2020年12月6日日曜日

2020.12.06 GoTo は史上最悪の経済政策かもしれない,という記事

● という記事が目に入ったので読んでみましたよ。大学の先生ってのは世間知らずで,自分の言論に責任を取らなくていい(言いっ放しでいい)から,気楽でいいなと思いながらね。そした,ら。面白かったです。
 でも,ま,頭の中で捏ねくって捻りだした文章だよね。これでは永田町にも霞が関にも届かないでしょう。

● しかし,GoToで常連客をかえって遠ざけているってのは,中にはあるかもしれない。でも,そうだね,それは言えてるね,と思えたのはそこだけだった。
 まず,GoTo実施後の宿泊客の増加について,「需要の先食いでしかない」と切り捨てているんだけど,なぜ先食いと言えるのかの説明がなされていないんだよね。

● 4月以降は出かけたくても出かけられなかった。観光地の住民が “帰れ” というプラカードを持って道路に立ち,他県ナンバーの車に向けていた。そんなのがニュースで報道されていた。
 そのときに潰された需要が後ろ倒しで今出て来ている,という可能性はないのかい。

● 次に「コロナ感染をもともとあまり気にしない,かつ相対的に所得の低い人々が喜んで旅行に出かけるいっぽうで,観光業界としては「ドル箱の富裕層」あるいは「相対的に豊かな高齢者」の旅行は,むしろ激減してしまう」「よって,優良な旅館,人気のあるホテルほど,GoToは有り難くないのだ」と書いているんだけども,これも書き手の主観を述べただけだよねぇ。どうやってその事実を突きとめたのかね。
 今,GoToで旅行に出かけているのは「相対的に所得の低い人々」なのか。あるいは「コロナ感染をもともとあまり気にしない」人たちなのか。本当にそうなのか。
 さらに言うと,「コロナ感染をもともとあまり気にしない」人≒「相対的に所得の低い人々」と匂わせる書き方をしているのだが,それも決めつけじゃないのか。

● 逆に「ドル箱の富裕層」って何なの? 観光にドバドバお金を使う富裕層なんている?
 世上言われる富裕層ってのは,貧乏人が勝手に作りだした幻想じゃないかな。リアルの富裕層って,チャラチャラとお金を使ったりしないよ。だから富裕層になれたんでね。ま,ぼくのこの見方にもエビデンスはないんだけどさ。
 観光業界を支えているのは,貧乏人がたまにする贅沢なんだよ。日本で最も高級なホテルというと,アマン東京ですか。そのアマンに行っても,背伸びして来ている貧乏人しかいないと思うよ。
 観光業界にとっての課題は,富裕層を掴むことじゃなくて,どうやって貧乏人に贅沢をさせるかなんだよね。富裕層なんかどうだっていいんだよ。
 第一,富裕層なんて圧倒的に少数派だよ。少数派を相手にして喰っていくのは容易じゃないよ。

● 「優良な旅館,人気のあるホテルほど,GoToは有り難くないのだ」という点についてもさ,星のやは「優良な旅館,人気のあるホテル」に該当すると考えていいと思うんだけども,星野リゾート代表の星野佳路氏のインタビュー記事がやはりネットにある。
 それを読むと,GoToを迷惑だと感じているとは思えない口ぶりなんだよねぇ。「(GoTo)終了後の需要を考え始めている」「今のプラス効果が,動かなかった4~6月の需要の後ろ倒しなら安心だが,終了後の需要の前倒しであれば心配」と述べていて,一部,この記事を書いた先生と同じことを言ってはいるんだけども,GoToなんかやめてよとは言っていない。むしろ歓迎しているように,ぼくには読み取れた。
 本音を言うわけにはいかない媒体だった? でも,星のやといえどもGoToによる後押しがなければ店仕舞を余儀なくされた施設もあったのかもしれない,と読める。

