2020年9月17日木曜日

2020.09.17 釜川散歩

 ● 宇都宮の釜川が田川に合流するところを見てみたいと思った。そこから釜川を遡れるだけ遡ってみようか,と。
 とはいっても,宇都宮市当局が観光案内の動画を作っていて,それを見ればおおよそ了解できる。わざわざ歩くこともないかと思いもするんだけど,宇都宮の色街は釜川沿いに広がっているという仮説(?)を確認したくてね。

● 今の釜川は改修が進んで親水公園的な機能まで備えるようになったけれども,昔は暴れ川だったと聞く。いや,暴れ川だった頃の釜川をぼくも知っている。
 昭和50年代の釜川は夏になると,けっこうな割合で洪水を起こしていた。泉町の飲み屋が被害を受けるので,陣中見舞いに飲みにいくというのが,酒飲みの習わしだった。

● 住居とするにはまったく向かないエリアだったはずだ。そういうところは悪場所になる。
 だから,釜川沿いを歩くことは,かつて悪場所だったところを歩くこととイコールにならないか。

● 宮の橋を渡って,隅田川テラスならぬ田川テラス(右岸側)に降りてみる。合流地点に行くにはここを歩くのがたぶん最短距離になるだろうし,迷う心配もない。静かだからウォークマンのイヤホンを耳に突っこんで,音楽を聴きながら歩くのにも恰好だ。
 昨年の台風19号の際は光景が一変したはずだが,今は穏やかきわまる景観だ。

● 都市には川が付きものだ。人は川のほとりに住み着き,そこから集落ができていくのかもしれない。そこからの発展過程はいわゆる複雑系に属するものだろうから,初期値のわずかな違いが結果に大きな違いをもたらす。定式化は難しいのだろうな。
リバーサイドアパート群
 栃木県内に限っても,宇都宮を流れる田川は小さな川だ。鹿沼の黒川,小山の思川,足利の渡良瀬川,日光の大谷川の方が河川としては大きいし風格もある。都市に河川は付きものだけれども,大きい河川が大都市を作るというわけでもなさそうだ。

● 少し歩くと左岸側にアパート群が現れる。正直,家賃はそんなに高くなさそうだ。
 部屋から川面を眺めながら老後を暮らすのも悪くはないな,と思ってみたりする。思うだけで,自分が実際にそのようにすることはないのだけれども。

● 合流点は意外に近かった。前もって地図で確かめているわけだが,信号なしのところを歩くとJR駅前からさほども離れていないところで合流することが実感できる。だから何だと言われると困る。全然,何でもない。
 今の釜川は人工河川と化している。コンクリートの三面張りだ。日本初の二層構造の河川なわけで,自然が作った二層構造などあるわけがない。徹底的に人間が手を加えている。治水とはそういうことだ。

● ここから釜川沿いを歩いていくことにする。少し歩くと,釜川と田川がほとんど隣合わせと言いたくなるほどに接近するところがある。
 もうここで合流させてしまえばいいではないか,ほんのわずかな距離を暗渠で繋げばいいだけじゃないか,と思いたくなる。

● で,その箇所で田川に降りてみると,ここでもどうやら合流しているっぽいのだ。釜川の水の半分はここで田川に抜いている。
 大水が出たときの備えだろう。全部ここで抜いてしまうには暗渠では間に合わないのかもしれない。

● このあたり,左岸より右岸の方がわずかに低い。かつての釜川は大雨のたびに洪水被害を出した。
 おそらく右岸側の方に大きな被害が出たはずだ。右岸か左岸かで,地価も違ったのかもしれない。
 しかし,そういうことも今ではほぼ問題にならなくなっているだろう。治水技術が釜川をおとなしくさせたためだ。IT技術だけが技術なのではない。土木工学や
建設技術も,日々,自らのフロンティアを切り開いているものだろう。

● 厩橋。いい響きの橋名だな。うまやばし。名前の由来が気になるところだ。
 橋の名前ってね,特に田舎はそうなのかもしれないけれども,青雲橋とか開運橋とか,何だこれっていうような名前を平気で付ける。あるいは,小さな橋なのに○○大橋とか。
 釜川の橋にはさすがにそういった名前は付いていないようだ。そういうことをしなくてもすむ謂われというか故事来歴があるんでしょうかねぇ。
ただし,釜川橋という名前はある。

