「母の塔」を場所を変えながら見上げる。どこから見るのが正式なのだろうとアホなことを思ってみた。正式なんてあるわけがない。

● 岡本太郎美術館は二度目。前回は新宿から入った。川崎からJR南武線に乗るよりも,新宿から小田急に乗った方が運賃も安いんじゃないか。
 入館料は1,000円。65歳以上は800円で,ぼくはこれに該当するわけだ。が,一般券で入場。どういうわけだか,自動券売機があるのに人がいて,あれこれ世話をやいてくれる。65歳以上は800円でいいんですよと言われなかったのが何気に嬉しくて,喜んで1,000円券を買いましたよ。

● 岡本太郎美術館が川崎にあるのは,太郎が生まれたのが母親の実家で,その母親の実家が川崎市(高津区)にあったという縁なのだと思うのだが,生まれてすぐに東京に移っているので,太郎と川崎の関係はほぼ何もない。出生地という以外に太郎の足跡を川崎市内で見つけるのは難しい。
 ではあっても,川崎市に岡本太郎美術館があって,かなりの作品がここに集められている。ぼくらにとっても幸いなことであるに違いない。

● 常設展は,今回は比較的足を止めずに見て回った。
 常設展の他に小松美羽展。狛犬をモチーフにした作品で知られる人らしい。「山犬様」がタイトルに入った作品が多くあった。
 美術館に行くと疲れるのは,作品から投射されるエネルギーを受けとめきれずに,オーバーフローしてしまうからかもしれない。疲れるのがイヤで,時間をかけないようになってしまうのだが,それでもけっこう疲れる。ずっと立ちっ放しだからというそれだけではないよねぇ。

● ともあれ,川崎問題に挑戦し,そして勝利した。ミッション(?)を果たして帰還したのだが,平日の日中なのに南武線は混んでいる。帰りは川崎駅に着くまで座れなかった。
 沿線の方々は毎日,挑戦することを余儀なくされているのだろう。どうぞ,御身お大切に。

● ところで。岡本太郎美術館は9月から来店の1月末日まで休館する。太郎パワーを注入するのは,この夏の間に。





2022年7月7日木曜日

2022.07.07 横浜散歩

● 今週も6日から9日まで,3泊4日で川崎のホテルに泊まっている。しかし,贅沢すぎる悩みが1つある。やることがない,ということだ。やることがないのがリゾートの前提ではあるのかもしれないが,“かながわ旅割” の恩恵で5月から川崎に入り浸っているので,さすがにホテルの近辺で新たな何かを見つけるのは難しくなってきた(あるとは思うんだけど)。
 ので,今日は相方と横浜に行ってみることにした。

● 京浜東北線で石川町へ。横浜も中華街と山下公園とみなとみらい以外にはあまり浮かんでこないのだ。とりあえず,中華街の最寄駅である石川町へ。
 石川町駅は山手に上がるときにも起点になる。ので,石川町駅の構内にかかっている地図には山手も載っている。ハイソでセレブな山手の隣が寿町なのだよね。グラデーションで変わっていくのではなくて,極端が隣り合っている。

● これが都市の魅力の1つだという酷薄な事実。ドヤ街も山の賑わいで,つまりは必要なものだ。必要なのだからなくなることはない。“必要” の前には福祉など屁の突っ張りにもならない。
 ドブに金を捨てているようなものだと批判されたりもする。ドブというより,ブラックホールに捨てているようなものかもしれん。ハイソやセレブは常に危ういものだが,貧困はたいてい盤石だ。少しくらいの金を撒いたところで盤石なものは盤石だ。

● 横浜中華街にやって来た。薔薇ホテルの対面にある「南粤美食」に来た。去年,一度食べた。以後は,“今日はもう終わりました” の連続。ので,行列に並んだわけだが,40分は並んだろうか。お忙氏にはとてもお勧めできない。
 名物は雲呑麺(890円)なのだが,「(雲呑麺は)小さいサイズですよ,もう一品いかがですか」と商売人のお嬢さんに乗せられて,釜飯(1,700円)を追加してしまったよ。
 小さいサイズでも麺はけっこう多い。これだけで足りると思う。かつ,この890円はかなり安い。プリップリの海老をこれでもかというほど喰えるからね。

● ぼくらの後ろに並んだのが中年の婦人。彼氏と来ているらしいのだが,私が1人で列に並んでいるからあなたはホテルで待っててよ,入れそうになったら連絡するから,と電話してた。女が男を甘やかしている。男に尽くしているといってもいいんだが,こういうのってほんとにあるんだなと思ってね。
 母親と息子の関係でしかないものだと思っていた。母親でも息子に対してここまでするのは珍しいかもしれない。

● 普通はこれをやったら捨てられるというか,去って行かれるというのが定番でしょ。尽くすっていのは,たやすく鬱陶しさに転換するから。
 中年のカップルなんですよ。しかも,どうも男の方は自分で稼いでいるというふうではない。40はとっくに過ぎていると思うのだが,小ぎれいとは言えない格好で(歯が汚いと相方は言っていた),対外的に形は作ろうとするタイプ。店員に対しては客らしくふるまおうとする。
 女が稼いで食べさせたうえに,こづかいまで与えているのかもしれない。男が支払っていたのだが,女がお金を渡して男が払う形を作っているのかもしれない。男はヒモなのかもしれないのだが,かといって男が操っているふうではないんだよね。