● 「実はそれ以上にGoToが罪深いのは以下の点だ。つまり「GoToを大歓迎する人々」と「GoToをよく思わない人々」とに,社会を真っ二つに分けてしまうことである」「GoToが世論を二分し,人々を二つの対立する集団に分け,社会を分断しているのだ。これがGoToの最大の問題点であり,「史上最悪の政策」である理由である」というのはどうだろうか。
 笑っちゃうしかないと言ったら失礼かね。個々のトピックについて意見が割れるのは普通にあることだよね。それを分断というのであれば,分断はあるのが常態で,なかったら不自然だよ。

● GoTo以上にすごい分断なんてザラにあるよ。ネットでSNSを覗いてみれば,ネトウヨとパヨクがまったく交わらない罵り合いを続けているからね。猿の惑星の大決戦が日々継続中ですよ。
 その昔,小選挙区制を導入するときには,二大政党制につながると言われたのではなかったか。英米のような政権交代を前提とした二大政党制が好ましく,小選挙区制はその前提だ的な。
 その二大政党制は社会を分断させるための大掛かりな装置だともいえるわけでね。現にアメリカを見れば,共和党員と民主党員は明瞭な分断でしょ。しかも,分断線の深い分断だよね。

● という中で,GoToが社会を分断するがゆえに「史上最悪の政策」であると,ことさらに言いだすとは,アンタ馬鹿なの,という以外に言いようがないのじゃないかね。
 これを載せている東洋経済にも,査読をちゃんとしろとまでは言わないけれども,キャッチーな時事モノをキャッチーだという理由だけで載せていたのでは,読者の離反を招くだけなんじゃないのと言いたい。

● こういう悪い頭の頭デッカチさんが仰ることには,特に意見もないようですから原案どおりでよろしいですか,と対応するのが正解でしょう。輸血が必要なら速やかに輸血しないとね。死んじまってはどうしようもないんで。
 GoTo不要と言うなら,輸血など必要ない状態であると証明するか,死んでしまってもやむを得ないと主張するかのどちらかだ。分断がどうのこうのというのは,畢竟するにムダ話にすぎない。

2020.12.06 ロイヤルパークホテル

● コロナ以前は蛎殻町にあるロイヤルパークホテルが東京の定宿になっていた。北関東から出るには便がいい。JR宇都宮線に乗って久喜で東武線に乗り換えれば,後は何もしなくても水天宮前駅まで連れて行ってもらえる。
 駅に着けばホテル直結だ。雨が降ろうが風が吹こうが,一切影響されずにホテルに入れる。入ったら,そこからは竜宮城の暮らしが始まる。

● しかし,コロナで4~5月は一切,泊まりの外出はせず。ホテルでもラウンジサービスは停止するとか,バイキング形式での料理提供はやめるとか,非常時の対応を強いられた。
 当然,宿泊者は減る。わが家にもホテルから “どうぞいらしてくださいレター” が届いた。
 で,だいぶ遅れてしまったのだけども,10月3日にコロナ以後では初めて泊まりに行った。GoToの威力を実感した。ラウンジは宿泊客で溢れかえり,スタッフはてんてこ舞い。これではサービスどころではあるまいと思われた。
 経営体のホテルとしては,春の損失を補填する絶好のチャンスなのだけれども,現場のスタッフはたまったものではない。

● ということもあって,またしばらく間があいてしまった。2ヶ月ぶりになった。
 昨日(5日),20階のラウンジで相方と落ち合った。ブッフェ方式はまだ復活してなかった。スタッフが給仕する方式。宿泊客には触らせない。ので,きれいに盛り付けられた料理が並ぶ。
 アルコールもスタッフに作ってもらう方式。これは酒類が置かれているスタンドに出向いて受け取る。並ばなければならないのと,濃さを自由にできないもどかしさがあるんですなぁ。
 要するに,元のブッフェ方式に早く戻してほしいと思うわけだ。しかし,ホテル側だって戻せるものなら戻したいだろう。ハイボールを2杯と梅酒を飲んで部屋に戻った。