● このあたり,右岸側にコンクリート製の高層住宅が連なる。宇都宮の中心部といってもいいエリアに入っている。
 おそらくだが,というか個人的な見方なのだが,宇都宮の旧市街が往年の賑わいを取り戻すことはない。人口はすでに減少期に入っている。
 パイは小さくなるばかりだ。そのパイの奪い合いで,旧市街が駅東に打ち勝つという状況は想定しにくい。
駅東にコンベンションセンターができるとあってはなおさらだ。

● ひょっとすると,旧市街からは商業施設は消滅して,旧市街がそっくり “閑静な住宅街” になるのかもしれない。
 今の60代は旧市街の往年の賑わいを知っているだろう。バンバという通り名で代表される。映画館がいくつもあり,露店で賑わった。毎日がお祭り的な祝祭空間だった。ノスタルジックにその復活を望んでいるのかもしれないが,それが実現することはない。

● 車社会に対応できなかった云々の問題ではない。今の時代に応じた快適空間を作れるかどうかだ。JR駅から東武駅までの大通りから一般車両を駆逐できるかどうかが,メルクマールになるだろう。
 それができれば往年の状態に戻ることはなくても,衰退を食い止めることはできるかもしれない。しかし,おそらくもう手遅れだろう。

● RIVERSIDE CAFE という喫茶店もあったが,すでに営業はしていないっぽい。
 この先に今小路橋がある。上流から続いてきた釜川の二層構造はここで終わる。下流端から歩いてきた身にすると,ここから始まるという感じなのだけど。
 このあたりまで来ると,右岸より左岸の方が土地が低くなる。細かいことにこだわっていて申しわけないのだが,川沿いではこれを揺るがせにはできないよなぁと思っていて。

● ここは8月にも歩いたところだ。色街の名残りが濃いと勝手に思ったのだが,今回も同じ印象。
 もちろん,今は色街ではなくなっている。おそらくだけれども,東武百貨店の裏側(宮園町)に流れが移り,さらに江野町,泉町へと変わった。
 とはいえ,泉町にも往年の勢いはすでにない。オリオン通りに飛んだ。ただし,泉町もオリオン通りも釜川の支配域(?)だ。
 泉町の飲み屋はスナックとかバーとか,二次会に使う店が多かったのだが,“二次会=スナック” という図式は過去のものになっているのかも。ひょっとすると,二次会という言葉じたい,死語になりつつあるかもしれない。

● バンバ通りを釜川が横切る。朱塗りの橋は御橋。お殿様が二荒山神社に詣でるときに渡った橋だからという謂われのようだ。
 現在のバンバ通りは,パルコが去った後の空きビルがそのままになっていて,宇都宮の購買力低下を語るもの寂しい通りになっている。

● で,すぐにオリオン通りに達する。釜川は暗渠になってオリオン通りをくぐる。この先,釜川は泉町から戸祭に至るのだが,ここまででいい。気が済んだ。
 宮の橋から何箇所か行きつ戻りつして,ここまで約1時間。悪くない散歩コースだと思う。
ほどよい生々しさ,生活感がある。取り澄ました都市景観もある。あるいは,都市の裏の顔も垣間見える。
 スマホと財布だけを持って歩くといいだろう。しかし,1回歩けばいいかなとも思った。

2020年9月12日土曜日

2020.09.12 10月から東京もGoToトラベルの対象に

● というニュースをネットで見た。遅きに失したとしても朗報。これで都内の宿泊業者も赤字前提の料金でオファーを出さなくてすむ。GoTo補助分を上乗せできる。
 自分のことを言うと,4月と5月は外出を自粛した。そうせざるを得ない雰囲気があったからだ。
 正直のところ,コロナがどういうものなのか把握しかねていた。その情報を得るのに怠慢だったことは認めるけれども,専門家の間でもかなりの幅があって,実際はどうなのかが掴みかねた(これは,基本的に今も同じ)。

