● 株に手を染めたのはバブルの残り香が残っていた頃か。上手く行ったこともあるし,350万円ほどを紙くずにしてしまったこともある。それ以外にも損失多し。
信用できる評論家(邱永漢さんだった)についていった頃は良かったんだけど,自分で判断したらとんでもないことになった。
● 痛恨の判断ミスは,北海道拓殖銀行が倒産したあたりを底つきだと思ってしまったこと。とんでもなかったね。それから山一証券が倒れた。冬の時代は長く続いた。
● 昔,千株単位でしか売買できなかった頃と比べると,出来高も膨大に膨れあがっている。
その膨大な取引をこなせているのは,IT化の賜だろう。売り買いの注文も,以前は証券会社に電話するしかなかった。今はネットでやっている人が大半だろう。
● ネットを使うことのメリットは,証券会社の営業マンの講釈を聞かされなくてすむことだ。営業攻勢はかなり迷惑だったからね。ぼくは電話攻勢を受けることはなかったんだけど。
売買手数料も安くなっているのだろう。それゆえ,株人口も増えているんだろうな。
● でもないのか。日本人は貯金一辺倒で,株に行く人が少ない,例外的な国だと言われていた。これは今でも変わっていないんだろうか。
マイナス金利の時代だ。銀行にお金を預けておいても仕方がない。なにせ1万円を1年間預けて,もらえる利息が1円なんだから(定期預金の場合)。現時点での預金のメリットは,盗難防止という一点に尽きるだろう。少なくとも,定期,普通,当座の別は意味を持たなくなった。
それでも,安全性重視で,株なんてとんでもないと考える人が多いんだろうかね。
● ま,ともあれ。株はネットでやる人が増えているのは間違いないはずだ。となると,各証券会社でも,顧客に対してネットならではの利便性を提供しなければならない。他社がやっているんだから,やらないわけにはいかない。
顧客が保有している株の価格を時系列で見ることができ,買値との差額が一目瞭然にわかり,株式市場全体の動きや,個別銘柄の推移をチャートで表示し,といったじつに痒いところに手が届くものだ。
● 昔はヤフー・ファイナンスというものがあった(今でもある)。ヤフーIDで登録すれば,やはり便利に使えたもので,インターネットってすごいなぁと思ったものだった。昔の話だ。
今,各証券会社が出しているアプリはそれをしのぐんだろうな。スマホさえあれば,いつでもどこにいても株の売買ができ,その記録を自動的に残すことができ,自分のパフォーマンスを確認することができる。
昔を知る人間にすれば,とんでもない時代(もちろん,いい意味で)になったと思う。
2016年7月13日水曜日
2016年7月12日火曜日
2016.07.12 入居者のいないアパート群
● わが家から駅に向かう途中,かなりの数のアパートがある。ぼくが10日まで借りていたアパートもその中にある。
その中でひときわ目立つのが,A棟からE棟までの5棟のアパートが建っているところ。1棟あたりいくつの部屋があるのかは数える気にならないが,かなり広い敷地になる。
● で,その5棟のアパートに入居者がいない。正確にいうと,1台だけ車が停まっているから,ひと部屋だけは埋まっているのかもしれない。
建て替えるために入居者を追い出している最中じゃないのという見方もできるかもしれない。が,入居者が皆無の4棟も数年間,そのままになっている。
● これだけのアパートを建てるのにどれだけのお金がかかったのだろう。地主が払っている固定資産税はいくらになるのだろう。
これではまったく償却できていないはずだ。
● 空いた土地をどう使うか。何も考えない人がアパートを建てるのだ,と聞いたことがある。そうかもしれない。
が,アパートを建てる以外に,この土地をどう使えばいいのか。少なくとも,ぼくには妙案がない。
更地にしておけばよかった(損害を出さずにすんだ)とは思うけれども,更地のままにしておいたのでは,土地を活かしているとはいえない。
● 家賃が高いから入居者がいないということかもしれない。人口が減っている。貸家はすでに余っている。需給法則からすれば,家賃は下がるのが道理だ。
しかし,過去の(昨日までの)相場が頭に入っていると,どうしてもそれに引きずられるのだろうか。