● 部屋(1646号室)もすっかり馴染んているつもりだが,風呂とトイレが完全分離ではない。1週間前に泊まった三井ガーデンの方が新しい分だけ,快適度が上がっている。
 しかし,この馴染んだ感というのは大きい。正直,ぼく一個はこれからもずっとこのホテルでいいと思っている。

● 夜は久方ぶりに兎屋に行った。つけ麺大盛りで980円。目をつぶって食べても兎屋だとわかる味。汁と麺のマッチングがひとつの肝でしょうかなぁ。
 相方はラーメンの中盛りにしたが,麺をけっこう残した。ところが。帰りに “ちよだ鮨”(持ち帰り寿司店)のホタテやウニが半額になっているのを見つけて,3つほど買いこんだ。

● ホテルロビーにもクリスマスの飾りつけが完了している。これはクリスマスの飾りつけなのかどうかわからないのだけども,カスミ草を使った大きな花飾りがあった。
 へぇぇと思って見ていたら,相方が,あら,これは簡単よ,私でもできるよ,カスミ草しか使ってないんだから,と言う。そうなのか,そういうものなのか。

● 6日。朝食は1階の「シンフォニー」で。ホテルの朝食なら東京ステーションホテルの質量が他を圧倒する。それはそれとして認めなければならないけれども,ぼくはここロイヤルパークも質においては引けを取らないと思う。
 ここ数年,朝食は和食と決めていたのだが,今日はそこを外れてみた。カボチャのスープが旨い。生クリームとコンソメはわかるのだが,その他に何を。知ったところで家で再現できるものではあり得ないけどね。
 ご飯は海老チャーハン(ピラフと表示されていた)。これも旨いなぁ。

● ぼくらが食事を終えてしばらく経つと,こういう行列ができる。8時を過ぎると混みだすから,それより前に食べておくのがいい。食べるために並ぶというのは,時間のムダという他に,勢いを削がれる感じがしてね。
 ところが,並んでもいいから朝はゆっくりしたいという人が多いようなんだよね。それじゃいけないんですかと言われれば,別にいけないこともないと思うんだけども。

● 部屋は15時まで使える。相方は目いっぱいお風呂を楽しんで,それから銀座に出るつもりのようだ。
 ぼくは,申しわけないけれども,13時前にホテルを出た。これより先は自由行動。家を出てから家に帰るまでずっと一緒というのは,お互いに気が詰まるというか,好き勝手ができないというかね。

2020.12.06 隅田川散歩

● 日本橋蛎殻町のホテルに泊まっている。すぐそこが隅田川大橋だ。ので,隅田川沿いを歩いてみようと思う。
 先月15日に勝鬨橋から隅田川大橋まで歩いている。今日は中央大橋まで行ってみよう。行ってみるというほどの距離ではない。近すぎるかも。

● 隅田川大橋から下流へ。すぐに隅田川と日本橋川の合流点に至る。写真の手前が日本橋川。その日本橋川の最下流に架かるのが豊海橋。
 コロナ以前は蛎殻町のホテルを東京の定宿にしていたので,この光景には何度も接しているのだが,2つの川が合流するところって,それだけで惹かれるものがある。別の場所を流れていた水がここで1つになる。1つになってまた別のところから流れてきた水と一緒になる。

● 永代橋の先で隅田川は2つに分かれる。
合流して1つになったものが,また2つに分かれる。すぐに東京湾に注ぐわけだけど。
 写真右が本川(中央大橋)で左が派川(相生橋)。派川は晴海運河と言った方が通りがいいと思うが,分岐点から晴海運河になるわけではないらしい。ややこしい。
 中洲のタワマン群があるところは佃島。タワマンの需給もこのコロナでどう変わってくるのか。一気に過剰感が増すととりあえずは考えるわけだが。

