2025年9月30日火曜日

2025.09.30 龍宮城を満喫してる

● 青森,2日目。丸青食堂で朝食。今日はサバ焼き定食。1,000円。サバも美味。やはり焼き方の問題かと思う。遠慮なく醤油をかけて食べた。
 貝焼き味噌の単品。これで田酒の特別純米酒をやるつもりが,サバを肴に飲んで,貝焼きを貝焼き味噌をご飯にかけて食べた。

● 田酒と同じ西田酒造の「善知鳥」(ウトウと読む)を飲む機会を得た。いや,驚いた。田酒はかすかに重さと苦味があるが,「善知鳥」にはどちらもなく,水に深みとほのかな甘味だけを加えたような。
 いや,これはとんでもないものだと思った。日本酒にこんな風景があったのか。幻の酒と呼ぶに相応しいのではないか(実際には,楽天で買うことができる。決して幻ではないわけだが,名前を知らないんだから,検索もできないわけだった)。
 ぼくなどが飲んではいけない酒だろう。田酒を飲んだくらいで知ったかぶりをしてはいけないと思った。

● 駅前のAファクトリーで,リンゴ飴。これも青森に来る楽しみの1つ。リンゴって普段は食べなくなってるんだけどね。
 リンゴに砂糖を塗りつける。旨いッス。ただし,リンゴを丸々1個使ってると思うんだけど,2人で1つ頼むんでいいかもしれない。けっこう食べでがある。

● 赤いリンゴじゃないのが好みって人もいるだろうけど(この店でも赤いリンゴじゃないときがある),リンゴとイチゴは赤いに決まっているのだぞ。
 リンゴってさ,名前がいいですよね。林檎と漢字で書けば,何となく名前の由来が想像できるんだけど,リンゴという音の響きがとても良くないですか。

● ホテルのラウンジに本物のリンゴがある時間帯。最初に出すだけで,補充はしないっぽい。
 リンゴはいくら食べても食べ過ぎにはならないもんね。

● ホテルのドリンクサービス。田酒(特別純米酒)。1杯だけ無料なんで,その1杯をツマミなしで飲む。そうしてから夕食へ。
 ただし,この飲み方は甚だよろしからず。タダだから飲まなきゃ損だと考えがちなんだけど,このサービスはこれだけでやめておくことにした。

● 「おさない食堂」が休みなので,駅ビルに入っている「青森食堂」へ。機会があれば一度入ってみたいと思っていた。その機会が来た。
 結局,八戸には行かなかったわけだ。

● タブレットで注文する方式。アルバイトのお嬢さんたちが支えている店だ。半分は居酒屋。
 メガハイボールにマグロ山かけ。味噌おでん。味噌に生姜がたっぷり入っている。慣れの問題もあると思うが,普通のおでんの方がいいと思った。旨かったですけどね。山かけも旨かったですよ。これは文句なし。

● 青森産の焼酎(そんなのがあったのか)に切り替えて,ニシンの山椒ナントカ。
 はい,これは一度でいいです。かつては小樽にニシン御殿が立ち並ぶほどに富をもたらしたことは知識として知っているが,そんなに旨いとは思えない。臭いも結構きついから,山椒でごまかす。
 京都のニシン蕎麦も(ぼくは,だいぶ前に,一度しか食べたことがないんだけど)そんなに珍重するもんじゃないよね。

● たぶん,ここでしか食べられないだろうと思うのは,リンゴの天ぷら。塩をつけて食べる。なくはないと思った。リンゴが酒の肴になる。が,これも一度でいいですわ。

 でも,この店,面白かったですよ。また行きたい店のリストに載せておこう。

2025年9月29日月曜日

2025.09.29 青森雑感−人口減少と高齢社会

● 今日から青森に4泊するのだが,青森はいいところだ。食の龍宮城だとは何度も書いていることだが,それだけではなく,気持ちが落ち着くたというか,ほぐれるというか。
 ここにいることを身体が喜んでいるのを感じる。

● 理由は? 人口圧がないことだろうか。人に対して構えなくてすむところ。
 この状況を普通は衰退と表現するのだが,衰退にも,過ぎなければという条件を付さなければならないのかもしれないが,味がある。そうして,この味には得がたいものがある。

● 老人が多く,若者が少ない。それはいけないことなのか。一考の余地がある。
 自分自身が老人の側に属する人間だからかもしれないのだが,人工圧がなくて老人が多いというのは,ゆったりさを生む。たぶん,このゆったりした感じが何とも心地いいのだ。

● 華やかさ,贅沢さを排して,ある種,地に足が着いた安心感。人が生きていくのにそんなに多くのモノやサービスは必要なく,必要なものが必要な場所にあればいい。それでかえって快適に生きていけるのではないか。
 過剰な勢いなど要らない。旺盛な向上心も,足りないもの探しも,過ぎれば害を為す。過ぎたるは及ばざるが如しなのではない。過ぎたるは及ばざるに劣るのだ。
 向上心もあり過ぎると,足りないよりも始末が悪い。そういうことを具現化して見せてくれているのが青森なのだという気もする。