● 土地に勢いがあれば,人を集めることができる。人が集まれば,家賃が高くても人は住む。けれども,その勢いが全国的に失われているわけでね。
おそらく,家賃云々以前に人が集まらない土地になってしまったのだろうな。地主はそこの見通しを誤ったんだろう。仲介業者の口車に乗ってしまったか。
● 入居者がいないアパートが5棟もあると,それじたいがブラックホールのような不気味さを呈する景観になってしまう。
地主はこれからどうするつもりなのだろう。いや,難問なんだけどね。
その中でひときわ目立つのが,A棟からE棟までの5棟のアパートが建っているところ。1棟あたりいくつの部屋があるのかは数える気にならないが,かなり広い敷地になる。
● で,その5棟のアパートに入居者がいない。正確にいうと,1台だけ車が停まっているから,ひと部屋だけは埋まっているのかもしれない。
建て替えるために入居者を追い出している最中じゃないのという見方もできるかもしれない。が,入居者が皆無の4棟も数年間,そのままになっている。
● これだけのアパートを建てるのにどれだけのお金がかかったのだろう。地主が払っている固定資産税はいくらになるのだろう。
これではまったく償却できていないはずだ。
● 空いた土地をどう使うか。何も考えない人がアパートを建てるのだ,と聞いたことがある。そうかもしれない。
が,アパートを建てる以外に,この土地をどう使えばいいのか。少なくとも,ぼくには妙案がない。
更地にしておけばよかった(損害を出さずにすんだ)とは思うけれども,更地のままにしておいたのでは,土地を活かしているとはいえない。
● 家賃が高いから入居者がいないということかもしれない。人口が減っている。貸家はすでに余っている。需給法則からすれば,家賃は下がるのが道理だ。
しかし,過去の(昨日までの)相場が頭に入っていると,どうしてもそれに引きずられるのだろうか。
● 土地に勢いがあれば,人を集めることができる。人が集まれば,家賃が高くても人は住む。けれども,その勢いが全国的に失われているわけでね。
おそらく,家賃云々以前に人が集まらない土地になってしまったのだろうな。地主はそこの見通しを誤ったんだろう。仲介業者の口車に乗ってしまったか。
● 入居者がいないアパートが5棟もあると,それじたいがブラックホールのような不気味さを呈する景観になってしまう。
地主はこれからどうするつもりなのだろう。いや,難問なんだけどね。
2016年7月11日月曜日
2016.07.11 林葉直子さん
● かつて女流プロのアイドル的存在だった林葉直子さん。ネットに現在の画像がある。かつてとはまるで違っていた。
本人はどう思っているのかわからないけれども,お気楽な外野としては,どこで歯車が狂ってしまったんだろうかと考えてしまう。ずっと女流棋士を続けていれば。
● 石をもて追われるように将棋界を去り,エッセイや漫画原作を書き,ヌード写真集を出し,豊胸手術をし,お店を出してつぶし,自己破産し,酒に溺れて肝硬変になり,その間,中原誠との不倫騒ぎがあり・・・・・・。
なまじルックスが良かったために,周りに持ちあげられて,使い捨てられた感もあり。多方面に小才もあったのだろう。小器用だったのか。不器用に将棋だけやっていることはできなかったか。
● 師匠が米長さんだったことも災いしたろうか。いろんなことをやっていた師匠だったから。
でも,師匠が彼女の年齢のときには,将棋の勉強しかしていなかったと思うんだがな。
奨励会を卒業できなかったことで,女流プロといってもその内実はプロじゃないと醒めていたところがあったのか。そのために将棋への情熱をつないでいくことができなかったのか。
● 1994に「心身ともに疲労を感じ極限状態にあるのですべての活動を停止ししばらく休養したい,棋士としての処遇は日本将棋連盟理事会の決定にしたがう」と休養願いを提出したらしい。このときに,誰か有効なアドバイスをする人はいなかったのか。この時点ですでに味方はいなくなっていたんだろうかねぇ。
このあと対局場に現れないという失踪事件を起こす。そこから先はすべてが転落のプロセスとしか思えない。
あそこでどうにかできなかったのかと思う。どうにもできなかったんだろうな,とも思う。
● 以上,大きなお世話だろうけどさ。