● コロナはいろんなものを過剰にした。飲食店や宿泊施設や観光資源はその最たるものだが,オフィスビルもそうだし,都心のマンションもそうだ。自動車だって過剰になったかもしれない。自動車が過剰になったのなら,たぶん道路も過剰なのだ。船や飛行機も空港も過剰だ。なにせ,人が動かなくなったのだから。
 人は家の中に “快適” を作ろうとするようになったんだろうか。今までは快適さをアウトソーシングしてもよかったが,動かない以上は家の中に “快適” を集中させなければならない。

中央大橋
● いずれはワクチンが行き渡って,コロナの軛から解放される。が,そうなってもコロナ以前の生活に完全に戻れるのか。
 テレワークを捨てて,毎日会社に出勤するようになるか。満員電車から解放された快感を捨てられるか。顔も見たくない上司に毎日会わなければならない生活に戻れるか。
 会社だってオフィス賃貸料と社員に支払う通勤手当を減額できたのに,もう一度,そのコストを負担することを良しとするか。
メッセンジャー像
 コロナは世界に大きな害悪と混乱をもたらしたけれども,IT化の果実をググっと個々人に引き寄せる効果もあった。その果実を手放すことになるとは考えにくい。

● 中央大橋には見とれてしまう。文化財的な価値としては,勝鬨橋や永代橋,清洲橋になるのだろうけど,この斜張が作りだす空間はちょっとしためまい感を与えてくれて,なかなかいいものだ。歩道が広いのもいい。細長い広場が続いている。
 「メッセンジャー」像を正面から見るには水上バスに乗るしかないねぇ。後姿は好きなだけ見られるんだけどね。

● 中央大橋を渡った先はタワマン群の佃島。小公園があって,パリ広場と命名されている。姉妹河川のセーヌ川に形だけ敬意を表したってところですか。
 そのパリ広場の隅っこにこんなのがありましてね。アッハハハ,これ・・・・・・偶然じゃないよねぇ。

● 邪魔だと思うくらいに多いのはジョギングする人だ。1人で走っている。カップルとかグループで走っている人はいない。孤高のランナーだな。年齢はけっこう高めだ。言っちゃ何だが,女性に美人は少なく,男性にイケメンはあまりいない。“あまり” は余計だったな。いない。
パリ広場
 ゆっくりと散歩中の人もいる。こちらは小さな子供を連れた若い夫婦が目立つ。近くに住んでいるんだろうか。ひょっとしてすぐそこのタワマンに住んでるんだろうか。羨ましいとまでは思わないが,こういうところに住むってどんなものなんだろうかなとは思ってみた。

2020年12月4日金曜日

2020.12.04 コロナ禍で東京脱出が急加速 というニュース

● というニュースをネットで見た。「2013年7月以降で初の転出超過」ということらしい。
 いったん郊外に出て行った施設や人の都心回帰。その代表は大学。これがコロナ以前の潮流だったと思う。それが逆転した。
 テレワークが定着して毎日出勤しなくてもよくなり,家で仕事をしなければならないとなれば,職住近接の必要はなく,自宅に仕事場が要る。もうひと部屋,必要だ。都心の狭い家より,郊外の大きめな家がいい。
 となると,都心のステイタスは下がる。特に,オフィス需要は大きく減退する。空き家が増える。

● しかし,今,この流れに乗るべきか。ということを地方の在のぼくが考えても仕方がないわけなんだけど,つい考えたくなる。
 都心のオフィス&居住需要減 → 都心の賃料が下がる → それを見計らって都心に引っ越す が,正しいような。通勤が減っても,タイムセービングの必要性は変わらないでしょ。なら,都心でしょ。山手線の内側でしょ。

● 都心の人口が減り,オフィスも減ると,どうなるか? 都心が空洞化して,人がいなくなるんだろうか。のみならず,ホノルルのダウンタウンのように治安にも問題があるようになるんだろうか。
 なんてことにはなるはずがない。都心の芯には皇居があるのだ。治安が悪くて都心には住めなくなるなどということは,東京に限ってはあり得ない。

