2026年6月24日水曜日

2026.06.24 「大人の休日倶楽部パス」で米沢

● 今日は福島に行ってみることにした。新幹線だと通過してしまいがち。北関東の田んぼの村に住んでいると,そうなりがちだ。隣の県なんだから。
 宇都宮発12:49の「やまびこ137号」に乗車。正午を過ぎてから動き出したわけだ。

● 恙なく福島着。「やまびこ137号」は「つばさ」も連結してい

るので,このまま米沢まで行ってみるかと思った。「つばさ」は全車指定だが,福島から先は空いてる席に座っていいはずだ。
 が,デッキに立って,景色を眺める方を選択。米沢まではひと駅なのだから,大した時間はかかるまい。ところがけっこうかかるのだった。在来線のレールを走るのだから,スピードがガクンと落ちる。眼は喜んでいるのだが,足は疲れたと言う。齢は取りたくないものだ。

● 米沢で降りるのはたぶんこれが三度目。改札を出るのは二度目だ。
 駅から少し歩いてみたが,すぐに引き返した。ありていに言うと何もない。前回は上杉神社まで歩いた記憶があるが,この暑さでは2kmも歩く気にならない。

● 駅に戻って,立食いそばを食した。570円。太めの麺。作り置きの天ぷらは仕方がない。どこでもそうだ。
 結局,米沢での滞在時間は30分。落としたお金はこの570円のみ。

● かつての奥羽本線だが,米沢から福島方面は廃線になったと言いたいぐらいに,普通列車の運転本数が少ない。行きたければ特急券を買って新幹線に乗りな,ということだな。元々,交通需要もそんなにないのだと思うが。
 米沢〜山形間はそれでも運転されている。うーむ,新庄から乗り換えなしで東京に行けるようになったのは,福音には違いないのだろうけどなぁ。

●かつては,東北といえば,山形,米沢,会津若松が花形的な位置にあったのだと思う。千代なんか寒村もいいところだったのではないか。
 ところが,今や山形は仙台市山形区と揶揄され,会津は人もまばらな奥地になった。伊達政宗が本貫の米沢でもなく,会津若松でもなく,千代に本拠を構えることにしたのは慧眼だったのだろう。

● 栄枯は移る世の姿。昔の光,今いずこ。
 しかし,この先,どうなるかはわからんからね。彼は昔の彼ならず。将来から見れば,今が昔なんだからさ。将来のことなんて,ほんと,わからんよ。

● 米沢発14:38の「つばさ144号」に乗車。が,上りの「つばさ」も混んでいて,空席がなかった。復りもデッキで景色を見るハメになった。
 福島着。福島の街を歩いてみる。福島は大都会だ。東京となァんも変わらんッちゃ。

● 福島の「文化通り」。命名の由来がわからん。ググれば出てきそうな気はするが。
 福島の高名な(と思われる)文具店「ペントノート」を覗いて,福島発16:51の「やまびこ62号」で宇都宮に戻った。

● 宇都宮ではいつもの日高屋。緑茶ハイ(ウォッカダブル)とドラゴンハイボールを飲みました。うまみはネギチャーシュー,枝豆,マカロニサラダ,ゴボウ揚げ。しめて1,930円。
 これくらいのお金は米沢で使いたかったよね。


2026年6月23日火曜日

2026.06.23 「大人の休日倶楽部パス」で仙台

● 宇都宮発11:30の「やまびこ57号」に乗って,仙台にやって来た。11時を過ぎてからの始動なのだが,新幹線ならそれで充分。
 仙台なら日帰り圏というより半日圏だよねぇ。速いねぇ,新幹線は。

● 仙台に来てやることと言ったら,アエルの4階にある「文具の杜」を覗くこと。ついでに,1階の丸善を覗くこと。
 それをやってしまうと,他にやることはない。天気があまり良くなくて,時々雨がパラつく。そのせいもあったかもだけど,天気が良くたって仙台城に行ってみるかとはならない。