本人はどう思っているのかわからないけれども,お気楽な外野としては,どこで歯車が狂ってしまったんだろうかと考えてしまう。ずっと女流棋士を続けていれば。
● 石をもて追われるように将棋界を去り,エッセイや漫画原作を書き,ヌード写真集を出し,豊胸手術をし,お店を出してつぶし,自己破産し,酒に溺れて肝硬変になり,その間,中原誠との不倫騒ぎがあり・・・・・・。
なまじルックスが良かったために,周りに持ちあげられて,使い捨てられた感もあり。多方面に小才もあったのだろう。小器用だったのか。不器用に将棋だけやっていることはできなかったか。
● 師匠が米長さんだったことも災いしたろうか。いろんなことをやっていた師匠だったから。
でも,師匠が彼女の年齢のときには,将棋の勉強しかしていなかったと思うんだがな。
奨励会を卒業できなかったことで,女流プロといってもその内実はプロじゃないと醒めていたところがあったのか。そのために将棋への情熱をつないでいくことができなかったのか。
● 1994に「心身ともに疲労を感じ極限状態にあるのですべての活動を停止ししばらく休養したい,棋士としての処遇は日本将棋連盟理事会の決定にしたがう」と休養願いを提出したらしい。このときに,誰か有効なアドバイスをする人はいなかったのか。この時点ですでに味方はいなくなっていたんだろうかねぇ。
このあと対局場に現れないという失踪事件を起こす。そこから先はすべてが転落のプロセスとしか思えない。
あそこでどうにかできなかったのかと思う。どうにもできなかったんだろうな,とも思う。
● 以上,大きなお世話だろうけどさ。
2016.07.10 高根沢町の「昭和軒」
● 20年以上前に二,三度行ったことがある。それ以来,バッタリと行かなくなって,今日に至る。なんだけど,最近,ひとりで二度行ってみた。
二度とも食べたのは,写真のネギラーメン。
● 以前のもう不確かになった記憶では,けっこう油を使っていた。味は昔懐かしっていうものだった。
なんだけれども,今回食べたネギラーメンはしごくアッサリとしたものだった。油なんかまるで浮いていない。
巷では,まだ濃厚が主流の位置にあると思われるところ,これだけのアッサリはぼく的には新鮮な印象。
● メニューを見ると,けっこう以上に本格派の中華料理屋の印象を受ける。これは20年前もそうだった。
その時点でだいぶ長く続いているといった趣があった。それからさらに20年。よく続いているなぁと思う。
ひょっとすると代替わりがあって味が変わったんだろうか。あるいは,看板は同じでも中で働いている人はそっくり入れ替わっているんだろうか。
● 主には夜のお店のようだ。何人かのグループで行って,酒を酌み交わしながら複数の中華料理を楽しむというのが,この店の味わい方の王道だろう。
二度とも食べたのは,写真のネギラーメン。
● 以前のもう不確かになった記憶では,けっこう油を使っていた。味は昔懐かしっていうものだった。
なんだけれども,今回食べたネギラーメンはしごくアッサリとしたものだった。油なんかまるで浮いていない。
巷では,まだ濃厚が主流の位置にあると思われるところ,これだけのアッサリはぼく的には新鮮な印象。
● メニューを見ると,けっこう以上に本格派の中華料理屋の印象を受ける。これは20年前もそうだった。
その時点でだいぶ長く続いているといった趣があった。それからさらに20年。よく続いているなぁと思う。
ひょっとすると代替わりがあって味が変わったんだろうか。あるいは,看板は同じでも中で働いている人はそっくり入れ替わっているんだろうか。
● 主には夜のお店のようだ。何人かのグループで行って,酒を酌み交わしながら複数の中華料理を楽しむというのが,この店の味わい方の王道だろう。
2016.07.10 ちょっ蔵広場の縁日
● 宝積寺駅東口を出たところの「ちょっ蔵広場」。この時期は特に用事がなくても,ここに出かけて日陰のベンチに腰を下ろす。風が吹き抜けていくのが気持ちいい。戸外の避暑地だ。
● ぼくらは軽井沢や那須に別荘を持つことはできない。ま,別荘なんて欲しいとも思わないけれどね。
その代わり,避暑地に行かなくても,こういう風の通るところでしばらくボーッとするのにお金はかからない。お金はなくても避暑はできる。