● コロナは所詮は一時的なもので,したがってそれをめぐる人の動きの変化も一過性のもので,コロナが収束すれば何もかもコロナ以前に戻るのか。それとも,たとえワクチンが開発されようとも,完全にコロナ以前に戻ることはあり得ないんだろうか。
 ザックリ言えば,後者になるように思われる。テレワークの良さというのは(ぼくは未経験なんだけれども)たしかにあるのだろう。満員電車で通勤しなくていい。毎日,嫌いな上司のアホ面を見なくていい。くだらない飲み会に出なくていい。会社にしたって,高い家賃を払ってオフィスを借りなくてすむ。通勤手当の支払いもしなくていい。
 そういった良さがある以上,コロナが収束してもコロナ以前に完全に戻るとは考えにくい。

● もしコロナがなければ,テレワークなんてのが日本で始まっただろうか。始まったとしても,随分先になったことだろう。その意味では,今回のコロナはある意味,神風になったと言えるかもしれない。
 通勤にしろ,旅行にしろ,人の移動が元には戻らないとすると,色んなものが過剰になる。人が動かないって,必要なものをグッと少なくするんだねぇ。

● GoToトラベルも緊急避難的な措置として必要だと思うが,GoToトラベルを実施しても,宿泊施設や飲食店は以前より少なくてすむはずのものだ。
 今年の冬は野菜が安い。特に白菜とキャベツと大根が安いと感じる。飲食店に納入する分が減ったからだと聞くのだが,その分,自宅で食べているはずだろう。人は食べないではいられないのだから,トータルでは需要は減らないはずだが,実際に売行きは落ちているらしい。飲食店でのフードロス分が減ったということなんだろうか。
 酒も同じだ。飲み屋には行かないとしても,その分は自宅で飲んでいるのじゃないかと思うのだが,酒類の売上げも減っている。人の移動が減ると,食糧も酒も少なくてすむようになるらしいのだ。

● 最近感じるのは,芸人・タレント・俳優に過剰感が増していることだ。芸能事務所のプレゼンスも低下しているだろう。これはコロナよりも,大衆のテレビ離れによるものかと思われるものだが。
 今,会社を定年で退職する人たちは,ずっと会社でパソコンを使ってきているし,スマホも普通に使っているだろう。高齢者はデジタルが苦手という風潮はもはや過去のものだ。らくらくスマホのような商品はいずれは消えてなくなるものだ。
 したがって,若者のテレビ離れはすでに完了していて,これから高齢者のテレビ離れが加速していく。

● このようにして,色んなものが供給過剰になっている。優勝劣敗がより鮮明になるだろうし,業界ごと消えてしまうところも出てくるかもしれない。
 コロナがなくても,いずれはそうなったのだろうが,コロナがその動きを見えやすくした。

● してみると,都心のオフィス需要も元には戻らない。しかし,東京の都心がそのままズルズルとその地位を下げるとは思われない。
 どういうことが起こってくるのか,少し楽しみでもある。

2020年12月3日木曜日

2020.12.03 私の元気は,東京にある-JRのポスター

● 京都は人を選ぶ。東国の人間は高校の修学旅行で初めて京都に行ったという人が多かったのではないかと思うが(ぼくもそうだった),それで京都を好きになって,大学は京都にしようと決める人がいる。こういうのは,彼(彼女)が京都を選んだのではなくて,京都が彼(彼女)を選んだのではないかと思えるのだ。
 京都の大学には行かずとも,その後も京都に足繁く通う人がいる。それもまた,京都に選ばれたからだろう。

● そう感じるのは京都だけだ。沖縄や北海道に移住した人がいたとしても,沖縄が彼を選んだとか,北海道が彼女を選んだという発想にはならない。
 京都が特別。長年にわたって日本の首都であり続けてきたゆえかもしれない。あるいは,ぼくが京都にちょっと臆しているのかもしれない。