● 駅構内の飲食店を見て歩く。2階と地階は相当なものですよ。さすが東北の雄都だと思わせますよ。
 結局,2階の「仔虎」という店でローストビーフを肴に角ハイを2杯。いや,美味しいローストビーフでしたよ。米沢牛を使ってるよとアピールしてるんだけどね。
 冷麺もね,盛岡駅前の某店で小一時間ほど並んで食べたのより旨いような気がした。
 夫婦2人で5千円を超えた程度。ランチタイムはお得です。

● 仙台のアーケード商店街。宇都宮のオリオン通りとそんなには変わらない。が,仙台の方が活気があるのは仕方がない。
 駅の構内よりもこういうところで食べるのがいいんだろうけどね。前に回転寿司店に入ったことがあるんだけど,チェーン系だったかな。
 「一蘭」もある。好きな人は好きだからねぇ,「一蘭」。

● アーケード街の入口近くに,ずんだお焼きの店があるじゃないですか。ここはいつも混んでますねぇ。
 注文を受けた後に焼くんだろうか。注文してから7分間待たされる。よそ者が多いのか,地元の人の御用達なのか。ぼくらも買うんですが。

● でも,仙台といえば,やっぱこれ。笹カマでもずんだ餅でもなく,「萩の月」。
 “「萩の咲き乱れる宮城野の空に浮かぶ名月」と見立てて命名された” んですか。風流ですなぁ。
 全国にエピゴーネンを生んだ。栃木県にも「御用邸の月」と「みかもの月」がありますよ。

● 肝は宮城の名産を材料にしていないこと。だからこそ,全国区になれたような気がする。
 たとえば,うちはイチゴが名産だからイチゴを使った土産品を作ろうという発想をしてしまうと,だいたいうまく行かない。実際,死屍累々というありさまで,特にかつての “いちごワイン” はひどいものだった。焼酎に砂糖を溶かし込んで少量のイチゴ果汁と香料を加えたもの。これのどこがワインなんだと言いたくなるシロモノだった。
 安易な発想でやってしまうとブランドイメージを毀損するという典型的な例で,以後,イチゴを使った土産品には一切手を出さないようになった。

● 仙台発16:34の「やまびこ148号」で帰ってきた。まさに半日。
 今日は単純に仙台まで往復しただけだから,16,300円の旅。「大人の休日倶楽部パス」,元取りまくり。下品なことを言って申しわけないが。

2026年6月22日月曜日

2026.06.22 「大人の休日倶楽部パス」で東京と軽井沢

● 今日から「大人の休日倶楽部パス」が使える。青森に行くのは26日。それまでの4日間は日帰りの旅行(というより,移動)を繰り返す。
 今日は仙台に行ってみるかと思ってたんだけども,宇都宮に着いたら上りの方が早く来るので,まずは東京に出てみることにした。宇都宮発9:58の「やまびこ128号」に乗車。今日はすべて自由席。かつ,1号車にしか乗らない予定。

● 新幹線だから造作もなく東京着。KITTE 地下の「松戸富田」で濃厚つけ麺を食べた。
 カウンター席しかない。奥の方から空きを作らずに座らされるので,最初はブロイラーにされた気分になったが,それにもすっかり慣れた。人気があって満席がデフォルトなんだから仕方がない。

● KITTE 4Fには ANGERS 丸の内店がある。そこを覗いてみたが,さて,それ以外に東京でやりたいことはあるか。さしあたってはない。
 では,仙台に向かうとするか。仙台では何をするつもりなのか。したいことなどない。ガイドブックに出てくるような観光地に行くつもりは端からない。
 青森は「丸青食堂」と「おさない食堂」で,旨いに決まっているホタテや魚を肴に田酒を飲む,という明確な目的があるが,青森以外は移動それ自体が目的といった感じかな。新幹線に乗ることが目的ではない。移動が目的ね。

● 東京駅に着いてみると,東北新幹線より北陸新幹線の「あさま」の方が早く出る。仙台はやめて,軽井沢に行くことにした。
 東京発13:04の「あさま613号」長野行きに乗車。けっこう混んでいたが,高崎で降りる人が多かった。