● 都市的生活が田舎暮らしよりも上位という,妙な序列意識がある。たぶん,高度経済成長期に醸成されたのだと思うが,まだそれが残存している。都会度を競うようなところがある。GDPがすべてというのもおかしな話だ。
 住んでみなければわからないことが当然ある。旅行者の目線で結論を出してしまってはいけないが,青森はそういう意味でも悪くないなという印象を持っている。

● ぼくの視界に入ってくるのは,外に出ている人たちだけだ。家にこもっているか,何らかの事情があって外に出られない人たちは,ぼくの青森印象からは落ちている。
 ので,青森の実態はぼくにはわからない。それは,しかし,青森に対してだけではなくて,どこに対しても同じだ。
 そこを補正するための手段をぼくは持ち合わせていないので,自分の個人的な印象を組み合わせて推論するしかない。

● かつては,東京が日本人のライフスタイルのお手本だった。その時代とは方向が反転しているのだが,それでもまだ東京の影響力は大きく残っている。
 が,東京をお手本にしたくてもできない時代になった。人口が減少しているのだ。地方ほど減少がキツい。

● そのことが人々の間に定着すれば(もう定着しつつあると思うのだが),東京スタイルの価値は相対的に下がる。東京も地方のひとつになる。そうすることによって,人々は自分たちのスタイルを正当化しようとするはずだからだ。
 高度経済成長期には東京スタイルが自分にも手が届きそうなものに思われたから,憧れの規範になり得た。が,もうそういう状況ではない。東京は東京,自分たちは自分たち。東京スタイルへの憧れは相対的に低下すると予想する。

● インターネットがそれを後押しすることになる。たとえば,青森に住んでいたのではクラシック音楽の演奏会を楽しむことはできない。できなくはないが,年に数回になるだろう(東京に住んでいれば,休日のすべてをそれに充てることができる)。
 しかし,現在ではFMやCDで音声だけを聴くのではなく,You Tube やニコ生で映像も一緒に楽しむことができる。それで良しとするようになるかもしれない。
 当然,生とネット配信では入ってくる情報量にだいぶ差があるはずだ。それでもネット配信で良しとする方に傾く。ネット配信の技術が向上し,生の臨場感のかなりの部分を拾って配信できるようになる可能性も大きい。

● それやこれやで,日本国民の大部分の範であり得た東京スタイルは凋落する。東京も巨大なローカルになり,日本は大小のローカルが入り乱れる乱世になる。それはそれで面白いだろう。
 つまり,高齢社会はむしろ面白さを増大させてくれるかもしれないと,ぼくは期待感を抱いている。

● ここにAIがどう絡んでくるか。ぼくに予想する能力はないが,高齢社会は静態的になるというわけではないかもしれない。
 面白いことになりそうだ。その面白さは生きているうちに味わえそうな気がする。楽しみなことだ。

2025.09.29 龍宮城に到着

● 鉄路恙なく青森着。ホテルに荷物を預けて,魚市場の「丸青食堂」に直行。
 注文したのはホッケ焼き定食と田酒の3種盛り。それとは別に特別純米を。当然,純米吟醸の方が高価だし,入手も難しいのだが,ぼくの好みはハッキリと特別純米酒の方。
 飲むときの容器の違いも影響するんだろうか。厚いぐい飲みより薄いグラスの方がぼくは好きだ。

● ホッケもこれで1,100円なんですよ。魚は生の刺身もいいけれども,火を通した焼き魚,煮魚も旨いもんね。
 ただ,この旨さはホッケそのものにあるよりも,焼き方がモノを言ってるのかもしれない。火力とか器具とか。おそらく,そっちの方だと思っている。
 それゆえ,いっそう,ここに来たら焼き物を喰え,そうじゃないと損をする,と思ってしまうのだな。

● このホッケで田酒をグッグッと飲んで,残ったご飯にはみそ汁をぶっかけて食べた。
 以上,着いて早々に青森の醍醐味を堪能した。

● ホテルは駅直結の「ReLabo」。このホテルのいいところは,駅直結だからスーツケースを引っぱって歩かなければならない距離がミニマムであることの他に,少なくとも2つある。
 1つは,開業して間もないので清潔感に溢れていること。もう1つは,「丸青食堂」にも「おさない食堂」にも至近であること。つまり,この2つの食堂はどちらも駅の近くにあるわけです。

● ホテルのラウンジに二度行った。時間帯によって,つまめる食べものに違いがあるのでね。
 りんごジュースはいつでもあるんだけど,生のりんごは出る時間帯が決まっている。普段,りんごを食べてるかというと,そうでもないんだけどね。青森に来ると食べたくなるわけね。