● ぼくはテレビを見ないので,コロナ騒ぎで脚光を浴びたにわか専門家の話は聞かないですんでいるのだが,それでもいろんな意見が錯綜していて,外出してもいいのかダメなのかの判断がつきかねた。という状態では,外出しない方に傾くことになる。
 ぼくなんかはそれだけですむ。が,宿泊業で食べている人たちにとっては,シリアスを極める話になる。意見が錯綜すれば,その錯綜した中で最も危険度が高いものを基準にせざるを得ない。
 イライラもしたろうし,ジリジリもしたろう。どっちなのかハッキリさせてくれと思うことも一再ならずあったろう。

● 6月になってから毎週,東京泊を重ねるようになった。東京でPCR検査の陽性者が増え始めた時期だ。
 しかし,重症者が増えたとは聞こえてこないし,死亡者のニュースも入ってこない。検査数が増えれば陽性者が増えるのはあたりまえだ。その多くは無症状者であるに違いない。
 症状がないのに入院させていたのでは,医療崩壊を自ら望んでいるようなものではないか,専門家が素人である知事や都職員をきちんとリードできていないのではないか,と思った。

● 陽性者が増えていようが減っていようが,コロナに感染するリスクはある。しかも,そのリスクは増加期だから大,減少期だから小,というわけではあるまい。
 感染リスクを下げるには三密を避ける,集団で盛りあがっているところに近づかない,といったことしか知らない。
 それさえ注意すれば大丈夫なら,苦戦しているホテルに今こそ泊まるべきではないかと思った。義を見てせざるは勇なきなり,というほどではないけれども,お金の使いでをマックスにできるチャンスではないか。
 いや,それ以上に,ホテルで過ごす快を求めただけのことではあるのだが。

● 6月に泊まったのは潮見にあるホテルだった。地方から東京ディズニーリゾートに遊びに来た人を宿泊客として見込んでいるのかと思うのだが,そのディズニーリゾートが閉園を続けている。
 で,泊まってみて驚いた。2人で泊まっても1万円まで行かないのだから。1人だと5千円しない。ということは,カプセルホテルよりすこし高いだけじゃないか。
 これで採算に合うわけがない。合うわけがなくても,従業員に仕事を作らなければいけないし,空気を泊めているよりはマシだ。

● GoToの対象になれば,宿泊客の負担を増やさずに宿泊料を値上げできる。少なくとも,これじゃ赤字というラインから採算分岐点の上に頭を出してひと息つくことができる。
 いや,そこまではできないかもしれないが,最悪期を脱するための援軍を得たことにはなる。

● 東京もGoToの対象になるということは,10月以降の宿泊料金が数日中に大きくあがるということだ。GoTo対象になったからといって,ぼくらが支払う料金が安くなるわけではない。
 7月末に同じ現象が全国的に起きた。GoToを本当に実施するのかどうなのかバタバタしていた時期と,実施の細目が決まった後とでは,宿泊料金にけっこうな変動があった。

● そのためのGoToなのだから,それでいいのだ。けれども,ぼくらとしては今のうちに予約しまくっちゃった方がいいのじゃないかと思う。値上げ前の今の料金から割引されるからね。
 もっとも,都内の宿泊料金はすでに10月からグンと上がる設定になっているんですよね。予め,このことを折り込んでいたのか。でも,さらに上がるかもしれないからねぇ。

● ぼくらができることは,出かけることと泊まることだ。そこから先のことは神の見えざる手にお任せすればいいし,お任せするしかない。
 自分の快を追求すればいいのだ。“義を見てせざるは”の世界に生きる必要はない。当然のことだが。

● 10月からの宿泊料金が安くなるわけではないのだから(むしろ,少し高くなるのじゃなかろうか),10月を待つこともない。9月中も週末は東京で過ごす予定だ。
 面白いように貯金は減っていくが,それでいいのだ。お金は使いでがあるときに使っておくべし。それが今だ。
 みんなが安心して旅行に出かけるようになったら,わが家では出かけるのを絞るつもりだ。

2020年9月9日水曜日

2020.09.09 「青春18きっぷ」で新潟に

● まだ7時前。この時刻に駅に来るのは,久しぶり。6:57発の上野行き10両編成。この時刻だと,サラリーマンより高校生が多い。
 この時刻に出ないと間に合わないのかい? 7時10分には宇都宮駅に着いてるんだが,そこからバスに乗って・・・・・・。高校生やってくのも楽じゃないなぁ。