● 二度目の軽井沢。一度目も「大人の休日倶楽部パス」で来ている。「大人の休日倶楽部パス」がなければ軽井沢に来ることはなかったかもしれない。
 ぼく一個は軽井沢に特段の興味はないのでね。西武のアウトレットを覗いて,駅の近くをぶらついた程度。アウトレットには書店もあって,文庫1冊と新書2冊を買った。いずれも旅行ものです。

● 東京とはたしかに気温が違う。じっとしていると肌寒いくらいで,動いている方が楽だなと思ったくらいだ。が,徐々に気温も上がってきたのだろう,そうした感覚もなくなった。
 東京もだが,軽井沢も外国人だらけ。東洋系がドッサリいる。

● 駅前の不動産屋を覗くと,別荘の売物はたくさんあるようだ。ただし,億を越えていたりする。
 どんなに金があっても持ってはいけないもの,3つ。愛人と秘書と別荘。誰かが言ってた。おおいに納得。
 ひと夏過ごす程度ならホテルが最善。別荘はやめておけ。

● 軽井沢から再び東京へ。軽井沢発15:56の「あさま622号」に乗った。上りの「あさま」はガラガラ。
 が,本庄早稲田でスポーツ着姿の若者の大群が乗ってきた。早稲田で何かあったのかい。

● 本日二度目の東京をフラフラしてから,東京発18:08 の「なすの267号」で宇都宮に向かっている。
 宇都宮〜東京が4,600円。東京〜軽井沢は5,600円。それを往復したんだから20,400円分乗ったことになる。初日で「大人の休日倶楽部パス」の元は取れた。
 これは大人の「青春18」なんですよ。天下無双のワイド周遊券です。

2026年5月22日金曜日

2026.05.22 今年も「大人の休日倶楽部パス」を使って青森へ

● 今年も「大人の休日倶楽部パス」が年3回。臨時が1回あると思うので,計4回になるのが例年のこと。
 何だかんだ言って,これが一番安いッス。このパスを使って青森に行きまくりたいッス。

● はい,買いましたよ。前回までは18,800円でしたが,今回からは20,000円。
 でも,安いでしょ。「青春18」(5日間用)が12,050円なのに対して,「大人の休日倶楽部パス」は20,000円なのだ。「青春18」は全国のJRに乗れるのに対して,「大人の休日倶楽部パス」はJR東日本のエリアに限られるが(北海道まで行けるのもある),JR以外にも乗れる路線がけっこうある。

● 初日の6/22から使う。22日から25日までは日帰りで仙台に行ったり,軽井沢に行ったり。26日に青森に。
 6/30〜7/4のパスを買もって30日に帰宅。その後はまた日帰りで東京に行ったり,下田に行ったり。このパスを余すところなく満喫する方法ですな。

● 青森駅前の魚市場に行って,丸青食堂で田酒をのむことと,魚市場の “お休み処” でノートを開いて手書きを楽しむこと。青森でやるのはその2つだけなのだが,青森に行くのは依然として楽しみであり続けている。
 が,予定どおりならば,新幹線を使っての日帰りを8日間もできる。その8日間をどう過ごすか。

● 仙台は当然のこと,盛岡や山形も日帰り圏だが,盛岡には何度でも行ってみたい。大宮での乗換えが意外に億劫なのだが,長野県の上田を歩いてみるのもいいな。
 松本もいい。富士急行にも乗れるので,大月から河口湖まで行くのもありだ。郡山まで新幹線で行って,久しぶりに水郡線に乗るのもいいし,仙台まで行って常磐線で帰って来るのもあり。

● どこに行っても,いわゆる観光はしない。乗ることが目的だったり,行った先で文具店を覗いてみたり,車中で読書するのが楽しみだったりする。
 当然,「青春18」より遠くに行ける。車中読書の楽しみは「青春18」の方が味わいやすいかもしれないが,物理的に遠くまで行けるのはやはり大きい。