● 夜。エレベーターにがぎっしりだったのだが,日本人はぼくだけだった。東洋系の外国人が多い。台湾か東南アジアか。
 大陸中国の迷惑人が大挙して来るのは2日後からだ。今はあまりいない。迷惑人の一番人気は日本らしいのだが,ひと頃より彼らは減っていると感じる。大陸中国にも色々あるんだろう。

● 「おさない食堂」が休みゆえ,夕食は駅ビル内のサイゼリヤ。青森でもサイゼリヤは人気だが,こちらとしては青森まで来てサイゼリヤじゃなくてもと思うところがなくはない。
 でも,圧倒的に安い。かつ,旨い。サイゼリヤをバカにするやつは表に出ろ,と言うくらいには思っているね。
 しかし,サイゼリヤまでインバウンドの東洋系外国人に浸食されている。君たちは日本人よりお金持ちなんだから,ここじゃなくて他に行くべきところがあるだろうよ。

2025.09.29 「大人の休日パス」で青森へ

● 行くぞ,青森。食の龍宮城だ。4泊5日,ずっと青森市。しかも,青森駅から半径300m以内。三内丸山も恐山も浅虫温泉も斜陽館もカスリもしない。「おさない食堂」と魚市場の「丸青食堂」にしか行かないから。
 田酒とホタテとホッケだ。旨い魚を食べたかったら,諸君,津軽海峡を渡るな。青森に留まれ。

● しかし。月火は「おさない食堂」の定休日じゃないかと思う。ので,30日は八戸の八食センターに行くかも。
 回転鮨までとびきり旨いんだから話にならん。が,あえて鮨はやめて,魚を切ってもらおう。八戸では酒は八仙に切り替える。八仙も旨いんだわ。ダイエットとは一時休戦。楽しみすぎてワクワクするぜ。

● というわけで,青森に向かいますのじゃ。「大人の休日パス」のおかげで新幹線にも乗れますのじゃ。
 ぼくらが乗る1本前の「やまびこ205号」仙台行きが到着。発車間際に駆け込んでくる人がけっこういるんだわ。各駅停車に乗るのと同じ感覚。
 勇気あるなぁ。乗り遅れたら指定券パーじゃないですか。って,自由席で短距離移動する人なのか。

● 宇都宮で降りる人がかなりいて驚いた。宇都宮ってそんなに都会だったか。
 てか,「はやぶさ」は宇都宮に停まらないのだから,「やまびこ」で降りる人が多いのは当然なのか。

● ホームにノートパソコンを抱えて,ミネラルウォーターのペットボトルを持った女性がいてね。30代の後半かな。
 何だかカッコいいんだよね。オンの風情が満開で。

● 新幹線,速すぎる。昔は青森は夜行列車で行くところでしたから。新幹線だと3時間ちょっと。狭い日本,そんなに急いでとこに行く,っていうのは人の本性に反する。速いに越したことはない。
 ただし,1つだけ不満がある。Wi-Fi を何とかしてくれ。アンテナ全開の状態でも遅すぎて使いものにならない。この速度では仕方がないのか。
 車内で仕事をしている人もいるだろう。彼らはどうしているんだろうか。ネットにつながないでもできる書類作成をしてるんだろうか。

2025年9月10日水曜日

2025.09.10 ホテルの正月プラン

● プリンスホテルからこんなの(右の写真)が届いた。お正月をホテルで優雅に過ごしてみませんか,というお誘い。
 12月30日から1月3日まで2人で4泊すると,プリンス高輪の一番安い部屋でも504,000円。花香路の一番安い部屋だと884,000円。

● 価格差の比率は普段より狭まるんだな。館内全体が祝祭空間になるわけだから,それが当然ではありますかね。
 つっても,ポケットマネーで泊まれる人がいるのかい? 会社の金を自由に使える羽振りのいい中小企業のトッツァマか,接待で泊まるエラいさんくらいじゃないか。

● いや,これくらいなら出す,そんなに高くないじゃないか,という人がけっこういるのかね。
 ただ,こういうことは言えるのではないか。ポケットマネーで泊まる人たちの中に富裕層は極めて少ない。こういうものは「貧乏人がたまにする贅沢」の範疇に属するものだ。世界一周クルーズや “四季島” と同じね。
 もちろん,強度の貧乏では “たまの贅沢” もできないわけだが。

● 貧乏人しかいないのだから,優雅な気分に浸れるとはあまり期待しない方がよい。演し物は良くても,舞台がダメなんだから。
 そして,貴方も貧乏人の一員であることをお忘れなく。こんな “たまの贅沢” をしてるからいつまで経っても貧乏なままなのだと,自覚あるべし。

● コロナ禍の頃は,こんな企画は絶対に出せなかった。コロナが収束して旧に復した。慶賀すべきことではあるんだけどね。
 ぼくはもちろん,年末年始は自宅でマッタリ。毎日が日曜日で,年がら年中マッタリしているわけだが。