● ぼくはと言えば,「青春18きっぷ」があと1回分残っているので,これから新潟に行こうと思う。ので,黒磯行きの車中の人になった。
 こちら下り列車も高校生けっこう混んでる。こんなもんだったか。もっとも,こちらは4両編成なんだけどね。

● 黒磯から新白河行きに乗り換える人,黒磯駅から新白河行きに乗る人,多数。ここでも高校生が多い。黒磯から白河の高校に通う生徒がいると聞いたことがあるので,それかと思ったのだが,高校生のほぼ全員が黒田原で降りて行った。
 黒磯の先が即,福島県ではなかったんでした。那須町があった。で,那須町にも高校があったのだった。

● 福島で最も変貌したのは,新白河駅周辺でしょうなぁ。西郷駅の頃は,久田野とか白坂と同じ光景だった。
 今は駅前に東横インが建っている。新幹線の駅ができて,4階級特進くらいの感じなんだけど,この東横イン,採算取れているだろうか。

● この列車に乗ってきた人は,次の白河まで行きたい人が多いのじゃないか。すぐに郡山行きに接続するのでそれに乗ればいいわけなんだけども,白河まで行ってくれればありがたいと思う人はけっこういそうだ。
 が,そうなると郡山からの列車も白河までとなって,あとひとつ先まで行ってくれれば新幹線に乗換えられるのにってことになりますか。

● 郡山駅。在来線のホームにあった立ち食いそばのスタンドは撤去されたっぽい。ので,磐越西線発着ホーム(1番線)のキヨスク売店で焼きそばパンを買って,車内で朝食。
 会津若松行きの磐越西線の車中を眺めると,ぼくと同じ “青春18” 爺がけっこう乗っている。若者もいるんだけど,爺の方が多い。高齢化が進むと,爺や婆の行動様式も変わってくる?
 若者は “青春18” で動くものというのが,たんなる思いこみになってきてるんだろうかな。

● 郡山を発車すると,まもなく磐梯熱海。磐梯熱海の次が中山宿。下の方に旧中山宿駅が見える。昔はスイッチバックだったのだろうな。
 そうしてどんどん勾配を稼ぎ,何度もトンネルを抜ける。すると,広大な平地が広がる。会津盆地が忽然と現れる。会津の奇跡と言いたくなるような,伸びやかな光景に一変する。

● 会津若松駅で新潟行き「快速あがの」に乗換え。会津若松は,磐越西線,只見線,会津鉄道が集まる,古の大都でありますな。
 車を運転して来たのは二度しかないが(うち,一度は仕事だった),鉄道では何度も来ている。来ざるを得ない。ここはそういうところだ。

● 郡山から新津まで直行する磐越西線の列車はない。すべて会津若松で乗り換えることになる。
 しかも,会津若松で進行方向が変わる。別の路線になるというのが乗っていての自然な気持ち。郡山から乗ってくると,会津若松から只見線に入ってくれた方が,同じ路線に乗っているという気持ちになる。

● 新潟から会津に向かったのは二,三度あったと思う。会津から新潟に向かうのは,今回が初めて。ここからは阿賀野川に添って,新潟平野まで下って行くことになる。
 その阿賀野川,かなり上流のはずなのに,ほとんど流れていないのではないかと思わせるほど勾配が緩やかな箇所がある。湖か沼に見えなくもない。不思議な光景にも映る。すでにして大河の趣あり。
 津川駅で上下線の待ち合わせ停車。撮り鉄の爺さんがやっぱり目立つ。絶対数は少ないんだが。

津川駅
● 新津駅に着。磐越西線はここで終わる。ここからは信越本線に入る。この駅は羽越本線の起点駅でもある。鉄道網の要衝に位置するわけだ。
 が,運行状況を見るとターミナルではなく通過駅。秋田方面への特急列車は新潟から白新線を通って,新発田で羽越本線に合流する。羽越本線の新津~新発田間は盲腸線的な扱いになっている。内陸の新津はお呼びじゃない感じ。

