2019年7月15日月曜日

2019.07.15 東京マリオットホテルに初宿泊

● 慣れたホテルは安心だけれども,泊まったことのないホテルに泊まるのも楽しみなものだ。今回,北品川の東京マリオットホテルに泊まることになった。もちろんのこと,相方の企画でありますが。
 沖縄のマリオットには子供が小さかった折り,何度か泊まることがあったけれども,それ以外のマリオットは海外も含めて初めて。

● 北品川の街も歩いてみたことがない。ネットで予習した。東海道を上方に向かうときの1番目の職場が品川宿。遊郭もあってかなり賑わったようなのだが,その痕跡を留めるものは残っていないようだ。
 当時の東海道は海際であったらしい。その旧東海道をまずは歩いてみたい(→14日に歩いてみた)。

● 京浜運河にある海上公園も何だか楽しみ。天王洲アイルまで行けるだろうけれど,ここは行っても仕方がないとの思いもあり。
 かなり昔になるけれど,羽田に行く折り,ここで1泊したことがある。暗かったせいか,どうもパッとした印象がない。ゴーストタウンを思わせた。
 できた頃は都市再開発の範例として,大学の講義でも取り上げられた。当時は不動産学部というのがあったのだ。大学経営者もバブルに踊ったのだ。と思ったら,今でも残っているんですね。そりゃそうか。デベロッパーだって残ってるんだもんね。
 その後ウォーターフロントの開発がどんどん進み,お台場ができたあとは寂れる一方だったのではないか。ぼくが泊まったときはだいぶ寂れていたような。ともあれ,その天王洲アイルも徒歩圏内だ。

● というわけで,ホテルよりも街が楽しみ。ホテルはたぶん,シェラトン都っぽいのではないかと想像している。
 と,行く前からいろいろ想像を逞しくしていたのだった。

● 泊まったのは14日。2101号室。かつての「ホテルラフォーレ東京」。運営は森トラスト・ホテルズ&リゾーツが担当。248室。以上,Wikipediaからの受け売り。
 御殿山という巷からやや隔離された立地。ロイヤルパークならホテルを出れば平面移動で人形町に至るが,ここだと品川の巷に出るには山を下りなければならない。

● 巷は低地にあり,ホテルは高台のセレブの地にある。これを是とするか非とするか。
 ぼくは非とする。巷と住居を分けてはいけない。巷で遊んで,遊び疲れて安全な住居に戻ってくつろぐ。これダメ。
 少なくともホテルの場合は,巷から「戻る」という行程は入らない方がいい。ホテルは巷の中で息をしているのがいい。

● 相方が視野に入れるホテルにはエグゼクティブ・ラウンジがある。これがあることが宿泊の楽しみになるからだ。マリオットも最上階(26階)にラウンジを設置した。スペースが充分ではなく,テーブル間距離がだいぶ短いというか狭い。
 で,エグゼクティブ・ラウンジには,例外なくそうだが,エグゼクティブはいない。ぼくらがその典型なのだが,コストパフォーマンスを求める貧乏人で溢れかえる。今回も例外ではあり得なく,“貧乏人の巣窟”感が半端ない。

● しかし,そんなことは気にしないで楽しめばいいのだ。それ以前に,もしエグゼクティブ・ラウンジが文字どおりの存在だとしたら,ぼくらは中に入ることができなくなるだろう。
 ホテル側が入室を許さないのではない。お金を払えば誰でも入れる。のだが,ラウンジがエグゼクティブの気配で満ちていたら,その空気がぼくらをはじくだろう。
 料理はかなり質が高く,種類も多い。ハイボール3杯がすっと入ってしまった。このラウンジ,相方は気に入ったらしい。

● この時点でぼくは一度で気がすんだ感じになった。もう来なくていいや,と。主には立地による。が,まぁ,これからこのホテルのいいところを探してみようと思う。
 というわけで翌朝。起床は5時。されど睡眠9時間。いくらでも寝れてしまうのだ。ということはいいホテルなのじゃないか。相方によると清潔感もOK。ホテルによっては自分で掃除しなおすことがあるらしいのだが(本当か),このホテルではそれをする必要がなかったそうだ。