● 女がセッセと貯めたお金で横浜に来て泊まっているようなのだが,女の方がそうしたくて男を付き合わせているようだ。だからということもあるのかもしれない。女が過度に気を遣っているように見えるのは。
 こんな男と一緒にいるより1人で生きて行けばいいのに,と部外者のぼくは思ってしまう。男女の仲は云々と言われるけれども,男女の仲のあり様は単純でもあってね。男女の仲って快不快の原則で説明がつくよね。
 自分に快を与えてくれない男からは去っていくのが女でしょ。それでいいというより,そうでなければいけないよね。

● 女に最低限持ってもらいたいのは,ダメな男をスパッと切り捨てられる潔さだ。たいていの女は持っているものだと思っていたのだが。
 快は経済的なものだけではないから,あの歯クソ男が彼女に何らかの快を与えているのかもしれないんだけどねぇ。人事はすべてバランスで成り立っているとすると,この2人もバランスが取れちゃってるんだろうかな。

● 恥ずかしいほど定番なのだが,中華街から山下公園へ。ここは誇り高き横浜国。横浜は東京に対して独立しているし,横浜市民は東京を一格下に見ている感じを受けることがある。
 カッペの東京都民,立入るべからず。

● 飛鳥Ⅱ。コロナが大逆風になったが,旧に復しているんだろうか。この船の世界一周クルーズに参加したいものだが,先立つものがない。
 夫婦2人で参加すると,安い船室でも1千万円,高い船室だと5千万円。ハシタ金だと思うが,そのハシタ金がない。

● みなとみないのショッピングモールへ。こういうところは1人のときは素通りするのだが,相方が一緒なので少しは見て歩くことになる。
 しぶとくお客はいる。バブルが弾けてからは,ゴーストタウンになるんじゃないかと思っていた時期もあるんだけれども,ぼくが間違っていた。ぼくが思っていたよりもみなとみらいの足腰は強かった。

● サンリオやディズニーストアがあると,相方が急にいなくなる。何が楽しいのかはよくわからない。よくわからないが,わからないからといって否定はしない。人生は限られている。楽しめばいい。
 スタバの横浜ランドマークプラザ店でマンゴー パッション ティー フラペチーノを飲んだ。ここにいれば涼しい。今の日
本からは天然の避暑地はなくなったと思うが,人工的に作られた避暑施設は色々ある。好むと好まざるとにかかわらず,こうまで暑くてはこうした施設もつまく使っていかないと,ひと夏を越すのは難しくなった。

2022年7月3日日曜日

2022.07.03 大学に価値はない

● 通信制を含めて最も学費が安くてすむ大学が放送大学だと思う。もし,高校しか出ていなくて,学歴コンプレックスがあるという人がいれば,この大学を卒業するのがコンプレックスを払拭するための最良の方法だ。
 何だ,大学なんか出たって仕方がないんだな,とわかるためには実際に大学を出てみるのが一番いい方法だから。

● ただ,ぼくが知っているのは文系の世界に限られる。理工系(医学系も)は実験を伴うから,放送大学では対応が難しい。理工系の概論的な授業はあるが,本格的にやりたければ一般大学に行くよりしょうがない。
 文系に限っていえば,ほとんどの大学は放送大学よりもっとしょうがないからね。放送大学を卒業できるんだったら,卒業できない大学なんてないから。

● それでも学ぶのに最適な場所は大学ではないことがわかるはず。正直,放送大学は役割を終えたと思う。
 では,最適な場所はどこか。今,自分がいるところ。独学が最も効率がいい。そういう時代になったと思う。
 そういう時代になったについては,やはりインターネットの効用が大きい。視覚と聴覚に訴えてくる動画が,多方面にわたって,溢れるほどにあるようになった。

● 価値とはすなわち稀少価値のことだから,稀少性がないものに価値はない。ネットに溢れるようになった以上,知の価値はダダ下がりに下がるしかない。
 正確には知そのものではなく,知の伝達者,知に群がる人たちの価値が下がったということだ。

● もしぼくが中学生か高校生で,現在の世間知を備えていたとしたら,大学には行かない。さっさと就職すると思う。幸いにして少子化のおかげで労働市場は売手市場だ。人手不足だ。
 就職したいえで,仕事に人生を捧げるなどと馬鹿なことには走らず,独学の途を探るだろう。それでも並の専業大学生が4年間かけて卒業するときの水準に到達するだけでいいなら,2年もあれば充分だと思う。1年でいいかもしれない。

● 逆に言うと,たかだか大学(学部)や大学院で聞き齧った程度のことを,これが私の専門ですなどと言うのは,私は世間をなめていますと言ってるようなものだから,控えておくのが賢明だ。
 世間では,そういう人に対して,馬鹿だ,使えないやつだ,と評価するだろう。つまり,世間は正しい判断をするものなのだ。