新津駅
● 新潟駅に着いた。ここで降りるのは,これが二度目。前回,改札口を出たことは間違いないのだが,駅の外に出たかどうかは記憶にない。やはり,“青春18” で動いていた。とにかく,乗るのを優先していた。
 あの頃から今に至るまで,あまり変わっていない。何のために電車に乗るのと問われれば,乗るために乗っているというのが答えになる。
新潟駅
 なので,新潟駅を通過したのは,もっと多いと思う。なんで新潟を通過しちゃうのかと言われても困る。そういう巡り合わせなのだ。新潟に用事があって新潟に行くのではないので。

● 日本海側第一の都市は金沢ではなく新潟。日本海側で唯一の政令指定都市なのだし,新潟大学の学部数は金沢大学のそれを上回っていたのではなかったか(金沢大学では学部を廃止して学域に分けている)。
 明治維新時の人口は江戸より多かったと聞く。農業が基幹産業だった時代が長く続いたが,その間,新潟は最も多い人口を養い得る土地だったのだ。
 上越新幹線の開通が北陸新幹線よりずっと早かったのは,田中角栄は関係ない。理の当然というやつだ。

● 指原莉乃が “新潟へようこそ” と迎えてくれる。指原莉乃と新潟と何の関係が,と思うんだけど,とにかく指原莉乃が迎えてくれるのだ。
 新潟駅前から延びる飲み屋街がある。もっと本格的な盛り場があるのだと思うが,新潟なんだから酒も肴も不味いはずがない。北関東の山民としては,新潟とか秋田とか富山とか,日本海側の酒肴に対しては,絶対的なリスペクトを抱いている。残念ながら,貧乏移動ゆえ飲むことは叶わないのだが。

● ともあれ,先に述べたような次第で,新潟の街を歩くのは初体験になる。新潟といえば万代橋でしょ。行ってみることにする。
 万代橋のだいぶ手前に,こういうモニュメントがある。以前の信濃川は今よりずっと幅広で,ここが万代橋の東詰だったということか。

● そこからしばらく行くと,現在の万代橋がある。川に架けられた橋でこれほど長いのは初めてお目にかかる。東京湾にかかるレインボーブリッジや横浜ベイブリッジは別格だ。東京湾は川じゃねーし。
 橋と川面の距離が意外に近いんだね。国内最長河川。長野県内の千曲川は,小諸だったか上田だったかで見たことがある。新潟県に入って信濃川と名を変えたあとの川を見るのは,今回が初めて。何だか初めて尽くし。
 すぐそこが日本海だ。河口も河口,信濃川の最も広い部分なのだが,いや立派なものですな。川は気持ちを清々とさせてくれる。
 太宰治のひそみに倣って言うが,新潟は凡庸な街ではない。

● 新潟駅構内の立ち食い店でラーメン。大盛りで590円。そば・うどんがメインゆえ,ラーメンの汁もそば汁をベースに,ちょっとアレンジしてるっぽい。
 ぼくが新潟で使ったお金は,この590円だけでした。
すまんす。たぶんないと思うんだけど,もし機会があれば,お金をタップリと持参して,新潟で飲んでみたいものだ。新潟市内は冬でも温暖で降雪は少ないと聞く。そんな冬に静かに飲んでみたいものだよ。
 シチュエーションとしては1人がよろしいかな。もの静かな美人が隣にいればなおのことよろしいのだが,さすがにそのシチュエーションはないと思うのでね。

● ともあれ遅めの昼食も食べられて,長岡行きの列車に乗りこんだ。恙なく長岡着。新潟第二の街に敬意を表して,街を歩いてみるべきかと思うのだが,この駅で降りたことはない。今回もまた。
 ここから上越線に入ることになる。水上行きは2両編成だった。そこに下校の高校生がたくさんいるので,この道中最も混雑した区間となった。

● ところで。新潟を歩いていて,ン?と思ったことがあった。ぼくの記憶によれば,新潟は秋田,青森に次いで,全国で3番目の美人の産地なのだ。
 が,新潟では自分の記憶は自分が勝手に作ってしまったものだろうかと思ったのだ。要するに,・・・・・・何というか・・・・・・普通じゃん,って。
 しかし。長岡で自分の記憶は正しかったことを確信した。車中の女子高校生の美人比率がだいぶ高かったので。新潟美人の産地は長岡だったのだ。長岡っていうか,長岡を中心とした雪国エリアだ。