● 何度か京都には行っている。けれども,京都に感応しない。自分が京都に選ばれていないからだと思ってしまう。
 世間でも評判の美人の前に立った10代前半の少年のごとくだ。美人は得体の知れないもので,少年は内向して屈折するしかないのだ。

● では,東京はどうか。東京は人を選ばない。東京は来る人に対して開けっぴろげだ。人が東京を好いたり嫌ったりしているだけだ。
 千年の古都に対して,まだ首都になってから150年しか経っていないからか。いや,150年は充分に長い。明治,大正,昭和,平成,令和と五代を閲しているのだ。

● で,ぼくは歳を重ねるごとに東京贔屓になってきた。ニューヨークにもロンドンにもベルリンにもローマにもイスタンブールにもモスクワにもケープタウンにもカイロにもカルカッタにもマニラにもバンコクにもジャカルタにも上海にもウランバートルにもリオデジャネイロにもブエノスアイレスにも行ったことはないけれど,もう行かなくてもいいやと思っている。
 国内も同様で,また行ってみたいと思うようなところは,正直,ない。東京だけでいい。

● 右の社員はJRのポスター。新幹線を使ってね,っていうね。はい,ぼくの元気も東京にあります。新幹線で行くわけじゃないけど。
 東京の何が楽しいのかと言うと,まず歩いていて面白い。銀座には銀座の,日本橋には日本橋の,上野には上野の,山谷には山谷の,それぞれ面白さがある。そこを具体的に言ってみろと言われるとうろたえてしまうのだが,身体が楽しいと言っている。
 名所旧跡や神社仏閣,大小の美術館や博物館,建物など,見るべきものも東京に集中している感がある。ひと通り見るだけでも,全部はとても無理だ。

● ホテルのサービス水準が高い。同じ系列のホテルでも東京と地方ではまるで別だと認識しておく必要がある。ルームキーピングも接客も,競争が厳しいゆえだろうか,東京のホテルは洗練されている。
 何もしない充実をリゾートと呼ぶのであれば,最善のリゾートは東京のホテルで過ごすことだろう。当然,そこにはホテルで働く人たちへの,大げさに言うなら感謝というものが生じることになる。
 目下,コロナ感染の拡大が報じられているが,普通の防御態勢を整えておけば,感染者が増えた減ったは,基本,どうでもいいことだと思っている。東京のホテルで働いている人たちを応援する。宿泊することによって。
 よほど切羽詰まる事態になれば,ホテルも自ら閉鎖して従業員を守るといった対応を取らなければならないかもしれないが,もしそんなことになれば,ほぼこの世の終わりといっていいだろう。

● ついでに申せば,美人も東京に集中している。ように,ぼくには見える。だから,地下鉄に乗るのだって楽しい。眼福に与れる可能性が高いからだ。しばしば与れるからだ。書店に行くのだって楽しい。知的美人に遭遇できる可能性が地方より高いから。
 というわけだ。元気は東京にある。

2020年11月28日土曜日

2020.11.28 池波正太郎記念文庫

● 2,340円で泊まったビジネスホテルをチェックアウトして,日比谷線で小伝馬町から入谷まで移動。入谷で降りるのは初めてかもしれない。三ノ輪なら何度か降りたことがあるのだが。
 言問通りをスカイツリーに向かって進むこと,しばし。台東区生涯学習センターに着いた。図書館を中心にした複合施設だ。宇都宮でいえば,市立南図書館を大きくしたようなものだと考えていいだろう。


● その中に池波正太郎記念文庫がある。その池波正太郎記念文庫を拝観に来た。地元の人はあまり来ないのかもしれない。この時間帯,拝観者はぼくひとりだった。
 池波正太郎の時代小説はひとつも読んでいないのだが(これから読もうと思っている。老後の楽しみに残しておいたのだが,もうその老後にさしかかっている。ウカウカしていると,老後の楽しみを果たさないままあの世に行くことになってしまう。そろそろ,そういうことを真剣に思わないといけない時期になってきた),エッセイは若い頃にけっこう読んだ。