● 朝食前にホテルのあるこのエリアを歩いてみた。あいにくの天気が残念だが。
 御殿山庭園。シェラトン都の庭園とは趣を異にする。趣のみらなず,心理的な距離感も違う。シェラトン都の方が庭園が近くにある。たぶん,ホテルの建物がここの半分の高さしかないからだ。ホテルは高層階というのは,もう過去
のものかも。高層階の価値はダダ下がり。いわゆるタワマンっていうのも,飽きられてない?
 マリオットの雰囲気はシェラトン都に似たものなのではないかと勝手に想像していたんだけども,だいぶ違う。

● 原美術館もすぐ近くにある。御殿山はまことにセレブ&ハイソの集積地。
 御殿山ハウスだとかトラストコートだとかじゃなくて,瀟洒な2階建てに住んでる人がいる。セレブの中のセレブ,ハイソの中のハイソであろう。
 末代までの繁栄をご祈念申しあげる。子や孫の代になっても,この家を維持してここに住んでられるといいですな。
 このあたり,散歩というよりジョギングのコースにもなっているようで,余所からも走りに来ている人がいるようだ。

● かつて一流を標榜していたホテルにはビジネスセンターがあった。もちろん,ぼくは使ったことがない。が,宿泊客がビジネスセンターをビジネスのために使うことはほ
とんどなかったのではないかと想像する。たぶん間違っていないはずだ。
 お客様に秘書機能を提供するという売り文句だったけれども,ありていにいえば,ホテルの中に銀座クラブのミニチュア版があったと思えばいいだろう。典型的にそれを感じたのはソウルのウェスティン朝鮮でだったけどね。

● そのビジネスセンターがここまで矮小化したのかと思えるものを発見。プリンタとつながっているノートPC。いやいや,ノートPCとつながっているプリンタ。
 たぶん,Wi-Fi接続で自分のスマホからプリントアウトすることができるんでしょ。つーか,これ必要ですか。要望があったのかな。

● 1階のレストランで朝食。和食にしてみたのだが,食べたいものがたくさんあって困る。うどんやラーメンまであるのだが,麺に腰は完璧にない。外人さんの好みに合わせているのだろう(と思うことにする)。
 全部を見たうえで何を取るか考えるのもいいが,和食と決めているのなら他のコーナーは見ないことにするのもありだ。次回はもう少しまともなチョイスができると思う。
 レストランやラウンジの飲み物をテイクアウトできる。こういうのには,初めて遭遇。

● そろそろ帰ろうと思う。ラウンジで水分補給。ラウンジのお客さんは圧倒的に外人さんが多い。彼らの大半は(スマホやタブレットではなく)ノートPCを使用中。
彼らにはノートPCというだけで,つまりモバイルなのだな。ことさらなモバイルという概念はないのだろうな。
 左の3人組は3人ともThinkPadを使っている。何をしてるんだろ。遊んでいるようには見えない。かといって,お仕事モードでもなさそうだし。

● 南の島のリゾート気分を演出しようとしている。スタッフの格好もアロハっぽい。このあたりをどうしたいかは,当然,ホテルの考え方による。お客が口を出すことではない。
 ホテルは1泊しかしなくても,すべからくリゾートだと思っている。アーバンリゾートというやつだ。南の島の海より
も,涼しい高原よりも,大都会のアーバンリゾートの方がぼくは楽しい。アメリカはハワイ以外は行ったことがないけれど,行くとすればまずニューヨークだと思っている。
 で,リゾートなんだからリゾートに相応しい格好で行きたい。海じゃないんだから水着でホテルをウロウロするわけにはいかないが,かといってネクタイに革靴というのも少し違うんじゃないかと思う。あまり身体を縛らない格好にしたい。