● 小千谷で高校生の3分の1が降りて,それ以上の高校生が乗ってきた。飯山線が分岐する越後川口でも,只見線が分岐する小出でも,新幹線が停まる浦佐でも,あまり乗降はない。
 北越急行が出る六日町でかなり減ったが,まだ立っている高校生がいる。高校生がいなくなったのは越後湯沢だった。越後湯沢から長岡まで通っている高校生もいるのだ。けっこうな遠距離通学だろう。

水上駅
● この区間の圧巻はやはり清水トンネルでしょう。ループありの,トンネル内の駅ありの。しかし,それらよりもゴーッという音とともにずっとこのままなんじゃないかと不安にさせるほどの長い暗闇。
 この区間に定期券で乗っている人がいるのかどうかは知らないけれど,いるとすれば,彼にとってはそれも馴染みの数分間なんでしょうねぇ。
新前橋駅
 チラッと見える湯檜曽駅には雨が打ちつけていた。けっこうな降りのようだ。が,水上に着くと雨はなし。

● ここまで来れば,今回の日帰り旅は終わったようなもの。高崎行きに乗って,新前橋で両毛線に乗換え,小山から宇都宮線に乗るだけだ。もう飲んでもよかろうと思って,小山駅で缶ハイボールとツマミを買って,車中で飲んだ。
 今回乗った列車はすべて時刻表のとおりに運行されていて,スケジュールのとおりに動くことができた。したがって,今日中に帰宅できる。これほどパンクチュアリティな鉄道は日本だけか。

● 今回は “青春18” で回ったからアレだけれども,ぼくは移動に交通費をかけるくらいなら東京で宿泊や食事にお金を遣いたいと考えて,そのようにしてきたし,今もそうしている。遠くへ行くばかりが旅ではないという言い方もある。
 しかし,物理的な移動距離の大きさがもたらす面白さというのもある。時間をかけて遠くに行くほど日常から離れられる。そのことがもたらしてくれる快感がある。

● 宇都宮駅の電光掲示板が吾妻線と上越線(の一部区間)が大雨のため運休しており,現時点で復旧のメドは立っていないと報じていた。
 そうなる前に通過できた。けっこうラッキーだったのかもしれない。

● 会津から新潟に入り,前橋経由で帰ってきた。これだけ乗って2,410円ですからね。“青春18” の威力はすごい。
 春にはほとんど利用者がいなかったと思われるが,この夏はそれなりに売れたのじゃないか。ぼくを含めて爺が多かったかもしれないが。
 この切符がいつからあるかといえば1984年だ(1982年まで遡ってもいいかもしれないが)。そのとき18歳だった人は,今年で54歳になる。利用者が高齢化してもおかしくないというわけだ。
 この切符は老後の友になり得る。乗り鉄にとってこんないいものはない。あとしばらくは元気でいて,“青春18” のお世話になりたいものだ。

2020年9月8日火曜日

2020.09.08 図書館で落語のCDを

宇都宮市立中央図書館
● 宇都宮市立中央図書館。宇都宮市民ではないのだけれども,宇都宮市立図書館を利用させてもらっている。隠居の身なので,宇都宮市に通勤しているわけでもない。広域利用制度というありがたい仕組みのおかげだ。

● 何をしに来たのかといえば,CDを返しに来た。借りているのは落語のCDで,この分野は,ぼくが知る限り,宇都宮市の中央図書館が最も充実している。県立図書館には落語のCDはなかったと思う。
 どのくらい充実しているかといえば,古今亭志ん生(五代目)の全集が2種ある(2種とも全巻揃っているわけではない)。片っ端から借りて,リッピングしてウォークマンなりスマホに転送すれば,寄席を持ち歩くことができる。

● しかも,往年の名人がこちらの気まぐれなリクエストに応えてくれるのだ。おい,今度は「芝浜」を一席やってみてくれ,といえば,ヘィってなもんで,嫌な顔ひとつせずに演ってくれるのだ。
 目下,その作業をやっているわけだ。一度に5枚までしか借りられないので,それなりに時間はかかるが,お金はかからない。1円もかけずにスマホの中に寄席を造ることができるのだ。夢のような時代だな。
 今どきだから,たいていの演目は You Tube に上がっているんだろうけど。