● 食,映画,芝居,銀座などを話材にしたものが多かったと思うが,何を話材にしたところで,結局は自身を語ることになるのがエッセイだ。自分の来し方,価値観,育ち方。そういったものを食や映画や銀座に事寄せて語る。そういうものだと思う。
 それを熱心に読んでいた記憶がある。自分には縁のない都会的なるものを求めていたんだろうか。
 で,それに影響を受けたかというと,たぶん,それはない。影響を受けられるだけの水準に,当時の自分は達していなかった(今も達していないと思うが)。単純に読むだけの読者であって,それ以上ではあり得なかった。


● 自筆原稿も展示されているが,こういう施設で最も惹きつけられるのは書斎だ。仕事場。ここで書いていたのかという,その現場。
 それをわかっているから,漱石山房記念館もそうだったけれども,書斎はそのままの状態で復元されることが多い。
 圧倒されるのは辞書。狭義の辞書ではなく,いわゆるレファレンスブックだ。調べ抜いて書いていたのだな,という。今ならネットで検索することになるのだろうか。レファレンスブックは不要になっているんだろうかな。

● しかし,こういうものは残らなくなるだろう。愛用の万年筆も自筆の原稿も,今の作家は残すことがない。パソコンで書いているだろうから(自筆派もまだ生存しているようだが)。
 ファミレスやカフェを仕事場代わりにしている人もいるかもしれない。であるなら,決まった仕事場は存在しないことになる。

● 台東区生涯学習センターの隣にあるのが金竜公園。普通の公園なのだが,土地単価が高い分,貴重だよ。
 合羽橋道具街はここから始まる。

2020.11.28 馬喰町界隈

● 宿泊料が2,340円のコンフォート東京東日本橋に宿泊したので,ホテルの周辺を歩いてみた。地名でいえば日本橋馬喰町。

● 宿泊しているホテルの隣が「トレインホステル北斗星」。だいぶ前(正確には2016年の大晦日)になるが,泊まったことがある。大晦日にどこも空いてなくて。外国人のバックパッカーが多かった。日本人の若者も。
 簡易宿泊施設だが清潔だし,これでいいやと思ったことだった。ぼくのようなロートルに来られては迷惑かもしれなかったけどね。
 が,現在は臨時休業している。ここのところのコロナ拡大を受けてのものか。あるいはずっとこの状態なのか。

● このあたり,なんだかアパホテルが密集しているようなのだが。ぼくが泊まっているコンフォートもすぐ近くにもう1軒あるんだけど。
 「北斗星」がここにあるくらいだから,このあたりは安宿街なのかもしれない。アパを安宿と言ってしまってはまったく正確さを欠くことになるけれど。
 日本橋はけっこう広くて,日銀本店や三越本店があるセレブっぽいエリアもあれば,人形町のような上質な下町と呼びたいエリアもある。東日本橋と通称されるこのあたりは場末感も漂わせている。場末感というのが,でも,ぼくは嫌いではない。

● この界隈で最も目立つのはこれだ。エトワール渡海。ファッション館だのリビング館だの,やたらに○○館があるんだけど,何をしている会社なんだ? ググればわかるんだけどさ。

● わが地元の烏山にサカゼンという縫製所があって,地元の女性を雇用していた。縫製の専門学校まで持っていたのではなかったか。花嫁修行の場にもなっていたかもしれない。今は昔の話になってしまったが。
 会社とすれば,地元貢献のためにやったのではなく,利益の最大化を目指しただけなのだとしても,地元の娘たちを雇用してくれてありがとうという思いは残っている。本社はここにあったのかと,うたた感慨をもって臨むなり。