● “遠くに行くばかりが旅ではない” という言い方に対して,“旅の面白味は物理的な移動距離に比例する” という考え方もある。
 “善は急げ” に対して “慌てる乞食は貰いが少ない” があるのと同じようなもので,どちらもありだと考えておけばいいと思うが,今のところ,ぼくは後者寄り。動ける間に動いておけ,と思っている。

● 乗物としては,新幹線より在来線の方が楽しい(座れた場合に限るが)。入ってくる情報量が全然違う。
 乗車の素が見られるのは在来線。在来線は乗客の距離が近い。地場の空気が入ってくる。下校する高校生が乗ってくる。乗客どうしの会話が聞こえてくる。在来線の車中は広場でもある。

● 新幹線に地域性はない。どこを走っていようと,車内の新幹線はハレの乗物的なところがあるだろうか。多少の気取りのようなものを,乗客はまとうことになる。
 車両の構造上,仕方がないのだろうが,閉じ込められた感がある。在来線は数分ごとに停まってドアが開くが,新幹線はずっと走りっ放しだし。

● しかし,新幹線はとにかく速い。遠くまで運んでくれる。
 その新幹線にこんなに安く乗れる切符は他にない。使わないと損だと思っている。

● ちなみに,左の写真は山口県柳井市の木阪賞文堂のネットショップで買った金魚ねぷた(弘前市「津軽藩ねぷた村」の製造)。元気にしとります。
 青森は食の竜宮城だからね。今から愉しみですわ。旨い魚を喰いたいと思ったら津軽海峡を渡るな,青森に留まれ,というのがぼくの意見なんだけれども,それを言うと(言ってしまったわけだが)道民の方々に失礼だ。北海道にも旨い魚はゴロゴロあるに決まっている。

2026年4月28日火曜日

2026.04.28 馬鹿者どもが夢の跡

● 都市部の BOOK-OFF の品揃えはひょっとすると新刊書店以上。新刊本もすぐにBOOK-OFF に出てくる。サッと買ってサッと読んでサッと BOOK-OFF に出す賢者が多いんでしょう。
 ぼくなんかは BOOK-OFF で買えばいいじゃんと思ってしまうんだけれども,それは “サッと賢者” からは大きく遅れた二番手になる。

● が,しかし。BOOK-OFF の売場を見ていると,“馬鹿者どもが夢の跡” の感慨に堕ちることがある。
 これ全部,パルプの無駄使いじゃね? こんな本,あんた,読んじゃったの? 時間を捨てちゃったんじゃね?

● 自分の書棚を見ても同じ感慨に堕ちますよ。それを避けようとするなら,本は読んだら処分せよ。
 それこそ,BOOK-OFF に持っていくのがいいね。見ぬもの清し(本来の意味とはちょっと違うかもしれんが)。

● 本が売れなくなったと言う。若者が本を読まなくなったと言われる。
 中年や老年は昔から読まない人が多かったのだろうか。だとすると,出版社や書店は若者たちが支えていたということになるが,その若者たちが支えるのをやめたということか。

● ひょっとすると,それは若者たちが賢くなったゆえかもしれないよね。
 読書というのが過大評価された来た。書き手や出版社が自分たちのやっていることの社会的意義を吹聴したくて,本を読むのは素晴らしいことだと神輿を担ぎ続けてきた。
 そのじつ,儲かりゃいいやで粗製乱造を続けてきたことに若者たちが気づいてしまったという側面はないのかね。

● 今の若者たちは,日本史上最も活字を読んでいる世代だ。本ではなく,スマホでだが。かつ,史上最も文章を書いてもいる世代だ。
 その彼らが出版社の粗製乱造に気づいてしまった。気づいてしまった以上,ソッポを向くのは当然だというだけのことではないか。
 そもそも出版社が多すぎやしないか。少し以上に淘汰された方が社会のためかもしれない。