● 問題は,なかなか聴くことができないってことだ。時間がないからなどとは言うまい。時間はあるのだ。隠居なんだから忙しいはずもない。
 ではあるのだけれども,なかなか聴けないでいる。自分は本当に落語が好きなのだろうかと疑うほどだ。落語は無形文化財なのだから教養のひとつとして聴かなければならない,と思って聴こうとしているのではないか,と。

● 落語のほかにも聴きたいもの,観たいものはたくさんあるんだけどね。そのどれにものめり込めていないねぇ。
 Amazonプライムビデオもばったりと見なくなってしまった。見なくなってからかれこれ2ヵ月近くになる。そろそろ態勢の立て直しを考えないとか。

● コロナが収まっていないから,図書館もまだ本調子(?)ではない。長居してないでできるだけ早く帰ってくれ,と館内放送を流している。1時間に1回くらいの割で流しているんだろうかな。
 それでも以前に比べれば,空気は緩くなっている。これを油断と見るか,自然と見るか。見る人の価値観による。価値観というより,頭の癖によると言った方がいいか。

2020.09.08 袋のインスタントラーメンの正しい食べ方?

● サッポロ一番塩ラーメンの肝は,“すりゴマ” が入っているところでしょ。塩ラーメンにはゴマという刷込みを日本人にもたらしましたよね。
 サッポロ一番じゃない塩ラーメンを作るときでも,ゴマを入れているもんね。あとはネギを刻んて入れれば,他は要らん。即席麺って,何も加えないのが一番旨いしね。

● と言っておきながら何なんだけど,袋の即席塩ラーメンっていうのはさ,普通に煮て,粉末スープを入れるときに,溶き卵をわずかの時間差で後入れしてさ,丼に移したらすりゴマと刻みネギを載せて,黒胡椒をたっぷりめにかけて食べるのが,一番旨くないか。
 要するに,塩ラーメンには溶き卵。やっている人,かなり多いと思うんですけどね。

● 次はチキンラーメン。写真の商品は,チキンラーメンはこうやって食べると美味しいよという,メーカーからの提案であるわけだけど,キムラーについてはキムチはなしでもラー油があればいいんじゃね?
 あと,卵は必須ではないよねぇ。サッと湯通ししたニラを刻んで大量に載せて,そこにラー油をかけ回しても行けそうだよ。

● 結局,好きなように食べればいいってことになってしまうんだけど,最近はラー油の汎用性というか,使い途の多さにオッと思っていて。周回遅れだと思うんだけどさ。
 即席麺の他に蕎麦を食べるときも,ラー油は使える。塩ラーメンにラー油はあるか。ないわけではないと思うけど,黒胡椒でしょう,やっぱり。

2020年9月1日火曜日

2020.09.01 地元のホテルじゃダメなのか

● 6月から週末の東京行きを再開。今の時期に特に東京のホテルに泊まることは,経済に血液を回す最も良い方法だと思って,東京に行っているわけではない。
 それが快楽だから行っている。異様に安い状態で,自分たちにも泊まれる料金だから行っている。

● しかし,こう続くと少し飽きて来るところがある。客室でマッタリと過ごすのなら,わざわざ東京に出なくても,地元のホテルに泊まればいいではないか。
 東武グランデに泊まって,東武百貨店の地階で惣菜を買って部屋で飲むというのでいいじゃないか。銀座のホテルに泊まって,三越の地階で惣菜を買って,部屋で飲むのと同じじゃないか。

● 東京でやるのと宇都宮でやるのと何が違うのか。自分の身体を東京まで運ばずともすむのだから,時間の有効利用にもなるじゃないか。
 銀座の街並みを見下ろしながら,その光景を肴に飲むのもいいけれど,すっかり慣れている宇都宮の大通りを眺めながら酒を飲むのも,またオツなものではないか。

● が,奥さまにそのことを申しあげても,絶対にイエスとは言わないだろうな。地元ではダメなのだ。ココではないどこかに行くのが旅行だ。そのどこかでココにいるときと同じことをやるのはいいんだけれども,ココを出ないのはダメなのだ。
 と思いながら,恐る恐るお訊ねしてみたところ,即座に拒否回答が返ってきた。銀座の何がいいといって,まずネオンだ。ネオンと三越がすぐそこにあることが,楽しみの礎らしい。宇都宮にはネオンも三越もないじゃないの。
 東武グランデに泊まって東武百貨店,ホテル東日本宇都宮に泊まって福田屋。その組合せでもいいとはならないらしいのだ。やはり東京でなくちゃダメなのだ。