レストランのコーヒーをテイク
アウトして外で飲める
● ぼくの場合はその度が過ぎて,素足にサンダルにまで墜ちてしまいがちなのが問題だ。そこまで行ってしまうと,全体の景観を損ねることになる。
 でもさ,墜ちるのは簡単だけど,這いあがるのは難しいんだよね。せめて人様に不快感を与えないようにはしたいと思うんだけど,それも難しいね。緩ませることを最優先しちゃうんだよね。

2019年7月14日日曜日

2019.07.14 品川散歩-旧東海道

● ホテルで朝食後,品川に移動。あいにくの天気なのだが,旧東海道を歩いてみようと思う。ホテルでマッタリしてる方が正解だったかと思いつつ,品川駅から北品川駅まで徒歩で移動。コンビニで傘購入。

● 旧東海道はすぐにわかった。言われてみればそうかと納得する道路幅員。
 品川宿,遊郭もあって賑わったという。その遺構は残っていない。旧東海道と交差する路地に入ると,往事を偲ばせるものが残っているような。偲ばせるだけで,つながることはないと思うが。

● 沿線に寺と神社がやたら多い。昔は少人数でたくさんの神社仏閣を養っていたことがわかる。まったくもって貧者の一燈だ。
 あと,これだけ多いということが悪場所の多さを物語る。神社仏閣と悪場所は同じものの表裏だから。

● 本陣跡。こういう表の遺構はどうでもいいんだよね。文字どおりの跡だし,だから何なのっていう以上の感想は持ちにくい。
 品川橋。下の川は目黒川。流れはほぼない。海抜ゼロメートルだろうからね。

● この旧東海道,どこまで続いているんだろう。北品川~南品川~東大井~。地図を見ると大森海岸あたりまでかと思えるのだが。途中で引き返す。
 機会があったら自転車で走ってみたい。っていうか,機会がなければ作ってみたい。
本陣跡
 商店街なわけですよね。基本的にはね。商店街名の案内板が頻繁に目に入る。

● ゲストハウスの看板を出しているところもある。長く続いてきたのかと思わせる食べ物屋もある。
品川橋
 が,失礼な言い方を許していただきたいんだけども,商店街として賑わっているという印象は受けなかった。天気もある。ぼくが歩いた時間帯は午前10時に至っていなかったかもしれない。そのせいでもあるだろう。
 旧東海道というのは相当なブランドではないかと思うのだが,商売にとってはそんなのは関係ないんだろうか。というか,今では裏通りになっているのでもあろうか。





● 東大井まで行って戻ってきた。万歩計などという無粋なものは使っていないけれども,けっこう歩いたんじゃないかと思う。
 だから腹が減った。旧東海道の起点(終点?)からさらに品川寄りに歩いてくると,ガード下っていうじやないけれど,それに近い場所に飲食店街があって。
 そのなかの一軒でカツカレーを食べた。880円。前回,カツカレーを食べたのは,少なくとも25年は前のことだ。蕎麦とかき揚げ,刺身と大葉,おにぎりと海苔ほどには,カレーとトンカツはベストマッチではないようなんだよね。

2019.07.14 ロイヤルパークホテルに投宿

● 今週もロイヤルパークに宿泊(1642号室)。13日,王子からホテルに向かった。JRで上野,上野から日比谷線というのがまっとうな行き方かと思われた(東京まで行って,大手町から半蔵門線に乗るのもあり)。
 が,南北線で後楽園,丸の内線で大手町,半蔵門線で水天宮前。メトロだけで移動した。JRを使うより100円安くなるからという,セコい理由による。

● 南北線から丸の内線に移るときは,長い上りのエスカレーターを乗り継ぐことになる。南北線はだいぶ深いところを走っているのだね。都営大江戸線もそうだけど,新しい地下鉄は大深度地下を走っているんでしょうね。
 上るんだったらまだいいけれど,下って行くのはヤダね。なんぞと言いながら,東京の上下左右に網の目のような地下鉄にもだいぶ慣れてきた感がある。乗換アプリのおかげもあるな。