問題は,そこが喫煙コーナーになっていることだね。喫わない人にとっては,たとえ風が通るとしてもあんまりいたくないスポットかもしれない。
● ともあれ。そのちょっ蔵広場ではしばしばイベントが開催される。今日ももの売りのテントがいくつも並んで,混み合っていた。
生ビールを出しているところもある。この暑さだからね,いくらでも売れるだろうね。ぼくも1杯所望した。500円。あとツマミの串を3本。しめて800円。
このお店,笑いが止まらなかったに違いない。
● こうした縁日的な風景は,もちろん嫌いではない。が,外から眺めているだけのことが多かった。中に入って縁日を味わう人になることって,あまりなかったような気がする。
見ようによっちゃ,都市部は毎日が縁日のようなものだしね。ことさらに祝祭空間に身を置いてみたいっていう気にもならないっちゃならないわけでね。
● だからか,今日も中に入ってはみたものの,どうもうまく溶けこめていなかったようだ。うまく溶けこめなければうまく楽しめない。何事も経験であるな。
● ぼくらは軽井沢や那須に別荘を持つことはできない。ま,別荘なんて欲しいとも思わないけれどね。
その代わり,避暑地に行かなくても,こういう風の通るところでしばらくボーッとするのにお金はかからない。お金はなくても避暑はできる。
問題は,そこが喫煙コーナーになっていることだね。喫わない人にとっては,たとえ風が通るとしてもあんまりいたくないスポットかもしれない。
● ともあれ。そのちょっ蔵広場ではしばしばイベントが開催される。今日ももの売りのテントがいくつも並んで,混み合っていた。
生ビールを出しているところもある。この暑さだからね,いくらでも売れるだろうね。ぼくも1杯所望した。500円。あとツマミの串を3本。しめて800円。
このお店,笑いが止まらなかったに違いない。
● こうした縁日的な風景は,もちろん嫌いではない。が,外から眺めているだけのことが多かった。中に入って縁日を味わう人になることって,あまりなかったような気がする。
見ようによっちゃ,都市部は毎日が縁日のようなものだしね。ことさらに祝祭空間に身を置いてみたいっていう気にもならないっちゃならないわけでね。
● だからか,今日も中に入ってはみたものの,どうもうまく溶けこめていなかったようだ。うまく溶けこめなければうまく楽しめない。何事も経験であるな。
2016.07.10 アパートを引き払った
今回,アパートにいなければならない理由が消滅したので,アパートを引き払って自宅に戻ることになった。
● 荷物を捨てたり,自宅に持ち帰ったり,掃除をしたり。カーペットなので,掃除機をかけただけでは毛髪などが残ってしまう。カーペット用のコロコロを使ったら,採れるわ採れるわ。
ほかにもトイレや風呂場,台所を大掃除した。住まなくなる直前ではなくて,住んでいるうちにこうしておくんだったなぁと思った。
![]() |
| アパートからの眺め。何の変哲もない田舎の風景 |
が,汚いままにして去るわけにはいかないだろう。そこは常識の範囲というものがあるんだろう。
● 集中してやれば半日で終わったろうけど,こういう部分での集中はできない方で,結局,何日かに分けてやることになってしまった。
で,今日が鍵の引渡し日。業者の方が中を点検して,きれいに住んでくださってありがとうございました,と言った。ホッとしたよ。普段は掃除なんてあまりしなかったからね。
● 今月分の家賃はまるまるひと月分払うのだと思っていた。ら。日割り計算になるのだった。だったら,もっと早く引き払っておくんだったなと思った。少なくとも1週間は早めることができた。
でも,まぁ,こういうのはね,あんまり合理性を追求しない方がいいとも思うので。と,自分の優柔不断(さっさと撤退作業をしなかったこと)を正当化しておこう。
2016.07.09 128GBのSDカード
● 最近,自分が浦島太郎だと思ったこと。SDカードに128GBのものがあることを知ったんですよ。いや,もっと大容量のがあるのかもしれないんだけど(512GBまであるみたいだね)。
SDカードもmicroSDカードも32GBでだいたい間に合っているので,ショップの売り場を覗くこともなかったんですよね。