● 1泊しかしないときでも,スーツケースを引っぱっていく。着替えと化粧ポーチがあれば足りるだろうから,スーツケースの必要はあるまいと思うんだけど,どうもそういうわけにはいかないらしい。
 その中に何が入っているかといえば,最大のものは洋服で,お洒落をしたい。お洒落をして東京の街を歩きたい。それが出かける動機の大きなもの。
 おおむね部屋でマッタリと過ごしているんだけれども,街にも出る。そのときはお洒落をして出かけたい。なぜなら,地元にはお洒落願望を満たしてくれる背景はないから。

● それって宇都宮ではできないのか。できるんじゃないかなぁ。できるとしても,できなくはないのできると,自ずとしたくなるのできるのとでは,算数と数学くらいの違いがあるということか。
 ちなみに,奥さまは,風呂は好きでいらっしゃるのだが,温泉地に行くのは好まない。鄙びた雰囲気というのが好きじゃない,と自分で仰っていた。
 新しさにこだわるというかね。価値観が浅いような気もするんだけどね。本人には言えないけど。

2020.09.01 パソナの本社機能移転

● 「パソナが本社の主要機能を淡路島に移します。経営企画など約1200人が対象。淡路島では農業などを手掛けて既存施設があり,感染症対策を含めた事業継続計画の観点から移転します」とのニュースをネットで見た。
 本当に感染症対策ためなら,過剰反応というしかない。テレワークが普及し,ネットによって都鄙の情報格差がなくなると言われるものの,東京に本社機能があってこそ,会社としての意思決定ができる。東京が持っている諸々のメリットを過小評価していないか。

● 首都機能移転も上手く行かなかった。行くわけがない。頭の中だけで発想するから,ああいう膨大な無駄が生まれた。大学もそうだ。多摩に移転した大学の都心回帰の動きがある。
 企業も同じ。目先の動きに敏感にならなければいけない場合と,そうなってはいけない場合があって,この件は後者に属する。

● 国土総合開発的な発想は戦後ずっと官界にあって,いろいろやってきたが,ことごとく失敗してきた。地方に新幹線を延ばせば,ストロー現象でかえって地方は衰退する。
 今の日本を支えているのは東京一極集中であって,これを潰せば日本は終わる。地方の時代は日本が終わってから実現するだろう。

● 地方に移ったのでは社員の知的水準を維持することも難しくなる。「大浴場,バーを備えた社宅(140室)や寮も完備する」といったって,社員にしてみれば,社宅なんて息が詰まるだけだ。長くは居られない。
 それ以前に,東京勤務を前提に住居を構え,家庭を維持している社員のかなりの部分は,淡路島に引っ越すことはできないのではないか。

● 自分で会社を起ちあげた創業者社長がそんなことを知らないはずはない。わかったうえでやっている。
 となれば,今回の本社機能移転は,体のいいリストラということになる。移転に対応できない人は辞表を出してね,会社の転勤命令に従えないんだからね,という。

● ひょっとして割増退職金を支払って辞職希望者を募るという普通のやり方を採用できないほど,業績が傾いているんだろうか。
 のんびりと田舎で暮らしたいという人には願ったり叶ったりなんだろうけどねぇ。満員電車での通勤からも解放されるんだし,終電を気にして残業することもなくなりそうだし。でも,そういう人は少数派ではないか。大方の社員は東京に残りたいと思っているだろう。

● 淡路島に移転する職能は,いずれはAIに置き換えられるものなのだろう。本社機能と呼ばれるものが,最もAI代替性が高いだろうから。
 人材派遣会社は悪く言えば女衒業。理想だけをいえば,雇用したい会社と働きたい個人が直に向かい合えるように,求人・給食情報が高速に流通するといいんだけども。そうして,上前をはねる人材派遣会社を中抜きできれば一番いいんだろうけどねぇ。ま,なかなかそうはならないだろうけど。