● まずはラウンジでハイボールとなる。そのためにここに来てるんだから。今日は海鮮サラダ(たぶん,別の名前がついてるはず)が初見参。エビもプリプリなんだけども,それ以上に鮭が旨かった。塩気といい,冷え具合といい,噛みごたえといい。
 気分よく,ハイボールを3杯飲んだ。

● かろうじて雨は大丈夫のようだった。いつもの隅田川。
 ところが。ここで怒の感情を制御できなくなった。唐突にある特定の人物が浮上してきてね。そういうときは脳内で暴れたいだけ暴れさせておくしかない。数分間で退散する。が,またすぐにやって来るんだよなぁ。
 せっかくの隅田川なのにねぇ。まぁ,こういう日もあるよねってことで。

● 人形町「兎屋」。大盛りつけ麺,お待ちっ。カウンター席のみ。10人で満席になる。だいたい満席だ。
 お客さんもね,地道に真面目に働いているって風情の男女が多い。堅気度が高いっていうかね。
 時の人っているじゃないですか。オンラインサロンの主宰者とか,SNSのインフルエンサーとか,ビジネス書のベストセラー作者とか。そういう時の人になれる能力はたぶんないし,それ以前にそういうのにあまり興味を持たなそうな感じの人たち。揺るぎなく地道な人。It's so good!

● 翌14日はラウンジでの朝食から。“朝食The人形町”つまりいつもの和食。
 相方に叱られた。和食のカウンターの前で長く陣取っちゃって,次の人がなかなか取れなくて困っていたよ,と。平謝りに謝った。
 後ろに目を付けていなかったのと,サッサとしなかったこと。申しわけない。ごめんなさい。

2019年7月13日土曜日

2019.07.13 王子散歩 2

● 王子に来てる。これが2回目。都電荒川線にも一度乗ったことがあるので,通過を含めれば3回目。

● JR線の王子駅から最も近いのが音無親水公園。露店が開店準備中。何か,イベントでもあるのか。それとも毎日こうなのか。都市って毎日が祝宴のようだからね。そうであることに田舎人もなれてしまった。
 が,準備中の人たちがどうも素人臭い。商売に手慣れたテキ屋ではない。街興しのNPOででもあろうか。

● 去年の今頃はだいぶ暑かった記憶があるんだが,今年は寒いわけではないものの,日照不足が騒がれているくらいだから,夏の暑さにはほど遠い。
 ぼく一個はその方がありがたいくらいだけども,暑ければ家族連れでもっと賑わっているだろう。水と戯れたくなるには気温が足りていない。

● 王子神社も2回目。お社の佇まいから樹木の具合,空気感まで含めて,いい神社だと思う。ベンチに腰を降ろして長く留まっていたいところだ。
 何もしないで目を瞑って座っていたい。それだけで瞑想していることになるんじゃなかろうか。

● 途中に「大いちょう」がある。当然,神社のご神木だろう。離れて見ないと全容は視野に入らない。宇都宮の「大いちょう」も残念ながらちょっと及ばない。
 これが落雷にも遇わないで無傷で残っている。不思議なことに思える。

● ここから飛鳥山公園が臨める。臨めるっていうか,すぐそこ,隣。なんだけど,間にある道路を横切るのが難しい。いったん,駅に戻って横断歩道橋を渡るとかした方が早いかも。
 ともかく,そうやって飛鳥山公園に来た。喜連川のお丸山公園のようなものかと思っていたが,お丸山ほど標高が高くない。お丸山公園の頂上には孔雀がいるが,ここにはいない。孔雀はいないが,しかしたくさんのものがある。

● 1万円札の新しい顔になる渋沢栄一の業績を紹介する渋沢史料館がある。入館料300円を払って入ってみた。史料自体は,ぼくには豚に真珠。第一,江戸末期の毛筆文書が読めない。
 明治経済のテイクオフに彼が果たした役割が並じゃないことはわかった。っていうか,ここに来る前から知っていたぞ。それゆえ,1万円札に肖像が載るんだろうからね。論語と算盤というのも,渋沢のことではなかったかね。