2026年4月21日火曜日

2026.04.21 高校の教科書を読んで,自分を教養人に改造するプロジェクト

● コロナ禍の頃,自分を教養人に改造しようと思ってね。高校の社会と理科の教科書を一揃い買ったんですよ。
 全部読んで理解すれば,百人に1人,いや千人に1人の教養人になれるだろう。いやいや,ひょっとすると万人に1人かもしれない。少なくとも,高校の教師にその1人はいないと思うぞ。

● 自分が高校生だった頃の教科書とは違ってますな。図版がカラー化されてカラフルになっている。教科書が参考書化したと思いましたよ。
 そんなことはともかく。スタートを切れない。他の本を読まずに教科書に集中する何ヶ月間がなければなりませんな。

● と言っても,理想は1日で1冊を読んでしまうことだ。10日で決着をつける。
 が,そんな芸当はぼくにはできない。できる人はいるはずだと思うが。

● しかし,1ヶ月ですませたい。それ以上の時間をかけるならやらない方がいいくらいだろう。
 それを3回繰り返して,3ヶ月で終了できるといい。勢いを付けて短期決戦に持ち込むのが正解だよね,こういうのは。

● たいていのものはそうなんでしょうけどね。受験勉強や資格を取るための勉強もそうなんだと思いますよ。
 短期決戦で決着をつけないと。ダラダラと時間をかけたのでは,その時点で負け戦だ。失うものが多すぎる。

● でも,それ以前の問題があってね。
 これらの教科書は間違いなく日本語で書かれているんだけれども,この日本語,ぼくは読めるんだろうか。

2026年4月10日金曜日

2026.04.10 底辺Fラン

● 最近,“底辺Fラン” という言葉に引っかかることが増えた。それはつまり,自分について考えることと同義なのだが。
 自分の来し方についてチラチラと考えるとき,“底辺Fラン” が点滅するのだ。

● 自分の頭で考えることが大切だと言うけれども,それを真に受けてはいけない。だってバカなんだから。
 バカが自分の頭で考えたのでは間違えるに決まっている。“底辺Fラン” に限らず,自分の頭で考えてもいい人なんて,100人に1人もいるかどうか。

● 少なくとも,“底辺Fラン” は他者の意見に従った方がいい。他者の意見を知る努力をすることを勉強というのだが,“底辺Fラン” はその勉強を億劫がるんだな。
 自分の粗雑な頭と吹けば飛ぶような経験だけで辻褄を合わせようとする。横着にもほどがある。それでよくこれまで生きて来れたものだな。

● 齢を取って老いた後に最も大切なものは何か? 結婚している場合なら,夫婦仲がいいことだろう。それを満たしていれば,盤石さにおいて,1億円の預金があることに数倍勝る。
 夫婦仲は性格や相性によって良くもなり悪くもなるものだろうが,その基底を支えるものは知性だと思う。勉強頭ではなく,知性。

● 抑制と忍耐を,どちらか一方に押しつけずに,双方で分かち合うことで “仲” はできて行く。その際に自分への負荷も小さくする工夫も必要だ。
 それを司るのは知性だろう。“底辺Fラン” にできる芸当ではない。

● ゆえに,“底辺Fラン” とAラン・Sランを比較すると,前者の方が離婚率は高いはずだ。すでに誰かが調査しているのかもしれないけれども,身も蓋もないのが現実だ。
 “底辺Fラン” は不用意に結婚しちゃうだろうしな。

● こうしてつらつら考えてみると,よくこの齢まで生きのびて来られたものだ。“底辺Fラン” としては,良くやってきた方じゃないかと思ってるんですよ。
 もうひとつ。“底辺Fラン” に入るか免れるかは,生まれた時点で決まっているんじゃないか,ということだ。現実世界には手遅れということがある。“底辺Fラン” から抜けたいと思っても,残念ながら生まれた時点で手遅れなのではないか。

● 努力でどうにかできるものじゃない。努力でどうにかできることは,そもそもどうにかする必要のないことに限られる。
 と,かなりシニカルに思っているですよね。悲しいけれども,そういうことなんじゃないかなぁ。