● microSDカードの128GBをヤフオクで落とした。サンディスクの製品。ソニーの WALKMAN で使うため。
次いで普通サイズの128GBをヨメが買ってくれた。数千円だったらしい。聞いたことのないメーカーの製品。こちらはパソコンに挿入して使っているが,まったく問題ない。
パソコン本体のハードディスクに保存しておいたデータをほぼすべて,SDカードに移行した。これだけの容量があれば,それが可能だ。いずれ,外付けハードディスクにバックアップを取るけれども,それまでの間,パソコン本体ではなくSDカードに入れておいたほうが,少しは安心感がある。
● SDカードって長らく32GBでとまっていた印象がある。とはいっても,あんな小さいカードに32GBも保存できるなんて,なんてサイバーなんだと,ぼくは思っていた。
SDXCカード規格ができて,64GBのSDカードが出た。いつだったか。2009年だったか2010年だったか。64GBも保存できるなんてちょっとしたハードディスクじゃんと思った。
● 当時のiPodで最大容量のものが80GBじゃなかったか。ぼくはiPodは持っていなかったけれど,スマホで音楽を聴くのに,64GBも入るんだったら楽曲データのすべてを持ち歩けると思ったのだったか。
あるいは,楽曲データに限らず,自分が作ったすべてのファイルをSDカード1枚に容れておけると思ったのだったか。
● ので,64GBのSDカードを購入した。3万数千円だった。32GBは1万円をはるかに切っていたから,そんなにするのかと思った。でも,買った。
のだが。買ったはいいけど,当時のぼくのパソコンは64GBのSDカードを認識しなかった。従来のドライバーでは認識しないようなのだった。結局,お蔵入りになってしまった。
● というようなことを思いだし,あ~ぁとため息をつきながら,128GBのSDカードを使っている。これはもう価格破壊なんていう生やさしいものじゃないな。
ま,昔からそうなんだけどね。すぐに使い倒して元を取るつもりで買わないといけないね。
SDカードもmicroSDカードも32GBでだいたい間に合っているので,ショップの売り場を覗くこともなかったんですよね。
● microSDカードの128GBをヤフオクで落とした。サンディスクの製品。ソニーの WALKMAN で使うため。
次いで普通サイズの128GBをヨメが買ってくれた。数千円だったらしい。聞いたことのないメーカーの製品。こちらはパソコンに挿入して使っているが,まったく問題ない。
パソコン本体のハードディスクに保存しておいたデータをほぼすべて,SDカードに移行した。これだけの容量があれば,それが可能だ。いずれ,外付けハードディスクにバックアップを取るけれども,それまでの間,パソコン本体ではなくSDカードに入れておいたほうが,少しは安心感がある。
● SDカードって長らく32GBでとまっていた印象がある。とはいっても,あんな小さいカードに32GBも保存できるなんて,なんてサイバーなんだと,ぼくは思っていた。
SDXCカード規格ができて,64GBのSDカードが出た。いつだったか。2009年だったか2010年だったか。64GBも保存できるなんてちょっとしたハードディスクじゃんと思った。
● 当時のiPodで最大容量のものが80GBじゃなかったか。ぼくはiPodは持っていなかったけれど,スマホで音楽を聴くのに,64GBも入るんだったら楽曲データのすべてを持ち歩けると思ったのだったか。
あるいは,楽曲データに限らず,自分が作ったすべてのファイルをSDカード1枚に容れておけると思ったのだったか。
● ので,64GBのSDカードを購入した。3万数千円だった。32GBは1万円をはるかに切っていたから,そんなにするのかと思った。でも,買った。
のだが。買ったはいいけど,当時のぼくのパソコンは64GBのSDカードを認識しなかった。従来のドライバーでは認識しないようなのだった。結局,お蔵入りになってしまった。
● というようなことを思いだし,あ~ぁとため息をつきながら,128GBのSDカードを使っている。これはもう価格破壊なんていう生やさしいものじゃないな。
ま,昔からそうなんだけどね。すぐに使い倒して元を取るつもりで買わないといけないね。
登録:
投稿 (Atom)