● この時期,彼ほどのスケールではないにしても,地方でもけっこう輩出してるよね。銀行を創った経済人とか。ぼくが知ってるのは,氏家の瀧澤喜平治くらいだけど各地にいたはずですよ。
 あと思うのは,長州の山猿よりも旧幕臣から人材が出ているってことだね。山猿たちの心のよりどころは吉田松陰だろうけど,松陰伝説っていうのは,明治期の山猿たちがでっちあげたものらしいよね。

● まぁいいや。とにかく,ここにある史料の大半はぼくには意味がない。字が読めないんだからね。
 しかし,多くが消失した渋沢邸の中で,残っているのが青淵文庫と晩香廬。これも入館料を払っていれば中に入ることができる。晩香廬で椅子に腰を降ろしてみたり,庭園を眺めたりすると,かつての渋沢の日常を偲ぶことができる。
 な,わけはない。そんなことをしたって何かがわかるわけではないけれども,公園の喧噪から遮断されてエアポケットに入ったような気分にはなる。これはぜひ入って見られるようお勧めする。

● ところで,後になってから案内パンフを読み返してみると,見損ねたところがあることに気づく。学術調査じゃないんだから見損ねたままにしておくのが正解だと思うんだが,また行く機会が必ずある。
 渋沢史料館(正確には青淵文庫と晩香廬)にはこの先,何度も行くことになると思う。

2019年7月10日水曜日

2019.07.10 パソコン今昔

● 昔は宇都宮にT-ZONEがあった。パソコンランド21があった。その頃はパソコンショップに行くのが楽しかった。パソコンショップに行くことが娯楽でもあった。秋葉原のラオックスにもしばしば出かけたものだ。
 パソコン関連の書籍もあって,しばしば買ってしまったものだ。Macintoshのカタログを集めるのも好きだった。

● そういう時代だったのだな。スペックは右肩上がり。しかも,急激に。スペックの向上はパソコンでできることが増えることにつながると思うことができた。
 できることがどんどん増えそうで,そうなったら自分の生活はどんなに便利になるだろうと夢を見ることができた。その夢を語る書籍があるとつい買ってしまうというわけだった。

● が,今のパソコンやスマホがそんな夢を見させてくれることはない。でも,気がついてみれば,パソコンやスマホによって(というか,インターネットによって)生活はとんでもなく便利になっていたのだった。
 パソコンやスマホからいろんな情報を取りだすことができる。ニュースはもちろん,音楽も聴けるし映画も見れる。ひと昔前では考えられなかったような映像も見れる。サントリーの過去のCM,外国の風景や名所旧跡。新しい家電やパソコンのセットアップの仕方も動画で知ることができる。

● 何より他とのコミュニケーションが簡単にできるようになった。自分も意見表明も。本当にそういうことが簡単にできるようになった。TwitterでもFBでも。
 そうなったら個人の発信など誰も気に留めなくなるという指摘もあるけれども,ともかくそういうことができるようになったのは,昔にはなかった大きな変化だ。

● これだけのことができるようになるとは,パソコンに夢を見ることができた時代には考えもしなかった。パソコンに夢を見れなくなったのは,夢の多くが実現されてしまったからかもしれない。
 夢を見れた頃のパソコンは,情報を処理するための機械だった。電子計算機の延長だった。ワープロソフトによって文書作成がしやすくなる。表計算ソフトによって手計算が不要になり,しかも検算が要らなくなる。データベースソフトによってリストをデジタル化し,自在に検索できるようになる。
 夢を見れた頃のパソコンソフトの代表はOfficeだった。生産性や効率に資するものだった。プライベートよりは仕事に親しいものだった。

● 今のパソコンは,0と1の計算をしているには違いないが,コミュニケーターであり,映像受信機であり,ライフアシスタントになった。スマホは一層そうだ。
 もはやそれなしの生活は考えづらくなっている。それゆえ,それ以上の夢は見れなくなったということか。

● こういうこともあるかもしれない。夢を見れた頃のパソコンはまだ一部の人が使うものだった。アップルがMacintoshの発売に際して"The Computer for the Rest of Us"と言ったけれども,Rest の背後にもっとずっと多数の非ユーザーがいたはずだ。
 つまり,当時のパソコンは選民意識を刺激してくれるものだったかもしれない。自分はパソコンを味方にしてもっと高みに登る人間だといったような。パソコンが自分の能力を何倍にも高めてくれるという高揚感とともに。

● しかし,今は誰でも使うものになった。行き渡った。今パソコンを使っていない人は(超高齢者を除いて)何らかの信念によって使うことを拒否している人だろう。
 パソコンは大衆化してしまった。大衆化してしまったものに夢は見れない。自動車に夢を見れないのと同じことだ。そういうこともあるかもしれない。

2019年7月6日土曜日

2019.07.06 「みんみん」の餃子は旨い

● 久しぶりに「みんみん」高根沢店。ここなら待たないで食べられるぞ。これで560円(+税)。 
 いえ,ほんとにね,「みんみん」ってさ,本店はもとより,JR駅ビルにある店も,駅東にあるのも,昼時に限らず,行列覚悟でしょ。
 でも,宇都宮を外れると,待たないで食べられる「みんみん」があるんですよね。

● さて,宇都宮は餃子の街というイメージを確立することに成功したが,宇都宮の餃子って,余所からわざわざ食べに来るほど旨いかっていうのは,別の問題だよね。
 正直,それほどのものじゃないと思うんですよ(ただし,「王将」よりは「みんみん」が旨いと思うぞ)。にもかかわらず,余所から食べに来る人がたくさんいるってところが,すごいわけだよね。

● “地名+食べもの名”というと,讃岐うどん,信州そば,大間のマグロ,山梨ワイン,浜名湖のウナギ,静岡茶,愛媛みかん,紀州梅,長崎ちゃんぽん,博多とんこつ,喜多方ラーメン・・・・・・
 その中に宇都宮餃子も加えてもらえると思うんだけど,率直に申しあげれば,以上の中で絶対に間違いないと言い切れるのは,“讃岐うどん”のみだと思う。

● 言うまでもないだろうが,大間のマグロは食べたことがない。浜名湖のウナギも1回だけ,しかも大昔だ。
 讃岐うどんは地元で食べるととにかく安いのだ。それも間違いないと思う理由かな。

2019年7月3日水曜日

2019.07.03 みやこ家で“まぜそば”を食す

● 奥様に請われて,氏家の「みやこ家」。まぜそば並盛り(760円)と半ライス(150円)。
 まぜそばを食べ終えたあとに,残った具をご飯に載せて食べると旨いのだ。はしたないと思う気持ちを抑えてお試しあれ(写真,ちょっと汚くてすまんす)。

● でもあれだ,続くときは続くものだ。「みやこ家」のメニューはそんなに多くないから(いや,つけ麺屋としては,それでも多い方だろうか),ぼくの場合だと,石焼き濃厚つけ麺・濃厚煮干しつけ麺・まぜそば,でローテーションを組むことになる。
 このローテーションから外れたところでは,カレーつけ麺とあっさり煮干しそば(ラーメン)も注文することがあるが,中心は石焼きつけ麺と煮干しつけ麺の2つ。

● これはつまり,極太麺と中太麺(平打麺)のどちらを選ぶかという,麺の選択でもある。石焼きつけ麺なら極太麺,煮干しつけ麺なら平打麺。
 石焼きつけ麺は平打麺にもしてもらえるのだけど,この濃厚さには極太麺が合う。煮干しつけ麺の方は極太麺に変えてもらうことはできない(ようだ)。
 結局,極太麺を食べたいか,平打麺を食べたいか,で決まる。最近は平打麺を食べたいときが多い。